香港映画

トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦(2024/香港)

昨年の秋、東京国際映画祭で初めてこの映画を観た時は、「いやー、これはホントにすごかった!」としか言えなかった。しかし、既に現地上映を観てきた同好の士の皆様や、映画祭のために来日した(!)華人の若い電影迷たちの熱狂を同じ映画館で感じた時、コロナ禍前後のあの民主運動の顛末や国安法施行、検閲開始と激しく揺れ動いた香港でもうアクション映画は作れないのではないかとそれまでは思っていたので、その面白さを噛みしめていた。そして観終わった時、次のようなことを思いついた。
もしかしたらこれは、これまでの香港映画の到達点であり、未来でもある作品かもしれない、と。

原作は、脚本家でもある小説家・余兒による小説《九龍城寨・圍城》。これが一作目で、前日譚・後日譚と合わせた三部作(この夏、早川書房から邦訳刊行決定)小説をもとにした100巻以上にわたるコミカライズもあり、2014年には日本の外務省が主催した国際漫画賞にも入賞したとのこと。

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ジャパンプレミアとなった昨年秋の東京国際映画祭にて。左からプロデューサーのアンガス・チャン、谷垣健治アクション監督、王九役のフィリップ・ン

1980年代前半。戦争の影響で混乱するベトナムから脱出して香港へ密入国した陳洛軍(レイモンド・ラム)は油麻地の水果市場を仕切る黒社会の大ボス(サモ・ハン)に拾われたが、トラブルを起こして逃亡し、九龍城砦に逃げ込む。そこで出逢ったのは、理髪店主にして城砦の全てを仕切っている龍捲風(ルイス・クー)。身分証もなく、行き場のない洛軍は城砦で働くこととなり、龍捲風の片腕の信一(テレンス・ラム)傷だらけの顔をマスクで覆った医師の四仔(ジャーマン・チョン)廟街を仕切る虎兄貴(ケニー・ウォン)の配下にある十二少(トニー・ウー)、城砦の食品工場で働く燕芬(フィッシュ・リウ)などと知り合い、城砦の住民たちの温かさに触れていく。
龍捲風と虎兄貴はかつて、現在は城砦の地主となっている秋兄貴(リッチー・レン)と共に、城砦を掌握し恐怖で支配した黒社会の大物・雷震東に対抗し、30年前の抗争で勝利したが、秋兄貴は雷の配下で「殺人王」と呼ばれて恐れられた陳占(アーロン・クォック)に家族を殺されており、占の子供が存命であることを突き止め、復讐の機会を狙っていた。しかし、その占と龍捲風の間にはある秘密があり、それによる因縁は洛軍たちをも巻き込んで城砦を大きく揺るがしていくこととなるーーーーーー。

 

 

同胞たる兄弟が 不幸な運命に見舞われた 味方同士で殺し合う なんとむごたらしいことかーーーー

と歌う曲に合わせての開幕、香港映画界でもすっかりお馴染みになった川井憲次氏のスコアにのせて熾烈な死闘が展開するアバン、そしてプリシラ・チャンの「跳舞街」が高らかに鳴り響く冒頭から一気に80年代香港のムードに引き込まれる。19世紀前半に要塞として作られ、アヘン戦争からの英国統治、日本軍の占領などで翻弄されてきた150年以上に渡る香港の歴史の象徴というべき九龍城砦を舞台に、因縁と運命が渦巻くノワールと激烈なアクションが融合したエピックである。

私が香港に通い始めたのは返還直後からなので、九龍城砦について知識はあったものの、関心を寄せることはなかった。法治の手が及ばない無政府地帯、犯罪者が隠れ住む悪の巣窟、入り込んだらもう出られなくなる、などの都市伝説が語られている(さいたま市議会議員の吉田一郎氏が実際に城砦に住んでいた経験をよく語っている)が、それが即ち香港のネガティヴなイメージと重ねられて見られるー特に80年代から返還前の香港で印象が止まっている人などーように思われる。
確かに城砦をめぐる覇権争いや、城砦内でのヤクの取引も描かれてはいるが、この映画では殊更にその面を強調せず、たった一人で逃げ込んだ陳洛軍が出逢う城砦の人々の暮らしも丁寧に描かれる。とかくアクションばかりに目がいきがちになるが、この映画の要はこの日常描写だ。10億円かけて再現されたという城砦が生きるのは、そこに生きる人々の姿が描かれてこそである。彼らは様々な困難の中でも助け合って生き、生活を脅かす脅威が迫れば全力で戦う―それは時を越えた現在の香港にも重なるように見える。生い立ちと立ち位置の特殊性から長らくネガティブにとらえられた九龍城砦を読み直し、香港史と香港人たちのシンボルとして再定義を試みたのが、この映画が作られた意義だと考える。三丁目の夕日的な懐かしさも感じるが、そこにはしっかりと現在に続く「香港精神」もある。そこに心惹かれる。

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それと共にテーマとして語られる「継承」はキャストたちが身をもって体現する。九龍城砦の支配を目論む大ボス、自らの拳で城砦を救った龍捲風、彼と共に戦った秋兄貴と虎兄貴、そして龍捲風とは敵対しながらも特別な関係にあった「殺人王」陳占という上の世代のキャラクターには、それぞれサモ・ハン、ルイス・クー、リッチー・レン、ケニー・ウォン、アーロン・クォックと香港映画の黄金期から現在まで活躍してきた俳優たちが揃う。一番驚かされたのはリーディングロールを務めるルイスで、これまでノワールものや警察映画等で活躍はしてきたものの、アクションができる人という認識はあまりなかった(もちろんバリバリのアクションを見せている作品はこれまでも観てきているし、できないと言っているわけではない)その彼がカンフーの達人である初老の理髪店主という設定で、その彼が一撃にして洛軍を仕留める場面はワイヤーのうまさも相まって見事に決まっていたし、城砦の顔役として若者や住民たちを導く姿には包容力も感じてグッとくる。現在の香港映画界を表はもちろん裏側からもしっかりと支える重要人物となったルイスがこんな役を演じるようになるとは…と、香港映画ファンを始めた頃にデビューした彼を知っていることもあって、妙に感慨深くなった。
信一、十二少、四仔、そして洛軍のいわゆる“城砦四少”たちも個性豊か。もともと歌手で俳優としては大陸の時代劇シリーズや香港映画での脇役が多かったレイモンド(私も以前観た映画で彼を知った)『アニタ』でレスリー・チャンを演じたテレンス、アマチュア野球の香港代表だったトニー、スタントマンやアクション指導の経験があるジャーマンと経歴もそれぞれ個性的で、今後も活躍が期待できる若手たちが揃う。若手と言ってもレイモンドは40代半ばだし、最年少のトニーもアラサー。でも香港映画では演劇出身も若手も多いし、なんといっても皆さん若く見えるので年齢が高くとも特に違和感はない。
このアンサンブルで描かれる龍捲風と信一、虎兄貴と十二少、そして陳占との秘められた友情があっての龍捲風と洛軍との描き方には奥行きを感じ、キャラの良さももちろんあって、これもまたグッと心がつかまれた。
忘れてはいけないのが大ボスの腹心である王九(フィリップ・ン)。軽薄な手下のチンピラとして登場して極悪非道を重ね多くの人々を犠牲にし、どんな攻撃でも気功で防御してしまうという設定を駆使してラスボスとしてクライマックスに君臨する。しかしSNSでは「気功ギャル」と称されるし、ファンキーさも感じてなぜか憎む気にはなれない。その他に戦う叉焼飯屋の阿七(ジョセフ・ラウ)、燕芬と魚蛋妹など、脇の脇までよいキャラ揃いで、誰にでも容易に感情移入ができる。

