台湾映画

このアジアンミックスには、いい意味で裏切られたい?

このアジアンミックスには、いい意味で裏切られたい。

 連休後半は実家に滞在。
今日は渋谷に出たのだが、シネマライズ前にてこの『闘茶』のチラシをもらった。
この映画のことは、昨年くらいに製作の噂は聞いていたのだが…、コメディじゃないんだ。え?ライズで上映なの?と意外なところで裏切られたんだが、一番の驚きは仔仔が出演していることだったりする。仔仔といえばF4メンバーの中で映画デビューが遅く、最近ジョニー親分監督作品『胡蝶飛』でやっとデビューしたってことしか知らないんだが、もしかしてこれが2作目なの?

 アジアンミックス映画でお馴染のムービーアイが製作するこの映画は、アニメありエリックとっつぁんの出演あり、さらに音楽がなんとショーン・レノン(彼については説明不要だよね?)と妙に意外なところをついてきている。もちろん、某少林なんちゃらよりは出来がひどくないと思うのだが、とりあえずいい意味で裏切ってもらえればいいかな。って期待しているってことか?
 
 しかし、中国茶と抹茶で戦うってーのはどうかと思うんだが(苦笑)。

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ラスト、コーション(2007/アメリカ・台湾・香港・中国)

 もし、王佳芝(湯唯)と易先生(トニー)が違うとき、違う場所、違う立場で出会っていたとしても、二人はきっと愛し合っていただろう。だけどこの映画で語られたような形の愛にはならなかったと思う。
 『ラスト、コーション』を観終わって、まずそんなことを考えた。そして、この映画で最も重要なのは、広く喧伝されてしまっているセックスなんかではなく、時代によって気持ちが引き裂かれてしまった人間の悲劇こそが主題であるとも考えた。

 毎度トニー主演作品を観るたび、どうもうまく感想をまとめ切れなくて、何度も何度も長い感想を書いてしまうのだが、今回は特にまとめるのに苦労している。毎回メインの感想を書いてからあれこれ書いているが、今回のメイン感想は“時代”をキーワードにしてまとめてみたい。なお、あらすじも省略。

 純愛など信じなくなってしまった大人であるワタシにとって、この映画は決して恋愛映画なんかじゃない。官能映画なんてもちろん論外。なぜなら、この映画では恋愛が時代の流れによって潰えてしまうし、その時代が人間を不信に追いやるからだ。さらに、時代は一人の女性をドラマティックに変身させ、破滅に追い込んでいく。李安監督が朝日新聞のインタビューで「ファム・ファタル(運命の女性)の引き裂かれた情欲を通して、ゆがんだ時代と人間像を映した」と語っていたのに、映画を観て大いに納得した。

 映画の前半、広州から疎開して香港大学で学ぶ嶺南大学の学生佳芝が、親友を通じて裕民(王力宏)と出会い、まるで学生演劇の延長のように抗日運動に身を投じていくわけだが、彼らを動かすのは純粋な正義感であり、それを象徴するのは熱血漢のリーダー裕民である。しかし、正義と熱血だけでは漢奸を倒すどころか、世界すら変えられない。香港で易先生の暗殺に失敗し、成り行きで易のボディーガード曹(銭嘉楽)を殺してしまった裕民は後戻りができなくなってしまったわけだが、さらに不幸なことに、その情熱が抗日運動を仕切る呉に利用されてしまい(と思っている)、手を汚しても正義で世界を変えられるという気持ちがより強くなっていく。裕民は佳芝に密かな思いを寄せているのにもかかわらず、恋愛よりも正義を重んじたために、彼女を救えなかった。彼らの若さも純粋な正義もまた、時代のもとで空しく潰えて、闇に葬られていく。
 しかし、佳芝は自ら前線に立ち、自分の役割を演じていく中で、正義も熱血も超えて、時代の狂気を身体で感じていく。それが彼女を成長させ、易先生を捕らえて絡めとるまでにいたる。初体験以上の屈辱だったレイプにも耐え、濃密に身体をあわせるようになっても、彼女は自分の任務を忘れない、はずだった。それが狂ったのはどこからだったのだろうか。そして、佳芝が易先生に愛を感じた一瞬が命取りとなり、彼女もまた時代に飲み込まれ、命を途絶えさせるのだ。
 しかし、もし彼女が生き延びても、このまま易先生と結ばれて幸せになれたのだろうか?いや、それは絶対ない。この物語はフィクションだが、歴史上では日本の敗戦で第二次大戦が終わる。そうなると、日本軍に協力して抗日分子を捕らえていた易先生は間違いなく処刑される。どちらにしてもこの愛は不幸な結末にしか終わらないのだ。だからこそ、この愛を狂わせたのは時代なのである、と確信した次第だ。

 なお、鑑賞前に当然心配したのはいうまでもなくセックスシーンである。観る前までは、「セックスなんて関係ない、セックスなんて関係ない、セックスなんて…(以下エンドレス)」と心の中で呪文のように唱えていた。
 結論から言えば、たいしたことはなかった。必要以上に喧伝するものじゃないものだった。確かに二人は全裸でくんずほつれずし、佳芝は適度なサイズの乳房を晒し、易先生は攻めまくっていたが、彼が無表情に(つまらなさそうに?)セックスしていて、それにエロスは感じなかった。それはワタシが女性だからもちろんそう感じたのだろうが、快楽の表情はあっても、あくまでもセックスは相手の出方を見るための手段であって、決して愛の行為ではない、むしろ戦いであるというのがわかった。
 だから、セックスシーンがたいしたことないと思っても、決していらないわけではないのである。しかし、確かに性行為場面における性器や陰毛の描写が日本ではタブーとはいえ、あんなに大きなボカシはいらない。明るい場面でセックスしていた場面が多かったから、むしろ明暗調節で画面を暗くした方がベストだったんじゃないか(確か『ベティ・ブルー インテグラル』がその形でセックスシーンを修整していた記憶がある)あれのせいで、この映画がかえってポルノに貶められてしまったのではないだろうか。
 無修正を希望するなんて野暮なことは言わないが、DVD発売時にはぜひ別の形の修整をしてほしい。

 セックスシーンが大したことないとはいえども、それじゃあオマエはこの映画にエロティシズムを感じなかったのかと問われれば、もちろん否である。全裸で相見える場面より、服を着て佇んでいる場面のほうが官能的だ。
 例えば、原作通り、麥夫人として易先生宅に潜り込んでマージャンする佳芝に、帰宅した易先生が投げかける視線と彼女が返すそれで、二人の関係をほのめかせる場面。香港で易先生を玄関まで招く佳芝と、彼の立ち姿。無言で椅子に座る易先生。暗殺への突破口が見えた中、佳芝が裕民と呉に彼の恐ろしさと自分の味わってきたことを吐露する場面。そして、日本式の料亭にて、畳に座る易先生が彼女を膝に抱く場面…。それらこそが、この映画を官能的に仕上げている要素ではないだろうか。
 そして、その官能を作り上げるのも、そして打ち砕くのも、あの1940年代上海に漂った時代の狂気である。
 だから、ワタシはこの映画を恋愛官能映画であるとともに、時代の狂気を感じさせる世界の映画であると感じたのだ。
 
