全力スマッシュ(2015/香港)
ここ数年ですっかり香港映画の最前線に踊り出たデレク・クォック監督の最新作『全力スマッシュ』は、世界初のバドミントン映画。星仔との共同監督で成功した『西遊記 はじまりのはじまり』をうけ、星仔つながりで「バドミントン版少林サッカー」などと日本では宣伝されたけど、それはともかく久々に香港映画を観た!って思う作品だった。
呉久秀(ジョシー)は元女子バドミントンチャンピオン。10年前は栄華を極めた彼女だけど、プライドが高く短気なためにアシスタントと混合ダブルスのパートナーに暴力を働いて永久追放処分を食らってしまった。今や兄の久俊(謝君豪)の経営するレストランでこき使われる毎日で、たまたま配達に行った先で現チャンピオンとなったアシスタント王鳳飛(グレース・イップ)と出会って手酷い屈辱を受ける。泣きながら店を飛び出し、死んでしまおうと三輪トラックで森を走る彼女は、空の彼方からバドミントンのシャトルのような形の隕石が降ってくるのを目撃する。あわてて車を飛び出し、迷い込んだ古い館で彼女は奇妙な男たちと出会う…。
実はその館、久秀とその兄の亡き親が残したバドミントンクラブだった。最近そこを借りてバドミントンの練習をしたいと名乗りでたのが、よりによって12年前に逮捕された元囚人たち―難聴の劉丹(イーキン)、片腕の林昭(エドモンド)、弱視の馬坤(ウィルフレッド・ラウ)と、酔っぱらいの中年戚冠軍(アンドリュー・ラム)だった。彼らがコーチを募集していることに乗じて追い払って欲しいと兄は久秀に告げ、店で働く梅おばさん(スーザン・ショウ)と共に館に出向かさせる。最初はおっかなびっくりだった久秀だが、どうやら彼らは本当にバドミントンに打ち込んで更生したいのだ、ということに気づく。さらに地主であるアメリカ帰りのチョン坊やこと呉久祥(ロナチェン)が館を使いたいと彼らに迫った時、突如酔っぱらいの戚が大量のゲロを吐いて覚醒。実は彼こそは、20年前のバドミントン王者だったのだ。戚の指導により、劉丹同好会が正式に発足。久秀も彼らとともに練習に打ち込み、10年間についた贅肉もみるみるうちに落ちていく。同好会はTV局主催でマカオで行われる団体トーナメントに向かって猛練習を重ねていく。
意気揚々とマカオに乗り込む久秀たち。しかし、TV局の面々はメンバーの大半が元強盗犯ということから彼らを完全に悪役扱い。偏ってショーアップされた演出とブーイングは当たり前の会場で、彼らは警察チーム(ヴィンセント・コック、ステファニー・チェ、ジョー・コック)やチョン坊や率いる精武体育会と戦うことになる。さらに林昭には、かつての強盗仲間狗が近づき、マカオの銀行襲撃を手伝えと誘いをかける。それも、集合時間は決勝戦の時間…!
