春光乍洩九龍縦横記(その4)

3月28日(金)

起床して気づいたのは、朝なのに暗いこと。香港の日の出は日本より少し遅いと感じているのだが、晴天だった先の2日とは明らかに違う。若者女子たちは今日も皆寝ていて、人によっては8時まで寝ているくらいだから、毎日夜遊びしているのだろうかなどと思いながら寝不足なのに早く起きてしまう高年女子である(自分で書いててアホっぽいと思うが気にするな)

バスタオル共々、前日分の衣類を洗濯機にかけ、ランドリー隣接のキッチンの冷蔵庫から前日入れた叉焼雞扒飯のパックを出し、電子レンジで温めた。パックはジップロックコンテナより少し薄いくらいのプラスチックだったので、容器ごと温められたのは有難かった(実は出先の餐廳で食事もお菓子も食べ残すかもしれないと思って、外出時には日本から持ってきたコンテナを持ち歩いていたのだが、ほとんど使わなかった)
台湾でもよく使われるジャスミンライスは、冷えると美味しくないけど、温めると食感が復活して美味しい。出来立てじゃないけど、肉の触感もいい具合。このお米を食べて、香港や台湾に来たと実感できる。

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この日は実質最終日。
もしかして雨が降るかもしれないので、午前中から昼は近場から回って、雨に当たらないように街中メインの移動にした。まずはホステルの裏にあるガーデンヒルを攻略。
ホステルの前に立つ香港を代表するベーカリー、嘉頓(ガーデンベーカリー)の本社ビルを初めて見た時は感動した。その名の由来が、後ろに控える嘉頓山(ガーデンヒル)であったことを今さらながら知ったので、諸々の施設が開く前に踏破してみた。といっても標高は大したことはない。

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丘の途中から見る美荷樓。H型の建物がユースホステルのHにもMei HoのHにも見える

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屋上はちょっとした公園になってる

下山するとちょうど10時。泊まっていながらこれまでなかなか見る時間がなかった美荷樓生活館が開館していたので見学。もともとは団地だったこの建物は、50年代の石硤尾の大火事を受けて被災者を収容する目的で建てられたといい、広東省から移民したジョン・ウー監督が少年〜青年期を過ごし『桃さんのしあわせ』の桃姐もここで過ごしたという設定を原案のロジャー・リーさんが明かしているとか。
50年代から80年代くらいまでの暮らしが展示されている。九龍の東側の生活は九龍城砦展で体験したが、同時期の西九龍の様子もよくわかる。2000年に入って、牛頭角や観塘などにある古い団地群が解体されて再開発され、フォトスポットにもなっている彩虹の団地もそろそろ取り壊しの話もあるという。返還前後は「借り住まいの地」と呼ばれていた香港だが、返還10年を過ぎたあたりから団地や地域の再開発を機に古いものを残そうとする運動やそれにまつわる思い出を残す試みが目立っている。借り物から故郷へと香港のアイデンティティが変わっていることを改めて強く意識した。

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ウーさんのコメント

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こちらはロジャー・リー氏のコメント

続いてMTRで旺角へ向かう。インスタで見かけてチェックしていたレスリー・チャンのアルバム『為妳鐘情』発売40周年の記念展示が行われるというインテリアショップGiormaniを訪問。春休みに香港へ行くとレスリー関連イベントがいつも行われているが、日程がこちらのスケジュールと合わないことが多くて、これまではなかなか足を運べなかったし、数日後は彼の命日…と考えるとどうしても切なくなるのであった。でも九龍城砦でも80年代のアイコンとしてレスリーの「Monica」が使われるので、今年のイベントは気軽に行けそうかも、と早速行ってみた。そしたら気合を入れすぎて開店15分前に着いてしまった。なぜだ、熱烈なファンじゃないはずなのに。しかもコーナーに入れるようになっても設営はまだ続いている。これは香港では別に珍しいことではないが、私が初日一番乗り客で本当にいいのか?と自問自答しながらライヴのパネルやアナログレコード展示をじっくりと見た。2000年の春に北京(だったと思う)で開催されたライヴの映像も流れていて、新旧取り混ぜた曲の数々に聴き入った。この後のワールドツアーの東京ライヴに行った時のことも思い出したなあ…

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展示を楽しみ、係の人に撮影してもらってただのレスリーファンと化した後は一息つきたくなってショップ付属のカフェでホットの正山小種を飲んでしばし休息。ああ、この旅で初めて温かい無糖の飲み物を飲んだよ…

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外に出ると予報が変わったようですっかり晴天。この天気なら遠出できる!と思いつき、まずは資金の両替の為に尖沙咀の重慶大廈へ。残していた日本円を両替したら2日前より円安が進んでいて寂しい金額になっておりタメイキ。しかし、以前弟から20年以上前の中国留学中に使っていたという人民元をもらっていて、両替できるかもしれないと持ってきていたのを思い出したので、一番高額の100元札を2枚出したら受け取ってもらえ、なんと200元が212ドルになって返ってきた。人民元の強さを改めて思い知った(こらこら)

そこから歩いて半島先端にあるK11 MUSEAへ行き、映画館のアートハウスで座席予約をして、再び啓徳へ。AIRSIDEの城砦展に再び行き、ショップでお土産としてグッズを購入。見たら実景写真集が入荷していたのだけど、この先の遠出で持って歩くのはきついし、誠品書店や油麻地のKubrickで購入できるかと思ってその場では購入せず。屯馬線から観塘線に乗り換え、車窓から懐かしき裕民坊の跡地を眺めて悲しくなりながら、数駅先の油塘で下車。そこから海沿いにある茶果嶺道を北方向から逆に歩いた。

今では東九龍もMTRが開通して便利になったが、海沿いに面し、低層の住宅で構成される茶果嶺村は、香港最後の村といわれるくらいであり、九龍城砦のような三不管ではないにしろ、近代化からは取り残されたまま時が過ぎ、近年再開発が始まったので(参考:デイリー新潮) 村自体が大きく変わろうとしているところ。映画のロケ地にもよく使われる場所で、以前から言ったみたいと思っていた。今回行かないと次はもうないかも…というところなので、思い切って行き、小さな村の路地を迷惑にならないようにそっと歩いた。

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午後の日差しにばてそうになり、開いていた冰室に入って凍檸檬茶を注文。街中のそれとは違う、時代感漂うインテリアにラジオから流れるレスリーの曲が80年代のムードを盛り上げる。
この店は茶果嶺の老舗である榮華冰室。数年前からご主人が体調を崩されて休業していたので、それを心配していた人がSNSで多かったとのことだが、今年になって再開したそうでよかった。午餐を取っていないのに、空腹ではなかったので飲み物だけにしたのだが、今思えばもっとゆっくりしたかった。次のスケジュールと夕方からの映画の予約を入れてしまったので、そこは致し方なかったか。

行きとは逆のルートで尖沙咀に戻り、この旅でやっと行けたのが文化中心と星光大道。
今年の香港国際映画祭は4月開催で、ビジュアルの展示が少なく、探しきれなかったのが本当に残念。プログラムは英皇戯院で入手できたし、今年の映画祭アンバサダーだったアンジェラ・ユン、特集上映があったルイス・クーのビジュアル掲出は香港島側にあったのは知っていたのだけど、今回の旅では全く港島側に行かなかった(!)ので出会えなかったのよ。

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代わりに文化中心に展示されていた香港コメディ映画特集のサイネージを。『月夜の願い』『新世紀Mr.Boo!』『プロジェクトBB』など

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6年前に行ったときは表示もすり減っていて悲しく感じた星光大道も、ちゃんとリニューアルされていたようで安心。城砦関係人物の手形をどうぞ。

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古天樂(&サイン:通称トルネードポテト)

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アーロン

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サモハン

その後、K11アートハウスに行き、ニック・チョン監督&主演、テレンス・ラウ共演の『贖罪の悪夢』を鑑賞。

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映画が終わるともうすっかり夜。では星光行の誠品で写真集を…と歩いて行ってみたら、在庫はなし。ではKubrickは?と油麻地まで行き、水果市場を通り過ぎて行ってみたらここにもなし。ではまたAIRSIDEに戻らなきゃいけないのか!と啓徳まで行って購入。日本円で7,000円ほどしたが後悔はしなかった…それから約1か月後、日本語版の発売を知る前までは(いやそれでも買いますよ、はい)

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夜の果欄。まだ幾つか店は開いていた

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香港に来るといつも通ってしまうブロードウェイシネマテークも、行ったのはこの晩だけだった

最後の晩餐はここでだな、と思い、城砦展隣接のフードコーナーで注文したが、叉焼飯はすでになく、スープがあったのでいただいた。寂しい晩餐となった。なぜAIRSIDEのフードコートに行かなかったのだ、自分よ。

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スープの名前を聞き忘れた。多分メニューの一番左…

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この日の昼撮影した駄菓子コーナー

帰りはホステルの反対側にある石硤尾で下車。帰り道に惠康があったので、思い出して叉焼醤と祝君早安タオルを購入。安くてなぜかホッとし、帰宿。カフェで凍檸檬茶を頼み、最後の夜をしみじみ過ごす。

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名残惜しさを覚えながらドミトリーに戻ってパッキング。

大して買い物をしていなかったのでキャリーは重くもならなかったのだが、ここである選択ミスをしたことにより、翌日に大きなやらかしが発生したのであった…

3月29日(土)

起床5時半。まだ寝ている女子たちの迷惑にならないように着替えて最終パッキングをし、6時になってドミを退室し、チェックアウト。帰りはエアポートバスに乗りたくてフロントでバス停を教えてもらい、7時ころのバスに乗ればいいかなとか余裕かましていたが、その余裕がその後いろいろやらかしにつながった。

