《地下鉄》(2003/香港)
ジミーの絵本『地下鉄』を読んだ時に、この詩のような絵本がどのように映画化されるのか、全く見当がつかなかった。ジミー自身が一番愛している絵本が原作のこの作品は、王家衛率いる春光映画(でもプロデューサーはカーウァイの右腕ジャッキー・パン)と『ファイティングラブ』等で旬のアイドル映画を作り続けた監督ジョー・マーによってこんなふうに換骨奪胎された。
香港。
視覚障害者センターで働く盲目の女性張海約(ミリアム)。優しい父親(林雪)と二人で暮らし、盲目のハンデをものとせずに自立して生きる彼女は、地下鉄の駅でビラ配りの青年(范値偉)から結婚相談所のチラシをもらう。その結婚相談所の所長何旭明(トニー)は何かトラブルを抱えている様子。彼女の電話がピンチを救ったことがきっかけで二人は知り合う。お調子者だが優しさとユーモアのセンスがある旭明に海約は好意を持つ。調子のよさが災いして数々のトラブルに巻きこまれてきた旭明だが、それに追い打ちをかけるようにある朝突然眼が見えなくなる。同僚の阿星(エリック)の助けも拒否し、心を閉ざす旭明。そのことを知った海約は旭明の生活をサポートする。お互いの顔が見えない中で心を近づけていく二人だったが…。
台北→上海。
台北の広告代理店で働く青年鐘程(張震)は、同僚に片思いするも、その思いを言い出せずにいた。彼女に思いを打ち明けるためにクリスマスカードを買ったが、地下鉄の中で青年(范値偉)がカードをこっそりすり替える。数日後、鐘程のもとに上海からクリスマスカードが届いた。同僚に送ったはずのカードがなぜか上海に行ってしまい、そのお礼として彼のもとに返事が届いたのだ。鐘程は事務所にあった名刺から送り主が董玲(董潔)という女性だとつきとめ、上海へ飛ぶ。上海の地下鉄で、鐘程は道行く人のスニーカーの数と種類を数えている董玲と出会う…。
ジミーの原作からは地下鉄が物語の舞台になること、主人公が盲目である点、その女性が色とりどりの空想の世界を旅するという点だけが残されて、全く新しいストーリーが作り上げられている(というより、はっきり言ってしまえば原作では大まかなストーリーが存在しない)。実際、絵本どおりのビジュアルを映画の中に展開させるのはアニメじゃない限り不可能かもしれないし、原作どおりの映像化はやはり困難かと思われる。だけど、原作と全く違うというわけではなく、その中にこめられた思いはちゃんと映画の中に生きている。主人公の少女一人が抱えていた思いは、海約だけでなく、旭明も鐘程も董玲も同じ思いを抱いている。暗闇に閉ざされた世界から新しい世界を一歩踏み出すこと、今までの自分を振り返って、一歩踏み出すのを恐れてしまうことがあるけど、未来は決して怖いことや悲しいことばかりじゃない。突然色と光を失った旭明は、闇の中にいても自分の歩幅で歩ける海約に導かれて知らなかった世界と海約への愛を知るし、片思いの恋に身を焦がして何もできなかった経験を共有する鐘程と董玲はその時の気持ちを思い返し、目の前にいる相手に新たな希望を感じる。このように翻訳されてはいるけれど、4人の経験や思いはジミーの絵本で主人公の少女が語る思いにも通じる。
この映画を簡単にいうなれば“恋の地下鉄三都物語”。『恋する惑星』やエリック・コット監督作品『初恋』のように二つの恋物語が展開するものの、先の2作品のような完全なオムニバスではなく、二つの恋模様が並行して語られていく。《美麗時光》の范値偉が演じる、青年の姿をした“地下鉄の天使”のいたずらが結んだ二つの恋は、直接的には交差しないものの、先に書いたように、人を好きになる温かさを感じさせてくれたり、困難な生活の中に一筋の光を見出せるような気持ちがある点で共通している。
やっぱりそういう土地柄なのか(?)、かなりコミカルでもだんだんキュンとしてくる香港編。メインの4人の中で一人年長(大笑)のトニーは、王家衛作品のような悩めるフラレ野郎でもなければ『英雄』や『無間道』のような非情なダンディさもなく、ここ数年の日本公開作品の役柄とは一線を画していて、安心して見られた。久々にコミカルな役どころで、しかも視力を失っても悲惨さを感じさせない。あの「瞳で殺す」眼神演技を封じられたからこそこういう演技になったのか。それに対するチカちゃんはしっかり者の役どころ。眼が見えない役柄で結構大変だったのではないかな。とはいえ、周囲の音に耳をすませる動き、パパが落としたギターのピックを探す時に、自分のやり方でピックを「見つける」演技などが印象深かった。その他、滅多に観られない?林雪のよきパパぶり、やっぱり騒がしいエリック・コット&その仲間(方力申ほか)、役名のみの紹介だけどSK-2モデルのフィオナとお知り合いになりたいチンピラの強とその叔父、“彼女募集中”のませた小学生小吉などの脇役も面白かったりする。
ところ変われば演出のトーンも変わり、台北&上海編は切なさがあふれる。『ブエノスアイレス』の時の純情少年がそのまま青年になったような(この間見たのは『グリーン・デスティニー』と《天下無双》だしどっちもヒゲ面だったし)張震と、淋しい表情が印象的な董潔。このカップルは若々しく恋愛に対して真面目なところがよい。かなわぬ思いに身を焦がした同志だったからこそ、お互いに共鳴する。地下鉄で言葉を交わし、車内の恋人たちを数え(笑)、存在しない駅を探しに暗い線路を歩く。彼らの探していた“駅”は、“新しい恋への希望”という名前だったのではないか、なんてね。
1時間41分の本編にあれもこれもと盛りだくさんな内容なので、これならすぱっと2編に分けてもよかったんじゃなーいと思われるのかもしれないけど、こういう作りも展開もまた楽し、ということで…。これ日本公開してもいけるのでは?今年のクリスマス狙いで…。タイトルは『地下鉄』や『サウンド・オブ・カラー』などの原題そのままじゃ味気ないから、『恋は地下鉄にのって』とか、ひねりを効かせたほうがいい。あと視覚障害者連盟のような団体に協力してもらって、音声ガイド(日本語版になってしまうけど)をつけてもらってもいいかも。もちろん絵本とのタイアップも忘れずに(^^)。
最後になったけどこれだけ一言。春光映画製作ということで挿入歌も印象的。サントラがなかったのでエンドクレジットでのチェックだけど、イメージソングは黄義達と《無間道》に出ていたエルヴァ・シャオ。エンディングはトニーとチカちゃんのデュエット。そして、物語のキーポイントになる、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ風のラテンな挿入曲が一番印象的だった。これも黄義達が歌っていたのかなぁ?すみません、後ほどチェックして追記します。
英題:Sound of colors
監督:ジョー・マー 製作:ジャッキー・パン 原作:ジミー『地下鉄』
出演:トニー・レオン ミリアム・ヨン チャン・チェン トン・ジエ エリック・コット ラム・シュー アレックス・フォン(方力申) チー・ティエンヨウ サミー・レオン クイ・ルンメイ ファン・チーウェイ
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