日本の映画祭

大阪アジアン映画祭とこれからの中華電影上映

今年の第17回大阪アジアン映画祭(以下OAFF)では、昨年末に香港で公開されて話題になったアニタ・ムイの伝記映画『アニタ』がスペシャルメンションと観客賞を、昨年の香港亞洲電影節で上映された香港映画『はじめて好きになった人』が後日関西ローカルでTV放映されるABCテレビ賞をそれぞれ受賞したそうです。恭喜!

 

 

OAFFは、10年前に参加したのが最初で今のところ最後。そういえば4年前にもnoteこんな記事を書いていました。
この時期のTwitterのTLによく流れてくるのが「OAFF、東京でも開催すればいいのに」といったような東京近辺からのtweet。
すいません、大変申し訳ございませんが、田舎モンが以下太字にして言っていいですか?

「おめだづなに寝言ゆうとんだ、イベントは今のままでも東京一極集中しすぎてるでねーの。TIFFもフィルメックスも台湾巨匠傑作選もシネマート中華祭りも未体験ゾーンも国立映画アーカイヴ特集上映もあんのにはあ、ごだごだ贅沢ゆうでねえ!」

はい、失礼いたしました。正気に戻ります。

北東北の地方都市在住の映画ファンとして、地元で十分な映画館とスクリーンの数が揃っていても、小規模な配給会社によるアート館のみの上映が多い中華電影は滅多に映画館でかからないので、それがフラストレーションになっていました。地元で観られない映画は仙台に遠征したり、帰省中なら東京まで観に行ったりもしていました。だけど今はコロナ禍。昨年も一昨年も映画祭には行けてません。
もちろん、以前も書いた通り配信でカバーして観てはいるのですが、それだけではやはり物足りません。映画は映画館で観る習慣を25年以上続けているので、どうしても小さな画面での鑑賞に満足できません。

そんな不毛な状況ですが、それでも最近は少し希望を感じています。それはOAFF上映作の日本公開と、地方まで回ってくる作品が少しずつ増えていることです。

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OAFF2020で上映されたサミー・チェン主演の香港映画『花椒の味』は、昨年11月に新宿武蔵野館で上映されましたが、そこから半年以上経った6月に中央映画劇場略して中劇で上映されます。やったあ!
(前回感想を書いたこれも中劇で上映。実はこの館のスタッフさんに熱烈なニコファンがいらして、上映時のblogが半端なく熱いのでぜひぜひご一読ください)昨年は同年上映の『少年の君』や『夕霧花園』も地元で上映がありましたし、さらに一昨年は2019年上映の『淪落の人』も上映されました。花椒と淪落は武蔵野館の配給部門武蔵野エンタテインメント配給。東京公開開始後半年でソフト化されることが多かった単館系作品が、時間をかけても全国公開で持ってきてもらえるのって本当にありがたいです。

映画祭でいち早く観て、みんなで盛り上がれることは楽しい。その場でしか上映できない映画を観られるのも本当に貴重な体験。
だけど、中華電影迷としての一番の願いは、イベントに参加したみんなが楽しんだ映画に配給がついて、それが日本全国の映画館にかかってくれることなんです。
私が住む北東北の地方都市に上映が回ってきて、地元の同好の士の皆様に観てね観てねとアピールしながら映画館に通い、鑑賞後は地元のカフェやレストランで食事しながら一人でかみしめたり、あるいは友人とあれこれ話し合ったりできることは本当に楽しいです。

これからも日本で中華電影が上映され続けてほしいので、地元で上映される映画はもちろん、できれば遠征でも観て、支えていきます。
あとはこちらに来なかった映画の上映会も行いたいです。そのためにはどうすればいいか、いろいろと策を練っています。

このコロナ禍が早く収束して、また映画祭で関東や関西の同好の士の皆様にお会いして一緒にもりあがれる日が来ますように。
そして、また香港や台湾に行けますように。

そうそう、これも言わなきゃね。
『アニタ』の日本公開を強く願います。

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侯孝賢的40年(台湾映画祭in仙台で初期作品を観ました)

10月に久々に仙台まで出かけて、フォーラム仙台で台湾映画祭2021を鑑賞し、サンモール一番町商店街で開催されていたDiscover Taiwan 2021にも寄って楽しみました。
この映画祭の作品は、今年の台湾巨匠傑作選から侯孝賢監督&プロデュース作品を中心に選択され、合わせて新作映画(『親愛なる君へ』『恋の病』)も上映するセレクション形式。ここ数年間で上映権が切れてしまう作品が多いのが残念ですが(春で『恋恋風塵』が切れました)ちょうど最終上映ぎりぎりだった『冬冬の夏休み』を含めたホウちゃんの初期作品がまとめて鑑賞できたので良かったです。

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『風櫃の少年』は6年前のフィルメックス以来の再見。
展開がわかっているので、今回は寂れた膨湖島を駆け回る悪ガキどもの服の着こなし等の身体の見せ方、島に強く吹きつける風の音、フィクスで撮影された長回しの画面(建物の構造を生かした人物の動かし方、見せ方がよかった)など、画面作りやサウンドに注目しながら観ていた。失敗ばかりでどうもうまく行かないし、兵役を控え一緒に馬鹿騒ぎできる時間は短いけれど、それでも精一杯生きて愛して短い少年期を楽しもうという80年代初頭の若者たちの姿はどんな時代にも場所でもどこかに響くところがある。
先の感想にも書いた通り、若き豆導こと鈕承澤や庹宗華が見られるのも楽しみではあるけど、豆導、ああ豆導よ…(あえて具体的には言わず) 

