台カルシアター『赤い糸 輪廻のひみつ』上映会@岩手県公会堂

2021年10月に結成した台湾カルチャー研究会は、岩手県をベースに、岩手と台湾をカルチャーで結び、旅やグルメなどからもう一歩進んだ台湾を知り、カルチャーから台湾を深掘りする楽しみを広く伝えることを目的とした小さな同好会。主な活動として台カルZINEの発行、盛岡台湾Happy Fesでのプレゼン発表などを行い、24年9月に「カルチャーゴガク」岩手編を開催しました。

そして満を持して、来年から「台カルシアター」と銘打って上映会を行います。
作品は北東北初上映となる『赤い糸 輪廻のひみつ』(リンク先は当blogで書いた感想です。ややネタバレ)

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台湾の若者と交流して気づかされるのが、マンガやアニメなどの日本のポップカルチャーへの関心が非常に高いことです。日本と台湾の高校生とのオンライン交流会では、日本の生徒でもなかなか知らない新作アニメの話をする台湾の生徒に出会うことがあるとも聞きます。アニメやマンガはほぼリアルタイムで全世界配信されるので、台湾の若者はそれを楽しみ、日本に興味をもってくれます。

では、私たちからはどんな種類の台湾カルチャーにふれることができるでしょうか。近年は文学、建築、ポップスと、台湾初のカルチャーが日本の雑誌やネットメディアで紹介される機会が増え、観光やグルメだけではない台湾の多様なカルチャーに容易にアクセスできるようになりましたが、その中でも映画やドラマは、以前から日本に紹介されており、それぞれのファンも獲得しています。

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特に映画は、戒厳令が解除された1980年代後半から、すぐれた作品が作られるようになり、「台湾ニューシネマ」と呼ばれて世界中の映画祭で高い評価を受け、日本でもアート系ミニシアターで上映されてきました。ちなみに観光地として大人気の九份も、もともとは『恋恋風塵』と『悲情城市』という2本の映画がこの時代に撮影されたことから注目を浴びたことがきっかけで開発されました。
さらに90年代から現在に至るまで、民主化によりこれまで語られなかった白色テロや日本統治時代の歴史も見直され、映画としても取り上げられる一方、思春期の少年少女の恋愛や生き方を瑞々しく描いた青春映画も多く作られました。2000年代には日本のマンガを原作としたTVドラマも多く製作され、『花より男子』や『山田太郎ものがたり』がヒット。台湾での注目を受けて日本でも改めてドラマ化されたこともあります。

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そして2011年、ネット小説家として活動していたクリエーターの九把刀(ギデンズ・コー)が、1990年代から10年間に渡る自らの青春時代を基に書いた自伝的小説を原作に作った『あの頃、君を追いかけた』が台湾と香港で大ヒットします。(この映画は日本でも公開されて注目を浴び、2018年には齋藤飛鳥と山田裕貴の主演でリメイクされました)また今年大ヒットした『青春18×2 君へと続く道』は日本の藤井道人監督が手掛けていますが、両作とも劇中で『スラムダンク』など日本のマンガやゲームなどが登場することから、このように映画から台湾から日本がどう見られ、親しまれているかもわかります。

しかし、邦画やアニメ、ハリウッド大作の上映がシネコンや劇場上映の多くを占めている現在、特に地方で台湾映画が映画館で上映される機会は非常に少ないものです。稀に『青春18×2』や『KANO』のようにロードショー公開される作品はありますが、それでも地方における知名度はまだまだ低いです。リメイク版『あの頃』は齋藤飛鳥の人気で劇場公開もにぎわっていましたが、それを見て「ああ、オリジナルも面白いのに、なぜ上映されなかった…」と思ったものです。

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この『赤い糸』は2021年9月に台湾で公開されて大ヒットしたギデンズ・コー監督の第3作です。当初から日本公開を目指して主題歌の日本語セルフカバーヴァージョンが製作されましたが、日本の主要配給会社からはどこも手が挙がらなかったそうです。配信等の権利は日本でも有名な某大手映画会社が獲得したのですが、その関係で日本での配給は劇場上映のみとなってしまったとのこと。劇場公開は昨年12月から始まり、全国主要都市で上映されています。

ギデンズ・コー作品のトレードマークは、若者たちのちょっとおバカな、でもひたむきな若者たちの恋愛模様。それに加えて中華圏では縁結びの神様として知られる「月下老人」の伝説をモチーフとしているので、神様はもちろん冥界の番人や閻魔大王や悪霊も登場します。つまり、あの世とこの世を舞台にして愛と命の尊さをおバカな恋愛にのせて描いた壮大な生命讃歌がこの映画ではうたわれているのです。神様や悪霊だけでなく、犬も大活躍します。
ファンタジーであり恋愛ものでありホラーであり犬映画という、なんとも欲張りなこの映画、現在のところ日本では配信・ソフト化の権利がありません。そのため、劇場やこのような上映会でしか観ることができません。
盛岡初上陸の純愛冥界ファンタジーを、旧正月にみんなで楽しみましょう。

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台湾稀代のヒットメーカー、ギデンズ・コー監督作盛岡初上陸!
縁結びの神様〈月老(ユエラオ)〉が導く純愛冥界ファンタジー

台カルシアター『赤い糸 輪廻のひみつ』上映会
2025年1月31日(金)18:00開場 18:30上映開始
会場:岩手県公会堂26号室(岩手県盛岡市)
観賞料金1,000円
チケット予約はpeatixより
主催:台湾カルチャー研究会

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盗月者(2024/香港)

90年代の四大天王以来、長らくアイドル不在の時代が続いた香港エンタメ界に現れたのがMIRROR
ViuTVのリアリティ番組『全民造星』の出演者12人がグループとして2018年にデビューし、反送中デモや民主化運動、コロナ禍で施行された国安法等大きな社会的事件にさらされた香港で瞬く間に人気を集めてトップアイドルとなり、社会現象となったグループである。日本でも2021年頃から国際報道番組(fromりえさんのtweet)やラジオ番組等で伝えられるようになり、ミュージシャンとしてもソニーに籍を置いている。
一番有名なのはドラマ『おっさんずラブ』香港リメイク版《大叔的愛》でアンソン・ローとイーダン・ルイがそれぞれ主演したことか(あと一人は《逆流大叔》『トワイライト・ウォリアーズ』のケニー・ウォン)


このドラマは実は未見なので(オリジナルもあまりきちんと観ていなかったもんで、落ち着いたらなんとかして観ようと思っている)それ以外で彼らに親しむ手段としては歌になるわけで、Spotifyでお気に入りにして聴いている。
というわけでいくつかMVも貼っておく。


BOSS


WARRIOR

THE FIRST TAKEには2回登場。ジェレミー(今年日本でソロライブを実施)とジョール、アンソンとギョン・トウによる「Rumours」

もっと詳しいことは検索するとわかるのでそちらに譲りましょう。
香港発の日本語webマガジンHONG KONG LEI連載こちらのシリーズコラムなどで取り上げられているし。

歌は聴けてもドラマや配信バラエティまで手が回らない自分にとって、大画面でじっくり腰を落ち着けて観ることができる映画は実に有難いコンテンツであり、あるグループのメンバーを覚えたくても人数が多すぎて顔と名前の一致が苦手な自分にとっては(年取ったからじゃなくて実は若い頃からそうだった)、グループの誰かが映画に出てくれることは顔を覚える絶好のチャンスだったりする。
そんなわけで、今年の大阪アジアン映画祭でジャパンプレミアされ、そこから半年後に日本公開されたこの『盗月者』は、そんな私にとって非常に有り難い映画であった。

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旺角の時計店で働くアンティーク時計の修理工馬文舜(マー/イーダン・ルイ)は中古時計の部品を用いて本物と変わりない偽アンティーク時計を作り上げる特技を持っている。彼の憧れはアポロ計画で月に降り立ったバズ・オルドリンが身に着けていたという時計、通称ムーンウォッチの43番。そんな彼は盗品時計の売買を親から受け継いで仕切る莱叔(ロイ/ギョン・トウ)に呼び出され、詐欺行為の弱みを握られて時計の窃盗をするように言われる。他のメンバーはロイの父親のもとで長年働いてきた大賊(タイツァー/ルイス・チョン)と爆破のエキスパート渠王(マリオ/マイケル・ニン)そして元鍵師の母と兄を持つ李錦佑(ヤウ/アンソン・ロー)。ターゲットは銀座の時計専門店・時計物語に保管され、オークションにかけられる予定のピカソが所蔵していた3本の腕時計。綿密な計画を立て、中国人富裕層を装って店を信頼させ、時計が保管されるVIPルームに入りこめた4人。旧日本軍の書類庫だった特別な金庫にピカソの時計が収蔵されていることを確認したマーは、同じ金庫にムーンウォッチの43番があるのを見つけ、心をかき乱される。