ここまでドラマとキャラで書いてきたが、我らが谷垣健治アクション監督が手がけるアクションにだって注目。兄貴世代が体得するクラシックなスタイルから、城砦四少たちによる現代的なバトルスタイルまで、香港アクション映画の歴史を凝縮したような見せ場には実に興奮する。それに加えて日本映画での代表作であるるろけんシリーズへのオマージュを感じさせたりもするので、もうニヤニヤしっぱなし。

このようにあれこれ書いてしまいたくなる作品で、このまま書き続けているとそれこそ1冊本ができてしまいそうなので(というか本気で作ろうと思っている、マジで)、このあたりでとどめておきたいが、この映画が魅力的なのは、多種多様なアクションや、見事に再現された九龍城砦のディテールが引き起こす「あの頃の香港」の懐かしさに加えて、これまでの香港映画が築きあげてきた手法を用いて「香港の現在」を体現しようと試みているからだと考えている。それがあったから、ここまでヒットしたし、日本でも大きな広がりを見せたのだと思う。とにかく、これまで香港映画を観たことがない人にも観てもらえているのが嬉しいし、SNSでの盛り上がりも実に楽しい。もっともっと盛り上がってロングラン上映してほしいし、多くの人に香港映画の魅力を知ってほしい。

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でも最後にこれだけは言いたい。

誰が言い出したか知らないけど、SNSでこの映画についての言及でよく見かける「トワウォ」って略称が実に嫌。字の座りも声に出しても強引な略称過ぎて違和感しかない。使いたくないし見たくもない(でも目に入ってしまう)
四字で表したいのなら「九龍城砦」を使ってほしい。漢字の使える国じゃないか、ここは。

原題/英題:九龍城寨之圍城/Twilight of the Warriors:Walled in

監督:ソイ・チェン 製作:ジョン・チョン ウィルソン・イップ他 脚本:アウ・キンイ―他 原作ユー・イー《九龍城寨》 音楽:川井憲次 アクション監督:谷垣健治

出演:ルイス・クー レイモンド・ラム テレンス・ラウ トニー・ウー ジャーマン・チョン フィリップ・ン フィッシュ・リウ ジョセフ・ラウ チュー・パクホン セシリア・チョイ ケニー・ウォン リッチー・レン サモ・ハン アーロン・クォック

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恭喜新年 萬事如意@2025

  題名通り、あけましておめでとうございます。
今年初の記事ですが、まさか元宵節まで全然書けなかったとは…
昨年も多忙のため年間10本も書けませんでしたので、今年はもう少し頑張ります。

さて、本blogでもここしばらくTOPで告知をしておりました台カルシアター『赤い糸 輪廻のひみつ』上映会@岩手県公会堂ですが、先日無事に終了いたしました。ご来場いただいた皆様、サポートしていただいた皆様、誠にありがとうございました。

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当日会場に飾った紅聯。3年前のものなので年号変えました。

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この上映会については、noteに書きました。読んでいただければ幸いです。
台カルシアターは今後も続けていきます。これまで地元で上映できなかった台湾映画を少しでも多くの人に観てもらえるように頑張ります。

そして、昨年の東京国際映画祭で観てから、なんとか感想を書こうと思いつつもここまで来てしまった『トワイライト・ウォリアーズ』ですが、予想を超えるヒットで驚いております。まさか応援上映まで行われるとは…

 

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シネコンメインの上映展開なので、地元映画館での上映はもう少し先(3/28~2週間限定)でも待ちきれなかったので、隣県のシネコンまで観に行ってしまったのでした。ああもう面白かった…

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映画を観た後には食べたくなる叉焼飯。
自作してみたがなんか叉焼飯には見えない…

そしてついでに仙台で『ゴールドフィンガー』も鑑賞。

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この2作品の感想はいずれ。
次の香港映画ZINEに先行して書き、ダイジェストをこちらに掲載します。
はい、昨年に引き続き、今年もZINEを作ります。    

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そして今年もこの季節がやってまいりました、盛岡台湾Happyフェス
今年度は盛岡市と花蓮市が友好都市提携5周年ということで、様々な実践がありました。こちらもできれば書く予定。

以上、近況報告&予告的にまとめましたが、中華圏の本も読んでいるし、今年もいろんな中華ネタについて楽しく書いていきたいです。
とりあえず、来月のZINEマーケットに向かって新作のZINEを頑張ります。以上。

 

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盗月者(2024/香港)

90年代の四大天王以来、長らくアイドル不在の時代が続いた香港エンタメ界に現れたのがMIRROR
ViuTVのリアリティ番組『全民造星』の出演者12人がグループとして2018年にデビューし、反送中デモや民主化運動、コロナ禍で施行された国安法等大きな社会的事件にさらされた香港で瞬く間に人気を集めてトップアイドルとなり、社会現象となったグループである。日本でも2021年頃から国際報道番組(fromりえさんのtweet)やラジオ番組等で伝えられるようになり、ミュージシャンとしてもソニーに籍を置いている。
一番有名なのはドラマ『おっさんずラブ』香港リメイク版《大叔的愛》でアンソン・ローとイーダン・ルイがそれぞれ主演したことか(あと一人は《逆流大叔》『トワイライト・ウォリアーズ』のケニー・ウォン)


このドラマは実は未見なので(オリジナルもあまりきちんと観ていなかったもんで、落ち着いたらなんとかして観ようと思っている)それ以外で彼らに親しむ手段としては歌になるわけで、Spotifyでお気に入りにして聴いている。
というわけでいくつかMVも貼っておく。


BOSS


WARRIOR

THE FIRST TAKEには2回登場。ジェレミー(今年日本でソロライブを実施)とジョール、アンソンとギョン・トウによる「Rumours」

もっと詳しいことは検索するとわかるのでそちらに譲りましょう。
香港発の日本語webマガジンHONG KONG LEI連載こちらのシリーズコラムなどで取り上げられているし。

歌は聴けてもドラマや配信バラエティまで手が回らない自分にとって、大画面でじっくり腰を落ち着けて観ることができる映画は実に有難いコンテンツであり、あるグループのメンバーを覚えたくても人数が多すぎて顔と名前の一致が苦手な自分にとっては(年取ったからじゃなくて実は若い頃からそうだった)、グループの誰かが映画に出てくれることは顔を覚える絶好のチャンスだったりする。
そんなわけで、今年の大阪アジアン映画祭でジャパンプレミアされ、そこから半年後に日本公開されたこの『盗月者』は、そんな私にとって非常に有り難い映画であった。

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旺角の時計店で働くアンティーク時計の修理工馬文舜(マー/イーダン・ルイ)は中古時計の部品を用いて本物と変わりない偽アンティーク時計を作り上げる特技を持っている。彼の憧れはアポロ計画で月に降り立ったバズ・オルドリンが身に着けていたという時計、通称ムーンウォッチの43番。そんな彼は盗品時計の売買を親から受け継いで仕切る莱叔(ロイ/ギョン・トウ)に呼び出され、詐欺行為の弱みを握られて時計の窃盗をするように言われる。他のメンバーはロイの父親のもとで長年働いてきた大賊(タイツァー/ルイス・チョン)と爆破のエキスパート渠王(マリオ/マイケル・ニン)そして元鍵師の母と兄を持つ李錦佑(ヤウ/アンソン・ロー)。ターゲットは銀座の時計専門店・時計物語に保管され、オークションにかけられる予定のピカソが所蔵していた3本の腕時計。綿密な計画を立て、中国人富裕層を装って店を信頼させ、時計が保管されるVIPルームに入りこめた4人。旧日本軍の書類庫だった特別な金庫にピカソの時計が収蔵されていることを確認したマーは、同じ金庫にムーンウォッチの43番があるのを見つけ、心をかき乱される。

 