 とりあえず、最初の感想はここまで。キャラクターの見どころや関連することなどはまた後日別記事にて。
 昨日観た時、水分補給過多気味で鑑賞に臨んだのだが、鑑賞後の身体は乾ききり、疲労感が漂っていた。もし充分な気力がなかったら、ワタシはこの映画にノックアウトされてしまうと思い、今日は観に行かなかった。でも、上映期間中はできるだけ観に行きたい。

原題:色、戒
監督&製作:アン・リー 製作:ビル・コン ジェイムズ・シェイマス 原作:アイリーン・チャン 脚本:ワン・ホイリン&ジェイムズ・シェイマス 撮影:ロドリゴ・プリエト 音楽:アレクサンドラ・デスプラ
出演:トニー・レオン タン・ウェイ ワン・リーホン ジョアン・チェン トゥオ・ツォンホワ チェン・カーロッ クー・ユールン

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台湾之光 衣錦榮帰

 このタイトルは、「李安先生、故郷に錦を飾る」という意味です。
 ちゃんと辞書で調べましたよ(苦笑)。 

 もにかるさんnancixさんがすでに記事をアップされていますが、昨日台湾で行われた金馬奨にて、『色、戒』が作品賞、監督賞、主演男優賞をあわせて7部門受賞したそうです!
恭喜、恭喜!

 とりあえず台湾からの情報にリンクを。
聯合新聞網 | 影視娛樂 | 2007金馬獎 | 金馬色戒拿七獎 李安大贏家 あ、こっちも。

Jinmajiang

 左からジョアンさん、若々しいなぁ。“台湾之光”李安先生、清楚な湯唯小姐、無精ヒゲで珍しくワイルドな宏くん。

 ジョアンさんは別作品(《意》。台湾映画?オーストラリアとの合作?)での主演女優賞受賞となったけど、《赤壁》撮影でカリーナの誕生日パーティーにも行けないトニー先生の不在をカバーしていたのかな。そのジョアンさんのライバル(主演女優賞)候補&新人賞ノミネートだった湯唯小姐は新人賞を受賞。まーまるっきりの新人だし、大陸のお嬢さんだし(ってそれはあまり関係ないか)、これからに期待ってことでね。

 ところで香港映画はなんとかわかるし、大陸映画も『帰郷(落葉帰恨)』や『雲水謡(これも合作?)』など、これまたなんとなくわかるんだけど、台湾映画って…最近やっぱり製作本数増えてきているのかな?と感じた次第。ジェイ初監督作品《不能説的・秘密》ももちろん台湾映画だものね。
 昔は、金馬奨といえば「なんでそれがノミネート?」と思わされるものが結構あったんだけど(例えば『ブエノス』で主演男優賞がレスリーのみノミネートなど)、ノミネート作品には全体的にアート的な傾向が高いのか。最近は香港映画の受賞が目立っていることもあってなのか、ここ数年は中華圏全体を公平に見るようになっているのかな?なんて思った次第。歴代の受賞作品はwikipediaにあったっけ。
 どうも金像奨のほうばっかり目を向けちゃって(反対に大陸の金鶏奨はスルー)、こっちをおざなりにしちゃうけど、ちゃんと台湾映画にも眼を向けなければ、とこの時期になるといつも思うのであった。『花蓮の夏』観たかったなぁー。

 なにはともあれ、トニーは『恋する惑星』『インファナル・アフェア』に続いて三度目の金馬ウィナーとのこと。つべこべ言わずにお祝いしよう。

恭喜、梁朝偉先生、恭喜!

(追記)…と喜んでいたときに見たeiga.comのこの記事
記事中にある(コピペできなかった…)こういう初歩的間違いは毎度毎度のことなので言わせていただきます。
おーい、「中華電影界にトニー・レオンは2人いる」ってーのは常識ですよー?
そして、『ドラマー』に出ていた「トニー・レオン」は、正式名を「トニー・レオン・カーファイ」といって、日本では中国名のほうで認識されているんですよー。 

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迷子(2003/台湾)

 昔、といっても90年代末、レオス・カラックス監督&ドニ・ラヴァン主演のフランス映画『ボーイ・ミーツ・ガール』『汚れた血』『ポンヌフの恋人』―いわゆる“アレックス三部作”をまとめて観たことがある(今でこそこーんな人間だが、かつてはアタシだってオサレなおフランス映画をちゃーんと観ていたのだ)。このアレックス三部作は、ラヴァンが演じる、いつも同じ名前の主人公アレックスと、ジュリエット・ビノシュの演じる男女を主人公に、この二人がさまざまな形で出会って恋をしていったり、事件に巻き込まれたりしており、物語はいかにもフランス映画といえる悲劇的かつ内省的なものだった。なにせこれらの映画が公開されたのはバブル期真っ盛りの頃。確か学生時代に『ポンヌフ』が上映されて単館系映画としては大ヒットを記録したことを覚えているけど、当時はあまり観に行こうという気が起こらなかった。なんでかしら?
 で、数年経ってからこのようにまとめて観る機会があったのが…うーーーーーん、なんか自分には合わなかったわ。好きなヒト、どうか気を悪くしないでねm(_ _)m。ヒット当時に観ても多分受け付けなかったんだろうなぁ。
 え?なぜいきなりカラックスの話をするのかって?…実はこの三部作を観る前に、ちょうどワタシは蔡明亮&シャオカンコンビの作品をいくつか観ていて、なんとなーく、カラックス作品とミンリャン作品には、なにか共通するものがあるように感じたのである。それはなんだったのかな?どこか焦りを感じさせる展開と、どことなく後味が悪く感じる幕引きが…?ともかく、そう感じたので、しばらくはシャオカンを“台湾のアレックス”と呼び、ドニ・ラヴァンを“フランスのシャオカン”と呼んでいたことがあったのだ。あと、ミンリャン映画ってフランスで受けそう…とか思っていたら、『ふたつの時、ふたりの時間』はパリで撮影し、『西瓜』はフランスの資金で撮ったわけだから、あの時思ったことは結構関係あったんだ、と思った次第。
 そんなわけで、怒涛の蔡明亮花祭り(爆)の掉尾を飾るのは、彼の分身、相方、または愛人?(こらこら)であるシャオカンこと李康生の記念すべき初監督作品『迷子』である。

