日本の映画祭

天使は白をまとう(2017/中国)

原題の「嘉年華」は、カーニバルという意味で、英語の音に合わせて作られた単語らしい。中華圏では映画祭のカテゴリや小売店のバーゲンなどでこの言葉をよく見かける。英題直訳である『天使は白をまとう』は、題名の華やかなイメージを想像して見始めると、思い切り裏切られる。

舞台は中国南部のリゾート地に立つモーテル。そこに2人の小学生女子を連れて、街の党幹部が宿泊した。その翌日、モーテルに捜査が入る。どうやら泊まった小学生たちが性的暴行を受けたのではないかという疑いがかけられる。捜査を担当する検事は従業員の小米に協力を要請する。
当日夜勤に入っていた小米は18歳と自称しているが、実は最近16歳になったばかり。出生地の戸籍がない黒孩子で、一人でも暮らせるようにと暖かな南部までやってきたのだ。身分証明書を作成するには多額の費用が必要。彼女は当日の監視カメラの録画で幹部と少女たちが同じ部屋にいたことを確認していたことから、それを武器に幹部をゆすり、大金をせしめようと画策する。

海水浴にはまだ早いような早春の海辺に立つ、巨大な女性の足の像。全身こそ見えないが、赤いヒールやちらりと見える白いスカートから、その像がマリリン・モンローの像であることは容易に想像できる。その像を足の間から見上げる小米の姿がファーストシーンとなるが、事件の経過とともに像も大きく変化する。この像は中国に実際に建てられたものの、すぐ取り壊されたのを地元の少女たちが悲しがっていたという実話から想を得たと、監督のヴィヴィアン・チュウがQ&Aで話していたが、無戸籍児の小米や暴行を受けた小文が持つはずだった無垢の喪失と、マリリンが不遇の正直を経てスターになり、セックスシンボルとしてゴシップに晒されながら若くして亡くなった事実を重ね合わせていたと考えられる。(マリリンについての一般的なものと地元女子たちの認識の差も興味深かったとも)

小文も小米も心身ともに傷ついていく。訳の分からない災難が自分に降りかかり、母親になじられることも理解できずに、離婚して別居した父親の元に逃げる小文。故郷を離れて流浪し、南の地で安定した生活を手に入れたいのに、理不尽な暴力にも晒される小米。暴行事件は見えざる力が働いてあっさりと終結する。重く苦い展開は、中国だけでなく世界中の女性や子どもの受難でもある。しかし、事件の影響でモーテルがなくなり、行き場をなくして売春を強要された小米にはまだ選択する道があった。それはおぞましい場所から逃げ出すこと。傷ついてばかりの人生は嫌だ、まだ戦えるはずだという表情を見せ、捨てられたバイクに白いドレス姿で跨り、取り壊されたマリリン像と並走する姿には、先の見えなさもあったけど、希望もあると感じた。
このように、かなり皮肉めいていて、いくらでも深読みもできるこの作品があっさりと中国国内で上映が認可されたというのは考えれば不思議なものだ。ヴェネチア映画祭のコンペ部門に選出され、ジャ・ジャンクーが主催する平遙国際映画祭で最優秀賞と監督賞を受賞し、さらには金馬奨でチュウ監督が監督賞を受賞など、非常に評価が高いことが、ここ数年独立系作品に対して上映許可を出してこなかった当局の背中を押したのだろうか。チュウ監督はベルリン映画祭で金熊賞を受賞した『薄氷の殺人』のプロデューサーでもあるというので、現在の中国独立系映画の中心人物として今後とも注目したい。(フィルメックスで一緒に写真も撮ってもらったので、とちょっと自慢してみる。笑)

小米を演じたのは、劇中の年齢よりさらに若い14歳で衝撃を受けた文淇小姐。「ヴィッキー・チェン」という英語名の通り、確かにヴィッキーに似ている。台湾に生まれて北京で育ち、子役として活躍しているそうだが、なぜか実年齢以上の役どころが多いらしい。今年の金馬奨では、ヤン・ヤーチェ監督の新作《血觀音》で見事に最優秀助演女優賞を受賞。台湾はもちろん香港でも活躍してほしい若手女優。オーディションで選ばれたという小文役の周美君ちゃん(撮影当時11歳)も熱演。脇は事件の捜査にあたる検事に阿部力の奥さんといえば通じるのかな?の史可、遊園地でエンジニアをしている小文の父に耿樂、モーテルのオーナーに大活躍の陳竹昇と手堅いキャストも揃っている。
#MeToo ムーブメントもあって今や世界的な問題となった女性への暴力だが、事件発覚直前に映画として世界に披露された先見の明を感じる。この手の問題に腰が上がらない日本で、これを一般公開してくれる配給会社は現れてくれるのだろうか。

原題:嘉年華
監督&脚本:ヴィヴィアン・チュウ
出演:ヴィッキー・チェン チョウ・メイジュン シー・クー カン・ルー バンブー・チェン 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ジョニーは行方不明(2017/台湾)

大都市台北に暮らす若者たちが抱える孤独を描く映画といえば、真っ先に思い浮かぶのが、エドワード・ヤンの『恐怖分子』『台北ストーリー』であり、蔡明亮の『愛情萬歳』である。80年代後半から90年代にかけ、歴史的にも経済的にも大きな変化を遂げていく台北で、家族や恋人と分かり合えなかったり、思いの届かない片思いやひとときの情事に身を任せても満たされない人々の姿をスクリーンで観てきた。
台北ストーリーの主演俳優であるホウちゃんこと侯孝賢のスタッフだった黄煕監督のデビュー作『ジョニーは行方不明』を観てまず感じたのは、先に挙げたような、いわゆる“台湾新電影”の名手たちが描いてきた作品群であった。しかし、これらの作品には似ていても、全く同じというわけではない。21世紀を迎えた若者たちの孤独の描き方と、それへの向かい方は先の作品とは違う。



