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2023年11月

【東京国際映画祭2023】Old Fox/白日の下

先の記事に続いて、今年の東京国際映画祭で観た映画の感想。

『Old Fox』2023/台湾

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TIFFがワールドプレミアとなった『台北カフェストーリー』の簫雅全監督の新作。
オープニングタイトルに東映ビデオの名前を見つけておっ?となり、続いて出たエクゼクティブプロデューサーにホウちゃん(侯孝賢監督)と小坂史子さんのお名前を見て胸がいっぱいになった。ホウちゃんは先ごろ、認知症のために映画界からの引退を発表したからだ。この作品の他に幾つかの新作の製作に携わっていたようだが、もうお元気な姿を見られないのは寂しい限りである。お疲れさまでした。閑話休題。

日本がバブルの絶頂期を迎えていた1989年秋(といえば『悲情城市』がヴェネチアで金獅子賞を受賞した直後だ)一足先にバブル崩壊を経験していた台湾が舞台。レストランのマネジャーと仕立ての内職で生計を立てる父(劉冠廷)と暮らす小学生の廖界(『Mr.Long』の名子役白潤音)の夢は店舗を買い取って亡き母が経営していた理髪店を再開すること。家賃を集金している地主の秘書の“きれいなお姉さん”林(ユージェニー・リウ)から近隣の店舗が空いて手ごろな金額で買えると聞いた二人は喜んだが、その数日後に起こった株価変動の影響で地代が倍以上に膨れ上がり、買えなくなってしまう。失意の廖界に声をかけてきたのは、地主であり「腹黒キツネ(老狐狸)」と呼ばれている謝(アキオ・チェン)だった。謝は、世の中の金回りのことを廖界に教える。社会の強者となった謝と、彼に負け犬と呼ばれてしまう優しい父との間で揺れ動く廖界。

戒厳令が解かれてから民主化へと向かう台湾の80年代末から90年代初頭にちょうど留学していたのでなじみのある年代であるが、この時代を舞台にした映画となると90年春の野百合学運を描いた『BF*GF』に当時の複数の事件をモチーフに国民党政府の要人のフィクサーを描いた『血観音』とすぐ思い出せるものが多い。どの作品も切り口が違ってそれぞれ見ごたえがあるし、興味深い。
金をめぐって動物に例えられる職業といえばハゲタカとしばし称されるファンドマネージャーが思い浮かぶので、「世の中は金だ。金が悲劇を生む」とNHKドラマ映画『ハゲタカ』でお馴染みの台詞を心の中で呟きながら観たが、この腹黒キツネは土地を手に入れて成長した家主であるのでまた金を使う資質も異なる。その彼の半生も劇中で語られるが、当然統治時代からの話になるので、簡単に謝を悪役として見ることはできない。
彼との出会いとそこからの学び、そして愛する父への思いから、廖界が選んだ未来。映画のラストで描かれるそれはとても納得ができ、説得力のある姿であった。世の中の辛さや厳しさも描くけど、未来を見据えている。その静かで優しい描き方が胸にしみた。よい映画だった。

日本が資本を出しているのと合わせ、キャストで門脇麦が父のレストランの常連である楊夫人役で出演。台湾人役なので台詞は当然國語。変に浮いたところはなく、画面に馴染んでしっとりとした印象を残している。芸幅の広い劉冠廷が演ずる優しいお父さんもよい。謝さん役のアキオ・チェンさんは『熱帯魚』にも出演していたそうだ。
そして主演の潤音くん、成長したなあ…今後も俳優業は続けていくのだろうな。張震みたいになっていくのかな。

詳細な情報はまだ出てはいないものの、来年は日本でも公開される様子。金馬奬にも7部門ノミネートされているそうで、今から授賞式が楽しみ。

 

『白日の下』2023/香港

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ワールド・フォーカスの特集「アジアン・シネラマ-香港フォーカス」での上映作で、映画祭で観た唯一の香港映画。
監督はこれが長編2作目となるローレンス・カン。2015年と16年に香港で起こった高齢者介護施設での虐待事件と障害者施設での入所者変死事件を題材にした作品。古天樂率いる天下一電影公司の製作で、プロデューサーを務めるのはイー・トンシン。