まずバスに乗る前に早餐用のフードを買いたかったのだが店を探しきれず。ホステルに戻ってキャリーを引き取り、バス停のあるらしい通りにいってもエアポートバスの表記はなく。結局MTR駅沿いにあるエアポートバスのバス停でしばし待ったところ7時半になっても全く捕まらず。これなヤバいと思って駅に駆け込み、AELで空港にたどり着いたのが9時前。チェックインカウンターでキャリーを預け、すぐさま出国検査に行ったが、手荷物検査で引っかかった。割れるのが不安で手荷物にした叉焼醤が持込の限度を超えていたのでチェックインで預けてもらえと言われたのだ。しかし再びチェックインカウンターに行くと無問題だからそのまま通れと言われ、再検査したらまた引っかかる。実は以前SNSで「瓶の叉焼醤は機内持ち込み限度を超えるので厳重にパッキングしてチェックイン荷物に預けるべし」と見かけていたのだが、それをすっかり忘れていたのた。怒りの講義も空しく瓶は取り上げられた。職員さんに対してキレた自分も大人げなかった。反省。

そんなこんなで悲しみに暮れながら搭乗口までの遠い道を行き、たどり着いたのは予定時刻ギリギリ。どこかで何か食べる余裕もなく搭乗した。飛行機は定刻の10時05分に離陸。

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この旅最大のやらかしにやさぐれまくり、それなら最後の午餐になる機内食は贅沢してもいいよね?と思って、残していた香港ドルで荷葉飯(機内食のため蓮の葉なし)とプーアール熟茶を購入していただいたら、いくらか怒りと悲しみはおさまった。

帰りに観たのはアンディ&ルイス主演の『ホワイト・ストーム(掃毒2)』。往路はヤバいルイスだったが復路はゲスいルイスか…となり、ああ信一と同じ手をしているとか、お姉ちゃん侍らせてるの違和感あるとか、かつての黒社会の師弟が反目しあってからの怒涛の展開に目が点になったり、ルイスを追いかける警官たちの一人に『ラスト・ダンス』のミシェル・ワイがいて手を振ったのに…といろいろ言ってたら、監督がハーマン・ヤウだったことに気づいて全て腑に落ちたのだった。

仙台空港には予定通り14時20分に到着。ほぼ同じ時間に着いていた香港航空と荷物の受け取りがダブったけど、なんとかキャリーを受け取って仙台駅に向かう。
その間にチェックしたSNSに、こんなpostがあった。

盛岡ルミエールにトワイライト・ウォリアーズ観に来たら、行列ができてて非常階段口に並んで今待ってる!」

この前日からわが地元では城砦の上映が始まったのだが、土曜の1回目の上映はなんとほぼ満席だったとのこと。
この知らせによって朝からのやさぐれ気分は吹っ飛び、とっても嬉しくなったのは言うまでもなく、仙台駅近くの書店で城砦キャスト来日時のインタビューとグラビアが掲載されたananを買って、盛岡に帰還したのだった。

旅を終えて

思えば前回の旅(残念ながらこちらで記事にはできなかった。一部は有料だけどnoteにあり)から2カ月後、反送中運動からのデモが始まり、全く予想もつかない方向に進んでいき、コロナ禍の中で国安法が施行されるなど、この6年間の香港は激動した。ネオンも9割ほど取り外され、それでも夜の街はなんとか歩けたけど、あの華やかさがなくなったのは寂しかった。街全体も人は多くともどこか雰囲気が違う。尖沙咀には行ったけど、島には全く行かなかったので、全体を見たわけではない。今後もあれこれと変わっていきそうだ。変わってしまうからこそ、行ける時にはなるべく行こう、と思ったのだった。まあ、物価は高いのだけど…というわけで、

次の旅への備忘録

・バス路線を把握する
・甘いものを摂りすぎない
・食事はスーパーの惣菜コーナーやコンビニのホットスナックをチェックせよ
・ドミトリーは至れり尽せりではない、特に熱に強いカップ的な物は持ってけ
・暑くなければ食べきれないフードは打包して持ち帰って翌日レンチンしよう
・衣服は乾燥機に耐えられる種のものを少なめに持っていく
・歩きすぎない
・歩きすぎない
・歩きすぎない

…って結局歩いてしまうので本当に気をつけよう。寝られなくなるし。

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☆この旅行記を再構成したZINEを製作します。詳細は後ほど。

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春光乍洩九龍縦横記(その3)

3月27日(木)

起床6時。曇り空のまま明るくなってきたが、同宿する若者女子たちは今日もまだ眠っている。
そっと起きだしてテラスに行き、ここ数年の朝の習慣になっているストレッチをして、プロテインを飲んで部屋に帰ろうとしたら客室エリアに入るために使うタッチ式のルームキーがない。通りかかったスタッフに事情を話して開けてもらい、フロントで新しいキーをもらってドミに戻ったら、あらまあ枕元にキーが置きっぱなしだったよ。

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この日は昼に《破・地獄(ラスト・ダンス)》を観に行くので朝はゆっくりめの行動。前日はかなり汗もかいたので、洗濯機を回してから早餐を取ることにした。あらかじめオクトパス支払い(洗濯・乾燥各30ドル)を確認していたのだが、説明をよく読まなかったために洗濯物を入れる前にタッチ支払いをして空洗いさせた(泣)仕方なく隣のマシンに入れて支払いなおし、仕上がる間に美荷・時光でサテビーフヌードルセットをいただく。その後、乾燥機を45分にセットしてドミに戻ったが、実際の乾燥所要時間は45分以上かかった。

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こちらがそのサテビーフヌードルセット。飲み物は凍檸檬茶。

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諸々片付いて10時に出発。前日に続いて尖沙咀のiSQUAREで《破・地獄》。
HKMovie6アプリで確認するとThe CORONETという座席数が少ないスクリーンが出てくるのだが、行ってみて座席を取ると、なんと190ドルで一瞬驚く。でもよく聞くとフードセット込みで「何にする?」と聞かれたので、アボカドドッグとポップコーン、アイスオレンジティーをチョイス。

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ポップコーンバケットは香港国際映画祭仕様。今年は映画の名セリフがちりばめられていて、「もう一度やり直そう(広東語/ブエノスアイレス)」や「私は海より深く人を好きなことなんて…(日本語/海よりもまだ深く)」はわかった。

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そしてシートはクッションとブランケット付きだし、スクリーンはでかい。これならあの値段も納得。しかし日本でもプレミアムスクリーンに入ったことなかったので、香港でデビューというのはありがたい。おかげでずったりのめり込んで観られた。

映画の後は尖東まで出て、屯馬線で錦田へ。
ここには客家式邸宅が並ぶ吉慶園がある、とセサミスペースMさんの『Hong Kong 旅歩き』というエッセイで読んでいたのだが、そのことはすっかり忘れていて(すみません)昨年の香港映画祭で観たサミー主演の『流水落花』の舞台及びロケ地であり、その風景が岩手にあまりにも似ていたことで「香港の岩手!香港に岩手があった!」と勝手に騒ぎ(しかもカー・シンフォン監督にもわざわざ言うくらいだった。何かわかりにくくてすみません監督ってここで謝るな)一度行ってみようと思ったのだった。

錦上路駅で下車し、マップで中心街を調べてバスに乗車。駅の反対側は高層マンション群の建設が進んでいるが、駅を離れたら低層の建物が並び、台湾の地方のロードサイドを彷彿とさせる。中心街で降り、川を渡って山の見える方向へと歩いてみる。

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目の前に見える山は香港街道地方指南によると雞公嶺(圭角山)という山。さすがに山に登る気にはなれなかったが、周辺なら回れるかと思ってしばし散歩。わき道に入ってずんずん進むとあたりはすっかり農地で、どこも有機野菜農園と書いてある。これではますます岩手ではないか、と思って歩いてた。しかし、川に戻ってふと遠くの橋を見ればずらっと並んでた五星紅旗……街のあちこちでは「中華人員共和国建国75周年」という過去のイベントポスターも見かけた。それは決して間違いではないことなのだが…と心でため息をつく。

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歩いているとよく見かけた看板なので書店なの?と思って行ったら休みだった。

帰りは駅まで歩き、やはり香港というより台湾っぽい街並みを感じ(多分吉慶園の近くも通っているが気づかなかったようだ)1回乗り換えて深水埗へ。まだ早い時間に戻れたし、久々に甜品を食べたくなったので、緑林甜品でマンゴープリンの楊枝甘露かけをいただいた。いつもの流れなら豆腐花なのだが、久々に楊枝甘露を食べたかったのでまあいいか。

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帰宿してストレッチしながら少し休憩。昼に映画を観たので、夜は深水埗を歩くことにした。夕闇に沈んでいく街は美しいなあと思いながら、晩餐のいただける店を探し、華園冰室という茶餐廳に入って、叉焼雞扒飯を注文した。この旅で初めての米飯であった。

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しかし!完食できなかった。これで残して帰るのもなんか悔しいので、店員さんに「打包(テイクアウト)」とお願いして持ち帰り用のパックをもらい(有料・2ドル)残したご飯と叉焼と雞扒をつめ、セットの凍檸檬茶は全部飲んで店を出た。日本でも食べ切れなかったらテイクアウトしているので(例えば地元の某有名そば店のカツ丼。美味しいし好きだけどボリュームが半端ない…)特に抵抗はないのだ。

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途中西九龍中心にもふらっと寄ったけど、疲れてもいたのでまっすぐ帰宿し、宿の売店で大紅袍のペットボトルを買ってテラスで飲んだ。
気温は高くて外で過ごせるのは良いのだが、疲れている時だからこそ、とにかく、熱いお茶が飲みたかった…。

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深水埗の夕方をどうぞ

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春光乍洩九龍縦横記(その2)

3月26日(水・承前)

MTRで尖沙咀まで出て、重慶大厦で両替。複数の両替店を回り、複数の店がつけてた515ドルより高い店がなかったので、そのうちの1店で両替。6年前の春は620ドルくらいだった記憶があるのだが…
尖沙咀東まで歩いてMRT屯馬線に乗って啓徳へ。5年前に開通したばかりの路線で、かつてのKCR東線が延長して名称変更したもの。もちろん初めて乗る路線。
AIRSIDEは駅直結。九龍城砦展は1階(日本で言う2階)なのでエスカレーターで上る。

確かにそこにあった。新しいショッピングモールの一角に、九龍城砦への入り口があった。

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龍城髪廊と名付けられた龍捲風の理髪店。丸刈りからパーマまであらゆる髪型に対応可能。鏡周りが楽しいことになってる。

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さすがにここに座って写真を撮る勇気はなかった…というかもしかして座るの禁止?