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風櫃に続く『冬冬の夏休み』はスクリーンでは初見。
これも学生時代に論文の資料として観て以来。
冬冬と婷婷の兄妹の父親役はヤンちゃんことエドワード・ヤン監督で、音楽も担当。ということは、小学校の卒業式で流れる「仰げば尊し」で始まり「赤とんぼ」で終わる選曲もやはり彼によるものなのだろうか。小学校最後の夏の子供らしいノスタルジアより祖父母や叔父などの大人たちの事情が前面に出ているので、子供映画的には感じないし、子供たちも子供扱いされていないようにも見える。
夏休みの舞台となる銅鑼駅は苗栗より2駅南にいったところだが、80年代だからか台北とあまり離れていなくても田舎感は満載。冬冬の祖父の病院が駅近くの統治時代からある雰囲気の大きな屋敷なので、祖父の街での立ち位置もわかる。ドラ息子の叔父、普通に怖い強盗コンビ、そして頭の弱い若い女性の寒子(ヤン・リーイン)のような存在も当時の田舎的と思って観た。寒子といえば、妊娠が判明して堕胎をさせるかどうかという場面には改めてショックを受けた。当時の彼女のような女性の立場ってやはりこういうものだったのかと。
こちらも画面の作り方には改めて注目してみた。じっくりと画を見せる少し長めのショットや、2つの部屋の様子を柱を使って画面を割るように見せたりするので、一つの場面としての印象も強くなる。風櫃同様、台湾ニューシネマの定番というだけでなく、よい映画のお手本的な意義もある映画。

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写真家を目指すCM製作スタッフ幸慧(鳳飛飛)と事故により一時的に失明した研修医金台(ケニー・ビー、以下阿B)の恋を描く『風が踊る』は初見の作品。初期三部作の1本であり、澎湖→台北→鹿谷と場所を変えて歌と共に進行する愛らしきラブストーリー。
私が知っている阿Bは香港映画にハマった90年代以降なので、ああ、阿B若い…と思ったのは言うまでもない。彼が演じる金台の設定や、CM業界で働く幸慧が兄の要請で彼の務める鹿谷の小学校で短期間の代用教員を務めるなど、物語の進行がかなり強引に感じたのだけどそこは目をつぶりましょう(笑)現在の建物になる前の素朴な台北駅等、80年代台北のロケも見所。『冬冬』にも出た立派なレンガ建築の台大病院も登場。
ところで鹿谷は南投縣で凍頂烏龍茶の生産地として有名なところ。今はどんな景色が見えるのだろうか。

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台湾ニューシネマの記念碑的作品である『坊やの人形』は、黄春明(代表作の『さよなら・再見』を学生時代に読んでいた)の短編を映画化したオムニバスで、それぞれ60年代台湾の庶民生活を描いている。ホウちゃんが監督したのはタイトルにもなっている『坊やの人形』。嘉義に近い竹崎を舞台に、職にあぶれた青年が、妻子を養うために映画館に自らを売り込み、新聞記事で読んだ日本のサンドウィッチマンを真似して映画を宣伝して回るという話。貧しさの中にある喜びや切なさが強く感じられた。映画的にはもちろん第1話がとにかく素晴らしいのだけど、第2話の世知辛さや衝撃的な結末、第3話の思わぬ展開にも注目した。働く男の甲斐性がテーマのようで、男たちの喜怒哀楽が強め。
ところでこれらの4作品でよく観かけたのが、現在も映画界で活躍する楊麗音(風櫃、冬冬、坊やの人形第1話に出演)と当時は売れっ子子役だった顔正國(冬冬、風が躍る、坊や第3話出演)。特に顔正國は近年三池崇史監督の『初恋』に台湾マフィア役で出演しており、観ていたのに教えてもらうまですっかり忘れていた。さらに20年くらい前に薬物使用で逮捕され、服役して芸能界に復帰したということも教えてもらって初めて知ったのであった。

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今回は観られなかった上映作品をいくつか。まずは『台北ストーリー』
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こちらの写真も再掲。

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そして『童年往事』。これも昔TV放映(しかも地上波)で観たきりだったからスクリーンで観たかった。
東京では毎年同じ作品ばっかりやってるとよく言われる傑作選だけど、地方まで持ってきてもらえる機会は本当に少ないので、こうして上映してもらえるのは本当に嬉しいのですよ。

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これも上映してくれたんですよ。観たかった…

再見である風櫃と冬冬は、以前も書いたように学生時代が初見。卒業しても台湾に通ったりして、歴史的背景や具体的な地名を覚えていくうちに、ちょっとした場面でもその裏にあるものやら何やらいろいろ考えるようになり、昔と見方がずいぶん変わってきた。この見方が学生時代にあれば、もっと良い卒論が書けたのに…と思っても後の祭り。でも、学生時代に親しんだものを、今も変わらない思いで親しめるのは嬉しいものである。

そういえば、戒厳令が解除されてもう30年も過ぎた(今年で35年になる)。
ホウちゃんが『悲情城市』を製作したのは、戒厳令の解除により白色テロのきっかけとなった2.28事件を描けることができたからだが、戒厳令の末期に今回観た初期作品群を発表できたことに、ちょっと気がついたことがある。
実は2年前に地元の上映会でヴィクトル・エリセの『ミツバチのささやき』を観たのだが、この作品が当時のスペインの独裁政治の末期に作られていた(1973年)ということを聞いて、台湾ニューシネマの登場期と当時の台湾の時代背景に似ていると鑑賞時に感じたのであった。『ミツバチ』には当時の政治への批判を匂わせるところがあったそうで、そのような視点はホウちゃんの初期作品群にはないように思えたのだが、時代と社会の転換を背景に登場したという点ではわずかに重なるところがあるのかもしれない。

ということを新たに考えつつ観たけど、最後のはあくまでも個人的意見であるのでご了承を。

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祝宴!シェフ上映会at盛岡かわとみどりのほしぞら映画祭

この秋から地元で始まった盛岡台湾Happy Project
先月のスタートイベントに続き、今月末からは県内の企業や関係団体、学校等が集まった公開イベントも開催されるそうです。
2018年夏から始まった花巻空港発着の国際便は残念ながら年内いっぱい運航休止ですが、運航再開の暁にはこの岩手県からも台湾を訪れる人が増えてくれることを願ってやみません。

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さて、前回の記事でも書いたとおり、〈映画の力〉プロジェクトによる野外上映イベント「盛岡かわとみどりのほしぞら映画祭」にて、9月26日の夕方より『祝宴!シェフ』の上映会が開催されました。

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会場は市内の老舗デパート、パルクアベニューカワトク(以下カワトク)の屋上。この屋上、かつてはテニスコート等で活用されていたそうです。上の写真の看板が夜にはネオンとして点灯するのですが、以前それを見て思い出したのが下の写真。

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はい、台湾電影迷にはお馴染み、『台北ストーリー』の一場面です。
当日は上映に配慮してなのか、点灯しなかったのが残念。点灯したらホントに似てるんですよー。

