香港電影研究学習記録

サイレント・ウォー(2012/香港・中国)

 

『レッドクリフ』二部作の製作から『グランドマスター』の完成までの期間はだいたい5年。後者の撮影は2009年から始まったと聞くので、この期間にぴったり当てはまる。しかしこの間、トニー・レオンはそれのみ撮影していたわけではない。2年前に一時期撮影が中断していた時、『大魔術師』とこの『サイレント・ウォー』の2本に出演している。この2作の共通点は、周迅と共演していること、そして舞台が大陸であるということか。
 ただし、日本公開時のダイアログは前者が普通話、後者が広東語。なんでだ。


 1949年、新中国設立前夜。共産党の特務機関「701部隊」の諜報員200号こと張學寧(周迅)は、ボスの老鬼こと郭興中(王學兵)に、暗号解読のために優れた聴覚を持つ者を探すという任務を受ける。上海に飛んだ彼女は、 聴力に優れたピアノ調律師の羅耳三(パル・シン)に目をつけるが、その間一騒動に巻き込まれる最中に出会ったのが、羅の相棒で目の見えない何兵(トニー)。彼の聴力に羅以上の可能性を感じた200号は部隊にスカウトする。その目論見は成功し、何兵は国民党の通信傍受に成功する。
 何兵は部隊の重要人物になり、同じ部隊に所属する沈静(メイヴィス・ファン)と恋仲になって結婚する。そして200号は郭から老鬼の地位を譲られて、新たなミッションを与えられる。それは通称「重慶」という国民党で重要な位置を占めるスパイの正体をつかむことであった…。

Silentwar


 中国の作家・麦家による長編小説『暗算』を映画化したということだが、すでに2006年に大陸でドラマ化されており、この麦家自身が脚本を手がけたらしい。
そんなベストセラーである原作だが、これを映画化したのが、我らが無間道脚本家コンビ、アランさん&フェリックスさん。
 時代設定は新中国創立の1949年頃。背景には国共内戦。そしてメインは共産党の特務機関。なるほど、確かにこれなら、この批評みたいに「国家礼賛のプロパガンダ」って言いたくなるでしょうねー。
 でもさあ、それ言ったら古今東西の諜報ものはすべてプロパガンダになるってことかよ。舞台が中国で何兵の目が見えなくなった原因が日本兵にどやされたから抗日でプロパガンダって安直すぎてつまらないし馬鹿らしい。映画は娯楽なんだから、こんなところにまで嫌中思想持ち込まないでほしいよ。

 とはいいつつも、物語的にはかなり辛くて厳しい。
200号と何兵は安直な恋愛関係にはならなかったものの、能力を利用し、それを発揮させたことで、かけがえのない仲間としての繋がりが二人の間に生まれたのだろう。そもそも彼女が恋愛体質ではなさそうなキャラであることは明示されていたようだし、国民党員の父親をもったことで不当な評価を受けていた沈静を何兵が支えられたのは、やはり自分も部隊の中では異端だったからじゃないのかな。
 だからこそ、後半の作戦のあのしくじりを大いに悔いたのはわかるんだけど、いくら何でもアレは…。それが安易に読める展開であったから、なおさら辛いのよ、ああ。

 以上のような部分を割りきって、ファン的にはトニーの姿を愉しめばいいやと思いましたよ。まあワタシも寝顔がいいなあとか思って観ていたわけだし。
 「目で殺す」キャラと言われてだいたい四半世紀のトニーだが、その眼力を封印させて演技派の本領を発揮させたいと願うクリエイターが多いのか、失明する役どころは『楽園の瑕』  『地下鉄』未公開の《偷偷愛你》(多分観てないようなのだが…。参照は大陸版wikipedia)に続いて4作目だそうだ。なんでそんなに眼神演技を封印させたいんだ香港映画人(苦笑)。
 序盤に見せる白濁した瞳はあまりにも痛々しい。それでいても見つめられているような気にはなるんだけど、それでも痛々しい。そんな彼も視力が回復できることになり、手術を受けて見えるようになった喜びやら、沈静を見つめる眼差しの柔らかさなどはさすが眼神って言いたいんだけど、それでも悲劇が…。
 でも、キャラ設定はちょっとブレていたんだじゃないかな。200号と出会った時の、これまで街で必死に生きてきた人間ゆえのスレてて人をなめくさってて、それでいてどっか可愛さのある雰囲気(割と得意な感じのキャラね)がよかったのに、諜報局に招かれてからはどんどんシリアスになっていったわけだし、うーん、そのへんが個人的に惜しいです。

 まあ、感想はこんなんでいいかなあ。比較的ネタバレ少なめでお送りしました。
しかし、『グランド・マスター』公開と今年のベルリン映画祭審査員を経て、現在休養中のトニーだけど、髪が伸びた頃にはゆっくりペースでも構わないから、香港での新作に出演してほしいなあ。一代宗師を含んだここ数年の作品で、香港映画に関心ない人々にはすっかり「中国の俳優」扱いされているみたいだしなあ。あ、『1905』以外の日港合作の企画でもいいんですよ。外野に余計なことを言わせられないしっかりしたオリジナル企画、出てこないかなあ。ワタシが出したいくらいだけど、プロちゃんじゃないですし、場末のアマチュアブロガーですから。

原題:聽風者
監督&脚本:アラン・マック&フェリックス・チョン 原作(『暗算』)&脚本:マイ・ジア 製作:ロナルド・ウォン&チャーリー・ジュオ 音楽:チャン・ウォンウィン 撮影:アンソニー・プーン 編集:パン・チンヘイ
出演:トニー・レオン ジョウ・シュン メイヴィス・ファン ワン・シュエピン パル・シン キャリー・ン

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我終於結束《香港電影類型論》的學習!