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フードコート部分にあった水槽。フィギュアの並べ方がかわいい

香港上映後の昨年秋くらいに空港で展示された再現セットを移転し、劇中で使用された衣裳や小道具の展示、メイキング動画の上映やエクストラな装飾もあって楽しい。春休みなので日本人客も少なくなかったが、おそらく漫画版キャラのコスプレしてた華人女子コンビがポーズをつけて写真を撮りまくってたのが印象的であった。

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生活感あふれまくり、信一の部屋の一部。

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「それどこで買ったんだ?」「シート―」でお馴染み、士多(売店)

物販ではソフトはもちろんのこと、作品をモチーフにした地元作家によるグッズがたくさんあり、噂になっていたキャラクターイメージの香水もあった。もちろん全部テイスティングして、一番華やかな信一(ピオニー&フリージア)にした。ミーハーで申し訳ない。
また、メインキャラを日本語入りでイラスト化したステッカーとマグネット(香港映画のイラストグッズを多く手掛けるデザインユニットMIBOROCKによるもの)があり、どれでも2種から購入できるというので、「龍兄貴を…」といったところ、販売員さんに「龍兄貴はセット購入でゲットできる」といわれたため、全種類購入したのであった。いい商売方法だな、と思ったが、ある意味それでよかったのかもしれない。

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こうして並べると、まるで私が信一推しみたいに思われるじゃないか。箱推しだぞ箱推し。ウケを狙ってもいいじゃないかにんげんだもの。

AIRSIDEを後にして向かったのは九龍寨城公園。16年前の春に友人と一緒に訪ねて以来だ。当時の印象はこんな感じ
公園化されてからまだ10年くらいだったから、薄いと感じるのは致し方ないのかもしれない。そろそろ30年、ともなると木々はしっかりと生い茂り、花々も見事に咲いている。あの城砦は姿を消してしまっても、そこには確かにあった、というところまで定着したのだろうな。一部改修が進んでいて、アートフェンスが並んでいた。

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公園脇の日本城でバスタオルとゴムサンダルを買い(理由は後述)腹も減ってきたので九龍城廣場に入り、雲風堂という餐廳に入る。下午茶メニューの西多士がアレンジバリバリでなんか甘すぎかも…と思っていたら、水餃があったので注文。

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水餃というより雲吞っぽい…openriceによればベトナム料理がメインのお店だったらしい

最寄りの宋皇臺駅(南宋最後の王の幼い兄弟が逃亡して休息を取った地として知られ、石碑が啓徳空港内にあったそうだが、第二次大戦時に日本軍が破壊したそうだ。ひどいし申し訳ない)から尖沙咀に戻ってiSQUARE英皇戯院に寄って映画のチケットを購入し、一旦深水埗に戻る。

美荷樓はユースホステルなので、タオル類がないのは予想がついていて、フェイスタオルとアウトドア用のクイックタオル(髪を乾かす時などに使用)を持ってきていたのだが、持っていくつもりだったバスタオルを忘れていた。そしてもう一つの誤算は、室内履きを忘れていたこと。それもスリッパではなく、館内やバスルームでも使えるビーチサンダルかゴムサンダルが必要であった。それらがなかったので、1日目の入浴はなかなか大変であった。そんなわけで、出かけた時に買ってきておいた。
食事に関しては1階の美荷・時光で食べるか、テラスをはさんだ向かいにあるキッチンで調理するというようになっていて、お茶用の熱湯も供給されていたのだが、お茶の葉やティーバッグがあってもカップがないので(皿などの食器はあるのに)温かいお茶が飲めないという事態になっていて、せっかくプーアール茶葉を持ってきていたのに飲めず、がっかりであった。
ここしばらくの台湾旅でドミトリーを利用していたが、設備が割と至れり尽くせりだったので、それになれてしまったのが油断のつきだったようだ。次に香港のドミトリーを利用する時には、携帯茶器セットかシエラカップを持っていかねば。

夕方に美荷樓に戻ってストレッチなどをして少し休み、再び尖沙咀に《今天看我怎麼說(私たちの話し方)》 を観に行く。平日のイブニングショーだからか、劇場は若者が多い。晩餐の時間にかかるので、ホットドッグと温かいお茶を注文して鑑賞のお供にする。

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美荷樓に戻ったのは22時頃。部屋が暗かったので、夜更かしもせずにさっさと入浴して寝る前のストレッチをし、24時前に就寝。だけど、久々の街歩きだったからか、なかなか眠れずに困ったのであった。

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春光乍洩九龍縦横記(その1)

3月25日から29日までの5日間、6年ぶりに香港へ行ってきた。

本来ならば台湾に行くつもりだったのだが、花巻はもとより仙台発のエアチケットがなかなか安くならずにずっと様子を見ていたところ、昨年末より仙台に就航した香港の3路線(香港航空、香港エクスプレス、大湾區航空)が台湾よりも安く、それに加えて啓徳空港跡地の再開発によって2年前にオープンしたショッピングモールAIRSIDEで『トワイライト・ウォリアーズ(以下九龍城砦or城砦)』ロケセットの再現展示が行われているということを知り、乗るしかない、このビッグウェーブに!という気持ちを起こしてチケットと宿を押さえたのであった。
エアは大湾區(グレーターベイ、以下GBA)航空。香港・マカオ・珠江をひとくくりにしたこの呼称がなんかひっかかるのだが、一番安かったので致し方ない。

宿は初めての深水埗。かつての団地をリノベしたユースホステル美荷樓のドミトリーがバーゲンセールしていたので予約。近年の台湾ではドミトリーに泊まることが多くなったが、香港の旅では初。いろいろ不安もあったが、行けばまあ何とかなるだろうと思った。

そんなわけで、久々すぎる私の香港の旅が始まった。

3月25日(火)

現在は国際空港となった仙台から出国するのは、7年前の2月の台湾以来だが、実は仙台からの香港行きは25年前に経験している。当時はドラゴン航空が仙台に就航しており、安価なパッケージツアーがあったので、地元の香港映画サークルの友人と共に行ったことがあった。しかし2003年のSARS流行がきっかけで路線は撤退し、数年後にチャーター便で復活しかけたものの、東日本大震災で中断され、その間にドラゴン航空はキャセイに吸収されて消滅し…という状態であった。もう二度と香港便は就航しないのではないか、とまで考えていたが、東京まで出ずに出国できることは、インバウンド効果でも実に嬉しい。

※しかし日本で数年前ベストセラーになった予言コミック『私が見た未来』が最近香港で翻訳出版され「今年の7月に日本で大地震が起こる」という噂が広まり旅行のキャンセルがあったなどの理由でGBAは現在減便、香港航空は休航。全くなんなんだか。

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昼に地元を出発し、空港アクセス線経由で仙台空港に着いたのは14時。すぐにGBAのカウンターに並んでチェックイン。Wi-Fiルータを受け取ってさっさと出国検査をすます。しかし早く入りすぎて出国ロビーでは暇を持て余した。
初めて見る白×ライトブルーの機体がGBA機。家族旅行の日本人グループや私のような個人旅客も多少いたが、ほぼ満席の機内を占めるのは圧倒的に香港人旅客。空港内の華語アナウンスは普通話のみだったが、搭乗すると広東語メインで安堵。

定時にテイクオフ。LCCはモニターがないので、アマプラからDLした『狼たちの処刑台』を観た。6年前の香港旅でも機内で観たのだが、九龍城砦大ヒット記念でルイス・クー出演作を何か観ようと思っての久しぶりの再見。感想は省略。
LCCでは飲食物の持ち込みができず(ミネラルウォーターの配布はある)なんとか頑張って空腹に耐えようとしていたが、それでも腹減ったーとなったので、合味道(カップヌードル)海鮮味を注文。フードサービスは有料なのでカード支払い。普段食べないだけあってこういう空腹時のカップヌードルは美味であった。

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こんな感じでサーブされる

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機窓から見る黄昏時があまりに美しかったので撮ってみた

定時の20時50分に香港着陸。荷物も早く受け取れたけど、手持ちの香港ドルが少なかったのでロビーに出る前に空港で両替。…しかし1万円出して受け取った額が500ドル切っていて大ショックであった。財布の中にはそれこそ400元ほどあったので、ここで換えなければよかった。ああ後悔役立たず。

ホステルの最寄りの深水埗まではAEL→青衣乗換でMTR東涌線荔景乗換→荃灣線で向かうことに。では早速オクトパスを…と改札をタッチしたら無反応。MTRカウンターに行かないとどうにもならないので、まずは切符を買って青衣へ。行けなかった6年間でオクトパスが切り替わって使えなくなってしまったので再発行してもらい、デポジット分を引いた残金を全て移してもらえた。ありがたい。

