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香港の流れ者たち(2021/香港)

2018年のTIFFに出品された『トレイシー』(感想のリンクは当時のtwitterなので、いろいろ表現的に追いついていないところはご了承ください)でデビューしたジュン・リー監督の第2作であるこの映画、『香港の流れ者たち』を初めて知ったのは、2年前の金馬奬で最優秀作品賞を始め12部門ノミネートされたことから。金馬では最優秀脚色賞を受賞したのだが、これは2012年に香港で起こった通州街ホームレス荷物強制撤去事件に材を取って作られたことから脚色賞のカテゴリに入ったようだ。翌年の金像奬では11部門ノミネート。

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香港の下町、深水埗。高架下で暮らしていたヤク中のファイ(ジャンユー)が刑務所を出所し、この街に帰ってくる。ベトナム難民のラム爺(謝君豪)、ラン(ベイビー・ボウ)とチャン(ロレッタ・リー)姉妹、元大工のダイセン(朱栢康)らが彼を迎えてくれるが、食品環境衛生署の事前通告なしの「掃除」により、何もかも取り上げられてしまう。彼らはソーシャルワーカーのホー(セシリア・チョイ)の助けを借りて、政府を相手に謝罪と賠償を求める裁判を起こす。

 

十年前に息子を失っているファイをはじめ、ベトナム戦争後、香港で亡命する家族と離れ離れになってしまったラム、ドラッグ中毒で何もかも失った元ホステスのチャンなど、ホームレスたちはそれぞれの事情で今の生活を送っている。ハーモニカが唯一の友である失語症の若者、通称モク(ウィル・オー)もその輪に加わり、助け合いながら生きている。近隣の商店から万引きし、ドラッグを分け合って打ち合う姿は良識ある者からは理解しがたく、落ちぶれて当然だと思わせられるだろうが、厳しい社会で一人で生きることの難しさを考えたらやむを得ないのだろうか。
もちろん、それはいいことではないので、ホーたちのようなソーシャルワーカーが彼らを助けるために奔走する。彼らもその助けを利用しながら、市民として生きている。助けがあればそれをうまく利用し、生活に足りることでうまく生きようとする。社会の底辺に生きていても、人として生きることが大切である。それを端的に言えば「人権」である。これはこの1年、貧困だけでなく性暴力やハラスメントから戦争まで国内外で起こった事件においても言われてきた言葉で、大切にしなければいけないのにそれが蔑ろにされていることに改めて気づかされた。
彼らの訴訟が大々的にマスコミに取り上げられたことで世間の注目を浴び、社会学系の大学生たちを始めとした支援希望者が彼らの元に押し寄せるが、メディアのインタビューを受けたファイが「俺たちがなぜ政府に対して謝罪や賠償を求めているのかには興味はなさそうで、ヤク中になった原因や路上生活のことばかりを聞きたがっていた」ということを言うように、このトピックがセンセーショナルなものとして扱われることで訴訟の本来の目的が覆い隠されてしまうのではないかという危惧が描かれる。人権やその尊厳は大切なものだが、それを守ること、理解することの難しさも感じる。その難しさはホームレスたちの間にもあり、政府の賠償が決まった後で、そこで賠償金を受け取って収めたいと考えたダイセンたちに対してファイが謝罪しないと納得しないと頑として譲らなかったことで彼らもバラバラになっていくことからもわかる。本当に難しいし、どうしていけばよかったのか、考えれば考えるほどどうしようもなくなってくる。だけど、この問題が香港だけでなく、日本でも渋谷の宮下公園で起こった排除などホームレスをめぐって同様の案件があったり、先に挙げたような人権が損なわれる案件にも繋がるので、これはもうずっと考えていかなければならない問題である、ということを映画が訴えている。
(この件については『星くずの片隅で』と合わせて紹介しているこの文章がわかりやすい)

非常に社会的なトピックを含んだこの映画だが、その物語を生きるキャストたちは豪華で誰もが印象深い。
ファイを演じるジャンユーはもう説明不要の大スターだし、ニヒルさも熱さも軽みも自在に演じ分けられる名優だけど、悲しみと諦観をたたえた微妙な表情にはこれまで見たことのないものがあったし、声高でなく自分の意地を見せて生き抜く姿が印象的だった。97年の『南海十四郎』で知られるベテラン舞台俳優・謝君豪は『毒舌弁護人』などの近年の香港映画で名アシストを連発しているし、同じく舞台出身の朱栢康も大活躍である(アキ・カウリスマキの兄ミカが監督したフィンランド映画『世界で一番しあわせな食堂』にも出演)若手ではセシリア・チョイ、ウィル・オー。セシリアは台湾映画『返校』にも出演しているし、来年初めには『燈火(ネオン)は消えず』の日本公開も控えている。ウィルも話題作への出演が続く注目の若手で、来年の亞洲電影大奬では劉冠廷や宮沢氷魚、タイのマリオ・マウラーと共に青年大使を務める。
そしてこの作品で映画界に復帰したロレッタ・リー。アイドル時代や三級片時代はあまり作品を観ていなかった…と思っていたが、アン・ホイ監督の『千言萬語』(99年)はさすがに覚えていた、というより、パンフレットの宇田川幸洋氏の文章で思い出された。あの映画もホームレス救済に尽力するソーシャルワーカーたちを描く作品であったが、登場人物の一人のモデルとなったイタリア人の甘浩望神父(映画ではアンソニー・ウォンが演じていた)がこちらでもご本人役で出演されていたのに後に気づいて驚いた。
ここで久々に『千言萬語』も再見したくなったし、92年の『籠民』も未見なので観たくなったのだが、リマスタリングされていたかな…

テーマはシリアスだが、ウェットであっても温かさと軽みも感じさせる。人の生きる喜びがその街には欠かせない。
大陸の影響を大きく受けてきている香港が香港らしさを失わないためには、そこに生まれて生きる人を大切にしていくことが必要ではないか、ということを考えながら、これを2023年の映画納めとして観た。
来年も楽しく素晴らしく、そして考えさせられる香港映画が1本でも多く劇場でかかり、多くの人に観られますように。

原題:濁水漂流/Drifting
監督・脚本・編集:ジュン・リー 製作:マニー・マン 撮影:レオン・ミンカイ 編集:ヘイワード・マック 音楽:ウォン・ヒンヤン
出演:ン・ジャンユー(フランシス・ン) ツェー・クワンホウ ロレッタ・リー セシリア・チョイ チュー・パクホン ベイビー・ボウ ウィル・オー イップ・トン 

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