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《愈快楽愈堕落》(1998/香港)

日本公開決定前に購入していた『ホールド・ユー・タイト』をVCDで観た。《藍宇》の時にもちょっと触れたけど、これは香港を代表する文芸派映画監督スタンリー・クワンがカミングアウト後に撮った作品。香港映画で同性愛的要素を扱った作品はたくさんあれども、この映画は特に前年に発表された王家衛の『ブエノスアイレス』とよく比較されたことでも知られるのだった。そういえば同じ年に、あの『美少年の恋』(後日感想をアップ予定)も公開されているから、当時はちょっとした同志片(同性愛映画)ブームだったと考えていいのかな。

 ゲイの不動産屋唐(以下トン、エリック)はひょんなことからコンピュータープログラマーの偉(以下ワイ、サニー)と出会う。ワイが自分の家を売りたいとトンに相談を持ちかけたとき、ワイは妻の月紋(以下ムーン、チンミー)を飛行機事故で亡くしたばかりだった。
 ワイとムーンは仲のよい夫婦だったが、ムーンはそっけないワイに対して少しばかりの性的不満を持っていた。そんな中、ムーンは行きつけのプールでライフガードをしている台湾出身の青年小哲(以下シャオジエ、ルンルン)と出会い、彼との情事に耽る。しかし、ワイが決して自分に性的関心を持っていないわけではないことにムーンは気づく。ワイと深く愛し合った次の日、ムーンは台湾へと旅立つのだが、そのまま帰らぬ人となる…。
 妻の遺品を引き取り、地下鉄で自宅に帰るワイをシャオジエはずっと見つめていた。ワイが夜な夜なトンと共に通うバーにアルバイトとして潜り込み、二人と親しくなるシャオジエはムーンの死を知り、それでも自分がワイに特別な感情を抱くことに気づく。そして台湾に里帰りしたシャオジエは、ムーンにそっくりな女性ローサ(チンミー)に出会って付き合ううち、自分が本当に愛していたのはムーンではなくワイであることを確信した…。

 《藍宇》の原作についての記事では、この映画の内容をよく知らずに「ゲイの男性とストレートの女性を交えた複雑な人間模様を描く」って書いたもんだけど、それは半分当たってるかな。んで半分はそういうわけじゃないと。
 この映画の人間模様は二つの三角関係が交差することで構成されている。前半は、ワイとムーンの夫婦にシャオジエが入ってくる不倫の関係、そして後半は、ワイと出会ったトン、そして妻の恋人だった(当然ワイは知らないのだろうが)シャオジエを交えた男たちの関係。それを見ていて思い出したのが、かつて島田雅彦氏がよしもとばなな氏と対談した時に、「一人の女を共有した二人の男は同じ女を愛したという共通点である種の感情を結べるのではないか」といったこと。(吉本ばなな対談集『FRUITS BASKET』より)その時には「へぇ、それってありえないんじゃないの?」と思ったけど、これってある意味で島田氏の発言を実践しちゃった映画だったのね、今思えば(大笑)。
もともとゲイであるトンは、ストレートのワイと友人関係を結びながらも、やはりどこかで彼を密かに想っていたのかもしれないし、思えばシャオジエはプールで働いていた時から、そこに通っていたワイをずっと見つめていた。ワイとムーンが一緒にいたのを見かけた後、シャオジエはシャワーで激しく身悶える(何で?っていうのはストレートには書かないけどだいたいわかるでせう)のだが、あの場面で誰を思ってそうしていたのかは容易に理解できると思う。その後シャオジエはいつの間にかムーンと知り合い、エレベーターで大胆な行為に出るから、そこで撹乱させられるのだけど。
 そうそう、大胆な行為といえば、この映画って激しいラブシーン満載なのになぜか三級指定じゃないんだよなー、不思議なことに。(ブエノスは冒頭以外はフツーだったのに三級片だった)日本公開時にはボカシかかってのかもしれないけど男性陣がどどんと全裸さらすのは当たり前だし、ゲイ役だからとはいえエリックさんは冒頭でいきなり男と絡むし、チンミーも胸こそ出さないがリアルなベッドシーンではほぼ全裸。ついでにリアルといえば、う~んやっぱセックスするのにコンドームは非常に大切だって改めて思ったんだよ、この映画を観て(おいおい)。若者諸君、彼女と自分の将来&できちゃった結婚防止のためにもちゃんとつけて事に及べよ。って何言ってんだよもとはし。