駅からは待ち合わせた友人に助けてもらいながら徒歩でホステルまで向かう。深水埗といってもいつも歩く問屋街の反対側で、ガーデンベーカリーの本社を越えて少し坂道を上ったところに、美荷樓はあった。
23時頃にチェックインして入ったドミトリーは女性専用の8人部屋、入ったら部屋は半分暗く、空いてた2段ベッドはどこも上段、そして私以外は皆普通話を話す華人若者女子(大陸か台湾か区別がつかなかったので一応こう言う)後からチェックインしてきた女子と相談してベッドを決め、暗くてどこに何を置いていいのかと思案しながら荷を解き、シャワーを浴びたらもう消灯されてしまったので、つまずかないよう注意してベッドに上って多分1時くらいに就寝。

3月26日(水)

起床7時。
今回の旅では多くの友人たちがほぼ同じ目的で同じ時期に来ていたため、何人かナンパ(違)して逢うことができたのだが、その中でも同じ宿に投宿している人が実に多かったので、待ち合わせは楽であった。というわけで、同宿の友人にあらかじめ一緒に早餐しませんかとアポを取ってロビーで待ち合わせて、街へ出かけた。

欽州街を下って西九龍中心近辺を歩き、汝州街にある鴻昌茶餐廳に入ってこの旅最初のごはん。

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まだ気温に慣れていなかったので熱檸檬茶。

おじさんと相席しながら(茶餐廳のお約束)あれこれ情報交換をし、短い時間だったけど、いろいろな話を楽しくできた。

ホステルに戻ったのは10時過ぎ、私と他1名を除いて全てチェックアウトしていて、ルームクリーニングが始まっていた。ここで思い立ってルームメイドさんにお願いをして、下段の空いていたベッドに自分のシーツを敷いてもらって寝床を交換してもらった。もちろんフロントにも事後報告。

昼はやはり同宿の別の友人とそのご家族に、美荷樓の中にあるカフェ美荷・時光で逢う。こちらは80年代エンタメをテーマにした内装が楽しい。こちらでも楽しくお話をして、午後からはいよいよ街へ向かう。

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お約束だが床がいい

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yesカードもこのように並べて飾るとオサレである。レスリーとアーロンになぜか目がいった

その2に続く

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トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦(2024/香港)

昨年の秋、東京国際映画祭で初めてこの映画を観た時は、「いやー、これはホントにすごかった!」としか言えなかった。しかし、既に現地上映を観てきた同好の士の皆様や、映画祭のために来日した(!)華人の若い電影迷たちの熱狂を同じ映画館で感じた時、コロナ禍前後のあの民主運動の顛末や国安法施行、検閲開始と激しく揺れ動いた香港でもうアクション映画は作れないのではないかとそれまでは思っていたので、その面白さを噛みしめていた。そして観終わった時、次のようなことを思いついた。
もしかしたらこれは、これまでの香港映画の到達点であり、未来でもある作品かもしれない、と。

原作は、脚本家でもある小説家・余兒による小説《九龍城寨・圍城》。これが一作目で、前日譚・後日譚と合わせた三部作(この夏、早川書房から邦訳刊行決定)小説をもとにした100巻以上にわたるコミカライズもあり、2014年には日本の外務省が主催した国際漫画賞にも入賞したとのこと。

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ジャパンプレミアとなった昨年秋の東京国際映画祭にて。左からプロデューサーのアンガス・チャン、谷垣健治アクション監督、王九役のフィリップ・ン

1980年代前半。戦争の影響で混乱するベトナムから脱出して香港へ密入国した陳洛軍(レイモンド・ラム)は油麻地の水果市場を仕切る黒社会の大ボス(サモ・ハン)に拾われたが、トラブルを起こして逃亡し、九龍城砦に逃げ込む。そこで出逢ったのは、理髪店主にして城砦の全てを仕切っている龍捲風(ルイス・クー)。身分証もなく、行き場のない洛軍は城砦で働くこととなり、龍捲風の片腕の信一(テレンス・ラム)傷だらけの顔をマスクで覆った医師の四仔(ジャーマン・チョン)廟街を仕切る虎兄貴(ケニー・ウォン)の配下にある十二少(トニー・ウー)、城砦の食品工場で働く燕芬(フィッシュ・リウ)などと知り合い、城砦の住民たちの温かさに触れていく。
龍捲風と虎兄貴はかつて、現在は城砦の地主となっている秋兄貴(リッチー・レン)と共に、城砦を掌握し恐怖で支配した黒社会の大物・雷震東に対抗し、30年前の抗争で勝利したが、秋兄貴は雷の配下で「殺人王」と呼ばれて恐れられた陳占(アーロン・クォック)に家族を殺されており、占の子供が存命であることを突き止め、復讐の機会を狙っていた。しかし、その占と龍捲風の間にはある秘密があり、それによる因縁は洛軍たちをも巻き込んで城砦を大きく揺るがしていくこととなるーーーーーー。

 

 

同胞たる兄弟が 不幸な運命に見舞われた 味方同士で殺し合う なんとむごたらしいことかーーーー

と歌う曲に合わせての開幕、香港映画界でもすっかりお馴染みになった川井憲次氏のスコアにのせて熾烈な死闘が展開するアバン、そしてプリシラ・チャンの「跳舞街」が高らかに鳴り響く冒頭から一気に80年代香港のムードに引き込まれる。19世紀前半に要塞として作られ、アヘン戦争からの英国統治、日本軍の占領などで翻弄されてきた150年以上に渡る香港の歴史の象徴というべき九龍城砦を舞台に、因縁と運命が渦巻くノワールと激烈なアクションが融合したエピックである。

私が香港に通い始めたのは返還直後からなので、九龍城砦について知識はあったものの、関心を寄せることはなかった。法治の手が及ばない無政府地帯、犯罪者が隠れ住む悪の巣窟、入り込んだらもう出られなくなる、などの都市伝説が語られている(さいたま市議会議員の吉田一郎氏が実際に城砦に住んでいた経験をよく語っている)が、それが即ち香港のネガティヴなイメージと重ねられて見られるー特に80年代から返還前の香港で印象が止まっている人などーように思われる。
確かに城砦をめぐる覇権争いや、城砦内でのヤクの取引も描かれてはいるが、この映画では殊更にその面を強調せず、たった一人で逃げ込んだ陳洛軍が出逢う城砦の人々の暮らしも丁寧に描かれる。とかくアクションばかりに目がいきがちになるが、この映画の要はこの日常描写だ。10億円かけて再現されたという城砦が生きるのは、そこに生きる人々の姿が描かれてこそである。彼らは様々な困難の中でも助け合って生き、生活を脅かす脅威が迫れば全力で戦う―それは時を越えた現在の香港にも重なるように見える。生い立ちと立ち位置の特殊性から長らくネガティブにとらえられた九龍城砦を読み直し、香港史と香港人たちのシンボルとして再定義を試みたのが、この映画が作られた意義だと考える。三丁目の夕日的な懐かしさも感じるが、そこにはしっかりと現在に続く「香港精神」もある。そこに心惹かれる。

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それと共にテーマとして語られる「継承」はキャストたちが身をもって体現する。九龍城砦の支配を目論む大ボス、自らの拳で城砦を救った龍捲風、彼と共に戦った秋兄貴と虎兄貴、そして龍捲風とは敵対しながらも特別な関係にあった「殺人王」陳占という上の世代のキャラクターには、それぞれサモ・ハン、ルイス・クー、リッチー・レン、ケニー・ウォン、アーロン・クォックと香港映画の黄金期から現在まで活躍してきた俳優たちが揃う。一番驚かされたのはリーディングロールを務めるルイスで、これまでノワールものや警察映画等で活躍はしてきたものの、アクションができる人という認識はあまりなかった(もちろんバリバリのアクションを見せている作品はこれまでも観てきているし、できないと言っているわけではない)その彼がカンフーの達人である初老の理髪店主という設定で、その彼が一撃にして洛軍を仕留める場面はワイヤーのうまさも相まって見事に決まっていたし、城砦の顔役として若者や住民たちを導く姿には包容力も感じてグッとくる。現在の香港映画界を表はもちろん裏側からもしっかりと支える重要人物となったルイスがこんな役を演じるようになるとは…と、香港映画ファンを始めた頃にデビューした彼を知っていることもあって、妙に感慨深くなった。
信一、十二少、四仔、そして洛軍のいわゆる“城砦四少”たちも個性豊か。もともと歌手で俳優としては大陸の時代劇シリーズや香港映画での脇役が多かったレイモンド(私も以前観た映画で彼を知った)『アニタ』でレスリー・チャンを演じたテレンス、アマチュア野球の香港代表だったトニー、スタントマンやアクション指導の経験があるジャーマンと経歴もそれぞれ個性的で、今後も活躍が期待できる若手たちが揃う。若手と言ってもレイモンドは40代半ばだし、最年少のトニーもアラサー。でも香港映画では演劇出身も若手も多いし、なんといっても皆さん若く見えるので年齢が高くとも特に違和感はない。
このアンサンブルで描かれる龍捲風と信一、虎兄貴と十二少、そして陳占との秘められた友情があっての龍捲風と洛軍との描き方には奥行きを感じ、キャラの良さももちろんあって、これもまたグッと心がつかまれた。
忘れてはいけないのが大ボスの腹心である王九(フィリップ・ン)。軽薄な手下のチンピラとして登場して極悪非道を重ね多くの人々を犠牲にし、どんな攻撃でも気功で防御してしまうという設定を駆使してラスボスとしてクライマックスに君臨する。しかしSNSでは「気功ギャル」と称されるし、ファンキーさも感じてなぜか憎む気にはなれない。その他に戦う叉焼飯屋の阿七(ジョセフ・ラウ)、燕芬と魚蛋妹など、脇の脇までよいキャラ揃いで、誰にでも容易に感情移入ができる。