 大阪方面の皆さん、アジアン映画祭で盛り上がってますか〜?( ´ ▽ ` )ノ
昨年はワタシも参加しましたが、今年は年度末の仕事が結構キツイので、泣く泣く断念。トーさんの新作《毒戦》のワールドプレミアや、香港だけでなく大陸でも大ヒットしたホーチョンの《低俗喜劇》(そういえば彼の会心作『AV』『ビヨンド・アワ・ケン』がついに日本でソフト化!恭喜恭喜!)上映など、今年のラインナップには大いに魅かれたんだけどねー。まあ、来年はぜひともまた行きたいと思うし、出かけられない分、地元に来た『ドラゴンゲート』を観たり(感想は後ほど)、VCDを観たりして、一人アジアン映画祭を実施しておりますので。

Dragwar

↑これは地元の岩手日報に掲載されたアジアン映画祭の記事。
多分共同通信配信記事だと思う。


↑この価格は!買っちゃおうかしらん♪

 さて、ワタクシはこのほど、中国語の語学教室にて《香港電影類型論》の購読学習を無事終了いたしました!いやー、勉強のために評論書を読むのって、結構大変だったわー。以前香港で発行された、無間道三部作のノベライズをほとんど辞書を引かずに読めたことがあったけど、それとこれとは大違いだものね。

Leixinglun

↑右の本です。左は中華圏映画でのゲイ映画について論じた台湾の評論集。これも近日ご紹介。

 この論文集については、以前学んだ章ごとの抄訳をアップしていたけど、自分でもわけがわからん翻訳をしてしまった(ここをずっと見てもらえばわかってもらえるか?と恥をさらす)ので、後ほど各章ごとの簡単なご紹介と感想をアップしたいと思います。多分4月くらいになるかな?
 映画評論の翻訳などは腕試しでやってみたりしているけど、やっぱり長文の翻訳は大変だわ。一時期中国語翻訳を目指したことはあるけど、しんどかったもの。翻訳権もかんでくるので、軽い紹介くらいならしてもいいかな、と思ったのだ。(まあ、実際数多ある中国情報系サイトを回ってみると、結構ひどい日本語訳しているなーというものも多少見かけるけど、そのへんについてはなにもいわんでおくか。以上小声)

 思えば大学を卒業して中国語学習が終わるかと思えば、やめちゃもったいないなとと思って続けていたんだけど、香港映画や中華圏娯楽に興味を持ったことで、向こうの文献が読めたのだから、充分役に立ったということだよな。まあ、これで飯は食えないレベルですけどね(笑)。

 いつも通っている夜のクラスが完全プライベートになった5年前に、初めて映画評論を読んでまとめたのがこれ。それ以来中国語教室では自分の好きなことを精一杯できたんだけど、ちょうど今の先生もやめられることになり、切りもいいので、長年勉強してきた中国語学習に今年で区切りをつけることにした。ここでやめたらもったいないのかもしれないけど、自分がやりたいことはもう十分やったし、ちょっとした翻訳ならいつでもできるからね。そんなわけで、現在上海で教鞭を取られている王中忱先生を始め、盛岡で出会った中国語担当の先生たちには大いに感謝しております。

 そして、新年度からは新たなフェーズに向かいますよ。かなり久々に広東語を勉強します!昨年から語学教室で広東語がレギュラークラスになったのだけど、初心者向けで時間が合わなかったのでできなかったのよね。でも相談してみたら、プライベートで学習することができるというので、これはいいチャンスだと思って。
 今や香港映画も言語は普通話も少なくなく、大陸様進出のおかげで街中のお店で中国語で話しても没問題なんだけど、やっぱり広東語で話せた方がいいよなあ。これまでの語学能力がキープされているかどうかが不安なんだけど、まあ学習に入ったら、徐々に思い出すか。
 そんなわけで、真面目な方向でもこれからも頑張りますよ! 