予告はこちらから。

車のガス欠により地下鉄に向かう男、同じく地下鉄で出会う青年と女が、それぞれ同じダウンタウン台北の古めのアパートに向かう。青年李立はアパートの大家の息子で、発達障害があるために家族から心配されている。このアパートに越してきたばかりの女・徐子淇はインコと共に暮らしている。そして男・張以風は大家の依頼でアパートのリノベーション工事を請け負うことになる。
心配されるのが苦手で、だけど自由気ままにいたい立くん。台中から一人で出てきて、友人や恩師の悩みに親身になって付き合う風くん。そして香港からやってきた徐さんには恋人がいるらしいが、どうもうまくいっていない。そんなことがわかった時、徐さんが新しく家に迎えたインコが逃げ出し、それと時を同じくして彼女のスマートフォンには「ジョニー、いる?」と間違い電話が次々とかかってくるようになる。

徐さん、立くん、風くんに共通するのは、形は違えど、それぞれが孤独に向き合っていることだ。だけど、彼らは孤独を悲しむことはない。立くんには家族がいるし、風くんは人助けが好きだ。彼らは孤独と向き合うことで、今の自分の状況を確認し、次にどこに向かおうかと思案しているように見える。決して行き場のない絶望ではない。それは、この三人の中で最も悩んでいる様子が伺える徐さんにも見られる。好きな仕事に就き、好きなインコと気ままに暮らしているけど、不倫の関係を精算できないし、実は香港に子どもを残してきている。だから、この台北の真ん中で足踏みして迷っているようなのだ。
そんな彼女は風くんと出会い、他愛もない話をしていく。彼らの関係は決して恋愛とはいえない。あくまでもご近所さん的に描かれる。それでも彼女には救いになっている。風くんも時折淋しげな佇まいを見せるし、彼のバックボーンも詳細には語られない。だけど、人に寄り添って助けてあげる親切心があり、それが大切であることを知っている。そんな親切が徐さんを解きほぐし、一歩前に踏み出すことを決意させてくれたのではないか。

ゆったりした街の映し方、住宅地のすぐ横を流れる川の風景、そして台北のマチナカに架かる道路。徐さんと風くんが疾走する夜の高架沿いの躍動感は、王家衛にも通ずる。TVドラマから派生しての良質な青春映画を多く産み出してきた台湾映画界だけど、そのみずみずしさを経由して、新電影時代に見られたテーマを描くとこのように深化していくのだろうか、ということも観終わって考えた。そして、孤独であることは決してネガティヴではないこと、そしてどんなに辛くても人とふれあい、親切にしていく/してもらうことがいかに大切なのかを語ってくれたと思った。
我らがルンルンことクー・ユールン、黄遠の2人も好演だし、レバノンと台湾のハーフというタレントのリマ・ジダン嬢(金馬奬最優秀新人賞受賞。恭喜!)の無国籍さを活かした伸びやかな佇まいも実にいい。大きな事件もなく、淡々としたスケッチのように物語は展開するけど、その淡々さがなんともよい味わいだった。

フィルメックスの監督Q&Aはこちらで読めます。動画もあり。

原題&英題:強尼・凱克(Missing Johnny)
監督:ホアン・シー 製作:ホウ・シャオシェン イエ・ルーフェン 音楽:リン・チャン シュー・シーユエン
出演:クー・ユールン リマ・ジダン ホアン・ユエン チャン・クオチュー

| | コメント (0) | トラックバック (0)

相愛相親(2017/中国・台湾)

シルヴィア・チャン監督の『相愛相親』は、監督自身が演じる主人公・岳慧英が老いた母親を看取る場面から始まる。慧英自身も定年を間近に迎えた高校教師で、自動車教習所の教官である夫と地元TV局に勤務する成人した娘を持つ身であり、ここから物語は彼女の老い支度が始まるのかと思いきや、約20年前に亡くなった彼女の父親との合葬に、田舎に住む父の墓を守る最初の妻が猛反対するという展開になる。
そのおばあちゃんから見れば、慧英は妾の子。しかも「夫に先立たれ、その後ずっと独身を貫いた妻の貞節を称える」などという碑のある村に住んでいるものだから、村人も当然おばあちゃんの味方。おまけに娘の薇薇が撮った村での様子がテレビ局の看板番組に取り上げられることになり、さらに大騒ぎに…。

予告はこちら

父親の死をめぐり、最初の妻と最後の妻の子どもが争うなどというプロットは決して珍しいものではなく、総じてスキャンダラスに描かれるものであり、かつどこか古臭く感じる。しかし、この映画ではそうならなかった。20世紀後半からの中国の人々の背負った歴史も背景に匂わせつつ、急激に発展した21世紀の地方都市を舞台に、価値観や立場の違う人々のぶつかり合いから和解に至るまでを、ユーモアを交えて温かく描いている。

生真面目で家長を自認しているからこそ、愛し合っていた父と母を一緒の墓に納めたい慧英、貧しさから若いうちに別れることになってしまったけれど、死んでもなお夫を強く愛するおばあちゃん、そして慧英に反抗して家出し、恋人の阿達と共になぜかおばあちゃんのもとに住み着いてしまう薇薇の三世代の描き方が面白い。
慧英の強引さもおばあちゃんの一途さも同じ土俵に載せられているので、人によってはおばあちゃんに同情してしまう人も少なくないだろうし、その狙いも明白である。
ここで物語に客観性を呼び込むのが慧英の夫である尹孝平。妻の尻に敷かれ、家庭でも存在感が薄い、いかにも今時らしいお父さんなのだが、暴走する慧英と母親に不満ばかりを抱く薇薇の間に入って宥める役どころも果たしている。子は鎹ではなく父が鎹と言ったところか。彼を演じるのがあの田壮壮監督。『呉清源』がきっかけで面識ができ、キャスティングも想定して脚本を書いたということだが、その試みは成功していて、いいアクセントになっている。

