映画・テレビ

無名(2023/中国)

まずは私にとって(もちろんそうではないというのは承知の助)嬉しい話題から始める。

10月28日(月)から11月6日(水)まで行われる第37回東京国際映画祭コンペティション部門の審査委員長にトニー・レオンが選ばれた
数年前にベルリン国際映画祭のコンペで審査員を務めてはいるが、審査委員長に選ばれるとは予想もつかなかった(なお、華人俳優としては2019年にチャン・ツーイーが審査委員長を務めている)コンペ部門の審査員もイルディコー・エニェディ監督、キアラ・マストロヤンニ、橋本愛、そして同郷のジョニー・トー監督が決まり、どんな話し合いが繰り広げられるか不安、いや期待は高まるばかり。
『シャン・チー』で知名度を広げた後は、香港でも『風再起時』《金手指》(今年のMaking Wavesで上映されそうだけど日本公開希望)と主演作も公開されたし、昨年のヴェネチア映画祭で生涯功労金獅子賞(過去に金獅子賞受賞した3作品に出演もしている)を受賞したし、『私の20世紀』『心と体と』で知られるエニェディ監督の新作《Silent Friend》で初めて欧州作品に出演するなど。還暦を過ぎてのこの活躍も長年のファンとしては嬉しい。
近年は日本にも拠点を持ち、妻夫木聡や宮沢氷魚など日本の俳優たちとの交流もSNSで伝えられる。今年のTIFFでさらに交流を広げたら、今後は日本映画人とのコラボも実現するのかもしれない…とちょっと期待している。

しかし、主演作が日本公開してくれるのは嬉しいのだけど…とちょっと立ち止まって考えてしまう作品も実はある。
今回はそんな作品、『無名』の話である。

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中国で作られた映画がすべてプロパガンダというわけではない。長年中国周辺をウォッチしてきた身だからこそそれはよくわかっている。
しかし、ここ10年ほどの中国政府の文化的な政策や対香港対策を批判した文化人の言語封殺を見てきたり、両岸三地のスターを揃えた建国記念映画を製作したというのを見ると、プロパガンダが作られるのも当然であるか。
香港との合作も多く作ってきた中国の大手スタジオ博納影業は、2021年の『アウトブレイク 武漢奇跡の物語』(アンドリュー・ラウ監督、チャン・ハンユー主演)、2022年に『1950 鋼の第7中隊』(チェン・カイコー、ツイ・ハーク、ダンテ・ラム共同監督、ウー・ジン主演)と、現代のコロナウィルスとの戦い、朝鮮戦争における長津湖の戦いという実話を基にした作品を製作してきた。それらとこの作品をまとめて「中国勝利三部作」と称されているのだが、そう言われてしまうとプロパガンダだよな…と思ってしまう。先の2作の監督たちだって、香港映画の一時代を築いてきた名匠たちだし、カイコ―の初期のキャリアの凄さを知っている身としては、彼らはもう昔のような(だいたい2000年代前半の中港合作が増える前の頃の)映画は作ってくれないのねと思わざるを得なかったりするわけだ。
三部作の最終作としてこの映画の製作の報が伝えられたのが2021年秋。中国でのシャンチーの公開がキャンセルされたばかりの頃であり(主演のシムが大陸に対してあまりよろしくない発言をしたことが問題となった)、そのタイミングでの発表はどうなのか?とうっすら思っていたし、昨年の中国電影金鶏獎でトニーが主演男優賞を受賞したことにより(参考としてこちらを)華人俳優初の金像・金馬・金鶏で受賞した俳優になったという知らせを単純に喜んでいいのか戸惑ったこともあった。
先の2作との相違は、監督が中国映画でキャリアを積んできた『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海』の程耳が務めていること。国内生え抜きの実力派が手がけるのには十分であるし、彼の過去作を気に入ってトニーが出演したというのなら、そこはいいことなのだろう。そして共演には日本でも人気急上昇中の中国の若手俳優王一博(ワン・イーボー)。それなら、先の2作と分けて、力を入れて売り込みたいわけだよね。わかる。

時は日中戦争時、舞台は上海。汪兆銘(汪精衛)政権下のスパイとして諜報活動に従事する何主任(トニー)とその部下葉(王一博)。唐部長(大鵬)や王隊長(エリック・ワン)と連携し、日本の諜報機関所属の渡部(森博之)とも密に連絡を取り合いながら、日中間のバランスを危うく取っていく。その一方で中華民国の与党である国民党と共産党の間でも秘密工作が行われ、共産党から国民党への転向を促して幹部の情報を引き出そうともする。中国軍と日本軍の衝突は激しさを増し、それと共に日本、国民党、共産党との水面下の睨み合いも激しくなっていく。

この手の抗日的な題材は中国では昔からよく取り上げられてはきているが、それがあまりにもおかしかったりグロテスクな取り上げられ方をされたりするとどうしても頭を抱えてしまうのであるが(中港合作のこの映画も然り)、渡部を始めとしたこの映画における日本軍の描き方は過去の抗日テーマの作品と比べても幾分まともに描かれていて安心した。この映画と時代的に重なるロウ・イエ監督の『サタデー・フィクション』では日本海軍の少佐と特務機関員をオダギリジョーと中島歩が演じているので安定しているが、中国で活動する森博之(東京生まれだがNYやカナダ育ちとインタビューで語っている。ちなみにパートナーはつみきみほ)が演じた渡部の重厚感は本人の中国でのキャリアも感じさせられる演技で説得力があった。日本軍の兵士役にも中国で活動する日本人俳優が加わっているそうだが、それならば日本語をもっとしっかり発音してほしかったかも…。

衣裳デザインには張叔平が参加しており、美術も重厚。アクションも苛烈で諜報もののスリリングさを楽しめる。それで止めてもいいのだが、長い間中華電影を観てきた身としては、無粋で大変申し訳ないのだが、どこかで見たことあるよな…とずーっと思ってしまったし、こういう洗練さや俳優たちの美しさや熱演があるからこそ、そうかー、これだからプロパガンダかーという考えが頭を離れなかった。共産党のスパイを取りあげた張藝謀の『崖上のスパイ』があったけど、あれはプロパガンダだと思わなかったし、先に挙げたサタデー・フィクションであったり、何主任の妻陳を演じていたのが周迅だったので『サイレント・ウォー』であったり(これは舞台が国共内戦)、国民党の女スパイ江(ジャン・シューイン)のモデルが鄧蘋茹ということからそのつながりで『ラスト、コーション』など過去の類似作品とついつい比べてしまって、どうも首をひねりがちになってしまうのだ。老害的な意見と捉えられてしまうけど、もうそれは致し方ない。美しさやカッコよさだけで許せなくなってきていて申し訳ない。
クリストファー・ノーランばりの時系列をシャッフルした展開もスタイリッシュさを出したいのかもしれないけど、あまりやりすぎるのも…と思ったことも確か。時期的に『オッペンハイマー』を観たばかりだったからなおさらそう思った。

トニーは熱演していたのはよくわかるし、全編北京語というのもチャレンジングであった(広州出身を思わせる描写があったり、ラストの香港の場面では広東語を…というのは贅沢な望みか)でもこういう役どころは以前にもあったし、難しくはなかったのだろう。共演が多くても初めて夫婦役となった周迅、すっかり重鎮となった黄磊など、知っているキャストには手を振った。

そして、もっとも力が入っていたといえる、これが日本のスクリーン初登場となる王一博。
現在BS&CSや配信で人気を集めている中国ドラマに全く触れていないので、その人気の凄さを実感できないのだが(申し訳ない)トニーと二枚看板を張れる実力と切れ味よさそうな所作は人気出るのがわかるし、日本での宣伝でもグッズ作りたくなるわけだよな、と納得した。『ボーン・トゥ・フライ』『熱烈』など主演作の日本公開も続いているので今後知名度がどんどん上がるといいね。

しかし、この映画を観て改めて感じたのが、自分がすっかり中国映画の実情に疎くなってしまったことだったりする…。
プロパガンダやらなんやらといわず、何でも観ればいいのだろうけど…
うーむ。今後も精進しよう。
(それでもクレジットに出る「(中国香港)」などのカッコつき国籍を見て頭を抱えてしまうのだろうな…)

中文題:Hidden Blade
監督&脚本&編集:チェン・アル 撮影:ツァイ・タオ
出演:トニー・レオン ワン・イーボー ジョウ・シュン ホアン・レイ エリック・ワン ダー・ポン チャン・ジンイー ジャン・シューイン 森 博之  

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青春18×2 君へと続く道(2024/日本=台湾)

旅行記が好きだ。
自分もblogやZINEで書くこともあるし、他人の書いた旅行記も楽しい。
旅先の情報を旅行記から得るのも利点の一つではあるが、旅人自身のキャラクターや旅による思考の変化を読むのもまた楽しいからである。

ジミー・ライ(頼吉米)による旅行エッセイ《青春18×2 日本慢車流浪記》を原作に、我らが張震が製作総指揮を、『新聞記者』『余命10年』の藤井道人が監督を務めた日台合作の『青春18×2 君へと続く道』は、2006年夏ごろの台南と2024年春の福島への旅を重ねて描いた文字通りの青春映画。主演はドラマ『時をかける愛』でブレイクし、映画『ひとつの太陽』日台合作ドラマ『路~台湾エクスプレス』に出演した許光漢(シュー・グアンハン/グレッグ・ハン)と、藤井作品の常連でもある『一秒先の彼』の清原果耶。