 台湾郊外の街、中和。ある夏の日、おばあちゃん(ルー・イーチン)が公園のトイレで用を足している間に、孫のシャオイーがいなくなってしまった。血眼になってシャオイーを探すおばあちゃん。近くの交番に届けても、園内放送をかけてもらっても、大事な孫が現れない。公園内の人全てに孫の行方を尋ねると、急いでるからと邪険にされたり、放送をしてもらえば?とすでに役に立たないアドバイスをされたりと、反応はさまざまだ。
 その公園に、おじいちゃん(苗天)の用意してくれた弁当を捨てた中学生の小杰(張捷)は、学校をサボってネットカフェでオンラインゲームに興じていた。シューティングゲームにどっぷりはまり込んだ彼は、隣に座った常連の男ともオンラインでしか会話をしない。さらにその男が発作で倒れても、彼が戻ってこないことに気づかずにゲームに没頭していた。
 おばあちゃんは公園から街に出る。大根餅屋の車にスピーカーで呼びかけてもらい、通りすがりの男のバイクに無理やり乗って、強制的に孫探しを手伝わせる。さらには郊外の軍人墓地まで行き、死んだ夫の墓前で彼に謝り、孫を探してくれるように願う。
帰宅した小杰は、認知症のおじいちゃんが切り刻んだ新聞紙のくずが、死んだ金魚の水槽の中だけでなく、マンションの通路や部屋一面に散らかされているのを見る。最初は気にせずに、自室にこもって三国無双をして遊んでいたが、おじいちゃんが帰ってこないことに気がついて、彼を探しに街に飛び出す。
 小杰が昼間通ったあの公園に行くと、街ですれ違ったおばあちゃんがいた。迷子を捜すのに疲れ果てた二人が、フェンスで囲まれた広場の中で座り込んだ時、その裏からは、風船を手にした男の子と、彼の手を引く老人の影が映っていた…。

 いつも寡黙で、遠くを見ていて、引き締まった筋肉の持ち主なのにちっともセクシーじゃなくて、むしろドンくさい童貞少年(爆)のようだと感じていたシャオカンなのだが(ちなみにパンフレットにあった撮影当時らしい写真は、ちょっと太っていてオッサン度が高い。多分『西瓜』で身体を絞ったんだな)、本人がそうだかどうかはさておき、いくらミンリャンの一番弟子だとはいえ、作風が師匠と一緒だったら絶対キツいぞーと、観る前はかなり不安になった。これはホントのこと。
 しかし、映画が始まってしばらくして、おじいちゃんと小杰の場面からおばあちゃんの場面に変わったときに、これはミンリャン映画と明らかに違うということを確信した。ミンリャン作品の登場人物は本当にごくわずかで、その他の人々はほとんど登場せず、ひたすらの沈黙で人々の孤独を描いている。しかし、シャオカンは孫を見失ったおばあちゃんを公園の喧騒に投げ込み、その姿をワンシーンでひたすら追い続ける。公園の丘の向こうにおばあちゃんの頭が見え隠れして、声だけしか聞こえなくなっても、カメラはおばあちゃんを追う。パンフによると、この場面はなんとワンシーンワンカット10分だったそうで。ミンリャン映画のような人工的な風景と対照的に、周りの風景やら多くの人々やら、いつもの街角を映しているのはシャオカンの個性なんだろうけど、喧騒の中におばあちゃんの孤独を浮き立たせるのは師匠譲りというかなんというか。
 
 おばあちゃんをやっているのはシャオカンママでお馴染のルー・イーチンさんってことはわかっていたんだが、なんか急に老け込んだ?と思ったら特殊メイクしているのね。もともとイーチンさんはそれなりの美女なんじゃないのかと思うのだが、ミンリャン映画では常にシャオカンママ(除く『西瓜』)だし、どこかヨゴレ系な役割も引き受けている(…これは『河』と『西瓜』だけか)ところもあるからなぁ。
 ガッコをサボってネットカフェにこもる小杰の姿には、もうかなり前に観たミンリャン&シャオカンのデビュー作『青春神話』がかぶっちゃってしょうがなかったかな。彼を演じる張捷くんは、けっこうなハンサム君であるんだが、今後はどんな役どころに挑んでくれるのだか。
 苗天さんは出番こそ少ないけど、ラストのシャオイーの手をつないで歩く姿がとても印象的だった。なぜこんなに叙情的なんだろうと思ったら、この映画の前に父親を亡くしたシャオカンが、自分がかなえることのなかった「孫と手をつないで歩きたい」という彼の願いをかなえたくてその場面に思いを託したと知り、大いに納得した次第。

 最後に、ちょっと気がついたどーでもいいことを。
ミンリャン映画は圧倒的に台詞が少ないのであまり気がつかなかったのだが、このシャオカンの映画では、久々に台湾語の言葉を聞いた。街を行く大根餅の移動販売車が台湾語だったので、そのへんが妙に印象的だった。シャオカンが本省人か外省人かはよくわからんのだけど、やっぱりこの子も台北の雑踏でフツーに育ってきたんだなぁ、なんて思ったのだった。

原題:不見(The Missing)
製作:ツァイ・ミンリャン 監督:リー・カンション
出演:ルー・イーチン ミャオ・ティエン チャン・チェア

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楽日(2003/台湾)

 今でこそ、日本各地にシネコンがボコボコできまくって、数年前に比べたら映画館で映画を観る人も増えてきたとはいえども、ワタシが映画を集中して観始めるようになった頃の映画館といえば、大きなスクリーンに500近い座席、空調は悪くて外の音も漏れ聞こえるような古い映画館ばかりだったような気がする。その印象があってか、香港で映画を観る時も、シネコンよりもかつて信和中心の近くにあった、今は亡き南華戯院のような古くて大きな映画館を選んで観に行っていたような気がする。
 ワタシの住む街では、一つの通りに映画館が集中してある「映画館通り」があることで、映画の街として売り出そうとしているのだが、ここで暮らして10年以上の間、いくつかの映画館が消え去るのを次々と目にしてきた。座席が2階建てになっていた松竹系の映画館、変装までして興味本位で友人たちと足を運んだ駅前の成人映画専門館、思えばここで最後に観た映画が『無間道』だった東映の直営館、そしてワタシに香港映画の楽しみを教えてくれた、ビルの中の小さなスクリーンの映画館…。
その小さな映画館が移転改装した新しい映画館で、蔡明亮版『ニュー・シネマ・パラダイス』といえそうな(?)『楽日』を観て、ワタシはもう街からなくなってしまった数々の映画館のことを思い出していた。