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映画の力PJでは8月に市内を流れる中津川の河川敷で『ストリート・オブ・ファイヤー』の野外上映会を実施しており(参考として岩手日報の記事をリンク)、それに続く第2弾の今回は、先月のイベントに続いて東家さん特製の祝宴弁当が提供されました。

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メニューは映画を観た人ならよくわかるトマトの卵炒めとルーロー飯に、エビの豆苗炒め、シュウマイ、きゅうりの漬物、ピーナツとゴマの餅。これで焼きビーフンもあればもう最高でしたが、それ入れるといっぱいいっぱいですね(笑)。

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デザートの花生豆花はfu-daoさんご提供。 

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休憩時間にはふぉんさんの関東煮もふるまわれました。五香粉がきいてました~。

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当日は前日に台風から変わった温帯低気圧で朝から天気はすぐれず、雨も時折降っていたので夕方から夜にかけて気温が下がり、観客はそれぞれ上着や毛布を抱えての鑑賞となりました。いやあホントに寒かった。とにかく寒かったので、鑑賞中は思い切り笑い、ラストは歌ってました。もしできたらお馴染みのパフィーダンス(以前も貼ったのでお好きな方は『路』の記事へ)も踊りたかったわ。
来場者は約80名と予想以上の方が見えられたそうです。市内の映画ファンはもちろん、先に挙げたイベントから来場された方、屋上上映に注目してこられた方など来場のきっかけは様々だったようです。(こちらも新聞記事にリンク

そういえば、昨年の同じころに『藍色夏恋』の上映会を行っていたのでした。ちょうど中秋節前後の上映となるので、9月に台湾映画を上映できるのっていいですよね。これが今後の定番になってくれることを願うばかりです。(香港の映画も上映会で観たいけどね)

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そういえば『祝宴!シェフ』は現在東京で開催中の台湾巨匠傑作選でも上映されているのですが、意外にも今回が傑作選初登場とのこと。しかも傑作選初上映に先駆けて盛岡で上映がかなったのは嬉しいです。傑作選上映ではさすがにお弁当も出ないしね。どうだどうだ、いいだろう。へっへっへっへー(ここは助っ人B風に読んでください)

なお、市内の次の上映会は、10月11日に盛岡市動物公園ZOOMOで行われるZOOMOハロウィンフェスでの映画祭です。詳細はこちらを。

 

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【32ndTIFF2019】『チェリー・レイン7番地』ほか観た映画の感想

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今年も映画祭の秋がやってまいりました。
まずは、先ごろ参加してきました第32回東京国際映画祭で観た映画の感想を。
今年は観たい作品が2日間にまとまっていたので、悩まずにチケットが取れました。

『チェリー・レイン7番地』

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『美少年の恋』『華の愛・遊園驚夢』(TIFF出品作)の楊凡(ヨン・ファン)監督の新作はなんとアニメーション。先ごろのヴェネチア国際映画祭ではコンペティション部門に選出され、最優秀脚本賞を獲得。1964年に台湾から香港へ移住してきた監督の自伝的要素も入っていて、60年代香港を舞台に繰り広げられる、家庭教師のバイトをする香港大学の青年(アレックス・ラム)とバイト先の女子高校生(ヴィッキー・チャオ)、そしてその母親(シルヴィア・チャン)との三角関係を描くヨン・ファンらしい耽美的な作品。

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  1967年香港の風景も空気も再現するにはもうアニメという手法を使うのしかないのだろう。広東語・普通話・上海語が入り混じるダイアログ、愛欲と自由と古今東西の名作も入り混じるムード、シルヴィアさんやヴィッキーからフルーツ・チャン監督に至るまでの豪華声優陣はとても贅沢。
質問はアニメに詳しい方々から多く発せられていた。(今年は話題を呼んだ世界のアニメ映画の一般公開も多かったし、実際にアニメーターさんが多く参加されていた様子)キャラは3Dで作って2D化するという手法を使ったらしいけど、こういうのはあまりないのだろうか?楊凡さん、「アニメはよく知らないし、アニメファンにもアート映画ファンにも観てもらえないような作品」と言われていたけど、これはなかなか面白い挑戦だと思いますよ。完成まで7年かかったとか。

そして、発掘した『美少年の恋』のプレスシートにサインを頂いたのでした。
『遊園驚夢』のパンフや《涙王子》のソフトジャケットを持参していた方もおられました。

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今見ると、なかなか感慨深いものを覚えるこのビジュアル。
彦祖ことダニエル・ウーはハリウッドで活躍中、ステことスティーブン・フォンは映画監督としても順調だし、なんといってもこの映画で初共演したすーちーと夫婦になったというのが一番大きい…。
楊凡さんにこのプレスを見せたら「おお…」と驚かれていましたよ。

『ファストフード店の住人たち』

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アジアの未来部門に出品されたこの映画は、TIFFがワールドプレミア。
主演のアーロン・クォックとミリアム・ヨンは初日のレッドカーペットとプレミア上映にはそろって参加。
2度目の上映にはアーロンとこの作品が監督デビューとなるウォン・シンファン(広東語の発音だとシンファンよりヒンファンの方が近いようですが…)がゲストで参加しました。

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24時間営業のファストフード店にたむろする訳ありの人々と、彼らの困りごとを解決すべく奔走する元投資コンサルタントのホームレス(アーロン)と彼の友人であるカラオケバーの歌手(ミリアム)の物語。このアジアの未来部門を中心にTIFFレポートを書かれている翻訳家・映画評論家の斎藤敦子さんのblog「新・シネマに包まれて」でも触れられています。

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今年一番楽しみにしていたのがこの映画。これまでTIFFでは『父子』 『プロジェクト・グーテンベルク』とアーロン主演作が上映されているけど、ゲストとしてのTIFF参加は意外にもこれが初めてとのこと。
香港では2006年からマックの24時間営業が始まったが、世界で初めてそれをやったのは日本だったという記事も着想のヒントとなったとか。深夜のファストフード店に集まる人々のささやかな連帯感は微笑ましいけど苦難を乗り越えられても貧困は希望を砕く。
最近、ヴォネガットの言う「親切は愛にも勝る」という言葉を何かにつけて思い出すのだが、転落して一文無しになった博(アーロン)が仲間の世話を焼いてはどうしようもないところまで追い込まれてしまうのにも、その言葉は重なった。あとどこか「幸福な王子」的なものも覚えたかな。
ウォン・シンファン監督は新人ではあるけど、助監督などで現場の長い方とのこと。日本でも公開された『誰がための日々』これから公開の『淪落の人』に連なる香港社会派電影系列と見てよさそう。貧困問題はいずれにもある。どうか希望が持てるような世界であってほしい。

