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2022年7月

花椒の味(2019/香港)

マスコミが伝える7月1日をはさんだ香港の情勢は、25年前には全く想像できなかったものだった。
最後に香港へ行ったのは3年前の春休み。その時でも再開発等で変わりつつある感は覚えたのだが、その直後に反送中デモが起こり、さらにコロナ禍で国安法が成立してしまい…という状況。私は返還直後から香港に通い始め、返還前の残り香をかいだり新たな楽しみも見出したりして滞在を楽しんでいたのだけど、そんな私の香港も、もう良き思い出の中にしか存在しなくなってしまうのだろうか…。

現在日本で紹介される香港映画も、あの『十年』からたどれば、この時代を反映した若手映画人によるドキュメンタリーが多い。もちろん『乱世備忘』も『理大囲城』もオンラインでだがしっかり観ている。クラウドファンディングに参加した『憂鬱之島 Blue Island』も無事完成してこの夏東京から上映が始まるし、昨年カンヌと東京フィルメックスで特別上映されて話題を呼んだキウィ・チョウ監督の『時代革命』も上映を控えている。もちろん機会があったら劇場で観たい映画だ。
だけど、それだけじゃ寂しい。ドキュメンタリーだけではなくフィクションも観たい。もちろん『レイジング・ファイア』や『バーニング・ダウン』は面白かったけど、アクションだけじゃなくてしっかりしたドラマももっと観たい。そんなわけで、我が地元では香港が返還されて25年経った日から上映が始まっていた『花椒の味』を観に行ったのであった。

 

 

 

香港・九龍の旅行代理店で働くアラフォーのOL夏如樹(サミー・チェン)の父夏亮(ケニー・ビー)は香港島の大坑で一家火鍋という店を経営している。2017年2月、その父の訃報が如樹の元に届く。父のスマートフォンのLINEログから、台北と重慶にそれぞれ異母妹がいることを知る。亮の葬儀の日、台北からビリヤードのプロ選手如枝(メーガン・ライ)が、重慶からはオンラインセレクトショップのオーナーでインフルエンサーでもある如果(リー・シャオフェン)がやってくる。店員のロウボウから店の契約期間がまだ残っていることを知らされた如樹は、残りの期間だけ火鍋店を続けることにする。

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三姉妹もの映画で思い出すのは『宋家の三姉妹』に『恋人たちの食卓』。最近ではそのものずばり『三姉妹』という韓国映画もある。
『若草物語』の例を挙げるまでもなく、兄弟姉妹の話ともなると「最も近しい他人」ゆえの葛藤が物語を動かすことになるが、この三姉妹は出会ったばかりの頃は多少相手を怪訝に思うことはあれ、すぐ打ち解けてしまい互いに助け合うようになる。異母姉妹の愛憎ものを期待すると拍子抜けするのだろうが、テーマはそこではない。頭に「如」の字、そして木のつく漢字が共通項の彼女たちは、それぞれの現在の家族との間に問題を抱えている。如枝は再婚した母親(リウ・ルイチー)と折り合いが悪く、同じく再婚してカナダに移住した母親と別れて祖母(ウー・ウェンシュー)と重慶に残った如果は、何かと世話を焼こうとする祖母が疎ましい。そして如樹は、病弱な母と自分を置いていった父が許せない。
普通だったら、亮のような父親は軽蔑に値するだろう。如樹のような生真面目な娘ならなおさら。しかし、彼女の知る父の姿が一面的ではないのは如樹の元婚約者天恩(アンディ・ラウ)や父の友人だった麻酔医浩山(リッチー・レン)が語るエピソードや、二人の妹たちの存在からも見て取れる。そして在りし日の父を演じる阿Bの人たらし感のある笑顔が実によく、誰が見ても憎めず愛すべき存在として描かれているのが効いている。

