トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦(2024/香港)
昨年の秋、東京国際映画祭で初めてこの映画を観た時は、「いやー、これはホントにすごかった!」としか言えなかった。しかし、既に現地上映を観てきた同好の士の皆様や、映画祭のために来日した(!)華人の若い電影迷たちの熱狂を同じ映画館で感じた時、コロナ禍前後のあの民主運動の顛末や国安法施行、検閲開始と激しく揺れ動いた香港でもうアクション映画は作れないのではないかとそれまでは思っていたので、その面白さを噛みしめていた。そして観終わった時、次のようなことを思いついた。
もしかしたらこれは、これまでの香港映画の到達点であり、未来でもある作品かもしれない、と。
原作は、脚本家でもある小説家・余兒による小説《九龍城寨・圍城》。これが一作目で、前日譚・後日譚と合わせた三部作(この夏、早川書房から邦訳刊行決定)小説をもとにした100巻以上にわたるコミカライズもあり、2014年には日本の外務省が主催した国際漫画賞にも入賞したとのこと。
ジャパンプレミアとなった昨年秋の東京国際映画祭にて。左からプロデューサーのアンガス・チャン、谷垣健治アクション監督、王九役のフィリップ・ン
1980年代前半。戦争の影響で混乱するベトナムから脱出して香港へ密入国した陳洛軍(レイモンド・ラム)は油麻地の水果市場を仕切る黒社会の大ボス(サモ・ハン)に拾われたが、トラブルを起こして逃亡し、九龍城砦に逃げ込む。そこで出逢ったのは、理髪店主にして城砦の全てを仕切っている龍捲風(ルイス・クー)。身分証もなく、行き場のない洛軍は城砦で働くこととなり、龍捲風の片腕の信一(テレンス・ラム)傷だらけの顔をマスクで覆った医師の四仔(ジャーマン・チョン)廟街を仕切る虎兄貴(ケニー・ウォン)の配下にある十二少(トニー・ウー)、城砦の食品工場で働く燕芬(フィッシュ・リウ)などと知り合い、城砦の住民たちの温かさに触れていく。
龍捲風と虎兄貴はかつて、現在は城砦の地主となっている秋兄貴(リッチー・レン)と共に、城砦を掌握し恐怖で支配した黒社会の大物・雷震東に対抗し、30年前の抗争で勝利したが、秋兄貴は雷の配下で「殺人王」と呼ばれて恐れられた陳占(アーロン・クォック)に家族を殺されており、占の子供が存命であることを突き止め、復讐の機会を狙っていた。しかし、その占と龍捲風の間にはある秘密があり、それによる因縁は洛軍たちをも巻き込んで城砦を大きく揺るがしていくこととなるーーーーーー。
同胞たる兄弟が 不幸な運命に見舞われた 味方同士で殺し合う なんとむごたらしいことかーーーー
と歌う曲に合わせての開幕、香港映画界でもすっかりお馴染みになった川井憲次氏のスコアにのせて熾烈な死闘が展開するアバン、そしてプリシラ・チャンの「跳舞街」が高らかに鳴り響く冒頭から一気に80年代香港のムードに引き込まれる。19世紀前半に要塞として作られ、アヘン戦争からの英国統治、日本軍の占領などで翻弄されてきた150年以上に渡る香港の歴史の象徴というべき九龍城砦を舞台に、因縁と運命が渦巻くノワールと激烈なアクションが融合したエピックである。
私が香港に通い始めたのは返還直後からなので、九龍城砦について知識はあったものの、関心を寄せることはなかった。法治の手が及ばない無政府地帯、犯罪者が隠れ住む悪の巣窟、入り込んだらもう出られなくなる、などの都市伝説が語られている(さいたま市議会議員の吉田一郎氏が実際に城砦に住んでいた経験をよく語っている)が、それが即ち香港のネガティヴなイメージと重ねられて見られるー特に80年代から返還前の香港で印象が止まっている人などーように思われる。
確かに城砦をめぐる覇権争いや、城砦内でのヤクの取引も描かれてはいるが、この映画では殊更にその面を強調せず、たった一人で逃げ込んだ陳洛軍が出逢う城砦の人々の暮らしも丁寧に描かれる。とかくアクションばかりに目がいきがちになるが、この映画の要はこの日常描写だ。10億円かけて再現されたという城砦が生きるのは、そこに生きる人々の姿が描かれてこそである。彼らは様々な困難の中でも助け合って生き、生活を脅かす脅威が迫れば全力で戦う―それは時を越えた現在の香港にも重なるように見える。生い立ちと立ち位置の特殊性から長らくネガティブにとらえられた九龍城砦を読み直し、香港史と香港人たちのシンボルとして再定義を試みたのが、この映画が作られた意義だと考える。三丁目の夕日的な懐かしさも感じるが、そこにはしっかりと現在に続く「香港精神」もある。そこに心惹かれる。
