ダニー・ザ・ドッグ(2004/フランス=アメリカ)
『リーサル・ウェポン4』『ロミオ・マスト・ダイ』以降、順調にハリウッドでキャリアを重ねているリンチェイが、『キス・オブ・ザ・ドラゴン』以来、再びリュック・ベッソンとコンビを組んだ『ダニー・ザ・ドッグ』を観た。
リュック・ベッソンと言えば、80年代後半から90年代において『グラン・ブルー(グレート・ブルー)』『ニキータ』『レオン』『フィフス・エレメント』と、フランスから次々とエンターテインメント映画を作っては、世界中の若者を熱狂させていた映画監督。そんな彼は99年の『ジャンヌ・ダルク』からメガホンを置き、ここ5年は若き才能を発掘しては自ら書いた脚本を監督させてプロデュースし(例えば『TAXi』シリーズなど)、ハリウッドとは一味違う英語(たまに仏語)娯楽映画を発信している。その一方、彼はアジアから俳優や映画監督を招いている。リンチェイ以外では、以前から熱烈なベッソンのファンと称していた広末涼子が念願かなって『WASABI』に出演したし(…観てないけどさ)、ベッソンがすっかりメロメロになったと噂されたすーちーも『トランスポーター』で世界デビューを飾っている。その『トランスポーター』では、『クローサー』のコーリー・ユンが、この映画の監督ルイ・レテリエと共同で監督を務めている。
イギリス、グラスゴー。高利貸しの悪漢バート(ホスキンス)は人間の姿をした狂犬を飼っていた。首輪をはめられた小柄な中華系のその男は、普段は無気力だが、首輪を外され、「行け!」と命令されるやいなや、並み居るツワモノに襲い掛かり、彼らをこてんぱんに叩きのめす。彼の名はダニー(リンチェイ)。幼い頃からバートに闘うことだけを教え込まれて「犬」として育てられてきた。
ある日、取立てにつれて来られた骨董品倉庫で、ダニーはあるものに心を奪われる。それは、手元に置いていた絵本でいつもずっと見ていたピアノだった。バートに待たされていたダニーの目の前に現れたのは、そこで働くアメリカ人ピアノ調律師のサム(フリーマン)だった。盲目のサムはダニーを気配で感じ、ピアノの調律を手伝わせた。サムはダニーが初めて出会った、闘わない人間だった。
別の日、バートがダニーをつれて取り立てに向かう最中、彼らの乗る車をバートに恨みを持つ人間の手下が襲う。車は大破し、ダニーは命からがら逃げ出す。気がつけば、あの倉庫にやってきていた。サムの姿を見て、ダニーは気を失う。サムは彼を自宅につれて帰り、介抱する。
サムは高校生でピアニストの義理の娘ヴィクトリア(ケリー・コンドン)と二人で暮らしていた。今まで出会ったことのない人間に出会い、躊躇するダニーだったが、サムが教える「人生のコツ」とヴィクトリアが奏でるピアノで、彼は心を開いていく。ダニーにとって彼らは、初めての「家族」だった。首輪を外されても、もう人は襲わない。彼は人間として目覚め、かすかな記憶しかない母親のことを知りたいと思うようになる。
しかし、この平和な日々も、長くは続かなかった。死んだと思っていたバートは生きており、ダニーは再び、首輪につながれて地獄に連れ戻される…。
ストーリーとしては「アレ?これって結局どうなったの?」とか「なんかこれ、妙に唐突じゃない?」という不自然な部分も多少あったけど、特にどうこうツッこむものではない。驚いたのが意外にも全体に占めるアクションの割合が少なかったこと(少ない分かなり強烈に痛いが)。リンチェイの映画にしてはアクションよりも中盤の静の芝居に比重が置かれているのだ。これ、もしかしたらアクション目当てに観に来たお客さんには不満だったんじゃないかなぁ。でも、脇を支えるのがオスカー俳優のモーガンさんに、どことなく雰囲気がエリック・ツァン兄貴っぽい(小柄で髪が薄めっていう共通点が…?)英国名優ホスキンスさんと渋いので、思ったより安心して観られたもんだ。
