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【香港映画祭2023Making Waves】ブルー・ムーン/風再起時

香港映画祭の感想、後半です。

ブルー・ムーン(2023/香港)

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この映画祭がワールドプレミア。監督は脚本家出身で2016年の《幸運是我》で監督デビューしたアンディ・ロー。
コロナ禍の香港を舞台に、24歳の女子美珍(グラディス・リー)が経験する仕事や恋や家族のいざこざのあれこれ。
結婚して家を出て、倉庫で小さな会社を営む兄(チャン・チャームマン)と義姉との不仲、美珍が生まれてすぐ父と離婚したという母(ロレッタ・リー)の抱える秘密が全編の鍵。

コロナ禍での市井の人々の生き方を描いて高く評価された映画といえば、今年日本で公開された『星くずの片隅で』が真っ先に思い出される。エッセンシャルワーカーから見た香港の姿を描いていて、私も夏に東京で観てきてとても心に沁みた。(地元上映での再見を楽しみに待っていたのだが、東北地方では唯一岩手だけ上映されずに大泣きした。配給権が切れないうちに自主上映したいので地元の方ぜひご協力をお願いします>業務連絡にて失礼)この映画と比べられてしまうかな…とも思ったけど、現代の香港を生きる若い女性の日々を静かに描いた、どこか日本のインディーズ映画のテンポを持つような作品だった。撮影中にも是枝裕和監督作品っぽいなどと言われていたそうで、ロー監督には「羅耀裕」などという是枝監督にちなんだニックネームがつけられていたとか。なおロー監督は山田洋次のファンとのこと。

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美珍を演じるグラディスは、今年のOAFFで上映された『深夜のドッジボール』の主演のひとりで、ドニーさんの『スーパーティーチャー 熱血格闘』でレーサー志望の学生ウォンを演じてた。後者は観ていたのだけど、全然雰囲気が違っていて驚いた。個人的な問題を抱えながらも妹を気に掛ける兄役のチャームマン、『三人の夫』で覚えて以来、近年は本当に大活躍。『白日の下』『マッド・フェイト』共々それぞれ全く違う役どころを演じていて、勢いのある俳優の凄さを感じた。この映画での演技は味わい深くよい印象だった。母役のロレッタは私が説明するまでもなく往年の人気スターで『香港の流れ者たち』で映画界に復帰した。仕立て屋で元ホステスという過去を持つ母親をしみじみと感じるよいキャストであった。

そしてクライマックスで登場したある場所が、過去の名作にも登場したあの場所?と驚く。あの場所がまだ残っていると知ったのは最近なので、実際に見に行ったことがないのだ。名所とは言えない場所が30年以上残っているのは奇跡的だ。これまで全く気付かなかったので次の香港行きでは…と願うのだが、今度はいつ行けるのだろう。
音楽は波多野裕介さんが担当。興味深かったのは挿入歌とエンディングテーマが日本語曲だったこと。香港のアーティストが歌っているのだが、画面にすっと溶け込んで作品世界のよいアクセントになっていて、またしみじみしたのであった。

風再起時(2023/香港・中国)

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『四大探長』『リー・ロック伝』二部作、そしてアンディとドニーさん共演の『追龍』など、これまで香港映画で何度となく映画に取り上げられた50~60年代の香港警察の汚職事件とその中心人物をモデルとした磊樂(アーロン)と南江(トニー)を主人公に描く大河ドラマ的映画。『追龍』は近年の作品なので、それと同じになるはずはないよなと思ったら、思った以上にアクションは控えめで主人公2人の感情が全面に出てた。
監督がやはりアーロン主演『九龍猟奇殺人事件』のフィリップ・ユンで、あの映画も事件の陰惨さよりも被害者と加害者の感情の揺れを主に置いていたので、数多ある先達映画と差別化したかったのはよくわかる。

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ユン監督(写真右)はトニーファンだとか。アーロンとは以前も組んだので周知の仲だろうけど、南江はトニーと組めたらやりたかったことを詰め込みまくったんだろうなってキャラに仕上がってたし、王家衛的なムードも漂っててニヤニヤできる。
でも香港でヒットしなかったと聞くのもなんとなくわかるのであった。ギラギラというよりメロドラマ的な仕上がりだったり、大陸での上映を見越してもしかしたらソフトに作られていたんじゃないかとかいろいろ考えてしまうんだが。
アーロンの青年期を演じたのは徐天佑。壮年期から老年期を演じてたけど、アーロンの腹の部分の肉体変化はご本人の努力とのことで、ご本人もノリノリでやったんだろうな。

