エレクション(2005/香港)
“黒社会”という中国語を初めて知ったのは、ユンファたちが出演していた香港マフィア映画からだった。80~90年代、一部の人気香港映画にはマフィアが絡んでいたという有名な都市伝説(?)があり、古惑仔シリーズのB哥で御馴染ン・チーホン兄貴や、この映画の製作会社である中国星のチャールズ・ヒョン(とその兄弟)など、今でこそ完全に(多分)足は洗っているものの、その筋出身の映画人が香港に存在することからも、それがわかる。
日本のやくざ映画はもちろんのこと、ハリウッドでもパパ・コッポラやスコセッシがギャングスター映画を作っていた時代は、もう遥か遠くへ過ぎ去ってしまった。しかし、香港にはまだその流れが息づいている。ジョニー・トー(どーやらこの表記で落ち着いたみたいなので、今後こちらでも“トー”表記で行きます)監督念願(多分)の企画だった黒社会二部作の『エレクション』は、激動の近現代中華史を生き抜き、今は香港に潜んでいる黒社会の過去から未来までを辿り、決して表と交わることなく生きていくマフィアたちの姿をリアルに描いた作品だ。
黒社会の歴史は明朝末期まで遡る。清朝に征服された一部の漢民族たちは、“反清復明”を掲げて秘密結社を結成し、少林寺等に潜んで清朝と徹底的に対立した。清朝が滅亡し、中華民国が生まれても、彼らは闇にじっと潜んでいた。やがて日中戦争が終わり、共産党が台頭して中華人民共和国が成立する時、彼らは香港へと脱出した。彼らは義を重んじ、裏切り者は容赦なく制裁を下した。そして、今に至るのだ。
現代の香港。黒社会の組織のひとつ「和連勝会」では、昔からの伝統で会長を続投させず、2年ごとに新しい会長を選挙で選んでいた。会長経験のあるタン(王天林)たち長老の間で候補に上がったのは、義に厚い昔気質のロク(ヤムヤム)と、商売人だが気性の荒いディー(カーファイ)。長老たちの投票で次期会長はロクに決まったが、納得しないディーは会長の証である“龍頭棍”をロクに渡すな、と現会長チョイガイを脅し、チョイガイは部下を使って龍頭棍を大陸の隠れ家に隠す。それを知ったロクは部下のアウを使い、ディーは妻(マギー)を使って龍頭棍を探す。さらには彼らとは別のボスの配下にあるダイタウ(林雪)、トンクン(カートン)、フェイ(ニック)、ジミー(古天楽)も龍頭棍探しに加わり、後継者争い(というか内輪もめ)は血で血を洗う抗争と化し、泥沼状態に…。
ジョニー親分といえば“暗闇の映画”。やっぱり彼の映画はDVDじゃなくて、映画館のでっかいスクリーンで観ないとという気になる。だってTVモニターが真っ黒なんだもの(『やりび』初鑑賞時がそうだった…)。ええ、今回はもう題材が題材なだけに、暗闇のオンパレード。ジョニー親分が映画を撮ると、香港には陽が昇らなくなるのか(もちろん例外もあるが)!とツッコミたくなるくらいの暗闇。その闇で行われている権力闘争は、一般社会に身を置くとなかなか見えにくいものだが、実は我々カタギの世界、そして国家の下でも展開されているものとかなり共通している。もちろん、この映画は黒社会を礼賛しているものじゃないし、これを観たから「黒社会ってイケてるー」なんてオマエは単純に考えているだろうなんて思ってくれちゃ困る。この映画は黒社会での血みどろな政権抗争を通して、我々の社会にも通じる権力をめぐるドロドロな人間模様を浮き出させて、世界中の観客に見せつけているのではないだろうか。
…なーんてついついカッコつけて書いちゃっているけど、思ったよりグロな場面がなくてほっとしましたよ。昨年のカンヌ番組(フランス製作)で紹介された痛ーい場面もどこだかわかったし(龍頭棍争奪でフェイが大暴れしていたところだったのね)、それを覚悟していたのでとりあえず平静な気持ちで観られたし、笑える場面(それも林雪絡みだ)も多少あったもんね。映画の構成もよく出来ていて、これなら今年の金像奨も納得だと思った次第。
キャストは以前から書いているように、ホントにオトコくさくて野郎ばっか。しかもみんな黒い(それは顔色だけじゃなくて心魂が、ね)。
ヤムヤムは義を重んじ兄弟を大切にするホモソーシャルな男だが、最後の最後でとんでもないことをしでかす(公開前につきあえて書かず)。カーファイは久々のキレまくり男。序盤の拷問シーンでのくだりも含め、とても正気の人間とは思えないくらいキレている。コイツが会長になったら、和連勝会は破滅への道を歩むだろうなーって思ったよ。でも憎々しくないと思ったのは、やはりカーファイのどこかとぼけた持ち味ゆえか。もしかしてこれが、金像で主演男優賞を獲れた要因かしらん。
今回は脇に回った古天楽、出番は少ないものの要所要所で話を引き締めておりました。そしていいオトコに撮れていた…(もちろんホレないけどね)。いいオトコといえば、華仔映画に彼あり!のラム・カートンと、もうニセ學友と呼んではいけないニックも、今までのどこかつかみどころのないイメージを一新してくれたもんだった。特にニックって言ったら、7、8年前は《黒馬王子》や『決戦・紫禁城』で主演に迫る勢いを持ったコメディアンだったのに、2年前に『ブレイキングニュース』で久々に顔を見たと思ったらすっげーシリアスだったので、当時もホントにビックリしたもの。
和連勝会の会長は、結局ロクに収まった。彼のもとにはディーを始め、ジミー、フェイ、ダイタウ、トンクンが集まって兄弟の契りを交わし、ロクは彼らの“契父”となった。…しかし、その地位に安住したいロクは、思いも寄らない行動に出てしまい、手に入れた権力への執着を見せるようになる…ということを匂わせながら、物語は『エレクション2』に移るのであった。
原題:黒社会
監督&製作:ジョニー・トー 脚本:ヤウ・ナイホイ 編集:パトリック・タム 音楽:ロー・ターヨウ
出演:サイモン・ヤム レオン・カーファイ ルイス・クー ニック・チョン ラム・カートン ラム・シュー ウォン・ティンラム マギー・シュウ
| 固定リンク | 0
「映画・テレビ」カテゴリの記事
- 盗月者(2024/香港)(2024.12.30)
- 台カルシアター『赤い糸 輪廻のひみつ』上映会@岩手県公会堂(2024.12.21)
- 無名(2023/中国)(2024.08.16)
「香港映画」カテゴリの記事
- 恭喜新年 萬事如意@2025(2025.02.11)
- 盗月者(2024/香港)(2024.12.30)
- 【ZINE新作】21世紀香港電影新潮流(2024.01.22)
「日本の映画祭」カテゴリの記事
- 【香港映画祭2023Making Waves】ブルー・ムーン/風再起時(2023.12.05)
- 【香港映画祭2023Making Waves】マッド・フェイト/毒舌弁護人(2023.12.03)
- 【東京国際映画祭2023】Old Fox/白日の下(2023.11.23)
- 【東京国際映画祭2023】雪豹/ムービー・エンペラー/ミス・シャンプー(2023.11.08)
- 侯孝賢的40年(台湾映画祭in仙台で初期作品を観ました)(2022.01.03)
コメント