『ひとつの太陽』

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『失魂』 『ゴッドスピード』の鐘孟宏(チョン・モンホン)監督の新作で、今年のTIFFでは唯一の台湾映画。
台湾での上映開始日と映画祭が重なったとのことで、モンホンさんの来日はなし。残念だった…。
罪を犯して逮捕される次男と、彼を拒絶する父親。そして長男は思いもよらぬ行動へ…と途中まで観ていて、これは台湾版『葛城事件』だなと思った。父と息子たちの葛藤とそこで起こる悲劇はよく似てはいるけど、ディテールやキャラの性格はもちろん違う。こちらは後半は意外な展開を見せるし、同じモチーフでも作り手が違うと全く変わる。
残酷な一方、ユーモアもあるし、過ちを犯した人間への受容も描かれている。とっ散らかっているという感想も見かけたけど、ラストには衝撃を受けてもどこか希望は少し感じる作りになっているのは受け入れやすい。


『ある妊婦の秘密の日記』

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『レイジー・ヘイジー・クレイジー』で衝撃のデビューを飾ったジョディ・ロック監督の第2作のテーマは「妊娠」。

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これもワールドプレミア上映で、フォ

 

フォトセッションでは製作のジャクリーン・リウさんや、このたび日本に拠点を移して映画製作を行う撮影のジャムくんも大集合。

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周りから過剰な期待をかけられる一方で、妊娠なんかしたくない!出来たら堕ろす!という毒づきから始まるダダ・チャン演じる香港女子の一大妊娠記。日本でも仕事を持つ者の妊娠と子育てで大きな問題があるだけに、ここまでサポートしてもらえるのはうらやましいと思った。
劇中にはルイス・チョン演じる男性の妊婦アドバイザーが登場し、主人公夫婦の周りにやたらと出没。妊娠アドバイザーは実在する職業らしいけど、男性はいないらしい(当たり前か)
面白かったのが、妊娠した妻を持つ夫たちによるパパクラブ。オヤジの会とは似て異なるし、以前ネットに回ってきて話題になっていたメキシコのウィチョル族に伝えられるアステカ法出産(出産時に妻が痛みを感じた時、夫の睾丸に結びつけたロープを引っ張ると以下かいてて痛いので略)がネタになってるのはさすがである。
パパクラブのメンバーには、これまたSNSで話題になった、平成ライダー全変身ポーズを決められる男子・豆腐くん(しかも台詞は一応全部日本語。発音不明瞭なのはまあしょうがない)がいて笑った笑った。妊婦あるあるが詰まっている作品。今回も楽しい作品で気持ちよく笑ってTIFF収めをしました。

次の映画祭は今月23日から行われる東京フィルメックス
ワタシはミディ・ジー監督の新作『ニーナ・ウー』と、いまだに「マギーの元旦那」呼ばわりしてしまうオリヴィエ・アサイヤスによるホウ・シャオシェンのドキュメンタリー『HHH』そしてそのホウちゃんとトニーが再びタッグを組んだ『フラワーズ・オブ・シャンハイ』のデジタルリマスター版を観に行きます。

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【ご報告】『藍色夏恋』デジタルリマスター版盛岡上映会

先の記事でもご案内いたしましたが、9月25日に岩手県盛岡市のおでってホール(プラザおでって内)にて、映画『藍色夏恋』盛岡上映会が行われました。ご来場いただいた皆様、ありがとうございました。

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主催の〈映画の力〉プロジェクトは、盛岡市内で映画上映のサポートやイベント、ロケ協力を行っている団体。盛岡出身の大友啓史監督の同期生を中心として結成された任意団体で、以前このblogでも取り上げた、大友さんと谷垣健治さんのトークショー&アクションワークショップも開催しています。ご縁がありまして、ワタシもイベントや上映会のお手伝いをしております。

この上映会のことを知ったのは、8月末の某ドキュメンタリー映画上映会の時。そこでティザーフライヤーをいただいて、思わず「えーっ、これやるんですか!それじゃ上映会のお手伝いしますよ!台湾映画の上映ってあまりないから、リーフレット作ってもいいですか?」とPJの人に申し出たのだけど、打ち合わせに参加したらあれよあれよといろいろ決まり、気が付いたらなぜかアフタートークに登壇して、台湾映画のあれこれについて話すことになってしまったのですよ、あはははは…。(実は前回と今回のポスターの写真にしっかり名前が記載されていたのですが、あえて言及しませんでした)
アフタートークで一緒にお話ししたのは、この夏最年少(25歳)で盛岡市議会議員に当選したいわてレインボーマーチ代表の加藤麻衣さん。映画にかかわる話として(ここではあえてネタバレにしませんが)、LGBTをめぐる状況とレインボーマーチのお話をされました。共感するところも大きく、有意義なトークでした。そんなわけでワタシも10月12日に盛岡市内で実施されるプライドパレードに参加を決めちゃいました>実は去年も参加して歩いていました
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当日のお振舞いその1は、市内の渋いコーヒーショップ。漸進社さんよりご提供の台湾コーヒー、阿里山・雛築園のスマトラティピカ。
コーヒー飲めない身としては羨ましい…と言いながらやっぱり台湾茶を飲んでしまうのは言うまでもない。すみません。

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お振舞いその2はおそらく盛岡初のパイナップルケーキ!市内のひだまりカフェさん謹製(ただし非売品)です。
中の餡はパイナップルはもちろん台湾と同じく冬瓜も使用。コーティングにパルメザンチーズを使っているのもなかなかよし。

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当日配布のフライヤーより。左がレインボーマーチ、右が上映会のために作った台湾映画のしおり。おすすめの台湾青春映画、巨匠の青春映画、そして台湾のLGBTQ映画を紹介しました。

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こちらは先週まで台湾を旅行されていた方が持参された豚のランタン。LEDランプ付きでもちろんピカピカ光ります。

