ラスト、コーション(2007/アメリカ・台湾・香港・中国)
もし、王佳芝(湯唯)と易先生(トニー)が違うとき、違う場所、違う立場で出会っていたとしても、二人はきっと愛し合っていただろう。だけどこの映画で語られたような形の愛にはならなかったと思う。
『ラスト、コーション』を観終わって、まずそんなことを考えた。そして、この映画で最も重要なのは、広く喧伝されてしまっているセックスなんかではなく、時代によって気持ちが引き裂かれてしまった人間の悲劇こそが主題であるとも考えた。
毎度トニー主演作品を観るたび、どうもうまく感想をまとめ切れなくて、何度も何度も長い感想を書いてしまうのだが、今回は特にまとめるのに苦労している。毎回メインの感想を書いてからあれこれ書いているが、今回のメイン感想は“時代”をキーワードにしてまとめてみたい。なお、あらすじも省略。
純愛など信じなくなってしまった大人であるワタシにとって、この映画は決して恋愛映画なんかじゃない。官能映画なんてもちろん論外。なぜなら、この映画では恋愛が時代の流れによって潰えてしまうし、その時代が人間を不信に追いやるからだ。さらに、時代は一人の女性をドラマティックに変身させ、破滅に追い込んでいく。李安監督が朝日新聞のインタビューで「ファム・ファタル(運命の女性)の引き裂かれた情欲を通して、ゆがんだ時代と人間像を映した」と語っていたのに、映画を観て大いに納得した。
映画の前半、広州から疎開して香港大学で学ぶ嶺南大学の学生佳芝が、親友を通じて裕民(王力宏)と出会い、まるで学生演劇の延長のように抗日運動に身を投じていくわけだが、彼らを動かすのは純粋な正義感であり、それを象徴するのは熱血漢のリーダー裕民である。しかし、正義と熱血だけでは漢奸を倒すどころか、世界すら変えられない。香港で易先生の暗殺に失敗し、成り行きで易のボディーガード曹(銭嘉楽)を殺してしまった裕民は後戻りができなくなってしまったわけだが、さらに不幸なことに、その情熱が抗日運動を仕切る呉に利用されてしまい(と思っている)、手を汚しても正義で世界を変えられるという気持ちがより強くなっていく。裕民は佳芝に密かな思いを寄せているのにもかかわらず、恋愛よりも正義を重んじたために、彼女を救えなかった。彼らの若さも純粋な正義もまた、時代のもとで空しく潰えて、闇に葬られていく。
しかし、佳芝は自ら前線に立ち、自分の役割を演じていく中で、正義も熱血も超えて、時代の狂気を身体で感じていく。それが彼女を成長させ、易先生を捕らえて絡めとるまでにいたる。初体験以上の屈辱だったレイプにも耐え、濃密に身体をあわせるようになっても、彼女は自分の任務を忘れない、はずだった。それが狂ったのはどこからだったのだろうか。そして、佳芝が易先生に愛を感じた一瞬が命取りとなり、彼女もまた時代に飲み込まれ、命を途絶えさせるのだ。
しかし、もし彼女が生き延びても、このまま易先生と結ばれて幸せになれたのだろうか?いや、それは絶対ない。この物語はフィクションだが、歴史上では日本の敗戦で第二次大戦が終わる。そうなると、日本軍に協力して抗日分子を捕らえていた易先生は間違いなく処刑される。どちらにしてもこの愛は不幸な結末にしか終わらないのだ。だからこそ、この愛を狂わせたのは時代なのである、と確信した次第だ。
なお、鑑賞前に当然心配したのはいうまでもなくセックスシーンである。観る前までは、「セックスなんて関係ない、セックスなんて関係ない、セックスなんて…(以下エンドレス)」と心の中で呪文のように唱えていた。
結論から言えば、たいしたことはなかった。必要以上に喧伝するものじゃないものだった。確かに二人は全裸でくんずほつれずし、佳芝は適度なサイズの乳房を晒し、易先生は攻めまくっていたが、彼が無表情に(つまらなさそうに?)セックスしていて、それにエロスは感じなかった。それはワタシが女性だからもちろんそう感じたのだろうが、快楽の表情はあっても、あくまでもセックスは相手の出方を見るための手段であって、決して愛の行為ではない、むしろ戦いであるというのがわかった。
だから、セックスシーンがたいしたことないと思っても、決していらないわけではないのである。しかし、確かに性行為場面における性器や陰毛の描写が日本ではタブーとはいえ、あんなに大きなボカシはいらない。明るい場面でセックスしていた場面が多かったから、むしろ明暗調節で画面を暗くした方がベストだったんじゃないか(確か『ベティ・ブルー インテグラル』がその形でセックスシーンを修整していた記憶がある)あれのせいで、この映画がかえってポルノに貶められてしまったのではないだろうか。
無修正を希望するなんて野暮なことは言わないが、DVD発売時にはぜひ別の形の修整をしてほしい。
セックスシーンが大したことないとはいえども、それじゃあオマエはこの映画にエロティシズムを感じなかったのかと問われれば、もちろん否である。全裸で相見える場面より、服を着て佇んでいる場面のほうが官能的だ。
例えば、原作通り、麥夫人として易先生宅に潜り込んでマージャンする佳芝に、帰宅した易先生が投げかける視線と彼女が返すそれで、二人の関係をほのめかせる場面。香港で易先生を玄関まで招く佳芝と、彼の立ち姿。無言で椅子に座る易先生。暗殺への突破口が見えた中、佳芝が裕民と呉に彼の恐ろしさと自分の味わってきたことを吐露する場面。そして、日本式の料亭にて、畳に座る易先生が彼女を膝に抱く場面…。それらこそが、この映画を官能的に仕上げている要素ではないだろうか。
そして、その官能を作り上げるのも、そして打ち砕くのも、あの1940年代上海に漂った時代の狂気である。
だから、ワタシはこの映画を恋愛官能映画であるとともに、時代の狂気を感じさせる世界の映画であると感じたのだ。
とりあえず、最初の感想はここまで。キャラクターの見どころや関連することなどはまた後日別記事にて。
昨日観た時、水分補給過多気味で鑑賞に臨んだのだが、鑑賞後の身体は乾ききり、疲労感が漂っていた。もし充分な気力がなかったら、ワタシはこの映画にノックアウトされてしまうと思い、今日は観に行かなかった。でも、上映期間中はできるだけ観に行きたい。
原題:色、戒
監督&製作:アン・リー 製作:ビル・コン ジェイムズ・シェイマス 原作:アイリーン・チャン 脚本:ワン・ホイリン&ジェイムズ・シェイマス 撮影:ロドリゴ・プリエト 音楽:アレクサンドラ・デスプラ
出演:トニー・レオン タン・ウェイ ワン・リーホン ジョアン・チェン トゥオ・ツォンホワ チェン・カーロッ クー・ユールン
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