 

たとえアイドル映画であっても香港ではきちんとジャンル映画にも適応させて得意の分野に落とし込んでいくので、香港映画好きにとってはそれがまた嬉しかったりする。
モチーフとなったのは2010年に銀座の天賞堂で発生した香港人窃盗団による事件らしいが、これに様々な実話を組み込んで物語は構成されている(リンク先は映画ライター中山治美さんの記事)。強盗を主題とした映画は香港のみならず世界中に多くあるし、アクションやノワール的展開も絡めやすいし娯楽性の高い題材だ。裏切りや罠もあり、最後まで読めない展開にもワクワクする。
加えて日本(しかも東京のど真ん中!)ロケとくればもう楽しさは保証付き。時計店のロケは実際に銀座(一部上野)にある時計店で撮影されているのも強みだし、ミッションの中継地点として登場する場末の簡易郵便局(!)が川崎の湾岸にある船宿だったりとなかなか思いつかないアイディアを盛り込んでいるのがいい。25年前にロケが行われた『東京攻略』を何だか思い出させる(あの映画で映し出された渋谷の風景はもうすっかり変わってしまった…)日本側キャストも米国、韓国、カナダ、ロシアなどの映画に出演して国際的なキャリアを積む俳優ばかりで(『1秒先の彼』にもチョイ役で出演した台湾ルーツの朝井大智も出演)それぞれの熱演も楽しい。

《大叔的愛》コンビであるイーダンとアンソンは、時計オタクの天才職人と母親想いの天才鍵師というそれぞれ特徴も複雑さのあるキャラがぴったりハマっている。おそらく当て書きなのだろうけど、アイドルらしい見せ場があるのがいい。特別出演枠のギョン・トウが演じるロイは字幕では「ロイ叔父貴」とあり、実際メンバー最年少なのになぜ叔父貴?とはなるのだが、もともと父親が手がけていた盗品売買業を「叔父貴」という名前もろとも引き継いだからと気づけば、それは賢いのだかそれとも馬(後略)かと思ってしまう。しかもかなり気が荒くクレイジーなキャラで、よくこれできたなー、いや楽しかったんだろうなー。
そしてアイドル映画に欠かせないのは名わき役たちなのだが、この映画でその任を請け負うのは新世代香港映画のキーパーソンでもある『星くずの片隅で』のルイス・チョンと『九龍猟奇殺人事件』『宵闇真珠』の白只(マイケル・ニン)。窃盗団として裏の世界で暗躍しつつ、時代による江湖の移り変わりに複雑な心境を抱きながら仕事に挑む役どころ。ルイスの演技は安定感があるし、白只は一部ではポスト林雪などと言われていたけど、ユーモラスさよりもハードボイルド感を漂わせているので個性は明らかに違うし、こちらも観ていて安心できる。時計屋の権叔父さんを演じるベン・ユエン、障害を持つ内勤郵便局員童童役ソー・チュンワイも印象的。

監督のユエン・キムワイはカリーナ・ラムの元パートナーとしか認識してませんでした、すみません。監督はこれで3作目だそうだけど、往年の香港娯楽映画にオマージュを捧げたような作りになってた印象。クラシックなスマートさといい感じの懐かしさがある。ハリウッド大作を好んで観てきたとインタビューにあるのでそこはなんとなく頷ける。もうすっかり香港映画界を代表する音楽家となった波多野裕介さんの音楽もよい。

緩さもあるけど総じて楽しかったこの映画は、地方でも1週間だけだったけど上映があったので運よくロードショーで観ることができた。年明けから上映される地方もまだまだある。
デビューから6年経ち、今年はCNNでも紹介されていたMIRRORだけど、日本ではまだまだ知名度は…だし(香港のBTSとか安易に言われそう)ローカルアイドルでありながらもその良さを活かしてもっと知られてほしいと思っているので、香港映画の現在を知ってもらう意味もあってこの映画を推していきたい。往年の香港映画が好きな人にも、新しさを求める人にも、そして香港映画を日本で観てもらうために頑張っている人々の思いも受け取って、今後も好きな映画を勧めていきたい。

あともう少しMIRRORも知りたい。沼にハマるまででなくても、知らない人に的確に説明してお勧めできるくらいには知りたい。
そしたらやっぱりなんとか時間を作って《大叔的愛》も観るかな、ちゃんとお金を払って。

英題:THE MOON THI4V3S
監督・製作・脚本:ユエン・キムワイ 製作総指揮:アルバート・リョン 音楽:波多野裕介
出演:アンソン・ロー イーダン・ルイ ルイス・チョン マイケル・ニン ギョン・トウ ベン・ユエン ルナ・ショウ ソー・チュンワイ 田邊和也 朝井大智 山本修夢  

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1秒先の彼女(2020/台湾)1秒先の彼(2023/日本)

「台湾(香港)映画のリメイク。私の苦手な言葉です」

と、『シン・ウルトラマン』のメフィラス風につぶやいてこの記事を始めたい。
申し訳ない。

近年はアジア圏でのドラマや映画のリメイクが盛んで、何も知らずに観ていた民放のドラマの原作が韓国ドラマだったというのも珍しくなくなった。21世紀に入ってからこれまでずっと中華圏の映画を追いかけて見まくり、感想を書いて騒いできたこのblogだが、その間香港映画のリメイクと称する作品にも多く出会ってきた。しかしオリジナルを知っていると、それが妙な具合にローカライズされてしまうことに違和感はあったし、さらにはリメイクばかりがもてはやされてオリジナルが尊重されないものを多く見てきた。
もう実名で書いてしまうが、『星願』が『星に願いを。』、『つきせぬ思い』が『タイヨウのうた』として日本でリメイクされてきたが、それらにはオリジナルへの敬意が感じられずにがっかりしたものだった。なお『タイヨウのうた』のWikipediaを見たら「当初は1993年の香港映画、『つきせぬ想い(新不了情)』のリメイクとして企画されていたが、古い映画でありそのままのリメイクでは今の時代に合わないとの判断」とあり、なんじゃそりゃ、となった…最終的にはリメイク云々は消えたと思うのだが、それでもいい気分はしない。
日本だけでなく、ハリウッドも同様で『インファナル・アフェア』が『ディパーテッド』になってオスカーとか受賞してるが、それもまたオリジナルへの敬意が微塵も感じられないどころか、インタビューでマーティン・スコセッシが香港映画に何の思い入れもなく乱暴だ云々と抜かしていたので、返す刀で彼が大嫌いになった。世界中から賞賛される名匠であっても未だにディパの恨みは根深い。
(後にTVドラマ『ダブルフェイス』として日本でリメイクされたが、もうディパで底を見ていたから、オリジナルへの敬意はかなり感じられてよかった。でも放映時のSNSで「韓国映画のリメイク」と流れてきたときにはもう頭を抱えるしかなかった…)

台湾映画のリメイクとしては、『あの頃、君を追いかけた』がある。オリジナルは台湾で観ていてなぜか地元上映してくれないことを今でも恨んでいるのだが(マジで)リメイクは主演の人の人気もあってしっかり上映した。

という前置きはさておき、2018年の中台合作《健忘村》が中台関係悪化のあおりを受けて興行的に失敗した陳玉勳が、長年温めていた脚本を基に作り上げ、原点回帰と高評価を受けて2020年の金馬奬でキャリア初の最優秀作品賞を受賞したのが《消失的情人節(消えたバレンタインデー)》という原題の『1秒先の彼女(以下イチカノ)』で、日本では翌年夏に公開。さらにその翌年の2022年、舞台と主人公の設定を変え、山下敦弘監督、宮藤官九郎脚本でリメイクされたのが『1秒先の彼(以下イチカレ)』。
あまりにも素早い動きだったので当時は大いに驚いたのだが、滅多にない機会なので一緒に感想を書きたい。