トークは30分を2人で分け合う形だったので、何をしゃべろうか考えた挙句、いきなり台湾の歴史からニューシネマの誕生、そして台湾の青春映画やLGBT映画についてざっくり話す構成にし、あとはしおり見てねーということにしました。あれでよかったかなーと思いつつ、いくらかカットしたもののだいたい話したいことは話せたので良しとします。

今回は小規模の上映会ではありましたが、人生初トークも緊張せずに話せたのでとりあえずよかったです。
次に地元で台湾や香港の映画が上映されるのはいつになるかわからないけど、その機会があったら、また何かやりたいと思います。
いや、またトークしたいというわけではありませんが(笑)。

来場された皆様、ありがとうございました。
そして上映に携わった皆様と麻衣さん、お疲れさまでした&ありがとうございました。

☆後ほどnoteの方にも、上映会レポートの別ヴァージョン記事をUPいたします。

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アリフ、ザ・プリン(セ)ス(2017/台湾)

アジアでもっともLGBTに対する理解が高いと言われる台湾。
これまで『藍色夏恋』『僕の恋、彼の秘密』『ビューティフル・クレイジー』『GF*BF』などの同性愛が背景にある2000年代以降の青春映画を観たり、アン・リー監督のヴェネチア映画祭金獅子賞受賞作『ブロークバック・マウンテン』に対する熱い支持などで、それを実感することができたが、そこから社会的な理解度の高さを推量することはなかなかできなかった。 (もっとも『GF*BF』は90年代台湾の政治状況とともに台湾初の同性結婚式挙行という実話もエピソードとして盛り込まれており、青春映画に収まらない意欲的な作品として興味深く観た) Wikipediaには中華民国におけるLGBTの権利という項があり、アジアで最もLGBTへの理解が進んだ国としてプライドパレードを始め様々なイベントや歴史がわかりやすく紹介されている。
また台湾とLGBTという検索項で上位にくる、在台日本人によるblog「にじいろ台湾」も理解の一助となる。



『アリフ、ザ・プリン(セ)ス』(台湾サイトあり)の主人公アリフは台東出身でパイワン族のトランスジェンダー。アリフは男性から女性への適合手術を受けることを目指して台北に出て、昼はヘアサロンで、夜はショーパブでドラァグクイーンたちのスタイリストを務めながら暮らしている。ルームメイトの佩貞はレズビアン、ショーパブのオーナー・シェリーは性別移行済のトランスセクシュアルであり、ドラァグクイーンの一人のクリスこと正哲はヘテロの公務員でピアノ教師の妻がいる。
アリフはクリスにひかれるが、クリスは妻に秘密がバレてしまう。シェリーは幼馴染で前科者の水道管工の呉さんを愛しているが、ガンで倒れてしまう。アリフは倒れた父から族長の後継となることを願われるが、息子として継いでほしいと頼まれる。父の気持ちはわかるけど、族長を継ぐよりも一日も早く適合手術を受けたいアリフ。
そして適合手術を控えたある日、佩貞はアリフにとんでもない申し出をする。



今年は日本でもLGBTが合言葉のようにネットやマスコミを飛び交い、TVニュースやイベントに登場する頻度が高くなったものの、まだまだ一般的認知度は低いし、身の回りでも誤解は多い。当事者からも「LGBとTは分けるべき」という声もあって、どこか複雑な印象をあたえるのだが、そもそも人間というものは複雑で多様なものではないか、と思うと、もめることも不理解もわからなくもない。この映画ではトランスジェンダーを中心に扱っているけど、かつては性同一性障害と言われ、適合手術の有無だったり異装者との違いなど、すぐ理解した、なんて言ってしまっては申し訳ない。

アリフは台東で自分の性別の違和に気づき、台北で働き出して女性への移行を始める。と言っても彼女からは詳細は語られないので、これは展開からまとめてみたが、説明されないのがいい。本来はそれでいい。
そういえば、パイワン族には女性の族長もいるので、男子のみが継ぐと言うわけではなくと台湾で先住民研究を行っている弟が話していた。確か他の先住民でも女性族長はいたことはわかっていたので、物語的な理由かな。お父さんが心情として息子として継いでもらいたかった、という感じだろうか。

ところで台湾公開時には、手術を前にしたアリフと恋人と別れた佩貞が関係を持ち、子供を作ってしまったことが両人のセクシュアリティを否定するように捉えられて議論になったようだけど、この映画がダイバーシティを狙って作られているのならば、そこは大目に見てもいいのではないかと個人的には思ったかな。ラストでアリフが帰って女性として族長となった時、彼女の実家の太麻里を訪ねた佩貞は、いずれは子供にもうひとりのお母さんとして話すのだろうしね。

昨年のTIFFで上映されたこの映画は、今年日本各地のクィア映画祭やイベントでたびたび上映され、LGBTへの関心(と誤解)が話題になったいいタイミングに観られるのはいいことであると思った。
しかし、先ごろ台湾の地方選と同時に実施された国民投票では反同性婚の動きが様々な条項を否決したというようなニュースもあり、気になったこともある。今後どうなるのだろうか。自分自身はヘテロ認識ではあるけど、地元のプライドパレードに参加したり、職場でもネガティブな文脈で話題が上がったら気を遣いながら話して誤解を解くことを試みているので、当分気を付けてみていきたいと思う。

原題(英題):阿莉芙(ALIFU THE PRINCE/SS)
監督:ワン・ユイリン 
出演:ウジョンオン・ジャイファリドゥ チャオ・イーラン ウー・ポンフェン バンブー・チェン マット・フレミング キンボ

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天使は白をまとう(2017/中国)

原題の「嘉年華」は、カーニバルという意味で、英語の音に合わせて作られた単語らしい。中華圏では映画祭のカテゴリや小売店のバーゲンなどでこの言葉をよく見かける。英題直訳である『天使は白をまとう』は、題名の華やかなイメージを想像して見始めると、思い切り裏切られる。

