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墨鏡熊猫(グラサンパンダ)の見果てぬ夢。王家衛の映画論

 現在絶賛開催中の一代宗師祭り。とりあえず今月いっぱいは続けます。
興行収入が初登場4位だというのは意外な気もするけど、金曜から上映しているということを考えたら…(泣)。
 まあいいです。これからできる限り観ていきますよ。

 さて、今回は王家衛についての話。
いつものごとく長文爆発ゆえ、御用のある方や長文を読むのがウザい方のために先にアウトラインだけ言っておくと、

「もうすでに『恋する惑星』や『天使の涙』だけでウォン・カーウァイを語るのってダサいですから」

ってことです(爆)。
…ってそれ以前の話かもしれんな。今の若い「映画ファン(この場合はシネコンで映画を観る層じゃなくて、ミニシアターに足を突っ込んで世界の映画の面白さに目覚めたくらいの層)は王家衛の名前を知らんだろうからな。あと、今回は上記イメージ+シネフィルの評価だけで王家衛のアンチになってる方にも捧げます。ひ○○読者とか(笑)。

 

 王家衛は25年の監督キャリアを誇っているが、その間に11作(うちオムニバス短編1本、あとは07年の『それぞれのシネマ』で3分のショートフィルムも製作)しか作品を発表していない。

 いますぐ抱きしめたい(88)
 欲望の翼(90)
 恋する惑星(94)
 楽園の瑕(94/終極版:08)
 天使の涙(95)
 ブエノスアイレス(97)
 花様年華(00)
 2046(04)
 若き仕立屋の恋(『愛の神、エロス』の1篇/04)
 マイ・ブルーベリー・ナイツ(07)
 グランドマスター(13)

 作品数が少ないせいもあってか、実は意外にも全作品が日本公開されている。
彼と同じく文芸作品を多く手掛けるアン・ホイさんの作品は、97年の『スタントウーマン』から去年の桃姐まで実に15年間も日本公開がなかったので、それと比較すると高確率(100%だし)のすごさがよくわかる。
 しかも、一番最初に日本公開されたのはデビュー作の『いますぐ抱きしめたい』(91年公開)!実は当時そういう映画が公開されていたというのは、映画ファンになりたてだったワタシも知っていたのだが、こてこてのハリウッド映画好きだったので、気に留めなかったというのが真実だ。

 だけど、日本で彼の知名度が上がったのが、香港返還を2年後に控えた1995年に公開された『恋する惑星』と翌年公開の『天使の涙』であった(以下2作まとめて「重慶マンション2部作」と呼ぶ)。これはやっぱり、当時配給を手掛けたプレノンアッシュ(今年2月に倒産)の力が大きい。当時はバブル崩壊直後であっても、東京では渋谷系文化から派生したミニシアターブームが起こっていたので、プレノンは「タランティーノ絶賛」「無名の俳優2人を大フィーチャー」「香港を強調しない」という、従来の香港映画の枠にとらわれない宣伝を繰り広げて、見事にオサレ系若者をキャッチしていたことを記憶している。
 ま、そういう時代だったんですよね、90年代中盤は。バブルほどスノッブじゃなくて、音楽も映画も文学もとんがったものがカッコいいという時代。それに重慶マンション2部作はうまく乗っかれたので大ヒットを飛ばせたのだ。

 しかし、王家衛作品の代表作は本当に重慶マンション2部作だけなのか?
 プレノンは1991年に東京国際映画祭コンペ部門に出品された『Days of being wild』こと『欲望の翼』を買い付けて配給し、97年には『ブエノスアイレス』の製作にかかわっている。特に前者はプレノンでももっとも売りたかった作品であり、重慶マンション2部作公開時にリバイバル上映もしている。アルゼンチンでの苦難の撮影が語り草となっている後者も同様であろう。ちなみに両者とも、撮影時の苦労が多かったということはすでに伝説である。
 それであっても、多くの人々は「ウォン・カーウァイ」と聞くと未だに重慶マンション2部作の名前を出したり、金城武やフェイ・ウォンの再登板を願う。なぜだろう?確かに2部作も悪い作品ではないが、あれが全て王家衛の魅力だとは思えない。即興&短期間に撮られた面白さは認めるが、ワタシにとっては、長い撮影期間と俳優・スタッフとの幾つもの葛藤を経て作り出され、目の前に出された王家衛作品―それこそ、カタカナの「ウォン・カーウァイ」ではなく漢字で書いた方がしっくりくる作品群に魅力を感じるのだ。