 滝のように降る雨の日、今日は老舗の映画館「福和大戯院」の最終上映日。この映画の最後を見届ける上映作品は、往年の名作映画『血闘竜門の宿(龍門客賤)』。
 チケット売り場では脚の悪い女性(シャンチー)がいつも通りの仕事をしている。電気蒸し器でふかした大きな桃あんまんを半分に割り、映写技師に届けてやったが、彼は不在だった。
 この映画館をふらりと訪れた日本人青年(三田村泰伸)は、スナックをポリポリ食べる女性客や、いきなり自分の横に座ってきた男性客が気になって、妙に落ち着けない。映画の途中で2人の男が席を立ち、トイレに向かう。青年は劇場を抜け、迷路のような劇場裏をさまよい出す。そんな周囲の動きを気にせずにずっと映画を観ていたのは、孫を連れた老人(これが遺作だったという苗天)と彼から離れて観ていた老人(石雋)。この二人は『龍門客賤』に出演していたのだ。
 最終上映が終わり、まばらだった観客は全ていなくなる。チケット売りの女性が客席を掃除する。そして、仕事場だったチケットブースを全て片付ける。電気蒸し器を除いて。やがて、フィルムを全て巻き取り、映写室から技師(シャオカン)が出てくる。チケットブースにある蒸し器に目を留め、フタを開けてみると、半分に割られた桃あんまんが残っていた…。

 かつて中国語武侠映画の黄金期を支えた二人の男優が楽日の映画館で再会し、「近頃は誰も映画を観なくなりましたねえ」「ホントですねぇ」と会話を交わす場面が印象的。彼らの出演した『龍門客賤』が、満員の観客の中で上映される場面からこの映画は始まる。 日本はもちろんのこと、香港でも台湾でも、映画館で自国(自分の街)の映画を観てみんなが楽しむという全盛期はもうすでに過ぎてしまった。そんなことを感じさせられる場面であった。
 ワタシは学生時代の台湾留学では、大学近くの海賊版を上映するビデオシアターで映画を観ていたのだが、映画館で映画を観る体験をしたくて、台北の西門町まで観に行ったことがある。そのときに観たのは、台湾でも香港でもないハリウッド映画で、しかも現カリフォルニア州知事主演のアクション映画(爆)。当時の台湾では、公的な娯楽の際に中華民国国歌を必ず流していて、それまで噂には聞いていたけど、本編上映前にいきなり♪三民主ー義ー、と国歌が流れ、観客が全員起立していたのに面食らったっけ。そういえば、3年前の台湾旅行にて、「台北之家」で『珈琲時光』を観たときは、この国歌がかかっていなかった。…もうやめたのね、国歌を流すのは。

 閑話休題。
 この映画には、とある映画館の終わりをめぐる淋しさ、というよりも、人々の気持ちのすれ違いを映画館に投影したような雰囲気。
 横に座った男性にどう対処していいのかわからず、同じことを他の客に試してみる青年。劇場裏を彷徨ううちに出会った不思議な雰囲気を持つハンサムな男(久々のチェン・シャオロン)に話しかけられ、「ボクは日本人です」という彼。自分たちの映画を懐かしく眺める苗天・石雋の両人と、別の目的で来ているため、映画をマジメに観ていない観客、そして、今まで一緒に仕事をしてきた映写技師シャオカンに思いを寄せている受付嬢シャンチーと、彼女の最後のプレゼントから思いを読み取れないシャオカン。それぞれの気持ちは一方通行で、会話すら成り立たない。
 でも、そこに現代社会の孤独を読み取るとかいうのは本来の趣旨に外れるだろう。この映画の主人公は人ではなく劇場だ。そしてここで動き回る登場人物たちは、その劇場が見守っているような状態で行動している、と考えるといくらか理解しやすいのかもしれない。それに気づかされたのが、シャンチーが掃除をして出て行った後、約5分ほどカメラがそのままの状態で映し出される劇場の客席の場面だった。

 映画のラスト、大雨の中劇場から立ち去るシャンチーの場面からエンドタイトルには、服部良一氏の作曲による中国語懐メロが流れる。この曲がリアルタイムで台湾で流れていた時代こそ、あの劇場の“最好的時光”だったのかもしれない。でも、この映画はそれを懐かしんで昔はよかったと思う映画じゃないよなと思った。それはワタシが60年代台湾を知らないこともあるし、懐かしさを持たなくても、一つの劇場への挽歌はこの映画のような形で歌うことができると思ったからだ。

原題:不散(Good bye,Dragon Inn)
監督&脚本:ツァイ・ミンリャン
出演:チェン・シャンチー リー・カンション 三田村泰伸 ミャオ・ティエン シー・チュン チェン・シャオロン ヤン・クイメイ

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西瓜(2005/台湾)

えー、今から「蔡明亮に捧げる詩」を詠みまーす。

 ああ、蔡明亮よ
 その名を聞くと身体の奥底がざわめくのは如何なる事か
 決して語りたくないのに、ついついそれを語ってしまう
 汚水と体液にまみれる思いでそれを観れば
 不快感も限度を超え やがては聖なるものに昇華される
 ああ、げに恐るべし蔡明亮

終わりまーす。
 
なぜ唐突に詩(なのか?)を詠んだかというと、つまり、ワタシにとっての蔡明亮ってこんな感じなのだ。…ってどんな感じだよ。
と自分にツッコミながら、桜前線とともにやってきた春の蔡明亮祭りとして、『西瓜(東京国際では「浮気雲」の題名で上映)』と『楽日(同じく「さらば、龍門客賤」の題名で上映)』を観てきたのだった。
なお、今回の感想はR18指定です。といっても高校生以下はあまり読まないか。

 これは公表されているかどうかわからないし、なんとも断定しようもないのだけど、実はワタシ、ミンリャン(とシャオカンこと李康生)はゲイだとずっと思っていた。それは『愛情萬歳』や『河』に男同士のキスシーンやゲイサウナの場面(しかも近親相姦までやらかす!)が頻繁に登場することや、ミンリャン作品全てに出演しているシャオカンがほとんどの作品できれいに整った全裸を披露している(それもバック全体だ)から。でも彼は「別にゲイの映画じゃないんだけど」と言う。そういう時点で…じゃないかとツッコミたくなるが、実際どうなんだか?
 そんな思いもあって、延々と固定カメラで撮られるオープニングの地下道シーンの後に、、いきなり看護婦コスプレで開脚全開、さらに下着をつけていない(だから○○○○がちらちら見えるー、うー気になるー)そこには淫らなくらい赤く熟れた西瓜がおしつけられた日本人AV女優(夜桜すもも嬢。ええ、オレ女子なのでどーゆー方か知りません)と、素肌に白衣を着て○○○○を愛撫するかのように西瓜を責めまくり、西瓜汁まみれになって彼女と合体する男優(シャオカン)の嬌態を観て、心の中で「あれ、ミンリャンってゲイじゃなかったっけ?なんでノーマル(じゃないじゃん)なセックス撮ってるのよ」とか、延々と映し出されるセックスシーンを観て、これはもろにやっているのか以前に「房中術とか使ってないか?」などと冷静?にツッコミ入れた次第。ってこーゆーシーン観てそう考える自分ってアホ過ぎ?まーオレ女子だしー(と逃げる)。
 それはさておき、自分のAVに対するツッコミはこちら(これ以上AVAV書いていると、ますます検索ワードで「AV」がトップに来るよー、えーん)を見てもらうことにして、興奮しておっ立てるブツもないオレは、女優のあげるあんあんあんという甘い声を聞いたり、シャオカンと女優が繋がっている場所をしつこく撮り続けるカメラマンなどの姿を観て感じたのは、AVにおける人間の肉体って、ホントに肉なんだなーってこと。そっか、AV好きな世のオトコどもは、肉に興奮しているってわけか、ふーん…。
ってなんだそりゃ。でもやっぱ、やる時にはコンドー…ってアンタはもう。いい加減にしろオレ。
しかし夜桜嬢の肉体、すごい迫力だったなぁ…。胸はともかく、全体的に大振りなつくりで。母性本能を感じさせる肉体ってゆーか(演技はともかく…ってこれは暴言じゃないよ)。