たとえアイドル映画であっても香港ではきちんとジャンル映画にも適応させて得意の分野に落とし込んでいくので、香港映画好きにとってはそれがまた嬉しかったりする。
モチーフとなったのは2010年に銀座の天賞堂で発生した香港人窃盗団による事件らしいが、これに様々な実話を組み込んで物語は構成されている(リンク先は映画ライター中山治美さんの記事)。強盗を主題とした映画は香港のみならず世界中に多くあるし、アクションやノワール的展開も絡めやすいし娯楽性の高い題材だ。裏切りや罠もあり、最後まで読めない展開にもワクワクする。
加えて日本(しかも東京のど真ん中!)ロケとくればもう楽しさは保証付き。時計店のロケは実際に銀座(一部上野)にある時計店で撮影されているのも強みだし、ミッションの中継地点として登場する場末の簡易郵便局(!)が川崎の湾岸にある船宿だったりとなかなか思いつかないアイディアを盛り込んでいるのがいい。25年前にロケが行われた『東京攻略』を何だか思い出させる(あの映画で映し出された渋谷の風景はもうすっかり変わってしまった…)日本側キャストも米国、韓国、カナダ、ロシアなどの映画に出演して国際的なキャリアを積む俳優ばかりで(『1秒先の彼』にもチョイ役で出演した台湾ルーツの朝井大智も出演)それぞれの熱演も楽しい。

《大叔的愛》コンビであるイーダンとアンソンは、時計オタクの天才職人と母親想いの天才鍵師というそれぞれ特徴も複雑さのあるキャラがぴったりハマっている。おそらく当て書きなのだろうけど、アイドルらしい見せ場があるのがいい。特別出演枠のギョン・トウが演じるロイは字幕では「ロイ叔父貴」とあり、実際メンバー最年少なのになぜ叔父貴?とはなるのだが、もともと父親が手がけていた盗品売買業を「叔父貴」という名前もろとも引き継いだからと気づけば、それは賢いのだかそれとも馬(後略)かと思ってしまう。しかもかなり気が荒くクレイジーなキャラで、よくこれできたなー、いや楽しかったんだろうなー。
そしてアイドル映画に欠かせないのは名わき役たちなのだが、この映画でその任を請け負うのは新世代香港映画のキーパーソンでもある『星くずの片隅で』のルイス・チョンと『九龍猟奇殺人事件』『宵闇真珠』の白只(マイケル・ニン)。窃盗団として裏の世界で暗躍しつつ、時代による江湖の移り変わりに複雑な心境を抱きながら仕事に挑む役どころ。ルイスの演技は安定感があるし、白只は一部ではポスト林雪などと言われていたけど、ユーモラスさよりもハードボイルド感を漂わせているので個性は明らかに違うし、こちらも観ていて安心できる。時計屋の権叔父さんを演じるベン・ユエン、障害を持つ内勤郵便局員童童役ソー・チュンワイも印象的。

監督のユエン・キムワイはカリーナ・ラムの元パートナーとしか認識してませんでした、すみません。監督はこれで3作目だそうだけど、往年の香港娯楽映画にオマージュを捧げたような作りになってた印象。クラシックなスマートさといい感じの懐かしさがある。ハリウッド大作を好んで観てきたとインタビューにあるのでそこはなんとなく頷ける。もうすっかり香港映画界を代表する音楽家となった波多野裕介さんの音楽もよい。

緩さもあるけど総じて楽しかったこの映画は、地方でも1週間だけだったけど上映があったので運よくロードショーで観ることができた。年明けから上映される地方もまだまだある。
デビューから6年経ち、今年はCNNでも紹介されていたMIRRORだけど、日本ではまだまだ知名度は…だし(香港のBTSとか安易に言われそう)ローカルアイドルでありながらもその良さを活かしてもっと知られてほしいと思っているので、香港映画の現在を知ってもらう意味もあってこの映画を推していきたい。往年の香港映画が好きな人にも、新しさを求める人にも、そして香港映画を日本で観てもらうために頑張っている人々の思いも受け取って、今後も好きな映画を勧めていきたい。

あともう少しMIRRORも知りたい。沼にハマるまででなくても、知らない人に的確に説明してお勧めできるくらいには知りたい。
そしたらやっぱりなんとか時間を作って《大叔的愛》も観るかな、ちゃんとお金を払って。

英題:THE MOON THI4V3S
監督・製作・脚本:ユエン・キムワイ 製作総指揮:アルバート・リョン 音楽:波多野裕介
出演:アンソン・ロー イーダン・ルイ ルイス・チョン マイケル・ニン ギョン・トウ ベン・ユエン ルナ・ショウ ソー・チュンワイ 田邊和也 朝井大智 山本修夢  

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【ZINE新作】21世紀香港電影新潮流

前の記事で製作をお知らせした新作ZINEが完成しました。

【新刊】21世紀香港電影新潮流 funkin'for HONGKONG@zine 2024

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↑見本誌の画像なのでサークルアイコンが入っていますが、もちろん販売分にはついていません。

2016年以降に製作された新人映画監督作品のうち、自分が観ている作品を10本選んで紹介しています。
これまでblogやTwitterで書いてきたテキストに加筆しております。
ラインナップは次の通り。

・星くずの片隅で
・香港の流れ者たち
・毒舌弁護人
・白日の下
・淪落の人
・逆流大叔
・花椒の味
・ブルー・ムーン
・私のプリンス・エドワード
・ソロウェディング

加えて、このblogでは書いていなかった、17年と19年の香港ミニ旅行記などの散文も書き下ろし。
地元でも来月上映される『燈火は消えず』他、未見の作品にも簡単に触れました。

先日実施された浜藤の酒蔵ZINEマーケットで初頒布し、おかげ様で初版の半数をお買い上げいただけました。

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当日の様子

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季節に合わせて紅聯も飾ってみました。

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このチラシも、勝手に応援で飾りました。

もともと地元であまり上映されていない香港映画を知ってもらって、劇場で上映されたら観てほしいなーという気持ちから作ったZINEなので、現在のところ手売りでやっていますが、増刷も考えているので通販も予定しています。
通販の準備が整ったら、ここでもお知らせいたします。

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20周年を迎えました/新作ZINE出します

昨日の1月13日で本blogは開設20年になりました。
時間過得真快…
ここ5年ほどは公私共に多忙で、SNSはできても長文の感想等は全く書けなくなってしまい、更新も年数回となってしまいました。
でもSNSも過渡期を過ぎたようだし、これからどんな展開になるかわからないけど、どんなことがあってもblogは手放したくないと思い、少しずつであっても更新は続けてきました。
ここは居場所としてなんとか守っていきます。今後ともお付き合いいただければ嬉しいです。

そしてblog開設20周年を記念して、久々にfunkin'for HONGKONG名義のZINEを発行します。

その名も『21世紀香港電影新潮流』

2014年の雨傘運動後や19年の民主化運動、そしてコロナ禍を経ての2018年から昨年までに香港で製作された映画についての感想や散文をまとめたものです。『星くずの片隅で』の時にも書いたけど、地元では上映される機会が少ない香港映画の知名度を上げたくて作りました。
表紙(一部チラ見せ)はこんな感じ。

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現在製作も最終段階。
これは1月21日(日)に岩手県盛岡市のもりおか町家物語館浜藤ホールにて行われる浜藤の酒蔵ZINEマーケットにて初売します。

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以降は書局やさぐれとして参加する文学フリマ等各ブックイベントでも販売し、通信販売も予定しております。
今後は台湾旅行記や飲食関係本も製作する予定。
今年は中華エンタメのインプットとアウトプット、そしてZINEやフォトブック等の創作活動にも励んでいきたいです。

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香港の流れ者たち(2021/香港)