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人よりワンテンポ行動が速い30歳の郵便局員曉淇(リー・ペイユー)がダンスインストラクター文森(ダンカン・チョウ)に恋をした。旧暦の七夕に行われる市主催のサマーバレンタインイベントに一緒に参加しようと約束をし、当日の朝、彼女はルンルン気分でバスに乗り込む。しかし気づくと既に翌日の朝。彼女は「その日」が消えてしまったのに気がついた。覚えのない日焼け、覚えのない写真、そして突然に思い出した私書箱の鍵。消えたバレンタインデーの謎を探るため、彼女は実家の新竹、そして私書箱のある嘉義縣東石に向かう。その鍵を握るのは、人よりワンテンポ行動が遅い同世代のバス運転手阿泰(劉冠廷)。

 

物語の構想自体は『ラブゴーゴー』の頃に既にあったとか(そしてこの構想のリメイクもプロットの段階で動いていたらしい)
途中16年のブランクはあるものの、『熱帯魚』からの映画監督25年のキャリアで、陳玉勳の作風は基本的にあまり変わっていないのかもしれないと思ったのは、最近25年以上ぶりに熱帯魚を見直したからだったりする。
どこか冴えない主人公が突然降りかかった出来事に翻弄され、悪戦苦闘する姿はとにかく笑いを呼び起こすが、どこかしらに切なさを残す。
『熱帯魚』では誘拐、『ラブゴーゴー』では恋がそれにあたるし、『祝宴!シェフ』でいうなら元カレの逃亡&宴会料理選手権出場。曉淇を翻弄するのは自分自身の恋と、自分が思いを寄せられる恋。しかも自分のワンテンポ速いタイミングが更に彼女を翻弄すると共におかしな奇跡を生む。加えて行動がワンテンポ遅いと、その分遅い1秒が溜まっていつか1日分のアディショナルタイムが生まれるという設定は誰も思いつかないであろうイベントであったが、そのくらいはあっても文句は言わない。だって映画だから(アバウト)。

阿泰が得た「その日」を、子供の頃に出会った曉淇と使いたいという気持ちはよくわかる。ワンテンポ遅いというだけでなく、恋に奥手そうなタイプだからなおさらだ。そこで彼女をバスに乗せて東石に向かい、二人だけの時間を過ごす様はかわいらしく見えた。だから台湾公開→全世界配信後にその場面が「女性の身体権を侵害している」と批判されたことを知って驚いた。自分が身体権に対して鈍感だったから気づきもしなかったのは当然のことだが、そういう観点で見たら、確かにあの場面はもう少し控えめにできたのかもしれない。(そういえば別の映画でも昏睡状態の女性に恋をした男がどうのこうのするというプロットがあって、それが結構な巨匠の作品なので萎えた>それ以外の作品は観てるけど)そんな欠点があったとしても、恋することに対する思いをうまく描いているから、そこで許したいものである。阿泰が曉淇に変な気を起こして一線を超えなかったのだから、それを良しとしてあげて(あれで超えたらもろに変態の世界だからねえ)

曉淇を演じるペイユーも、阿泰を演じる劉冠廷も、ただただかわいいだけではなく、どこかにちょっとした陰を感じさせる二人をうまく演じている。これが先に書いた「笑った後に残る切なさ」。曉淇は子供の頃に父親が蒸発しており、阿泰は交通事故で両親を失っている。そしてそれぞれ人よりはみ出ていることを自覚している。彼ら以外にはみ出したまま生きていたのが他ならぬ曉淇の父であり、「その日」の終わりに阿泰と彼が出会い、これまでの空白を埋めるように蒸発前に頼まれていたお使いの緑豆豆花を阿泰に託す場面には、曉淇が失い、父が手放した彼女への愛の切なさを感じた。エンディングはサクセスやハッピーエンドでなくていい。どんなにトラブルが起こって踏んだり蹴ったりであっても、愛と切なさを抱いてちょっとでも幸せになれるようにあればいい。そんなことを思う。

原題:消失的情人節(My Missing Valentine)
監督&脚本:チェン・ユーシュン 製作:イエ・ルーフェン リー・リエ
出演:リー・ペイホイ リウ・グアンティン ダンカン・チョウ ヘイ・ジャージャー リン・メイシウ マー・ジーシアン

そんなオリジナルを基に、舞台は京都に、主人公の二人は男女逆転と大胆に設定を変えたのが『1秒先の彼』。
宮藤官九郎(以下クドカン)は脚本作品として『あまちゃん』や『いだてん』が好きだけど、面白くはあるが諸手を挙げて支持しているわけではない。テイストも陳玉勳というよりむしろギデンズやパン・ホーチョンの方が近いのではと思っていたので、リメイクに手を挙げたのは意外だった。山下監督も多作な方で、近年では野木亜紀子脚本の『カラオケ行こ!』や実写演出を担当した共同監督作のアニメ『化け猫あんずちゃん』が面白かったけど、すでに評価も定まっている彼がリメイクに(以下同文)となったのは言うまでもない。

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人よりワンテンポ行動が速く口が悪い京都・洛中で働く郵便局員ハジメ(岡田将生)が、ストリートシンガーの桜子(福室莉音)に恋をした。週末に故郷の宇治で行われる花火大会に行こうと約束をして、ルンルン気分でその日を迎える。しかし気づくと既に翌日の朝。彼は「その日」が消えてしまったのに気がついた。覚えのない日焼け、覚えのない写真。そして私書箱の鍵。彼は消えた日曜日の謎を探るため、宇治と私書箱のある舞鶴の郵便局に向かう。その鍵を握るのは、人よりワンテンポ行動が遅い舞鶴出身の大学生レイカ(清原果耶)。

 

結論として、さすがにベテランかつアジア圏でも評価されてる2人であるからか、オリジナルへのリスペクトが感じられたよいリメイクであったと思う。男女を逆転させたことで、クライマックスのデートの場面はオリジナルで物議を醸したポイントをうまーくスルーできたし、レイカが大学生設定になったら「消えた1日」をつなぐバスは誰が運転するんだ?と不思議に思ってたら、ある事情でそれに巻き込まれたバス運転手(荒川良々)が独自に設定されて、これもいいアクセントになった(その一方、やはり日本オリジナルキャラだったハジメの妹とその相方のギャル&チャラ男ははたして必要だったか?と思ったが)ハジメの速さとレイカの遅さの秘密も独自解釈だったけど、それはお互いの名前の総画数にあったって、いったいどうやったらそんなアホなネタが思いつくんだよ!と頭を抱えながら心で大笑いした。あ、でもこんなことはクドカンしか思いつかないのか。

黙っていればイケメンだが口を開けば毒を吐く、もうわかりやすく残念なイケメンであるハジメ(皇一)役の岡田将生(以下マサキ)の近年の活躍っぷりはすごいもので、カンヌからアカデミー賞までを沸かせた『ドライブ・マイ・カー』は言うまでもなく、今年はドラマ『虎に翼』や『ザ・トラベルナース』、映画は『ゴールドボーイ(原作は中国のミステリーYA小説!)』『アングリー・スクワッド』などでそれぞれ印象的な役どころを演じてきた。恵まれた容姿を持っていながらも決して白馬の皇子様的キャラにはならず、癖が強く陰がある裁判官、仕事に誇りを持つ自信家の看護師、欲望のためには殺人をも厭わない青年、飄々とした天才詐欺師などを演じてきて大いにハマっていた。山下監督とはキャリア初期の映画『天然コケッコー』(未見)、クドカンとは映画化もされたドラマ『ゆとりですがなにか』でコンビを組んでいたけど、ハジメのキャラには『ゆとり』の影響が見えるかな、と件のドラマを楽しんで観ていた身として思う。
マイペースだが意外と頑固で意志が固いレイカ(長宗我部麗華)は13歳でデビューして以来着実にキャリアを重ねてきた清原果耶。朝ドラヒロインも務め、その演技はとかく「すごい透明感」とやらだけで語られがちだが、コメディエンヌとしてもハマるし、桜子との対決場面も見せてくれるので安心して見られる。ここから『青春18×2』のヒロインに起用されるのはなんかいい流れ。今後も台湾に縁のある作品に出演してほしい。

というふうにリメイクも楽しく観られたことは観られたが、それでもやはりオリジナルにはかなわないし、どう突き詰めてもクドカン&山下監督の味わいになるのは仕方がないよね、とも思わされる。でもお互いにリスペクトしあい、尊重もしている点では、理想のリメイクだったと思うよ。