 日本人女優や、自分の母親と同じくらいの年頃の女優(『河』でシャオカンママだったルー・イーチン)とせっせと交わり、自分の身体をまさに心のない肉として扱っているようなシャオカンと、彼の昔馴染みである故宮博物館のガイド(シャンチー)。二人を再会させたのはやはり西瓜。
 そして、極度の水不足に襲われた近未来台湾に、まるで水を流すような勢いでこの二人の恋物語が始まる。
 シャオカンの仕事場は、シャンチーの住む林森北路のマンションだが、もちろん彼は 自分の仕事がなんだが彼女に言おうとしない。最初は彼女の差し出した西瓜汁に、仕事を思い出して飲むことが出来なかったシャオカンも、冬粉やカニを料理しては食べ、彼女の足に挟んだタバコをすって寛ぐまでの関係に至る。お互いに好意は持っているし、愛し合っている。だけど一つになれない。その思いをシャオカンは寡黙&無表情で仕事に打ち込むことで押し込み、シャンチーは川から拾ってきたホールの西瓜にキスをし、硬い表皮に舌を這わせ、服の下に入れて妊婦のふりをし、胎児を産み出すふりをして遊ぶ。
 その西瓜も、シャオカンの仕事相手がエレベーターの中で気絶していた(死んでいたんじゃないのか?)AV女優を運び込んだことで不意に割れてしまい、そこに二人が思わぬ形で出会うことになることを予感させる。そしてラスト、ついに二人は求めていた通りに結ばれるのだが…はたしてアレで愛は成就したのか?と問題の場面に(ホントにやったかどうかという興味本位の疑問以前に)しばし頭を抱えた。
 …まーでも、ミンリャン自身はアレでよしとしたんだろうなぁ。一部にはきっと不快感があったに違いない肉欲的な淫らさも、本当に求め合った二人が真に合体し、お互いを溶かし込まんとして一つになろうとすることで神聖なものになるってことで、もっと簡単に言えば「きれいはきたない、きたないはきれい」を地でいったということか…ってだんだんヤケクソで書いていないか自分?

 リアルな現実に押し込まれた登場人物の感情は、彼らが幻想の中で着飾り、往年の流行歌を歌って踊るミュージカルシーンに託される。
…実はさー、ミンリャン初のミュージカル映画『Hole』を観ていない(さらに『ふたつの時、ふたりの時間』も未見。両方とも当地で上映されていないのだ)ので、仕事を終え、屋上の貯水槽で身体を洗う全裸のシャオカンがいきなり半魚人(というより人魚か)に変身して歌う場面には面食らったのよ。でも、過酷な現実と閉塞した状況に追い込まれてますます無口になる人々がこの場面で絢爛豪華に歌いまくるのは、やはりこっちも閉塞した気分で見つめている観客にとっても清涼剤となる。それが救いだったのね。皆さんの衣装も突拍子もないけど(イーチンさんの、露にしたたるんだお腹もものともしないセクシーな蜘蛛女姿や、アレが機能せずに全身アレになってしまったシャオカンを鼓舞するチアリーダーことヤン・クイメイの、マドンナもどきなビスチェ姿など)、騒がしく、色っぽく、はっちゃけて踊りまくる様は結構楽しい。ええ、現実にはなかなか歌なんて歌えないもんねぇ。

 とまれ、こんなふうにあれこれ書いてきたけど、なんのかのいいつつ「思い出すだけでイヤになるけど、とにかく語らずにはいられない」ミンリャンの魔法に、今回もまんまとハマってしまったってわけか、自分。
現在東京で公開中の最新作『黒い瞳のオペラ』でも、こっちに来たらあれこれ文句言いつつもやっぱり観てしまうんだろうなぁ、ははははは。

原題:天邊一朶雲
監督&脚本:ツァイ・ミンリャン
出演:チェン・シャンチー リー・カンション 夜桜すもも ルー・イーチン ヤン・クイメイ

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2007年早春の悲情城市

2007年早春の悲情城市

県立図書館で行われた『悲情城市』の上映会に行った。
ええ、建物の特性上、DVD上映だった。
うう、文雄兄ちゃんの横幅がさらに広い…(泣)。
感想は去年の夏観た時とあまり変わらないのでパス。

ところでこの上映会、どういう経緯でこれが選ばれたのだろうか。
考えられるのは次のうち3つ。

  1. これを企画した県立図書館の職員さんが最近台湾に行ってハマッた。
  2. これを企画した職員さんがホウちゃんの熱烈なファンだった。
  3. これを企画した職員さんがトニーファンか、それ以外のトニーファンの職員さんから担当の方が猛烈にプッシュされた。

さぁ、どれなんでしょうか?
どなたか観てますかー県立図書館員の皆さん?

この前日、買い物ついでにしゃおしゃんに寄り、この上映会と、関連して某所でゲットした日旅主催台湾ツアー(仙台発・エバー航空ハローキティジェット利用)のチラシをネタに、この映画での好きな場面のことや、台湾ツアーの定番となった九[イ分]についてあれこれ盛り上がった。今やすっかり観光地と化した九[イ分]はいいとして(でも行きたい)、もう一つの舞台である金瓜石もいつか行ってみたいんだけど、行くのが大変そうなんだよねー(苦笑)。

ところで、以前nancixさんもネタにしていた「悲情城市であって非情のライセンスじゃ」問題ですが、ええ、ここでも発生しておりました(ポスターが『非情』になっていた)。もっともweb上のお知らせではきちんと『悲情』だったんだけどね。
ところで、もっと深刻な問題が発生しておりました。
先ほど書いた日旅仙台発台湾ツアーでの九[イ分]観光の説明が、

映画『悲情夜市』の舞台で海と山に囲まれたノスタルジックな雰囲気漂う…

って、思わず文雄兄さんが基隆の夜市で基隆名物でんぶ入りクレープを売っている姿を想像してしまいましたよ!で、その横で文清がせっせと手伝ってるんだ。

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台湾映画の逆襲が始まる?