人を殺すためだけに生きてきた殺し屋が愛を知って自分を取り戻すというプロットは、ベッソン監督作品ではすっかり御馴染みのモチーフ。この映画ではその「殺し屋」が「幼少時から人権を奪われ、殺人マシーンとして調教された男」というのがポイントか。幼少時の記憶がほとんどないダニーは当然家族というものを知らず、なぜか記憶の片隅に残っていたピアノが縁で、サムと出会い、彼やヴィクトリアからさまざまなことを教わって、犬から愛を求める人間へと目覚めていく。こうやって簡単に説明しちゃえば、昔どこかであったような話だよなぁ。アイデンティティと愛を求めて彷徨って、でも否応なしに戦いに巻き込まれて…、主人公は人間じゃないけど『人造人間キカイダー』?…かなり違うか?でも、悪から産み出されて善に目覚める主人公を多く描いた石ノ森章太郎氏の作品の世界っぽい。それにエロティックさを完全に取り去った『ピアノ・レッスン』をプラスってってことで(おいおい)。
もともとリンチェイって銀幕デビューが18歳(もちろん『少林寺』)と早かったこともあるせいかどうか知らないけど、本人自身は40歳を超えて2度の結婚を経て4人の子持ち(だったっけ?)のくせに、妙に少年っぽいルックスを持った俳優である。実年齢よりずっと若く見られてしまうというのは彼だけに限らず、だいたいの中華明星の肉体的特徴(某梁朝偉とか…)でもあるんだけど(笑)、それにプラスしてアクションに関しては流麗な体技の持ち主であるから、ハリウッドでは“巨悪に敢然と立ち向かう東洋の勇者”として彼がもてはやされるのだろうか、なんて考えてしまう。しかし、そんなリンチェイにドラマ面での演技を要求した作品っていうのは、多分ハリウッド系はもちろん、香港映画でも今まで観たことはなかったかもしれない(除く『英雄』)。
ワタシは決してリンチェイのファンじゃないけど、彼に女性ファンが多いというのには大いに納得する。だってさ、アクションをしないでその場に立っているリンチェイって、先に挙げた小柄で少年っぽいというのに加えて、素顔は妙にシャイだからっていうのがよくわかるからね。ホントに少林寺の修行僧がそのまま大人になった感じだもんなー。ま、プライベートはおいといても(爆)。彼が子犬目の持ち主なのはずいぶん前から気づいていたけど、まさかこういう演技をさせるとは誰も思いつかなかっただろうしね。…ってゆーか本音を言えば、もしワタシがリンチェイのファンだったら、こういうネタは香港映画でもぜひ出して欲しかったかもー、なんて考えてしまうなぁ。無気力な野良犬から一転して狂犬へと変身する前半、犬から少年、そして戦いを拒む青年へと急成長していく後半につれてのダニーの表情の変化が見どころかな。あと、サムたちと共同生活しているときに着ていた服に、妙に花柄が多かった(あれはサムのお下がりっていうより、同じくらいの背丈のヴィクトリアのシャツなんだろうな)がなんか楽しかった。それが似合っているか否か、興味のある方は是非自らの目で確かめてくださいませ。
リンチェイ以外の皆さんについても一言。まずは米国の名優モーガンさん。助演男優賞受賞作品『ミリオンダラーベイビー』も観たけど、彼がいるだけで画面が引き締まるなぁ。『ミリオン』と多少役柄がかぶるのは、気のせいだと思いたいが(でもこっちの役柄の方が好きだ。件の映画はあまりに厳しく悲しすぎて…)。ダニーが眠っていた時、自宅のピアノでジャズの名曲『ラウンド・ミッドナイト』を弾くシーンが印象的。
対して英国の名優ホスキンスさん。どっかエリック兄貴に似ているというのは先に書いた通りだけど、これまた香港映画の悪役ばりに、散々痛い目にあっておきながらしぶとく生きているゴキブリっぷりがお見事。彼については悪役をやっても小悪党ってイメージが強かったけど、こんなにしぶとくてカネにも女にも意地汚い悪漢役もこなせるのも名優のなせる業か。白いスーツ姿もイヤミっぽくてよかったぞ(誉めてます)。
サムの「娘」ヴィクトリアを演じ、リンチェイ初のキスシーンのお相手(といっても実は…なんだけどね)も務めたのは、ケリー・コンドン嬢。アイルランド出身だそーです。ショートカットで長身、あまり女の子してない雰囲気がいいのかもしれない。香港人で例えれば『君さえいれば』の頃のアニタ・ユンのイメージなんだけど、違うかな。このヴィクトリア、最初は歯に矯正ブリッジをつけたまま登場してダニーを驚かせる(そういえば、ブリッジを装着した歯って鍵盤に似てるよね^_^;)んだけど、この監督のデビュー作『トランスポーター』ではすーちーが中盤まで銀のガムテープで猿ぐつわをさせられたままだったなぁなんてことをふと思い出した。…レテリエくんよ、キミはもしかして、ヒロインの口に何かつけたいフェチかね?