今年の大阪アジアン映画祭でワールドプレミア、さらに9月に行われたしたまちコメディ映画祭でも上映されたので、この2つの映画祭ではデレクさんと共同監督のヘンリー・ウォンさんを筆頭に、ジョシー、スーザン姐さん、アンドリュー・ラム大師などが日本入りして作品を賑々しくアピールしてくれたのが嬉しい(下に写真載せてます)。ワタシはしたコメの上映で初めて観に行ったのだけど、レッドカーペットや舞台挨拶でスタッフ&キャストが楽しく盛り上がっているのを見られてとっても楽しかった。レッドカーペットではヘンリーさん、スーザン姐、大師、そしてウィルくんのサインを運よくもらえたのだけど、チームの撮っていた動画に知らず知らず写り込んでいたのでした。ははは。って閑話休題。
これは上映館・シネマカリテのディスプレイ。
星仔やクレメントさんなど、タッグを組んで監督する機会も多いデレクさんだけど、今回は79年生まれで特殊効果マンのヘンリーさんをパートナーに抜擢。『あしたのジョー』を心の友とするデレクさん、日本のスポーツマンガをパク…もといオマージュを捧げたイメージイラストを描き下ろしたヘンリーさんの意向が見事に現れた今作は、主題がスポーツ、テイストはレトロ感(特に音楽に大抜擢された香港在住の日本人作曲家、波多野裕介さんのスコアは、確かに80年代日本TVドラマ的テイストをまといながら、ちゃーんとオリジナリティを発揮していてお見事)ときて、そのテーマとスピリッツはこれまたワタシの大好きな『燃えよ!じじぃドラゴン』に通底しているのでなんともたまらない。
実はキャストが全員歌手であることから実現した主題歌コーラス。波多野さん作曲による懐かしテイストがたまらんです。
近年はますます成功が望まれ、今や一握りの成功者しか優遇されない時代になっていて、負け犬になってしまうことが多いと感じる世知辛さ。這い上がるのは容易じゃないが、全く救いがないってわけじゃない。デレクさんに限らず、近年の香港映画は負け犬のリベンジをテーマにした作品が多く、だからこそ夢中になってしまう。少林サッカーもじじぃドラゴンもそうだしね。
特に今作は登場人物が全員アラフォー以上というのがまたいい。まあ確かに現在の香港映画界では、地元出身の若手がなかなか出てこないのが悩みなんだろうけど、それをうまーく逆手に取ったようにも思えるし、負け犬を描くにはちょうどいい年代でもある。ていうか、実は自分とも同年代なもんだから、大いに共感は持てるんだろうな。
そして、物語の展開もじじぃドラゴンと通底しているのがいい。人生やり直しを賭けて晴れ舞台に立つものの、目指すものは勝利であっても、得たものが最終的には変化するというプロット。若者ならまだ可能性はあるけど、歳を経ると勝利とはまた違うものに価値が出る。それは若者にも中年にも大いなる励ましになるのだ。あのラストにすっきりしないものを感じる人もいるだろうけど、ただ強くなればいい、勝利で終わればいいというのもちょっと時代遅れだよね、と思ったりもしたので。
今まで女戦士や殺人鬼などエキセントリックな役柄を多く演じてきて、自らバドミントンのプレイ経験もあるジョシーはこの役にピッタリではあるけど、ちゃんと可愛らしいのがいい。前半のオドオドした感じも、中盤の乙女感もそして後半の勇敢さもね。
久々のイーキンもうまいアシストで適役。貫禄もついてヒゲも似合うんだけど、試合では…あれ?(笑)しかしそのせいかやっぱり若いなーって思っちゃうのであるよイーキン。
デレク作品の常連であるスーザン姐も、久々のエドモンもウィルくんも熱演だけど、やっぱり一番持ってくのは、往年の名コンポーザーでもあるアンドリュー・ラム大師。英語喋るわおそらく世界最長のゲロを噴出するわ(詳細はこちらに)、平気でとんでもないホラを吹くわと大暴れなんだが、だがそこがいい。多分映画ではこれが初めてな気がするから、今後旧作を観るときには名前を探そう。
スポーツマンガと80年代的ノリ、そして90年代香港映画のかほりもまとったこの作品、香港映画にどれだけ浸っているかで評価は分かれるかもしれないけど、愛とリスペクト、そして大まじめにコメディと試合場面を作り上げてくれたので、大いに楽しめた。日本でも競技としてのバドミントンが注目されるようになってきたので、その面からも観られても十分楽しいはず。また彼らに会いたいものだ。
原題&英題:全力扣殺(Full Strike)
監督&脚本:デレク・クォック 監督&特殊効果:ヘンリー・ウォン 撮影:ジェイソン・クワン 音楽:波多野裕介
出演:ジョシー・ホー イーキン・チェン ロナルド・チェン エドモンド・リョン ウィルフレッド・ラウ ツェー・クンホウ グレース・イップ ヴィンセント・コック ステファニー・チェー ジョー・コック スーザン・ショウ アンドリュー・ラム
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