中文題:快一秒的他
監督:山下敦弘 脚本:宮藤官九郎
出演:岡田将生 清原果耶 福室莉音 荒川良々 羽野晶紀 加藤雅也

ところでこの作品のみならず、近年は中華圏と日本映画がお互いにリメイクしあうのが一つの流れになっているようである。
今年の中国映画市場で大ヒットを飛ばした『YOLO 百元の恋』は、安藤サクラが渾身の演技を見せた『百円の恋』(2014)のリメイクであり、ジェイ・チョウの初監督作品『言えない秘密』(2007)は京本大我と古川琴音主演でリメイクされた。
いずれも観たけど、リメイクが(オリジナルを超えはしなくとも)成功するのは作り手がオリジナルを大切にしたうえでのリスペクトであると改めて思ったのであった。というわけでこれらのリメイクについてはあまり触れないでおく。
はい、以上。

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無名(2023/中国)

まずは私にとって(もちろんそうではないというのは承知の助)嬉しい話題から始める。

10月28日(月)から11月6日(水)まで行われる第37回東京国際映画祭コンペティション部門の審査委員長にトニー・レオンが選ばれた
数年前にベルリン国際映画祭のコンペで審査員を務めてはいるが、審査委員長に選ばれるとは予想もつかなかった(なお、華人俳優としては2019年にチャン・ツーイーが審査委員長を務めている)コンペ部門の審査員もイルディコー・エニェディ監督、キアラ・マストロヤンニ、橋本愛、そして同郷のジョニー・トー監督が決まり、どんな話し合いが繰り広げられるか不安、いや期待は高まるばかり。
『シャン・チー』で知名度を広げた後は、香港でも『風再起時』《金手指》(今年のMaking Wavesで上映されそうだけど日本公開希望)と主演作も公開されたし、昨年のヴェネチア映画祭で生涯功労金獅子賞(過去に金獅子賞受賞した3作品に出演もしている)を受賞したし、『私の20世紀』『心と体と』で知られるエニェディ監督の新作《Silent Friend》で初めて欧州作品に出演するなど。還暦を過ぎてのこの活躍も長年のファンとしては嬉しい。
近年は日本にも拠点を持ち、妻夫木聡や宮沢氷魚など日本の俳優たちとの交流もSNSで伝えられる。今年のTIFFでさらに交流を広げたら、今後は日本映画人とのコラボも実現するのかもしれない…とちょっと期待している。

しかし、主演作が日本公開してくれるのは嬉しいのだけど…とちょっと立ち止まって考えてしまう作品も実はある。
今回はそんな作品、『無名』の話である。

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中国で作られた映画がすべてプロパガンダというわけではない。長年中国周辺をウォッチしてきた身だからこそそれはよくわかっている。
しかし、ここ10年ほどの中国政府の文化的な政策や対香港対策を批判した文化人の言語封殺を見てきたり、両岸三地のスターを揃えた建国記念映画を製作したというのを見ると、プロパガンダが作られるのも当然であるか。
香港との合作も多く作ってきた中国の大手スタジオ博納影業は、2021年の『アウトブレイク 武漢奇跡の物語』(アンドリュー・ラウ監督、チャン・ハンユー主演)、2022年に『1950 鋼の第7中隊』(チェン・カイコー、ツイ・ハーク、ダンテ・ラム共同監督、ウー・ジン主演)と、現代のコロナウィルスとの戦い、朝鮮戦争における長津湖の戦いという実話を基にした作品を製作してきた。それらとこの作品をまとめて「中国勝利三部作」と称されているのだが、そう言われてしまうとプロパガンダだよな…と思ってしまう。先の2作の監督たちだって、香港映画の一時代を築いてきた名匠たちだし、カイコ―の初期のキャリアの凄さを知っている身としては、彼らはもう昔のような(だいたい2000年代前半の中港合作が増える前の頃の)映画は作ってくれないのねと思わざるを得なかったりするわけだ。
三部作の最終作としてこの映画の製作の報が伝えられたのが2021年秋。中国でのシャンチーの公開がキャンセルされたばかりの頃であり(主演のシムが大陸に対してあまりよろしくない発言をしたことが問題となった)、そのタイミングでの発表はどうなのか?とうっすら思っていたし、昨年の中国電影金鶏獎でトニーが主演男優賞を受賞したことにより(参考としてこちらを)華人俳優初の金像・金馬・金鶏で受賞した俳優になったという知らせを単純に喜んでいいのか戸惑ったこともあった。
先の2作との相違は、監督が中国映画でキャリアを積んできた『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海』の程耳が務めていること。国内生え抜きの実力派が手がけるのには十分であるし、彼の過去作を気に入ってトニーが出演したというのなら、そこはいいことなのだろう。そして共演には日本でも人気急上昇中の中国の若手俳優王一博(ワン・イーボー)。それなら、先の2作と分けて、力を入れて売り込みたいわけだよね。わかる。

時は日中戦争時、舞台は上海。汪兆銘(汪精衛)政権下のスパイとして諜報活動に従事する何主任(トニー)とその部下葉(王一博)。唐部長(大鵬)や王隊長(エリック・ワン)と連携し、日本の諜報機関所属の渡部(森博之)とも密に連絡を取り合いながら、日中間のバランスを危うく取っていく。その一方で中華民国の与党である国民党と共産党の間でも秘密工作が行われ、共産党から国民党への転向を促して幹部の情報を引き出そうともする。中国軍と日本軍の衝突は激しさを増し、それと共に日本、国民党、共産党との水面下の睨み合いも激しくなっていく。

この手の抗日的な題材は中国では昔からよく取り上げられてはきているが、それがあまりにもおかしかったりグロテスクな取り上げられ方をされたりするとどうしても頭を抱えてしまうのであるが(中港合作のこの映画も然り)、渡部を始めとしたこの映画における日本軍の描き方は過去の抗日テーマの作品と比べても幾分まともに描かれていて安心した。この映画と時代的に重なるロウ・イエ監督の『サタデー・フィクション』では日本海軍の少佐と特務機関員をオダギリジョーと中島歩が演じているので安定しているが、中国で活動する森博之(東京生まれだがNYやカナダ育ちとインタビューで語っている。ちなみにパートナーはつみきみほ)が演じた渡部の重厚感は本人の中国でのキャリアも感じさせられる演技で説得力があった。日本軍の兵士役にも中国で活動する日本人俳優が加わっているそうだが、それならば日本語をもっとしっかり発音してほしかったかも…。

衣裳デザインには張叔平が参加しており、美術も重厚。アクションも苛烈で諜報もののスリリングさを楽しめる。それで止めてもいいのだが、長い間中華電影を観てきた身としては、無粋で大変申し訳ないのだが、どこかで見たことあるよな…とずーっと思ってしまったし、こういう洗練さや俳優たちの美しさや熱演があるからこそ、そうかー、これだからプロパガンダかーという考えが頭を離れなかった。共産党のスパイを取りあげた張藝謀の『崖上のスパイ』があったけど、あれはプロパガンダだと思わなかったし、先に挙げたサタデー・フィクションであったり、何主任の妻陳を演じていたのが周迅だったので『サイレント・ウォー』であったり(これは舞台が国共内戦)、国民党の女スパイ江(ジャン・シューイン)のモデルが鄧蘋茹ということからそのつながりで『ラスト、コーション』など過去の類似作品とついつい比べてしまって、どうも首をひねりがちになってしまうのだ。老害的な意見と捉えられてしまうけど、もうそれは致し方ない。美しさやカッコよさだけで許せなくなってきていて申し訳ない。
クリストファー・ノーランばりの時系列をシャッフルした展開もスタイリッシュさを出したいのかもしれないけど、あまりやりすぎるのも…と思ったことも確か。時期的に『オッペンハイマー』を観たばかりだったからなおさらそう思った。

トニーは熱演していたのはよくわかるし、全編北京語というのもチャレンジングであった(広州出身を思わせる描写があったり、ラストの香港の場面では広東語を…というのは贅沢な望みか)でもこういう役どころは以前にもあったし、難しくはなかったのだろう。共演が多くても初めて夫婦役となった周迅、すっかり重鎮となった黄磊など、知っているキャストには手を振った。

そして、もっとも力が入っていたといえる、これが日本のスクリーン初登場となる王一博。
現在BS&CSや配信で人気を集めている中国ドラマに全く触れていないので、その人気の凄さを実感できないのだが(申し訳ない)トニーと二枚看板を張れる実力と切れ味よさそうな所作は人気出るのがわかるし、日本での宣伝でもグッズ作りたくなるわけだよな、と納得した。『ボーン・トゥ・フライ』『熱烈』など主演作の日本公開も続いているので今後知名度がどんどん上がるといいね。