舞台は中国南部のリゾート地に立つモーテル。そこに2人の小学生女子を連れて、街の党幹部が宿泊した。その翌日、モーテルに捜査が入る。どうやら泊まった小学生たちが性的暴行を受けたのではないかという疑いがかけられる。捜査を担当する検事は従業員の小米に協力を要請する。
当日夜勤に入っていた小米は18歳と自称しているが、実は最近16歳になったばかり。出生地の戸籍がない黒孩子で、一人でも暮らせるようにと暖かな南部までやってきたのだ。身分証明書を作成するには多額の費用が必要。彼女は当日の監視カメラの録画で幹部と少女たちが同じ部屋にいたことを確認していたことから、それを武器に幹部をゆすり、大金をせしめようと画策する。

海水浴にはまだ早いような早春の海辺に立つ、巨大な女性の足の像。全身こそ見えないが、赤いヒールやちらりと見える白いスカートから、その像がマリリン・モンローの像であることは容易に想像できる。その像を足の間から見上げる小米の姿がファーストシーンとなるが、事件の経過とともに像も大きく変化する。この像は中国に実際に建てられたものの、すぐ取り壊されたのを地元の少女たちが悲しがっていたという実話から想を得たと、監督のヴィヴィアン・チュウがQ&Aで話していたが、無戸籍児の小米や暴行を受けた小文が持つはずだった無垢の喪失と、マリリンが不遇の正直を経てスターになり、セックスシンボルとしてゴシップに晒されながら若くして亡くなった事実を重ね合わせていたと考えられる。(マリリンについての一般的なものと地元女子たちの認識の差も興味深かったとも)

小文も小米も心身ともに傷ついていく。訳の分からない災難が自分に降りかかり、母親になじられることも理解できずに、離婚して別居した父親の元に逃げる小文。故郷を離れて流浪し、南の地で安定した生活を手に入れたいのに、理不尽な暴力にも晒される小米。暴行事件は見えざる力が働いてあっさりと終結する。重く苦い展開は、中国だけでなく世界中の女性や子どもの受難でもある。しかし、事件の影響でモーテルがなくなり、行き場をなくして売春を強要された小米にはまだ選択する道があった。それはおぞましい場所から逃げ出すこと。傷ついてばかりの人生は嫌だ、まだ戦えるはずだという表情を見せ、捨てられたバイクに白いドレス姿で跨り、取り壊されたマリリン像と並走する姿には、先の見えなさもあったけど、希望もあると感じた。
このように、かなり皮肉めいていて、いくらでも深読みもできるこの作品があっさりと中国国内で上映が認可されたというのは考えれば不思議なものだ。ヴェネチア映画祭のコンペ部門に選出され、ジャ・ジャンクーが主催する平遙国際映画祭で最優秀賞と監督賞を受賞し、さらには金馬奨でチュウ監督が監督賞を受賞など、非常に評価が高いことが、ここ数年独立系作品に対して上映許可を出してこなかった当局の背中を押したのだろうか。チュウ監督はベルリン映画祭で金熊賞を受賞した『薄氷の殺人』のプロデューサーでもあるというので、現在の中国独立系映画の中心人物として今後とも注目したい。(フィルメックスで一緒に写真も撮ってもらったので、とちょっと自慢してみる。笑)

小米を演じたのは、劇中の年齢よりさらに若い14歳で衝撃を受けた文淇小姐。「ヴィッキー・チェン」という英語名の通り、確かにヴィッキーに似ている。台湾に生まれて北京で育ち、子役として活躍しているそうだが、なぜか実年齢以上の役どころが多いらしい。今年の金馬奨では、ヤン・ヤーチェ監督の新作《血觀音》で見事に最優秀助演女優賞を受賞。台湾はもちろん香港でも活躍してほしい若手女優。オーディションで選ばれたという小文役の周美君ちゃん(撮影当時11歳)も熱演。脇は事件の捜査にあたる検事に阿部力の奥さんといえば通じるのかな?の史可、遊園地でエンジニアをしている小文の父に耿樂、モーテルのオーナーに大活躍の陳竹昇と手堅いキャストも揃っている。
#MeToo ムーブメントもあって今や世界的な問題となった女性への暴力だが、事件発覚直前に映画として世界に披露された先見の明を感じる。この手の問題に腰が上がらない日本で、これを一般公開してくれる配給会社は現れてくれるのだろうか。

原題:嘉年華
監督&脚本:ヴィヴィアン・チュウ
出演:ヴィッキー・チェン チョウ・メイジュン シー・クー カン・ルー バンブー・チェン 

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ジョニーは行方不明(2017/台湾)

大都市台北に暮らす若者たちが抱える孤独を描く映画といえば、真っ先に思い浮かぶのが、エドワード・ヤンの『恐怖分子』『台北ストーリー』であり、蔡明亮の『愛情萬歳』である。80年代後半から90年代にかけ、歴史的にも経済的にも大きな変化を遂げていく台北で、家族や恋人と分かり合えなかったり、思いの届かない片思いやひとときの情事に身を任せても満たされない人々の姿をスクリーンで観てきた。
台北ストーリーの主演俳優であるホウちゃんこと侯孝賢のスタッフだった黄煕監督のデビュー作『ジョニーは行方不明』を観てまず感じたのは、先に挙げたような、いわゆる“台湾新電影”の名手たちが描いてきた作品群であった。しかし、これらの作品には似ていても、全く同じというわけではない。21世紀を迎えた若者たちの孤独の描き方と、それへの向かい方は先の作品とは違う。



予告はこちらから。

車のガス欠により地下鉄に向かう男、同じく地下鉄で出会う青年と女が、それぞれ同じダウンタウン台北の古めのアパートに向かう。青年李立はアパートの大家の息子で、発達障害があるために家族から心配されている。このアパートに越してきたばかりの女・徐子淇はインコと共に暮らしている。そして男・張以風は大家の依頼でアパートのリノベーション工事を請け負うことになる。
心配されるのが苦手で、だけど自由気ままにいたい立くん。台中から一人で出てきて、友人や恩師の悩みに親身になって付き合う風くん。そして香港からやってきた徐さんには恋人がいるらしいが、どうもうまくいっていない。そんなことがわかった時、徐さんが新しく家に迎えたインコが逃げ出し、それと時を同じくして彼女のスマートフォンには「ジョニー、いる?」と間違い電話が次々とかかってくるようになる。

