気に食わない小娘が、実にいい女になって帰ってきた。章子怡飾宮二
我が初ツーイーは『グリーン・デスティニー』だった。その印象が強かったので、ツーイーはいつまで経っても小娘だったし、順番は逆に観たのだが、殿方に評判が高いという『初恋のきた道』にもどーしてものめりこめなかった。
特に張藝謀作品に顕著なのだが、ツーイーは小娘感がとにかく高い役ばかり振られ、それがどういうわけか高く評価される。『英雄』を例に取ればわかるのだが、全体を通したヒロインはマギー演じる飛雪であるのにも関わらず、物語の最初に持ってこられた劇場の赤のパートでの(あまりいい意味ではない)大活躍のせいで、主役であるリンチェイの次には、二番手のトニーでもなくてヒロインのマギーでもなく、彼女がクローズアップされるというなんとも複雑な状況に陥った。その後、ハリウッドにも進出してえらく活躍したわけなのだが、それでもやっぱり初見の小娘感が抜けきれなくて、どうも好きになれなかったんだよなあ。
だけど王家衛は違った。彼の撮るツーイーはなぜか他の映画より魅力的に見えた。
それは『2046』の時から薄々と感じていた。あの映画(そういえばあれも拡大公開&日本のトップアイドルの出演ということもあって、やっぱり宣伝ではミスリードがあったよな)で彼女が演じた白玲は、北京語をしゃべり肌寒い香港からの脱出を夢見るホステスで、トニー演じる自称作家の周慕雲とは体だけの関係を結ぶ、かなり蓮っ葉なビッチではあったけど、そういう役どころを振られながらも、これまでの出演作に感じていた小娘っぷりはみじんもなく、かつて張藝謀が彼女を起用した映画に漂っていた“らぶらぶ邪念”というものが全くなかったことに気付いた。そうか、王家衛は彼女に対して余計な邪念を抱いてないのだ、とその時は思ったし、翌年の金像奨で主演女優賞を受賞したのにも大いに納得した。
これが2005年の金像奨。ツーイーのドレスにはいつも感心しないのだが、これは個人的に好きだったりする。ドレスというよりセパレーツ?
そうであっても以降の彼女は相変わらず小娘だった。しかも以前にもまして小娘だった。あまりの小娘っぷりに、英語由来の「ツィイー」という表記を見るだけで「この小娘め!日本語表記も早いとこ中国語由来にしろ(八つ当たり)」というようになった。まあ、大陸出身の女優がいくらたくさん出てきても、ヴィッキーや周迅やジンレイではまだまだ一般に知られることはなかったもんな…。
そんなわけでツーイーが再び王家衛作品に参加し、しかも妻(ソン・ヘギョが演じると聞いた時も驚いたけど)ではなくて葉問と愛し合う女性武闘家の宮二こと宮若梅を演じる…と聞いたら、いくら前作での好演があっても、いろんな不安が起こるのは言うまでもないじゃないすか(笑)。そんなわけで2046でのことなんてすっかり忘れて、かなり身構えながら観てたんだよね、彼女のことを。まあ事前にあまり情報も入れず、キネ旬で葉問と宮二のラブストーリー的な含みを持たせた文章を見つけたらたちまちスルーしたくらいだからねえ。
そして挑んだグランドマスター1打目。…いやあ、いい役どころじゃないか宮二って!
まあファザコンで気が強くて女だてらに武術の継承者を目指していて、父が認めた葉問と拳を合わせて恋に落ちてしまったものの、父が兄弟子に殺されてしまったので恋や女の幸せよりも復讐を誓って戦い、内戦から逃れて香港に行って医院を開き、結局結婚もせず子供も作らず弟子も取らずに独り身のまま死んだと彼女の演じどころをネタバレ全開で書けば、宮二はなんだか不幸な女のように思えるけど、あの時代背景と武術家としての生き様を考えれば、決して彼女は不幸でもなんでもなかったんだよな。彼女もきっとそれをよく理解していて、中盤まではノーメイクと飾り気のない女性用の長衫(+ゴージャスなファー襟のコート)をまとい、抑えた演技と凛々しいアクションを決めていったのが好印象だった。
以前の感想にも書いたが、宮二と葉問の手合せの間に芽生えた感情を男性はセクシュアルなものとしてとらえ、あるいは王家衛作品の中でも恋する惑星好きが「その時、二人の距離は5センチ(単位はテキトー)、一瞬、二人は恋に落ちた」とか言って語ってもらっても、彼らの間には性的な欲情でも、理由のいらない一目ぼれでもなく、志を同じくする者の魂の交錯と結び合いが生じたとワタシは考えており、そんじょそこらのありきたりな恋愛に展開するわけはないだろうな、と思ったら、さすがに北派の継承者の娘らしい誇りを貫き、香港で再開した葉問にそっと思いを告げての退場というのがとても好ましかった。
twitterでフォロワーさんが言っていたのだが、葉問と宮二の間に芽生えたのは決して恋愛感情ではなく、ソウルメイトとしての結びつきではないかという説にワタシも強く共感する。同じ道を目指す者同士に芽生える絆というのは、これまでホモソーシャル的な展開のエンタメでは描かれてきたが、恐らく中国武術は男女の性差が能力に反映することは少ないので(そもそも詠春の発祥は女性の護身術からであり、始祖が女性であるということもあるし)、こういう方法で男女の恋愛を超える魂の結びつきを描けたというのは素晴らしいことではないか。
王家衛作品の永遠のテーマは「愛の喪失」であるが(ここで書いてます)、この作品では珍しくこれが強調されない。それはなぜかと考えたら、おそらく鍵はこれまでに書いた宮二の生き方にあるような気がする。愛ではなく武術に生き、葉問との出会いと交流を自らの糧とし、自らの使命を成し遂げてこの世を去った彼女は何も喪失していない。ただ、跡を継がなかったことで彼女が父親から伝授された六十四手や葉底蔵花などの技は喪失してしまったが。
そんなふうに考えると、ツーイーはホントにいい役をもらえて、そしていい面を見せてもらえてよかったねえと思うのだが、いくら出番が多いから、好演だったからといっても、この映画の主役は彼女ではなくて、あくまでもトニー演じる葉問であり、彼を中心とした武術家たちの彷徨を描いた作品なのだ。決してそれを忘れてはいけない。
というわけで、次はもう一つの武術・八極拳の使い手である一線天と、彼を演じた張震のことについて書きます。そろそろファーストランも終わりそうなので、なんとか今月中にアップしないとね。
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