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老師と一緒に『投名状』を観る。

 今年度の中国語もいよいよラストスパート。
 去年の春から読み始めた『香港電影類型論』は、まだまだ最初の方しか読めていない。
  1年かけて読めたのは、羅卡さんの《香港類型電影之武侠篇》の、最初の5つの総論と張徹論のみ。残り2週で総おさらいをすることになるので、書き途中だった学習記録をいずらダイジェストでまとめる予定。

 で、せっかく張徹論を読んだのだから、《獨臂刀(片腕必殺剣)》か《刺馬(ブラッドブラザース)》を観たいなーと思ったのだけど、結局レンタルで見つけることができず。それじゃあ自分のVCDコレクションから張徹つながりならこれだよな、と思い、《投名状(ウォーロード)》を観ることにした次第。

 説明するまでもなく、劇場公開版は国際版+じあるひーの歌というものだったわけだが、この国際版の上映時間は1時間53分。対してオリジナルは2時間7分。…えーっ、14分もカットされているの!
 そういえば、この場面は見たことないぞというのが多数…。例えば、二虎がかわいがっていた小五と小七って出てきてたっけか?とか、舒城の戦いで残された女性たちが襲われる場面が具体的なんですけど!とか、イエスについて述べる場面なってあったっけ?あと本編ではほとんど出てこなかった午陽の辮髪姿があったなあ、といったところ。これがみんなカットされたところなんだろうか?あと、パンと蓮生のラブシーン(というかパンが無理やり手籠めにしていた状態)、ちゃんとあったんじゃないか。こういうのはカットしちゃだめじゃん。
 劇場公開でこういう細かな場面があったなら、観ていて疲れることはなかったと思うんだけどなあ。

 老師は観ていてちょっとつらいなあ、と言ってました。状況が複雑だったってこともあるからかな。例えば「金と食事と女を奪え!」と言わせているのに、女を襲ったからって殺すのはおかしいよ、とか、老大(パン)が老二(二虎)を殺そうとしているのは、明らかに投名状に反しているじゃない、などと言ってたっけなあ。

 ワタシが観直してて感心したのは、冒頭からかなり激しい虐殺場面が連続していたと思えば、蘇州が陥落し、投降した4000人の蘇州兵を殺す場面は、蘇州兵が死ぬ場面を直接的に見せず、午陽やパンの表情や、嗚咽(ゲロ)しながら矢を射る山軍兵士たちの表情だけでその悲しさ、残酷さを見せていたという演出が効いていたなってことだった。やっぱりうまいわ、ピーターさん、と老師と二人で感心していた。

 老師とあれこれ言いあいながら、楽しく観られたのはよかったけど、やっぱり往年の武侠映画が観たいよなあ。これはやっぱり、《獨臂刀》や《刺馬》を買うしかないかしら、香港で!

 というわけで決めました。今月末、香港に行ってきます!
 詳しくは、明日以降の更新で!

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《獨臂刀》は『片腕ドラゴン』ではありません。

 最近更新がすっかりご無沙汰してますが、このまま『中華電影データブック』(fromもにかるさんblog記事)が届くまで更新しないってのもアレだなーと思ったので、この年明けから学習を再開した《香港電影類型論》ネタを久々に。

 いろんな都合上、隔週で勉強していることもあって、この本を1年で全部終わらせることはできないだろうなと思っていたのだが、本の大部分を占める羅[上/下]さんの論文のうち、もっとも長い張徹論の講読があと1回で終わるので、今年度の残りでは、これまでやってきた講読の総復習をしようということになった。
 「でも、せっかく映画論をやっているのだから、何か映画が観たいです。張徹について学んだのだから、観るのは《獨臂刀》にしましょうよ」とワタシが言うと、老師は「ああ、いいですよ」とのってくれた。

 映画自体は2月下旬に観ることが決まったからいいものの、はて、どうやってブツを準備しようか。とりあえず近所のレンタル店をあたってみて、それでなければ久々にオンラインレンタルを利用するか、あるいはあーまぁーぞぉーんで思い切って買うかという考えを持っている。

 しかし、ここまででワタシは大きな思い違いをしていた。それが明らかになったのが、Twitterで、この映画の邦題を『片腕ドラゴン』だとおもいこんでブツブツつぶやいていたことからだった。

「『片腕ドラゴン』を授業で観るとはスゴイよ!」と言われ、え、そんなにすごいの?えらいもん作ってんだなー張徹、なんて思ってつぶやき会話していたところ、「…もしかして張徹作品の《獨臂刀》のことを言ってるんだったら、それは『片腕必殺剣』なんじゃないの?」と指摘を受けた。

 …ええ、ご指摘の通りです。確かにそうでした。すみません<(_ _)>。  
ああ、自分はまだまだ修業が足りないなー、と思った次第なのであった。ちゃんちゃん。

 さて、今年度終わりに「香港類型電影之武侠篇」と張徹論のおさらいをすることもあるので、しばらく更新を止めていた《香港電影類型論》覚え書きも再開したいと思ってます。
 今まで書いた分もわけがわからんという指摘も受けたので、これも見直しながら、アップしていこうと思います(と自分のためにもしっかり予告しておこう)。

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《香港電影類型論》覚え書き:羅[上/下]「香港類型電影之武侠篇」(その4)

 評介《如来神拳》《聖火雄風》(2) (《如来神拳》と《聖火雄風》の紹介)