また、岳家のファミリーアフェアも描きながら、慧英の担任するクラスで問題を抱えている学生・盧くんとその父親で売れない俳優・盧明偉と彼女の関係、西安から北京に行く途中で街にとどまり、ライヴハウスで歌うようになった歌手の阿達と薇薇の発展しない恋愛など、脇の人間関係も興味深い。これらの筋が物語にうまくハマり、慧英とおばあちゃんがそれぞれ決意をして争いを収めようとする結末に向かう。それを思うと、Love Educationという英題からは、自分と異なる人の行動や思考から相手を理解し、考えを深めて次に進むという意味がこめられていると考えられる。
発展著しい中国の地方都市の文化や生活も見え、いろいろと考えさせられながらもポジティヴ良心的な作品。『戦狼』のようなビッグバジェットではなく、第五世代のような巨匠たちの作品ともまた違う中国映画である。一般公開する価値は十分にあるので、各配給会社さんに是非期待したい。

東京フィルメックスではオープニングフィルムとして上映。
2年前に審査員を務めたシルヴィアさんが再び有楽町にやってきました。

上映時のQ&Aはこちらから。
動画は上記の題名にリンクした作品紹介ページでも観られます。

英題:Love Education
監督:シルヴィア・チャン 脚本:シルヴィア・チャン&ヨウ・シャオイン 撮影:リー・ピンビン 音楽:ケイ・ホアン
出演:シルヴィア・チャン ティエン・チュアンチュアン ラン・ユエティン ソン・ニンフォン ウー・イェンメイ タン・ウェイウェイ カン・ルー レネ・リウ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

侠女(1971/台湾)

 映画好き(シネフィルに非ず)と言っておきながら、実はワタシは意外なほどクラシックを押さえていない。学生時代に『ローマの休日』や『カサブランカ』や『用心棒』などは観ているにせよ、午前10時の映画祭は覇王別姫や宋家のように、かつて自分が好きで観ていた作品が来たくらいしか行ってないし(ちなみに年明けからは『山の郵便配達』と『初恋のきた道』が続けて上映されるが、繁忙期のためパス)BSやCSでの放映もチェックしていない。それ故に不勉強なところはたくさんある。
 それは中華電影でも然り。そもそも香港映画には90年代中盤からハマったのだから、第2次黄金期であるTVでしか観たことのない成龍作品も、李小龍作品も後から観直して感想を書いてきた。

 今年の東京フィルメックスでは、武侠映画の巨匠と言われたキン・フー(1932-1997)監督の2本の代表作『残酷ドラゴン 血斗龍門の宿』とこの『侠女』のデジタル修復版が上映された。キン・フー監督は1950年代から香港で映画製作に取り組み、60年代には台湾にも活動を広げ、これらの作品で両岸三地に名を轟かせ、第1次香港映画黄金期を築いたと言っても過言ではない、武侠映画のパイオニアとも言える人物。前者は時間の都合で観られなかったものの、後者はタイミングよく映画祭の最終上映作品になったので、それじゃ観に行かなきゃ!と多いに張り切ってチケットを取ったのであった。


なお、今回は『キン・フー武侠電影作法』(キン・フー/山田宏一/宇田川幸洋)を参考としました。この本全体の感想も、年明け以降にアップいたします。


 オリジナルは2部構成で台湾では1970年と71年に連続公開、香港では1本にまとめて公開された188分の大長編。
 東廠や錦衣衛など、この映画この映画でお馴染みの人たちが暗躍する明代が舞台。東廠の宦官に陥れられて処刑された父の敵を討つために武術を身につけた楊慧貞(徐楓)と、彼女にひかれた田舎町の30過ぎの書生顧省斎(石雋)を中心に繰り広げられる壮絶な復讐劇…と一応言えるのだが、3時間全編に渡って激しいアクションが展開するわけではない。
 初めは非常にゆっくりと田舎町の枯れた初冬(多分)の情景を見せ、そこから顧が登場してくる。頭はよさそうなのに科挙にはなかなか合格せず、書画を描いたり手紙の代筆や春聯の作成をする商売をしている顧は母親と2人暮らしで、一族が絶えるから嫁をとれと散々言われるトホホ君。石雋さんといえば、『楽日』で苗天さんと共に台北の映画館で『血斗竜門の宿』を観ていたり、3年前にNHK広島が製作したドキュメンタリードラマ『基町アパート』(リンクは出演されていた中村梅雀さんのblog記事)に出演されたり、『黒衣の刺客』にも出るはず…というか撮影はしたけどカットになったのか、とあれこれ思い出す。武侠映画のスターであるけど、顧はショウブラ作品の主人公のようなマッチョではなく、頭脳を使って楊をサポートするタイプ。彼のようなタイプは女性が主人公となる武侠映画では珍しくないけど、その原型なのかもしれない。
 その彼の村の廃寺に住み着いたのが楊。徐楓さんが演じる彼女は登場時からキリッとした表情を見せ、あまり表情を崩すことがない。彼女はデビュー2作目でこの作品の主演を果たしているのだけど、もともとアクション女優ではなかったというのが意外。デビューしたてでキャリアの浅さをカバーするためにセリフをあえて少なくしたとも聞くけど、新人であることを感じさせないアクションの凄さには驚かされた。

 そう、この映画について語るのに欠かせないのが、武侠映画の最高傑作ということ。それは本当であって、ここから香港のアクション映画にもつながっていったというのはまさにその通りだと感じた。『グリーン・デスティニー』がオマージュを捧げた(他の映画にも多少あるけど)第1部クライマックスでの竹林での激闘や、楊たちが逃亡中に敵と戦い、慧圓大師(ロイ・チャオ)に助けられる場面、第2部クライマックスの錦衣衛との対決など、見ごたえがある場面は次々と登場する。最初の場面から顧と楊が出会い、彼女たちの周囲に東廠の密偵・歐陽年(田鵬)が現れて暗躍するまでがえらくゆったりしているので、多少戸惑ったりもしたのだけど、物語が戦いへと向かうと一気にシフトチェンジして止まらなくなり、興奮すること限りなしであった。しかし、アクション以外の場面にも力が入っているから、ゆったり…というより、ここまで時間をかけて描いているのかな?とも一方で思った。第2部中盤で顧が立てた作戦で東廠をおびき出して全滅させるというくだりでは、戦いの虚しさまでも描いてしまっていて、普通はこういう描写しないよなーなんて思うところもあったので。
 そして、ついつい楊の強さに気を取られていたので、彼女と顧が一瞬の恋に落ちたのをうっかり見落としてしまい、一緒にはなれないけど彼の子孫を絶やすまいと一緒に寝て、産んだ子供を託したくだりに「えー、ヤッたのかキミたち!」と思わず言っちゃったこと(汗)。予習してなかったのがいけなかったんですね、すみません。