高齢者と障害者が入所するケアハウスで虐待が行われているという情報を得て、A1新聞社の記者凌(ジェニファー・ユー)が認知症の入所者周(デビッド・チャン)の孫を装って施設に潜入する。そこで彼女は周の親友の水(今年91歳の大ベテラン歌手でもある胡楓)身体障害者でハウスの職員としても働いているサム(ピーター・チャン/チャン・チャームマン)、知的障害者の明仔(来年日本公開『燈火は消えず』のヘニック・チャウ)と小鈴(レイチェル・リョン)など様々な事情を抱えた入所者たちと出会う。この施設の院長で自らも障害を持つ章(ボウイ・ラム)によれば、民間施設ゆえ経営維持のために入所者を多く受け入れているとのことだが…。

観ていてどうしても思い出さずにいられなかったのは、現在公開中の日本映画『月』のモデルとなっている、2016年に起こった相模原障害者施設殺傷事件と、その事件が起こるきっかけとなった施設内で入所者の虐待が常態化していたという件。同じ実在の事件で似通っているとはいえ、大きな違いとしては、この『白日の下』では、調査報道としてこの事件が取り上げられたことである。調査報道といえばアカデミー賞受賞の『スポットライト 世紀のスクープ』、さわや書店が「文庫X」として売り出して注目された清水潔氏の調査報道をまとめたルポルタージュ『殺人者はそこにいる』、そしてその本を参考文献としたドラマ『エルピス』も思い出される。
調査報道の視点から描かれてはいるが、劣悪な施設の内部事情や職員が入所者に行う虐待行為等はかなり直接的に描かれるのでその残酷さはかなり強い。凌とその仲間たちはその事態を辛抱強く暴き出していくが、その経緯で何人かの入所者が命を落とす。虐待が常態化していても、その施設を拠り所とする入居者もいる。辛い日常があってもそこで友情を築く者もいる。故に結末で業務が停止され、それぞれ別々の施設に分かれていく入所者の中には、真実を暴き出した凌を責める者もいる。勧善懲悪ではないし、様々な人間模様を交えながら語られている。

辛い重い作品だが、香港映画的な人情ももちろんある。ジェニファーとデビッドさんは、偽りの孫と祖父としてそりが合わない関係から始まるが、物語が進むにつれ、どこかで通じ合うような関係に変化していく。凌とパウ・ヘイチンさん演じる母親との場面も印象的。
施設内でおぞましい行為に及ぶ章院長の複雑な人物造形も強烈であった。『毒舌弁護人』にも出演しているベテランのボウイさんが演じているが、よくぞこの役をお引き受けに…と思ってしまった。入所者を演じたチャームマン、ヘニック、レイチェルは近年の香港映画群で頭角を現しているという若手たち。コロナ禍のために映画祭に行けず、ここ数年の新作が追えてなかったので、ここで彼らの演技が見られてよかった。

香港ではTIFF上映後の11月2日に公開され、現在大ヒット上映中。台湾で行われる第60回金馬奬では、主演女優賞(ジェニファー)助演男優賞(ボウイさん)助演女優賞(レイチェル)他5部門でノミネート。

その他、観たかったけど観られず…な作品を。

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これも現在香港で大ヒット公開中『年少日記』

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現在の香港映画を製作面からも背負って立つ古天樂主演の『バイタル・サイン』。共演はアンジェラ・ユン。
監督のヴィンシー・チェクはかつて芝see菇biという名前でDJや舞台でも活動していたマルチクリエイター。 

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4年ぶりのTIFF。2021年に会場を日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区に完全移転し、大きなホールからミニシアターまで揃うエンターテインメントの一大拠点のような場所で開催されるのは実に有難いこと。今年は日程が元に戻った東京フィルメックスが一貫して有楽町で開催されているし、国際映画祭の場所としてはこれまでの六本木よりもずっとこちらの方が適していると思っていた。私的なことを言えば実家から乗り換えなし約1時間くらいで来られるし、終映後すぐ有楽町駅から東京駅で新幹線に飛び乗ることもできるし、食事にも困らない。