2018年のTIFFに出品された『トレイシー』(感想のリンクは当時のtwitterなので、いろいろ表現的に追いついていないところはご了承ください)でデビューしたジュン・リー監督の第2作であるこの映画、『香港の流れ者たち』を初めて知ったのは、2年前の金馬奬で最優秀作品賞を始め12部門ノミネートされたことから。金馬では最優秀脚色賞を受賞したのだが、これは2012年に香港で起こった通州街ホームレス荷物強制撤去事件に材を取って作られたことから脚色賞のカテゴリに入ったようだ。翌年の金像奬では11部門ノミネート。

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香港の下町、深水埗。高架下で暮らしていたヤク中のファイ(ジャンユー)が刑務所を出所し、この街に帰ってくる。ベトナム難民のラム爺(謝君豪)、ラン(ベイビー・ボウ)とチャン(ロレッタ・リー)姉妹、元大工のダイセン(朱栢康)らが彼を迎えてくれるが、食品環境衛生署の事前通告なしの「掃除」により、何もかも取り上げられてしまう。彼らはソーシャルワーカーのホー(セシリア・チョイ)の助けを借りて、政府を相手に謝罪と賠償を求める裁判を起こす。

 

十年前に息子を失っているファイをはじめ、ベトナム戦争後、香港で亡命する家族と離れ離れになってしまったラム、ドラッグ中毒で何もかも失った元ホステスのチャンなど、ホームレスたちはそれぞれの事情で今の生活を送っている。ハーモニカが唯一の友である失語症の若者、通称モク(ウィル・オー)もその輪に加わり、助け合いながら生きている。近隣の商店から万引きし、ドラッグを分け合って打ち合う姿は良識ある者からは理解しがたく、落ちぶれて当然だと思わせられるだろうが、厳しい社会で一人で生きることの難しさを考えたらやむを得ないのだろうか。
もちろん、それはいいことではないので、ホーたちのようなソーシャルワーカーが彼らを助けるために奔走する。彼らもその助けを利用しながら、市民として生きている。助けがあればそれをうまく利用し、生活に足りることでうまく生きようとする。社会の底辺に生きていても、人として生きることが大切である。それを端的に言えば「人権」である。これはこの1年、貧困だけでなく性暴力やハラスメントから戦争まで国内外で起こった事件においても言われてきた言葉で、大切にしなければいけないのにそれが蔑ろにされていることに改めて気づかされた。
彼らの訴訟が大々的にマスコミに取り上げられたことで世間の注目を浴び、社会学系の大学生たちを始めとした支援希望者が彼らの元に押し寄せるが、メディアのインタビューを受けたファイが「俺たちがなぜ政府に対して謝罪や賠償を求めているのかには興味はなさそうで、ヤク中になった原因や路上生活のことばかりを聞きたがっていた」ということを言うように、このトピックがセンセーショナルなものとして扱われることで訴訟の本来の目的が覆い隠されてしまうのではないかという危惧が描かれる。人権やその尊厳は大切なものだが、それを守ること、理解することの難しさも感じる。その難しさはホームレスたちの間にもあり、政府の賠償が決まった後で、そこで賠償金を受け取って収めたいと考えたダイセンたちに対してファイが謝罪しないと納得しないと頑として譲らなかったことで彼らもバラバラになっていくことからもわかる。本当に難しいし、どうしていけばよかったのか、考えれば考えるほどどうしようもなくなってくる。だけど、この問題が香港だけでなく、日本でも渋谷の宮下公園で起こった排除などホームレスをめぐって同様の案件があったり、先に挙げたような人権が損なわれる案件にも繋がるので、これはもうずっと考えていかなければならない問題である、ということを映画が訴えている。
(この件については『星くずの片隅で』と合わせて紹介しているこの文章がわかりやすい)

非常に社会的なトピックを含んだこの映画だが、その物語を生きるキャストたちは豪華で誰もが印象深い。
ファイを演じるジャンユーはもう説明不要の大スターだし、ニヒルさも熱さも軽みも自在に演じ分けられる名優だけど、悲しみと諦観をたたえた微妙な表情にはこれまで見たことのないものがあったし、声高でなく自分の意地を見せて生き抜く姿が印象的だった。97年の『南海十四郎』で知られるベテラン舞台俳優・謝君豪は『毒舌弁護人』などの近年の香港映画で名アシストを連発しているし、同じく舞台出身の朱栢康も大活躍である(アキ・カウリスマキの兄ミカが監督したフィンランド映画『世界で一番しあわせな食堂』にも出演)若手ではセシリア・チョイ、ウィル・オー。セシリアは台湾映画『返校』にも出演しているし、来年初めには『燈火(ネオン)は消えず』の日本公開も控えている。ウィルも話題作への出演が続く注目の若手で、来年の亞洲電影大奬では劉冠廷や宮沢氷魚、タイのマリオ・マウラーと共に青年大使を務める。
そしてこの作品で映画界に復帰したロレッタ・リー。アイドル時代や三級片時代はあまり作品を観ていなかった…と思っていたが、アン・ホイ監督の『千言萬語』(99年)はさすがに覚えていた、というより、パンフレットの宇田川幸洋氏の文章で思い出された。あの映画もホームレス救済に尽力するソーシャルワーカーたちを描く作品であったが、登場人物の一人のモデルとなったイタリア人の甘浩望神父(映画ではアンソニー・ウォンが演じていた)がこちらでもご本人役で出演されていたのに後に気づいて驚いた。
ここで久々に『千言萬語』も再見したくなったし、92年の『籠民』も未見なので観たくなったのだが、リマスタリングされていたかな…

テーマはシリアスだが、ウェットであっても温かさと軽みも感じさせる。人の生きる喜びがその街には欠かせない。
大陸の影響を大きく受けてきている香港が香港らしさを失わないためには、そこに生まれて生きる人を大切にしていくことが必要ではないか、ということを考えながら、これを2023年の映画納めとして観た。
来年も楽しく素晴らしく、そして考えさせられる香港映画が1本でも多く劇場でかかり、多くの人に観られますように。

原題:濁水漂流/Drifting
監督・脚本・編集:ジュン・リー 製作:マニー・マン 撮影:レオン・ミンカイ 編集:ヘイワード・マック 音楽:ウォン・ヒンヤン
出演:ン・ジャンユー(フランシス・ン) ツェー・クワンホウ ロレッタ・リー セシリア・チョイ チュー・パクホン ベイビー・ボウ ウィル・オー イップ・トン 

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星くずの片隅で(2022/香港)

先日、地元の映画好き仲間たちが揃うクリスマス会に参加した。
某邦画にスタッフとして参加した経験を持ち、現在は地元TV局に勤務している若者に「『男たちの挽歌』的な香港映画でお勧めありますか?」と聞かれたので『ザ・ミッション』を薦め、トーさんの作品や無間道三部作でひとしきり盛り上がって楽しく話をした。香港映画の話もこれまであまりできなかったので、久しぶりに話せて嬉しかった。

「しかし、香港ではもうあんな映画は作れないんでしょうかねー」
彼にそう言われて、私は「まあねー、今香港の状況は厳しいけど、まったく作れなくなったってわけじゃないし。警察ものは作りにくくなったけど、その代わり弁護士ものも作るようになったしー」などと私見を述べて答えたのだが、人によっては香港映画はアクションであり、ノワールであり、成龍であり、李小龍であり、王家衛であり…というイメージで偏ってしまうのは致し方ないのかな、などと思ってしまう。

スターが揃う大作は中国との合作で、あるいはスターやベテラン監督が完全中国資本で撮るというシステムもすっかり定着してしまい、かつて成龍が言ったように「香港映画は中国映画の一部にすぎ」なくなってしまうのか…と危惧したこともあったし、なによりも反送中運動から国家安全維持法施行までのこの5年間の激動が映画も含めた香港の文化にどんな影響を及ぼしていくのか、不安で不安で仕方なかった。