 てなかんじでダラダラ書きそうなのでこのへんで締めますが、先にも書いたようにこの映画が李小龍や成龍やショウブラ作品につながり、後の古装片ブームにもつながり、一代宗師や黒衣の刺客、さらにはるろけんにもつながっていくと思えば、大きなスクリーンで観られたことは嬉しかったし、今後も語り継いでいかれるだろうし、まだ知らない多くの人に観られてほしいと思ったのであった。
 この映画祭で上映された2本のキン・フー作品は、来年1月からの一般公開が決まっているそうで、これをいい機会に、ぜひとも全国津津浦浦で上映されてほしいものです。
 もちろん我が地元でも観たいなあ。せっせとリクエスト出さねば。


英題:A Touch of Zen
監督&脚本:キン・フー 撮影:ホア・ホイイン 音楽:ウー・ダーチアン 武術指導:ハン・インチエ
出演:シュー・フォン シー・チュン バイ・イン ティエン・ポン ハン・インチエ サモ・ハン・キンポー ミャオ・ティエン ロイ・チャオ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

タイペイ・ストーリー(1985/台湾)

 本題に入る前に、まずはこれを言わせて下さい。

祝!『牯嶺街少年殺人事件』日本再上映!

 ワタシ自身も1回しか観ていない4時間版の上映。配給がしっかりしたところなので、地元でも上映してくれるだろうと固く信じてます。

 閑話休題。長年日本再上映が望まれていた代表作がやっと決まった来年は、ヤンちゃんことエドワード・ヤン監督の生誕70年にして、没後10年。昨年は『恐怖分子』がリバイバル上映され、やっと再評価が始まったとホッとしている。
 それに先立つ1年前に、監督第2作として撮りあげた『タイペイ・ストーリー』がデジタル・リマスタリングされてフィルメックスで上映。主演はホウちゃんこと侯孝賢、相手役にヤンちゃんの奥方でもあった歌手の蔡琴さん、脇には柯一正さんに呉念眞さん(蒼蝿師と愚人師…とか今回は言っちゃいけない)と、なんとも豪華な面々が登場。

 米国帰りの阿隆(ホウちゃん)と建築事務所で秘書をしている阿貞(蔡琴)は恋人同士ではあるけど、どことなくそう見えない。時には兄妹のように濃密に見えるときもあれば、他人のようによそよそしく振る舞うこともある。題名の《青梅竹馬》は中国語で幼馴染の意味だけど、お互いを知り尽くし、かなり近い位置にいるから先に進めないでいるもどかしさを表しているみたいだ。
 かつては少年野球のエースだったが、輝かしい過去を思いながら米国行きに期待をかけたい阿隆。仕事を持ち自立していたが、勤めていた会社からリストラされてしまった阿貞。お互いにすれ違い、気持ちは離れていくけど、それでも相手を求めている。


もしかしたらすぐ消えちゃうかもしれないけど、今年の金馬からの動画を。

 上映前のインタビューでホウちゃんは「この映画は決して成功作とはいえない」というようなことを語っていた。脚本家としても参加していたこの映画のために彼は家を抵当に入れて出資したものの、公開期間はたった4日だったそうだ…ああ。まあ、確かに出演しているのは、有名な歌手の蔡琴だけど、ホウちゃんもルンルンパパ(柯一正さん)も念眞さんもあくまでも映画人だから、当時の観客はどう思ったのだろうかな。
 この次の『恐怖分子』で高い評価を得たそうだけど、テーマとしては実はほとんど変わっていない。急激に発展する台北で揺れ動き、一緒にいるのに幸せではない男女の孤独。それはミンリャンの描く孤独とは全く違うタイプのものだと思うけど、ウェットではなくとことんドライなのは、ヤンちゃん自身も一度台湾を出ていて、米国で学んだ影響もあるのかな、などと思ったりする。でも、やはり米国で暮らしてた李安さんとも全く違う個性でもあるし。一度ご本人にお会いして、そのへんを聞いてみたかったな。もう、叶えられないことなんだけど。
 幼馴染ならぬ、同い年だったホウちゃんとも個性は違うのはもちろんのこと。彼は一般的には郷土電影の名手と言われているらしいしね。

 そんなホウちゃんが参加した数少ない出演作というのも見もの。数えてみたら、38歳の頃に撮られていたそうで、あー、今の自分より若いんだホウちゃん、うわーかわいいなー、とか柄にもなく思ってしまった(笑)。若々しくて、髪が長くて、意外にも直情径行なキャラクター。時に暴力的で荒々しく、まだまだ青春の香りを残しているような好演を見せていた。
 蔡琴さんといえばなんといっても、我々にとっては馴染み深いこの歌の人。ワタシもそれ以外の曲は90年代台湾でよく耳にしていたけど、女優としての演技は知らなかったので、興味深く観た。この映画の後ヤンちゃんと恋に落ちて結婚し、ちょうど10年後に離婚したらしい。(その後ヤンちゃんはピアニストと再婚し、彼女も再婚)ルンルンパパも多少今の面影はあるかなとか思いつつ見たし、念眞さんもこの頃は若かったなー。

 まあ、そんなアホなことくらいしかかけてませんが、今はもうない町並みの中でも、後半に登場していた闇に時折照らし出される迪化街の場面には、あれだけ街が変わってしまっても、老街はあまり変わっていないことに、なんとも言えない不思議な気持ちになったのでした。
 また繰り返すけど、ヤンちゃんからはいろいろな話を聞きたかったなあ。
 それはかなわないことだから、他の作品もどんどん再上映してもらって、彼の思いを知りたいよ。

