柔道龍虎榜(2004/香港)
今年の東京フィルメックスで上映された香港の映画親分、ジョニー・トゥ監督(以下ジョニーさん。今後もこう呼ばせていただきます)の《柔道龍虎榜》。この作品はベネチア国際映画祭に特別招待された映画だけど、今年はこの他に『マッスルモンク』がベルリンに、『ブレイキング・ニュース』がカンヌ(&東京国際)に出品され、ジョニーさんの映画が国際的に知られるようになった。これはすごいことである。なんせ今まで国際映画祭に出た香港映画といえば王家衛やスタンリーさんなど作家性の強い文芸作品がほとんどだったということもあるし、ワイヤーワークやカンフーアクションばかりが注目されてしまうという香港アクション映画のステロタイプ(多少誤解されているかもしれないが)にはまらない映画を作る彼の個性が認められたということだ。とにかく多忙な人なので、ハリウッド進出はありえないと思うけど、やはりジョニーさんはすごい人なのだ。
かつて天才柔道家だった司徒寶(古天樂)は、身を崩してアルコールに溺れ、ナイトクラブのバンドのギタリスト兼店員として堕落した日々を送っていた。そんな彼の元に訪れたのは、寶との真剣勝負を望む柔道家のトニー(アーロン)と、台南出身で歌手デビューを夢見る小夢(チェリー)。寶は二人を巻き込んでチンピラの元締め阿蠻の上前をピンはねしようと企むが、意外なことにかつて「柔道小覇王」として名を馳せた阿蠻もまた、寶を見て彼との勝負を望んだ。さらにナイトクラブで働けばかつての寶の師匠で、街で柔道場を経営する鄭と『姿三四郎』が大好きな知的障害のある息子の阿正がやって来て、寶へ復帰を促す。そして、ふとしたきっかけでナイトクラブでは暴動が発生、そこにいた全ての人間が巻き込まれて背負い投げや大外刈りなど柔道技で大乱闘になる。それを冷静に見守るかつての寶のライバルで、柔道チャンピオン李亞岡(カーファイ)の姿があった。
寶を柔道の道に復帰させようと、トニーは亞岡に勝負を挑み、鄭師匠は街の柔道トーナメントに出場する。しかしトニーは勝負で腕を痛め、高齢を押して出場した師匠は試合中に倒れ、そのままこの世を去る。師匠の死に衝撃を受け、残された阿正が施設にも行かずに道場に残る姿を見た寶の心は変化した。酒を断ち、道場を継ぎ、トニーとともに練習に励み、亞岡と勝負することを決意した。視力を失うという目の病に冒されながらも、寶は柔道への情熱に全てをかける…。
柔道。それは当たり前だけど日本が生み出した競技。柔道着の色は一部変わっても、技の名前やルールは国際的にはほとんど変わらない。オリンピックで国際競技となったのはもちろん、それ以前から人気のある競技で、アテネでは柔道チームが大活躍したというのに、現代の日本では昔ほど柔道を題材にした映画やドラマは作られていないような気がする。(マンガならご存知『YAWARA!』や個性的な高校生たちが学校に柔道部を作って活躍する『帯をギュッとね!』のような作品がちょっと前にあったけど)そんな時にまさか香港から柔道映画が登場するとは思わなかった。しかもあの黒澤明監督の初期作『姿三四郎』にオマージュを贈った作品という。なんだそれは!とツッコミつつ観た。
そしてまず思った。「…そんなにバンバンバンバン道端で豪快に柔道技使っちゃ、投げ飛ばされた相手の骨が折れるんちゃうか?」…すみません、余計なツッコミでした。
柔道には青春という言葉がよく似合う。(そうかぁ?なんて言わないでくれ)この映画の登場人物たちはすでにいい年こいたオトナだが、柔道を愛し、柔道を語り、技をかけまくる時の表情は、まるで青春真っ盛りの少年のようにきらきらしている。チンピラ阿蠻は同じ柔道家として自分の金をパクッた寶に親しみを抱くし、亞岡はナイトクラブの乱闘を嬉しそうに見守り、柔道を再開した寶と柔道バカもとい柔道一直線を地で行くトニーはお互いにニコニコ笑いながら寝技をかけまくる(この時の古天樂とアーロンが満面の笑顔でなんとも言い難くすごかった)。そして極めつけはヒゲ面&長髪という姿で登場する阿正が日本語(!!!)で歌う『姿三四郎』のテーマ。ワタシ自身、映画『姿三四郎』は未見だけど、インパクトのある主題歌がインパクトのあるキャラによってそのまま日本語で歌われて劇中に使われるのは強烈。しかし、それが奇天烈寸前でとどまっており、柔道家の父を持ち、幼い頃から柔道に親しんできた阿正のイノセンスと、作品全体のムードを象徴しているように使われるのだから上手い。