 男女ともに愛されるワイを演じたサニー・チャンは男前じゃないし(ファンの人ごめんなさい)、香港ならよくいる顔の男性って感じがするけど、どこかしらにこのままほっとけないと思わせるような妙な雰囲気を漂わせていた。どこか人付き合いが苦手で感情を上手く出せない中肉中背の理系男性ってのはグッと来るキャラクターなのでしょうか?だれか教えてくださいませ(特にゲイの方にご教示いただきたい)。
 夫への不満から年下との不倫に走るムーンと、香港人の夫と離婚して台湾でたくましく生きる元マダムのローサ、微妙にかぶるようでかぶらないキャラを上手く演じ分けていたチンミー。長らくバリー・ウォン電影のミューズとして、または90年代のセックスシンボルとして香港電影界に君臨してきた彼女の実質上引退作品となったのがこれ。ショートカットに基本的にナチュラルメイクという地味さはあれど、夫と年下の男の間に揺れるムーンの微妙な女心と、失意のシャオジエを励まし背中を押してあげるローサのスマートさはちゃんと演じ分けられていてよかった。これで引退ってのはもったいなかったね。でも今は幸せなのかな?
 親友・張震の『ブエノスアイレス』出演の向こうを張ったかのように(実際違うと思うけど)初の香港電影出演となったのが、台湾の映画監督エドワード・ヤンの秘蔵っ子、ルンルンことクー・ユールン(柯宇綸)。張震と共演した『カップルズ』ではフランス娘に恋した不良少年の純情がまぶしかったけど、この映画で久々に彼の顔を見たら意外にも華がなかったことに気づいたりして(またファンを怒らせるようなことを…) でもかわいいことは確か。そーいえば今はどーしているのだろう。台湾電影やドラマでキャリアを重ねているのかなぁ。
 狂言回し的な役割を担っているのがエリックさんとサンドラ姐。エリックさんは冒頭であーんなこと(笑)しておきながら、古くからの友人が不治の病(で死んだかどうかまではチェックしきれなかったわ)に倒れたこともあり、自由奔放なラブアフェアにはしゃげないままにワイと出会い、彼と友情を深めていくというシリアスな役柄が意外かつ新鮮。男女問わずに彼を頼りにしたくなる存在として演じていたのがいい。サンドラ姐はこの4人の関係に直接関わらないレコード屋の姐さん役だったけど、香港の街で起こるこの映画のような人間模様にアクセントとなる存在だったといえる。最初のシーンで訛りバリバリの中国語を話していたけど、あれは広東語にも北京語にも聞こえなかった。ということは客家語?(いや、上海語かもよ)あと、台湾のゲイクラブでいきなり登場したローサの友人の外人さんは、アジア映画を欧米に積極的に紹介している評論家のトニー・レインズ氏。名前は知ってたけど、レインズさんってこんなオジさんだったのねー。
 また、印象的だったのは美術や音楽の使い方。気ままなシングルライフを送るトンの同居人はかわいい猫ちゃん。そして彼の部屋に貼ってあるのは病に倒れた恋人のメッセージが書き添えられた『悲情城市』のポスター。(…なぜこれ?まぁ、この映画には香港サブカルを支えた「有角度書局」のオーナーにして映画プロデューサーのシュウ・ケイさんが関わっていたとはいえ)ルンルンも出演していた『クーリンチェ少年殺人事件』の本も飾られていた。ワイの愛用するコンピューターにはムーンの死後も二人で撮った写真を加工したスクリーンセーバーが起動しており、これも彼の悲しみとともに効果的に使われていた。
 音楽はメインテーマとして使われるのがフェイ・ウォンの歌う『暗湧』。エンディングではアンソニー・ウォン(黄耀明。秋生じゃなくて「達明一派」の片割れのほう)が歌っていたけど、全くイメージが違うのも面白い。最初のシーンではなんとトニーの『為情所困』のPVがいきなり流れたりしてちょっとビックリしたり、ムーンとシャオジエが戯れるシーンで流れるウィニー・シンの歌なんか一昔前の日本のアイドルポップスっぽいので、これってベタやーんとかツッコミながらも、どの曲もなかなか効果的な使い方をしていたようだ。(デビューしたてだったイーソンの曲も流れていたのかとエンドタイトルでチェックしたし)