原題:青梅竹馬
監督&脚本:エドワード・ヤン 脚本:ホウ・シャオシェン&ジュー・ティエンウェン
出演:ホウ・シャオシェン ツァイ・チン クー・イーシェン ウー・ニエンジェン メイ・ファン ヤン・リーイン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大樹は風を招く(2016/香港)

 今年は本当に香港映画を観ていない。そもそも勉強してたのに広東語も聞けてない。なんとなくストレスが溜まってる感がある。そんなわけで、フィルメックスの閉会式で上映される『大樹は風を招く』は楽しみにしていた。

 この映画は11年前から香港で実施されている「鮮浪潮國際短片展」の歴代コンペで受賞した3人の監督を起用し、トーさんとヤウ・ナイホイさんのプロデュースによって撮られた作品。今年の金像奨では、最優秀脚本賞と編集賞を受賞。3人の監督のうち、ジェヴォンズ・アウ(歐文傑)さんは今年の金像奨作品賞受賞作《十年》の一編「方言」を監督。
 1997年、返還直前の香港を舞台に、実在した3人のギャング―季炳雄、葉繼歡、そして張子強をモデルにした、季正雄(カートン)、葉國歡(リッチー)、卓子強(小春)の運命を描いた作品。ユニークなのは、3人の監督がそれぞれ主人公3人のパートを演出していること。


 警官を射殺して大陸に逃亡したが、再び香港に戻っては小規模な犯罪に手を染めている季。強盗事件を起こした後にやはり大陸に逃げたものの、身分を隠して家電製品の密輸に携わる葉。彼らとは対照的に、誘拐と脅迫を繰り返しては派手に暴れている卓。香港と大陸とを行き来するも、出会うことはなかった3人だが、ある日どこからか「あの3人が協力して、何か香港でやらかすらしい」という噂が流れてくる。

 それぞれの事情を抱え、それぞれの思惑を抱いて動く3人。返還も控え、黒社会も落ち着かない。名を残す大物たちも、どこで生き残り、どこで躓くかわからない。主題歌として使われるのが、「時の過ぎゆくままに」の広東語カバー、《讓一切隨風》。香港では阿Bを始め、多くの歌手に歌われている名曲。


 トーさん製作で主人公たちが黒社会の大物とは言え、トーさん色が出ているところはキャスティングくらいだし(林雪もしっかり出てるしね!)、そのへんを期待した人には結構ハズレっぽく思われるかもしれない。現にワタシも劇場で「イマイチだった」という声を聞いたし。
でも、3人のパートをそれぞれ3人の監督が撮ったとはとても思えず、バランスが取れていた。寡黙だけど狂犬のような季、一見してギャングには思えない葉、とにかく派手でうるさい卓と、それぞれのパートを分けても無問題なんだろうけど、あえて分けなかったのだろう。
 3人のうち、一番面白かったのが葉のパートで、堅実に行くかと思いつつ結局腰をあげることになり、そこから香港に戻った時にあるハプニングが起きるわけだが、この時にすでに香港人の大陸へのある種の偏見が見えるようだったし、それがかつて香港を拠点にしていた葉の逆鱗に触れたのもわからなくはない。そして、このパートを演出していたのがジェヴォンズさんと聞いて、そう意図したのもなんとなく納得したものだった。(ネタバレ回避してかなりボカしてますが、まあだいたい想像つきやすいんじゃないかと思って)

 香港返還から来年で20年が経とうとしているが、やはり20年という歳月はいろいろとモノを変える。返還当時に渦巻いたいろいろな感情が今はどうなっているかはこれまた人それぞれだろうけど、政治的な面でここまで変わるとは思えなかった現在なら、返還の頃を振り返るとまたいろいろな感情が沸き起こるのだろう、と少し真面目に思ってしまったのだった。 

 とかなんとか言ってますけど、面白かったですよ。ユーモアも効いていたし、カートンもリッチーも小春も渋くてカッコええし、広東語もガンガン聞けて嬉しかったし。
 後はね、題名にある通り、風の使い方が印象的だった。屋上に干した洗濯物をゆっくり揺らしたり、人影が写ったりとよくある演出なんだけど、こういうベタさ(と言い切っていいのか?)がうまく効いているのがやっぱり映画だよなって思うからね。

原題&英題:樹大招風(Trivisa)
製作:ジョニー・トー&ヤウ・ナイホイ 監督:フランク・ホイ&ジェヴォンズ・アウ&ヴィッキー・ウォン
出演:ラム・カートン リッチー・レン チャン・シウチョン(ジョーダン・チャン) ラム・シュー フィリップ・キョン ユエ・ワー ヴィンセント・イン ン・チーホン ホン・ヤンヤン 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

見習い(2016/シンガポール・ドイツ・フランス・香港・カタール)

 映画祭の醍醐味は、世界の映画がたくさん観られること。ゆえに、アジア映画を多く紹介してくれるTIFFやフィルメックスの存在は本当にありがたい。
 さらに、ここ数年の世界の映画祭ではフィリピン映画が連続して受賞し、それに伴って東南アジア各地の映画が注目を集めているとのこと。今年のTIFFでも、コンペで観客賞と主演男優賞のダブル受賞となったのが、フィリピンの『ダイ・ビューティフル』だった。

  この『見習い』は今年のカンヌの「ある視点」部門にシンガポールから出品された作品。シンガポール映画といって思い出すのは、この作品で製作総指揮を手がけている『TATSUMI』のエリック・クー監督や、カンヌでカメラ・ドールを受賞した『イロイロ ぬくもりの記憶』など。だけど残念ながら両作とも観る機会に恵まれなかったので、これが初シンガポール映画となった。
 クー監督、イロイロのアンソニー・チェン監督、そして本作の監督のブー・ユンファン監督も名前からしていずれも華人なのだが、はたしてシンガポールは中華圏なのだろうか?と一瞬思った。しかし、そういうわけでもないらしい、とこの映画を観終えた後に思った。
 と言いつつも、この映画を観ようと思った一番の要因は、クー監督と共に我らがパンちゃんことパン・ホーチョンが製作総指揮に加わっていたからなのである。
すいませんそんな理由で本当にすんません。