しかし「香港映画」はそれでも残った。確かに派手なアクションもの等は撮りにくくなったが、若い監督たちが市井の生活を見つめ、苦難の中に希望を見つけるような作品が現れるようになり、ここ数年の大阪アジアン映画祭や東京国際映画祭から香港インディペンデント映画祭まで、大小さまざまな映画祭で上映されてきた。東京や大阪から聞こえてくるそれらの情報をうらやましく眺める日々がしばらく続いたが、やがてそれらの作品に配給がつくようになり、上京もできるようになったので、この夏に早速観に行ったのが今回取り上げる『星くずの片隅で』である。
今年の大阪アジアン映画祭では原題の『窄路微塵』で上映されている。

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 コロナ禍で静まり返った2020年の暗い香港。清掃業者のザク(ルイス・チョン)はワンオペ業務と一人暮らしの母(パトラ・アウ)の世話に追われる日々を過ごしていた。そんな彼の前に現れたのは、彼の会社のあるマンションに住む若いシングルマザーのキャンディ(アンジェラ・ユン)。彼らは雑踏が消えた香港のあらゆる場所を掃除して回る。閉店した茶餐廳から郊外の邸宅、さらには特殊清掃事案(!)までと幅広く、マスクも容易に入手できる富裕層や小さなフラットで誰にも知られず亡くなってしまう貧しき人など、その仕事の間から香港で暮らす人々の様々な姿を見ることができる。そこに見えるのはよく知られている煌びやかな摩天楼の香港ではない。

ザクもキャンディもそれぞれ暮らし向きは楽ではない。特にキャンディは一人娘のジュ―(トン・オンナー)を抱えており、彼女を喜ばせるためなら何でもする。それこそ盗みも厭わないため、その行動が清掃業に大きなダメージを与える。ザク自身もキャンディを一度遠ざけたりもするが、お互い困っているのはわかっているから、それでも手を差し伸べる。キャンディもずるさこそあるが、決して根っからのワルではない。恋愛ともいうわけではない繋がりで二人が結ばれていくのが自然に描かれ、観ているこちらもその展開を受け入れられる。そんな二人の清掃業が決して順調には行かない、現実の厳しさも一方で描かれるのだけど…。
裕福にもなれず、ここから逃げ出して移民もできないが、それでも生きていく必然がある。屋上から二人が眺めるのが、精一杯働く人々がいる工業地帯であるのも印象的。
「世の中はひどい。それに同化するな」「不運も永遠には続かない」印象的な台詞も多く、しみじみとしながら現在の香港に思いが飛ぶ。

ザク(これは愛称で「窄」という字の広東語読みらしい。本名は陳漢發)を演じるルイス・チョンはこれまでバイプレイヤーとして活躍し、近年はこの作品や『6人の食卓(飯戲攻心)』などでの主演も増えてきている。過去の出演作には観た作品も少なくないけど、一番覚えていたのは4年前のTIFFで上映された『ある妊婦の秘密の日記』での愉快な妊婦アドバイザー役だった…wikipediaを見たら『風再起時』にも出ていたのだが覚えていない…そして待機作には来年の賀歳片《飯戲攻心2》がある。

昨年の金馬奬と今年の金像奬で最優秀主演女優賞にノミネートされたアンジェラ・ユン。
初見はジェニー・シュン&クリストファー・ドイル監督、オダギリジョー共演の『宵闇真珠』だった(当時の感想はtwitterのみだったのでリンク参照)儚げでそれでいていい存在感のある役どころで印象的だった。

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モデルとして活動し、日本でも銀杏BOYSのCDジャケットや川島小鳥の写真集に登場しているそうだけど、なんといってもこのMVがかわいい。

映画公開に先立つタイミングで発表されたVaundyの「Tokimeki」MV。モチーフはオズの魔法使い。ちなみに演出は『とんかつDJアゲ太郎』『真夜中乙女戦争』の二宮健監督。
10年くらい前は若手女優不足が気になってた香港映画界だが、彼女やハンナ・チャン、ジェニファー・ユー、ステフィー・タン等次々といい女優が登場しているのはうれしいところ。

監督は『少年たちの時代革命』の共同監督でデビューした林森(ラム・サム)。この映画は例によって香港では観られず、『時代革命』『乱世備忘』のようなドキュメンタリー同様に香港の現状をストレートに伝える作品(と書いているが残念ながら観る機会がなかった…いつか観れたら感想書きます)時代革命周辺を映像で伝えた作品群からは多くの若手映画人が登場しており、彼もその一人。国安法の施行でストレートな社会批判がしずらくはなったが、それでもこの街のことを、自分たちの現在を伝えたいという気持ちがあるし、この街の映画ファンたちもそれを支持するのだろう。私もそれを支持したい。

しかし残念なのは、せっかく配給がついて日本全国で公開されたのに、私の住む岩手県では東北で唯一劇場公開されなかったこと。隣県の秋田では上映されたものの観客が少なくて…というtweetをみかけてがっかりした。確かに展開的にはしんどいところもあるし、香港の社会状況も先日のアグネスの件のようなニュースくらいでしか注目されなくなったしで、普段香港や香港映画をよく知らないという方々にどうアピールしたら考えてしまうところ。
それでも、私はこの映画をスクリーンで観たい。そしてこの映画への思いを地元で一緒に観る人とシェアしたいと思っている。せっかく上映権があるのなら、どんなにささやかでもいいから上映会をしてみたい。それほどにほれこんだ映画だった。

原題:窄路微塵(The Narrow Road)
監督:ラム・サム 脚本:フィアン・チョン 撮影:メテオ・チョン 音楽:ウォン・ヒンヤン
出演:ルイス・チョン アンジェラ・ユン パトラ・アウ トン・オンナー チュー・パクホン

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【香港映画祭2023Making Waves】ブルー・ムーン/風再起時

香港映画祭の感想、後半です。

ブルー・ムーン(2023/香港)

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この映画祭がワールドプレミア。監督は脚本家出身で2016年の《幸運是我》で監督デビューしたアンディ・ロー。
コロナ禍の香港を舞台に、24歳の女子美珍(グラディス・リー)が経験する仕事や恋や家族のいざこざのあれこれ。
結婚して家を出て、倉庫で小さな会社を営む兄(チャン・チャームマン)と義姉との不仲、美珍が生まれてすぐ父と離婚したという母(ロレッタ・リー)の抱える秘密が全編の鍵。

コロナ禍での市井の人々の生き方を描いて高く評価された映画といえば、今年日本で公開された『星くずの片隅で』が真っ先に思い出される。エッセンシャルワーカーから見た香港の姿を描いていて、私も夏に東京で観てきてとても心に沁みた。(地元上映での再見を楽しみに待っていたのだが、東北地方では唯一岩手だけ上映されずに大泣きした。配給権が切れないうちに自主上映したいので地元の方ぜひご協力をお願いします>業務連絡にて失礼)この映画と比べられてしまうかな…とも思ったけど、現代の香港を生きる若い女性の日々を静かに描いた、どこか日本のインディーズ映画のテンポを持つような作品だった。撮影中にも是枝裕和監督作品っぽいなどと言われていたそうで、ロー監督には「羅耀裕」などという是枝監督にちなんだニックネームがつけられていたとか。なおロー監督は山田洋次のファンとのこと。

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美珍を演じるグラディスは、今年のOAFFで上映された『深夜のドッジボール』の主演のひとりで、ドニーさんの『スーパーティーチャー 熱血格闘』でレーサー志望の学生ウォンを演じてた。後者は観ていたのだけど、全然雰囲気が違っていて驚いた。個人的な問題を抱えながらも妹を気に掛ける兄役のチャームマン、『三人の夫』で覚えて以来、近年は本当に大活躍。『白日の下』『マッド・フェイト』共々それぞれ全く違う役どころを演じていて、勢いのある俳優の凄さを感じた。この映画での演技は味わい深くよい印象だった。母役のロレッタは私が説明するまでもなく往年の人気スターで『香港の流れ者たち』で映画界に復帰した。仕立て屋で元ホステスという過去を持つ母親をしみじみと感じるよいキャストであった。