《如来神拳》の結末

 武侠映画は今までずっと広東語映画の主要な類型の一つだが、60年代初めまで、その中で大きな変化が起こっていた。50年代頃はアクションも児戯に等しく、それは広東オペラの立ち回りから抜け出すことができなかったが、剣を空に飛ばすようなアニメーション効果、自由奔放で豪快、そして激しいアクションを交えたプロットが観客をひきつけた。60年代初頭には、特撮やアクションを変化させたことで伝奇武侠的な面をますます強調させた。

 《如来神拳大結局》(1964)の製作スタッフ(凌雲監督)とキャスト(曹達華、于素秋、高魯泉)は、その1年前に《火焼紅蓮寺》を製作したが、それなりの売上を見せたものの、内容はオリジナルよりいっそうひどくなっており、むしろこの《如来》4部作に近いものだった。
 武林の内部関係が険悪になり、儒教、仏教、道教が交じり合って邪派の九流に分かれてしまい、腐敗してしまった。これまでの3作は、曹達華と于素秋を主演とし、林鳳を脇に配して発展させてきた。この第4作では于素秋がリタイアし、林鳳と曹達華が主人公となった。
 あらすじは、霞が立ちこめる山荘に集った各流派の者たちが火雲邪神の秘伝書であり、これを習得すれば天下を治めることができる如来神拳第9式をめぐって戦うというものである。以前の教派の師匠たちは次々に殺され、残された弟子四が真犯人を探したところ、それは三魔長と呼ばれる者たちの仕業であることが発覚した。火雲邪神は本来この3人をまとめて殺せばすむと考えていたが、情けをかけて3人に手を出さなかったため、逆に殺されてしまったのだ。死ぬ間際に火雲邪神は神拳九式を6つの鼎の中に封印したのだが、林鳳と曹達華はそれを手に入れることができず、その鼎は悪人によって奪われてしまった。

 その後、高魯泉と弟子四が鼎を探し出し、若さあふれる女侠客の林鳳が大胆な智謀を張り巡らす。その間に天香教主の情けと恨みを引き出してしまったが、その行動はこの偉大な人物を下山させるくらいの感動があったが、依然として邪派の勢力にはかなわなかった。結局、林鳳が3つの鼎を見つけ出した時に、曹達華は第九式を習得しようと苦労するがそれにもまだ至らず、悪人たちが山門に攻め入った時、曹達華は突然第九式の「萬沸朝宗」を習得し、その技は悪人たちを一掃してしまい、大いに溜飲を下げた。

 ドラマはこじつけがあり、プロットもバランスがとれておらず、まだ50年代の束縛から完全に抜けきれていない。ただ、特撮技術の多用しており、模型を使って拳で岩を砕いたり、アニメーションを使って剣を飛ばし、二重撮影で鳥に乗って空を飛ばしたり、ワイヤーで鼎を空中に浮揚させたり、着ぐるみを使って怪獣を出現させたり、音響の特殊効果など、この映画の特撮技術は特筆すべきものである。映画自体は荒唐無稽だが、伝統の腐敗や先人の空威張りに対して風刺を取り入れることも忘れていない。このことについて、高魯泉は亡くなる前に一通り自己批判をして、後進には自力で再生するように言い聞かせた。

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 抄訳がいい加減なのは、訳していてかなりつらかったからです。ハイ。
老師にも、「この映画はつまんないんだねー。文章を読んでてもそれがわかるよ」と言われたくらいだし。

 ストーリーを抄訳していて「…北斗の拳か?」なんて思ったのだけど、それは気のせいだろう。まーあのマンガも、ちょっと武侠っぽいストーリーかな?とは思ったことはあったけど。
 如来神拳や火雲邪神などと聞くと、とっさに『功夫』やら『龍虎門』を思い出すのはいうまでもないんだが、これは星仔を始めとする功夫オタクにはもう定番な固有名詞なんだよな。これももうちょっと調べなきゃ。

 実はこの項、まだ続きます(苦笑)。次でラストだけどね。
次回は1966年に作られた《聖火雄風》という武侠片についての紹介。
今のところ、60年代中期に武侠片を多く製作していた監督・陳烈品の作品と作風について紹介した「陳烈品和新派武侠粤語片」まで学習しているので、中国語教室再開までの間にまとめてアップします。あと3回くらいでできるかな?

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《香港電影類型論》覚え書き:羅[上/下]「香港類型電影之武侠篇」(その3)

 略談神怪武侠粤語片 並評介《如来神拳》《聖火雄風》(1)
 (伝奇武侠広東語映画のあらまし&《如来神拳》と《聖火雄風》の紹介)

 1993年夏、徐克製作、ベニー・チャン監督の『THEマジック・クレーン(新仙鶴神針)』と、プーン・マンキッ監督(『上海グランド』)の《飛狐外傳》がナイトショーをにぎわせたころ、コーリー・ユン監督の『レジェンド・オブ・フラッシュファイター 電光飛龍/方世玉2(方世玉続集)』とジョニー・トー監督の『マッドモンク/魔界ドラゴンファイター(済公)』も引き続き公開され、人気を博していた。それらの古装片は、伝奇武侠映画であるのはもちろんだが、どれも「古い瓶に新しい酒を注ぐ」ようなタイプの作品だった。