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台湾版予告編

原作者のジミー・ライは嘉義出身で、エッセイの舞台も嘉義だそうだが、映画では台南へ変更。
なお原作は未読。邦訳も出版されていないしね。

自ら設立したゲーム会社の取締役を解任され、取引先との引継ぎのために日本に渡ったジミー(許光漢)が、かつて送られてきた手紙の思い出に誘われて鉄道で旅に出る現在と、その送り主である4歳年上の日本人女性アミ(清原果耶)と故郷の台南で出逢う18年前が重ねられて語られる。彼は台南の高中でバスケットボールに打ち込んでいたものの、ケガで競技を断念した。台北の大学を受験した高校生最後の夏、バイト先のKTVに現れた彼女と出会ったジミーは、その夏の思い出をなぞるように、大好きな『SLAM DUNK』の聖地、鎌倉から旅を始める。

ジミーのスラダン好きがアミとの始まり。そして彼は早春の由比ガ浜に、彼女とバイト仲間と共に遊びに行った台南の海岸を重ねる。若者たちがはしゃぐその風景は『風櫃の少年』をオマージュしたような画であるので、観ているこちらもまたデジャヴュを抱く。
日本人監督が撮った台湾と言えばかつてここでも書いた『南風』や今関あきよし監督の『恋恋豆花』が思い出されるけど、どうしても観光目線で撮られがちになってしまうのが気になって仕方がない。九份が『千と千尋の神隠し』のモデルとか舞台とかなんていつまで言っているつもりなんだ、と本当にイラッとする(実際後者の作品では九份で登場人物がそのように言う場面があって頭を抱えた)
この映画も観光映画の側面を持ってはいるのだが、ほぼ台南を舞台に展開する台湾パートでは、赤崁樓や安平などの台南名所はあまり登場しない。その代わり、力を入れて描かれるのはジミーとアミの交流になるからか、『風櫃』を始めとした台湾青春映画のオマージュがふんだんに盛り込まれている。アミがジミーのバイクにタンデムして夜の台南を走る疾走感は、長年台湾映画を観ている観客なら感じ取れるものであろう。台南出身の祖父を持ち、自身も留学経験を持つ藤井監督の思いとこだわりは、台湾パートの方に強く表れているのがよくわかる。だから、ただの観光映画には収まらないと思っている(個人の意見)

ジミーの旅は鎌倉から品川・新宿を経由して中央本線で松本へ、そこから飯山線と上越線で長岡へと進み、そして只見線で新潟との県境に近いアミの故郷・福島の只見へとたどり着く。信越を経由する大回りのローカル鉄道旅で彼が出逢うのは、同郷出身の居酒屋店主劉(ジョセフ・チャン)、18歳年下のバックパッカー幸次(道枝駿佑)、長岡のネットカフェで働く由紀子(黒木華)只見の酒店主中里(松重豊)そしてアミの母裕子(黒木瞳)。劉とは台南の思い出を語り、幸次とは岩井俊二監督の『Love Letter』についての思い出をシェアし、由紀子の力を借りてジミーは長岡から新潟中部の津南で行われるランタンフェスティバルへと向かうが、それは全てアミとの思い出をなぞっての行動。とある批評で台湾パートに比べて日本パートは表面的になっているとあったけど、日本パートが観光映画の役割を担っていると考えてみればそれはもう致し方ないのではないか。実際、日本に先行して台湾で公開されたこの春以降、只見線を始め、この旅のルートを利用する台湾人旅客が増えてきたとも聞いている。

18歳のジミーと4歳年上のアミの、台南を舞台にした(ジミー曰く)恋愛以前の交流は結局成就せずに終わりを迎える。アミの現在は只見に着くまで明確に描かれないが、察することができるのなら彼女がもうこの世にいないことに早くから気づくのだろう。残り少ない命を精いっぱい生きる若者の恋愛ものは『世界の中心で愛をさけぶ』など日本映画で多く取り上げられ、藤井監督自身も難病に侵された女性の恋愛を描いた『余命10年』を撮っている。若い男女の叶えられない初恋の終わりにどちらか(特に女性)の死を持ってくるのはあまりにも残酷で安易に感じるし、実際21世紀初頭からの日本映画の恋愛ものはその手の展開があまりにも多すぎて、恋愛ものが好みではない身としてその手のネタはどうも食指がそそらない。この件について話し出すとキリがないし、ひたすら脱線していくので止めておく。

恋愛は成就しなかったものの、アミとの出会いは確実にジミーの将来を開いた。そして、二度と会えないことが明らかになったことも彼の人生に大きな傷を残し、冒頭で描かれる経営する役員解任の決議の場面の意味が明らかになる。アミは初恋の女性の範疇を超えた、ジミーの青春と希望のシンボルであった。そのことを悟り、只見から東京に戻って桜を見るジミーは18年かけてのアミとの思いを心に封印し、自分の青春期に終止符を打つ。そして故郷で新たな一歩を踏み出す。


ところでジミーが生まれたのは1988年の設定。台湾の戒厳令が解かれて間もなく生まれているということだ。
スラムダンクと言えば『あの頃、君を追いかけた』にも登場しているが、時代設定は90年代後半だから当時のジミーはまだ10歳になるかならないか。いかに息の長い人気を誇っていたのかというのがよくわかる。台南での主な舞台となるKTVでは日本の某アイドルの歌が流れるし、五月天と並んでミスチル(この映画の主題歌を担当している)にも言及される。台湾をよく知らない若者たちは、日本のコンテンツがほぼリアルタイムで入ってくることに驚くようだが(オンライン交流を見学する機会があったが、台湾の高校生の日本アニメの知識が日本の子より詳しかったりするので感心したことがある)ポップカルチャーからのつながりや共有から友情を深められる可能性をこの映画から感じ取ってもらえるかなと思った。
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昨年日本で上映された(現在Netflixで視聴可能『僕が幽霊と家族になった件』ではゲイに無理解な堅物の刑事を演じたグレッグ(最新の表記に従って「グァンハン」で書くべきなのだが、こちらの呼び方が慣れているので)だが、この映画では36歳の現在と18歳の少年を見事に演じ分けていて、これまで観てきた作品での演技も含めての芸幅の広さに感心した。『あの頃』のチェンドンは17歳からの約10年間を演じていたし、彼に限らず台湾の俳優は30代近くなっても高校生の役を演じることが多いのだが、20歳近く年が離れている役を違和感なくメリハリをつけて演じているのは見事である。
13歳で俳優としてデビューした清原果耶は、約10年間のキャリアの中で様々な印象的な役を演じてきていることから、まだ20代前半であることをつい忘れてしまう。透明感あふれる佇まいのある俳優と称されることが多いが、オリジナルでの劉冠廷の役どころを演じた『一秒先の彼』でのコメディエンヌっぷりも記憶に新しいし、実年齢と同じ22歳のアミがジミーよりちゃんと大人びて見えたのがよかった。
日本編のキャストも豪華だったけど、台湾が気に入って住み着いた神戸出身のKTV店店主シマダを演じた北村豊晴監督はしっかり爪痕残してくれていたし、ジミーの大学時代の学友でビジネスパートナーになるアーロンを演じていたのが、日本のドラマへの出演経験もあるフィガロ・ツェンだったし、ジミーの仕事仲間たちもみんないい味出していたので日本でも彼らをちゃんと紹介してほしかった。

そして何より台湾はもとより、日本でもヒットしたのは本当にありがたかった。
私は関東・盛岡・宮古の3カ所の映画館に観に行ったのだが、いずれの館でも近くに鑑賞後に涙をぬぐう観客がいたし、この映画がきっかけで台湾をますます身近に感じてもらえると嬉しいと思っている。この夏、台鐡でミスチルを聴きながら乗る日本人の若者が何人いるだろうか。そう考えるとニコニコしてしまう。

あ、そうだ。台鐡といえば、この映画で最も疑問に思ったことを最後に書いて締めたい。

アミが帰国する直前に、ジミーは彼女を誘って十分に行くのだが、どういうルートでどのくらいの時間をかけて台南(それもターミナルではなくて普通車しか停まらない保安站)から十分まで行ったのだろうか。早朝に出て行って着いたらもう日が暮れていたから、10時間はかかっているってことか?

