真昼ノ星空(2004/日本)
それは見果てぬ夢、かなわぬ想いとしての比喩なのだろうか。
観終わってから『真昼ノ星空』という題名を考えたら、そんなことが思い浮かんだ。
リャンソン(宏)は台湾人の殺し屋。
敵対組織のナンバーワンを暗殺するという仕事を終えて沖縄に潜伏しているリャンソンだが、昼は模型ヒコーキを作るか市営プールに通うかして時間を過ごし、夜は必ず料理を作ってきちんと食べるというルーティンワークのような毎日を過ごしていた。そんな彼は毎日コインランドリーであう30代半ばの美しい女性由起子(鈴木京香)の存在が気になりだし、ほのかな思いを寄せる。偶然にも彼女が弁当屋に勤めていることを知ったリャンソンは、彼女をつけるようになり、なんとか知り合いになってデートの約束を取り付ける。しかし、彼の思いは由起子には通じなかった。彼女は別れた男性のことが忘れられなかったのだ。
リャンソンが由起子を見つめているように、プールで監視員のアルバイトをしている少女サキ(香椎由宇)もまたリャンソンを見つめていた。台北の兄貴分に呼び戻されることになったリャンソンは、サキに由起子への手紙を託すが、その手紙が由起子の元に渡ることはなかった…。
くすんだ感じの沖縄の風景。闇のコントラストがくっきりした夜の画面。同じ一人の夜であっても、リャンソンの夜は満ち足りていて、由起子の夜は孤独である。そんな二人がすごし、夕食を取ることになる一緒の夜は、闇夜の中にあっても幸せに満ちている…はずだった。しかし、その幸せはリャンソンだけが感じ、由起子は悲しみから立ち直れない。由起子の孤独を我が身のように感じ、一緒に暮らす妄想まで膨らませるほど、まっすぐに由起子を愛する彼だが、その思いは潰えてしまう。しかし、彼は決してその恋を諦めない。いつか聞いた「世界一高い山の上では、真昼でも星空が見える」という話を胸に、由起子と再びめぐりあうことを夢見ている。それが、真昼の星空を見ることと同様に難しくて、決してかなえられない恋であっても…。
テーマやアウトラインそのもので、もろに王家衛の影響を受けているなーということが丸わかりである。
しかし、それが決して王家衛の劣化コピーに思えないのは、日本とは全く違う風景の沖縄を舞台にしながらも、往年の日本映画に多用される基本ワンシーンワンカットを守っていること、やや引いた位置で固定されたカメラワーク、台詞も音楽も必要最小限であること、そして、コスモポリタンな宏くんといかにも日本的な京香ちゃんというキャスティングの妙が上手くスパイスになっているからではないだろうか。
台詞も少ないし、場面転換も省略が多いので、一歩間違えたらわかりにくいのかもしれないけども、それは同じ夜を別の場所で過ごすリャンソンと由起子の姿を交互に映したり、サキがリャンソンに惹かれていく様子を、彼女に好意を寄せる同年代の少女との絡みの変化から描くことできちんと説明してくれている。今時の日本映画には珍しく、映像で物語を語らせることに重きをおいている映画とみていいかな。
ただ、由起子の哀しみの原因は予想されることであったけども、そのへんはどこかとってつけたような感じもあったと思うのは気のせいかな。それを語るにはリャンソンの側にウェイトを置きすぎたのか、あるいはスケジュールの都合かって思わされたりもして。ま、それ以上書くと余計なこと言っちゃいそうだからやめとこっと。
これが2作目の日本映画出演となる宏くん。ワタシは『色、戒』が初見だったのだけど、あの役どころもこれも彼らしい感じ。組織に所属する殺し屋でありながら自分の思いに忠実であり、初めて恋をした青年の喜びを上手く表現している。日本語の使い方も悪くない。
京香ちゃんはお得意の役どころだから、これまた文句はつけられないかな。しかし、ワンピースを着て夜の街を歩く場面がまるで『花様年華』のマギーのようだったんだけど、これはパクリですかそれともオマージュですか監督?
ジョーの嫁…もとい香椎由宇小姐は、これが映画デビュー作。ハイティーン女子のぶっきらぼうさや残酷さをよく体現しているのは、本人も当時ハイティーンだったから、なんだろうな。
シンプルでよくできている恋愛ものだと思うけど、派手でスキャンダラスで宣伝にカネをかけまくっているものがウケるという、昨今の日本映画の状況を考えてみると、あまりにも地味すぎるのはいうまでもない。でも、地味であっても、アジアンコラボとしては合格点だと思う。
監督&脚本:中川陽介
出演:鈴木京香 ワン・リーホン 香椎由宇
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