 その中でも、『済公』と『方世玉』は昔から人気があった題材だ。中国国内では戦前から映画が製作され、香港では40~50年代から多くの俳優が済公を演じてきた。特に新馬師は60年代に多くの済公映画に主演し、星仔以前にこの愛すべき“生臭坊主”を演じて人々に愛されてきた。
 一方、方世玉は戦前の香港で第1作が1938年に作られ、その時に新馬仔が演じている。その後、48年に文武両道に長けた名優の石燕子に引き継がれ、彼は方世玉を20作で演じてきた。これにより、方世玉は黄飛鴻と並ぶ長期の人気シリーズとなった。
 黄飛鴻と方世玉のどちらも正真正銘広東地方のヒーローであるが、鴻師父といえば徳が高く非常に人望がある医師であり、教師や家長でもあり、仁心に厚く武芸に秀でている人物だ。一方、方世玉は子供っぽい腕白坊主で、もめごとをよく起こす不良でもある。母親の苗翠花は息子同様カンフーに長けており、お互いに頼りにしている。ヒロインの斉斉は権威的な礼儀と道徳、そして強大な権威に対して反抗している。これは黄飛鴻が徳をもって行動をなすような父性的な印象とは好対照を成す。

 90年代に、徐克やコーリー・ユンが手がけ、両作品ともリー・リンチェイが演じたことにより、黄飛鴻も方世玉もともに変化し、戦略に長け、そしてずる賢く快活なハンサムな青年になった。黄飛鴻は年寄りじみてしょぼくれることはないが、故郷の疲弊を自覚して時代の流れに乗り、西洋に学ぼうと試みている。一方、方世玉は腕白であるほか、母親を慕ってやまず、斉斉は男性中心主義に挑戦する。他でもなく、今時の観客はほとんどが青少年であり、彼らをひきつけて劇場に足を運ばせるためには、どうしても民間伝承をこのように現代化させなければならなかったのである。

 『仙鶴神針』については、黄飛鴻、方世玉、済公ほど歴史は古くないが、それでも30年ほどの歴史を持った作品である。原作は台湾の武侠小説家・金童によるもので彼の多くの作品はベストセラーになり、香港でもこの作品を始め、60年代に長編が何作か映画化された。『仙鶴神針』は多くの続編が作られ、完結編はその年の香港映画の売上記録を作った。金童の小説は南派のアクション小説のようなものではなく、江湖で繰り広げられる愛憎模様や、ありえないアクションシーン等を特徴とした。映画ではそのような音波功や掌心雷などの場面を、特撮技術を駆使して表現した。

 中国の武侠映画には3度のブームがある。まずは20年~30年代にかけて、《火焼紅蓮寺》によって引き起こされた武侠伝奇映画ブームだ。これは時の政府が迷信や邪心をあおる映画として取り締まられてしまい、武侠伝奇映画を作った人々は香港へと移り住んだ。次に60年代、広東語で武侠映画が作られ始め、さらに特撮技術も加わったことや、北京語の武侠映画も成功を収めるようになったことから、70年代の映画界は武侠映画の天下となった。そして90年代初頭にも武侠ブームが現れ、最先端の特撮技術とアクション指導を加えて、多種多様で摩訶不思議な武侠映画が次々と登場することとなった。

その頃、電検条例(香港版映倫)は「迷信を鼓吹する」映画に対して厳しく取り締まるようになり、「意味なく女性の服を脱がすこと、自殺を描くこと、個人または団体による無意味な闘い」がある映画を上映禁止にしていた。徐克の『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』、『スウォーズマン』『マジッククレーン』はそれらの要素を全て含んでいたのに、幸いにも上映禁止にはならなかったのだ。

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 先に謝らせていただきます。
実はアタクシ、方世玉も済公も、未だに観る機会に恵まれておりません。
不勉強でどーもすんません。 

 でも、これもまた中国人に愛され、その物語が時代を超えて何度となく映像化が繰り返されたのだから、手堅い定番なのだろう。90年代の若者(初公開時は確かにワタシも若者だったなぁ…香港人じゃないけど)に受け入れられるよう、リンチェイや星仔を起用し、キャラクター設定を大きく変化させたのも当然といえば当然か。

 しかし、香港の映倫って、エロいものに関しては日本より基準が厳しいことはよくわかるんだけど、それでもバイオレンスシーンに関しては「ホントにこれ映倫通してるわけ!?」と叫びたくなるほどグロいものも、時々あるよなぁ…。

 というわけで、今回の感想は軽めに。
 この論文自体はまだまだ続くのだけど、きりがいいのでこのへんで。
 次回は後半部、60年代の伝奇武侠映画を代表する《如来神拳大結局》(1964)と《聖火雄風(全2集)》(1966)について述べられた部分について。このくだり、結構読みにくかったんだよね…。

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《香港電影類型論》覚え書き:羅[上/下]「香港類型電影之武侠篇」(その2)