英題/中文題:18×2 Beyond Youthful Days/18×2 通往有你的旅程
監督&脚本:藤井道人 製作総指揮:チャン・チェン 製作:ロジャー・ホアン 前田浩子 瀬崎秀人 音楽:大間々昴 撮影:今村圭佑
出演:グレッグ・ハン(シュー・グァンハン) 清原果耶 北村豊晴 ジョセフ・チャン 道枝駿佑 黒木 華 山中 崇 フィガロ・ツェン 松重 豊 黒木 瞳

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赤い糸 輪廻のひみつ(2021/台湾)

昨年のTIFFで楽しく観たギデンズ監督最新作『ミス・シャンプー』Netflixでも配信中)の前作となる『赤い糸 輪廻のひみつ』
これも2021年の金馬奬にノミネートされており、視覚効果・メイク&コスチュームデザイン、音響効果の3部門で最優秀賞を受賞している。ここ数年、金馬奬をチェックすると面白そうな作品が多くノミネートされているので、これらに配給権がついて日本で公開されてほしいと常々願っていた。
しかし、ここ数年の話題作が日本の劇場で一般公開されることは少なくなった。台湾本国でも公開後すぐnetflixで全世界配信され、日本語字幕付きで気軽に観られるようになったとはいえ、劇場でかけてみんなで観られることを前提とした劇映画はやはり劇場で楽しく観たい。そう思っていた時にこの映画の日本公開が決まった。

この映画はこれまで『台北セブン・ラブ』や『赤い服の少女』を紹介してきた台湾映画社さんと『日常対話』を配給し、関連書籍の翻訳も手掛けてきた台湾映画同好会さんの共同配給。個人会社での配給で、権利の関係上劇場公開のみという(おそらく)異例のケース。台湾映画社代表の葉山さんが上映権獲得と劇場公開に関してのインタビューに答えており、こちらのnoteを読んだが、台湾ブームと言われても観光やグルメが定着してもt台湾エンタメがなかなか定着しない、シネフィルにも台湾映画といえばニューシネマは注目されるのにそれ以外は…と同じように歯痒く思ったことがあったので、大きく首を縦に振ったものだった。
公開に先立ってクラウドファンディングも行われていたのでもちろん参加した。現在のところ公開劇場も一部地域だが、全国で上映されてほしいと願っているので、その応援も兼ねての感想記事である。ネタバレは極力控えるようにする。

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原題でもある「月老」は台湾の縁結びの神様として知られる「月下老人」のこと。台北の霞海城隍廟や台南の大天后宮他多くの廟に祭られている神様だが、この映画に登場する月老は冥界にやってきた死者が徳を積むために従事する神職として設定されている。落雷で命を落とし、生前の記憶を失くした主人公の孝綸(クー・チェンドン)は元カレに殺されたピンキー(王淨)とバディとなり、現世で人々を赤い糸でつないでいく。
この冥界の世界観とデザインがユニーク。死神は黒いスーツと帽子にマント、という割と定番スタイルだけど、冥界の門番である牛頭(陸明君)と馬頭(ホンジュラス)はミリタリー風のスーツとマントをまとい、(死んだときの)年齢・性別がそれぞれバラバラな月老たちはグレーのセットアップを着ている。彼らを率いるリーダーの一人を演じる侯彥西はなぜか『ジョジョの奇妙な冒険』の東方仗助のようなリーゼントスタイルなので全体的に高校の制服感増し増し。死んだ人間が現世にやってくるといえば最近ネトフリで実写版が配信されている『幽☆遊☆白書』も思い出されて、この「わかる人にはわかりゃええ( ̄ー ̄)」ってところにはニヤリとする。

善行を行って徳を積む二人の前に老犬の阿魯が現れたことで、孝綸は生前の記憶を取り戻す。阿魯は彼と初恋の人である幼馴染の小咪(ビビアン・ソン)を結びつけた犬であり、寿命で命尽きようとしていた。その頃冥界では500年間牛頭を務めていた前世の盗賊・鬼頭成(馬志翔)が怨霊となって冥界を脱走し、前世で自分を裏切った仲間たちの生まれ変わりを探し出して復讐していた。その怨念は小咪にも向けられる…!

冥界ファンタジーの趣で開幕する物語は、この再会で見覚えのある展開に突入する。『あの頃、君を追いかけた』でお馴染み、ギデンズ名物ともいえる(?)おバカ男子の恋物語である。ああ、やっぱり男子っておバカ…と笑っていたら、鬼頭成の登場で前作『怪怪怪怪物!』的なホラー展開となる(『怪怪怪怪物!』といえば、鑑賞当初は爽快さと胸糞悪さが入り混じる何とも言えない気持ちを抱いたのだが、実は製作当時のギデンズが自らのスキャンダルにより激しいバッシングを受け、そこで生じた怨みを原動力として作ったという話を最近知った。だからあんなに胸糞悪いのか…)

このように先の読めない物語なのだが、テーマは生命賛歌といえる。台湾に根づく道教や仏教をベースに、笑ってドキドキして恐怖におののいて、気がついたら感動しているド直球のエンタメで謳われる生命賛歌。どんな命でも等しく、それを救えば善となる。世界で起こる戦争等で命が失われていく現状を見ているから、その大切さや生きることの尊さを感じたのかもしれない。邦題の由来となっている、韋禮安による主題歌《如果可以》もこのテーマを体現していてよい。これは藤井風が台湾ライヴで歌いたくなるのもわかる。


Weibird本人が歌う日本語ヴァージョンもあるのでこちらも是非。

映画監督デビューも果たしたチェンドンの安定したバカ男子っぷり(誉めてます)とギデンズ作品への登板が続くビビアンはそれぞれかわいらしく、『返校』のミステリアスさをかなぐり捨てた王淨のはじけっぷりも楽しい。他のキャストもギデンズ作品常連から、馬志翔と共に『セデック・バレ』に出演したセデック族のラカ・ウマウまで、台湾映画&ドラマに親しみのある人なら思わず手を振りたくなる面々が揃う。

現在の台湾映画の勢いを象徴するこの作品、台湾好きだけど映画は…という人にも、もちろん台湾に特段興味のない人にも観てもらいたい。
重ねて言うけど、日本では劇場でしか観られない作品なので、東京や大阪だけでなく、日本全国津々浦々で上映されてたくさんの人に観てほしい。東北では香港&台湾映画を必ず上映してくれるフォーラム仙台で2月上映が予定されているけど、我が岩手でも是非上映してほしい…

今年は日本全国で中華圏の映画がたくさん上映されますように…

原題:月老/Till We Meet Again
監督・原作・脚本:ギデンズ・コー
出演:クー・チェンドン ビビアン・ソン ワン・ジン マー・ジーシアン ホウ・イェンシー チェン・ユー ルー・ミンジュン ホンジュラス ユージェニー・リウ ラカ・ウマウ

☆本blogは今年で開設20年。
ここ数年記事もなかなか更新できませんでしたが、アニバーサリーイヤーなので、なるべく更新できるように頑張ります。

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香港の流れ者たち(2021/香港)

2018年のTIFFに出品された『トレイシー』(感想のリンクは当時のtwitterなので、いろいろ表現的に追いついていないところはご了承ください)でデビューしたジュン・リー監督の第2作であるこの映画、『香港の流れ者たち』を初めて知ったのは、2年前の金馬奬で最優秀作品賞を始め12部門ノミネートされたことから。金馬では最優秀脚色賞を受賞したのだが、これは2012年に香港で起こった通州街ホームレス荷物強制撤去事件に材を取って作られたことから脚色賞のカテゴリに入ったようだ。翌年の金像奬では11部門ノミネート。

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香港の下町、深水埗。高架下で暮らしていたヤク中のファイ(ジャンユー)が刑務所を出所し、この街に帰ってくる。ベトナム難民のラム爺(謝君豪)、ラン(ベイビー・ボウ)とチャン(ロレッタ・リー)姉妹、元大工のダイセン(朱栢康)らが彼を迎えてくれるが、食品環境衛生署の事前通告なしの「掃除」により、何もかも取り上げられてしまう。彼らはソーシャルワーカーのホー(セシリア・チョイ)の助けを借りて、政府を相手に謝罪と賠償を求める裁判を起こす。

 

十年前に息子を失っているファイをはじめ、ベトナム戦争後、香港で亡命する家族と離れ離れになってしまったラム、ドラッグ中毒で何もかも失った元ホステスのチャンなど、ホームレスたちはそれぞれの事情で今の生活を送っている。ハーモニカが唯一の友である失語症の若者、通称モク(ウィル・オー)もその輪に加わり、助け合いながら生きている。近隣の商店から万引きし、ドラッグを分け合って打ち合う姿は良識ある者からは理解しがたく、落ちぶれて当然だと思わせられるだろうが、厳しい社会で一人で生きることの難しさを考えたらやむを得ないのだろうか。
もちろん、それはいいことではないので、ホーたちのようなソーシャルワーカーが彼らを助けるために奔走する。彼らもその助けを利用しながら、市民として生きている。助けがあればそれをうまく利用し、生活に足りることでうまく生きようとする。社会の底辺に生きていても、人として生きることが大切である。それを端的に言えば「人権」である。これはこの1年、貧困だけでなく性暴力やハラスメントから戦争まで国内外で起こった事件においても言われてきた言葉で、大切にしなければいけないのにそれが蔑ろにされていることに改めて気づかされた。
彼らの訴訟が大々的にマスコミに取り上げられたことで世間の注目を浴び、社会学系の大学生たちを始めとした支援希望者が彼らの元に押し寄せるが、メディアのインタビューを受けたファイが「俺たちがなぜ政府に対して謝罪や賠償を求めているのかには興味はなさそうで、ヤク中になった原因や路上生活のことばかりを聞きたがっていた」ということを言うように、このトピックがセンセーショナルなものとして扱われることで訴訟の本来の目的が覆い隠されてしまうのではないかという危惧が描かれる。人権やその尊厳は大切なものだが、それを守ること、理解することの難しさも感じる。その難しさはホームレスたちの間にもあり、政府の賠償が決まった後で、そこで賠償金を受け取って収めたいと考えたダイセンたちに対してファイが謝罪しないと納得しないと頑として譲らなかったことで彼らもバラバラになっていくことからもわかる。本当に難しいし、どうしていけばよかったのか、考えれば考えるほどどうしようもなくなってくる。だけど、この問題が香港だけでなく、日本でも渋谷の宮下公園で起こった排除などホームレスをめぐって同様の案件があったり、先に挙げたような人権が損なわれる案件にも繋がるので、これはもうずっと考えていかなければならない問題である、ということを映画が訴えている。
(この件については『星くずの片隅で』と合わせて紹介しているこの文章がわかりやすい)