しかし、この映画を観て改めて感じたのが、自分がすっかり中国映画の実情に疎くなってしまったことだったりする…。
プロパガンダやらなんやらといわず、何でも観ればいいのだろうけど…
うーむ。今後も精進しよう。
(それでもクレジットに出る「(中国香港)」などのカッコつき国籍を見て頭を抱えてしまうのだろうな…)

中文題:Hidden Blade
監督&脚本&編集:チェン・アル 撮影:ツァイ・タオ
出演:トニー・レオン ワン・イーボー ジョウ・シュン ホアン・レイ エリック・ワン ダー・ポン チャン・ジンイー ジャン・シューイン 森 博之  

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青春18×2 君へと続く道(2024/日本=台湾)

旅行記が好きだ。
自分もblogやZINEで書くこともあるし、他人の書いた旅行記も楽しい。
旅先の情報を旅行記から得るのも利点の一つではあるが、旅人自身のキャラクターや旅による思考の変化を読むのもまた楽しいからである。

ジミー・ライ(頼吉米)による旅行エッセイ《青春18×2 日本慢車流浪記》を原作に、我らが張震が製作総指揮を、『新聞記者』『余命10年』の藤井道人が監督を務めた日台合作の『青春18×2 君へと続く道』は、2006年夏ごろの台南と2024年春の福島への旅を重ねて描いた文字通りの青春映画。主演はドラマ『時をかける愛』でブレイクし、映画『ひとつの太陽』日台合作ドラマ『路~台湾エクスプレス』に出演した許光漢(シュー・グアンハン/グレッグ・ハン)と、藤井作品の常連でもある『一秒先の彼』の清原果耶。

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台湾版予告編

原作者のジミー・ライは嘉義出身で、エッセイの舞台も嘉義だそうだが、映画では台南へ変更。
なお原作は未読。邦訳も出版されていないしね。

自ら設立したゲーム会社の取締役を解任され、取引先との引継ぎのために日本に渡ったジミー(許光漢)が、かつて送られてきた手紙の思い出に誘われて鉄道で旅に出る現在と、その送り主である4歳年上の日本人女性アミ(清原果耶)と故郷の台南で出逢う18年前が重ねられて語られる。彼は台南の高中でバスケットボールに打ち込んでいたものの、ケガで競技を断念した。台北の大学を受験した高校生最後の夏、バイト先のKTVに現れた彼女と出会ったジミーは、その夏の思い出をなぞるように、大好きな『SLAM DUNK』の聖地、鎌倉から旅を始める。

ジミーのスラダン好きがアミとの始まり。そして彼は早春の由比ガ浜に、彼女とバイト仲間と共に遊びに行った台南の海岸を重ねる。若者たちがはしゃぐその風景は『風櫃の少年』をオマージュしたような画であるので、観ているこちらもまたデジャヴュを抱く。
日本人監督が撮った台湾と言えばかつてここでも書いた『南風』や今関あきよし監督の『恋恋豆花』が思い出されるけど、どうしても観光目線で撮られがちになってしまうのが気になって仕方がない。九份が『千と千尋の神隠し』のモデルとか舞台とかなんていつまで言っているつもりなんだ、と本当にイラッとする(実際後者の作品では九份で登場人物がそのように言う場面があって頭を抱えた)
この映画も観光映画の側面を持ってはいるのだが、ほぼ台南を舞台に展開する台湾パートでは、赤崁樓や安平などの台南名所はあまり登場しない。その代わり、力を入れて描かれるのはジミーとアミの交流になるからか、『風櫃』を始めとした台湾青春映画のオマージュがふんだんに盛り込まれている。アミがジミーのバイクにタンデムして夜の台南を走る疾走感は、長年台湾映画を観ている観客なら感じ取れるものであろう。台南出身の祖父を持ち、自身も留学経験を持つ藤井監督の思いとこだわりは、台湾パートの方に強く表れているのがよくわかる。だから、ただの観光映画には収まらないと思っている(個人の意見)

ジミーの旅は鎌倉から品川・新宿を経由して中央本線で松本へ、そこから飯山線と上越線で長岡へと進み、そして只見線で新潟との県境に近いアミの故郷・福島の只見へとたどり着く。信越を経由する大回りのローカル鉄道旅で彼が出逢うのは、同郷出身の居酒屋店主劉(ジョセフ・チャン)、18歳年下のバックパッカー幸次(道枝駿佑)、長岡のネットカフェで働く由紀子(黒木華)只見の酒店主中里(松重豊)そしてアミの母裕子(黒木瞳)。劉とは台南の思い出を語り、幸次とは岩井俊二監督の『Love Letter』についての思い出をシェアし、由紀子の力を借りてジミーは長岡から新潟中部の津南で行われるランタンフェスティバルへと向かうが、それは全てアミとの思い出をなぞっての行動。とある批評で台湾パートに比べて日本パートは表面的になっているとあったけど、日本パートが観光映画の役割を担っていると考えてみればそれはもう致し方ないのではないか。実際、日本に先行して台湾で公開されたこの春以降、只見線を始め、この旅のルートを利用する台湾人旅客が増えてきたとも聞いている。

18歳のジミーと4歳年上のアミの、台南を舞台にした(ジミー曰く)恋愛以前の交流は結局成就せずに終わりを迎える。アミの現在は只見に着くまで明確に描かれないが、察することができるのなら彼女がもうこの世にいないことに早くから気づくのだろう。残り少ない命を精いっぱい生きる若者の恋愛ものは『世界の中心で愛をさけぶ』など日本映画で多く取り上げられ、藤井監督自身も難病に侵された女性の恋愛を描いた『余命10年』を撮っている。若い男女の叶えられない初恋の終わりにどちらか(特に女性)の死を持ってくるのはあまりにも残酷で安易に感じるし、実際21世紀初頭からの日本映画の恋愛ものはその手の展開があまりにも多すぎて、恋愛ものが好みではない身としてその手のネタはどうも食指がそそらない。この件について話し出すとキリがないし、ひたすら脱線していくので止めておく。

恋愛は成就しなかったものの、アミとの出会いは確実にジミーの将来を開いた。そして、二度と会えないことが明らかになったことも彼の人生に大きな傷を残し、冒頭で描かれる経営する役員解任の決議の場面の意味が明らかになる。アミは初恋の女性の範疇を超えた、ジミーの青春と希望のシンボルであった。そのことを悟り、只見から東京に戻って桜を見るジミーは18年かけてのアミとの思いを心に封印し、自分の青春期に終止符を打つ。そして故郷で新たな一歩を踏み出す。


ところでジミーが生まれたのは1988年の設定。台湾の戒厳令が解かれて間もなく生まれているということだ。
スラムダンクと言えば『あの頃、君を追いかけた』にも登場しているが、時代設定は90年代後半だから当時のジミーはまだ10歳になるかならないか。いかに息の長い人気を誇っていたのかというのがよくわかる。台南での主な舞台となるKTVでは日本の某アイドルの歌が流れるし、五月天と並んでミスチル(この映画の主題歌を担当している)にも言及される。台湾をよく知らない若者たちは、日本のコンテンツがほぼリアルタイムで入ってくることに驚くようだが(オンライン交流を見学する機会があったが、台湾の高校生の日本アニメの知識が日本の子より詳しかったりするので感心したことがある)ポップカルチャーからのつながりや共有から友情を深められる可能性をこの映画から感じ取ってもらえるかなと思った。
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昨年日本で上映された(現在Netflixで視聴可能『僕が幽霊と家族になった件』ではゲイに無理解な堅物の刑事を演じたグレッグ(最新の表記に従って「グァンハン」で書くべきなのだが、こちらの呼び方が慣れているので)だが、この映画では36歳の現在と18歳の少年を見事に演じ分けていて、これまで観てきた作品での演技も含めての芸幅の広さに感心した。『あの頃』のチェンドンは17歳からの約10年間を演じていたし、彼に限らず台湾の俳優は30代近くなっても高校生の役を演じることが多いのだが、20歳近く年が離れている役を違和感なくメリハリをつけて演じているのは見事である。
13歳で俳優としてデビューした清原果耶は、約10年間のキャリアの中で様々な印象的な役を演じてきていることから、まだ20代前半であることをつい忘れてしまう。透明感あふれる佇まいのある俳優と称されることが多いが、オリジナルでの劉冠廷の役どころを演じた『一秒先の彼』でのコメディエンヌっぷりも記憶に新しいし、実年齢と同じ22歳のアミがジミーよりちゃんと大人びて見えたのがよかった。
日本編のキャストも豪華だったけど、台湾が気に入って住み着いた神戸出身のKTV店店主シマダを演じた北村豊晴監督はしっかり爪痕残してくれていたし、ジミーの大学時代の学友でビジネスパートナーになるアーロンを演じていたのが、日本のドラマへの出演経験もあるフィガロ・ツェンだったし、ジミーの仕事仲間たちもみんないい味出していたので日本でも彼らをちゃんと紹介してほしかった。