この夏は出張と帰省のついでで2回東京に行って、『ジャンプ!ボーイズ』『姐御』『悲情城市』を観てきたので、映画館でいろいろとチラシをもらってきた。その中で気づいたのが、初秋からの台湾映画の東京公開が多いこと多いこと。
昨年の東京国際で上映された『深海 Blue Cha-cha』、一昨年国祭上映の『夢遊ハワイ』(ボクカレのトニー・ヤン君主演♪)、田中麗奈ちゃん中華芸能進出プロジェクト作品(笑。そーいえば彼女、先に中国ドラマに出演したものね)『幻遊伝』、待っていたよぉ(^o^)丿の『靴に恋する人魚』、そして♪帰ってきたぞ、帰ってきたぞー、ツァイ・ミンリャーンと思わず歌いたくなる(爆)『西瓜』『楽日』の連続公開と、ミンリャン組のシャオカンことリー・カンション初監督作品『迷子』。ミンリャンといえばプレノンアッシュだけど、この会社はミンリャン作品に続きホウちゃん新作『千年恋歌』も手がける。すごいな、大忙しだ

…しかしいったいなんだろうか、この怒涛の一斉公開は。F4がらみでもないのに(笑)。
でも、今までかなり長い間台湾映画が公開されなかったし、当の台湾映画も台湾現地でしばらく悲しい扱いの状態が続いていたっていうから、台湾映画にもだんだん明るい兆しが見えてきたって考えていいのかな。
これが東京だけの公開じゃなくて全国でやってくれれば、もう言うことなしなんですけど。せめて『靴恋』と『千年』だけでも来てほしいけど、わが街でのホウちゃん作品は『珈琲時光』の上映が予定されながら取り消されたという悲しい過去があるからなぁ…。

そんな我が街では、来月『玲玲の電影日記』と『胡同のひまわり』が上映されます。そうか、中国映画シフトなのか…

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2006夏の悲情城市。

今日は「BOW30映画祭」atシャンテ・シネにて『悲情城市』を鑑賞。3回上映のうち、初回と最終回は早々にソールドアウト。びっくり。(ワタシは4時から上映の2回目を観た)王家衛作品や『英雄』や『無間道』でトニーを知った方で、この作品を観ていないって方も多そうだもんね。初回でトニー迷の皆様が観ていたようで、入れ替えのときに久々に再会。

香港で買った3枚組VCDや、紀伊國屋書店から出されたDVDも持っているんだけど、やっぱり銀幕で観るとまた特別だよなぁ、と思ってしまう。BOW30サイトで予告編が観られるので初めて観てみたけど、ナレーターが来宮良子さんだったのね…。いつみても波乱万丈かい?とかボケたくなってしまった。♪ちゃっちゃららー、ちゃっちゃっちゃっちゃー

それはともかく、この映画を観るといつも、当時27歳くらいの初々しいけどやっぱりキミは職業俳優なのねってーのがよくわかるトニーの姿ばっかり追ってしまうのだが、おお、この映画って見方によってはフィルムノワールにも見えるよなって改めて思ったのであった。もともとこの映画の企画は、ユンファ主演で企画された映画で、その物語の前日譚として設定されたというからってこともあるけど、林家が基隆近辺の顔役で、日本の占領政府からも恐れられていたり、港町を行きかうヤクザどもが上海人や広東人だったりするあたりからも感じる。対象から引いて撮られる修羅場なアクションシーンも効果的。阿嘉の話す広東語を聞いていると、ちょっとだけ香港映画な雰囲気にもなるし。

そして、2.28事件を境に、物語は歴史に引き裂かれる個人のドラマへと発展する。最初に投獄されて獄中の仲間が処刑台に送られるのを見ていた文清が出所後にとる行動のくだりでは、初見時より年経た今なら、その気持ちや感情が理解しやすくなっている。
劇中、多くの人々が苦難を味わって死んでいく。理想を追いながらも弾圧に命を散らした者、激しい拷問で精神を病んでしまう者、いざこざで命を落とす者。日本軍の撤退から国民党の支配までの約4年は、昔から不安にさらされてきた“悲しみの町(原題直訳)”台湾が最も悲しかった時だったのかもしれない。そんなことを考えてしまったのはいうまでもない。

座席が前のほうだったけど、もう何回も観ている映画だから台詞もだいたい覚えているし、字幕に頼らずに画面を眺めて堪能してました。
帰省の新幹線の時間をあわせて、無理して観に行ったんだけど、観られてよかったなぁ。

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ジャンプ!ボーイズ(2004/台湾)

オリンピックの体操競技で日本がメダルを獲るたび、「おお!日本はやっぱり体操王国と言われるだけある!すごいぜ日本!」なんて思ってしまうものだったが、そのわりに体操が野球やサッカーに比べてメジャーではないのはなぜなのかしらん…
まーそれはともかく、台湾からやってきたドキュメンタリー映画『ジャンプ!ボーイズ』を観た。『生命』を観ていないので、初の台湾ドキュメンタリー鑑賞ってことになる。

舞台は台湾北東部の宜蘭。主人公は羅東鎮の公正小学校にある体操クラブ所属の7人の少年と、東アジア大会で金メダルを獲り、中国の体操代表とも競った経験のある林育信コーチ(33歳)。キャプテンの黄靖(小2・9歳)、クラブではトップクラスの実力を誇る黄克強(9歳、通称ハッタリ君)、逆立ちが得意な林智凱(小2・9歳、市場っ子)、 典型的な英才児である楊育銘(小1・8歳、英才君)、自宅に吊り輪を作ってもらった林信志(小2・9歳、吊り輪君)、兄弟の新入部員である謝亨軒(小1・8歳、2点君)と謝亨恩(幼稚園・6歳、キャラメル君)たちは、時にコーチにしごかれ、時に喧嘩しあい、時に大泣きしながらも、高雄で開かれるジュニア体操大会を目指している…。

ドキュメンタリーなのであらすじはホントにこの通り。
コーチを始め、子供たちやその両親、担任の先生のインタビューも交えて構成されているので、ちょっとNHKスペシャルやにんげんドキュメント的なオーソドックスさがある。林育賢監督(コーチの弟!)はCFやMVの監督や、『恋愛回遊魚』などのスタッフを経てドキュメンタリー短編を撮っていた人らしい。DVで撮影されて、カメラワークもやや不安定だったので長編初監督なのかな?と思ったけど、きっちり編集されていたこともあって特にそれがアラになっているって感じはない。やっぱりコーチの弟が撮っているってこともあるせいか、子供たちの表情も自然でぎこちないことはない。信頼感が出来上がっているんだなーと思ったもんだった。