非常に社会的なトピックを含んだこの映画だが、その物語を生きるキャストたちは豪華で誰もが印象深い。
ファイを演じるジャンユーはもう説明不要の大スターだし、ニヒルさも熱さも軽みも自在に演じ分けられる名優だけど、悲しみと諦観をたたえた微妙な表情にはこれまで見たことのないものがあったし、声高でなく自分の意地を見せて生き抜く姿が印象的だった。97年の『南海十四郎』で知られるベテラン舞台俳優・謝君豪は『毒舌弁護人』などの近年の香港映画で名アシストを連発しているし、同じく舞台出身の朱栢康も大活躍である(アキ・カウリスマキの兄ミカが監督したフィンランド映画『世界で一番しあわせな食堂』にも出演)若手ではセシリア・チョイ、ウィル・オー。セシリアは台湾映画『返校』にも出演しているし、来年初めには『燈火(ネオン)は消えず』の日本公開も控えている。ウィルも話題作への出演が続く注目の若手で、来年の亞洲電影大奬では劉冠廷や宮沢氷魚、タイのマリオ・マウラーと共に青年大使を務める。
そしてこの作品で映画界に復帰したロレッタ・リー。アイドル時代や三級片時代はあまり作品を観ていなかった…と思っていたが、アン・ホイ監督の『千言萬語』(99年)はさすがに覚えていた、というより、パンフレットの宇田川幸洋氏の文章で思い出された。あの映画もホームレス救済に尽力するソーシャルワーカーたちを描く作品であったが、登場人物の一人のモデルとなったイタリア人の甘浩望神父(映画ではアンソニー・ウォンが演じていた)がこちらでもご本人役で出演されていたのに後に気づいて驚いた。
ここで久々に『千言萬語』も再見したくなったし、92年の『籠民』も未見なので観たくなったのだが、リマスタリングされていたかな…

テーマはシリアスだが、ウェットであっても温かさと軽みも感じさせる。人の生きる喜びがその街には欠かせない。
大陸の影響を大きく受けてきている香港が香港らしさを失わないためには、そこに生まれて生きる人を大切にしていくことが必要ではないか、ということを考えながら、これを2023年の映画納めとして観た。
来年も楽しく素晴らしく、そして考えさせられる香港映画が1本でも多く劇場でかかり、多くの人に観られますように。

原題:濁水漂流/Drifting
監督・脚本・編集:ジュン・リー 製作:マニー・マン 撮影:レオン・ミンカイ 編集:ヘイワード・マック 音楽:ウォン・ヒンヤン
出演:ン・ジャンユー(フランシス・ン) ツェー・クワンホウ ロレッタ・リー セシリア・チョイ チュー・パクホン ベイビー・ボウ ウィル・オー イップ・トン 

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星くずの片隅で(2022/香港)

先日、地元の映画好き仲間たちが揃うクリスマス会に参加した。
某邦画にスタッフとして参加した経験を持ち、現在は地元TV局に勤務している若者に「『男たちの挽歌』的な香港映画でお勧めありますか?」と聞かれたので『ザ・ミッション』を薦め、トーさんの作品や無間道三部作でひとしきり盛り上がって楽しく話をした。香港映画の話もこれまであまりできなかったので、久しぶりに話せて嬉しかった。

「しかし、香港ではもうあんな映画は作れないんでしょうかねー」
彼にそう言われて、私は「まあねー、今香港の状況は厳しいけど、まったく作れなくなったってわけじゃないし。警察ものは作りにくくなったけど、その代わり弁護士ものも作るようになったしー」などと私見を述べて答えたのだが、人によっては香港映画はアクションであり、ノワールであり、成龍であり、李小龍であり、王家衛であり…というイメージで偏ってしまうのは致し方ないのかな、などと思ってしまう。

スターが揃う大作は中国との合作で、あるいはスターやベテラン監督が完全中国資本で撮るというシステムもすっかり定着してしまい、かつて成龍が言ったように「香港映画は中国映画の一部にすぎ」なくなってしまうのか…と危惧したこともあったし、なによりも反送中運動から国家安全維持法施行までのこの5年間の激動が映画も含めた香港の文化にどんな影響を及ぼしていくのか、不安で不安で仕方なかった。

しかし「香港映画」はそれでも残った。確かに派手なアクションもの等は撮りにくくなったが、若い監督たちが市井の生活を見つめ、苦難の中に希望を見つけるような作品が現れるようになり、ここ数年の大阪アジアン映画祭や東京国際映画祭から香港インディペンデント映画祭まで、大小さまざまな映画祭で上映されてきた。東京や大阪から聞こえてくるそれらの情報をうらやましく眺める日々がしばらく続いたが、やがてそれらの作品に配給がつくようになり、上京もできるようになったので、この夏に早速観に行ったのが今回取り上げる『星くずの片隅で』である。
今年の大阪アジアン映画祭では原題の『窄路微塵』で上映されている。

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 コロナ禍で静まり返った2020年の暗い香港。清掃業者のザク(ルイス・チョン)はワンオペ業務と一人暮らしの母(パトラ・アウ)の世話に追われる日々を過ごしていた。そんな彼の前に現れたのは、彼の会社のあるマンションに住む若いシングルマザーのキャンディ(アンジェラ・ユン)。彼らは雑踏が消えた香港のあらゆる場所を掃除して回る。閉店した茶餐廳から郊外の邸宅、さらには特殊清掃事案(!)までと幅広く、マスクも容易に入手できる富裕層や小さなフラットで誰にも知られず亡くなってしまう貧しき人など、その仕事の間から香港で暮らす人々の様々な姿を見ることができる。そこに見えるのはよく知られている煌びやかな摩天楼の香港ではない。

ザクもキャンディもそれぞれ暮らし向きは楽ではない。特にキャンディは一人娘のジュ―(トン・オンナー)を抱えており、彼女を喜ばせるためなら何でもする。それこそ盗みも厭わないため、その行動が清掃業に大きなダメージを与える。ザク自身もキャンディを一度遠ざけたりもするが、お互い困っているのはわかっているから、それでも手を差し伸べる。キャンディもずるさこそあるが、決して根っからのワルではない。恋愛ともいうわけではない繋がりで二人が結ばれていくのが自然に描かれ、観ているこちらもその展開を受け入れられる。そんな二人の清掃業が決して順調には行かない、現実の厳しさも一方で描かれるのだけど…。
裕福にもなれず、ここから逃げ出して移民もできないが、それでも生きていく必然がある。屋上から二人が眺めるのが、精一杯働く人々がいる工業地帯であるのも印象的。
「世の中はひどい。それに同化するな」「不運も永遠には続かない」印象的な台詞も多く、しみじみとしながら現在の香港に思いが飛ぶ。

ザク(これは愛称で「窄」という字の広東語読みらしい。本名は陳漢發)を演じるルイス・チョンはこれまでバイプレイヤーとして活躍し、近年はこの作品や『6人の食卓(飯戲攻心)』などでの主演も増えてきている。過去の出演作には観た作品も少なくないけど、一番覚えていたのは4年前のTIFFで上映された『ある妊婦の秘密の日記』での愉快な妊婦アドバイザー役だった…wikipediaを見たら『風再起時』にも出ていたのだが覚えていない…そして待機作には来年の賀歳片《飯戲攻心2》がある。

昨年の金馬奬と今年の金像奬で最優秀主演女優賞にノミネートされたアンジェラ・ユン。
初見はジェニー・シュン&クリストファー・ドイル監督、オダギリジョー共演の『宵闇真珠』だった(当時の感想はtwitterのみだったのでリンク参照)儚げでそれでいていい存在感のある役どころで印象的だった。

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モデルとして活動し、日本でも銀杏BOYSのCDジャケットや川島小鳥の写真集に登場しているそうだけど、なんといってもこのMVがかわいい。

映画公開に先立つタイミングで発表されたVaundyの「Tokimeki」MV。モチーフはオズの魔法使い。ちなみに演出は『とんかつDJアゲ太郎』『真夜中乙女戦争』の二宮健監督。
10年くらい前は若手女優不足が気になってた香港映画界だが、彼女やハンナ・チャン、ジェニファー・ユー、ステフィー・タン等次々といい女優が登場しているのはうれしいところ。

監督は『少年たちの時代革命』の共同監督でデビューした林森(ラム・サム)。この映画は例によって香港では観られず、『時代革命』『乱世備忘』のようなドキュメンタリー同様に香港の現状をストレートに伝える作品(と書いているが残念ながら観る機会がなかった…いつか観れたら感想書きます)時代革命周辺を映像で伝えた作品群からは多くの若手映画人が登場しており、彼もその一人。国安法の施行でストレートな社会批判がしずらくはなったが、それでもこの街のことを、自分たちの現在を伝えたいという気持ちがあるし、この街の映画ファンたちもそれを支持するのだろう。私もそれを支持したい。