 説明不足のところやつじつまが合わないところもそれなりにあったけど、きちんと筋を追っていけば王家衛作品のように(大笑)道に迷うことのない映画だった。こんな文芸映画も、今の香港じゃなかなか作れなくなってきているとも思う。でも、香港電影界の「何でもあり」度を今のまま保っていくのならもうちょっと文芸映画が作られてほしいし、日本でも紹介されてほしいかも。やっぱ動作片や喜劇片ばっかじゃ飽きるもんでねぇ。

 監督:スタンリー・クワン 脚本:ジミー・ンガイ 挿入歌『暗湧』フェイ・ウォン
 出演:チンミー・ヤウ サニー・チャン エリック・ツァン クー・ユールン サンドラ・ン トニー・レインズ

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コメント

 どこかで「1997年の香港返還前=言論や創作の自由が失われないうちにと、同性愛をモチーフにした作品が駆け込みで作られた」という評論を読んだことがあって、ホントかなぁ…と半信半疑だったことを思い出しましたよ。
 そういえば亡くなった女優の陳寶玲も出演していた「假男假女」なんていう珍作も香港で見ました。仲間にゲイさんがいても、レズっぽいアバンチュールを楽しむのはよくても、自分の弟がゲイで警察に不純同性交遊で逮捕されたりするのはイヤー!というヒロインに突っ込み入れまくりでした。女装愛好者と同性愛者ともまた違う嗜好なのよーっ、そこんとこわかってるのか香港人ー!と息巻いたりもして。

 でも1997年後だって結局「藍宇」みたいな作品が作られてますよね…むしろ「無間道」「江湖」みたいな、ワルの魅力を描く映画の方が、当局に修正させられてませんか?

 "どこか人付き合いが苦手で感情を上手く出せない中肉中背の"…まではトニーさんにも通じますね…でもトニーって「女受けはするけどゲイ受けはしないわぁ、三島カットの時以外は、女たらしっぽいじゃなーい」と、大阪のゲイさんにコテンパンにやっつけられたことあります。…ま、その人はレスリーもシュミじゃないって言ってたから、ロイ・チョンさんのような筋肉のついたマッチョタイプでないとダメだったのかなぁと。

 この映画での「悲情城市」ポスターの登場は、トニーファンの中でも話題になったことがありますが、えっウィリアム・チャン&ドイル&トニーの最高傑作(今でもそう信じてやまない。王家衛は不要かも…)の「為情所困」が流れる? それは知らなかった、見逃した、チクショー! 業者に学友の新アルバムと、トニーの未入手だったDVD「正牌韋小寶之奉旨溝女」と「魔幻厨房」特別版DVDを注文しちゃったばかりだよぉ…。

投稿: nancix | 2004.04.26 20:31

nancixさま、興味深いコメントをありがとうございます。
そういえば香港映画ってゲイやレズビアンが平気で出てくるわりには、その本質(特にレズビアン)をちゃんと描いたものって案外限られてたりするんですよね。レズを名乗ることでオトコを寄せ付けない隠れ蓑にしたりとか(例・《新戀愛世紀》のムーンがそうだった)。レズものとしては今後『ポートランド・ストリート・ブルース』を観てカバーする予定です。
《假男假女》のように、ゲイにくっついて理解しているような女性がいざ自分の弟がゲイと知ったときにショックを受けるというのは珍しいことではないようで、日本の某青年マンガ誌に連載していたゲイが主役のマンガでもそれが取り上げられていました。
 トニーがゲイ受けするかどうかはその人の好みによって結構個人差があるんじゃないかな、という気もします。(ロイは好まれるのかなやっぱり?)面倒見てあげたいタイプとゲイ受けとはやはり違うと思いますし。
 『為情所困』はサンドラ姐のレコード屋の店頭でちょこっと流れるだけのシーンなのでもう一回確かめようと思うのですが、あれを流すことによってワイとムーンが暮らし始めた時代設定がいつ頃かということがわかりました。冒頭の啓徳空港の最後の姿もすでに思い出の彼方だし…。

投稿: もとはし | 2004.04.27 00:15

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