 《火焼紅蓮寺》的功與罪(《火焼紅蓮寺》の功罪)

 政治が比較的安定している時代の社会では、伝奇カンフー映画はもちろん、三級のポルノやバイオレンス映画も人気になるが、たとえ盛んに作られて人気を呼んだとしても、多くの古い考えを持った人々に非難されて、検閲で修正されることになるが、そういうことは珍しくない。

 しかし、政治的に不安定で、動乱期にある社会では、このような「邪道」ともいえる映画たちは、必ず統治者によって激しく批判され、公衆に向かって晒し首にされるように犠牲となった。また、往々に社会の道理として、このような作品は人を邪淫や不正に導くとして恐れられたため、それらが反権力に目を向けると考えた権力者は流行文化を叩いたのである。

 30年代、ヒトラーの専制政治が行われたドイツでは、リアリズムで描かれたサスペンスやフィルムノワールが上映禁止となり、多くの製作者がアメリカへ亡命せざるを得なかった。20年代末に作られた張石川監督の《火焼紅蓮寺》(1928年)は、当時の中国で大ヒットを飛ばした作品である。これが伝奇カンフー映画のはしりであり、上海の多くの映画会社はそれに乗じた「火焼片」を競作した。当時は小学生にまで人気を呼び、彼らはこの映画を観るために家出をして帰ってこなかったというニュースまであったくらいだ。その内容もエログロや博打等を盛り込んでいたため、市民を堕落させるという否定的意見もあり、一方映画はフィクションだからという意見もありと賛否両論を呼んでいた。
 しかし、満州事変後、日本軍が東北を占領し、革命に失敗した共産党が地下活動を始めたことがきっかけで、時の政府はこれら動乱に乗じて、《火焼紅蓮寺》のような伝奇カンフー映画は社会に対して悪影響を及ぼすと非難した。そして民国21年(1932年)、国民を悪影響から守るという名目で、映画の上映を禁止し、フィルムも没収して焼却しまった。こうして、「伝奇映画」は民国33年(1934年)以降は作られなくなってしまった。

 《火焼紅蓮寺》はこのような経緯で糾弾され、悪名を残した映画とされているが、客観的に作品そのものを見てみると、この映画は映画製作において大きな成功を収めている重要な作品でもある。まず、この映画が大々的にヒットしたことで、映画市場が盛り上がり、ひいては中国映画が東南アジア諸国へ販売ルートを開拓するきっかけとなった。次に、各映画会社がこぞって《紅蓮寺》の続編やシリーズを作ったことで、壁を走ったり空を飛ぶような映像を見せるためのワイヤーアクションやアニメーションのようなアクションや特撮技術が生み出され、これらの技術は30年代末までに大きく発展した。また、この映画では彩色を施して鮮明にすることも試みられた。このように、すでに30年代には大胆な映像が作られて新たな創造が見られたのだ。

 国情が不安定化すると、為政者は人民の思想を統治するために、「清潔さ」をもって思想を正しいものへと整理しようとする。その状況下、異端な作品にはその政権が本当は腐敗していて無能であることが反映されるので、それを取り締まって排除するだけでは、何も解決しないのである。

 あまりにも多くの誤解をうけているのが惜しいのだが、この新しい試みに満ちた異端の作品には、庶民の生命力が湧き出ていて、その流れをよくし、経済と民衆に大きな助けをもたらしている。これらの「火焼片」で使用された特撮技術がもし禁止されなければ、中国映画のアクションシーンが今よりももっと優れたものになっていたかもしれなかったのである。その技術が遺憾なく発揮されるのは、60~70年代以降の香港カンフーアクション映画の登場まで待たねばならなかったのだ。

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 またまた超抄訳で失礼します。
 これは、中国語映画初期に作られた、いうなれば武侠映画史で重要な位置を占める映画《火焼紅蓮寺》がなぜ人気を集め、そして批判されたのかということについて書かれた文章。

 政府お墨付きの名作よりも、とあるジャンルに限定されながらもそれを飛び越える類の映画には、その後の映画製作の方向を位置付けるものが生まれるが、その過激さから糾弾されやすいリスクがある、ということか。これはポルノ映画が多くの個性派監督を生み出し、ホラーが国内ばかりでなくハリウッドでも受けた日本映画界に通じるところがあるのかもしれない。アジア以外で言えば、B級作品を偏愛するクエタラや、オーストラリアでお下劣スプラッタを作りまくってたらいつの間にか『指輪物語』3部作でビッグになっていたPJなんかも当てはまるかな。それを考えれば、今大ヒット中の日本メジャー系TV局映画が揃いも揃ってつまらないのは、ほとんどの監督がTVやCMのディレクター上がりで、誰にでも親しみやすい無害な映像ばっかり作ってきたから…とか書いたら毒吐き過ぎか。

 ちょっと抄訳がうまくいかなかったが(後で聞こう)、ワタシの先生は5番目のパラグラフに大きく共感していた。《火焼寺》をバッシングした時の政権は国民党政権だったけど、こういうことは共産党政権でもあったことだから、と言っていたのだ。それはよくわかるな。そして、日本だって同じことじゃないって思うところはあるもんな。いずれにしろ、映画は異端な方が面白いものが多いってことか。と、この場はコレで締めたいと思う。もしかしたら別項でまた書くかもしれないけどね。