日本の小学校の場合、学校所属のクラブ活動ってだいたい4年生くらいから始まる(というのはワタシの過去の経験だけで言っているのだが)けど、この映画の子供たちは日本で言えばだいたい1・2年生くらいの低学年で体操を始めている。それだけ英才教育なんだろうけど、日本とは取り組み方が違うのかな?なんて思った次第。…まー、日本の初等教育における体操教育がどうであるか知らないので、これ以上偉そうなことを書けないんだけどさ。

大会を目指す少年たちの姿と合わせて、監督が兄にインタビューして、自分にとって兄がいかにヒーローであったかというくだりを映像で語る場面が巻頭とラストに登場するのだけど、ここに監督の思いが収束されているとも思った。このドキュメンタリーを製作することになったきっかけは、兄が宜蘭の小学校で体操大会に出場した際の写真を見つけたことだったというから、兄の体操と子供たちに対する愛と、監督の兄に対する愛が重なってこの映画が誕生したんだなと思ったのであった。

題材も物語も派手じゃないけど、観ていて損はしない作品だった。
こういうささやかな映画だって、やっぱり観ておかなくちゃだよなー。

原題:翻滾[ロ巴]!少年
監督:林育賢 
出演:林育信 楊育銘 黄 靖 林信志 黄克強 林智凱 謝亨軒 謝亨恩

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憂鬱な楽園(1996/台湾)

ホウちゃんの映画の特徴は、どんな人間の物語でも淡々と描いてしまうことだ。それを考えれば、多分『悲情城市』が彼の映画の中でも一番派手なんじゃないかと思うんだけど、他の映画は一見しただけで「あー地味ー。」っていう印象を持ってしまう…って自分、ホントにホウちゃんのファンなのか?
そんなホウちゃんが“台湾現代史三部作”を経て作り上げた『憂鬱な楽園』もまた地味な映画であったが、なんと題名と全然違って、その中身はヤクザ映画であった。でも立派にホウちゃんの作品である。…これ、もしかして世界一地味なヤクザ映画なんじゃないか?

台北のチンピラ、高(高捷)は弟分の扁頭(林強)と彼の恋人麻花(伊能静)を連れて電車で平渓へ行く。高の兄貴分の命令で、賭博場のしきりに来たのであるが、絶壁頭をからかわれた扁頭が地元の男とトラブルを起こしてメチャクチャになる。高はいずれは上海にレストランを出したいと恋人の阿瑛に語るが、高が手を出した仕事は次々と失敗する。扁頭と麻花もちょくちょくトラブルを起こし、阿瑛と同じ店でホステスをしている麻花は借金を踏み倒すため自殺未遂まで引き起こす。高と兄貴分は電力会社の土地買収に乗じて豚を集めて土地の評価額を集めて成功するが、成功の宴会後泥酔する高は仕事もろくにできず、阿瑛と結婚できない自分の情けなさを愚痴る。
扁頭は高と麻花と共に故郷の嘉義に行く。一族の土地が買収された時、自分だけが金をもらえなかったのはなぜかと兄に問い、その詳細を知っているという叔父のところに行くが、取り合ってもらえないばかりか従兄弟の刑事に恐喝罪で連行され、ボコボコにされてしまう。扁頭は従兄弟に復讐すると言い、高も彼に手を貸そうとするが…。

ヤのつく人々(と呼んでいる)を描いた映画は世界中にいろいろある。日本なら『仁義なき戦い』や健さんの映画、最近は北野武監督作品や三池崇史さん作品。香港ならウーさん作品や《古惑仔》シリーズ、製作にヤのつく人々が係わっているものもある。ハリウッドならコッポラのゴッドファーザー三部作にスコセッシの作品。台湾にもアンディと家輝さんが主演した《黒金》というヤクザ映画もあるけど、これは残念ながら未見。こうやって書き出してみると、それぞれお国柄も出て個性的な印象を受ける。
日本でヤクザ映画というと、やっぱり健さんや文太さんや若山富三郎さんの映画になるんだろうか。わたしは『仁義』なんか当然観たことないし、若山さんは『ブラックレイン』の大阪ヤクザのボスってイメージしかないんだけどね。健さんたちの時代のヤクザ映画って、ヒーローっぽかったんだろうなー。カッコよくて(ってよく知らんが)。
最近のヤクザ映画では、たけしが『brother』で描いた破滅的なものとか、三池監督が力兄貴や翔さんと組んで作ったカッコいいんだが脱力系って感じのものが多いので、もう日本でのヤクザ映画にはヒロイズムってものが求められてないのかな。(注・暴言ですが本気で言っていないので真剣なヤクザ映画好きの方は聞き流してください。文句つけられても反論できないので…って弱気だなー自分)
これ以上ヤクザ映画について書くとますます脱線するに違いないので本題へ(こらこら)。

ホウちゃん映画の常連、高捷(カオ・ジエまたはジャック・カオ)さん演じる高は健さんや力兄貴からあまりにも遠く離れすぎたヘタレなチンピラ。弟分の扁頭はさらに輪をかけてヘタレ。そんな三人が不器用(さだけは健さんに負けない)な毎日を過ごしている。その毎日をホウちゃんはいつもの如く淡々と書く。…ああ、そりゃ確かに地味だよ。誰がなんと言おうと地味だよ。おかげで(やっぱり途中眠くなって)李天禄おじいちゃんの場面を見逃しそうになったもの。ところで阿禄おじいちゃんはこの映画の2年後に亡くなっているけど、これが遺作になるのか?
でも、多少は眠気を誘うにしろ、この映画は全編を観ている分にはあまりつらくない。なぜなら画面が驚くほど明るいから(爆)。画面が観やすいのは撮影にリー・ピンビンさんが入っているせいか…ってそうか?ともかく、この映画では夜のシーンは例によって暗いものの、外を照らす太陽の光は部屋の中にも鮮やかに入ってきていて、オープニングの電車の景色や、高たち3人がバイクで扁頭の故郷嘉義に向かう場面は印象的だった。

あ、あと今さら気がついたんだけど、ホウちゃんの映画の出演女優って10年間固定みたいなもんなのね(笑)。
『童年往事』から『悲情城市』までの80年代は辛樹芬。90年代の『好男好女』とこの映画(あと『海上花』も)は伊能静。そして『ミレニアムマンボ』と『スリータイムス』はすーちー。男優はトニーから張震までころころ変わっているけど。