しかし残念なのは、せっかく配給がついて日本全国で公開されたのに、私の住む岩手県では東北で唯一劇場公開されなかったこと。隣県の秋田では上映されたものの観客が少なくて…というtweetをみかけてがっかりした。確かに展開的にはしんどいところもあるし、香港の社会状況も先日のアグネスの件のようなニュースくらいでしか注目されなくなったしで、普段香港や香港映画をよく知らないという方々にどうアピールしたら考えてしまうところ。
それでも、私はこの映画をスクリーンで観たい。そしてこの映画への思いを地元で一緒に観る人とシェアしたいと思っている。せっかく上映権があるのなら、どんなにささやかでもいいから上映会をしてみたい。それほどにほれこんだ映画だった。

原題:窄路微塵(The Narrow Road)
監督:ラム・サム 脚本:フィアン・チョン 撮影:メテオ・チョン 音楽:ウォン・ヒンヤン
出演:ルイス・チョン アンジェラ・ユン パトラ・アウ トン・オンナー チュー・パクホン

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【香港映画祭2023Making Waves】マッド・フェイト/毒舌弁護人

香港政府と創意香港(CREATEHK)の支援を受け、昨年より香港国際映画祭協会(HKIFFS)が世界各地で新作香港映画を巡回上映している「香港映画の新しい力 Making Waves(以下香港映画祭)」。昨年は《逆流大叔》のサニー・チャン監督作による賀歳片『6人の食卓』、大阪アジアン映画祭で好評を博した『黄昏をぶっ殺せ』などの現在進行形の香港映画新作から『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』のデジタルリマスター版などの旧作も上映。中華圏の注目作を日本で一番紹介している大阪アジアン映画祭の協力を受けているとのことで、いい作品を持ってきてくれるのは嬉しい。でも昨年はまだ首都圏に足を踏み入れることはできなかったので参加は諦めた。

今年は東京国際映画祭にも行くことにしたし、少し間をおいてではあるが、引き続き香港映画が観られるのならこの上なくうれしいことではないかと思い、張り切ってチケットを取り、年休も取った。同じ週に新幹線で2往復する羽目になったが、大きな劇場で観客の皆さんと一緒に香港映画を楽しめたらもう何もいらない。でもその代わり、残念ながら今年は東京フィルメックスの鑑賞は断念することになった。来年は行きたい…

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今年の映画祭ではMIRRORのアンソン・コン主演の『7月に帰る』『夢翔る人 色情男女』デジタルレストア版はスケジュールの関係でパスし、『レクイエム』『ホワイト・ストーム』に続くシリーズ第三弾『ホワイト・ストーム 世界の涯て』は残念ながらソールドアウト。
というわけで、上映全7作品のうち4作を鑑賞。

『マッド・フェイト』2023/香港

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狂っているのは君か、それとも僕か。
精神を病んだ両親を持ち、親同様狂うことを恐れる占い師許(ラム・カートン)とサイコパスの青年少東(MIRRORのヨン・ロクマン)、そして雨の日に現れる連続殺人鬼(チャン・チャームマン)など、まともじゃない人々が重苦しい空気を纏った香港の街を駆け抜ける。ラストまでとことん(精神的に)殴り合って(見えないが)血みどろになるソイ・チェンの濃ゆい世界を久々に浴びてクラクラしてる。カートンさんの壊れてそうで壊れてないこのギリギリのラインをいく感よ。ものすごいんだがその一方でこれはかなり楽しんでやってるのかも…とも思ふ。

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一昨年のTIFFと昨年の香港映画祭で上映された『リンボ』でもコンビを組んだソイさんとカートンが来日。
カートンさんは昨年に続いての参加だそうで、和やかであった。

ここしばらく銀河映像の作品とはご無沙汰していたせいか(製作はトーさん、脚本は游乃海さん)次々と起こる殺人事件(被害者が娼婦ばかりだったのはいろいろ思うところはある…)に流れる血に異常に興奮する少東、そして正気と狂気の狭間で少東を救うがために苦悶して進む許の姿に思い切り慄いたのだが、観終わったら、ああやっと香港映画に帰ってきたわ…となった。
長らく忘れていたよ、この世界を。いきなり両肩を掴まれてグッと引き戻された思いをした。
初めて参加した香港映画祭のトップバッターがこの映画でよかったわ。

毒舌弁護人 正義への戦い(2023/香港)

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今年の旧正月に公開され、香港映画歴代興行収入を更新したという作品。主演はベテランのスタンダップコメディアン黄子華(ウォン・ジーワー。今回は英語名のダヨ・ウォンで紹介)。香港に通ってエンタメニュースに触れると必ず登場する(ジャンユーや張達明とトリオを組んだ「髭根Show」などは見たことなくても知ってた)けど、ローカルコメディに出ているイメージがあったので、まさか日本で黄子華主演作が観られるとは思わなかった。しかもこの映画祭に先立って一般上映もされて二度ビックリした(実は発売日当夜のチケット取りに敗れて、TIFF上京時にシネマートで先に観ていたのであった>譲っていただけたのでした。多謝!)

職務怠慢を理由に裁判官から窓際職に追いやられたことをきっかけに弁護士に転職した林涼水(ジーワー)が、実子虐待殺人の罪に問われた被告の母親(ルイーズ・ウォン)の弁護を担当し、明らかに冤罪とわかりながら負けたことがきっかけとして真剣に取り組むことになり、裁判のおかしさに気づいて正義を追及していく姿が見どころ。対話で戦い、うまく話を転がすのはさすがだ。
これまで賀歳片で主演を張りながらなかなかヒットしなかったらしいが、昨年の香港映画祭で上映された『6人の食卓』(監督は《逆流大叔》のサニー・チャン)もヒットし、2年連続で主演の賀歳片が当たったことになるジーワーのすごさを十分に味わった。長年コメディアンとして慣らしてきたからこその、スーダラで口が悪くても正義感で突き進むこの役柄が本当にお見事。香港映画歴もかなり長くなったけど、これまで彼が日本に紹介されなかったのは本当に不思議。自分の中でのライヴの人のイメージが強かったし、香港でも出演を積極的に観てこなかった。ああ自分今まで何やってんだと反省。
彼だけでなく、対決するカム検事を演じた謝君豪、刑事役のボウイ・ラムさんなどのベテランから、ルイーズやフィッシュ・リウなど若手のキャストもとてもよい。ERRORのホー・カイワーが演じたパラリーガル(でよかったか?)の太子もよいキャラ。

これまで日本で公開されてこなかった香港の裁判もの(時代ものだけど今ネトフリで観られる『チャウ・シンチーの熱血弁護士』くらいか?)なので、かなり興味深く観た。これに先立って公開された《正義廻廊》など、ここしばらく香港ではリーガルものがヒットしているとのことだが、警察テーマの映画に代わって題材として注目されるようになったり、香港社会のあり様を描くのに現在最も適しているからかともいろいろ考えられる。まさに今「Everything is wrong!」と言われる状況であるのは言うまでもないし。コミカルには描くけどベッタベタではなく、基本的にはシリアスでもある。ちょっと前だきっと紹介されることのなかったタイプの映画だろうけど、こうして配給と字幕がついて観られるのは本当に有難い。

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ゲストは公式初来日となったジーワーと、長年ダンテ・ラム監督作品や、近年では『アニタ』の脚本も手掛けてきたジャック・ン監督。
Q&Aでは長年の謎(か?)だった英語名「ダヨ」命名の真相がわかってスッキリ。小学校の頃は「スティーブン」と名付けられたそうだけど、既にクラスに6人くらいいたそうだ。確かに香港でスティーブン君多すぎ問題は気になってた…(笑)「ダヨ」という名は他の兄弟と語感が似ているからつけられたとかなんとか。
本当は日本でも「ウォン・ジーワー」名義で紹介してほしかったけど、まあ自分で呼ぶからいいか、ダヨ名義でもいいんダヨ(やめなさい)

ジーワーのインタビュー記事はこれが一番詳細でわかりやすかったです。

(次回は『ブルー・ムーン』『風再起時』の感想をUP)

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【東京国際映画祭2023】雪豹/ムービー・エンペラー/ミス・シャンプー

実に4年ぶりに参加した今年の東京国際映画祭

今年はトニー・レオンのマスタークラスが開催されたのだけど、残念ながら日程が合わずに断念。
ワールド・フォーカスではアジアン・シネラマ-香港フォーカス(上記のトニーのイベントもこの一環)台湾映画ルネッサンス2023と香港&台湾映画の特集でかなり充実していたのだが、日程と相談した結果、5作品(チベット、中国、台湾×2、香港)を鑑賞。
ここではまず3作品の感想を。

『雪豹』2023/中国・チベット

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中国で国家一級保護動物(=天然記念物)に指定されている雪豹が、チベットのある家畜業者の家の羊を襲って殺した。
一家の兄(ジンパ)は怒って雪豹を殺すと息巻くが、役人が到着するまで羊の柵に留まる雪豹を追い出せない。僧である弟(ツェテン・タシ)は「雪豹法師」とあだ名がつくほど雪豹を愛していて、当然兄とは対立する立場にある。弟の伝手でこの事件を取材しにやってきた県のTVクルーと役人も加わって騒動は堂々巡りに。雪豹を憎む者、愛して守りたい者、それを客観的に見る者それぞれの視点から物語が語られる。