それと共にテーマとして語られる「継承」はキャストたちが身をもって体現する。九龍城砦の支配を目論む大ボス、自らの拳で城砦を救った龍捲風、彼と共に戦った秋兄貴と虎兄貴、そして龍捲風とは敵対しながらも特別な関係にあった「殺人王」陳占という上の世代のキャラクターには、それぞれサモ・ハン、ルイス・クー、リッチー・レン、ケニー・ウォン、アーロン・クォックと香港映画の黄金期から現在まで活躍してきた俳優たちが揃う。一番驚かされたのはリーディングロールを務めるルイスで、これまでノワールものや警察映画等で活躍はしてきたものの、アクションができる人という認識はあまりなかった(もちろんバリバリのアクションを見せている作品はこれまでも観てきているし、できないと言っているわけではない)その彼がカンフーの達人である初老の理髪店主という設定で、その彼が一撃にして洛軍を仕留める場面はワイヤーのうまさも相まって見事に決まっていたし、城砦の顔役として若者や住民たちを導く姿には包容力も感じてグッとくる。現在の香港映画界を表はもちろん裏側からもしっかりと支える重要人物となったルイスがこんな役を演じるようになるとは…と、香港映画ファンを始めた頃にデビューした彼を知っていることもあって、妙に感慨深くなった。
信一、十二少、四仔、そして洛軍のいわゆる“城砦四少”たちも個性豊か。もともと歌手で俳優としては大陸の時代劇シリーズや香港映画での脇役が多かったレイモンド(私も以前観た映画で彼を知った)『アニタ』でレスリー・チャンを演じたテレンス、アマチュア野球の香港代表だったトニー、スタントマンやアクション指導の経験があるジャーマンと経歴もそれぞれ個性的で、今後も活躍が期待できる若手たちが揃う。若手と言ってもレイモンドは40代半ばだし、最年少のトニーもアラサー。でも香港映画では演劇出身も若手も多いし、なんといっても皆さん若く見えるので年齢が高くとも特に違和感はない。
このアンサンブルで描かれる龍捲風と信一、虎兄貴と十二少、そして陳占との秘められた友情があっての龍捲風と洛軍との描き方には奥行きを感じ、キャラの良さももちろんあって、これもまたグッと心がつかまれた。
忘れてはいけないのが大ボスの腹心である王九(フィリップ・ン)。軽薄な手下のチンピラとして登場して極悪非道を重ね多くの人々を犠牲にし、どんな攻撃でも気功で防御してしまうという設定を駆使してラスボスとしてクライマックスに君臨する。しかしSNSでは「気功ギャル」と称されるし、ファンキーさも感じてなぜか憎む気にはなれない。その他に戦う叉焼飯屋の阿七(ジョセフ・ラウ)、燕芬と魚蛋妹など、脇の脇までよいキャラ揃いで、誰にでも容易に感情移入ができる。
ここまでドラマとキャラで書いてきたが、我らが谷垣健治アクション監督が手がけるアクションにだって注目。兄貴世代が体得するクラシックなスタイルから、城砦四少たちによる現代的なバトルスタイルまで、香港アクション映画の歴史を凝縮したような見せ場には実に興奮する。それに加えて日本映画での代表作であるるろけんシリーズへのオマージュを感じさせたりもするので、もうニヤニヤしっぱなし。
このようにあれこれ書いてしまいたくなる作品で、このまま書き続けているとそれこそ1冊本ができてしまいそうなので(というか本気で作ろうと思っている、マジで)、このあたりでとどめておきたいが、この映画が魅力的なのは、多種多様なアクションや、見事に再現された九龍城砦のディテールが引き起こす「あの頃の香港」の懐かしさに加えて、これまでの香港映画が築きあげてきた手法を用いて「香港の現在」を体現しようと試みているからだと考えている。それがあったから、ここまでヒットしたし、日本でも大きな広がりを見せたのだと思う。とにかく、これまで香港映画を観たことがない人にも観てもらえているのが嬉しいし、SNSでの盛り上がりも実に楽しい。もっともっと盛り上がってロングラン上映してほしいし、多くの人に香港映画の魅力を知ってほしい。
でも最後にこれだけは言いたい。
誰が言い出したか知らないけど、SNSでこの映画についての言及でよく見かける「トワウォ」って略称が実に嫌。字の座りも声に出しても強引な略称過ぎて違和感しかない。使いたくないし見たくもない(でも目に入ってしまう)
四字で表したいのなら「九龍城砦」を使ってほしい。漢字の使える国じゃないか、ここは。
原題/英題:九龍城寨之圍城/Twilight of the Warriors:Walled in
監督:ソイ・チェン 製作:ジョン・チョン ウィルソン・イップ他 脚本:アウ・キンイ―他 原作ユー・イー《九龍城寨》 音楽:川井憲次 アクション監督:谷垣健治
出演:ルイス・クー レイモンド・ラム テレンス・ラウ トニー・ウー ジャーマン・チョン フィリップ・ン フィッシュ・リウ ジョセフ・ラウ チュー・パクホン セシリア・チョイ ケニー・ウォン リッチー・レン サモ・ハン アーロン・クォック
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