ワンナイト・イン・モンコック 旺角黒夜(2004/香港)
現在の世界状況で、特に人を過激なテロに走らせる原因として挙げられるのが、「憎しみの連鎖」である。それはグローバリズムが肥大する現代、4年前の同時多発テロから現在に至るアメリカとイラク等の対立を例にとると明らかに見えてくる。相手への憎しみが攻撃を生み、その攻撃に対しての反撃を生じた結果、多くの犠牲や悲劇を生み出すのは、ここで説明しなくてもいいだろう。
香港の片隅で起きたある事件が、そこに居合わせた人々を悲劇に巻き込んでいく、イー・トンシン監督が今年の金像奨で最優秀監督&脚本賞を受賞した『ワンナイト・イン・モンコック 旺角黒夜』を観たときに思ったのは、悲劇的な出来事もまた、憎しみと同じように連鎖して起こるものなのだということだった。
ことの起こりは、対立するチンピラのタイガーとファイ(サム)がいざこざを起こし、交通事故を起こしてタイガーが死んだ事件だった。タイガーの父親ティムは組のものを使って生き残ったファイを刺し、さらに彼のボスであるガウの暗殺を決意し、大陸から来たリウ(林雪)に殺し屋を手配させる。選ばれたのは、湖南省の貧しい村に住む若者フー(彦祖)。クリスマスイヴの前日、フーは片道ビザで香港に入境し、リウの指示を受ける。この情報はタレコミ屋によって警察にも伝わっており、射撃の名手だが、過去に犯人を射殺してしまったことを苦悩しているミウ警部(中信)率いる旺角署の捜査課は、標的を二つの組のボスとその殺し屋に絞って捜査を開始する。
自分のホテルに警察の手入れが入ったことを知ったフーは、とある安宿に身を寄せるが、そこで男に襲われていた娼婦を助ける。彼女は同じ湖南省出身で、タンタン(セシリア)という名前だった。実はフーには、彼の恋人スーが香港で行方知れずになっているため、探しに来たという目的もあったのだ。その事情を知ったタンタンは彼と行動を共にし、スーを探して旺角のナイトクラブにあたる。同じ頃、ミウたちはリウを拘束し、彼を使って殺し屋を捕らえようとしていた。フーは自分が裏切られていることを知り、ミウたちの罠をかいくぐてなんとか逃げ延びた。しかし、その後にはミウたちとフーの両方に、本当の悲劇が待ち受けていた…。
NYでいえばハーレムやブロンクス、東京でいえば歌舞伎町に当たるのが旺角。エンディングのクレジットにも出ていたが、ここが世界で一番人口密度の高い地区だと言われれば、確かに納得する。常に人がひしめいている通菜街や王家衛の短編フィルムの舞台にもなったポートランドストリートなど、That's香港という地区であるのは確かだし、その姿は『いますぐ抱きしめたい』や『古惑仔』シリーズでもおなじみだ。チム界隈なら平気で夜の一人歩きしてしまうワタシも、このあたりはさすがに怖くて夜に出歩けない。このところ『PTU』や『黒白森林』など夜の街の犯罪系(ノワール系…っていうのともちょっと違うと思ったのでこう書く)香港映画をいろいろ観ていることもあり、例えば『PTU』でのチムの描かれ方とこの映画の旺角の様子を頭の中で比べたりしながらこのヘヴィな物語にどっぷりと浸かっていった。
新聞記事になる交通事故から始まる偶然と悲劇の連鎖は、実際に世界のどこでも起こりうることだ。それを思うとこの映画はフィクションであってもリアルである。発端こそ香港黒社会映画によくある黒社会の抗争だが、この映画はそれを全面的に出さず、それに巻き込まれてしまう大陸からやって来たフーとタンタンにスポットを当てることで、現在の香港の状況がどうであるかということも示してくれるのだ。
香港の黒社会が大陸と結びつこうとしているのは『終極無間』やここ数年のいろんな香港映画でも多少提示されていたし、大陸の女性が香港に渡り、セックスワークに励んで大金を得るのはフルーツさんの『ドリアンドリアン』でも描かれていた。しかし、この映画では先の二つでは描かれなかった、大陸から香港へ来た人間がたどる負の面と彼らがたどる悲劇が描かれ、それが救いようもない結末を迎えることで、あまりにも重苦しく、考えさせられるものにあがっていたのだった。…ここに、この映画が金像奨で脚本賞と監督賞を受ける理由がある、と思ったのはいうまでもない。
