「台湾(香港)映画のリメイク。私の苦手な言葉です」
と、『シン・ウルトラマン』のメフィラス風につぶやいてこの記事を始めたい。
申し訳ない。
近年はアジア圏でのドラマや映画のリメイクが盛んで、何も知らずに観ていた民放のドラマの原作が韓国ドラマだったというのも珍しくなくなった。21世紀に入ってからこれまでずっと中華圏の映画を追いかけて見まくり、感想を書いて騒いできたこのblogだが、その間香港映画のリメイクと称する作品にも多く出会ってきた。しかしオリジナルを知っていると、それが妙な具合にローカライズされてしまうことに違和感はあったし、さらにはリメイクばかりがもてはやされてオリジナルが尊重されないものを多く見てきた。
もう実名で書いてしまうが、『星願』が『星に願いを。』、『つきせぬ思い』が『タイヨウのうた』として日本でリメイクされてきたが、それらにはオリジナルへの敬意が感じられずにがっかりしたものだった。なお『タイヨウのうた』のWikipediaを見たら「当初は1993年の香港映画、『つきせぬ想い(新不了情)』のリメイクとして企画されていたが、古い映画でありそのままのリメイクでは今の時代に合わないとの判断」とあり、なんじゃそりゃ、となった…最終的にはリメイク云々は消えたと思うのだが、それでもいい気分はしない。
日本だけでなく、ハリウッドも同様で『インファナル・アフェア』が『ディパーテッド』になってオスカーとか受賞してるが、それもまたオリジナルへの敬意が微塵も感じられないどころか、インタビューでマーティン・スコセッシが香港映画に何の思い入れもなく乱暴だ云々と抜かしていたので、返す刀で彼が大嫌いになった。世界中から賞賛される名匠であっても未だにディパの恨みは根深い。
(後にTVドラマ『ダブルフェイス』として日本でリメイクされたが、もうディパで底を見ていたから、オリジナルへの敬意はかなり感じられてよかった。でも放映時のSNSで「韓国映画のリメイク」と流れてきたときにはもう頭を抱えるしかなかった…)
台湾映画のリメイクとしては、『あの頃、君を追いかけた』がある。オリジナルは台湾で観ていてなぜか地元上映してくれないことを今でも恨んでいるのだが(マジで)リメイクは主演の人の人気もあってしっかり上映した。
という前置きはさておき、2018年の中台合作《健忘村》が中台関係悪化のあおりを受けて興行的に失敗した陳玉勳が、長年温めていた脚本を基に作り上げ、原点回帰と高評価を受けて2020年の金馬奬でキャリア初の最優秀作品賞を受賞したのが《消失的情人節(消えたバレンタインデー)》という原題の『1秒先の彼女(以下イチカノ)』で、日本では翌年夏に公開。さらにその翌年の2022年、舞台と主人公の設定を変え、山下敦弘監督、宮藤官九郎脚本でリメイクされたのが『1秒先の彼(以下イチカレ)』。
あまりにも素早い動きだったので当時は大いに驚いたのだが、滅多にない機会なので一緒に感想を書きたい。
人よりワンテンポ行動が速い30歳の郵便局員曉淇(リー・ペイユー)がダンスインストラクター文森(ダンカン・チョウ)に恋をした。旧暦の七夕に行われる市主催のサマーバレンタインイベントに一緒に参加しようと約束をし、当日の朝、彼女はルンルン気分でバスに乗り込む。しかし気づくと既に翌日の朝。彼女は「その日」が消えてしまったのに気がついた。覚えのない日焼け、覚えのない写真、そして突然に思い出した私書箱の鍵。消えたバレンタインデーの謎を探るため、彼女は実家の新竹、そして私書箱のある嘉義縣東石に向かう。その鍵を握るのは、人よりワンテンポ行動が遅い同世代のバス運転手阿泰(劉冠廷)。
物語の構想自体は『ラブゴーゴー』の頃に既にあったとか(そしてこの構想のリメイクもプロットの段階で動いていたらしい)
途中16年のブランクはあるものの、『熱帯魚』からの映画監督25年のキャリアで、陳玉勳の作風は基本的にあまり変わっていないのかもしれないと思ったのは、最近25年以上ぶりに熱帯魚を見直したからだったりする。
