捜査官X(2011/香港)
日本においてカンフー映画と言えば李小龍、あるいは成龍と答えるのが王道なのだろう。もっとも、通の人に言わせれば、李小龍はカンフーではなく、「李小龍」という類型(ジャンル)なのだ、と主張されそうだけど。
そういうカンフー映画の王道の一つとして、やっぱり押さえておかなければいけないのが、70年代のショウブラザーズ作品であり、張徹や陳烈品など、それらの中心となった監督の作品であるということを、ワタシは今中国語教室で購読している『香港類型電影論』で知った。いや、カンフー映画というより、やはりここは「武侠電影」といったほうがいいのかもしれない。
前作『ウォーロード』で、ショウブラザーズ作品の名作《刺馬》を再構築し、かつて『君さえいれば』2部作や『ラヴソング』などを作っていたころから大きく転換してしまったかに思えた(この件については別記事で書けるかな?)ピーター・チャンが、プロデューサーとして関わった『孫文の義士団』を経て世に放った『捜査官X』は、李小龍、成龍、リンチェイとともに、今や中華圏を代表するアクションスターとなったド兄さんと、今やピーターさんの作品に欠かせぬ俳優となった金城くんを対決させることで、これまでの武侠電影にリスペクトを捧げつつも、かなり変化球を投げてきた作品になった印象だ。
公式サイトとかぶった動画ですいません。カンヌ上映時に公開された予告はこちら。
1917年(民国6年、第1次大戦後)、雲南の山間の村。紙漉き職人の劉金喜(ド兄さん)は、妻のアユー(湯唯)と彼女の連れ子、そして二人の間にできた息子と共に平和な日々を過ごしていた。
ある日、街の両替商に二人組の強盗(ユー・カン&谷垣健治)が押し入るが、その場に居合わせた金喜が応戦し、二人を倒す。街の人たちは大喜びし、金喜は英雄として称えられる。
しかし、街の警察から派遣された風変わりな捜査官の徐百九(金城くん)は、強盗二人組の検死を行った際に不審な点をいくつも見つける。二人は確実に急所を狙って倒されており、偶然にしては不自然すぎる死であると。幾度にもわたる検死と現場検証で徐が導き出したのは、二人を倒した金喜は、相当な腕を持つ武術の達人であるということだった。そして徐は、金喜の正体をも暴こうとするが、彼が抱えていた秘密とその過去は、想像を絶するものだった…。
公開されてだいぶ経ってから観たこともあり、いろんな情報があれこれ入っていたのもあるのだけど、あえてそれを忘れて鑑賞。で、観終わった後に思ったのは、「うーん、これはなんか懐かしい。90年代初頭に流行ったサイコスリラーの香りがするなー」だった。「羊たちの沈黙」みたいなのね。凄惨な殺人現場、トラウマを抱えた捜査官、執念のプロファイリングと、事件に隠された壮絶な背景。そして全編に漂うただならぬ緊迫感…。いや別に、特に名を秘すあのお方(そのうち誰だかわかるとは思うが)がレクター博士みたいだというつもりは全然ないですよ。まあ、確かに怖かったけど。
このサイコスリラーな展開と、正体が明らかにされた後の金喜の怒涛のバトルが全く分離せず、むしろちゃんと共鳴し合っているのが見事。戦うにはちゃんとした理由が必要であって、この作品ではいったいどのように結びつけていくのだろうかと思ったら、ああなるほど「親子の愛憎(といっていいのだろうか?)」を隠し味にしてきたのだった。悪から生まれ落ちた者が自らの運命を断ち切り、善へとうまれ変わろうとするも、父なる巨悪がそれを許さずに執拗に追いかけてくるって感じ。ワタシの好きな石ノ森章太郎作品にこのようなテーマが多いので、受け入れるのは容易だった。
では、捜査官Xこと、徐の立場は?金喜の呪われた封印を解いてしまった、さらに罪深き者?
まあ、確かにこの映画では、彼の捜査への執念が、金喜と村人の平和な生活を結果的に恐怖のずんどこへ落とし込んでしまったので、とんでもない大迷惑野郎であることは確実だろう。なんせそのとんでもない大迷惑っぷりは序盤から飛ばしまくっており、思わず笑わずにはいられない場面もあったからね。まあ、その執念と、法のみによって犯罪を裁くというこだわりには、彼が過去に及ぼした大きな過ち(あのような事件に遭遇したら、徐じゃなくても充分にトラウマになる!)が裏にあり、それが彼の本性に大きな傷をつけてしまったわけであって…。だから、金喜への執着は、彼が自分を取り戻すために通らなければならない試練だったのかもしれないな。
試練といえばもちろん、クライマックスでの王羽さんとの対決も金喜には避けられないものであったから、金喜と徐の出会いは、決してお互い地獄に突き落としあうようなものではなくて、本来の自分を取り戻したり、自分が夢見た者へなるためには必然的なものだったのかな、なーんてやや妄想入り気味で結論を出してみたり。…いや、これ以上は妄想は走らせませんよ。たぶんワタシの他に誰かやってくれていると思うけど。
ド兄さんといえばやっぱりアクションではあるけど、今回はナルッぽさよりも二面性を前面に出してきた抑え目演技が印象的だった。いやもうアクションに関しては何も言うことはないから、あとは彼の何を観るかと言えば、どこまでナルっぽいのか、あるいはそれ以外のことをやってくるのかになるからね。そしてやっぱり演技でいいところを見せてくれたほうが、ワタシは嬉しいもの。
金城くんの個性が強すぎる捜査官というより、まさに中国の金田一的な様相は、わりと日本受けするんじゃないかなーと思う。…ま、続編が○○○○なのは残念なところだけどね。個人的には《月滿軒尼詩》以来になる湯唯ちゃんの抑え目な好演も印象的。少女っぽい面差しの間に時々見える成熟した色気は健在で嬉しい。
そして、王羽さん(ジミー・ウォングという表記はちょっと苦手なので)とクララ・ウェイ夫妻の凄まじさには、ただただ圧倒。特に王羽さんはもう出てきた時から怖すぎた。いかにも「今までたくさん人をこの拳でぶち殺してきましたよワタクシは」的なオーラが全身に漂っていた。香港でもばったり道端で会いたくないよー、えーん。
でも怖い怖いとか言いながらも、彼の代表作『片腕必殺剣』は観なきゃなーと思うのであった。これは中国語の授業でテキストを読んだから、なおさら必見な作品なんだけど、まだ探せないのよね。
そんなわけで、この映画はサイコスリラー的な味わいもあるけれども、それ以上に見事なまでに類型映画を全うしており、そこが大いに楽しめたのでした。
監督&製作:ピーター・チャン 脚本:オーブリー・ラム 撮影:ジェイク・ポロック&ライ・イウファイ 美術:ハイ・チョンマン 衣装:ドーラ・ン 音楽:チャン・クォンウィン&ピーター・カム
出演:ドニー・イェン 金城 武 タン・ウェイ ジャン・ウー リー・シャオラン ユー・カン 谷垣健治 クララ・ウェイ ジミー・ウォング
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