これを観て真っ先に思い出したのが、現在全国各地で起こっている熊害。地元でも死者が出るほど深刻な問題になっているが、動物愛護の観点から殺すなというクレームも入り、なおかつ相手は凶暴でいつどこで出てくるか予想もつかないので、多方面で対応に苦慮している状況はよくわかる。もちろんこの物語の状況と完全に一致できるような状況ではないけど、人間の営みと自然の驚異が隣り合わせになっている現代社会のバランスの危うさを考えると、どの国にも同じような課題があるのかもしれない。

チベット族として初めて北京電影学院で映画を学び、チベット人によるチベット映画を確立させたペマツェテン監督は、自らが暮らすチベットを辺境のエキゾチックな地として捉えることなく、その地の人々の生き様を普遍的な視点で描いてきた。しかもシリアスになりずぎず、ユーモアも適度に交えてくるのもよい。今年53歳で亡くなったのは非常に残念だが、この映画の他にまだ多くの未発表作があり、息子さんやスタッフたちがその意志を引き継いで世に出してくれるだろうから、これから登場する新作にも期待する。
そして日本ではまだ『羊飼いと風船』のみの一般公開なので、今年の東京グランプリ受賞をよい機会に、東京フィルメックスで上映された過去作『オールド・ドッグ』 『タルロ』 『轢き殺された羊』なども合わせて作品が日本で公開されることを望んている(自分も先の2本が未見なもので)

(追記)フィルメックスの神谷ディレクターがインタビューで来年1月下旬から2月上旬にかけて、ヒューマントラストシネマ有楽町にてペマツェテン監督作品の特集上映を行うと答えているので、これがなんとか全国上映に結び付いてくれないかと期待している。

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Q&Aにはジンパ(左)、TV局の若手クルーを演じた熊梓淇(ション・ズーチー)雪豹法師役のツェテン・タシが参加。

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『ムービー・エンペラー』 2023/中国

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今やもうベテランな、香港映画界を代表する俳優にしてプロデューサーのアンディが、かつてプロデュースした『クレイジー・ストーン』などのコメディを作り続けてきた中国の寧浩(ニン・ハオ)監督と今度は主演俳優としてコンビを組んだ「スターはつらいよ」物語。
近年の中国映画の勢いと政治的状況を見ると、どうしても中国映画に対して抵抗感を持ってしまうのだが、とりあえずその気持ちを横に置いて観ると、デリケートな部分をうまく避けて作られた良質のコメディであった。未知の仕事に悪戦苦闘する往年のスターの物語としてスタンダードなプロットだし、SNSでの炎上等アップトゥデイトなトピックもしっかり盛り込んでいて、自らの非をわかっていながらなかなか謝れない様などについつい笑ってしまう。

香港の大スターでありながら無冠の帝王、私生活でも崖っぷちな主人公ダニーが、中国の若手監督のインディペンデント映画に出演して映画祭出品の野心を抱くも、思う通りに事は進まず…。アンディ本人と重ねてみるときっとファンは怒るのかもしれないけど、中国映画の撮影あるあるを多分に盛り込み、40年に渡る彼のキャリアを基に、本人もきっとノリノリでスタッフにアイディアをたくさん提案して楽しんで作っていただろうことが伺える。さんざんな目にあってもその態度や行動を貶すこともないし、ちゃんと愛をもって主人公を描いている。
『クレイジー…』の感想を読み直すと「中国映画に洗練という語はない」などとかなりひどいことを言っているが、あれから16年も経てばそれは大きく変わるものである。海より深く反省せざるを得ない。

『ミス・シャンプー』2023/台湾

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前作の『赤い糸 輪廻のひみつ(月老)』の日本公開を前にして上映されたギデンズ監督第4作は、「すいません、おかゆいところはありませんか?(請問,還有哪裡需要加強)」という原題が示す通り、美容室を舞台にしたラブコメディ。ここしばらくホラーテイストの作品が続いていたので、いろんな意味で原点に帰った感も覚えた。特に下ネタ方面で(笑)

組の頭をタイ人刺客に殺され、自らも命を狙われるヤクザのタイ(台湾のアーティスト、春風ことダニエル・ホン)が逃げ込んだ美容院で残業していた美容師見習のフェン(ビビアン・ソン)に一目ぼれ。シャンプーが得意だが絶望的もとい独創的なカットセンスの持ち主で、楽天モンキーズの野球選手鄭旭翔を熱烈に推すフェン会いたさにタイは美容院に通い、フェンも彼にひかれていく。
黙っていればなかなかハードボイルド感を持ってるタイが、フェンに出会ってとんでもないカットをされて恋に落ちてからの壊れっぷりがおかしく楽しい。男らしさの極致みたいなヤクザ稼業で女性関係も場数を踏んできたはずなのに、一気に高校生男子レベルまで幼稚化もとい純情化してしまうのが笑える。そうなると当然下ネタも過剰となるので、久々に「いやーホント男ってバカだよねー」と言いながら楽しく観られたのは言うまでもない。『あの頃』と比べると二人はお互い大人なので、ヤる前は下ネタ満々でも事は(もちろん)あっさり省略して描かれるので実にすがすがしい。タイの舎弟のひとりにはお馴染みクー・チェンドン、その他脇のキャストもかなり楽しい。そして近年のポストクレジット(エンドタイトルの後に映画が続くあのシステム)を意識したようなエンドタイトルの仕掛けには大爆笑。台湾や香港ではエンドタイトル時にさっさと場内が明るくなって追い出しを催促されることが多いのだが、台湾上映時に最後まで観た人ってどれくらいいるのだろうか…

(続く。次回は『Old Fox』『白日の下』の感想をUP)

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【ZINE新作】『台カルZINE Vol.2』ほか

岩手と台湾をカルチャーで結び、台湾カルチャーを深掘りする楽しみを伝える目的で2021年に結成された台湾カルチャー研究会のZINE「台カルZINE」の最新号が発行され、盛岡市内の各ブックイベントで販売しました。

【新刊】台カルZINE Vol.2 特集:NO MUSIC,NO TAIWAN(台湾カルチャー研究会)

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1号が映画なら2号は音楽!という理由での音楽特集。とはいえ台湾音楽も実に幅広く、すべてを網羅することは不可能なので、メンバー3人の偏愛音楽エッセイを中心に構成。日本でも放映された2000年代の台湾ドラマを彩ったテーマソング集があれば、台湾での村上春樹の受容を追っていたら出会った文青ポップスもあり。私はかつてこのblogでも書いてきたジェイ五月天の日本ライヴレポートのダイジェスト版と、自分が初めて触れた1990年代前半の台湾ポップスの思い出について書き下ろしました。
また、このZINEで紹介した曲を中心にしたプレイリストもspotifyでつくりました。よろしければ聴いてみてください。

 

【新刊】『このまちで えいがをみること』書局やさぐれ

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表紙はこの4月に営業を終了した、岩手県盛岡市の映画館通りにあるニッカツゴールデンビル。
かつては日活の映画館が入っていたビルで、日活撤退後も長年映画館が入っていました。
このビル自体の営業終了により映画館が閉館したことがきっかけで作ったZINEです。

11年前に香港映画の、5年前に台湾映画のZINEをそれぞれ作ってきたので、3冊目の映画ZINEはそれ以外…となるはずなのだけど、それでもここで紹介するのは、ええ、それでも入っているのですよ、香港映画+αが(^_^;)。
このZINEでは、自分が昨年観て気に入ったり気になった映画を洋邦各5作品、映画館で観た旧作5作品、そして今年上半期観た映画5作品のTwitterで書いてきた感想に加筆してまとめた感想集なのですが、このblog的な作品として『レイジング・ファイア』『時代革命』『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』そして王家衛4K作品集について取り上げております。ここで書いた長文感想のダイジェスト的にシンプルにまとめました。
長年映画好きやっておりますが、もうすでに香港映画も分かちがたく、香港・台湾映画を除いて映画の感想をまとめることって自分にとっては結構厳しいのだと改めて思いました。なお、いろいろな人に読んでもらえることを目的に作りましたので、毒は控えめです。

この新刊2作を引っ提げてまず参加したのが、6月18日(日)に岩手教育会館で開催された文学フリマ岩手8
東北唯一の文学フリマです。

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当日のブースの様子。今年は書局やさぐれと台カル研のダブルネームで参加しました。

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当日のセットリスト。既刊ZINEもまだまだ在庫あります(笑)

昨年から会場が変わったのと、出店者も一般参加者も過去最高を記録したとのことで、会場内の熱気は実に半端なかった。お隣が旅の写真集を出されていた方でお話しできたり、思わぬ出会いがあったりと忙しいながらも実りあるイベントでした。
文学フリマ岩手には初回からずっと参加していますが、実は一般でも出店でも東京は未経験。3年前の春のイベントに出店の申し込みをしたことがあるのだけどコロナ禍で中止。岩手の文フリも2年連続で中止になりました。秋は映画祭シーズンと重なるので行けないだろうけど、来年の春の東京は出店を検討しております。

その1週間後、6月25日(日)にもりおか町家物語館で開催された浜藤の酒蔵ブックマーケット2023-Summer-にも出店いたしました。

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こちらは古本市からスタートしたブックイベントで、市のアート系団体の主催です。
古本屋を経営されている方から、フリマ感覚で自宅の本を持って販売する方まで出店者は様々でZINEや読書グッズの販売のみでもOKと間口が広いイベントでいつも楽しく参加しています。
会場が住宅地にあるので来場者に子供たちも多く、今回ワンオペ故店番を手伝ってもらったOPENちゃん(写真)が人気でした。