徐さん、立くん、風くんに共通するのは、形は違えど、それぞれが孤独に向き合っていることだ。だけど、彼らは孤独を悲しむことはない。立くんには家族がいるし、風くんは人助けが好きだ。彼らは孤独と向き合うことで、今の自分の状況を確認し、次にどこに向かおうかと思案しているように見える。決して行き場のない絶望ではない。それは、この三人の中で最も悩んでいる様子が伺える徐さんにも見られる。好きな仕事に就き、好きなインコと気ままに暮らしているけど、不倫の関係を精算できないし、実は香港に子どもを残してきている。だから、この台北の真ん中で足踏みして迷っているようなのだ。
そんな彼女は風くんと出会い、他愛もない話をしていく。彼らの関係は決して恋愛とはいえない。あくまでもご近所さん的に描かれる。それでも彼女には救いになっている。風くんも時折淋しげな佇まいを見せるし、彼のバックボーンも詳細には語られない。だけど、人に寄り添って助けてあげる親切心があり、それが大切であることを知っている。そんな親切が徐さんを解きほぐし、一歩前に踏み出すことを決意させてくれたのではないか。

ゆったりした街の映し方、住宅地のすぐ横を流れる川の風景、そして台北のマチナカに架かる道路。徐さんと風くんが疾走する夜の高架沿いの躍動感は、王家衛にも通ずる。TVドラマから派生しての良質な青春映画を多く産み出してきた台湾映画界だけど、そのみずみずしさを経由して、新電影時代に見られたテーマを描くとこのように深化していくのだろうか、ということも観終わって考えた。そして、孤独であることは決してネガティヴではないこと、そしてどんなに辛くても人とふれあい、親切にしていく/してもらうことがいかに大切なのかを語ってくれたと思った。
我らがルンルンことクー・ユールン、黄遠の2人も好演だし、レバノンと台湾のハーフというタレントのリマ・ジダン嬢(金馬奬最優秀新人賞受賞。恭喜!)の無国籍さを活かした伸びやかな佇まいも実にいい。大きな事件もなく、淡々としたスケッチのように物語は展開するけど、その淡々さがなんともよい味わいだった。

フィルメックスの監督Q&Aはこちらで読めます。動画もあり。

原題&英題:強尼・凱克(Missing Johnny)
監督:ホアン・シー 製作:ホウ・シャオシェン イエ・ルーフェン 音楽:リン・チャン シュー・シーユエン
出演:クー・ユールン リマ・ジダン ホアン・ユエン チャン・クオチュー

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相愛相親(2017/中国・台湾)

シルヴィア・チャン監督の『相愛相親』は、監督自身が演じる主人公・岳慧英が老いた母親を看取る場面から始まる。慧英自身も定年を間近に迎えた高校教師で、自動車教習所の教官である夫と地元TV局に勤務する成人した娘を持つ身であり、ここから物語は彼女の老い支度が始まるのかと思いきや、約20年前に亡くなった彼女の父親との合葬に、田舎に住む父の墓を守る最初の妻が猛反対するという展開になる。
そのおばあちゃんから見れば、慧英は妾の子。しかも「夫に先立たれ、その後ずっと独身を貫いた妻の貞節を称える」などという碑のある村に住んでいるものだから、村人も当然おばあちゃんの味方。おまけに娘の薇薇が撮った村での様子がテレビ局の看板番組に取り上げられることになり、さらに大騒ぎに…。

予告はこちら

父親の死をめぐり、最初の妻と最後の妻の子どもが争うなどというプロットは決して珍しいものではなく、総じてスキャンダラスに描かれるものであり、かつどこか古臭く感じる。しかし、この映画ではそうならなかった。20世紀後半からの中国の人々の背負った歴史も背景に匂わせつつ、急激に発展した21世紀の地方都市を舞台に、価値観や立場の違う人々のぶつかり合いから和解に至るまでを、ユーモアを交えて温かく描いている。

生真面目で家長を自認しているからこそ、愛し合っていた父と母を一緒の墓に納めたい慧英、貧しさから若いうちに別れることになってしまったけれど、死んでもなお夫を強く愛するおばあちゃん、そして慧英に反抗して家出し、恋人の阿達と共になぜかおばあちゃんのもとに住み着いてしまう薇薇の三世代の描き方が面白い。
慧英の強引さもおばあちゃんの一途さも同じ土俵に載せられているので、人によってはおばあちゃんに同情してしまう人も少なくないだろうし、その狙いも明白である。
ここで物語に客観性を呼び込むのが慧英の夫である尹孝平。妻の尻に敷かれ、家庭でも存在感が薄い、いかにも今時らしいお父さんなのだが、暴走する慧英と母親に不満ばかりを抱く薇薇の間に入って宥める役どころも果たしている。子は鎹ではなく父が鎹と言ったところか。彼を演じるのがあの田壮壮監督。『呉清源』がきっかけで面識ができ、キャスティングも想定して脚本を書いたということだが、その試みは成功していて、いいアクセントになっている。

また、岳家のファミリーアフェアも描きながら、慧英の担任するクラスで問題を抱えている学生・盧くんとその父親で売れない俳優・盧明偉と彼女の関係、西安から北京に行く途中で街にとどまり、ライヴハウスで歌うようになった歌手の阿達と薇薇の発展しない恋愛など、脇の人間関係も興味深い。これらの筋が物語にうまくハマり、慧英とおばあちゃんがそれぞれ決意をして争いを収めようとする結末に向かう。それを思うと、Love Educationという英題からは、自分と異なる人の行動や思考から相手を理解し、考えを深めて次に進むという意味がこめられていると考えられる。
発展著しい中国の地方都市の文化や生活も見え、いろいろと考えさせられながらもポジティヴ良心的な作品。『戦狼』のようなビッグバジェットではなく、第五世代のような巨匠たちの作品ともまた違う中国映画である。一般公開する価値は十分にあるので、各配給会社さんに是非期待したい。

東京フィルメックスではオープニングフィルムとして上映。
2年前に審査員を務めたシルヴィアさんが再び有楽町にやってきました。

上映時のQ&Aはこちらから。
動画は上記の題名にリンクした作品紹介ページでも観られます。

英題:Love Education
監督:シルヴィア・チャン 脚本:シルヴィア・チャン&ヨウ・シャオイン 撮影:リー・ピンビン 音楽:ケイ・ホアン
出演:シルヴィア・チャン ティエン・チュアンチュアン ラン・ユエティン ソン・ニンフォン ウー・イェンメイ タン・ウェイウェイ カン・ルー レネ・リウ

