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傷だらけの男たち(2006/香港)

 ミステリーの基本は次のような流れだ。ある事件が起こり、最後には犯人が突き止められる。しかし優れたミステリーに必要なことは犯人がわかるという結果ではなく、なぜ彼がその罪を犯すことになったのかという原因がしっかり描かれているかどうかだ。それが明らかになり、事件に隠された意外な事実を知ることで、ワタシたちは彼らの負った傷に共感させられる。現実に起こる悲しい事件で犯人に対してそんな思いを抱くことは決してなくても、フィクションでならそのような感情移入は充分に可能だ。だからこの世にミステリーは必要なんだと考えることがある。
 アンドリュー・ラウ&アラン・マックのコンビは、多分香港映画に本格的にミステリーを持ち込んで成功したコンビだと思う。それは『無間道』三部作の成功、そしてハリウッドリメイク『ディパーテッド』のオスカー受賞で証明されているから間違いない。その後の香港映画界に潜入捜査官ものと非常に凝った(凝りすぎた?)構成の映画が見られるようになった気がするのもその影響があるからなのかもしれない。個人的に国内外のミステリー小説を多く読んできた身としては、ハリウッド以上に内容の濃いミステリー映画が香港で生まれたことを嬉しく思う。しかも原作ものではなく、完全オリジナル脚本で。リメイクばかりのハリウッドと、マンガやドラマが原作ばかりの最近の日本メジャーはこの姿勢を見習うべきだ。
 そんな思いを抱きながら、アンドリュー&アランの監督コンビ、脚本のフェリックス・チョン、そしてトニーが再び集った『傷だらけの男たち』に臨んだ次第である。

 2003年のクリスマス。刑事の劉正熙(トニー)と丘建邦(金城)はソーホーで発生した連続強姦殺人事件の犯人、黎を逮捕した。現場に踏み込み、乱暴された女性の姿を目にした正熙は黎を激しく殴りつける。一方、事件を終えて恋人のレイチェルの待つ家に戻った建邦は、両腕に深い傷をつけて横たわる彼女の姿に茫然とする。レイチェルに自殺された建邦は警察を辞め、無免許で私立探偵を始めて酒に溺れていた。
 3年後、正熙は警察幹部まで上り詰め、富豪の周氏(岳華)の娘でフォトジャーナリストの淑珍(ジンレイ)と結婚していた。建邦とは卓球仲間であり、親しく付き合っていた。ある日、淑珍は父親と執事の文(ヴィンセント・ワン)と正熙に紹介する。長い間父親と別れて暮らしたこともあり、淑珍は父親が苦手だった。
 しかし、それから間もなく周氏と文が惨殺される。彼らを殺し、大金を奪った犯人の黄明と陳偉強は死体で発見される。その事件にはあまりにも謎が多すぎた。不審に思った淑珍は建邦に捜査を依頼する。正熙と捜査担当の崔(チャッピー)の協力を得て、建邦は周氏と文のことを調べていく。しかし、淑珍は何者かに狙われ、アパートメントが襲撃される。事件と関連はあるのか…。
 建邦はガールフレンドの細鳳(すーちー)と共に、周氏の出身地マカオへ向かう。そして、殺人犯の陳偉強の家族が25年前に周氏と文によって惨殺されていたことを知る。事件は陳偉強の復讐だったのだ。しかし、その陰には意外な真実が隠されていた…。

“犯人”は序盤から提示されるので、観客である我々は、最初でも書いたように、なぜ彼が罪を犯すに至ったのか、彼に隠された秘密が何かということを探偵役 と一緒に探っていくことになる。それがこの映画の楽しみであるが、これがもし小説だったら、どんなふうに展開するのだろうか。
 香港映画でのサスペンスといえば、無間道やジョニーさん作品を挙げるまでもなく、黒社会と警察の対決というものがほとんどになってしまうのだが、これには黒社会そのものは登場しない。正熙は警察の人間だが、冒頭以外は警察で働く姿も観られない(でもちゃんと署にいる場面はあるのだが)。これは相対する二つの組織ではなく、個人の感情を描いたドラマであるから、どうしても主人公二人の姿を詳細に描かねばならないのだろう。確かに他のキャラクターの背景ももうちょっと明確に…とは思ったけど、それをやっているとおそらく2時間以内で収まらない。ハリウッドなら平気で30分プラスしてサブキャラ話でもするだろうけど、ディパのオリジナルタイムを30分延長した展開も余計だったからなぁ。