どこか冴えない主人公が突然降りかかった出来事に翻弄され、悪戦苦闘する姿はとにかく笑いを呼び起こすが、どこかしらに切なさを残す。
『熱帯魚』では誘拐、『ラブゴーゴー』では恋がそれにあたるし、『祝宴!シェフ』でいうなら元カレの逃亡&宴会料理選手権出場。曉淇を翻弄するのは自分自身の恋と、自分が思いを寄せられる恋。しかも自分のワンテンポ速いタイミングが更に彼女を翻弄すると共におかしな奇跡を生む。加えて行動がワンテンポ遅いと、その分遅い1秒が溜まっていつか1日分のアディショナルタイムが生まれるという設定は誰も思いつかないであろうイベントであったが、そのくらいはあっても文句は言わない。だって映画だから(アバウト)。
阿泰が得た「その日」を、子供の頃に出会った曉淇と使いたいという気持ちはよくわかる。ワンテンポ遅いというだけでなく、恋に奥手そうなタイプだからなおさらだ。そこで彼女をバスに乗せて東石に向かい、二人だけの時間を過ごす様はかわいらしく見えた。だから台湾公開→全世界配信後にその場面が「女性の身体権を侵害している」と批判されたことを知って驚いた。自分が身体権に対して鈍感だったから気づきもしなかったのは当然のことだが、そういう観点で見たら、確かにあの場面はもう少し控えめにできたのかもしれない。(そういえば別の映画でも昏睡状態の女性に恋をした男がどうのこうのするというプロットがあって、それが結構な巨匠の作品なので萎えた>それ以外の作品は観てるけど)そんな欠点があったとしても、恋することに対する思いをうまく描いているから、そこで許したいものである。阿泰が曉淇に変な気を起こして一線を超えなかったのだから、それを良しとしてあげて(あれで超えたらもろに変態の世界だからねえ)
曉淇を演じるペイユーも、阿泰を演じる劉冠廷も、ただただかわいいだけではなく、どこかにちょっとした陰を感じさせる二人をうまく演じている。これが先に書いた「笑った後に残る切なさ」。曉淇は子供の頃に父親が蒸発しており、阿泰は交通事故で両親を失っている。そしてそれぞれ人よりはみ出ていることを自覚している。彼ら以外にはみ出したまま生きていたのが他ならぬ曉淇の父であり、「その日」の終わりに阿泰と彼が出会い、これまでの空白を埋めるように蒸発前に頼まれていたお使いの緑豆豆花を阿泰に託す場面には、曉淇が失い、父が手放した彼女への愛の切なさを感じた。エンディングはサクセスやハッピーエンドでなくていい。どんなにトラブルが起こって踏んだり蹴ったりであっても、愛と切なさを抱いてちょっとでも幸せになれるようにあればいい。そんなことを思う。
原題:消失的情人節(My Missing Valentine)
監督&脚本:チェン・ユーシュン 製作:イエ・ルーフェン リー・リエ
出演:リー・ペイホイ リウ・グアンティン ダンカン・チョウ ヘイ・ジャージャー リン・メイシウ マー・ジーシアン
そんなオリジナルを基に、舞台は京都に、主人公の二人は男女逆転と大胆に設定を変えたのが『1秒先の彼』。
宮藤官九郎(以下クドカン)は脚本作品として『あまちゃん』や『いだてん』が好きだけど、面白くはあるが諸手を挙げて支持しているわけではない。テイストも陳玉勳というよりむしろギデンズやパン・ホーチョンの方が近いのではと思っていたので、リメイクに手を挙げたのは意外だった。山下監督も多作な方で、近年では野木亜紀子脚本の『カラオケ行こ!』や実写演出を担当した共同監督作のアニメ『化け猫あんずちゃん』が面白かったけど、すでに評価も定まっている彼がリメイクに(以下同文)となったのは言うまでもない。
人よりワンテンポ行動が速く口が悪い京都・洛中で働く郵便局員ハジメ(岡田将生)が、ストリートシンガーの桜子(福室莉音)に恋をした。週末に故郷の宇治で行われる花火大会に行こうと約束をして、ルンルン気分でその日を迎える。しかし気づくと既に翌日の朝。彼は「その日」が消えてしまったのに気がついた。覚えのない日焼け、覚えのない写真。そして私書箱の鍵。彼は消えた日曜日の謎を探るため、宇治と私書箱のある舞鶴の郵便局に向かう。その鍵を握るのは、人よりワンテンポ行動が遅い舞鶴出身の大学生レイカ(清原果耶)。