 次回は、次回は、93年に香港で起こった古装片ブームにつながる伝奇カンフー映画の流れを辿る、「略談神怪武侠粤語片 並評介《如来神拳》《聖火雄風》」。結構長い文章だけど、うまく抄訳できるかどうか…。

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《香港電影類型論》覚え書き:羅[上/下]「香港類型電影之武侠篇」(その1)

  では予告通り、本文の要約を覚書としてアップ。
 最初は各段落ごとに抄訳しながらまとめようと思ったんだけど、訳していったらきりがなくなってきたので、大雑把なところもあるかもです。
 後で修正を加えるかも。

 黄飛鴻家族:精神與繁衍
(黄飛鴻ファミリー、その精神と増加)

 香港カンフーアクション映画は30年代半ばに誕生してから、今日に至っているが、最初のブームは40年代に訪れ、関徳興主演の《黄飛鴻》のシリーズが特に人気を博した。その後、60年代に広まった広東語映画では当時出版されていた武侠小説の影響を受け、特に67年前後、ショウブラザーズが生み出した“武侠新世紀”映画が主流となり、張徹やキン・フーなどの名監督や多くのアクション俳優を生み出した。70年代は李小龍の登場で「カンフー映画」というジャンルが初めて国際的に知られるようになり、その後多くのフォロワーを生み出した。李小龍亡き後70年代末期にその勢いは一度衰えたが、サモ・ハンや成龍などの新世代が登場し、彼らはカンフーにコメディを絡めた変化球で勝負した。この流れはまた80年代に、現代の市街地を舞台に大きく変化し、アクション映画となって発展した。80年代半ばに徐克や程小東が登場し、伝統的カンフー映画にポストモダンの流れを導入した。さらに同時期、成龍たちは極限のアクションに挑み、それは海外の観衆を大いに驚かせることになった。そして90年代、香港映画は再び国際的な注目を浴びることとなり、李小龍以来の盛り上がりを見せている。

 このように、香港映画のカンフーアクションというジャンルの伝統は今に続いているのだが、そこで重要な役割を果たしているのが《黄飛鴻》である。「一代宗師」であった関徳興は亡くなったが、彼の出演した《黄飛鴻》の中で描かれる精神とそれが及ぼす影響を改めて調べてみた。

 1949年の《黄飛鴻伝》二部作以来、関徳興は映画77作と全13回の連続TVドラマで黄飛鴻を演じ、それらは全て名作と称されている。その理由は、黄飛鴻をめぐる伝説をもとにして構成されていること、関徳興の持つ強烈なキャラクターが主人公とその世界観にマッチしていること、そして演出陣が安定しており、主演キャストにも大きな変化がなかったため、シリーズ全ての構成が安定しており、次世代に及ぼす類型を内包していたということが考えられる。

 儒家の倫理

 慈しみを持ちながらも厳しいという、黄飛鴻の持つ父親的イメージは、今日の青少年たちには受け入れにくいものであるかもしれないが、これらの映画に現れる精神やイメージは、現在でも受け入れられる要素がある。例えば、理想の父親としてのイメージは、彼の経営する寶芝林薬局やその家族・師弟関係で描かれる。彼の弟子は全て庶民の階層から集まってきており、あれこれと性格的に弱点を抱えている。梁寛や鬼脚七を始めとした弟子たちや母弟子、兄弟子たちは自立している擬似家族の形態をなしており、彼らの起こすトラブルを黄飛鴻が解決し、教訓を与えるという構成になっている。これは典型的な儒家倫理の道徳観に基づいている。鴻飛鴻は儒家の智・徳・勇の美徳を具現化しており、このシリーズでは父親を中心とし、仁愛を基とする人倫世界を唱えている。武術はひけらかすものでも征服に使うものでもなく、自分の身を守り、必要な時には争いを止めさせて秩序を維持するための唯一の手段として用いられるのだ。

 《黄飛鴻》のシリーズは、清朝末期の乱世を舞台に、自立心のある家族像を描き出し、さらに智・仁・勇・忠・恕などの美徳を用いて、海外からの侵略に抵抗する人々にとっての心の支えを描き、それに通俗的な演劇術や武術技法に忠実な大量のカンフーアクションシーンを加えたことで、娯楽の中に儒教の教えを取り入れたのだ。

 もちろん、映画製作の形式から見れば、このシリーズに不足しているものは多数ある。製作規模が貧弱で粗製濫造されており、脚本、演出、演技のバランスが取れていないようにも見える。そこで、その部分をおろそかにしないように、当時の主流だった北派だけでなく嶺南派の武術を取り入れたり、劉シ甚、劉家良、袁小田、唐佳、韓英傑などの名匠を起用した。これらの努力が、今日までの香港カンフーアクション映画に大きな影響を及ぼしている。