 日本と同じく死刑制度を持つシンガポール。刑務官になった若いアイマンは、ベテラン死刑執行人ラヒムの元で執行人見習いとして働くことになる。アイマンの父は殺人を犯して死刑に処されたが、彼はラヒムが父を処刑していたことを知る。

 アイマンとラヒムはマレー系だが、彼らの同僚の刑務官や死刑囚には華人もいる。シンガポールには他にもインド系も多く住むということだが、華人がマジョリティであることを知ると主人公二人はマイノリティに位置するということか。このへんは監督も初映時のQ&Aで語ったようなのでそちらに譲るけど、映画の中盤で白人のBFと結婚してオーストラリア(だと思ったが)に移住するアイマンのお姉さんのエピソードもあるので、シンガポールがただ華人の多い国というわけではなく、多民族国家であることが明確にわかるように描かれていたのが興味深かった。

 世界的には制度廃止の方向に向かっている死刑だが、日本にももちろん死刑制度はある。そういう背景もあるので、いかに刑が執行されるのかという点でも興味深く観たけど、カンヌで上映されたときにはおそらく観客は衝撃を受けたかもしれないし、批判もあったんじゃないかと思う。現在の日本でもこういうタイプの作品は作れなさそうだ。
 もちろん、ブー監督もそのへんはわかっているようで、死刑制度の是非が主題ではなく、これを媒介にした人間関係を描きたかったということで、脚本の作成に3年(その間東京にも滞在したとか)、母国の多くの執行人や死刑囚の家族たちへのインタビューを重ねて作り上げ、若い刑務官からの視点を主にして死刑執行に新たな視点を当てたかったとのこと。

 死刑までの流れは非常に丁寧で複雑なプロセスを要し、それでいてあっさりと執行される。そこの描かれ方がリアルなので見入ってしまうが、父を死刑で失ったアイマンのようなケースはありうるのだろうか?それは映画ならではの面白さではあるのだけど、肉親を殺された者と殺した者が偶然にも出会ってしまった際の心の乱れは、どんな人間においても共通するものがあるのだなと思った。



 当日のQ&Aでは当然クー監督やパンちゃんとの関わりが質問で出たけど、クー監督はブー監督の長編第1作に引き続いてのプロデュースで、パンちゃんには脚本を読んでもらって資金面でのプロデュースを買って出てもらったそうだ。両者ともTIFFの常連であり、アジアを股にかけて活躍する映画人。特にパンちゃんは昨年のレイジーに引き続いてのプロデュースであると考えると、中国だけでなく東南アジアにも目に向けたよさと、今後の東南アジア映画の面白さは彼らが陰でサポートして発展していくのだろうな、と改めて思った次第。今年の大阪アジアン映画祭で上映されたマレーシア・シンガポール合作の『ご飯だ!』は、パンちゃんの盟友チャッピーの初監督作品であるしね。

中文題&英題:身後仕(Apprentice)
監督&脚本:ブー・ユンファン(巫俊鋒) 製作総指揮:エリック・クー パン・ホーチョン
出演:フィル・ラフマン ワン・ハナフィ・スー マストゥラ・アフマド

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゴッドスピード(2016/台湾)

 旅立つ時に言われる「一路順風」という中国語の訳は、だいたいBon Voyageというフランス語を充てられることが多いのだが、この映画の英題は、その古い英語表現を使った「Godspeed」。
 3年前の『失魂』以来のTIFF登場となる鐘孟宏監督の新作『ゴッドスピード』は、説明不要のMr.Boo、許兄弟の長男マイケルさんを主演に迎えたことが公開前から話題になっていて、11月の台湾一般上映に先駆けたTIFF上映では、その話題性もあってかチケットも早々とソールドアウト。

 この作品でマイケルさんは香港から台湾に移住したタクシー運転手を演じ、兄貴の大寶(レオン・ダイ)に頼まれて麻薬を台南まで運ぶチンピラ(演じるは台湾のコメディアン納豆。ちなみに日本の納豆は食べられないとのこと)を乗せたことで、思わぬ事態に巻き込まれるというコメディ…のはずなのだが、前作の強烈な印象もあってか、なんとも言えぬ不思議な感覚を持つ、一筋縄ではいかない作品に仕上がっていたのであった。


 題名の一路順風は、日本ではよく「道中気をつけて」と訳されていることが多い。
この予告にも出てくるセリフにもあるのだが、冒頭、タイに旅立つ前の大寶が弟分にこう言われたことから、タイでひどい目に遭って帰国したのは「お気をつけて」と言われたからだ、と毒づく場面がある。そんな大寶と取引をするツォン(トゥオ・ツォンホア)ら台湾ヤクザたちが繰り広げる壮絶な修羅場と、途中でうっかり黒社会の葬儀に紛れ込んで大変な目にあったりするも、基本的にどこかのんびりしている許さんと納豆の珍道中とが並列して語られる。その両者はあまりにもトーンが違うのだが、やがてこの二つが交わり、ある意味で衝撃な上でさらに想定外なエンディングを迎える。許さんパートのオフビートな雰囲気にクスクスと笑っていたら、ヤクザパートの中盤に出てくる「タイ式拷問」には開いた口が塞がらなくなったりで、これはただのコメディと言って済ましちゃダメだなーと途中で気づいた。
ダメ押しの驚きはタクシーの旅が終盤に向かおうとする深夜の台南の場面で、カーラジオから流れてくる谷村新司の『昴』。台湾ではテレサ・テンのカヴァーも知られているというこの曲だけど、いきなりオリジナルが聴こえてきたのには驚いた。そう言えばこの歌、唐の高僧鑑真と遣唐使を描いた井上靖の小説『天平の甍』の映画化になんか縁があったんじゃなかったっけ?とググったら、当時はイメージソング的に使われていたらしい。詳細はこちらを。