そしてクライマックスで登場したある場所が、過去の名作にも登場したあの場所?と驚く。あの場所がまだ残っていると知ったのは最近なので、実際に見に行ったことがないのだ。名所とは言えない場所が30年以上残っているのは奇跡的だ。これまで全く気付かなかったので次の香港行きでは…と願うのだが、今度はいつ行けるのだろう。
音楽は波多野裕介さんが担当。興味深かったのは挿入歌とエンディングテーマが日本語曲だったこと。香港のアーティストが歌っているのだが、画面にすっと溶け込んで作品世界のよいアクセントになっていて、またしみじみしたのであった。

風再起時(2023/香港・中国)

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『四大探長』『リー・ロック伝』二部作、そしてアンディとドニーさん共演の『追龍』など、これまで香港映画で何度となく映画に取り上げられた50~60年代の香港警察の汚職事件とその中心人物をモデルとした磊樂(アーロン)と南江(トニー)を主人公に描く大河ドラマ的映画。『追龍』は近年の作品なので、それと同じになるはずはないよなと思ったら、思った以上にアクションは控えめで主人公2人の感情が全面に出てた。
監督がやはりアーロン主演『九龍猟奇殺人事件』のフィリップ・ユンで、あの映画も事件の陰惨さよりも被害者と加害者の感情の揺れを主に置いていたので、数多ある先達映画と差別化したかったのはよくわかる。

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ユン監督(写真右)はトニーファンだとか。アーロンとは以前も組んだので周知の仲だろうけど、南江はトニーと組めたらやりたかったことを詰め込みまくったんだろうなってキャラに仕上がってたし、王家衛的なムードも漂っててニヤニヤできる。
でも香港でヒットしなかったと聞くのもなんとなくわかるのであった。ギラギラというよりメロドラマ的な仕上がりだったり、大陸での上映を見越してもしかしたらソフトに作られていたんじゃないかとかいろいろ考えてしまうんだが。
アーロンの青年期を演じたのは徐天佑。壮年期から老年期を演じてたけど、アーロンの腹の部分の肉体変化はご本人の努力とのことで、ご本人もノリノリでやったんだろうな。

この時代のことがあってから、後に設立されるのが汚職捜査機関である廉政公署(ICAC。近年では《廉政風雲》などで描かれる)の委員として登場し、この映画のメッセージを一身に背負ったマイケル・ホイさんの存在感と演技は素晴らしかった。今年の金像奬で最優秀助演男優賞を受賞したのは大納得。2010年代後半から雨傘運動や反送中デモの排除に政府から派遣された警察の仕打ちを見ていると、確かに現在の警察の姿をそのまま正義として描くのはきっとためらわれる。廉政公署ものや裁判ものの映画が増えてきているのも納得だし、警察を描くとしてもこのような歴史ものとして描くのが現状として精いっぱいなのだろう。
トニーが初めて本格的な悪役を演じた中国映画『無名』の日本公開が決まったので、これも日本公開あるのかなと見込んでいるが、うーむ、やはり難しいのだろうか…。

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これまでの3年間、香港どころか東京にも出られず、加えて仕事の量が増加したので新作の香港映画も運よく地元で上映された作品をフォローするので精いっぱいだったり、未公開映画や映画祭上映作の配信が始まっても、時間がなくて見逃したり、観たとしても感想をじっくり書けなくなったりといろいろしんどかった(映画の感想自体はここ5年くらい個別で書くのがなかなか大変になってて申し訳ない)3年ぶりのTIFFとこの映画祭、そして夏の上京で観た『星くず』と東京外国語大学のTUFS Cinemaで上映された『ソロウェディング』で今年はだいぶ追いつけたとは思うのだが、それでもなかなか満足できない。映画祭や特別上映会でみんなで観るのはもちろん楽しいのだが、やはり劇場公開で地元で観るのが一番。香港映画がブルース・リーやジャッキー・チェン(彼ももうすっかり中国大陸の映画人になってしまった)や王家衛だけじゃない、ニュースで伝えられる機会も減ってしまった現在、それでも映画人が作り続け、世界に発信している現在進行形の香港映画がもっともっと知られてほしいのだ。これは台湾映画も同様。アジアンエンタメとしては韓国がもうすっかり力を持ってしまっているけど、アジアはもっと多様であるからね。日本だってアジアの一員だし。

だから映画祭で上映された作品が全て一般公開されて、全国津々浦々で上映されるのが理想なんだけど、昨年のこの映画祭で上映された新作で一般公開作が決まったのが1本だけというのが気になった。配給がついても劇場公開ではなく配信ということもある。そこはどうなるのか。
この映画祭に対して、2021年と22年の2年間、『あなたの微笑み』『ディス・マジック・モーメント』のリム・カーワイ監督がキュレーターとなって全国主要都市で開催された香港映画祭があり、『十年』や『時代革命』のキウィ・チョウ監督や『星くず』のラム・サム監督の短編などのここ数年にデビューした若手監督作品の作品が上映されている。ここからは『香港の流れ者たち』の一般公開が決まったが、残念ながら今年は開催されないとのこと。
このように観ようと思えばいくらでも観られるいい機会がある大都市は羨ましいが、それを羨んでばかりはいられない。

地方都市に暮らしてもう長くなったが、来たばかりで不安だった頃の寂しい自分を救ってくれたのが、劇場公開された香港映画と、それを応援しようと結成されたサークルだった。これについては今までもあちこちで書いているのでここでも書かないけど、自分を励ましてくれた映画を生み出した街の現在と、現在の香港映画をもっと広く知ってもらいたい、そのためには劇場でかかる映画が多くならないとという思いを抱いている。
そのためには自分がもっともっと映画を観て、それをうまく伝えていければという思いを強くしている。

そんな思いを改めて抱いたので、その思いをうまくまとめていくのがこの冬の私の目標。
なんか最後は私的な思いで締めちゃってるけど、この秋の映画祭レポートは以上。

この年末年始は実家に帰省するので、『香港の流れ者たち』と移転したBunkamuraで上映されるWKWザ・ビギニング(『いますぐ抱きしめたい』&『欲望の翼』)はなんとか観たいところ。
(そういえば『欲望の翼』のデジタルリマスター版を観たのが、コロナ前最後の東京行きだったっけ…)

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【香港映画祭2023Making Waves】マッド・フェイト/毒舌弁護人

香港政府と創意香港(CREATEHK)の支援を受け、昨年より香港国際映画祭協会(HKIFFS)が世界各地で新作香港映画を巡回上映している「香港映画の新しい力 Making Waves(以下香港映画祭)」。昨年は《逆流大叔》のサニー・チャン監督作による賀歳片『6人の食卓』、大阪アジアン映画祭で好評を博した『黄昏をぶっ殺せ』などの現在進行形の香港映画新作から『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』のデジタルリマスター版などの旧作も上映。中華圏の注目作を日本で一番紹介している大阪アジアン映画祭の協力を受けているとのことで、いい作品を持ってきてくれるのは嬉しい。でも昨年はまだ首都圏に足を踏み入れることはできなかったので参加は諦めた。

今年は東京国際映画祭にも行くことにしたし、少し間をおいてではあるが、引き続き香港映画が観られるのならこの上なくうれしいことではないかと思い、張り切ってチケットを取り、年休も取った。同じ週に新幹線で2往復する羽目になったが、大きな劇場で観客の皆さんと一緒に香港映画を楽しめたらもう何もいらない。でもその代わり、残念ながら今年は東京フィルメックスの鑑賞は断念することになった。来年は行きたい…

