《跳出去》(2009/香港・中国)
田舎娘が都会に出てきて、持ち前のバイタリティを発揮しつつ都会人を翻弄し、恋や夢をかなえるために大奮闘。これは典型的なシンデレラストーリー。これがチャウ・シンチー(以下星仔)&スティーブン・フォン(以下ステ)という、ともに個性の強い俳優兼業監督が手掛けると、いったいどんな具合に仕上がるか?
主演俳優の不祥事(詳細は後述)により完成が遅れ、結局完成から公開に2年以上の歳月を費やした《跳出去》は、実にシンプル、でも二人のクリエーターの持つ個性がうまく融合した物語に仕上がっていた。
中国奥地のど田舎。そこで生まれて育ったヒロインの彩鳳(キティ)は、父親(ユエン・チョンヤン)からカンフーを仕込まれて育ったが、歌と踊りが大好きな女の子。ある日、村出身の実業家が、上海郊外で経営している裁縫工場の労働者を集めにやってきた。椅子取りゲームによる選抜に勝ち残り、上海に行けることになった彩鳳。だけど、せっかく手にした就業証明を戦いに敗れた親友の小雪(ヤオ・ウェンシュエ)に譲り、「アタシはただ単に都会に出たかっただけだから」などと言ってしまう。
さて、上海に出てきた彩鳳の心をつかんだのは、街中に大きく張られた国際ヒップホップダンスコンテストのポスター。そんな彼女は一人のサラリーマンに捕まり、ダンススクールへの入学を薦められるが、なんと彩鳳は手にした資金を全て小雪に預けてしまったので、「ちょっと待ってて」と男を置き去りにして、街中から1日近くかかる小雪たちの工場に行く。資金はあっても宿なし食なしの彼女は、小雪たちに匿ってもらってダンスへの道を目指すことにするが、厳格な工場の寮監に見つかってしまい、何のかの言いつつも裁縫工場で働けることになった。
いざダンススクールに行ったところ、受付嬢に清掃員のアルバイトと間違えられてしまった彩鳳。しかし機転を利かせて職をゲットし、掃除のするかたわらにレッスンを盗み見て学ぶことにする。こうして、お針子と清掃員のバイトをしながら、彼女は自己流のレッスンに励むのであった。
スクールの生徒や職員たちは彼女をバカにするが、ただ一人、その才能を見抜いた男がいた。それはスクールの経営者にしてダンスコンテストの主催者である若き経営者、朗(レオン・ジェイ・ウィリアムズ)。毎日のハードワークに追われ、ダンサーたちからは冷たくされて打ちひしがれる彩鳳の前に現れた朗は、彼女に学費免除と生活の援助を申し出る。ついに彩鳳は憧れのスクールで、トップクラスのチームに加わってレッスンを受けられることになる。そして朗は彩鳳を食事に誘い、二人は恋に落ちる。みるみるうちに磨かれ、ダンスも女子力もアップする彩鳳。ダンスコンテストにも出場が決定し、j彼女の目標は全世界チャンピオンである韓国チームとの対決となった。
しかし、朗と付き合ううちに、彼には常に複数の女性との浮名が絶えないことを知り、自分とはあらゆるところで価値観が違うと考え始めるようになった彩鳳は、恋人に不信感を抱くようになる。そして、その決定的な現場を目撃してしまった彼女は、上海から姿を消してしまう…!