大して期待せずに観に行ったんだけど、意外と楽しめた映画だった。マッシヴ・アタックの音楽もカッコいい。HIPHOPじゃなくてよかった…(笑)。
リンチェイファンの方(あと、リンチェイが「犬」役をさせられたことで怒りまくっている中国の皆様も。ネタfromサーチナ)がこの映画にどんな思いを抱くのかはいろいろあるんだろうけど、ワタシがこれまで観てきたアメリカ系のリンチェイ主演映画ではこれが一番よかったかな。(えー?という方ホントにすみません)その前によかったと感じたのはやっぱりベッソン系列の『キス・オブ…』だったんだけどね。
長々と書いちゃったけど、最後にこれを香港で映画化するとしたらこんなキャストを希望。
ダニーはリンチェイで変わらず。サムは今は亡きロイ・チャオさん(『女人、四十』)かなっと思ったけど、存命の方ならあえてマンタおじさんにシリアス演技を。バートは本文中でも書いたようにエリック兄貴(手下は《無間道》に登場したメンツを動員)。バートに恨みを持つ宝石商はゲスト出演としてラッセル・ウォンでどーだ。そしてヴィクトリアは…う~ん、実はこれが難しい。阿Sa?違うなぁ。かといってジルやカレーナちゃんじゃ…だし。
監督:ルイ・レテリエ 脚本:リュック・ベッソン 音楽:マッシヴ・アタック アクション指導:ユエン・ウーピン
出演:リー・リンチェイ(ジェット・リー) モーガン・フリーマン ボブ・ホスキンス ケリー・コンドン
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コメント
TBありがとうございます♪
う〜ん、いつもながらもとはしさんのレビューはわかりやすい!なんだかウダウダ書いて、書きたいことの半分くらいしか書けない私はうらやましい限りです!
私もこの映画の音楽がHIPHOPじゃなくて良かった^^;りんちぇには合わないモン。「ロミオ・マスト・ダイ」なんて痛々しかった^^;。今回のマッシブ・アタック+モーツァルトはぴったり!
それから、ヴィクトリア=アニタ・ユンも、バート=エリック・ツァンも深く納得〜!それから、確かにあの花柄は不思議でした!。
うう、長くなりそうなのでこの辺でやめますが、ジェット・リーファンから観ても、アメリカ進出作品の中ではベストかも!私も次は「キス・オブ・ザ・ドラゴン」で、次は「リーサル・ウェポン」の悪役です。
長々とスミマセン。では、また〜。
あっ、それからTBを2重にしてしまいました。お手数ですが削除してくださいませm(_ _)m
投稿: tomozo | 2005.06.28 09:15
tomozoさん、こちらこそTBありがとうございました。
リンチェイのアクション目当てで観られた方は結構つらかったんじゃないかな、と思ったものですが、思いもよらないドラマが観られたのは嬉しかったです。
やっぱり花柄は気になりましたかー(^o^)。
今週のAERAにリンチェイのインタビューがあったのですが、例のスマトラ沖大地震による津波に巻き込まれた時のことと一緒に、この映画を語っていたのが印象的でした。
あ、TB一つ消しておきましたよー(^_^)v。
投稿: もとはし | 2005.06.28 23:30