今後のイベント参加は秋までありませんが、ZINEイベントにも出品しております。
また、新刊発行にあわせて通販も近日再開いたしますので、ご興味がありましたらよろしくお願いいたします。

そして次の新作ZINEも秋発行を目指して現在計画中。
次作は旅行記の予定です!ふふふ

 

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エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(2022/アメリカ)

ああ、時代は動いている。そしてものすごい勢いで変わっている。
その変化は悪い方向にもよい方向にもいっているが、よい方向への変化は喜ぶべきことであり、それを受け入れてアップデートしていかねばならない。
最近、そんなことをよく考えている。
映画を観始めて30年、香港映画を好きになって25年以上が経つが、この間の映画鑑賞状況はガラッと変わったし、流行る映画も本当に様変わりした。それが寂しく感じることも時折あるのだが、映画を好きになり始めた頃には夢のまた夢と思えたようなことが実現して嬉しくなることも少なくない。

スティーブン・スピルバーグ監督やトム・クルーズの主演作が次々と製作され、今もヒットを飛ばしているのは30年間変わらずにあるのだが、そんな状況でも米国のハリウッドや単独の映画賞としての注目度は世界最大であるアカデミー賞は確実に変化している。カンヌ映画祭で初めてグランプリを受賞した韓国映画『パラサイト』や、同じくカンヌからアジア圏まで幅広く支持された日本映画『ドライブ・マイ・カー』等、近年はアジア映画がアカデミー賞に多くノミネートされ、受賞している。しかも米国の劇場公開も好評である。ハリウッドと言えば主役は白人、単純明快で勧善懲悪なエンタメ作品というイメージもはるか遠くなり、OscersSowhiteやmetooというハッシュタグがSNSで誕生してわずか数年でアカデミー賞も多様性と異文化理解を尊ぶ賞となった。その間、王家衛を敬愛するバリー・ジェンキンス監督がゲイの黒人少年の愛と人生を描いた『ムーンライト』やスタッフからキャストまでアジア人が手がけた『クレイジー・リッチ!』の大ヒット、そしてマーベルスタジオ初のアジア人ヒーローが活躍する『シャン・チー』等が登場して評価されたのだから、米国映画界における多様性の広がりのこの速さに感心してしまう。

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先に挙げた『ムーンライト』を始め、『ミッドサマー』や『カモンカモン』などを手掛けた米国インディペンデントのスタジオA24が製作し、今年のアカデミー賞で作品賞他最多7部門を受賞した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(以下EEAAO、エブエブなんて言いたくない)』はここ数年のこの流れの集大成といえる作品。コンビ監督〈ダニエルズ(『スイス・アーミー・マン』)〉の片割れ、ダニエル・クワンは台湾系、主演を張る我らがミシェル・ヨーはマレーシア出身、そして『インディ・ジョーンズ』や『グーニーズ』で一世を風靡した後、この作品で俳優に復帰したキー・ホイ・クァンはベトナム系と華人が揃っている。しかし、この映画の内容を一文で要約すると次の通りである。
「国税庁の監査と娘との関係に頭を悩ませている中年女性が、全宇宙を滅ぼそうとする巨大な力に立ち向かう使命を受けてしまい、マルチバースにジャンプして力を得てカンフーで戦う」
しかし、自分でこう要約して言うのはなんだが、なぜこんな内容の(失礼)映画がオスカーで作品賞を獲ることができたのか?

 

 

日本では約30年ぶりの俳優カムバックを遂げたキー君の助演男優賞受賞ばかりが大きく取り上げられていたが、香港電影迷としてはやはりミシェル・ヨーに注目。
トゥモロー・ネバ―・ダイ』で“最強のボンドガール”という称号を与えられてハリウッドデビューを飾り、そのキャリアも25年となるミシェル姐。彼女がアジア人初のアカデミー賞最優秀主演女優賞を獲った時の以下のスピーチ映画.comより)。これが実にいいし、この映画のスピリッツも表している。

今夜この式を見ている私と同じような少年少女の皆さん、これは希望と可能性の光です。大きな夢を見れば、夢は叶うという証明です。そして女性の皆さん、『あなたの全盛期はもう過ぎた』などと誰にも言わせないでください。決してあきらめることはないのです。

25年という年月は短かったのか、長かったのか。ハリウッドに行っても『レイン・オブ・アサシン』のような中華圏の作品にも出演していたし、中華圏以外でも『The Lady アウンサンスーチー』のようなドラマ、『ラストクリスマス』のようなコメディ、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズにも(シャンチーと同じMCUなのに!)出るし、TVシリーズの『スタートレック:ディスカバリー』では船長も務めている…って大活躍じゃないか、こうやってちょっと書き出してみても!最近の出演作では武闘派の図書館司書を演じた『ガンパウダー・ミルクシェイク』がよかった。あんな図書館司書を目指したい…(こらこら)
とはいえ、主演作は12年ぶり。しかもミシェル、トニーと同い年。アジア人中年女性が主人公となる米国映画は今までなかったらしく、アクションスターとしてのキャリアを存分に活かして大暴れ&大ヒットというのなら確かに興味を引く。でもSFアクションがなぜオスカーにノミネートされて作品賞まで獲るのか?ええ、二度目を一緒に観た友人にもやはり言われた。なんでこれがオスカー作品賞なの?と。
でもね、公開初日に観終わった時にうっかり思ったのである。これ、もしかして作品賞いくんじゃないかな?って。

監査や娘との問題のほか、大陸からやってきた父親の世話にパーティーの準備等々、マルチタスクをこなすだけでも大変なのに、それから世界を救えとか言われるのなら、それどんなセカイ系よ?と思ったのは言うまでもない。しかも世界を救う力をマルチバースから入手するために必要なことが、バカバカしい行動を取ること。そのおかげでハエをなめたり、変なダンスをしたり、挙句の果てに尻にトロフィーをぶっ刺しながら戦うなどというどこか周星馳監督作品ばりのナンセンスな展開になる。これだけ書きだしてみると、うん、確かにオスカー作品の威厳は全くない。

何もかも失敗してきたエブリン(ミシェル)のあり得たかもしれない人生ー成功したアクションスター、盲目の歌手、鉄板焼レストランのシェフ、ピザ屋の看板娘、脅威の進化を経て得たソーセージフィンガー…と、それらのマルチバースを破壊しようと目論む、彼女の娘ジョイ(ステファニー・スー)の姿をしたジョブ・トゥパキとの対決の隙間から見えるのは、母と娘の問題を含んだ、現代の女性の生きにくさ(加えてアジア系という米国では圧倒的なマイノリティにいることもある)。レズビアンのジョイはエブリンが自分と恋人のことを認めてくれないことに悩み、そこにジョブ・トゥパキがシンクロしてくる。当のエブリンも、駆け落ちして中国に残してきた父親(大ベテランの華人俳優ジェームズ・ホン。個人的には『ブレードランナー』の眼球職人チュウ役で認識)に対してどこか後ろめたさを覚えているようにも見える。さらにいえば、エブリンの天敵である国税庁の査察官ディアドラ(ジェイミー・リー・カーティス)も憎まれ役として登場するが、実は彼女も悩みを抱えていて、ただの悪役にはならない。
ジャンプした先では、夫のウェイモンド(キー・ホイ・クァン)も父も違うキャラで登場する。特にエブリンがミシェル本人同様、女優として大成した世界(名付けて花様年華バース)で再会したウェイモンドがすっかりトニー・レオンだったのには笑ったし惚れ惚れした(マジで)二人が結婚しなかったこのバースでの展開は実に王家衛チックでさらに惚れ惚れ。それと同じくらい印象強かったのが、最初は出オチかと思ったソーセージバース。ここのエブリンはディアドラと恋人同士という点でさらに出オチ感も強くなるのだが、本筋に近いようで実はそうでもない世界のディアドラの気持ちとこちらがシンクロしているようで、彼女のテーマとして流れてくるドビュッシーの「月の光」をピアノで(しかも手が使えないから足の指で)弾く場面にはついうっかりホロっときた。

こんな感じで笑ったりブンブンと振り回されて観ていたが、エブリンとジョブの熾烈な直接対決を経て迎えた結末には、妙にしみじみとした気分になった。カオスを極めたこのマルチバースの旅でエブリンは目覚め、ジョイとも向き合う覚悟を持った。
本来の世界に戻ったことで「なーんだ、結局家族の話に収まるのか、凡庸だな」などといわれてたのを見かけたのだが、別に家族の話に収まったことにはこっちは感動してない。家族の話に収まるように見えても、実はそんなんじゃない。それぞれのバースに、それぞれのエブリンやジョイがいるが、それぞれの人生を生きている彼女たちは、やはり「今ここにいる」エブリンとジョイに集約される。それは元に戻ったのではなく、お互いにアップデートしたうえでの集約なので、決して以前と同じにはならない。そんな複雑さを抱えているから人は面白く、それぞれが小宇宙のようなものである。そんなことを感じてしみじみしたのであった。
ラストに♪This is a life free from destiny…と流れる主題歌(アカデミー賞ノミネート)がさらにまた沁みる…
というわけで、クリップをどうぞ。

 

ドラムスが香港出身という音楽担当のサン・ラックスが、日系のSSWミツキとあのデヴィッド・バーンを迎えて作った主題歌。

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様々な引用とオマージュに満ちた映画だけど、クライマックスでウェイモンドがエブリンに「人生との戦い方」として授ける「親切でいてね」という言葉を聞き、これがカート・ヴォネガットの言葉だとわかり、心の中で膝を打った。
ヴォネガットは私も好きで何冊か読んでいるが、若い頃は彼の言う「愛は負けても、親切は勝つ」という言葉がどうも理解しがたかった。だけど、ジョイのような煩悶の日々を過ごして歳もエブリンに近くなり、ここまで生きてきてしまった身として、その言葉の大切さと実行しがたさは本当によくわかる。それでもマルチバースのひとつかもしれない現実に”FxxK it!"といいつつ、人に親切にすることを心がけていく。これが誰にでも大切なことなのかもしれない、とまた思い返してはしみじみするのであった…
This is a life.

