エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(2022/アメリカ)
ああ、時代は動いている。そしてものすごい勢いで変わっている。
その変化は悪い方向にもよい方向にもいっているが、よい方向への変化は喜ぶべきことであり、それを受け入れてアップデートしていかねばならない。
最近、そんなことをよく考えている。
映画を観始めて30年、香港映画を好きになって25年以上が経つが、この間の映画鑑賞状況はガラッと変わったし、流行る映画も本当に様変わりした。それが寂しく感じることも時折あるのだが、映画を好きになり始めた頃には夢のまた夢と思えたようなことが実現して嬉しくなることも少なくない。
スティーブン・スピルバーグ監督やトム・クルーズの主演作が次々と製作され、今もヒットを飛ばしているのは30年間変わらずにあるのだが、そんな状況でも米国のハリウッドや単独の映画賞としての注目度は世界最大であるアカデミー賞は確実に変化している。カンヌ映画祭で初めてグランプリを受賞した韓国映画『パラサイト』や、同じくカンヌからアジア圏まで幅広く支持された日本映画『ドライブ・マイ・カー』等、近年はアジア映画がアカデミー賞に多くノミネートされ、受賞している。しかも米国の劇場公開も好評である。ハリウッドと言えば主役は白人、単純明快で勧善懲悪なエンタメ作品というイメージもはるか遠くなり、OscersSowhiteやmetooというハッシュタグがSNSで誕生してわずか数年でアカデミー賞も多様性と異文化理解を尊ぶ賞となった。その間、王家衛を敬愛するバリー・ジェンキンス監督がゲイの黒人少年の愛と人生を描いた『ムーンライト』やスタッフからキャストまでアジア人が手がけた『クレイジー・リッチ!』の大ヒット、そしてマーベルスタジオ初のアジア人ヒーローが活躍する『シャン・チー』等が登場して評価されたのだから、米国映画界における多様性の広がりのこの速さに感心してしまう。
先に挙げた『ムーンライト』を始め、『ミッドサマー』や『カモンカモン』などを手掛けた米国インディペンデントのスタジオA24が製作し、今年のアカデミー賞で作品賞他最多7部門を受賞した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(以下EEAAO、エブエブなんて言いたくない)』はここ数年のこの流れの集大成といえる作品。コンビ監督〈ダニエルズ(『スイス・アーミー・マン』)〉の片割れ、ダニエル・クワンは台湾系、主演を張る我らがミシェル・ヨーはマレーシア出身、そして『インディ・ジョーンズ』や『グーニーズ』で一世を風靡した後、この作品で俳優に復帰したキー・ホイ・クァンはベトナム系と華人が揃っている。しかし、この映画の内容を一文で要約すると次の通りである。
「国税庁の監査と娘との関係に頭を悩ませている中年女性が、全宇宙を滅ぼそうとする巨大な力に立ち向かう使命を受けてしまい、マルチバースにジャンプして力を得てカンフーで戦う」
しかし、自分でこう要約して言うのはなんだが、なぜこんな内容の(失礼)映画がオスカーで作品賞を獲ることができたのか?
日本では約30年ぶりの俳優カムバックを遂げたキー君の助演男優賞受賞ばかりが大きく取り上げられていたが、香港電影迷としてはやはりミシェル・ヨーに注目。
『トゥモロー・ネバ―・ダイ』で“最強のボンドガール”という称号を与えられてハリウッドデビューを飾り、そのキャリアも25年となるミシェル姐。彼女がアジア人初のアカデミー賞最優秀主演女優賞を獲った時の以下のスピーチ(映画.comより)。これが実にいいし、この映画のスピリッツも表している。
今夜この式を見ている私と同じような少年少女の皆さん、これは希望と可能性の光です。大きな夢を見れば、夢は叶うという証明です。そして女性の皆さん、『あなたの全盛期はもう過ぎた』などと誰にも言わせないでください。決してあきらめることはないのです。
25年という年月は短かったのか、長かったのか。ハリウッドに行っても『レイン・オブ・アサシン』のような中華圏の作品にも出演していたし、中華圏以外でも『The Lady アウンサンスーチー』のようなドラマ、『ラストクリスマス』のようなコメディ、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズにも(シャンチーと同じMCUなのに!)出るし、TVシリーズの『スタートレック:ディスカバリー』では船長も務めている…って大活躍じゃないか、こうやってちょっと書き出してみても!最近の出演作では武闘派の図書館司書を演じた『ガンパウダー・ミルクシェイク』がよかった。あんな図書館司書を目指したい…(こらこら)
とはいえ、主演作は12年ぶり。しかもミシェル、トニーと同い年。アジア人中年女性が主人公となる米国映画は今までなかったらしく、アクションスターとしてのキャリアを存分に活かして大暴れ&大ヒットというのなら確かに興味を引く。でもSFアクションがなぜオスカーにノミネートされて作品賞まで獲るのか?ええ、二度目を一緒に観た友人にもやはり言われた。なんでこれがオスカー作品賞なの?と。
でもね、公開初日に観終わった時にうっかり思ったのである。これ、もしかして作品賞いくんじゃないかな?って。