ここまでドラマとキャラで書いてきたが、我らが谷垣健治アクション監督が手がけるアクションにだって注目。兄貴世代が体得するクラシックなスタイルから、城砦四少たちによる現代的なバトルスタイルまで、香港アクション映画の歴史を凝縮したような見せ場には実に興奮する。それに加えて日本映画での代表作であるるろけんシリーズへのオマージュを感じさせたりもするので、もうニヤニヤしっぱなし。

このようにあれこれ書いてしまいたくなる作品で、このまま書き続けているとそれこそ1冊本ができてしまいそうなので(というか本気で作ろうと思っている、マジで)、このあたりでとどめておきたいが、この映画が魅力的なのは、多種多様なアクションや、見事に再現された九龍城砦のディテールが引き起こす「あの頃の香港」の懐かしさに加えて、これまでの香港映画が築きあげてきた手法を用いて「香港の現在」を体現しようと試みているからだと考えている。それがあったから、ここまでヒットしたし、日本でも大きな広がりを見せたのだと思う。とにかく、これまで香港映画を観たことがない人にも観てもらえているのが嬉しいし、SNSでの盛り上がりも実に楽しい。もっともっと盛り上がってロングラン上映してほしいし、多くの人に香港映画の魅力を知ってほしい。

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でも最後にこれだけは言いたい。

誰が言い出したか知らないけど、SNSでこの映画についての言及でよく見かける「トワウォ」って略称が実に嫌。字の座りも声に出しても強引な略称過ぎて違和感しかない。使いたくないし見たくもない(でも目に入ってしまう)
四字で表したいのなら「九龍城砦」を使ってほしい。漢字の使える国じゃないか、ここは。

原題/英題:九龍城寨之圍城/Twilight of the Warriors:Walled in

監督:ソイ・チェン 製作:ジョン・チョン ウィルソン・イップ他 脚本:アウ・キンイ―他 原作ユー・イー《九龍城寨》 音楽:川井憲次 アクション監督:谷垣健治

出演:ルイス・クー レイモンド・ラム テレンス・ラウ トニー・ウー ジャーマン・チョン フィリップ・ン フィッシュ・リウ ジョセフ・ラウ チュー・パクホン セシリア・チョイ ケニー・ウォン リッチー・レン サモ・ハン アーロン・クォック

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恭喜新年 萬事如意@2025

  題名通り、あけましておめでとうございます。
今年初の記事ですが、まさか元宵節まで全然書けなかったとは…
昨年も多忙のため年間10本も書けませんでしたので、今年はもう少し頑張ります。

さて、本blogでもここしばらくTOPで告知をしておりました台カルシアター『赤い糸 輪廻のひみつ』上映会@岩手県公会堂ですが、先日無事に終了いたしました。ご来場いただいた皆様、サポートしていただいた皆様、誠にありがとうございました。

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当日会場に飾った紅聯。3年前のものなので年号変えました。

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この上映会については、noteに書きました。読んでいただければ幸いです。
台カルシアターは今後も続けていきます。これまで地元で上映できなかった台湾映画を少しでも多くの人に観てもらえるように頑張ります。

そして、昨年の東京国際映画祭で観てから、なんとか感想を書こうと思いつつもここまで来てしまった『トワイライト・ウォリアーズ』ですが、予想を超えるヒットで驚いております。まさか応援上映まで行われるとは…

 

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シネコンメインの上映展開なので、地元映画館での上映はもう少し先(3/28~2週間限定)でも待ちきれなかったので、隣県のシネコンまで観に行ってしまったのでした。ああもう面白かった…

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映画を観た後には食べたくなる叉焼飯。
自作してみたがなんか叉焼飯には見えない…

そしてついでに仙台で『ゴールドフィンガー』も鑑賞。

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この2作品の感想はいずれ。
次の香港映画ZINEに先行して書き、ダイジェストをこちらに掲載します。
はい、昨年に引き続き、今年もZINEを作ります。    

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そして今年もこの季節がやってまいりました、盛岡台湾Happyフェス
今年度は盛岡市と花蓮市が友好都市提携5周年ということで、様々な実践がありました。こちらもできれば書く予定。

以上、近況報告&予告的にまとめましたが、中華圏の本も読んでいるし、今年もいろんな中華ネタについて楽しく書いていきたいです。
とりあえず、来月のZINEマーケットに向かって新作のZINEを頑張ります。以上。

 

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盗月者(2024/香港)

90年代の四大天王以来、長らくアイドル不在の時代が続いた香港エンタメ界に現れたのがMIRROR
ViuTVのリアリティ番組『全民造星』の出演者12人がグループとして2018年にデビューし、反送中デモや民主化運動、コロナ禍で施行された国安法等大きな社会的事件にさらされた香港で瞬く間に人気を集めてトップアイドルとなり、社会現象となったグループである。日本でも2021年頃から国際報道番組(fromりえさんのtweet)やラジオ番組等で伝えられるようになり、ミュージシャンとしてもソニーに籍を置いている。
一番有名なのはドラマ『おっさんずラブ』香港リメイク版《大叔的愛》でアンソン・ローとイーダン・ルイがそれぞれ主演したことか(あと一人は《逆流大叔》『トワイライト・ウォリアーズ』のケニー・ウォン)


このドラマは実は未見なので(オリジナルもあまりきちんと観ていなかったもんで、落ち着いたらなんとかして観ようと思っている)それ以外で彼らに親しむ手段としては歌になるわけで、Spotifyでお気に入りにして聴いている。
というわけでいくつかMVも貼っておく。


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WARRIOR

THE FIRST TAKEには2回登場。ジェレミー(今年日本でソロライブを実施)とジョール、アンソンとギョン・トウによる「Rumours」

もっと詳しいことは検索するとわかるのでそちらに譲りましょう。
香港発の日本語webマガジンHONG KONG LEI連載こちらのシリーズコラムなどで取り上げられているし。

歌は聴けてもドラマや配信バラエティまで手が回らない自分にとって、大画面でじっくり腰を落ち着けて観ることができる映画は実に有難いコンテンツであり、あるグループのメンバーを覚えたくても人数が多すぎて顔と名前の一致が苦手な自分にとっては(年取ったからじゃなくて実は若い頃からそうだった)、グループの誰かが映画に出てくれることは顔を覚える絶好のチャンスだったりする。
そんなわけで、今年の大阪アジアン映画祭でジャパンプレミアされ、そこから半年後に日本公開されたこの『盗月者』は、そんな私にとって非常に有り難い映画であった。

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旺角の時計店で働くアンティーク時計の修理工馬文舜(マー/イーダン・ルイ)は中古時計の部品を用いて本物と変わりない偽アンティーク時計を作り上げる特技を持っている。彼の憧れはアポロ計画で月に降り立ったバズ・オルドリンが身に着けていたという時計、通称ムーンウォッチの43番。そんな彼は盗品時計の売買を親から受け継いで仕切る莱叔(ロイ/ギョン・トウ)に呼び出され、詐欺行為の弱みを握られて時計の窃盗をするように言われる。他のメンバーはロイの父親のもとで長年働いてきた大賊(タイツァー/ルイス・チョン)と爆破のエキスパート渠王(マリオ/マイケル・ニン)そして元鍵師の母と兄を持つ李錦佑(ヤウ/アンソン・ロー)。ターゲットは銀座の時計専門店・時計物語に保管され、オークションにかけられる予定のピカソが所蔵していた3本の腕時計。綿密な計画を立て、中国人富裕層を装って店を信頼させ、時計が保管されるVIPルームに入りこめた4人。旧日本軍の書類庫だった特別な金庫にピカソの時計が収蔵されていることを確認したマーは、同じ金庫にムーンウォッチの43番があるのを見つけ、心をかき乱される。

 

たとえアイドル映画であっても香港ではきちんとジャンル映画にも適応させて得意の分野に落とし込んでいくので、香港映画好きにとってはそれがまた嬉しかったりする。
モチーフとなったのは2010年に銀座の天賞堂で発生した香港人窃盗団による事件らしいが、これに様々な実話を組み込んで物語は構成されている(リンク先は映画ライター中山治美さんの記事)。強盗を主題とした映画は香港のみならず世界中に多くあるし、アクションやノワール的展開も絡めやすいし娯楽性の高い題材だ。裏切りや罠もあり、最後まで読めない展開にもワクワクする。
加えて日本(しかも東京のど真ん中!)ロケとくればもう楽しさは保証付き。時計店のロケは実際に銀座(一部上野)にある時計店で撮影されているのも強みだし、ミッションの中継地点として登場する場末の簡易郵便局(!)が川崎の湾岸にある船宿だったりとなかなか思いつかないアイディアを盛り込んでいるのがいい。25年前にロケが行われた『東京攻略』を何だか思い出させる(あの映画で映し出された渋谷の風景はもうすっかり変わってしまった…)日本側キャストも米国、韓国、カナダ、ロシアなどの映画に出演して国際的なキャリアを積む俳優ばかりで(『1秒先の彼』にもチョイ役で出演した台湾ルーツの朝井大智も出演)それぞれの熱演も楽しい。