原題:Everything Everywhere All At Once
製作&監督&脚本:ダニエルズ(ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート)製作:ジョー&アンソニー・ルッソ、ジョナサン・ワン他 製作総指揮:ミシェル・ヨー他 撮影:ラーキン・サイプル 編集:ポール・ロジャース 衣裳:シャーリー・クラタ 音楽:サン・ラックス
出演:ミシェル・ヨー ステファニー・スー キー・ホイ・クァン ジェームズ・ホン ジェイミー・リー・カーティス

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花椒の味(2019/香港)

マスコミが伝える7月1日をはさんだ香港の情勢は、25年前には全く想像できなかったものだった。
最後に香港へ行ったのは3年前の春休み。その時でも再開発等で変わりつつある感は覚えたのだが、その直後に反送中デモが起こり、さらにコロナ禍で国安法が成立してしまい…という状況。私は返還直後から香港に通い始め、返還前の残り香をかいだり新たな楽しみも見出したりして滞在を楽しんでいたのだけど、そんな私の香港も、もう良き思い出の中にしか存在しなくなってしまうのだろうか…。

現在日本で紹介される香港映画も、あの『十年』からたどれば、この時代を反映した若手映画人によるドキュメンタリーが多い。もちろん『乱世備忘』も『理大囲城』もオンラインでだがしっかり観ている。クラウドファンディングに参加した『憂鬱之島 Blue Island』も無事完成してこの夏東京から上映が始まるし、昨年カンヌと東京フィルメックスで特別上映されて話題を呼んだキウィ・チョウ監督の『時代革命』も上映を控えている。もちろん機会があったら劇場で観たい映画だ。
だけど、それだけじゃ寂しい。ドキュメンタリーだけではなくフィクションも観たい。もちろん『レイジング・ファイア』や『バーニング・ダウン』は面白かったけど、アクションだけじゃなくてしっかりしたドラマももっと観たい。そんなわけで、我が地元では香港が返還されて25年経った日から上映が始まっていた『花椒の味』を観に行ったのであった。

 

 

 

香港・九龍の旅行代理店で働くアラフォーのOL夏如樹(サミー・チェン)の父夏亮(ケニー・ビー)は香港島の大坑で一家火鍋という店を経営している。2017年2月、その父の訃報が如樹の元に届く。父のスマートフォンのLINEログから、台北と重慶にそれぞれ異母妹がいることを知る。亮の葬儀の日、台北からビリヤードのプロ選手如枝(メーガン・ライ)が、重慶からはオンラインセレクトショップのオーナーでインフルエンサーでもある如果(リー・シャオフェン)がやってくる。店員のロウボウから店の契約期間がまだ残っていることを知らされた如樹は、残りの期間だけ火鍋店を続けることにする。

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三姉妹もの映画で思い出すのは『宋家の三姉妹』に『恋人たちの食卓』。最近ではそのものずばり『三姉妹』という韓国映画もある。
『若草物語』の例を挙げるまでもなく、兄弟姉妹の話ともなると「最も近しい他人」ゆえの葛藤が物語を動かすことになるが、この三姉妹は出会ったばかりの頃は多少相手を怪訝に思うことはあれ、すぐ打ち解けてしまい互いに助け合うようになる。異母姉妹の愛憎ものを期待すると拍子抜けするのだろうが、テーマはそこではない。頭に「如」の字、そして木のつく漢字が共通項の彼女たちは、それぞれの現在の家族との間に問題を抱えている。如枝は再婚した母親(リウ・ルイチー)と折り合いが悪く、同じく再婚してカナダに移住した母親と別れて祖母(ウー・ウェンシュー)と重慶に残った如果は、何かと世話を焼こうとする祖母が疎ましい。そして如樹は、病弱な母と自分を置いていった父が許せない。
普通だったら、亮のような父親は軽蔑に値するだろう。如樹のような生真面目な娘ならなおさら。しかし、彼女の知る父の姿が一面的ではないのは如樹の元婚約者天恩(アンディ・ラウ)や父の友人だった麻酔医浩山(リッチー・レン)が語るエピソードや、二人の妹たちの存在からも見て取れる。そして在りし日の父を演じる阿Bの人たらし感のある笑顔が実によく、誰が見ても憎めず愛すべき存在として描かれているのが効いている。

家族という存在は安心感をもたらせば、それ以上に煩わしくも面倒くさくもなる。そこは如枝と如果の各パートで描かれる。
この妹二人のキャラの作り方が面白い。ドラマ『アニキに恋して』の男装女子役が印象深いメーガン演じる如枝の職業がビリヤード選手というのが台湾の体育会系的イメージがあってハマっているし、『芳華』の李曉峰演じる如果は中国の裕福な家の若いお嬢さんらしさがあるし、突拍子もないファッションも楽しい。(下の写真、これもしかして特攻服?と思ったのだがいかに)

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如枝は父の応援を励みにビリヤード選手としてのキャリアを積んできたが、母は賞金で生活を賄うことに不安を覚えるし、かいがいしく世話を焼く如果に対して祖母は安定を求めて結婚をすすめる。これは彼女たちだけの悩みではなく、かつての、あるいは現在進行中の世界中の娘たちが直面する問題。いずれも女親が娘/孫娘に対して抱く幸せの定型に見えるし、彼女たちなりの幸せが違うことですれ違いを産む。あるいは如枝の母も如果の祖母もまだまだ手放したくない故の干渉だろうけど、妹たちがそれを考える場として長姉の如樹がいる火鍋店にやってくることでこれまでの自分を見直し、次に進もうとする。その辛さと優しさを火鍋の辛さで語り、いずれもよい関係を結んでいくのがよい。
もちろん、如樹の思い悩みも、火鍋店に関わることで頑なな心がほどけていき、父の幻影に出会うことで和解していく。そして三姉妹は店から旅立つのだが、この家族の繋がりと解散が自然な形で描かれている。とかく「家族の絆」を強調し、文字通り縛りつけた果ての悲劇がたびたびおこる現代の家族関係において、これくらいの向き合い方でちょうどいいと思うのだ。

また、家族関係とはまた違う如樹と天恩、そして浩山という2人の男たちとのそれぞれの関係。これが恋愛に発展しにくい関係として描かれているのが実に現代的で興味深かった。
サミーはアンディとリッチーのそれぞれとも共演経験があるし、特にアンディとはロマンティックコメディからスリラーに至るまで何度も恋人同士を演じているので、一度婚約を破棄しながらも、新居になるはずの部屋に住まわせてもらうなどのつながりを保った「友人」として関係を続ける如樹と天恩の場面には、その婚約破棄の描写がないためになぜ?とあれこれ考えが及ぶ。しかし婚約破棄に至っても天恩は如樹への思いが思っているので、この物語の後によりを戻すこともあるのだろうが、この気まずく別れない関係は現実に難しくあっても、多少の憧れは感じるところがある。
リッチー演じる浩山は如樹とは父を知る人として知り合って距離を近づけていくが、メッセンジャーとしての役割を果たして、彼の望む次の人生へと向かう。つまり如樹は両者とも劇中ではわりとサラリとした付き合い方をしていくのだが、こんな描写もラブコメに持ち込むことなくさりげなく描かれていたので、とても新鮮に思えた。

この映画は香港映画にしては珍しい原作つきで、その原作を読んだプロデューサーのアン・ホイがヘイワード・マックを指名して製作したという。そんなわけで「アン・ホイ作品」を強調して語られることが多いようだが、それでも《九降風:烈日當風》や《前度 ex》を監督し、パン・ホーチョンの『恋の紫煙』の脚本を手掛けたヘイワードの作品として見事に仕上がっていると思う。コロナ禍と共に電検(検閲)の義務が課せられてしまい、製作本数が激減している香港映画の現状に非常に辛さを感じるが、今後の香港映画界での活躍を大いに期待したい監督がまた一人増えた。
だからまだまだ「香港映画絶対不死」と言い続けていきたい。

 

原題(英題):花椒之味(Fagara)
製作:アン・ホイ ジュリア・チュー 監督&脚本&編集:ヘイワード・マック 撮影監督:イップ・シウケイ 美術&スタイリング:チャン・シウホン 音楽:波多野裕介
出演:サミー・チェン メーガン・ライ リー・シャオフォン リウ・ルイチー ウー・イェンシュー ケニー・ビー リッチー・レン アンディ・ラウ 

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