監査や娘との問題のほか、大陸からやってきた父親の世話にパーティーの準備等々、マルチタスクをこなすだけでも大変なのに、それから世界を救えとか言われるのなら、それどんなセカイ系よ?と思ったのは言うまでもない。しかも世界を救う力をマルチバースから入手するために必要なことが、バカバカしい行動を取ること。そのおかげでハエをなめたり、変なダンスをしたり、挙句の果てに尻にトロフィーをぶっ刺しながら戦うなどというどこか周星馳監督作品ばりのナンセンスな展開になる。これだけ書きだしてみると、うん、確かにオスカー作品の威厳は全くない。
何もかも失敗してきたエブリン(ミシェル)のあり得たかもしれない人生ー成功したアクションスター、盲目の歌手、鉄板焼レストランのシェフ、ピザ屋の看板娘、脅威の進化を経て得たソーセージフィンガー…と、それらのマルチバースを破壊しようと目論む、彼女の娘ジョイ(ステファニー・スー)の姿をしたジョブ・トゥパキとの対決の隙間から見えるのは、母と娘の問題を含んだ、現代の女性の生きにくさ(加えてアジア系という米国では圧倒的なマイノリティにいることもある)。レズビアンのジョイはエブリンが自分と恋人のことを認めてくれないことに悩み、そこにジョブ・トゥパキがシンクロしてくる。当のエブリンも、駆け落ちして中国に残してきた父親(大ベテランの華人俳優ジェームズ・ホン。個人的には『ブレードランナー』の眼球職人チュウ役で認識)に対してどこか後ろめたさを覚えているようにも見える。さらにいえば、エブリンの天敵である国税庁の査察官ディアドラ(ジェイミー・リー・カーティス)も憎まれ役として登場するが、実は彼女も悩みを抱えていて、ただの悪役にはならない。
ジャンプした先では、夫のウェイモンド(キー・ホイ・クァン)も父も違うキャラで登場する。特にエブリンがミシェル本人同様、女優として大成した世界(名付けて花様年華バース)で再会したウェイモンドがすっかりトニー・レオンだったのには笑ったし惚れ惚れした(マジで)二人が結婚しなかったこのバースでの展開は実に王家衛チックでさらに惚れ惚れ。それと同じくらい印象強かったのが、最初は出オチかと思ったソーセージバース。ここのエブリンはディアドラと恋人同士という点でさらに出オチ感も強くなるのだが、本筋に近いようで実はそうでもない世界のディアドラの気持ちとこちらがシンクロしているようで、彼女のテーマとして流れてくるドビュッシーの「月の光」をピアノで(しかも手が使えないから足の指で)弾く場面にはついうっかりホロっときた。
こんな感じで笑ったりブンブンと振り回されて観ていたが、エブリンとジョブの熾烈な直接対決を経て迎えた結末には、妙にしみじみとした気分になった。カオスを極めたこのマルチバースの旅でエブリンは目覚め、ジョイとも向き合う覚悟を持った。
本来の世界に戻ったことで「なーんだ、結局家族の話に収まるのか、凡庸だな」などといわれてたのを見かけたのだが、別に家族の話に収まったことにはこっちは感動してない。家族の話に収まるように見えても、実はそんなんじゃない。それぞれのバースに、それぞれのエブリンやジョイがいるが、それぞれの人生を生きている彼女たちは、やはり「今ここにいる」エブリンとジョイに集約される。それは元に戻ったのではなく、お互いにアップデートしたうえでの集約なので、決して以前と同じにはならない。そんな複雑さを抱えているから人は面白く、それぞれが小宇宙のようなものである。そんなことを感じてしみじみしたのであった。
ラストに♪This is a life free from destiny…と流れる主題歌(アカデミー賞ノミネート)がさらにまた沁みる…
というわけで、クリップをどうぞ。
ドラムスが香港出身という音楽担当のサン・ラックスが、日系のSSWミツキとあのデヴィッド・バーンを迎えて作った主題歌。
様々な引用とオマージュに満ちた映画だけど、クライマックスでウェイモンドがエブリンに「人生との戦い方」として授ける「親切でいてね」という言葉を聞き、これがカート・ヴォネガットの言葉だとわかり、心の中で膝を打った。
ヴォネガットは私も好きで何冊か読んでいるが、若い頃は彼の言う「愛は負けても、親切は勝つ」という言葉がどうも理解しがたかった。だけど、ジョイのような煩悶の日々を過ごして歳もエブリンに近くなり、ここまで生きてきてしまった身として、その言葉の大切さと実行しがたさは本当によくわかる。それでもマルチバースのひとつかもしれない現実に”FxxK it!"といいつつ、人に親切にすることを心がけていく。これが誰にでも大切なことなのかもしれない、とまた思い返してはしみじみするのであった…
This is a life.
原題:Everything Everywhere All At Once
製作&監督&脚本:ダニエルズ(ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート)製作:ジョー&アンソニー・ルッソ、ジョナサン・ワン他 製作総指揮:ミシェル・ヨー他 撮影:ラーキン・サイプル 編集:ポール・ロジャース 衣裳:シャーリー・クラタ 音楽:サン・ラックス
出演:ミシェル・ヨー ステファニー・スー キー・ホイ・クァン ジェームズ・ホン ジェイミー・リー・カーティス
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