結論として、さすがにベテランかつアジア圏でも評価されてる2人であるからか、オリジナルへのリスペクトが感じられたよいリメイクであったと思う。男女を逆転させたことで、クライマックスのデートの場面はオリジナルで物議を醸したポイントをうまーくスルーできたし、レイカが大学生設定になったら「消えた1日」をつなぐバスは誰が運転するんだ?と不思議に思ってたら、ある事情でそれに巻き込まれたバス運転手(荒川良々)が独自に設定されて、これもいいアクセントになった(その一方、やはり日本オリジナルキャラだったハジメの妹とその相方のギャル&チャラ男ははたして必要だったか?と思ったが)ハジメの速さとレイカの遅さの秘密も独自解釈だったけど、それはお互いの名前の総画数にあったって、いったいどうやったらそんなアホなネタが思いつくんだよ!と頭を抱えながら心で大笑いした。あ、でもこんなことはクドカンしか思いつかないのか。
黙っていればイケメンだが口を開けば毒を吐く、もうわかりやすく残念なイケメンであるハジメ(皇一)役の岡田将生(以下マサキ)の近年の活躍っぷりはすごいもので、カンヌからアカデミー賞までを沸かせた『ドライブ・マイ・カー』は言うまでもなく、今年はドラマ『虎に翼』や『ザ・トラベルナース』、映画は『ゴールドボーイ(原作は中国のミステリーYA小説!)』『アングリー・スクワッド』などでそれぞれ印象的な役どころを演じてきた。恵まれた容姿を持っていながらも決して白馬の皇子様的キャラにはならず、癖が強く陰がある裁判官、仕事に誇りを持つ自信家の看護師、欲望のためには殺人をも厭わない青年、飄々とした天才詐欺師などを演じてきて大いにハマっていた。山下監督とはキャリア初期の映画『天然コケッコー』(未見)、クドカンとは映画化もされたドラマ『ゆとりですがなにか』でコンビを組んでいたけど、ハジメのキャラには『ゆとり』の影響が見えるかな、と件のドラマを楽しんで観ていた身として思う。
マイペースだが意外と頑固で意志が固いレイカ(長宗我部麗華)は13歳でデビューして以来着実にキャリアを重ねてきた清原果耶。朝ドラヒロインも務め、その演技はとかく「すごい透明感」とやらだけで語られがちだが、コメディエンヌとしてもハマるし、桜子との対決場面も見せてくれるので安心して見られる。ここから『青春18×2』のヒロインに起用されるのはなんかいい流れ。今後も台湾に縁のある作品に出演してほしい。
というふうにリメイクも楽しく観られたことは観られたが、それでもやはりオリジナルにはかなわないし、どう突き詰めてもクドカン&山下監督の味わいになるのは仕方がないよね、とも思わされる。でもお互いにリスペクトしあい、尊重もしている点では、理想のリメイクだったと思うよ。
中文題:快一秒的他
監督:山下敦弘 脚本:宮藤官九郎
出演:岡田将生 清原果耶 福室莉音 荒川良々 羽野晶紀 加藤雅也
ところでこの作品のみならず、近年は中華圏と日本映画がお互いにリメイクしあうのが一つの流れになっているようである。
今年の中国映画市場で大ヒットを飛ばした『YOLO 百元の恋』は、安藤サクラが渾身の演技を見せた『百円の恋』(2014)のリメイクであり、ジェイ・チョウの初監督作品『言えない秘密』(2007)は京本大我と古川琴音主演でリメイクされた。
いずれも観たけど、リメイクが(オリジナルを超えはしなくとも)成功するのは作り手がオリジナルを大切にしたうえでのリスペクトであると改めて思ったのであった。というわけでこれらのリメイクについてはあまり触れないでおく。
はい、以上。
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