《大叔的愛》コンビであるイーダンとアンソンは、時計オタクの天才職人と母親想いの天才鍵師というそれぞれ特徴も複雑さのあるキャラがぴったりハマっている。おそらく当て書きなのだろうけど、アイドルらしい見せ場があるのがいい。特別出演枠のギョン・トウが演じるロイは字幕では「ロイ叔父貴」とあり、実際メンバー最年少なのになぜ叔父貴?とはなるのだが、もともと父親が手がけていた盗品売買業を「叔父貴」という名前もろとも引き継いだからと気づけば、それは賢いのだかそれとも馬(後略)かと思ってしまう。しかもかなり気が荒くクレイジーなキャラで、よくこれできたなー、いや楽しかったんだろうなー。
そしてアイドル映画に欠かせないのは名わき役たちなのだが、この映画でその任を請け負うのは新世代香港映画のキーパーソンでもある『星くずの片隅で』のルイス・チョンと『九龍猟奇殺人事件』『宵闇真珠』の白只(マイケル・ニン)。窃盗団として裏の世界で暗躍しつつ、時代による江湖の移り変わりに複雑な心境を抱きながら仕事に挑む役どころ。ルイスの演技は安定感があるし、白只は一部ではポスト林雪などと言われていたけど、ユーモラスさよりもハードボイルド感を漂わせているので個性は明らかに違うし、こちらも観ていて安心できる。時計屋の権叔父さんを演じるベン・ユエン、障害を持つ内勤郵便局員童童役ソー・チュンワイも印象的。

監督のユエン・キムワイはカリーナ・ラムの元パートナーとしか認識してませんでした、すみません。監督はこれで3作目だそうだけど、往年の香港娯楽映画にオマージュを捧げたような作りになってた印象。クラシックなスマートさといい感じの懐かしさがある。ハリウッド大作を好んで観てきたとインタビューにあるのでそこはなんとなく頷ける。もうすっかり香港映画界を代表する音楽家となった波多野裕介さんの音楽もよい。

緩さもあるけど総じて楽しかったこの映画は、地方でも1週間だけだったけど上映があったので運よくロードショーで観ることができた。年明けから上映される地方もまだまだある。
デビューから6年経ち、今年はCNNでも紹介されていたMIRRORだけど、日本ではまだまだ知名度は…だし(香港のBTSとか安易に言われそう)ローカルアイドルでありながらもその良さを活かしてもっと知られてほしいと思っているので、香港映画の現在を知ってもらう意味もあってこの映画を推していきたい。往年の香港映画が好きな人にも、新しさを求める人にも、そして香港映画を日本で観てもらうために頑張っている人々の思いも受け取って、今後も好きな映画を勧めていきたい。

あともう少しMIRRORも知りたい。沼にハマるまででなくても、知らない人に的確に説明してお勧めできるくらいには知りたい。
そしたらやっぱりなんとか時間を作って《大叔的愛》も観るかな、ちゃんとお金を払って。

英題:THE MOON THI4V3S
監督・製作・脚本:ユエン・キムワイ 製作総指揮:アルバート・リョン 音楽:波多野裕介
出演:アンソン・ロー イーダン・ルイ ルイス・チョン マイケル・ニン ギョン・トウ ベン・ユエン ルナ・ショウ ソー・チュンワイ 田邊和也 朝井大智 山本修夢  

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1秒先の彼女(2020/台湾)1秒先の彼(2023/日本)

「台湾(香港)映画のリメイク。私の苦手な言葉です」

と、『シン・ウルトラマン』のメフィラス風につぶやいてこの記事を始めたい。
申し訳ない。

近年はアジア圏でのドラマや映画のリメイクが盛んで、何も知らずに観ていた民放のドラマの原作が韓国ドラマだったというのも珍しくなくなった。21世紀に入ってからこれまでずっと中華圏の映画を追いかけて見まくり、感想を書いて騒いできたこのblogだが、その間香港映画のリメイクと称する作品にも多く出会ってきた。しかしオリジナルを知っていると、それが妙な具合にローカライズされてしまうことに違和感はあったし、さらにはリメイクばかりがもてはやされてオリジナルが尊重されないものを多く見てきた。
もう実名で書いてしまうが、『星願』が『星に願いを。』、『つきせぬ思い』が『タイヨウのうた』として日本でリメイクされてきたが、それらにはオリジナルへの敬意が感じられずにがっかりしたものだった。なお『タイヨウのうた』のWikipediaを見たら「当初は1993年の香港映画、『つきせぬ想い(新不了情)』のリメイクとして企画されていたが、古い映画でありそのままのリメイクでは今の時代に合わないとの判断」とあり、なんじゃそりゃ、となった…最終的にはリメイク云々は消えたと思うのだが、それでもいい気分はしない。
日本だけでなく、ハリウッドも同様で『インファナル・アフェア』が『ディパーテッド』になってオスカーとか受賞してるが、それもまたオリジナルへの敬意が微塵も感じられないどころか、インタビューでマーティン・スコセッシが香港映画に何の思い入れもなく乱暴だ云々と抜かしていたので、返す刀で彼が大嫌いになった。世界中から賞賛される名匠であっても未だにディパの恨みは根深い。
(後にTVドラマ『ダブルフェイス』として日本でリメイクされたが、もうディパで底を見ていたから、オリジナルへの敬意はかなり感じられてよかった。でも放映時のSNSで「韓国映画のリメイク」と流れてきたときにはもう頭を抱えるしかなかった…)

台湾映画のリメイクとしては、『あの頃、君を追いかけた』がある。オリジナルは台湾で観ていてなぜか地元上映してくれないことを今でも恨んでいるのだが(マジで)リメイクは主演の人の人気もあってしっかり上映した。

という前置きはさておき、2018年の中台合作《健忘村》が中台関係悪化のあおりを受けて興行的に失敗した陳玉勳が、長年温めていた脚本を基に作り上げ、原点回帰と高評価を受けて2020年の金馬奬でキャリア初の最優秀作品賞を受賞したのが《消失的情人節(消えたバレンタインデー)》という原題の『1秒先の彼女(以下イチカノ)』で、日本では翌年夏に公開。さらにその翌年の2022年、舞台と主人公の設定を変え、山下敦弘監督、宮藤官九郎脚本でリメイクされたのが『1秒先の彼(以下イチカレ)』。
あまりにも素早い動きだったので当時は大いに驚いたのだが、滅多にない機会なので一緒に感想を書きたい。

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人よりワンテンポ行動が速い30歳の郵便局員曉淇(リー・ペイユー)がダンスインストラクター文森(ダンカン・チョウ)に恋をした。旧暦の七夕に行われる市主催のサマーバレンタインイベントに一緒に参加しようと約束をし、当日の朝、彼女はルンルン気分でバスに乗り込む。しかし気づくと既に翌日の朝。彼女は「その日」が消えてしまったのに気がついた。覚えのない日焼け、覚えのない写真、そして突然に思い出した私書箱の鍵。消えたバレンタインデーの謎を探るため、彼女は実家の新竹、そして私書箱のある嘉義縣東石に向かう。その鍵を握るのは、人よりワンテンポ行動が遅い同世代のバス運転手阿泰(劉冠廷)。

 

物語の構想自体は『ラブゴーゴー』の頃に既にあったとか(そしてこの構想のリメイクもプロットの段階で動いていたらしい)
途中16年のブランクはあるものの、『熱帯魚』からの映画監督25年のキャリアで、陳玉勳の作風は基本的にあまり変わっていないのかもしれないと思ったのは、最近25年以上ぶりに熱帯魚を見直したからだったりする。
どこか冴えない主人公が突然降りかかった出来事に翻弄され、悪戦苦闘する姿はとにかく笑いを呼び起こすが、どこかしらに切なさを残す。
『熱帯魚』では誘拐、『ラブゴーゴー』では恋がそれにあたるし、『祝宴!シェフ』でいうなら元カレの逃亡&宴会料理選手権出場。曉淇を翻弄するのは自分自身の恋と、自分が思いを寄せられる恋。しかも自分のワンテンポ速いタイミングが更に彼女を翻弄すると共におかしな奇跡を生む。加えて行動がワンテンポ遅いと、その分遅い1秒が溜まっていつか1日分のアディショナルタイムが生まれるという設定は誰も思いつかないであろうイベントであったが、そのくらいはあっても文句は言わない。だって映画だから(アバウト)。

阿泰が得た「その日」を、子供の頃に出会った曉淇と使いたいという気持ちはよくわかる。ワンテンポ遅いというだけでなく、恋に奥手そうなタイプだからなおさらだ。そこで彼女をバスに乗せて東石に向かい、二人だけの時間を過ごす様はかわいらしく見えた。だから台湾公開→全世界配信後にその場面が「女性の身体権を侵害している」と批判されたことを知って驚いた。自分が身体権に対して鈍感だったから気づきもしなかったのは当然のことだが、そういう観点で見たら、確かにあの場面はもう少し控えめにできたのかもしれない。(そういえば別の映画でも昏睡状態の女性に恋をした男がどうのこうのするというプロットがあって、それが結構な巨匠の作品なので萎えた>それ以外の作品は観てるけど)そんな欠点があったとしても、恋することに対する思いをうまく描いているから、そこで許したいものである。阿泰が曉淇に変な気を起こして一線を超えなかったのだから、それを良しとしてあげて(あれで超えたらもろに変態の世界だからねえ)

曉淇を演じるペイユーも、阿泰を演じる劉冠廷も、ただただかわいいだけではなく、どこかにちょっとした陰を感じさせる二人をうまく演じている。これが先に書いた「笑った後に残る切なさ」。曉淇は子供の頃に父親が蒸発しており、阿泰は交通事故で両親を失っている。そしてそれぞれ人よりはみ出ていることを自覚している。彼ら以外にはみ出したまま生きていたのが他ならぬ曉淇の父であり、「その日」の終わりに阿泰と彼が出会い、これまでの空白を埋めるように蒸発前に頼まれていたお使いの緑豆豆花を阿泰に託す場面には、曉淇が失い、父が手放した彼女への愛の切なさを感じた。エンディングはサクセスやハッピーエンドでなくていい。どんなにトラブルが起こって踏んだり蹴ったりであっても、愛と切なさを抱いてちょっとでも幸せになれるようにあればいい。そんなことを思う。