さらに銃は登場せず、人も無駄に殺されず、あまり血も流れない(阿蠻が稼ぎの悪いチンピラの胸にナイフで傷をつける程度)、でもアクションシーンでは柔道技連発。スポーツ映画というよりはアクション映画と呼べるのだろうが、果たしてホントにそう呼んでしまっていいのかこの映画。観ているこっちが日本人だからというわけじゃないけど、主題歌を始めとして、やっていることはシリアスなのに思わず笑ってしまう場面は満載。このへんの反応は香港ではどうだったのだろうか?笑いが大好きな香港人でも同じ反応だったのだろうか?でも、これはコメディだったとしても決してバカ映画じゃないと思う。『少林サッカー』みたいな純粋なコメディではないってこともあるし、作りようによってはキワモノになろうとする一歩手前で立ち止まっているという印象も受けたしね。この映画、やっぱりジョニーさんがトークショーで言ったとおりの「若者への励まし」のための映画だったのかなぁ。
今回堂々主演の古天樂はルックス的には「黒ルイス」だったけど、それほどくどくなく男っぷりも上がった感じ。アル中で汗っかきでいつもタオルが手放せないという小技演技も、『やりび』の常に豆を食っているキャラだった林雪(そういえば今回の映画には出ていなかった。残念!)みたいでハマってて○。ほんとに久々にスクリーンで姿を観た印象のアーロンは、一見キャラが古天樂とかぶりそうなんだけど、ずいぶんとスッキリしていてもうすぐ40歳とはとても思えないかわいらしさ(悪く言えば柔道バカっぽさ)全開。何に対しても妙に嬉しそうにしているのが楽しい。また、最近のアクション系ジョニーさん作品では以前に比べてヒロインの存在の比重が増してきているけど、今回のチェリーちゃんは男のドラマにも邪魔にならない具合に絡んできており、自分のビジョンをしっかり持ったヒロインとして描かれていたので好感を持てた。カーファイはこの作品で一番のオトナキャラで、どこか不気味だけど優雅なムードを醸し出していた。小春がチョイ役っていうのも豪華だ。
全体の出来としては『ブレイキング・ニュース』の方が上かな、という印象もあるんだけど、まぁ先に書いたようにこういうネタをキワモノの一歩手前でまとめた手堅さはやっぱりすごいと思う。ラストシーンが香港島にかかる夕陽と日本語の「終」というのも、笑っちゃうけど上手かったしね。
ジョニーさんの次回作はこの柔道映画の面子+ジョニーさん作品の常連たちが出演する、そのものずばり《黒社会》というタイトルだとか。当初1時間半の予定がなんと4時間になってしまったとか(そのため来年初夏に2部作として上映されるらしい)。2007年までは今のような量産体勢をとっていくと言うジョニーさん、若手映画人の不足が悩みとなっている香港映画界の今後にどう力を及ぼしていくのだろうか。楽しみである。
なお、日本配給&劇場公開が決定した昨年のフィルメックス上映作品『PTU』は来年初夏、渋谷のユーロスペースでの上映が決定。これまた観たい映画である。
英題:throw down
監督:ジョニー・トゥ
出演:ルイス・クー アーロン・クォック チェリー・イン チャン・シウチョン レオン・カーファイ
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コメント
トラバありがとうございます。
なんか私が困ってたところがきちんと書かれていて、自分の文章力のなさをつくづく実感してしまいました
で、ジョニーさんね、ハリウッド進出しちゃうんですよ。
http://news.sina.com.cn/o/2004-10-13/09263904712s.shtml
の記事で自ら語ってらしたので間違いないと思います。
出来れば青雲も連れてって欲しいなぁ〜、お願い!杜先生。
投稿: KEI | 2004.11.25 19:58
KEIさん、TB&コメントありがとうございました。あの映画、観終わった後に清清しさがあったのはワタシも同様でした。
しかし、ただでさえ忙しいのにハリウッド進出も決定ですか!ビックリしてます。某日本映画みたいな自作のセルフリメイクとかじゃないですよね…。
投稿: もとはし | 2004.11.25 23:20