《月満軒尼詩》(2010/香港)
今から3年前、『色、戒(ラスト、コーション)』で実質上の映画初出演を飾った大陸出身の女優湯唯は、トニー演じる漢奸の役人に色仕掛けで迫り、激しい性愛に溺れるスパイという難役を演じきってワタシたちの目の前に現れた。日本映画界でも女優が滅多に脱がなくなってしまったが(しかし某しのぶちゃんや某カンノ嬢以外にちゃんと脱げて同性の共感も得られるような女優はおらんのか?)、中華圏でもそれ以上に女優が脱がないのだから、これほど衝撃的な銀幕デビューを飾った女優は今までいなかったのではないだろうか?映画はともかくとして(こらこら)、まさに体当たりの演技を見せた彼女には、ワタシも大いに感服した。
しかし、その勇敢さが中国の怒りを買い、大陸での芸能活動ができなくなってしまったのは、彼女にとって本当に理不尽だったと思う。でも、それがあったからこそ、香港で彼女の出演第2作と、役者としての幅広さを観ることができたのだから、かえってよかったのかもしれないね。
その出演第2作が《月満軒尼詩》。
名脚本家のアイヴィ・ホーさんの監督第2作にして、主演は久々の我らが學友さん。さらに『生きていく日々』での好演が記憶に新しいパウ・ヘイチンさんに、かなり久々の登場となる李sirことダニー・リー。強力なスタッフ&キャストが揃っている。もちろん、主題歌は學友さん♪
湾仔の小さな電器店に勤めているロイ(學友)は、未だに母親(パウ・ヘイチン)と同居している独身の41歳。父親(ローウェル・ロー)はすでに他界しているが、なぜか彼の夢枕に頻繁に立つ。オシャレに余念のない母は、仲良しのご近所さん(李sir)のことが気になってしょうがない。
結婚の意志が薄いロイを心配した母は、電器店の近くにある便器専門店で働き始めた愛蓮(湯唯)を彼に紹介する。“婚活”の場に登場した愛蓮は、垢抜けないメイクに時代遅れの服を着て現れるような、地味でオクテの20代。ともに近所で働いていることもあって、お互いが少し気になり始めた二人。
しかし、実はそれぞれ恋人がいた。ロイには、最近離婚したカメラマンの敏如(チョン・ホーイー)が、そして愛蓮には、暴力事件で服役中の旭(アンディ・オン)がいて…。
俳優には、ひとつの凝り固まったイメージを飽きることなく演じ続けてもらうよりも、さまざまな性格、さまざまな職業を持つキャラクターをたくさん演じてほしい。ましてや、その当人が役を演じている時には、その人が本当にそういう性格にしか見えないと感じさせられれば、満足することこの上ない。ワタシが実際に好きな俳優もそのタイプが多いので、以上のようなことを常に望んでいる。
この映画の湯唯には、そのような心意気が感じられる。前作での妖艶なイメージはすっかり拭い去られてしまい、長身で目立つのにどこか淋しそうにしている地味な女の子愛蓮は本当に別人のよう。案外、こっちの方が彼女の地に近いのかもしれないね。
アジアの“歌神”でありながら演技派俳優でもある學友さんは、そんな彼女をしっかりサポートしている感じで、自分の演技もこなしながら、彼女との絡み(もちろんベッドシーンなんかはないぞ)では彼女の演技をしっかり受けている。
彼が演じるロイは、結婚にはとことん後ろ向きなので、日本でもこういう男子いるよねえ、なんて思ってしまう。精神的にみれば、彼を「草食系男子」と言い切ってしまっていいだろう。パワフルな母親と死んでもなお強力な影響を及ぼしている父親がいれば、ヨワヨワになってしまうのもわからないでもない?おまけに好きだった女性が離婚してシングルになったとしても、煮え切らない気持ちを抱えている。こんな男子は、日本だけじゃなく香港にもいるもんだねえ。
もちろん、脇役も手抜かりはなし。派手好きで賑やかなお母さんを演じたヘイチンさん。そして、かなり久々な登場で、いい具合に油が抜けて庶民的なおっちゃんになっていた李sir。いずれも前作&これまでのイメージがいい意味で覆され、観ていてとっても楽しかった。
そして、この映画のもうひとつの主役は、なんといっても湾仔。電影節のパンフレットには「湾仔はニューヨークのロウワー・イーストサイドのようだ」と記されていたが、以前も書いたように、湾岸から山間部に向かうまでに次々と変化する街としての面白さと、下町風情と人々の人情が今も色濃く残っていることもまた、このロマンティックコメディに花を添えてくれたのかもしれない。
劇場公開が難しくとも、tiffでの上映は激しく希望。「40代草食男子と20代地味女子の婚活を暖かく描くヒューマンラブコメディ」という紹介でもいいから、是非とも日本で観られることを願いたい。
英題:Crossing Hennessy
監督&脚本:アイヴィ・ホー 撮影:プーン・ハンサン 美術:マン・リムチョン
出演:ジャッキー・チョン タン・ウェイ パウ・ヘイチン ダニー・リー アンディ・オン マギー・チョン・ホーイー ローウェル・ロー
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