 デビュー作の『いますぐ抱きしめたい』は、80年代末期の香港で繰り広げられる、チンピラのアンディと幼馴染のマギーの恋物語であったが、日本公開当時の資料をひっくり返すと、山口百恵と三浦友和の共演作のような雰囲気という表現をいくつか見つけた。ああなるほどと当時は思ったものだが、『欲望の翼』はそれとはっきり趣を異にしており、それ以降は『欲望』の影響が色濃く及ぼされる作品が続く。
 60年代以前の時代、アンディやレスリー、トニーやマギーを始め、學友さん、カリーナ、ブリジットなどの当時の香港スターたちが他の作品では決して見せなかったであろうアンニュイで官能的な熱演、ラテン音楽などの既製曲を効果的に使いながらPVのように撮影されて断片をセンス良くつなぎ合わせた構成。そんな装飾を施されて語られるのは、恋愛の喜び、すれ違い、そして失ってしまった愛への想い…。このテーマは武侠映画であっても、主人公がゲイになっても、某日本人アイドルの出演が決まっても繰り返され、その反復っぷりは王家衛が敬愛する村上春樹そのものじゃないかと思わせられるくらいのものであった。そのじれったさが好きな人もいれば、ウザいと思う人もいるだろうな。
 このテーマは重慶マンション2部作やブルベリにも引用されているし、描かれ方も悪くはないけど、やっぱり好みとしては、欲望やブエノス、そして花様年華の方がいいと思ってしまうし、先の3作品をもてはやす人々には後の作品も観てよって思ってしまうのだ。

 確かに重慶マンション2部作の登場は衝撃的だったし、あの路線のカーウァイ作品をまた観たいと願う人は多いんじゃないかと思う。だけど、彼はもうあの路線には戻らないような気がする。今や即興演出は珍しい技法じゃないし、彼の影響を受けた監督も登場している。例えば昨年公開された蜷川実花の『へルタースケルター』では、早回しや彼女お得意の色味の強いデコラティブな画面作りをしていたけど、ご本人が恋する惑星好きを公言しておられるので、観ている間にそれを思い出しつつも、いやーまだまだ王家衛やカメラマンのクリストファー・ドイルやリー・ピンビンの域には全然達してないぜニナミカよ、なーんてなった気して(カッコつけて)つぶやいていたっけ。タランティーノもフォロワーを呼びそうな監督で、日本マスコミがバカの一つ覚えのように「日本(○○)のタランティーノ」なんて枕詞を新人監督につけることに冷笑していたけど、フォロワーが生まれない個性を持つのが映画監督の強みであるし、今後もぶれないテーマ性をあらゆる舞台や技法やスタッフを使って(もちろん、衣裳・美術・編集のウィリアム・チャンとは強力なタッグを組んでいてほしい。彼の映画が映画たり得るのはウィリアムさんの力が大きいから)、だれにも真似されない(ただし香港の一部の監督はしょうがないので許す)唯一無二の映画を作ってほしいと思うのである。それがアンチに毎度のごとく罵倒され、詐欺すれすれの宣伝に引っかかった人々に失望されてもだ。

 そして、今回の『グランドマスター』で良くも悪くも王家衛という人に改めて注目した若い人には、是非、彼の過去の作品を観てほしい。シネフィルになりたい人も、映画を撮りたい人も、それ以外の人も。来月はシネマート六本木と心斎橋で日本初公開の『楽園の瑕終極版』を含めた作品が劇場公開される「王家衛フェスティバル」があるし、プロデュース作品も含めた数作品がDVD化される。映画には多様性がある。香港映画は決してジャッキー・チェンだけじゃないし、中国映画は人海戦術なアクションものばかりじゃない。映画を好きになるのなら、まずはジャンルや思い込みを捨て、多様な作品に触れることが大切だ。それを知るためにも、芸術と娯楽が両立している王家衛作品はいい見本だと思うのだ。
 そしてできればカタカナの「ウォン・カーウァイ」ではなく、漢字の「王家衛」で覚えてほしい。漢字を使う国の人間だからこそ、この名前で覚えた方が、なんとなく得をしている感じがするので(笑)。


王家衛作品を観たことがない人には、この2作を続けてみることが個人的におススメ。
さらに『欲望の翼』も観たら完璧。後は好きな順番で観てほしいわ。

 『グランドマスター』の中盤、宮寶森と葉問が思想を競った場面で印象深かったこんな台詞がある。
 「完璧でないから、進歩がある」
 これは葉問が言ったセリフだけど、王家衛作品に当てはまるなあと思った。作品的には完璧だといえなくても、自分の描きたいテーマをいかに描こうかと相当な準備を重ねて前進を試みる…あれ、ちょっと当てはまらない?
 まあいい。お馴染みの黒いグラサン(中国語では墨鏡というらしい)で目を隠すようになかなか本心を見せてくれない監督だけど、どんなに待たされても毎度作品は楽しみながら観ているし、次回はどんな手の内を見せるのかという楽しみもある。欲を言えば、そろそろ張震に長編で主役一本張らせてあげてもいい気がするが…。それは当分先かしらん。

 しかし、こうやってかなり上から目線で書いているけど、ワタシの初王家衛作品が、実は『恋する惑星』だった。学生時代に『悲情城市』を観て以来5年ぶりのスクリーン上でのトニーとの再会で、そこで改めて好きになっちゃったのよねー。それからは『天使の涙』『欲望の翼』『楽園の瑕』と観て、『ブエノスアイレス』と『花様年華』で実質上完墜ち(笑)。
 はー、自分も威張っているわりには結構平凡でしたね、すいませんねホント。

 そんなわけで次はトニーについて書きます。

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