 上映後のQ&Aによると、モンホンさん曰く「歌詞がままならぬ人生を描いた映画の内容にあっていると思った」からの起用とのことで、この「ままならぬ人生」がテーマであることに気づいたので膝を打ちたくなった(参考として初映時のQ&Aを)。登場人物が全て、思うままにいかぬ人生を抱えて切なく生きている印象を受けたからだ。無表情な納豆、崖っぷちの大寶だけでなく、台北の某小籠包店で奥さん(林美秀!)にやり込められる話なども挿入される許さんも、面白キャラに見えつつもどこかで切なさがある。となると、描き方は違っても、それが人間の持つ性であると思えば、前作とのつながりもどこかで感じられるのかな、などと思った。

 納豆くんはTVのバラエティ番組の司会などを担当しているそうだけど、主役級でシリアスな演技は今回が初めてとのこと。でもモンホン作品にはずっと脇で出演してきたそうだ。
そういえば、リーレンさんことレオン・ダイもツォンホアさんも前作に引き続いての出演。ベテランの常連が脇を固めるモンホン組、というわけだけど、やはり前作にも登場していたあの人、『祝宴!シェフ』の陳玉勳監督は今回はがっつり出演で大笑いしました。
 そんなユーシュンさん、来年旧正月に新作《健忘村》の公開を控えていることを記して、この感想を終わりにします>こらこら、またこういう締め方をするなよ



 左がモンホンさん、右が納豆くんのサイン。

原題:一路順風
監督&脚本:チョン・モンホン 製作:イエ・ルーフェン 撮影:中島長雄 美術:チャオ・スーハオ 音楽:ツォン・スーミン
出演:マイケル・ホイ ナードウ レオン・ダイ トゥオ・ツォンホア チェン・イーウェン チェン・ユーシュン リン・メイシウ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

シェッド・スキン・パパ(2016/香港)

 現在の東京国際映画祭には、コンペティション部門の他、アジアの新人監督を対象に賞が与えられるアジアの未来部門と、同じく日本映画の監督に与えられる日本映画スプラッシュ部門の3つがある。香港映画はだいたいアジアの未来部門でエントリーされるのだが、2011年の『夢遊〜スリープウォーカー』以来のコンペエントリーとなったのが、香港演劇界で活躍する演出家兼俳優ロイ・シートウ(司徒慧焯)監督の『シェッド・スキン・パパ』
 80年代から香港映画の脚本を手がけ、演劇に主軸を移した近年は『恋の紫煙』シリーズや『カンフー・ジャングル』に脇で出ていたそうだけど、全く気づかず(笑)。
そんな彼の俳優として一番説明しやすい役どころは、自ら脚本を手掛けたレスリーの『夜半歌聲』で演じた、ン・シンリンの婚約者役だと思う。ああ、あのキモいボンボンが、こんなに立派になって…とか意味不明に感慨深くなってすいません。

 三谷幸喜の『笑の大学』が上演されたり(近年はエリック・コット&ジャン・ラムのコンビも出演!)秋生さんやカーファイやカリーナ姐さんも舞台に立つなど、香港も演劇が盛んに上演されている。シートウさんは香港話劇團という劇団に所属して現代劇の演出を多く手がけてきているとか。
原作は2005年に発表された佃典彦氏の戯曲「ぬけがら」。翌年に岸田戯曲賞を受賞しています(ちなみに同時受賞したのが、やはり近年映画化された三浦大輔の『愛の渦』)。自らの劇団や外部公演で何度も上演しているそうですが、2年前には話劇團を迎えた日港連続上演も行ったそうです。これは知らなかった…。

 ある日突然若返っていく父親・田一雄(ジャンユー)と、父親と折り合いが悪い40代の映画監督・力行(古天楽)の物語。母親を失い、妻(蔡潔)とは離婚寸前、監督としてもヒット作が出ず、おまけに同居している父は認知症といろいろ崖っぷちに立たされている。そんな中に父は脱皮して10歳ずつ若返り、死んだ母もなぜか若い姿(春夏)で現れるようになる。

 このお父さんの若返り方が面白い。時に喧嘩っ早かったり、陽気な女ったらしだったり。しまいには母親と知り合った10代(もちろんジャンユーが自ら演じてる!)まで様々な姿を見せてくれる。それぞれの姿には、戦後間もなく移住した大陸からの移民であろう彼の背負ってきた社会が見える設定がなされていて興味深い。香港と大陸との微妙な関係とその変化もやや皮肉っぽく描かれているところもあって、そんなところにはニヤリ( ̄ー ̄)。
 そんな父の姿に戸惑い、生活を引っ掻き回されながら過ごす力行だけど、自分と同世代になってもやっぱり折り合いが悪いというのはなんともはやって感じでさらに苦笑い。でもまあ、そうやって親子はぶつかりあいながらもわかり合っていくもんであるわけだし。 



 舞台では各年代の父親を複数の俳優が演じているそうだけど、これは映像マジックが使える映画なので、80代から10代までを一人で演じるジャンユー無双が見られる。20代までは許容範囲だろうけど、まさか10代までやってくれるとは思わなかったし、それがとってもかわいい。それゆえ、各世代のぬけがらが生命を持ち、若い母親と力行と共に家族で食卓を囲む場面はやっぱり圧巻。一見シュールではあるけど、ファンタジーとして作られているので、可愛らしさとともに父親の人生と共に生活をする喜びにも溢れているようにも見えるのがよかった。

 後は使われている小道具や、全編に渡って見える飛行のモチーフも興味深い。映画監督らしく、力行のアパートの入り口には映画のポスターが貼られているのだが、それが『自転車泥棒』と『ゴッドファーザー』と『野良犬』(ちなみにアキラ黒澤はシートウさんが敬愛する監督だそうだ。Q&Aを参考のこと)で、どこか映画の内容ともリンクするところがあったり、少年時代(ちなみに演じているのはジャンユーのリアル息子ちゃん・ファインマンくん)から力行が好きだったのがガンダムで、その広東語版主題歌を「♪飛飛飛、飛飛飛、飛飛飛~」と歌ってしまうところ、そして挿入歌として使われる「虹の彼方に」。それぞれ意味があり、なおかつかわいらしい。素直にテーマが伝わる、愛らしい映画でした。