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侠女(1971/台湾)

 映画好き(シネフィルに非ず)と言っておきながら、実はワタシは意外なほどクラシックを押さえていない。学生時代に『ローマの休日』や『カサブランカ』や『用心棒』などは観ているにせよ、午前10時の映画祭は覇王別姫や宋家のように、かつて自分が好きで観ていた作品が来たくらいしか行ってないし(ちなみに年明けからは『山の郵便配達』と『初恋のきた道』が続けて上映されるが、繁忙期のためパス)BSやCSでの放映もチェックしていない。それ故に不勉強なところはたくさんある。
 それは中華電影でも然り。そもそも香港映画には90年代中盤からハマったのだから、第2次黄金期であるTVでしか観たことのない成龍作品も、李小龍作品も後から観直して感想を書いてきた。

 今年の東京フィルメックスでは、武侠映画の巨匠と言われたキン・フー(1932-1997)監督の2本の代表作『残酷ドラゴン 血斗龍門の宿』とこの『侠女』のデジタル修復版が上映された。キン・フー監督は1950年代から香港で映画製作に取り組み、60年代には台湾にも活動を広げ、これらの作品で両岸三地に名を轟かせ、第1次香港映画黄金期を築いたと言っても過言ではない、武侠映画のパイオニアとも言える人物。前者は時間の都合で観られなかったものの、後者はタイミングよく映画祭の最終上映作品になったので、それじゃ観に行かなきゃ!と多いに張り切ってチケットを取ったのであった。


なお、今回は『キン・フー武侠電影作法』(キン・フー/山田宏一/宇田川幸洋)を参考としました。この本全体の感想も、年明け以降にアップいたします。


 オリジナルは2部構成で台湾では1970年と71年に連続公開、香港では1本にまとめて公開された188分の大長編。
 東廠や錦衣衛など、この映画この映画でお馴染みの人たちが暗躍する明代が舞台。東廠の宦官に陥れられて処刑された父の敵を討つために武術を身につけた楊慧貞(徐楓)と、彼女にひかれた田舎町の30過ぎの書生顧省斎(石雋)を中心に繰り広げられる壮絶な復讐劇…と一応言えるのだが、3時間全編に渡って激しいアクションが展開するわけではない。
 初めは非常にゆっくりと田舎町の枯れた初冬(多分)の情景を見せ、そこから顧が登場してくる。頭はよさそうなのに科挙にはなかなか合格せず、書画を描いたり手紙の代筆や春聯の作成をする商売をしている顧は母親と2人暮らしで、一族が絶えるから嫁をとれと散々言われるトホホ君。石雋さんといえば、『楽日』で苗天さんと共に台北の映画館で『血斗竜門の宿』を観ていたり、3年前にNHK広島が製作したドキュメンタリードラマ『基町アパート』(リンクは出演されていた中村梅雀さんのblog記事)に出演されたり、『黒衣の刺客』にも出るはず…というか撮影はしたけどカットになったのか、とあれこれ思い出す。武侠映画のスターであるけど、顧はショウブラ作品の主人公のようなマッチョではなく、頭脳を使って楊をサポートするタイプ。彼のようなタイプは女性が主人公となる武侠映画では珍しくないけど、その原型なのかもしれない。
 その彼の村の廃寺に住み着いたのが楊。徐楓さんが演じる彼女は登場時からキリッとした表情を見せ、あまり表情を崩すことがない。彼女はデビュー2作目でこの作品の主演を果たしているのだけど、もともとアクション女優ではなかったというのが意外。デビューしたてでキャリアの浅さをカバーするためにセリフをあえて少なくしたとも聞くけど、新人であることを感じさせないアクションの凄さには驚かされた。

 そう、この映画について語るのに欠かせないのが、武侠映画の最高傑作ということ。それは本当であって、ここから香港のアクション映画にもつながっていったというのはまさにその通りだと感じた。『グリーン・デスティニー』がオマージュを捧げた(他の映画にも多少あるけど)第1部クライマックスでの竹林での激闘や、楊たちが逃亡中に敵と戦い、慧圓大師(ロイ・チャオ)に助けられる場面、第2部クライマックスの錦衣衛との対決など、見ごたえがある場面は次々と登場する。最初の場面から顧と楊が出会い、彼女たちの周囲に東廠の密偵・歐陽年(田鵬)が現れて暗躍するまでがえらくゆったりしているので、多少戸惑ったりもしたのだけど、物語が戦いへと向かうと一気にシフトチェンジして止まらなくなり、興奮すること限りなしであった。しかし、アクション以外の場面にも力が入っているから、ゆったり…というより、ここまで時間をかけて描いているのかな?とも一方で思った。第2部中盤で顧が立てた作戦で東廠をおびき出して全滅させるというくだりでは、戦いの虚しさまでも描いてしまっていて、普通はこういう描写しないよなーなんて思うところもあったので。
 そして、ついつい楊の強さに気を取られていたので、彼女と顧が一瞬の恋に落ちたのをうっかり見落としてしまい、一緒にはなれないけど彼の子孫を絶やすまいと一緒に寝て、産んだ子供を託したくだりに「えー、ヤッたのかキミたち!」と思わず言っちゃったこと(汗)。予習してなかったのがいけなかったんですね、すみません。

 てなかんじでダラダラ書きそうなのでこのへんで締めますが、先にも書いたようにこの映画が李小龍や成龍やショウブラ作品につながり、後の古装片ブームにもつながり、一代宗師や黒衣の刺客、さらにはるろけんにもつながっていくと思えば、大きなスクリーンで観られたことは嬉しかったし、今後も語り継いでいかれるだろうし、まだ知らない多くの人に観られてほしいと思ったのであった。
 この映画祭で上映された2本のキン・フー作品は、来年1月からの一般公開が決まっているそうで、これをいい機会に、ぜひとも全国津津浦浦で上映されてほしいものです。
 もちろん我が地元でも観たいなあ。せっせとリクエスト出さねば。


英題:A Touch of Zen
監督&脚本:キン・フー 撮影:ホア・ホイイン 音楽:ウー・ダーチアン 武術指導:ハン・インチエ
出演:シュー・フォン シー・チュン バイ・イン ティエン・ポン ハン・インチエ サモ・ハン・キンポー ミャオ・ティエン ロイ・チャオ

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