 劉シ甚(林世榮が当たり役だった)を父に持つ劉家良は、70年代のアクション映画では黄飛鴻シリーズが持っていた武徳と人倫秩序を強調し、彼とその兄弟たちは《黄飛鴻》の伝統を最も色濃く受け継いだ。一方、袁小田を始めとする袁家の者たちは、『酔拳』などのカンフーコメディ作品を作り出し、成龍の新しいイメージを作り上げて、彼の快進撃に火をつけた。劉家良と唐佳はショウブラザースで張徹作品のアクション指導を長く務め、彼の作り上げる激しく暴力的なアクションイメージを作り上げるのに重要な役割を果たした。唐佳はまた、王羽出演・監督の《龍虎門》(70)のアクション指導を手がけ、韓英傑はキン・フー作品の助手と李小龍の2作品でアクション指導を務めた。李小龍、王羽、サモ・ハン以降の数多くのカンフー映画には、もちろんアクションに重きをおきすぎてカッコばかりになってしまったような作品もあるにしろ、ほとんどの作品が《黄飛鴻》に何らかの関係を持っていた。

 伝統を知る

 時は流れ、時代も変わり、かつて黄飛鴻シリーズで描かれたような儒家の教えが世間に受け入れ難くなってきている。90年代には全く新しい黄飛鴻シリーズが生まれたが、そこでも関徳興をリスペクトして伝統を継承している。伝統を知ることは新たな創作の基点となるのである。
 《黄飛鴻》を作ってきた各時代の映画製作者にとって、関徳興はその規範を築いてくれた、大きな存在なのである。

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 あくまで抄訳にして、一部超訳もあるので、細かいところが違うかもです。
先に謝っておきます。

 黄飛鴻といえば、成龍さんの『酔拳』かリンチェイorウィン・チャオ(趙文卓)のワンチャイだろうと思い出してしまうワタシが若輩者なのはいうまでもない。
 関徳興さんが亡くなられて、もう10年以上過ぎるが、作品自体は観たことなくてもなぜか名前は知っていた。当時の中華芸能系メディア&サイトでも、彼の追悼記事では「黄飛鴻を当たり役としていた」という紹介がされていたからね。

 その生涯で80回近く黄飛鴻を演じていたという関師父だが、短期間でこれだけ大量の作品を産み出せるのはさすが香港映画だよな。同じ頃の日本ではテレビの普及で映画業界が衰退し始めた頃だけど、その頃を思えばこれだけ大量に作品を撮れたのはすごい気がする(と当たり前のことに感心してスミマセン)。

 しかし、エンターテインメントに儒家思想を持ち込むというのはわりとオーソドックスな手じゃないかな。とはいっても当時の観客が果たしてそこまで意識して観ていたかまではわからないけど、まぁこの文章は論文だから、そこまで読み込まないといけないってことね(これも当たり前だって)。

 関師父の黄飛鴻は、日本語字幕で観られるのかな?
たとえなかったとしても、香港電影資料館には映像があるはずだから、今度行ったときにでもチェックするか。 
 というわけで、この章終わり。

 次回は、1930年代に大陸で大人気を呼びながら、公共良俗に反するとして政府から上映禁止とフィルム焼却の命令が出たという伝奇武侠映画《火焼紅蓮寺》について描かれた「《火焼紅蓮寺》的功與罪(《火焼紅蓮寺》の功罪)」について。

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《香港電影類型論》覚え書き【予告】

 今年は中国語教室で、春の香港旅行の時に買ってきた《香港電影類型論》(羅[上/下]・呉昊・卓伯棠合著、香港文化研究叢書 1997年発行)を読んでいる。

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 これは香港中文大学人文学科研究所の香港文化研究計画が編纂した研究論文集のシリーズで、香港の文化を大きなテーマにいろいろと論じられているものらしい。文学はもちろん、流行歌研究があるのがいかにもって感じ。
 張先生も「さすが研究書ですねー。興味深いですよ」と感心していたなぁ。そんなわけで毎回楽しく学習している。
 そこで、今後はこのblogにて、授業で購読してきた内容を簡単にまとめ、それについての感想や意見を述べるということをやっていきたい。最終的には以前書いた中文レポートのように、翻訳してまたここにアップしようかと思っている。
 というわけで、「香港電影研究学習記録」というカテゴリも新設した次第。
 
 今読んでいるのは、羅[上/下]氏による第一部「香港類型電影之武侠篇」。
 これは、1930年代に誕生し、現在まで作られている武侠電影について、その流れを社会的側面と、張徹、李小龍、キン・フー、徐克、そしてウーさんという、武侠電影の中心となった5人の各論を述べた論文。

 現在まで読んでいるのが、以下の2章。

 1、黄飛鴻家族:精神與繁衍

 2、《火焼紅蓮寺》的功與罪

 とりあえず、来月中旬頃をめどに、各章の要約と感想をアップしますね。
 …さーて、がんばろ。

 以下こっそり独り言:
 そういえば《天下無双》と《江山美人》の続きは結局書けなかったなぁ。来年に持ち越しかしら(苦笑)。

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