父子(2006/香港)
ファーストシーンをもとにしたポスター。映画を観終わったあとにこれを見ると、胸がいっぱいになる…。
パトリック・タムという名前は、10年来の香港電影迷にとってもはや伝説のようなものだった。若きエリック兄貴を主演に東京でロケをしたという(確かそう聞いた。実は未見)『最後勝利』や、トニー&ジョイ&阿Bが繰り広げるドラマティックな『風にバラは散った』など、人気のある作品も多い。しかし、『風にバラは…』以降、タムさんはメガホンを取らなくなり、彼の弟子筋に当たる王家衛作品や、ジョニー親分の『黒社会』などの編集を手がける傍ら、マレーシアなどの映画学校で後進を育てていたという。
それを知ったとき、「もしかしてタムさんはもう二度と監督に復帰しないのかも…」などと思っていたのだが、昨年の東京国際映画祭アジアの風にて上映され、最優秀アジア映画祭及び芸術貢献賞を受賞した。それを始めとして台湾の金馬奨ではアーロンに主演男優賞をもたらし、金像奨では作品賞・監督賞・脚本賞・助演男優賞&新人俳優賞(ン・キントー)と5部門を受賞。今回は堂々の凱旋上映だけど、それなら一般上映で観たかった…って贅沢かしら。
舞台はマレーシアの川沿いの集落。マレーシア華僑で小学生の楽園(ン・キントー)は料理人の父(アーロン)と母(チャーリー)の二人暮らしだが、ある日楽園は母が家を出て行こうとする姿を見て衝撃を受ける。実は父と母は正式に結婚しておらず、母には結婚を約束した相手が別にいたのだ。母が苦しんでいることを知った父は、ギャンブルに溺れて借金まみれの自分が家にいないせいだと思い、給料日に楽園と母をクルーズに誘うが、母は腹痛で同行を拒否する。仕方なく2人でクルーズに出かけるが、帰宅するとすでに母は家を出た後だった。借金取りに追われ、父は料理店をクビにされる。親子の生活はますます困窮を極め、楽園は学校に通えなくなる。
借金取りから逃れるために、2人は家を出て街の安ホテルに身を潜める。一度は再就職を決意した父だが、ホテルの隣室に住む女性(ケリー)に心を奪われ、仕事をせずに肉欲に溺れる毎日を過ごす。堕落した生活に耐えられなくなった楽園は、再婚した母に助けを求めてジョホールバルまで行くが、新たな命を宿して幸せそうにしている母の姿を見て、ここに自分の居場所はないと悟る。
父の元に帰った楽園だが、父は彼に盗みを働くように強いる。もとの家の近くに住む幼馴染の家や裕福そうな家に忍び込んで盗みを働いては、その日限りの生活をするまで堕ちていく2人だったが…。
湿気を含んだようなマレーシアの郊外の色合い。香港やマカオ、そして中国大陸とも違う風景が印象的。川はゆるやかに流れ、夕日は空を赤紫色に染める。その風景はまるで何度も立ち直ろうとしてもどうしても堕ちてしまう父と、家庭の崩壊で悲しみに押しつぶされそうな息子の心を代弁しているようだ。リー・ピンビンのカメラとタムさんの編集がこの映画の全体的なトーンを見事に作り上げている。さすがだ。
しかし、映画としてはこれほどになく完璧なのに、物語があまりにも辛く、重苦しい。暴力的で傲慢、金と女にだらしないDVな父親と、両親が一緒にいることだけをただ望む息子(“楽園”という名前にはちょっと皮肉がこもっているのか?)がどんどん転落していく姿は観ていて心が痛い。母や自分に手をあげ、自分に盗みを強要する父親ははっきりいって父親失格だ。息子は追い詰められるまで父親に従うが、ついには自分を見捨てて逃げられたことで感情を爆発させる。しかし、そんなダメ親父を息子は捨てられない。あれから十数年が経って故郷に戻ってきた息子は、伝え聞いたことからついつい父の姿を追おうとするのだ。どんなにひどい関係でも親子関係は不変であり、ひどい仕打ちをされても子供は父を簡単に捨てられない、というのが、タムさんがこの映画にこめたメッセージなのだろうか。辛くて痛い映画なのに、いろんなことを思い返しては考えこんでしまう。
『ディバージェンス』でのエキセントリックさをひきずりつつ、荒々しさが前面に出た役柄を演じたアーロン。かつてのアイドルぶりが嘘のように消えている。もともと彼は10年くらい前から、映画ではワイルドな役どころが多かったので(あるいはちょっとチャランポランな風来坊など)、その延長線上で演じたのかもしれないけど、なんかくどいを通り越して怖いの域まで行った気が…。もっともジョニー親分映画の常連の域まで行かないのは、40越えてもまだ若々しくハンサムなあのルックスのせいか。もっともルックスを差し引いても、日焼けで真っ黒で筋骨隆々なああいうオヤジさんは実際にいそうだ。あと、ラブシーンも濃かったなぁ(照)。女優の“三点”はしっかり隠すというお約束をしっかり守りつつ、うおーアーロンったら、服の下から直に胸をつかんでるよ!とちょっと驚く。