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しかし、メイン会場の東京ミッドタウン日比谷には全く足を運べず、結局行けたのは最終日の上映前。
せっかく立派なシネコンがあるのに、スクリーンは2つしか使われてないとのことで、なんだかもったいなく感じた。六本木では全スクリーンを使っていたのに…。全スクリーン使ってもいいのよと映画祭側にはアンケートに書いて送っておいた。

本当に久しぶりの映画祭(及び東京)だったこともあって、観客も若い人が増えてきて、外国人も目につくようになった。中華電影だと華人観客が多いのはもちろんだが、欧米系観客もちらほらと見かけた。そんな観客層の変化もあってか、以前よりもっと気になるようになったのは上映中のスマートフォンの点灯だった。上映開始後入ってくる観客はほとんどスマホで座席を探していたし、ある映画の本編終了後は両隣の客がエンドクレジットでスマホを見ていたのにイライラさせられた。これは通常上映でもやられているが、一般観客入場可ではあっても国際映画祭は国際映画祭。これはしっかりとしたアナウンスで周知徹底してほしい。以前から要望があった上映前の英語アナウンスは録音で流されるようになったというけど、中国語や韓国語のアナウンスも作品によってでいいのであるといいのかも。

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今年はTIFFの後に開催された香港映画祭2023 香港映画の新しい力 Making Wavesにも参加。
先行して一般上映された『毒舌弁護人』を含めて4作品鑑賞したので、こちらは次回の記事で。

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【東京国際映画祭2023】雪豹/ムービー・エンペラー/ミス・シャンプー

実に4年ぶりに参加した今年の東京国際映画祭

今年はトニー・レオンのマスタークラスが開催されたのだけど、残念ながら日程が合わずに断念。
ワールド・フォーカスではアジアン・シネラマ-香港フォーカス(上記のトニーのイベントもこの一環)台湾映画ルネッサンス2023と香港&台湾映画の特集でかなり充実していたのだが、日程と相談した結果、5作品(チベット、中国、台湾×2、香港)を鑑賞。
ここではまず3作品の感想を。

『雪豹』2023/中国・チベット

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中国で国家一級保護動物(=天然記念物)に指定されている雪豹が、チベットのある家畜業者の家の羊を襲って殺した。
一家の兄(ジンパ)は怒って雪豹を殺すと息巻くが、役人が到着するまで羊の柵に留まる雪豹を追い出せない。僧である弟(ツェテン・タシ)は「雪豹法師」とあだ名がつくほど雪豹を愛していて、当然兄とは対立する立場にある。弟の伝手でこの事件を取材しにやってきた県のTVクルーと役人も加わって騒動は堂々巡りに。雪豹を憎む者、愛して守りたい者、それを客観的に見る者それぞれの視点から物語が語られる。

これを観て真っ先に思い出したのが、現在全国各地で起こっている熊害。地元でも死者が出るほど深刻な問題になっているが、動物愛護の観点から殺すなというクレームも入り、なおかつ相手は凶暴でいつどこで出てくるか予想もつかないので、多方面で対応に苦慮している状況はよくわかる。もちろんこの物語の状況と完全に一致できるような状況ではないけど、人間の営みと自然の驚異が隣り合わせになっている現代社会のバランスの危うさを考えると、どの国にも同じような課題があるのかもしれない。

チベット族として初めて北京電影学院で映画を学び、チベット人によるチベット映画を確立させたペマツェテン監督は、自らが暮らすチベットを辺境のエキゾチックな地として捉えることなく、その地の人々の生き様を普遍的な視点で描いてきた。しかもシリアスになりずぎず、ユーモアも適度に交えてくるのもよい。今年53歳で亡くなったのは非常に残念だが、この映画の他にまだ多くの未発表作があり、息子さんやスタッフたちがその意志を引き継いで世に出してくれるだろうから、これから登場する新作にも期待する。
そして日本ではまだ『羊飼いと風船』のみの一般公開なので、今年の東京グランプリ受賞をよい機会に、東京フィルメックスで上映された過去作『オールド・ドッグ』 『タルロ』 『轢き殺された羊』なども合わせて作品が日本で公開されることを望んている(自分も先の2本が未見なもので)

