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《野・良犬》(2007/香港)

  今週からしばらく夜が暇になるので(劇場で観たい映画もないしね)、久々に“香港電影天堂”を再開。うう、これも地元映画館で『放・逐』をやってくれないからよー、と八つ当たり失礼。
 再開1本目は、最近やたらと曲を聴いていることもあって、イーソンの《野・良犬》に決定。
 ご存じの人も多いように、この映画は4年前から始まったアジア海洋映画祭イン幕張のコンペで2年前の大賞に選ばれた作品。で、昨年があの《海角七号》なのは説明不要よね。

 小学5年生の林志宏(文俊輝)は生まれた時から心を閉ざし、誰とも話すことがなかった。父親はおらず、祖母と母親(ロレッタ・リー!)と3人で暮らしていた。ある日、母は「パパは空飛ぶ熊を探して旅をしているの。この造花が咲いたら、パパは帰ってくるのよ」と言って、屋上から身を投げる。
 陳満堆(イーソン)は手先が器用だが、友達がいない孤独な少年期を送っていた。その腕前をヤクザの叉(とっつぁん)に認められ、彼は黒社会の一員となる。
 成長した堆に叉はあることを命じる。15年前に尖沙咀のボスを殺してタイに逃走していた鈕喬澤(ジョージさん)が香港に戻ってきた。叉たちは彼の命を狙っているが、実は鈕には小学生の子供がいるが、その名前がわからない。その子供を誘拐するために小学校に用務員として潜入しろと。堆は小学校に赴任するが、そこで遊戯王カードをいじめっ子に取り上げられた志宏と出会う。夜中、堆が職員室をあさっているときに、再び志宏と出会う。彼はとっさに「自分は重要任務を帯びてやってきた潜入捜査官だ。捜査に協力してくれるか?」と言う。
 同じころ、志宏のクラスに北京語の代用教員として張先生(林苑)がやってくる。水道管の破裂で漏電したスイッチに触れて感電した先生を、志宏と堆は助ける。こうして、3人は親しくなる。
 ある日、学校で野外教室が行われる。森で用を足しているうちに志宏は足を滑らせて穴に落ちてしまう。助けてくれたのは引率でついてきてくれた堆と張先生だったが、3人は置いてきぼりにされてしまう。堆が火をおこして3人は野宿する。一夜あけると志宏が発熱しており、病院に連れて行くが、そこで迎えにきた祖母が持ってきた身分証から、志宏が鈕の息子であることが明らかになる。さらに鈕が志宏の前に現われてしまい、志宏と友情を築いた堆は任務と友情の間で苦悩する。
 さらに、クリスマスに学校を辞めるという、張先生にもなにか裏の事情があるようで…。

 傷つきやすい小さなもの、か弱きものは守らねばならない。それは、黒社会のゴタゴタの中にあっても同じである。
 切ったはったで倶利伽羅紋々状態な修羅場が展開される香港黒社会映画に、子供が出てくることはまれである。だいたいが登場人物の家族の一員として出てくるが、扱いは非常にぞんざいである。ひどい時には平気で殺される(黒社会2部作では確かそうだった)。人権団体から文句はこないのかって思えるくらいの扱いだ。
 だけど、この映画は黒社会映画でありながら、子供について描いている。それも、孤独な少年期を送ってきた「もと子供」と今の子供が主人公だ。

 生まれたばかりの頃、妖精と遊んだことを忘れたくなくて、自ら人に対して心を閉ざしたという志宏。彼は貧しい中でも、祖母や母親の愛に囲まれて育ってきたが、そうであっても誰にも心を開こうとしなかった。生まれつき手先が器用なのに、周りから明らかに浮いていたのでいじめられていた堆。彼を認めたのは、やはりはみ出し者だった古惑仔の叉だったのは、必然的だったのだろう。
 そんなはみ出し者の二人が出会い、友情を深めることで、二人は人間性を取り戻していく。一見ありがちな展開ではあるものの、いつも淋しそうなイーソンと、大きな目が印象的な志宏役の文俊輝くんの好演が光っているので、ある程度先が読めるベタな展開は気にならなかった(俊輝くんはカンヌで最年少影帝に輝いた某少年俳優に雰囲気が似ている。彼も10年前はこんな感じだった?)。
 あ、それでも、張先生の正体には驚かされた。なんとなく現在公開中の某アニメ映画の某ヒロインを彷彿とさせる謎めいた感じがあった彼女だけど、実は…でしたってのは唐突?もちろん、そこに至るまでの展開の中にも、それを暗示させる動きや台詞があったから、そこである程度の予想は出来たのだろうけど。

 この作品でデビューし、今年《青苔》で金像奨の最優秀新人監督賞を受賞したデレク・クォック監督はウィルソン・イップ監督のお弟子だそうだ。なるほど、そう言われれば、任務で民間人の生活に入り込んだ特殊な人間が、市井の人々との交流を経て変わっていく、という展開は、ウィルソン監督の初期の代表作『OVER SUMMER』にどこかよく似ている。もちろん、現場も長い人だろう。画面には常に曇り空を映しこみ、光を減らして撮った夜のシーンの暗さも印象的で、秋から冬の物語であるのに関わらず暑さが伝わりそうな画面レイアウト力などはとても新人監督とは思えなかった。
 彼をバックアップするスタッフ&キャストも豪華。相当期待されている人みたい。今後の活躍に期待。

 クライマックスには銃撃戦があり、人もどんどん死んでいくけど、それでもやはりこれは子供を描いた映画。ⅡA指定にせざるをえないのはわかるけど、これがドイツの子供映画祭で最高賞を獲ったというのも、観ていて納得。《父子》のように虐待されながらも父を慕ってやまない子の悲劇にも意義はあるけど、異年齢間で友情を温めて成長していく少年を描く、このような映画もまた大切だ。

英題:The Pye-dog
監督:デレク・クォック 製作:エリック・ツァン 撮影:オー・ジンプイ 音楽:テディ・ロビン
出演:イーソン・チャン エリック・ツァン ジア・リン ウェン・ジュンホイ ロレッタ・リー ジョージ・ラム

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