 残念ながらコンペでは入賞しなかったけど(今年は作品のレベルが高いとも言われてたしなあ)、プログラミングディレクターの谷田部吉彦さんがかなり力を入れて紹介されていたり、ジャンユー&古天楽の来日等もあって盛り上がったのが何より。久々に日本との結びつきがある香港映画というのもまたいいところ。
 香港ではこれから公開とのことで、どのように注目を集めるかも楽しみ。今後シートウさんはまた演劇の方に戻るとのことだけど、また映画を撮ってもらいたいな。日本でも演劇と映画の両方をこなす演出家も少なくないので、香港ローカルな視点を持った演劇と映画の両者に関わっていただけると香港映画ファンとしてはとっても嬉しいのでした。

原題:脱皮爸爸
監督&脚本:ロイ・シートウ 原作&脚本:佃 典彦 音楽:レオン・コー 音響:トゥー・ドゥーチー
出演:ン・ジャンユー(フランシス・ン) ルイス・クー ジェシー・リー ジャッキー・チョイ クリスタル・ティン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メコン大作戦(2016/香港・中国)

 ここからは、今年のTIFFで観た映画の感想。

 3年前の『激戦』、来年年明けに日本公開される『疾風スプリンター破風)』に続けてTIFFで上映された、ダンテ・ラム監督の新作『メコン大作戦』。誰が呼んだか鬼ダンテ、そして漢気映画の巨匠。
昨年9月から年をまたいで撮影していたそうで、昨年のTIFFでの来日時は確かバンコクから直で来たというようなことを言ってたのを覚えている。

 2011年、メコン川流域の「黄金の三角地帯」にて中国船が襲撃された事件を基にし、政府から特命を受けた雲南の麻薬捜査官高剛(張涵予)がタイに赴き、潜入捜査官の方新武(ポン)と共に三角地帯を仕切る麻薬組織に立ち向かう物語。


このサムネイルが…(泣)なぜ泣いてるのかは後ほど。

 ここ数作のダンテ作品の常連であるポンちゃんに加え、先ごろ無事にロケが終了したウーさん最新作《追捕 MANHUNT》にてフクヤマと共に主演を張るハンユーが主演。言語は普通話(北京語)なので、前作に続いて香港の要素は全くなし。
 それでも面白かったのは、リアリティのあるロケーションと力の入ったアクション、そして中国公安が主人公でありながら堅苦しく描かれていなかったことからだと思う。制作側もそれを期待してダンテさんを起用したのだろうけど、ずいぶん時代は変わったものである。

 上映後のティーチインによれば、ロケはほとんど実際の事件現場で行われたそうだとか。でもアクションはあれほど派手じゃなかったよ、とのことで、まあそれは当然ですね。当初は谷垣健治さんにもアクション指導のオファーがいっていたそうです。モテモテですな(こらこら)。 

 アクションだけでなく、人間ドラマも見応え充分。
高剛率いる特殊チームも個性的で、敵対する麻薬組織とも実に好対照で面白かった。前者は射撃・偵察・諜報などのスペシャリストが揃っていて、コードネームは中国の神々にちなんだもの。特によかったのが麻薬犬の哮天(シャオティエン)。そう、わんこ(といってもそれなりに立派なシェパード)もチームの一員なのである。勇敢かつ健気な活躍を見せてくれるので、犬派じゃないワタシも思わずグッときてしまった。
 後者の面々も内部で様々な軋轢があったり、いかに組織を動かしているかもわかって興味深かった。組織には子供も多く、少年兵として銃器を扱うので、劇中でどんどん殺されていくという残酷さも描かれる。辛いなあ。今後日本公開が検討されるなら、ここで引っかかりそうな気がする。うーむ。

 で、中心となるハンユーとポンちゃん。
ハンユーは代表作の『戦場のレクイエム』を観てないし、『孫文の義士団』で最後にやっと登場する孫文くらいで、じっくりと見るのはこれが初めてか…と思ったら、ああそうだった、特殊身分にも出ていたか。ダンテさん曰く、起用の理由は「中国警察が主人公なので男っぽい俳優が欲しかった」とのことで、生真面目で熱いキャラはまさに当たり役だった。これは否が応でも楽しみになるじゃないですか、追捕が!
 変幻自在な潜入捜査官の方はかなり過酷な役どころ。3作連続登板のポンちゃんにとっては、今回が一番過酷だったかもしれない。当然、トレーニングはやってもらったとか。登場時の髪型とヒゲが違和感あったので、リアルであっても似合わないと感じたのだが、変装用で取ってもらえてややホッとする。その彼もかつてはドラッグに恋人の命を奪われるという壮絶な過去を背負っており、高剛とは最初は対立するものの、やがて手を取り合って組織に挑むという展開はやはりぐっときますわ。

 社会派にも作れる実話をあえてアクションで彩ったのは、テーマに対する敬意をこめており、先行して発表された事件に関する書籍やTVドラマでは描かれなかった部分を描くことに重きをおいたそうだ。もっとドラマも盛り込みたかったそうだが、2時間でまとめるのは大変だったとのこと。
 中国大陸では記録的大ヒット(香港ではそうではなかったらしいが)を飛ばしたのも、そのダンテさんの意図を汲み取って観客が観たのかもしれない。なんといっても中国警察のプロパガンダになっていなかったのは見事であったし。

 

そんなわけでこのところは大作が続いているダンテさん。
新作も楽しみだけど、たまには香港にも戻ってきてほしい。
そして、そろそろ実現させてもいいかもですね、トニー&ニックさん主演の話を。^_^

原題(&英題):湄公河行動(Operation Mekong)
監督:ダンテ・ラム
出演:チャン・ハンユー エディ・ポン チェン・パオグオ ロー・ワイコン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