そして何より台湾はもとより、日本でもヒットしたのは本当にありがたかった。
私は関東・盛岡・宮古の3カ所の映画館に観に行ったのだが、いずれの館でも近くに鑑賞後に涙をぬぐう観客がいたし、この映画がきっかけで台湾をますます身近に感じてもらえると嬉しいと思っている。この夏、台鐡でミスチルを聴きながら乗る日本人の若者が何人いるだろうか。そう考えるとニコニコしてしまう。

あ、そうだ。台鐡といえば、この映画で最も疑問に思ったことを最後に書いて締めたい。

アミが帰国する直前に、ジミーは彼女を誘って十分に行くのだが、どういうルートでどのくらいの時間をかけて台南(それもターミナルではなくて普通車しか停まらない保安站)から十分まで行ったのだろうか。早朝に出て行って着いたらもう日が暮れていたから、10時間はかかっているってことか?

英題/中文題:18×2 Beyond Youthful Days/18×2 通往有你的旅程
監督&脚本:藤井道人 製作総指揮:チャン・チェン 製作:ロジャー・ホアン 前田浩子 瀬崎秀人 音楽:大間々昴 撮影:今村圭佑
出演:グレッグ・ハン(シュー・グァンハン) 清原果耶 北村豊晴 ジョセフ・チャン 道枝駿佑 黒木 華 山中 崇 フィガロ・ツェン 松重 豊 黒木 瞳

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【ZINE新作】21世紀香港電影新潮流

前の記事で製作をお知らせした新作ZINEが完成しました。

【新刊】21世紀香港電影新潮流 funkin'for HONGKONG@zine 2024

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↑見本誌の画像なのでサークルアイコンが入っていますが、もちろん販売分にはついていません。

2016年以降に製作された新人映画監督作品のうち、自分が観ている作品を10本選んで紹介しています。
これまでblogやTwitterで書いてきたテキストに加筆しております。
ラインナップは次の通り。

・星くずの片隅で
・香港の流れ者たち
・毒舌弁護人
・白日の下
・淪落の人
・逆流大叔
・花椒の味
・ブルー・ムーン
・私のプリンス・エドワード
・ソロウェディング

加えて、このblogでは書いていなかった、17年と19年の香港ミニ旅行記などの散文も書き下ろし。
地元でも来月上映される『燈火は消えず』他、未見の作品にも簡単に触れました。

先日実施された浜藤の酒蔵ZINEマーケットで初頒布し、おかげ様で初版の半数をお買い上げいただけました。

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当日の様子

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季節に合わせて紅聯も飾ってみました。

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このチラシも、勝手に応援で飾りました。

もともと地元であまり上映されていない香港映画を知ってもらって、劇場で上映されたら観てほしいなーという気持ちから作ったZINEなので、現在のところ手売りでやっていますが、増刷も考えているので通販も予定しています。
通販の準備が整ったら、ここでもお知らせいたします。

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20周年を迎えました/新作ZINE出します

昨日の1月13日で本blogは開設20年になりました。
時間過得真快…
ここ5年ほどは公私共に多忙で、SNSはできても長文の感想等は全く書けなくなってしまい、更新も年数回となってしまいました。
でもSNSも過渡期を過ぎたようだし、これからどんな展開になるかわからないけど、どんなことがあってもblogは手放したくないと思い、少しずつであっても更新は続けてきました。
ここは居場所としてなんとか守っていきます。今後ともお付き合いいただければ嬉しいです。

そしてblog開設20周年を記念して、久々にfunkin'for HONGKONG名義のZINEを発行します。

その名も『21世紀香港電影新潮流』

2014年の雨傘運動後や19年の民主化運動、そしてコロナ禍を経ての2018年から昨年までに香港で製作された映画についての感想や散文をまとめたものです。『星くずの片隅で』の時にも書いたけど、地元では上映される機会が少ない香港映画の知名度を上げたくて作りました。
表紙(一部チラ見せ)はこんな感じ。

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現在製作も最終段階。
これは1月21日(日)に岩手県盛岡市のもりおか町家物語館浜藤ホールにて行われる浜藤の酒蔵ZINEマーケットにて初売します。

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以降は書局やさぐれとして参加する文学フリマ等各ブックイベントでも販売し、通信販売も予定しております。
今後は台湾旅行記や飲食関係本も製作する予定。
今年は中華エンタメのインプットとアウトプット、そしてZINEやフォトブック等の創作活動にも励んでいきたいです。

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赤い糸 輪廻のひみつ(2021/台湾)

昨年のTIFFで楽しく観たギデンズ監督最新作『ミス・シャンプー』Netflixでも配信中)の前作となる『赤い糸 輪廻のひみつ』
これも2021年の金馬奬にノミネートされており、視覚効果・メイク&コスチュームデザイン、音響効果の3部門で最優秀賞を受賞している。ここ数年、金馬奬をチェックすると面白そうな作品が多くノミネートされているので、これらに配給権がついて日本で公開されてほしいと常々願っていた。
しかし、ここ数年の話題作が日本の劇場で一般公開されることは少なくなった。台湾本国でも公開後すぐnetflixで全世界配信され、日本語字幕付きで気軽に観られるようになったとはいえ、劇場でかけてみんなで観られることを前提とした劇映画はやはり劇場で楽しく観たい。そう思っていた時にこの映画の日本公開が決まった。

この映画はこれまで『台北セブン・ラブ』や『赤い服の少女』を紹介してきた台湾映画社さんと『日常対話』を配給し、関連書籍の翻訳も手掛けてきた台湾映画同好会さんの共同配給。個人会社での配給で、権利の関係上劇場公開のみという(おそらく)異例のケース。台湾映画社代表の葉山さんが上映権獲得と劇場公開に関してのインタビューに答えており、こちらのnoteを読んだが、台湾ブームと言われても観光やグルメが定着してもt台湾エンタメがなかなか定着しない、シネフィルにも台湾映画といえばニューシネマは注目されるのにそれ以外は…と同じように歯痒く思ったことがあったので、大きく首を縦に振ったものだった。
公開に先立ってクラウドファンディングも行われていたのでもちろん参加した。現在のところ公開劇場も一部地域だが、全国で上映されてほしいと願っているので、その応援も兼ねての感想記事である。ネタバレは極力控えるようにする。

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原題でもある「月老」は台湾の縁結びの神様として知られる「月下老人」のこと。台北の霞海城隍廟や台南の大天后宮他多くの廟に祭られている神様だが、この映画に登場する月老は冥界にやってきた死者が徳を積むために従事する神職として設定されている。落雷で命を落とし、生前の記憶を失くした主人公の孝綸(クー・チェンドン)は元カレに殺されたピンキー(王淨)とバディとなり、現世で人々を赤い糸でつないでいく。
この冥界の世界観とデザインがユニーク。死神は黒いスーツと帽子にマント、という割と定番スタイルだけど、冥界の門番である牛頭(陸明君)と馬頭(ホンジュラス)はミリタリー風のスーツとマントをまとい、(死んだときの)年齢・性別がそれぞれバラバラな月老たちはグレーのセットアップを着ている。彼らを率いるリーダーの一人を演じる侯彥西はなぜか『ジョジョの奇妙な冒険』の東方仗助のようなリーゼントスタイルなので全体的に高校の制服感増し増し。死んだ人間が現世にやってくるといえば最近ネトフリで実写版が配信されている『幽☆遊☆白書』も思い出されて、この「わかる人にはわかりゃええ( ̄ー ̄)」ってところにはニヤリとする。

善行を行って徳を積む二人の前に老犬の阿魯が現れたことで、孝綸は生前の記憶を取り戻す。阿魯は彼と初恋の人である幼馴染の小咪(ビビアン・ソン)を結びつけた犬であり、寿命で命尽きようとしていた。その頃冥界では500年間牛頭を務めていた前世の盗賊・鬼頭成(馬志翔)が怨霊となって冥界を脱走し、前世で自分を裏切った仲間たちの生まれ変わりを探し出して復讐していた。その怨念は小咪にも向けられる…!