この時代のことがあってから、後に設立されるのが汚職捜査機関である廉政公署(ICAC。近年では《廉政風雲》などで描かれる)の委員として登場し、この映画のメッセージを一身に背負ったマイケル・ホイさんの存在感と演技は素晴らしかった。今年の金像奬で最優秀助演男優賞を受賞したのは大納得。2010年代後半から雨傘運動や反送中デモの排除に政府から派遣された警察の仕打ちを見ていると、確かに現在の警察の姿をそのまま正義として描くのはきっとためらわれる。廉政公署ものや裁判ものの映画が増えてきているのも納得だし、警察を描くとしてもこのような歴史ものとして描くのが現状として精いっぱいなのだろう。
トニーが初めて本格的な悪役を演じた中国映画『無名』の日本公開が決まったので、これも日本公開あるのかなと見込んでいるが、うーむ、やはり難しいのだろうか…。

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これまでの3年間、香港どころか東京にも出られず、加えて仕事の量が増加したので新作の香港映画も運よく地元で上映された作品をフォローするので精いっぱいだったり、未公開映画や映画祭上映作の配信が始まっても、時間がなくて見逃したり、観たとしても感想をじっくり書けなくなったりといろいろしんどかった(映画の感想自体はここ5年くらい個別で書くのがなかなか大変になってて申し訳ない)3年ぶりのTIFFとこの映画祭、そして夏の上京で観た『星くず』と東京外国語大学のTUFS Cinemaで上映された『ソロウェディング』で今年はだいぶ追いつけたとは思うのだが、それでもなかなか満足できない。映画祭や特別上映会でみんなで観るのはもちろん楽しいのだが、やはり劇場公開で地元で観るのが一番。香港映画がブルース・リーやジャッキー・チェン(彼ももうすっかり中国大陸の映画人になってしまった)や王家衛だけじゃない、ニュースで伝えられる機会も減ってしまった現在、それでも映画人が作り続け、世界に発信している現在進行形の香港映画がもっともっと知られてほしいのだ。これは台湾映画も同様。アジアンエンタメとしては韓国がもうすっかり力を持ってしまっているけど、アジアはもっと多様であるからね。日本だってアジアの一員だし。

だから映画祭で上映された作品が全て一般公開されて、全国津々浦々で上映されるのが理想なんだけど、昨年のこの映画祭で上映された新作で一般公開作が決まったのが1本だけというのが気になった。配給がついても劇場公開ではなく配信ということもある。そこはどうなるのか。
この映画祭に対して、2021年と22年の2年間、『あなたの微笑み』『ディス・マジック・モーメント』のリム・カーワイ監督がキュレーターとなって全国主要都市で開催された香港映画祭があり、『十年』や『時代革命』のキウィ・チョウ監督や『星くず』のラム・サム監督の短編などのここ数年にデビューした若手監督作品の作品が上映されている。ここからは『香港の流れ者たち』の一般公開が決まったが、残念ながら今年は開催されないとのこと。
このように観ようと思えばいくらでも観られるいい機会がある大都市は羨ましいが、それを羨んでばかりはいられない。

地方都市に暮らしてもう長くなったが、来たばかりで不安だった頃の寂しい自分を救ってくれたのが、劇場公開された香港映画と、それを応援しようと結成されたサークルだった。これについては今までもあちこちで書いているのでここでも書かないけど、自分を励ましてくれた映画を生み出した街の現在と、現在の香港映画をもっと広く知ってもらいたい、そのためには劇場でかかる映画が多くならないとという思いを抱いている。
そのためには自分がもっともっと映画を観て、それをうまく伝えていければという思いを強くしている。

そんな思いを改めて抱いたので、その思いをうまくまとめていくのがこの冬の私の目標。
なんか最後は私的な思いで締めちゃってるけど、この秋の映画祭レポートは以上。

この年末年始は実家に帰省するので、『香港の流れ者たち』と移転したBunkamuraで上映されるWKWザ・ビギニング(『いますぐ抱きしめたい』&『欲望の翼』)はなんとか観たいところ。
(そういえば『欲望の翼』のデジタルリマスター版を観たのが、コロナ前最後の東京行きだったっけ…)

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