そして、それ以上に素晴らしかったのは息子のン・キントーくん。噂通りの好演だよ。黒目がちの瞳で親をじっと見つめるその姿、父親のひどい仕打ちに耐える姿、とにかくけなげだ。助演男優&新人賞は大いに納得。今後が楽しみであるけど…もしかしたらなかなか出てきてくれないのかもしれない。
タムさんが監督から一線を退いていたこの17年間、香港映画界は大いに揺れ動いた。彼も編集などで現場には関わっていたとはいえ、返還を挟んで状況がどんどん変化する映画界の不安定さに自分がどう対処するか、本人もきっと不安だったに違いない。そんなこともあって、マレーシアで後進を育てていたのだろう。そして時は過ぎ、マレーシアでも自国製の映画が評判を得るようになり(観る機会がないのが悔しいんだけど)、香港映画も返還10年を前にしてある程度の道ができたと判断したのか、ようやく監督に取りかかれたのだろう。なにはともあれ、「お帰りなさい、タムさん」と言ってあげたい。そして、願わくば監督には、これからも心に染みる映画を香港やマレーシアで作っていってほしい。
英題:After This Our Exile
監督&脚本&編集&美術&音楽:パトリック・タム 製作:エリック・ツァン 撮影:リー・ピンビン
出演:アーロン・クォック ン・キントー(ゴウ・イアン・イスカンダール) チャーリー・ヤン ケリー・リン ヴァレン・シュー チン・ハイルー
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コメント
もとはしさんこんにちは。いつも楽しく拝見しておりますが初めて書き込みさせていただきました。東京国際映画祭で「父子」見ました。勝手に感動的な父子の物語と勘違いしていたので、アーロンはいつになったらいいお父さんになるの?って思いながら観ていましたのでこういうストーリー展開に衝撃&怒りでした。私もちょうどおんなじくらいの子供がいるのでなんかだぶっちゃってやるせないかんじでした。私は監督さんについて詳しく知らないのでおはずかしいですが、ティーチインがもしあったなら何を伝えたいのか聞いてみたい作品でした。子供を育てる親としてとってもかんがえさせられました。もう一度じっくり観てみたいな~!
投稿: いかぴー | 2007.11.06 22:13
いかぴーさま、初めまして。
昨年のアジアの風でこの作品が上映されたときにはティーチインがあったはずです。以下のリンクを見つけましたので、ご参考にどうぞ。
http://www.news.janjan.jp/culture/0610/0610260517/1.php
この映画、お子さんを持っている方にはきついでしょう。一緒に観た方でも、お子さんのいる方は「あのお父さんは許せないよー」と怒っていました。ワタシには子供がいませんけど、やはりそれでも非常に考えさせる映画だと思いました。
投稿: もとはし | 2007.11.06 23:18
ありがとうございます。去年のティーチインの様子みてみてよくわかりました。リアル(なのかありがちなのか?)なストーリーにはネタ元があったのですね。チャーリーヤンの「結婚する相手はよくよく選ばないと」とはうなずけました。親子の関係は切れないというが、安易に子供を産んでもいけないのかな~とも思ったりして。
でもお国の事情もそれぞれ違いますから一概には言えませんけど。
でもこんなに心の中に深く残る作品を作られるのはさすが名監督なのですね。「風はバラに散った」は前にみたことあったのですがそれ以来のメガホンだったとは驚きです。日本版DVDは発売されないですよね・・・
投稿: いかぴー | 2007.11.07 15:42
『父子』は昨日大阪アジアン映画祭で上映されたようですね。なんとか日本版DVDが出てくれるといいですよね。
『風にバラは散った』も久々に観たくなりました。『最後勝利』も観たいなぁ。
投稿: もとはし | 2007.11.07 21:46