(追記)フィルメックスの神谷ディレクターがインタビューで来年1月下旬から2月上旬にかけて、ヒューマントラストシネマ有楽町にてペマツェテン監督作品の特集上映を行うと答えているので、これがなんとか全国上映に結び付いてくれないかと期待している。

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Q&Aにはジンパ(左)、TV局の若手クルーを演じた熊梓淇(ション・ズーチー)雪豹法師役のツェテン・タシが参加。

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『ムービー・エンペラー』 2023/中国

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今やもうベテランな、香港映画界を代表する俳優にしてプロデューサーのアンディが、かつてプロデュースした『クレイジー・ストーン』などのコメディを作り続けてきた中国の寧浩(ニン・ハオ)監督と今度は主演俳優としてコンビを組んだ「スターはつらいよ」物語。
近年の中国映画の勢いと政治的状況を見ると、どうしても中国映画に対して抵抗感を持ってしまうのだが、とりあえずその気持ちを横に置いて観ると、デリケートな部分をうまく避けて作られた良質のコメディであった。未知の仕事に悪戦苦闘する往年のスターの物語としてスタンダードなプロットだし、SNSでの炎上等アップトゥデイトなトピックもしっかり盛り込んでいて、自らの非をわかっていながらなかなか謝れない様などについつい笑ってしまう。

香港の大スターでありながら無冠の帝王、私生活でも崖っぷちな主人公ダニーが、中国の若手監督のインディペンデント映画に出演して映画祭出品の野心を抱くも、思う通りに事は進まず…。アンディ本人と重ねてみるときっとファンは怒るのかもしれないけど、中国映画の撮影あるあるを多分に盛り込み、40年に渡る彼のキャリアを基に、本人もきっとノリノリでスタッフにアイディアをたくさん提案して楽しんで作っていただろうことが伺える。さんざんな目にあってもその態度や行動を貶すこともないし、ちゃんと愛をもって主人公を描いている。
『クレイジー…』の感想を読み直すと「中国映画に洗練という語はない」などとかなりひどいことを言っているが、あれから16年も経てばそれは大きく変わるものである。海より深く反省せざるを得ない。

『ミス・シャンプー』2023/台湾

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前作の『赤い糸 輪廻のひみつ(月老)』の日本公開を前にして上映されたギデンズ監督第4作は、「すいません、おかゆいところはありませんか?(請問,還有哪裡需要加強)」という原題が示す通り、美容室を舞台にしたラブコメディ。ここしばらくホラーテイストの作品が続いていたので、いろんな意味で原点に帰った感も覚えた。特に下ネタ方面で(笑)

組の頭をタイ人刺客に殺され、自らも命を狙われるヤクザのタイ(台湾のアーティスト、春風ことダニエル・ホン)が逃げ込んだ美容院で残業していた美容師見習のフェン(ビビアン・ソン)に一目ぼれ。シャンプーが得意だが絶望的もとい独創的なカットセンスの持ち主で、楽天モンキーズの野球選手鄭旭翔を熱烈に推すフェン会いたさにタイは美容院に通い、フェンも彼にひかれていく。
黙っていればなかなかハードボイルド感を持ってるタイが、フェンに出会ってとんでもないカットをされて恋に落ちてからの壊れっぷりがおかしく楽しい。男らしさの極致みたいなヤクザ稼業で女性関係も場数を踏んできたはずなのに、一気に高校生男子レベルまで幼稚化もとい純情化してしまうのが笑える。そうなると当然下ネタも過剰となるので、久々に「いやーホント男ってバカだよねー」と言いながら楽しく観られたのは言うまでもない。『あの頃』と比べると二人はお互い大人なので、ヤる前は下ネタ満々でも事は(もちろん)あっさり省略して描かれるので実にすがすがしい。タイの舎弟のひとりにはお馴染みクー・チェンドン、その他脇のキャストもかなり楽しい。そして近年のポストクレジット(エンドタイトルの後に映画が続くあのシステム)を意識したようなエンドタイトルの仕掛けには大爆笑。台湾や香港ではエンドタイトル時にさっさと場内が明るくなって追い出しを催促されることが多いのだが、台湾上映時に最後まで観た人ってどれくらいいるのだろうか…

(続く。次回は『Old Fox』『白日の下』の感想をUP)

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