 トニーのエリート役って、ある意味観るのは初めてかも。いや、メガネ姿が完全に初めてだ。こういう役をこなす年齢になったんだなぁ…。お得意の目で語る演技は、今回事をなすときの無表情さに発揮される。その行為に至るに当たっていかに感情を押し殺しているか非常にわかりやすく表現されており、そして正熙の複雑すぎるキャラクターを体現している。
 金城くんは『ウィンターソング』よりずーっとよかった。酔っぱらい探偵として再登場するときはちょっと大げさに感じたけど、だんだん馴染んできたし。正直、ラブストーリーよりこういうほうがいいような気がする。現在好調撮影中の『死神の精度』ではどーなんだが。いやそれ以前に《投名状》&《赤壁》(ってまだでしょうが)の二大時代劇の方がますます気になる。
 ジンレイは…吹替でしたよね?口が広東語の語調とあっていないように見えたので。でも、設定上香港人じゃないといけないから、『ヒロイック・デュオ』や最近の香港映画に観られるような、大陸人はそのまま北京語でしゃべるようなわけにはいかないんだもんな。役柄的には、かなりもったいなかったよなー。というより、彼女の結末に、高村薫女史のミステリー作品(デビュー時から『レディ・ジョーカー』まで)に通ずる女性への愛のなさを感じたよ(やや暴言か)。
 すーちーの役柄はこの映画の救いですわね。やっぱり生き残った者には救いが欲しい。これ以上の無間地獄に落ちるわけにはいかないから。

 マジメな感想はこんなところかな。あと、いろいろ細かいことや大バカ丸出しの個人的感想は、後ほどあれこれと書いていくつもり。上映される限りは足を運ぼうと思っているのでね。つらいと感じる時もあるかもしれないけど、終極無間も結局5回観たからな。

原題:傷城(Confession of pain)
監督&製作&撮影:アンドリュー・ラウ 監督&脚本:アラン・マック 脚本:フェリックス・チョン 撮影:ライ・イウファイ 音楽:コンフォート・チャン(チャン・クォンウィン)
出演:トニー・レオン 金城武 スー・チー シュー・ジンレイ チャップマン・トー エメー・ウォン ユエ・ホア ヴィンセント・ワン

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コメント

>ジンレイは…吹替でしたよね?

そうですよね?私も口元を見ていて合ってないなと思いました。でも彼女の声がああいう感じだったような気がして自信がなかったんです。

すーちーの役柄が救い
同感です。

投稿: 藍*ai | 2007.07.09 09:28

 ジンレイの本当の声、ワタシもほとんど忘れてしまったのでなんともいえないんですが、正直言って北京語だったらちょっと厳しいよなぁ…と思ったのも確かです。ここまで広東語を徹底している香港映画もホントに久しぶりですよね。
 それを考えれば北京語も広東語もきちんとこなすすーちーはすごい…。なんちて。

投稿: もとはし | 2007.07.09 20:55

私も金城クン良かったです。トニーのあの演技と渡り合うのって大変だと思うんですけど、ちゃんと彼らしく演じてましたからね〜。

ただ、やっぱりもとはしさんの言われるように、ほかのキャラクター、とくに後半のポンももう少し掘り下げて欲しかったかも。やや、あっけなくさらっと説明されてしまいましたよね。それともあえて、前半ポン、後半ヘイとしたんですかね〜。

それにしても、エリート役トニー、眼鏡すがたもステキでした♪

投稿: tomozo | 2007.07.15 10:38

 トニーとアンディの演技合戦だとある種の熱さ(暑苦しさじゃなくて)があるのですが、この二人だとかなりクールで、かといって冷たい感じじゃない、ちゃんと血の通った感情のぶつかり合いが感じられたので、このキャスティングは成功だよなと思ったものです。
 まー、謎解きと語りはポンにあったとはいえ、やはり話の中心はヘイになるので、どうしてもそのへんのくだりを多く語りすぎてしまうのでしょうか。でもこれは決して“金城くんの”映画ではなくて“トニー&金城くんのための”映画であると思います。
 いろんなblogの感想を見た限り、メガネ男子エリートトニーはわりと賛否両論?って感じですね。我々迷はやっぱり贔屓目に見てしまうのでメガネオッケイ!ってなってしまうのはしょうがないか~(笑)。

投稿: もとはし | 2007.07.15 22:38

もとはしさん、コメントありがとうございました。
自分も10年来の香港映画ファンなので、最近の衰退振りには寂しいものを感じます。ただ興行面から見ると、ハリウッド映画のような拡がりを期待できないのは事実なので、宣伝にお金や労力をかけられないのも仕方ないと思います。残念ですが。小規模でも日本での劇場公開が続くことを願っています。
これからも宜しくお願い致します。

投稿: てきさす | 2007.07.20 23:10

てきさす様、TB&コメントありがとうございました。
 別にハリウッド映画&最近の邦画並みの興行拡大やヒットなんて全然期待してもいないのですが、主題歌差し替えや日本版主題歌なんていう明らかに違う方面にお金をかけずとも、金がなくても地道なプロモーションはできると思うのですよ。最近はプロモのお金のかけ方が間違っている作品が少なくないように感じます。
 あと、やっぱり人口の多い関東圏でのプロモが中心になるのは仕方がないとはいえ、なにも平日の横浜のシネコンでトニー・レオンの舞台挨拶を設定することはないだろうと、東北の地方都市の劇場で香港映画を観ることに幸せを感じる人間としては思うのですよ。

投稿: もとはし | 2007.07.21 08:49

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