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『レスリー・チャンの香港』松岡 環

 職場で取っている各新聞に、少し前に日本版『覇王別姫』の批評が掲載されていた。
それを読み比べて思ったのは、原作となった映画の重さ、そしてやはりレスリーが不在であることで、どうしても見る目が厳しくなってしまうのだろうか、ということであった。

 この記事は、『寵愛』を聴きながら書いている。
iPodにもレスリーのアルバムが増えてきているし、なぜかこの春はこれまでよりも彼の歌が聴きたくなってしょうがないのである。

 確かに、一時期は彼の歌が全然聴けなかった。特にレスリーが一番好きってわけじゃなかった。でも、彼がいなくなったことはかなりの打撃だった、ということは今までもこの季節になれば繰り返し言ってきたことである。

 もともとはインド映画がお好みで、『アジア・映画の都』の著者としても知られる松岡さんは、70~80年代はインドに行くついでに香港によってそこでよくインド映画の資料を集めていたという。そこで香港映画と香港ポップスの洗礼を浴び、『誰かがあなたを愛してる』のついでに観た『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』でレスリー落ちした(って失礼な書き方で申し訳ありません)という。つまり筋金入りのレスリー迷である。そんな松岡さんが香港の20世紀後半から現代に至る香港芸能史と、その中で生きたレスリーの生涯を重ね合わせて書いたこの本。

 まず、「はじめに」で書かれた「時代が彼を殺した」の一文に衝撃を受ける。
確かに、あのころの香港はSARS渦以前に、映画も(『無間道』の大ヒットは別として)芸能界も元気がなかった。'02年のクリスマスに渡港したとき、知り合った在港カナダ人女性に「香港映画が好きなの?今の香港映画は面白くないじゃないの、くだらなくて」といわれて内心凹んだこともあったが、それでもいつかは元気を取り戻してくれると思っていたからだ。しかし、それからしばらくして香港でSARSが大流行し、その騒ぎにまぎれる形で、5年前の今夜、ワタシはネットでレスリーがこの世から去ったことを知ったのだ。そんなことを思えば、「時代に殺された」と言いたくなるのもわかるのだが、それは当たっているような気もすれば、どこか違うような気もする…。これについては、うまく言えないのだが。

 香港エンタメ&香港好きを10年以上やってきている私だが、どうもかの都市が背負う歴史的背景や、香港芸能の変遷については疎いところがあった。←それは単なる勉強不足である。だから、前半で60年代香港の時代背景から始まり、本当の意味での“香港芸能”が確立していく80年代までを丁寧に紹介されてくれたのは嬉しかった。香港でも台湾でも、90年代初頭までは日本語のカバー曲が多かったので、学生時代にはよくそれをネタにして盛り上がっていたのだが(特に北京語の台湾ポップス)、カバーだけじゃなくて実際に日本人ミュージシャンが香港の歌手に曲を書き下ろしていたとここで初めて知った。どうりでレスリーの80年代の曲を聴くと、カバー曲じゃなくてもどこかに80年代日本ポップス(それもまだJ-POPなどと呼ばれないころの曲たちだ)の香りがあると感じるわけだ。

 そして、レスリーがアイドル歌手だったころについて語るときに欠かせないのが、当時トップアイドルだったダニー・チャン(陳百強)のこと。実際、歌手としてはレスリーよりダニーのほうがいい、と言い切った人が身近にいたような気がしたし(たぶん学生時代のことだ)、元レスリーファンの知人から『青春の光と影(失業生)』を借りて観た時は、ああ、これは確かにレスリーが出ていてもダニーの映画だな、と感じたわけであって、そういうところから80年代半ばのレスリーの立ち位置を理解したものだった。同じ時期に『衝撃・21』も観たけど、あれもまた…(中略)な映画だったよな。しかし、それを観た当時は、ダニーがすでにこの世におらず、彼もまた衝撃的な最期を迎えていたということも知らなかった…。

 一度引退してからふたたび復帰した後の活躍はもちろんよく知っている。そして、97年以降の香港の変化と、レスリーがチャレンジしようとしていたことも。しかし、大陸の影響や日本でも旋風を巻き起こした○○が直接・間接的に影響したのかどうか知らないが、香港映画は活気を失い、彼の夢の実現も遠ざかる。そして…と考えると、非常に切ないのである。ああいう状態ならば、鬱にならないほうがおかしい。
 遅かれ早かれ、人はいつかこの世から去ってしまう。レスリーもたとえ今生きていたとしても、いつかは命尽きただろう。その命の尽きる時期が、あまりにも早かったのはやっぱり惜しいとしかいえないのだ。だから、ワタシは彼の分まで精一杯生きたいし、これから香港映画や芸能がどういう方面に動いていくかも見守りたい。そんなふうに思ってしまいながら、この本を読み終えたのである。 

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