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今年の映画祭ではMIRRORのアンソン・コン主演の『7月に帰る』『夢翔る人 色情男女』デジタルレストア版はスケジュールの関係でパスし、『レクイエム』『ホワイト・ストーム』に続くシリーズ第三弾『ホワイト・ストーム 世界の涯て』は残念ながらソールドアウト。
というわけで、上映全7作品のうち4作を鑑賞。

『マッド・フェイト』2023/香港

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狂っているのは君か、それとも僕か。
精神を病んだ両親を持ち、親同様狂うことを恐れる占い師許(ラム・カートン)とサイコパスの青年少東(MIRRORのヨン・ロクマン)、そして雨の日に現れる連続殺人鬼(チャン・チャームマン)など、まともじゃない人々が重苦しい空気を纏った香港の街を駆け抜ける。ラストまでとことん(精神的に)殴り合って(見えないが)血みどろになるソイ・チェンの濃ゆい世界を久々に浴びてクラクラしてる。カートンさんの壊れてそうで壊れてないこのギリギリのラインをいく感よ。ものすごいんだがその一方でこれはかなり楽しんでやってるのかも…とも思ふ。

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一昨年のTIFFと昨年の香港映画祭で上映された『リンボ』でもコンビを組んだソイさんとカートンが来日。
カートンさんは昨年に続いての参加だそうで、和やかであった。

ここしばらく銀河映像の作品とはご無沙汰していたせいか(製作はトーさん、脚本は游乃海さん)次々と起こる殺人事件(被害者が娼婦ばかりだったのはいろいろ思うところはある…)に流れる血に異常に興奮する少東、そして正気と狂気の狭間で少東を救うがために苦悶して進む許の姿に思い切り慄いたのだが、観終わったら、ああやっと香港映画に帰ってきたわ…となった。
長らく忘れていたよ、この世界を。いきなり両肩を掴まれてグッと引き戻された思いをした。
初めて参加した香港映画祭のトップバッターがこの映画でよかったわ。

毒舌弁護人 正義への戦い(2023/香港)

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今年の旧正月に公開され、香港映画歴代興行収入を更新したという作品。主演はベテランのスタンダップコメディアン黄子華(ウォン・ジーワー。今回は英語名のダヨ・ウォンで紹介)。香港に通ってエンタメニュースに触れると必ず登場する(ジャンユーや張達明とトリオを組んだ「髭根Show」などは見たことなくても知ってた)けど、ローカルコメディに出ているイメージがあったので、まさか日本で黄子華主演作が観られるとは思わなかった。しかもこの映画祭に先立って一般上映もされて二度ビックリした(実は発売日当夜のチケット取りに敗れて、TIFF上京時にシネマートで先に観ていたのであった>譲っていただけたのでした。多謝!)

職務怠慢を理由に裁判官から窓際職に追いやられたことをきっかけに弁護士に転職した林涼水(ジーワー)が、実子虐待殺人の罪に問われた被告の母親(ルイーズ・ウォン)の弁護を担当し、明らかに冤罪とわかりながら負けたことがきっかけとして真剣に取り組むことになり、裁判のおかしさに気づいて正義を追及していく姿が見どころ。対話で戦い、うまく話を転がすのはさすがだ。
これまで賀歳片で主演を張りながらなかなかヒットしなかったらしいが、昨年の香港映画祭で上映された『6人の食卓』(監督は《逆流大叔》のサニー・チャン)もヒットし、2年連続で主演の賀歳片が当たったことになるジーワーのすごさを十分に味わった。長年コメディアンとして慣らしてきたからこその、スーダラで口が悪くても正義感で突き進むこの役柄が本当にお見事。香港映画歴もかなり長くなったけど、これまで彼が日本に紹介されなかったのは本当に不思議。自分の中でのライヴの人のイメージが強かったし、香港でも出演を積極的に観てこなかった。ああ自分今まで何やってんだと反省。
彼だけでなく、対決するカム検事を演じた謝君豪、刑事役のボウイ・ラムさんなどのベテランから、ルイーズやフィッシュ・リウなど若手のキャストもとてもよい。ERRORのホー・カイワーが演じたパラリーガル(でよかったか?)の太子もよいキャラ。

これまで日本で公開されてこなかった香港の裁判もの(時代ものだけど今ネトフリで観られる『チャウ・シンチーの熱血弁護士』くらいか?)なので、かなり興味深く観た。これに先立って公開された《正義廻廊》など、ここしばらく香港ではリーガルものがヒットしているとのことだが、警察テーマの映画に代わって題材として注目されるようになったり、香港社会のあり様を描くのに現在最も適しているからかともいろいろ考えられる。まさに今「Everything is wrong!」と言われる状況であるのは言うまでもないし。コミカルには描くけどベッタベタではなく、基本的にはシリアスでもある。ちょっと前だきっと紹介されることのなかったタイプの映画だろうけど、こうして配給と字幕がついて観られるのは本当に有難い。

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ゲストは公式初来日となったジーワーと、長年ダンテ・ラム監督作品や、近年では『アニタ』の脚本も手掛けてきたジャック・ン監督。
Q&Aでは長年の謎(か?)だった英語名「ダヨ」命名の真相がわかってスッキリ。小学校の頃は「スティーブン」と名付けられたそうだけど、既にクラスに6人くらいいたそうだ。確かに香港でスティーブン君多すぎ問題は気になってた…(笑)「ダヨ」という名は他の兄弟と語感が似ているからつけられたとかなんとか。
本当は日本でも「ウォン・ジーワー」名義で紹介してほしかったけど、まあ自分で呼ぶからいいか、ダヨ名義でもいいんダヨ(やめなさい)

ジーワーのインタビュー記事はこれが一番詳細でわかりやすかったです。

(次回は『ブルー・ムーン』『風再起時』の感想をUP)

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【東京国際映画祭2023】Old Fox/白日の下

先の記事に続いて、今年の東京国際映画祭で観た映画の感想。

『Old Fox』2023/台湾

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TIFFがワールドプレミアとなった『台北カフェストーリー』の簫雅全監督の新作。
オープニングタイトルに東映ビデオの名前を見つけておっ?となり、続いて出たエクゼクティブプロデューサーにホウちゃん(侯孝賢監督)と小坂史子さんのお名前を見て胸がいっぱいになった。ホウちゃんは先ごろ、認知症のために映画界からの引退を発表したからだ。この作品の他に幾つかの新作の製作に携わっていたようだが、もうお元気な姿を見られないのは寂しい限りである。お疲れさまでした。閑話休題。

日本がバブルの絶頂期を迎えていた1989年秋(といえば『悲情城市』がヴェネチアで金獅子賞を受賞した直後だ)一足先にバブル崩壊を経験していた台湾が舞台。レストランのマネジャーと仕立ての内職で生計を立てる父(劉冠廷)と暮らす小学生の廖界(『Mr.Long』の名子役白潤音)の夢は店舗を買い取って亡き母が経営していた理髪店を再開すること。家賃を集金している地主の秘書の“きれいなお姉さん”林(ユージェニー・リウ)から近隣の店舗が空いて手ごろな金額で買えると聞いた二人は喜んだが、その数日後に起こった株価変動の影響で地代が倍以上に膨れ上がり、買えなくなってしまう。失意の廖界に声をかけてきたのは、地主であり「腹黒キツネ(老狐狸)」と呼ばれている謝(アキオ・チェン)だった。謝は、世の中の金回りのことを廖界に教える。社会の強者となった謝と、彼に負け犬と呼ばれてしまう優しい父との間で揺れ動く廖界。