原題:消失的情人節(My Missing Valentine)
監督&脚本:チェン・ユーシュン 製作:イエ・ルーフェン リー・リエ
出演:リー・ペイホイ リウ・グアンティン ダンカン・チョウ ヘイ・ジャージャー リン・メイシウ マー・ジーシアン

そんなオリジナルを基に、舞台は京都に、主人公の二人は男女逆転と大胆に設定を変えたのが『1秒先の彼』。
宮藤官九郎(以下クドカン)は脚本作品として『あまちゃん』や『いだてん』が好きだけど、面白くはあるが諸手を挙げて支持しているわけではない。テイストも陳玉勳というよりむしろギデンズやパン・ホーチョンの方が近いのではと思っていたので、リメイクに手を挙げたのは意外だった。山下監督も多作な方で、近年では野木亜紀子脚本の『カラオケ行こ!』や実写演出を担当した共同監督作のアニメ『化け猫あんずちゃん』が面白かったけど、すでに評価も定まっている彼がリメイクに(以下同文)となったのは言うまでもない。

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人よりワンテンポ行動が速く口が悪い京都・洛中で働く郵便局員ハジメ(岡田将生)が、ストリートシンガーの桜子(福室莉音)に恋をした。週末に故郷の宇治で行われる花火大会に行こうと約束をして、ルンルン気分でその日を迎える。しかし気づくと既に翌日の朝。彼は「その日」が消えてしまったのに気がついた。覚えのない日焼け、覚えのない写真。そして私書箱の鍵。彼は消えた日曜日の謎を探るため、宇治と私書箱のある舞鶴の郵便局に向かう。その鍵を握るのは、人よりワンテンポ行動が遅い舞鶴出身の大学生レイカ(清原果耶)。

 

結論として、さすがにベテランかつアジア圏でも評価されてる2人であるからか、オリジナルへのリスペクトが感じられたよいリメイクであったと思う。男女を逆転させたことで、クライマックスのデートの場面はオリジナルで物議を醸したポイントをうまーくスルーできたし、レイカが大学生設定になったら「消えた1日」をつなぐバスは誰が運転するんだ?と不思議に思ってたら、ある事情でそれに巻き込まれたバス運転手(荒川良々)が独自に設定されて、これもいいアクセントになった(その一方、やはり日本オリジナルキャラだったハジメの妹とその相方のギャル&チャラ男ははたして必要だったか?と思ったが)ハジメの速さとレイカの遅さの秘密も独自解釈だったけど、それはお互いの名前の総画数にあったって、いったいどうやったらそんなアホなネタが思いつくんだよ!と頭を抱えながら心で大笑いした。あ、でもこんなことはクドカンしか思いつかないのか。

黙っていればイケメンだが口を開けば毒を吐く、もうわかりやすく残念なイケメンであるハジメ(皇一)役の岡田将生(以下マサキ)の近年の活躍っぷりはすごいもので、カンヌからアカデミー賞までを沸かせた『ドライブ・マイ・カー』は言うまでもなく、今年はドラマ『虎に翼』や『ザ・トラベルナース』、映画は『ゴールドボーイ(原作は中国のミステリーYA小説!)』『アングリー・スクワッド』などでそれぞれ印象的な役どころを演じてきた。恵まれた容姿を持っていながらも決して白馬の皇子様的キャラにはならず、癖が強く陰がある裁判官、仕事に誇りを持つ自信家の看護師、欲望のためには殺人をも厭わない青年、飄々とした天才詐欺師などを演じてきて大いにハマっていた。山下監督とはキャリア初期の映画『天然コケッコー』(未見)、クドカンとは映画化もされたドラマ『ゆとりですがなにか』でコンビを組んでいたけど、ハジメのキャラには『ゆとり』の影響が見えるかな、と件のドラマを楽しんで観ていた身として思う。
マイペースだが意外と頑固で意志が固いレイカ(長宗我部麗華)は13歳でデビューして以来着実にキャリアを重ねてきた清原果耶。朝ドラヒロインも務め、その演技はとかく「すごい透明感」とやらだけで語られがちだが、コメディエンヌとしてもハマるし、桜子との対決場面も見せてくれるので安心して見られる。ここから『青春18×2』のヒロインに起用されるのはなんかいい流れ。今後も台湾に縁のある作品に出演してほしい。

というふうにリメイクも楽しく観られたことは観られたが、それでもやはりオリジナルにはかなわないし、どう突き詰めてもクドカン&山下監督の味わいになるのは仕方がないよね、とも思わされる。でもお互いにリスペクトしあい、尊重もしている点では、理想のリメイクだったと思うよ。

中文題:快一秒的他
監督:山下敦弘 脚本:宮藤官九郎
出演:岡田将生 清原果耶 福室莉音 荒川良々 羽野晶紀 加藤雅也

ところでこの作品のみならず、近年は中華圏と日本映画がお互いにリメイクしあうのが一つの流れになっているようである。
今年の中国映画市場で大ヒットを飛ばした『YOLO 百元の恋』は、安藤サクラが渾身の演技を見せた『百円の恋』(2014)のリメイクであり、ジェイ・チョウの初監督作品『言えない秘密』(2007)は京本大我と古川琴音主演でリメイクされた。
いずれも観たけど、リメイクが(オリジナルを超えはしなくとも)成功するのは作り手がオリジナルを大切にしたうえでのリスペクトであると改めて思ったのであった。というわけでこれらのリメイクについてはあまり触れないでおく。
はい、以上。

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台カルシアター『赤い糸 輪廻のひみつ』上映会@岩手県公会堂

2021年10月に結成した台湾カルチャー研究会は、岩手県をベースに、岩手と台湾をカルチャーで結び、旅やグルメなどからもう一歩進んだ台湾を知り、カルチャーから台湾を深掘りする楽しみを広く伝えることを目的とした小さな同好会。主な活動として台カルZINEの発行、盛岡台湾Happy Fesでのプレゼン発表などを行い、24年9月に「カルチャーゴガク」岩手編を開催しました。

そして満を持して、来年から「台カルシアター」と銘打って上映会を行います。
作品は北東北初上映となる『赤い糸 輪廻のひみつ』(リンク先は当blogで書いた感想です。ややネタバレ)

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台湾の若者と交流して気づかされるのが、マンガやアニメなどの日本のポップカルチャーへの関心が非常に高いことです。日本と台湾の高校生とのオンライン交流会では、日本の生徒でもなかなか知らない新作アニメの話をする台湾の生徒に出会うことがあるとも聞きます。アニメやマンガはほぼリアルタイムで全世界配信されるので、台湾の若者はそれを楽しみ、日本に興味をもってくれます。

では、私たちからはどんな種類の台湾カルチャーにふれることができるでしょうか。近年は文学、建築、ポップスと、台湾初のカルチャーが日本の雑誌やネットメディアで紹介される機会が増え、観光やグルメだけではない台湾の多様なカルチャーに容易にアクセスできるようになりましたが、その中でも映画やドラマは、以前から日本に紹介されており、それぞれのファンも獲得しています。

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特に映画は、戒厳令が解除された1980年代後半から、すぐれた作品が作られるようになり、「台湾ニューシネマ」と呼ばれて世界中の映画祭で高い評価を受け、日本でもアート系ミニシアターで上映されてきました。ちなみに観光地として大人気の九份も、もともとは『恋恋風塵』と『悲情城市』という2本の映画がこの時代に撮影されたことから注目を浴びたことがきっかけで開発されました。
さらに90年代から現在に至るまで、民主化によりこれまで語られなかった白色テロや日本統治時代の歴史も見直され、映画としても取り上げられる一方、思春期の少年少女の恋愛や生き方を瑞々しく描いた青春映画も多く作られました。2000年代には日本のマンガを原作としたTVドラマも多く製作され、『花より男子』や『山田太郎ものがたり』がヒット。台湾での注目を受けて日本でも改めてドラマ化されたこともあります。

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そして2011年、ネット小説家として活動していたクリエーターの九把刀(ギデンズ・コー)が、1990年代から10年間に渡る自らの青春時代を基に書いた自伝的小説を原作に作った『あの頃、君を追いかけた』が台湾と香港で大ヒットします。(この映画は日本でも公開されて注目を浴び、2018年には齋藤飛鳥と山田裕貴の主演でリメイクされました)また今年大ヒットした『青春18×2 君へと続く道』は日本の藤井道人監督が手掛けていますが、両作とも劇中で『スラムダンク』など日本のマンガやゲームなどが登場することから、このように映画から台湾から日本がどう見られ、親しまれているかもわかります。

しかし、邦画やアニメ、ハリウッド大作の上映がシネコンや劇場上映の多くを占めている現在、特に地方で台湾映画が映画館で上映される機会は非常に少ないものです。稀に『青春18×2』や『KANO』のようにロードショー公開される作品はありますが、それでも地方における知名度はまだまだ低いです。リメイク版『あの頃』は齋藤飛鳥の人気で劇場公開もにぎわっていましたが、それを見て「ああ、オリジナルも面白いのに、なぜ上映されなかった…」と思ったものです。

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この『赤い糸』は2021年9月に台湾で公開されて大ヒットしたギデンズ・コー監督の第3作です。当初から日本公開を目指して主題歌の日本語セルフカバーヴァージョンが製作されましたが、日本の主要配給会社からはどこも手が挙がらなかったそうです。配信等の権利は日本でも有名な某大手映画会社が獲得したのですが、その関係で日本での配給は劇場上映のみとなってしまったとのこと。劇場公開は昨年12月から始まり、全国主要都市で上映されています。