冥界ファンタジーの趣で開幕する物語は、この再会で見覚えのある展開に突入する。『あの頃、君を追いかけた』でお馴染み、ギデンズ名物ともいえる(?)おバカ男子の恋物語である。ああ、やっぱり男子っておバカ…と笑っていたら、鬼頭成の登場で前作『怪怪怪怪物!』的なホラー展開となる(『怪怪怪怪物!』といえば、鑑賞当初は爽快さと胸糞悪さが入り混じる何とも言えない気持ちを抱いたのだが、実は製作当時のギデンズが自らのスキャンダルにより激しいバッシングを受け、そこで生じた怨みを原動力として作ったという話を最近知った。だからあんなに胸糞悪いのか…)

このように先の読めない物語なのだが、テーマは生命賛歌といえる。台湾に根づく道教や仏教をベースに、笑ってドキドキして恐怖におののいて、気がついたら感動しているド直球のエンタメで謳われる生命賛歌。どんな命でも等しく、それを救えば善となる。世界で起こる戦争等で命が失われていく現状を見ているから、その大切さや生きることの尊さを感じたのかもしれない。邦題の由来となっている、韋禮安による主題歌《如果可以》もこのテーマを体現していてよい。これは藤井風が台湾ライヴで歌いたくなるのもわかる。


Weibird本人が歌う日本語ヴァージョンもあるのでこちらも是非。

映画監督デビューも果たしたチェンドンの安定したバカ男子っぷり(誉めてます)とギデンズ作品への登板が続くビビアンはそれぞれかわいらしく、『返校』のミステリアスさをかなぐり捨てた王淨のはじけっぷりも楽しい。他のキャストもギデンズ作品常連から、馬志翔と共に『セデック・バレ』に出演したセデック族のラカ・ウマウまで、台湾映画&ドラマに親しみのある人なら思わず手を振りたくなる面々が揃う。

現在の台湾映画の勢いを象徴するこの作品、台湾好きだけど映画は…という人にも、もちろん台湾に特段興味のない人にも観てもらいたい。
重ねて言うけど、日本では劇場でしか観られない作品なので、東京や大阪だけでなく、日本全国津々浦々で上映されてたくさんの人に観てほしい。東北では香港&台湾映画を必ず上映してくれるフォーラム仙台で2月上映が予定されているけど、我が岩手でも是非上映してほしい…

今年は日本全国で中華圏の映画がたくさん上映されますように…

原題:月老/Till We Meet Again
監督・原作・脚本:ギデンズ・コー
出演:クー・チェンドン ビビアン・ソン ワン・ジン マー・ジーシアン ホウ・イェンシー チェン・ユー ルー・ミンジュン ホンジュラス ユージェニー・リウ ラカ・ウマウ

☆本blogは今年で開設20年。
ここ数年記事もなかなか更新できませんでしたが、アニバーサリーイヤーなので、なるべく更新できるように頑張ります。

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香港の流れ者たち(2021/香港)

2018年のTIFFに出品された『トレイシー』(感想のリンクは当時のtwitterなので、いろいろ表現的に追いついていないところはご了承ください)でデビューしたジュン・リー監督の第2作であるこの映画、『香港の流れ者たち』を初めて知ったのは、2年前の金馬奬で最優秀作品賞を始め12部門ノミネートされたことから。金馬では最優秀脚色賞を受賞したのだが、これは2012年に香港で起こった通州街ホームレス荷物強制撤去事件に材を取って作られたことから脚色賞のカテゴリに入ったようだ。翌年の金像奬では11部門ノミネート。

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香港の下町、深水埗。高架下で暮らしていたヤク中のファイ(ジャンユー)が刑務所を出所し、この街に帰ってくる。ベトナム難民のラム爺(謝君豪)、ラン(ベイビー・ボウ)とチャン(ロレッタ・リー)姉妹、元大工のダイセン(朱栢康)らが彼を迎えてくれるが、食品環境衛生署の事前通告なしの「掃除」により、何もかも取り上げられてしまう。彼らはソーシャルワーカーのホー(セシリア・チョイ)の助けを借りて、政府を相手に謝罪と賠償を求める裁判を起こす。

 

十年前に息子を失っているファイをはじめ、ベトナム戦争後、香港で亡命する家族と離れ離れになってしまったラム、ドラッグ中毒で何もかも失った元ホステスのチャンなど、ホームレスたちはそれぞれの事情で今の生活を送っている。ハーモニカが唯一の友である失語症の若者、通称モク(ウィル・オー)もその輪に加わり、助け合いながら生きている。近隣の商店から万引きし、ドラッグを分け合って打ち合う姿は良識ある者からは理解しがたく、落ちぶれて当然だと思わせられるだろうが、厳しい社会で一人で生きることの難しさを考えたらやむを得ないのだろうか。
もちろん、それはいいことではないので、ホーたちのようなソーシャルワーカーが彼らを助けるために奔走する。彼らもその助けを利用しながら、市民として生きている。助けがあればそれをうまく利用し、生活に足りることでうまく生きようとする。社会の底辺に生きていても、人として生きることが大切である。それを端的に言えば「人権」である。これはこの1年、貧困だけでなく性暴力やハラスメントから戦争まで国内外で起こった事件においても言われてきた言葉で、大切にしなければいけないのにそれが蔑ろにされていることに改めて気づかされた。
彼らの訴訟が大々的にマスコミに取り上げられたことで世間の注目を浴び、社会学系の大学生たちを始めとした支援希望者が彼らの元に押し寄せるが、メディアのインタビューを受けたファイが「俺たちがなぜ政府に対して謝罪や賠償を求めているのかには興味はなさそうで、ヤク中になった原因や路上生活のことばかりを聞きたがっていた」ということを言うように、このトピックがセンセーショナルなものとして扱われることで訴訟の本来の目的が覆い隠されてしまうのではないかという危惧が描かれる。人権やその尊厳は大切なものだが、それを守ること、理解することの難しさも感じる。その難しさはホームレスたちの間にもあり、政府の賠償が決まった後で、そこで賠償金を受け取って収めたいと考えたダイセンたちに対してファイが謝罪しないと納得しないと頑として譲らなかったことで彼らもバラバラになっていくことからもわかる。本当に難しいし、どうしていけばよかったのか、考えれば考えるほどどうしようもなくなってくる。だけど、この問題が香港だけでなく、日本でも渋谷の宮下公園で起こった排除などホームレスをめぐって同様の案件があったり、先に挙げたような人権が損なわれる案件にも繋がるので、これはもうずっと考えていかなければならない問題である、ということを映画が訴えている。
(この件については『星くずの片隅で』と合わせて紹介しているこの文章がわかりやすい)

非常に社会的なトピックを含んだこの映画だが、その物語を生きるキャストたちは豪華で誰もが印象深い。
ファイを演じるジャンユーはもう説明不要の大スターだし、ニヒルさも熱さも軽みも自在に演じ分けられる名優だけど、悲しみと諦観をたたえた微妙な表情にはこれまで見たことのないものがあったし、声高でなく自分の意地を見せて生き抜く姿が印象的だった。97年の『南海十四郎』で知られるベテラン舞台俳優・謝君豪は『毒舌弁護人』などの近年の香港映画で名アシストを連発しているし、同じく舞台出身の朱栢康も大活躍である(アキ・カウリスマキの兄ミカが監督したフィンランド映画『世界で一番しあわせな食堂』にも出演)若手ではセシリア・チョイ、ウィル・オー。セシリアは台湾映画『返校』にも出演しているし、来年初めには『燈火(ネオン)は消えず』の日本公開も控えている。ウィルも話題作への出演が続く注目の若手で、来年の亞洲電影大奬では劉冠廷や宮沢氷魚、タイのマリオ・マウラーと共に青年大使を務める。
そしてこの作品で映画界に復帰したロレッタ・リー。アイドル時代や三級片時代はあまり作品を観ていなかった…と思っていたが、アン・ホイ監督の『千言萬語』(99年)はさすがに覚えていた、というより、パンフレットの宇田川幸洋氏の文章で思い出された。あの映画もホームレス救済に尽力するソーシャルワーカーたちを描く作品であったが、登場人物の一人のモデルとなったイタリア人の甘浩望神父(映画ではアンソニー・ウォンが演じていた)がこちらでもご本人役で出演されていたのに後に気づいて驚いた。
ここで久々に『千言萬語』も再見したくなったし、92年の『籠民』も未見なので観たくなったのだが、リマスタリングされていたかな…