物語としては先に述べたように、典型的なシンデレラストーリーなので、割と結末は読めてしまう。でも、この映画に関しては物語性は脇に置いておく。なぜなら、この映画の売りはベッタベタに破壊的な笑いとクールなアクション、そしてエモーショナルなカンフーの融合だからである。もしこの映画の日本公開が決まったならば、多分『少林ダンシング』とか『カンフーヒップホップ』なんて邦題になったんだろうな。
破壊的なギャグといえば、『少林サッカー』や『カンフーハッスル』を挙げるまでもなく、星仔作品の独壇場。特に少林以降の作品に観られるような、奇人変人大集合にして必ずヒロインにひと癖あるキャラを充てるというのは、ちゃーんとこの作品に継承されている。いわゆる正統派な美形キャラなんぞは一切登場しないし、むしろそれに逆行するような個性派な人々をヒロインの脇に揃える。このことに関して、以前星仔はインタビューで「自分のイケメンが引き立つからさ」などと大真面目に答えていたものだが、そもそもこの作品に星仔は出てないし(笑)。
今回の個性派な人々は、彩鳳を助ける裁縫工場の面々。画面だけ見ればもろに女工哀史なのに(こらこら)、かつて『ミラクル7号』で乱暴な小学生暴龍を演じた女優(!)演じる小雪を始めとして、おばちゃん顔女子ありどう見ても男子にしか見えない女子あり、タフでハードボイルドな寮監ありとみんないい味出している。日本だとバラエティ番組でいじられるタイプだろうし、実際皆さん捨て身でギャグ演技しているのだが、それが実に生き生きしている。
そしてヒロインもいろんな意味で、ただのかわい子ちゃんじゃない。過去の作品においても、少林サッカーでのヴィッキー・チャオは後ろ向きな性格ブスキャラで登場し、カンフーハッスルのホアン・シェンイーは主人公からとことんいじめられて、おまけにしゃべれない。ミラクル7号のヒロインなんて、すでに女性でもないわけだし(!)この作品でキティ・チャンが演じるヒロインも、確かにかわいい田舎娘ではあるのだが、これがまたギャハハハハとよく笑う。そして全くあか抜けず、唇の下の産毛(つまりヒゲ…照)もくっきり見えるほど野放図なルックスで登場する。そして田舎娘だから、上海のダンサーたちにはことごとくいじめられる。もちろん、凹んでもめげないのはお約束だから、悲壮感はないんだけどね。
そんなキャラをうまく生かすのが、『エンター・ザ・フェニックス』で香港ギャング映画+ゲイムービーの融合を試み、『ドラゴン・プロジェクト』で李小龍映画をファミリームービーで再現して、明るく楽しくノー天気な香港エンターテインメントを作ってきたステ監督。主演作も多いイケメン監督の彼は、カメラの後ろに回るとかなりしっかりと作品を作る。アクションもきちんと撮れるし、泣かせの場面も安心して見られる。カンフーはドラプロで経験済みだし、前作で見せてくれた「カンフー家族喧嘩」もセルフパロディとして見せてくれる。ついついギャグで走りすぎる星仔作品にちょっとブレーキをかけて、誰にも楽しめる作品にしてみましたよ、という出来かな。
ダンスがテーマなので、音楽も非常にバラエティに富んでいる。往年の中華歌謡からお馴染テレサ・テンの『月亮代表我的心』などの王道から、『ギャランツ』のM.C.Jinが手がける広東語ヒップホップナンバー(これがメインテーマ)までそろっている。なかでも冴えていたのが、そのナンバーに交じって中盤で流れるグロリア・ゲイナーの名曲『I will survive』。この曲ね。↓
これは映画『プリシラ』などでも使われたナンバーだけど、この曲に乗せて上海の街を楽しげに、軽やかに踊る彩鳳が印象的だった。
そしてギャグだが、いやーもう、説明しているだけできりがない(笑)。
あえて言うならば、星仔作品でお馴染のメンバーに加え、ステ監督の盟友である彦祖ことダニエル・ウーが自らのイメージをかなぐり捨てて笑いをとっているということのみ記しておきましょうか。
で、最後になってしまったのだが、改めて主演俳優の交代について。
この作品、最終的にキャスティングは非常に地味になってしまったわけだが(と言いきって申し訳ない)、実は新人のレオン・ジェイ・ウィリアムズが演じた朗には当初、エディソン・チャン(以下えぢ)が起用されていた。しかし作品が完成し、公開を待つばかりだった2008年春に、香港ばかりでなく全世界的に大騒ぎになった彼の「わいせつ写真流出事件」が発覚。この作品と同時期に撮っていた『スナイパー:』は撮り直しもせずに公開を延期したが、こちらはえぢの場面だけを撮り直すことになり、彼に雰囲気の似ているウィリアムズくんが起用されたとのこと。あの事件がなければ、また評価が違ったんだろうなあと思った次第。うーむ。
と、長くなりましたけどこのへんで。
なお、この記事はnancixさんの記事を参考にいたしました。我表示多謝。
英題:Jump
製作&原案:チャウ・シンチー 製作:ハン・サンピン 監督&脚本:スティーブン・フォン 音楽:レイモンド・ウォン アクション指導&出演:ユエン・チョンヤン
出演:キティ・チャン レオン・ジェイ・ウィリアムズ ヤオ・ウェンシュエ リー・ションチン フォン・ミンハン ダニエル・ウー ティン・カイマン(声の出演)
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