戒厳令が解かれてから民主化へと向かう台湾の80年代末から90年代初頭にちょうど留学していたのでなじみのある年代であるが、この時代を舞台にした映画となると90年春の野百合学運を描いた『BF*GF』に当時の複数の事件をモチーフに国民党政府の要人のフィクサーを描いた『血観音』とすぐ思い出せるものが多い。どの作品も切り口が違ってそれぞれ見ごたえがあるし、興味深い。
金をめぐって動物に例えられる職業といえばハゲタカとしばし称されるファンドマネージャーが思い浮かぶので、「世の中は金だ。金が悲劇を生む」とNHKドラマ映画『ハゲタカ』でお馴染みの台詞を心の中で呟きながら観たが、この腹黒キツネは土地を手に入れて成長した家主であるのでまた金を使う資質も異なる。その彼の半生も劇中で語られるが、当然統治時代からの話になるので、簡単に謝を悪役として見ることはできない。
彼との出会いとそこからの学び、そして愛する父への思いから、廖界が選んだ未来。映画のラストで描かれるそれはとても納得ができ、説得力のある姿であった。世の中の辛さや厳しさも描くけど、未来を見据えている。その静かで優しい描き方が胸にしみた。よい映画だった。

日本が資本を出しているのと合わせ、キャストで門脇麦が父のレストランの常連である楊夫人役で出演。台湾人役なので台詞は当然國語。変に浮いたところはなく、画面に馴染んでしっとりとした印象を残している。芸幅の広い劉冠廷が演ずる優しいお父さんもよい。謝さん役のアキオ・チェンさんは『熱帯魚』にも出演していたそうだ。
そして主演の潤音くん、成長したなあ…今後も俳優業は続けていくのだろうな。張震みたいになっていくのかな。

詳細な情報はまだ出てはいないものの、来年は日本でも公開される様子。金馬奬にも7部門ノミネートされているそうで、今から授賞式が楽しみ。

 

『白日の下』2023/香港

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ワールド・フォーカスの特集「アジアン・シネラマ-香港フォーカス」での上映作で、映画祭で観た唯一の香港映画。
監督はこれが長編2作目となるローレンス・カン。2015年と16年に香港で起こった高齢者介護施設での虐待事件と障害者施設での入所者変死事件を題材にした作品。古天樂率いる天下一電影公司の製作で、プロデューサーを務めるのはイー・トンシン。

高齢者と障害者が入所するケアハウスで虐待が行われているという情報を得て、A1新聞社の記者凌(ジェニファー・ユー)が認知症の入所者周(デビッド・チャン)の孫を装って施設に潜入する。そこで彼女は周の親友の水(今年91歳の大ベテラン歌手でもある胡楓)身体障害者でハウスの職員としても働いているサム(ピーター・チャン/チャン・チャームマン)、知的障害者の明仔(来年日本公開『燈火は消えず』のヘニック・チャウ)と小鈴(レイチェル・リョン)など様々な事情を抱えた入所者たちと出会う。この施設の院長で自らも障害を持つ章(ボウイ・ラム)によれば、民間施設ゆえ経営維持のために入所者を多く受け入れているとのことだが…。

観ていてどうしても思い出さずにいられなかったのは、現在公開中の日本映画『月』のモデルとなっている、2016年に起こった相模原障害者施設殺傷事件と、その事件が起こるきっかけとなった施設内で入所者の虐待が常態化していたという件。同じ実在の事件で似通っているとはいえ、大きな違いとしては、この『白日の下』では、調査報道としてこの事件が取り上げられたことである。調査報道といえばアカデミー賞受賞の『スポットライト 世紀のスクープ』、さわや書店が「文庫X」として売り出して注目された清水潔氏の調査報道をまとめたルポルタージュ『殺人者はそこにいる』、そしてその本を参考文献としたドラマ『エルピス』も思い出される。
調査報道の視点から描かれてはいるが、劣悪な施設の内部事情や職員が入所者に行う虐待行為等はかなり直接的に描かれるのでその残酷さはかなり強い。凌とその仲間たちはその事態を辛抱強く暴き出していくが、その経緯で何人かの入所者が命を落とす。虐待が常態化していても、その施設を拠り所とする入居者もいる。辛い日常があってもそこで友情を築く者もいる。故に結末で業務が停止され、それぞれ別々の施設に分かれていく入所者の中には、真実を暴き出した凌を責める者もいる。勧善懲悪ではないし、様々な人間模様を交えながら語られている。

辛い重い作品だが、香港映画的な人情ももちろんある。ジェニファーとデビッドさんは、偽りの孫と祖父としてそりが合わない関係から始まるが、物語が進むにつれ、どこかで通じ合うような関係に変化していく。凌とパウ・ヘイチンさん演じる母親との場面も印象的。
施設内でおぞましい行為に及ぶ章院長の複雑な人物造形も強烈であった。『毒舌弁護人』にも出演しているベテランのボウイさんが演じているが、よくぞこの役をお引き受けに…と思ってしまった。入所者を演じたチャームマン、ヘニック、レイチェルは近年の香港映画群で頭角を現しているという若手たち。コロナ禍のために映画祭に行けず、ここ数年の新作が追えてなかったので、ここで彼らの演技が見られてよかった。

香港ではTIFF上映後の11月2日に公開され、現在大ヒット上映中。台湾で行われる第60回金馬奬では、主演女優賞(ジェニファー)助演男優賞(ボウイさん)助演女優賞(レイチェル)他5部門でノミネート。

その他、観たかったけど観られず…な作品を。

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これも現在香港で大ヒット公開中『年少日記』

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現在の香港映画を製作面からも背負って立つ古天樂主演の『バイタル・サイン』。共演はアンジェラ・ユン。
監督のヴィンシー・チェクはかつて芝see菇biという名前でDJや舞台でも活動していたマルチクリエイター。 

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4年ぶりのTIFF。2021年に会場を日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区に完全移転し、大きなホールからミニシアターまで揃うエンターテインメントの一大拠点のような場所で開催されるのは実に有難いこと。今年は日程が元に戻った東京フィルメックスが一貫して有楽町で開催されているし、国際映画祭の場所としてはこれまでの六本木よりもずっとこちらの方が適していると思っていた。私的なことを言えば実家から乗り換えなし約1時間くらいで来られるし、終映後すぐ有楽町駅から東京駅で新幹線に飛び乗ることもできるし、食事にも困らない。

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しかし、メイン会場の東京ミッドタウン日比谷には全く足を運べず、結局行けたのは最終日の上映前。
せっかく立派なシネコンがあるのに、スクリーンは2つしか使われてないとのことで、なんだかもったいなく感じた。六本木では全スクリーンを使っていたのに…。全スクリーン使ってもいいのよと映画祭側にはアンケートに書いて送っておいた。

本当に久しぶりの映画祭(及び東京)だったこともあって、観客も若い人が増えてきて、外国人も目につくようになった。中華電影だと華人観客が多いのはもちろんだが、欧米系観客もちらほらと見かけた。そんな観客層の変化もあってか、以前よりもっと気になるようになったのは上映中のスマートフォンの点灯だった。上映開始後入ってくる観客はほとんどスマホで座席を探していたし、ある映画の本編終了後は両隣の客がエンドクレジットでスマホを見ていたのにイライラさせられた。これは通常上映でもやられているが、一般観客入場可ではあっても国際映画祭は国際映画祭。これはしっかりとしたアナウンスで周知徹底してほしい。以前から要望があった上映前の英語アナウンスは録音で流されるようになったというけど、中国語や韓国語のアナウンスも作品によってでいいのであるといいのかも。

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今年はTIFFの後に開催された香港映画祭2023 香港映画の新しい力 Making Wavesにも参加。
先行して一般上映された『毒舌弁護人』を含めて4作品鑑賞したので、こちらは次回の記事で。

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