イー・トンシンさんは「悲劇の人」だと思う。それは本人が悲劇的というわけではなく、ラブストーリーからアクションものに至るまで、その中に隠された悲劇や苦悩を印象的に描き、見せてくれる人だと思ったからだ。あの楽しくてエッチな『色情男女』にだって、最新作が酷評されたのに心を痛めた映画監督(ラウチン)が湾仔で入水自殺するというくだりがあるし、当の主人公だったレスリー演じる映画監督だって、自分の撮りたいものと全く違う作品の監督を要求されて苦悩していた。
しかし、トンシンさんの作品では結末に悲劇が待ち受けていても、主人公たちに注がれる視線は突き放したものではない。『つきせぬ想い』のラウチン&アニタの運命のカップルを温かく見守っていったように、この映画でも汚れた稼業に手を染め、幾つもの苦難にも出会いながら、心は純粋さを失っていない大陸から来た二人の交流を丁寧に見せている。それはスターである彦祖とセシリアにこの役を演じさせた(&全編ほとんど北京語で通させた)意外性も作用しているのはいうまでもない。
彼らを追う警察側も複雑な背景を抱えている。中信さん演じるミウはあの『ダブルタップ』でレスリー演じるリックと対決した刑事その人であり、4年前のあの事件がトラウマとなってすさんでしまったということを示してくれる。中盤、タレコミ屋の密告によりあるホテルに押し入り、突撃する前に若手刑事ファン(アンソン・リョン)が中の人物を射殺してしまったくだりにそこがよくわかる。結局、偶然によって密告に真実味があったとわかっていても、どこか後味の悪い一件であったのは言うまでもない。そして、それが終盤のフーとの銃撃戦への伏線になり、それも偶然が重なって引き起こされたことことも…。
あまりに悲劇的であり、香港映画特有の爽快さは全くない。しかし、いろいろと考えさせられることが多い映画だ。
香港映画は今だ低調にあるといわれていても、このような社会派作品も生まれているし、2003年の《忘不了》から復活しつつあるというトンシンさんもまた、香港映画界で独自の地位を築いていくのだろう。まだ《忘不了》と、この春香港で久々にロングランを記録したという《早熟》も、いつか観てみたい。
監督&脚本:イー・トンシン
出演:ダニエル・ウー セシリア・チャン アレックス・フォン(方中信) ラム・シュー チン・カーロッ サム・リー
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コメント
ううむなるほど、モンコックという舞台背景をわかって
いないとわからない映画だったわけですね。どうりで
私には?でした(笑)。機会があったらまた観てみます。
彦祖くんは先日地元のエンタメ系テレビ番組でインタビュー
を受けていました。彼は中華系アメリカ人なんですね。
私の住んでいる地域出身(といっても彼の出身地とは
車で1時間くらい離れているんですが)と聞いて
ファンになりました。おっとこマエですよね。
投稿: こっぺ | 2005.07.06 06:14
>こっぺさん
そうですね、この映画の主人公は彦祖でもセシリアでも中信さんでもなく、旺角という町そのものではないかという気がします。
旺角に行っても、さすがに黒社会の抗争などは見かけないのですが(夜は通菜街や廟街くらいしか歩けないし)、実際ああいう事件はありうるんじゃないかと思いましたね。
彦祖も香港では順調にキャリアを築いているなぁ、と時々感慨深くなってしまいます(笑)。広東語も昔に比べたら多少はうまくなった気がします(本人は北京語のほうが得意らしいと聞いたのですが)彼はあまりにも男前すぎるので逆に好みではないのですが(でも好き)。
デビュー直後の『美少年の恋』が時々観たくなります。(といってもあの映画ではステの方が好きだったりするのですが)
投稿: もとはし | 2005.07.07 21:17
ひ〜、トラックバック何度も送ってしまってすみません。
送信側ではエラーだったのに…
彦祖はほんとに良くなったですよね。私も整いすぎてて好みじゃないですが。
『忘不了』いいですよ。こっちは爽やかな終わりかたですので、安心(?)してください。
投稿: KEI | 2005.07.12 23:25
KEIさん、TB一つ消しておきました。お手数おかけしました。
《忘不了》、この間の香港行きではうっかりスルーしてしまったんですよ。『香港映画の街角』でかなり好感触だったので、なおさら観たかったのに…。いつか入手しておきましょう。
投稿: もとはし | 2005.07.13 00:23