テーマはシリアスだが、ウェットであっても温かさと軽みも感じさせる。人の生きる喜びがその街には欠かせない。
大陸の影響を大きく受けてきている香港が香港らしさを失わないためには、そこに生まれて生きる人を大切にしていくことが必要ではないか、ということを考えながら、これを2023年の映画納めとして観た。
来年も楽しく素晴らしく、そして考えさせられる香港映画が1本でも多く劇場でかかり、多くの人に観られますように。

原題:濁水漂流/Drifting
監督・脚本・編集:ジュン・リー 製作:マニー・マン 撮影:レオン・ミンカイ 編集:ヘイワード・マック 音楽:ウォン・ヒンヤン
出演:ン・ジャンユー(フランシス・ン) ツェー・クワンホウ ロレッタ・リー セシリア・チョイ チュー・パクホン ベイビー・ボウ ウィル・オー イップ・トン 

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星くずの片隅で(2022/香港)

先日、地元の映画好き仲間たちが揃うクリスマス会に参加した。
某邦画にスタッフとして参加した経験を持ち、現在は地元TV局に勤務している若者に「『男たちの挽歌』的な香港映画でお勧めありますか?」と聞かれたので『ザ・ミッション』を薦め、トーさんの作品や無間道三部作でひとしきり盛り上がって楽しく話をした。香港映画の話もこれまであまりできなかったので、久しぶりに話せて嬉しかった。

「しかし、香港ではもうあんな映画は作れないんでしょうかねー」
彼にそう言われて、私は「まあねー、今香港の状況は厳しいけど、まったく作れなくなったってわけじゃないし。警察ものは作りにくくなったけど、その代わり弁護士ものも作るようになったしー」などと私見を述べて答えたのだが、人によっては香港映画はアクションであり、ノワールであり、成龍であり、李小龍であり、王家衛であり…というイメージで偏ってしまうのは致し方ないのかな、などと思ってしまう。

スターが揃う大作は中国との合作で、あるいはスターやベテラン監督が完全中国資本で撮るというシステムもすっかり定着してしまい、かつて成龍が言ったように「香港映画は中国映画の一部にすぎ」なくなってしまうのか…と危惧したこともあったし、なによりも反送中運動から国家安全維持法施行までのこの5年間の激動が映画も含めた香港の文化にどんな影響を及ぼしていくのか、不安で不安で仕方なかった。

しかし「香港映画」はそれでも残った。確かに派手なアクションもの等は撮りにくくなったが、若い監督たちが市井の生活を見つめ、苦難の中に希望を見つけるような作品が現れるようになり、ここ数年の大阪アジアン映画祭や東京国際映画祭から香港インディペンデント映画祭まで、大小さまざまな映画祭で上映されてきた。東京や大阪から聞こえてくるそれらの情報をうらやましく眺める日々がしばらく続いたが、やがてそれらの作品に配給がつくようになり、上京もできるようになったので、この夏に早速観に行ったのが今回取り上げる『星くずの片隅で』である。
今年の大阪アジアン映画祭では原題の『窄路微塵』で上映されている。

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 コロナ禍で静まり返った2020年の暗い香港。清掃業者のザク(ルイス・チョン)はワンオペ業務と一人暮らしの母(パトラ・アウ)の世話に追われる日々を過ごしていた。そんな彼の前に現れたのは、彼の会社のあるマンションに住む若いシングルマザーのキャンディ(アンジェラ・ユン)。彼らは雑踏が消えた香港のあらゆる場所を掃除して回る。閉店した茶餐廳から郊外の邸宅、さらには特殊清掃事案(!)までと幅広く、マスクも容易に入手できる富裕層や小さなフラットで誰にも知られず亡くなってしまう貧しき人など、その仕事の間から香港で暮らす人々の様々な姿を見ることができる。そこに見えるのはよく知られている煌びやかな摩天楼の香港ではない。

ザクもキャンディもそれぞれ暮らし向きは楽ではない。特にキャンディは一人娘のジュ―(トン・オンナー)を抱えており、彼女を喜ばせるためなら何でもする。それこそ盗みも厭わないため、その行動が清掃業に大きなダメージを与える。ザク自身もキャンディを一度遠ざけたりもするが、お互い困っているのはわかっているから、それでも手を差し伸べる。キャンディもずるさこそあるが、決して根っからのワルではない。恋愛ともいうわけではない繋がりで二人が結ばれていくのが自然に描かれ、観ているこちらもその展開を受け入れられる。そんな二人の清掃業が決して順調には行かない、現実の厳しさも一方で描かれるのだけど…。
裕福にもなれず、ここから逃げ出して移民もできないが、それでも生きていく必然がある。屋上から二人が眺めるのが、精一杯働く人々がいる工業地帯であるのも印象的。
「世の中はひどい。それに同化するな」「不運も永遠には続かない」印象的な台詞も多く、しみじみとしながら現在の香港に思いが飛ぶ。

ザク(これは愛称で「窄」という字の広東語読みらしい。本名は陳漢發)を演じるルイス・チョンはこれまでバイプレイヤーとして活躍し、近年はこの作品や『6人の食卓(飯戲攻心)』などでの主演も増えてきている。過去の出演作には観た作品も少なくないけど、一番覚えていたのは4年前のTIFFで上映された『ある妊婦の秘密の日記』での愉快な妊婦アドバイザー役だった…wikipediaを見たら『風再起時』にも出ていたのだが覚えていない…そして待機作には来年の賀歳片《飯戲攻心2》がある。

昨年の金馬奬と今年の金像奬で最優秀主演女優賞にノミネートされたアンジェラ・ユン。
初見はジェニー・シュン&クリストファー・ドイル監督、オダギリジョー共演の『宵闇真珠』だった(当時の感想はtwitterのみだったのでリンク参照)儚げでそれでいていい存在感のある役どころで印象的だった。

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モデルとして活動し、日本でも銀杏BOYSのCDジャケットや川島小鳥の写真集に登場しているそうだけど、なんといってもこのMVがかわいい。

映画公開に先立つタイミングで発表されたVaundyの「Tokimeki」MV。モチーフはオズの魔法使い。ちなみに演出は『とんかつDJアゲ太郎』『真夜中乙女戦争』の二宮健監督。
10年くらい前は若手女優不足が気になってた香港映画界だが、彼女やハンナ・チャン、ジェニファー・ユー、ステフィー・タン等次々といい女優が登場しているのはうれしいところ。

監督は『少年たちの時代革命』の共同監督でデビューした林森(ラム・サム)。この映画は例によって香港では観られず、『時代革命』『乱世備忘』のようなドキュメンタリー同様に香港の現状をストレートに伝える作品(と書いているが残念ながら観る機会がなかった…いつか観れたら感想書きます)時代革命周辺を映像で伝えた作品群からは多くの若手映画人が登場しており、彼もその一人。国安法の施行でストレートな社会批判がしずらくはなったが、それでもこの街のことを、自分たちの現在を伝えたいという気持ちがあるし、この街の映画ファンたちもそれを支持するのだろう。私もそれを支持したい。

しかし残念なのは、せっかく配給がついて日本全国で公開されたのに、私の住む岩手県では東北で唯一劇場公開されなかったこと。隣県の秋田では上映されたものの観客が少なくて…というtweetをみかけてがっかりした。確かに展開的にはしんどいところもあるし、香港の社会状況も先日のアグネスの件のようなニュースくらいでしか注目されなくなったしで、普段香港や香港映画をよく知らないという方々にどうアピールしたら考えてしまうところ。
それでも、私はこの映画をスクリーンで観たい。そしてこの映画への思いを地元で一緒に観る人とシェアしたいと思っている。せっかく上映権があるのなら、どんなにささやかでもいいから上映会をしてみたい。それほどにほれこんだ映画だった。

原題:窄路微塵(The Narrow Road)
監督:ラム・サム 脚本:フィアン・チョン 撮影:メテオ・チョン 音楽:ウォン・ヒンヤン
出演:ルイス・チョン アンジェラ・ユン パトラ・アウ トン・オンナー チュー・パクホン

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