家族という存在は安心感をもたらせば、それ以上に煩わしくも面倒くさくもなる。そこは如枝と如果の各パートで描かれる。
この妹二人のキャラの作り方が面白い。ドラマ『アニキに恋して』の男装女子役が印象深いメーガン演じる如枝の職業がビリヤード選手というのが台湾の体育会系的イメージがあってハマっているし、『芳華』の李曉峰演じる如果は中国の裕福な家の若いお嬢さんらしさがあるし、突拍子もないファッションも楽しい。(下の写真、これもしかして特攻服?と思ったのだがいかに)

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如枝は父の応援を励みにビリヤード選手としてのキャリアを積んできたが、母は賞金で生活を賄うことに不安を覚えるし、かいがいしく世話を焼く如果に対して祖母は安定を求めて結婚をすすめる。これは彼女たちだけの悩みではなく、かつての、あるいは現在進行中の世界中の娘たちが直面する問題。いずれも女親が娘/孫娘に対して抱く幸せの定型に見えるし、彼女たちなりの幸せが違うことですれ違いを産む。あるいは如枝の母も如果の祖母もまだまだ手放したくない故の干渉だろうけど、妹たちがそれを考える場として長姉の如樹がいる火鍋店にやってくることでこれまでの自分を見直し、次に進もうとする。その辛さと優しさを火鍋の辛さで語り、いずれもよい関係を結んでいくのがよい。
もちろん、如樹の思い悩みも、火鍋店に関わることで頑なな心がほどけていき、父の幻影に出会うことで和解していく。そして三姉妹は店から旅立つのだが、この家族の繋がりと解散が自然な形で描かれている。とかく「家族の絆」を強調し、文字通り縛りつけた果ての悲劇がたびたびおこる現代の家族関係において、これくらいの向き合い方でちょうどいいと思うのだ。

また、家族関係とはまた違う如樹と天恩、そして浩山という2人の男たちとのそれぞれの関係。これが恋愛に発展しにくい関係として描かれているのが実に現代的で興味深かった。
サミーはアンディとリッチーのそれぞれとも共演経験があるし、特にアンディとはロマンティックコメディからスリラーに至るまで何度も恋人同士を演じているので、一度婚約を破棄しながらも、新居になるはずの部屋に住まわせてもらうなどのつながりを保った「友人」として関係を続ける如樹と天恩の場面には、その婚約破棄の描写がないためになぜ?とあれこれ考えが及ぶ。しかし婚約破棄に至っても天恩は如樹への思いが思っているので、この物語の後によりを戻すこともあるのだろうが、この気まずく別れない関係は現実に難しくあっても、多少の憧れは感じるところがある。
リッチー演じる浩山は如樹とは父を知る人として知り合って距離を近づけていくが、メッセンジャーとしての役割を果たして、彼の望む次の人生へと向かう。つまり如樹は両者とも劇中ではわりとサラリとした付き合い方をしていくのだが、こんな描写もラブコメに持ち込むことなくさりげなく描かれていたので、とても新鮮に思えた。

この映画は香港映画にしては珍しい原作つきで、その原作を読んだプロデューサーのアン・ホイがヘイワード・マックを指名して製作したという。そんなわけで「アン・ホイ作品」を強調して語られることが多いようだが、それでも《九降風:烈日當風》や《前度 ex》を監督し、パン・ホーチョンの『恋の紫煙』の脚本を手掛けたヘイワードの作品として見事に仕上がっていると思う。コロナ禍と共に電検(検閲)の義務が課せられてしまい、製作本数が激減している香港映画の現状に非常に辛さを感じるが、今後の香港映画界での活躍を大いに期待したい監督がまた一人増えた。
だからまだまだ「香港映画絶対不死」と言い続けていきたい。

 

原題(英題):花椒之味(Fagara)
製作:アン・ホイ ジュリア・チュー 監督&脚本&編集:ヘイワード・マック 撮影監督:イップ・シウケイ 美術&スタイリング:チャン・シウホン 音楽:波多野裕介
出演:サミー・チェン メーガン・ライ リー・シャオフォン リウ・ルイチー ウー・イェンシュー ケニー・ビー リッチー・レン アンディ・ラウ 

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