ギデンズ・コー作品のトレードマークは、若者たちのちょっとおバカな、でもひたむきな若者たちの恋愛模様。それに加えて中華圏では縁結びの神様として知られる「月下老人」の伝説をモチーフとしているので、神様はもちろん冥界の番人や閻魔大王や悪霊も登場します。つまり、あの世とこの世を舞台にして愛と命の尊さをおバカな恋愛にのせて描いた壮大な生命讃歌がこの映画ではうたわれているのです。神様や悪霊だけでなく、犬も大活躍します。
ファンタジーであり恋愛ものでありホラーであり犬映画という、なんとも欲張りなこの映画、現在のところ日本では配信・ソフト化の権利がありません。そのため、劇場やこのような上映会でしか観ることができません。
盛岡初上陸の純愛冥界ファンタジーを、旧正月にみんなで楽しみましょう。

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台湾稀代のヒットメーカー、ギデンズ・コー監督作盛岡初上陸!
縁結びの神様〈月老(ユエラオ)〉が導く純愛冥界ファンタジー

台カルシアター『赤い糸 輪廻のひみつ』上映会
2025年1月31日(金)18:00開場 18:30上映開始
会場:岩手県公会堂26号室(岩手県盛岡市)
観賞料金1,000円
チケット予約はpeatixより
主催:台湾カルチャー研究会

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無名(2023/中国)

まずは私にとって(もちろんそうではないというのは承知の助)嬉しい話題から始める。

10月28日(月)から11月6日(水)まで行われる第37回東京国際映画祭コンペティション部門の審査委員長にトニー・レオンが選ばれた
数年前にベルリン国際映画祭のコンペで審査員を務めてはいるが、審査委員長に選ばれるとは予想もつかなかった(なお、華人俳優としては2019年にチャン・ツーイーが審査委員長を務めている)コンペ部門の審査員もイルディコー・エニェディ監督、キアラ・マストロヤンニ、橋本愛、そして同郷のジョニー・トー監督が決まり、どんな話し合いが繰り広げられるか不安、いや期待は高まるばかり。
『シャン・チー』で知名度を広げた後は、香港でも『風再起時』《金手指》(今年のMaking Wavesで上映されそうだけど日本公開希望)と主演作も公開されたし、昨年のヴェネチア映画祭で生涯功労金獅子賞(過去に金獅子賞受賞した3作品に出演もしている)を受賞したし、『私の20世紀』『心と体と』で知られるエニェディ監督の新作《Silent Friend》で初めて欧州作品に出演するなど。還暦を過ぎてのこの活躍も長年のファンとしては嬉しい。
近年は日本にも拠点を持ち、妻夫木聡や宮沢氷魚など日本の俳優たちとの交流もSNSで伝えられる。今年のTIFFでさらに交流を広げたら、今後は日本映画人とのコラボも実現するのかもしれない…とちょっと期待している。

しかし、主演作が日本公開してくれるのは嬉しいのだけど…とちょっと立ち止まって考えてしまう作品も実はある。
今回はそんな作品、『無名』の話である。

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中国で作られた映画がすべてプロパガンダというわけではない。長年中国周辺をウォッチしてきた身だからこそそれはよくわかっている。
しかし、ここ10年ほどの中国政府の文化的な政策や対香港対策を批判した文化人の言語封殺を見てきたり、両岸三地のスターを揃えた建国記念映画を製作したというのを見ると、プロパガンダが作られるのも当然であるか。
香港との合作も多く作ってきた中国の大手スタジオ博納影業は、2021年の『アウトブレイク 武漢奇跡の物語』(アンドリュー・ラウ監督、チャン・ハンユー主演)、2022年に『1950 鋼の第7中隊』(チェン・カイコー、ツイ・ハーク、ダンテ・ラム共同監督、ウー・ジン主演)と、現代のコロナウィルスとの戦い、朝鮮戦争における長津湖の戦いという実話を基にした作品を製作してきた。それらとこの作品をまとめて「中国勝利三部作」と称されているのだが、そう言われてしまうとプロパガンダだよな…と思ってしまう。先の2作の監督たちだって、香港映画の一時代を築いてきた名匠たちだし、カイコ―の初期のキャリアの凄さを知っている身としては、彼らはもう昔のような(だいたい2000年代前半の中港合作が増える前の頃の)映画は作ってくれないのねと思わざるを得なかったりするわけだ。
三部作の最終作としてこの映画の製作の報が伝えられたのが2021年秋。中国でのシャンチーの公開がキャンセルされたばかりの頃であり(主演のシムが大陸に対してあまりよろしくない発言をしたことが問題となった)、そのタイミングでの発表はどうなのか?とうっすら思っていたし、昨年の中国電影金鶏獎でトニーが主演男優賞を受賞したことにより(参考としてこちらを)華人俳優初の金像・金馬・金鶏で受賞した俳優になったという知らせを単純に喜んでいいのか戸惑ったこともあった。
先の2作との相違は、監督が中国映画でキャリアを積んできた『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海』の程耳が務めていること。国内生え抜きの実力派が手がけるのには十分であるし、彼の過去作を気に入ってトニーが出演したというのなら、そこはいいことなのだろう。そして共演には日本でも人気急上昇中の中国の若手俳優王一博(ワン・イーボー)。それなら、先の2作と分けて、力を入れて売り込みたいわけだよね。わかる。

時は日中戦争時、舞台は上海。汪兆銘(汪精衛)政権下のスパイとして諜報活動に従事する何主任(トニー)とその部下葉(王一博)。唐部長(大鵬)や王隊長(エリック・ワン)と連携し、日本の諜報機関所属の渡部(森博之)とも密に連絡を取り合いながら、日中間のバランスを危うく取っていく。その一方で中華民国の与党である国民党と共産党の間でも秘密工作が行われ、共産党から国民党への転向を促して幹部の情報を引き出そうともする。中国軍と日本軍の衝突は激しさを増し、それと共に日本、国民党、共産党との水面下の睨み合いも激しくなっていく。

この手の抗日的な題材は中国では昔からよく取り上げられてはきているが、それがあまりにもおかしかったりグロテスクな取り上げられ方をされたりするとどうしても頭を抱えてしまうのであるが(中港合作のこの映画も然り)、渡部を始めとしたこの映画における日本軍の描き方は過去の抗日テーマの作品と比べても幾分まともに描かれていて安心した。この映画と時代的に重なるロウ・イエ監督の『サタデー・フィクション』では日本海軍の少佐と特務機関員をオダギリジョーと中島歩が演じているので安定しているが、中国で活動する森博之(東京生まれだがNYやカナダ育ちとインタビューで語っている。ちなみにパートナーはつみきみほ)が演じた渡部の重厚感は本人の中国でのキャリアも感じさせられる演技で説得力があった。日本軍の兵士役にも中国で活動する日本人俳優が加わっているそうだが、それならば日本語をもっとしっかり発音してほしかったかも…。

衣裳デザインには張叔平が参加しており、美術も重厚。アクションも苛烈で諜報もののスリリングさを楽しめる。それで止めてもいいのだが、長い間中華電影を観てきた身としては、無粋で大変申し訳ないのだが、どこかで見たことあるよな…とずーっと思ってしまったし、こういう洗練さや俳優たちの美しさや熱演があるからこそ、そうかー、これだからプロパガンダかーという考えが頭を離れなかった。共産党のスパイを取りあげた張藝謀の『崖上のスパイ』があったけど、あれはプロパガンダだと思わなかったし、先に挙げたサタデー・フィクションであったり、何主任の妻陳を演じていたのが周迅だったので『サイレント・ウォー』であったり(これは舞台が国共内戦)、国民党の女スパイ江(ジャン・シューイン)のモデルが鄧蘋茹ということからそのつながりで『ラスト、コーション』など過去の類似作品とついつい比べてしまって、どうも首をひねりがちになってしまうのだ。老害的な意見と捉えられてしまうけど、もうそれは致し方ない。美しさやカッコよさだけで許せなくなってきていて申し訳ない。
クリストファー・ノーランばりの時系列をシャッフルした展開もスタイリッシュさを出したいのかもしれないけど、あまりやりすぎるのも…と思ったことも確か。時期的に『オッペンハイマー』を観たばかりだったからなおさらそう思った。

トニーは熱演していたのはよくわかるし、全編北京語というのもチャレンジングであった(広州出身を思わせる描写があったり、ラストの香港の場面では広東語を…というのは贅沢な望みか)でもこういう役どころは以前にもあったし、難しくはなかったのだろう。共演が多くても初めて夫婦役となった周迅、すっかり重鎮となった黄磊など、知っているキャストには手を振った。

そして、もっとも力が入っていたといえる、これが日本のスクリーン初登場となる王一博。
現在BS&CSや配信で人気を集めている中国ドラマに全く触れていないので、その人気の凄さを実感できないのだが(申し訳ない)トニーと二枚看板を張れる実力と切れ味よさそうな所作は人気出るのがわかるし、日本での宣伝でもグッズ作りたくなるわけだよな、と納得した。『ボーン・トゥ・フライ』『熱烈』など主演作の日本公開も続いているので今後知名度がどんどん上がるといいね。

しかし、この映画を観て改めて感じたのが、自分がすっかり中国映画の実情に疎くなってしまったことだったりする…。
プロパガンダやらなんやらといわず、何でも観ればいいのだろうけど…
うーむ。今後も精進しよう。
(それでもクレジットに出る「(中国香港)」などのカッコつき国籍を見て頭を抱えてしまうのだろうな…)

中文題:Hidden Blade
監督&脚本&編集:チェン・アル 撮影:ツァイ・タオ
出演:トニー・レオン ワン・イーボー ジョウ・シュン ホアン・レイ エリック・ワン ダー・ポン チャン・ジンイー ジャン・シューイン 森 博之  

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