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絕不放棄 加油香港 #standwithhongkong

一番最近の海外旅行は、昨年3月の香港。
その時の旅のことは、noteマガジン自体は有料ですが、該当ページの試し読みの範囲を拡大しました)とZINEにまとめています。

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この旅の直後である昨年6月、香港では逃亡犯条例改正案の完全撤回や普通選挙の実現等「五大要求」を掲げたデモ運動が始まり、それに対して政府側が警察を動員して厳しく取り締まるようになりました。
前者は昨年秋に完全撤回はされましたが、普通選挙の実現や2014年のデモ(雨傘運動)から行われた警察による強制排除、すなわち警察の過剰な暴力を検証する独立調査委員会の設置やデモ参加者の逮捕取り消し、デモの暴動認定などには応えられていません。
そして昨年暮れからの新型コロナウィルス感染拡大により、国境の封鎖や経済活動の停止が起こる中でデモ活動は禁止。オンライン上に活動の舞台を移す中、今年5月の全人代で中国共産党が香港へ国家安全法を導入することを決定して香港自治へ介入。1997年から2047年までの50年間保証されるはずだった一国二制度が事実上終了、ということになりました。
7月以降は公共図書館で民主運動に関わる書籍の撤去、立法会議会の一年延期など、追いきれなくなってくるほどのニュースが毎日報道されてくるのですが(まとめとして日経の香港デモヘッドラインをリンク)昨日は蘋果日報の創業者の黎智英と民主活動家の周庭(以下アグネス)の逮捕という衝撃的なニュースが入ってきて絶句し、SNSでニュースを追うのが辛くなってしまいました。

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この一連の動きを見て、SNSである人は「香港終わった」と言うが、そんな言い草は香港人にとっても、香港にとっても失礼です。
確かに23年前の英国からの返還がきっかけで変わったのは事実ですが、返還されても言語も街並みもいきなりは変わりませんでした。ワタシは返還直後から香港に通いつつけていますが、当初は楽観視していて、中国大陸にはいい影響を与えていくのではないかと思っていました。
しかし、思えば97年後半のアジア経済危機、02年末~03年のSARS流行、その年からのCEPAの締結による香港と中国の間における様々な協定など、変化の節目はたくさんありましたし、その間の経済発展による中国大陸の変化もすさまじいものでした。しかも中共は政策を全く変えず、指導者が替わるごとに締め付けも厳しくなっています。そこまで考えは及びませんでした。

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しかし、7月に入ってからの中国共産党の介入はあまりにも度を越しています。その前からチベットやウイグルでの人権侵害行為が伝えられていることもあり、政府の強権を安易に発動しすぎていると見えるのです。新型コロナウィルスの感染拡大をバックにしてまで行うことではないし、31年前の天安門事件もまだ記憶に残る中、国内の民主活動家や銅鑼湾書店の店員たちも取り締まってきたことも考えれば、黎さんやアグネス、そして香港で活動してきた民主活動家たちが危機にさらされることは、人権の侵害と共に民主主義を冒涜しています。

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香港で生まれ、香港で民主と自由を得て生きてきた人たちが、苦しめられるのを見るのは嫌です。
ワタシの好きな香港が、政治的に変わってしまうのがとても嫌です。
これまで中共が頑なに民主化を拒んできたことを念頭においても、自由と民主がこのように奪われていくのを黙ってみていたくないです。

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香港のことは香港の人たちに任せたい。ずっとそう思っています。
でも、こうやって上からの力で押さえつけられるのは、彼らも望むことではないはずです。
だから、香港人の未来は中共でなく、香港人自らが作れるように、ワタシは今後ももこれから香港で暮らして、香港で生きる人々を応援していきます。
Stand with Hong Kong.

うまくまとめられなくてすみません。
今後もSNSでは特に言及しませんが、常にこういうスタンスですので、今後ともよろしくお願いいたします。

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