トニーとホウちゃんといえば、件のローレンス・ブロックの映画はブロック本人の脚本でと妙に話が広がっちゃってるみたいだけど、台北を舞台にした香港人探偵の話っていう設定も捨てがたいんだよなー。もうヒロインはすーちーでいいから、実現させませんかホウちゃんってば?多分当分、葉問映画の撮影も始まらないだろうし、ホウちゃん自身自分は早撮りだからって言って、さっさと撮れるんだからさぁ。

原題:南國再見、南國
監督:候孝賢 原作:高 捷 脚本:朱天文 撮影:李屏賓 音楽:林 強
出演:高 捷 林 強 伊能静 李天禄

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好男好女(1995/台湾=日本)

ホウちゃんの映画って、あれだな、気合いを入れて「さぁーホウちゃんの映画観るぞぉー」って覚悟を決めて観ないとついていけない。『珈琲時光』はまだ気楽に観られる映画であるけど、『悲情城市』で世界的成功を収め、『戯夢人生』やこの映画に至るまでの“台湾現代史三部作”を観るのは、特に覚悟がいるし、やっぱり台湾の現代史をあらかじめ知っておかないと辛いんじゃないかなって思った。かくいうワタシは恥ずかしながらまだ『戯夢人生』を観ていないんだけどね。

女優の梁静(伊能静)は3年前に恋人の阿威(カオ・ジエ)を失った。そんな彼女は映画『好男好女』で、抗日戦の闘士だった蒋碧玉を演じることになる。
1940年代前半の台湾、蒋碧玉は想いを寄せていた鐘浩東(リン・チャン)が抗日戦に身を投じることを知り、彼とともに大陸へ向かうが、国民党のゲリラには日本兵のスパイと間違えられて投獄されてしまう。何とか銃殺刑を逃れた彼らは台湾へと戻り、碧玉は浩東との間に男児をもうけるが、その子は養子へと出されてしまう。その悲しみに暮れる暇もなく、二人は闘い続ける。
'45年、戦争は終わる。碧玉は台湾でラジオ局に勤め、浩東は基隆中学の校長となる。彼らは理想を社会主義に求め、2・28事件を経て国民党が台湾を占領し、自分たちを支配することに危機感を抱いていた。そこで浩東は機関紙「光明報」を発行し、国民党を警戒する。しかし、これが国民党に摘発され、浩東は処刑される…。
ホステスだった梁静は極道だった阿威と愛し合っていたが、彼女の目の前で商談中に銃殺される。その3年後、『好男好女』の碧玉に自分を重ねてのめり込んでいく梁静のもとに自分の日記がファックスで送りつけられ、無言電話が頻繁にかけられてくる。寂しさのために姉の恋人と寝てしまい、それが姉に知られてしまい修羅場となる。心身ともにボロボロになった梁静は、無言電話をかけてきたストーカーに亡き恋人を重ねて自分の想いを吐露する。
その後、ロケ隊は広州に出発することになり、その前日、実在の碧玉が72年の生涯を閉じた…。

この映画の背景となっているのは、1950年に台湾で勃発した白色テロ(リンクはwikipedia)。『悲情城市』でも御馴染の2・28事件も白色テロとして見られるらしい。あ、こういう本も出ているのか。

台湾・少年航空兵
黄 華昌著
社会評論社 (2005.9)
通常2-3日以内に発送します。


今でこそ台湾は日本に優しく、親しみを持ってくれているところ
であるが、60年程前までは日本の統治下にあり、もちろんその統治に反抗した人も確実に存在する。(某大臣さん、それ、一応わかっているよね?)そういえば『上海グランド』でレスリーが演じた許文強は台湾の抗日ゲリラの闘士だったな。
ホウちゃんの映画は『悲情城市』でもわかるように、事件を直接描かない。でも、その事件の合間に生きた人々の日常を淡々と描く。だから、先に書いたように時代背景がわからないとかなり辛いのは言うまでもないし、今回は劇中劇という形で歴史が描かれているのでなおさら複雑。はい、ワタシも台湾で暮らした人間のくせに、国民党占領直後の台湾史をほとんど知らなかったので、自分の勉強不足を痛感しつつ2回観ました。だって、劇場公開ならパンフのシナリオ再録を追えばいいけど、DVDじゃねぇ…。なお、この事件の背景に関しては特典映像としてホウちゃんがインタビューで語ってくれています。当時の台湾の状況には東西の冷戦までも反映されていて、ホントに複雑だったみたいだ(ってずいぶん軽く語っているな自分)。
国交の関係上か、日本人の目はどうしても日中関係に向いてしまうため、これまで台湾がどんな歴史をたどってきたかはついつい見落とされがちだ。ホウちゃんの映画はそれを語り、世界に発信している。そこからワタシたちは台湾の悲しみを知ることができるのだ。そういえば、もうすぐ2月28日である…。

とまーシリアスな感想はここまで。あまり政治的な方向に話を持っていきたくないもんでね。ここからは毎度の如くだけど、多少暴言ありの超主観的感想。
いやー、今回の映画はホウちゃんの映画ではかなり手強かった!蒋碧玉も鐘浩東も実在の人物なので、恐らく劇中劇としないと描きにくかったんじゃないかと推測するけど、時間があっちこっちに飛躍するので「あれ?これはいつでなぜこうなる?」と首をひねったもので。
イノチンこと伊能静ちゃん、今では山田太郎の綾子ママのイメージで定着しちゃったけど(笑)、この映画では彼女自身のキャリアの転換になった作品だそうで、かなりの熱演(黒い下着姿や官能的なダンスも見られるぞー)。でもホウちゃん、「彼女の演じた碧玉はイマイチだった」って厳しいことを言っていたが(苦笑)。
台湾語ロックシンガーの林強、実は演技を観るのはこれが初めて。…でも顔がわかりにくいぞ(泣)。梁静の恋人阿威はホウちゃん作品常連のカオジエ兄貴だが…これもよくわからない。ってーか画面暗すぎ。なんで?と思ったら撮影がリー・ピンビンじゃないからなのか?(それは不明)
ちなみにエンディングテーマはフェイの元旦那として有名なドゥ・ウェイだった。

ホウちゃんはこの作品以降、『憂鬱な楽園』や『ミレニアム・マンボ』などでは現代の若者を主人公にしたり、『海上花』(この映画の日本側チームが製作を担当し、公開直前に仕掛け人の某氏が失脚したのは有名な話)では清朝を舞台にしたかと思えば、『珈琲時光』では敬愛する小津安二郎(この映画にも梁静がビデオで『晩春』を観ている場面がある)にオマージュを捧げ、初の日本語映画に挑戦したりとさまざまな作品を作り上げている。
ホウちゃんに対する印象は人それぞれだけど、『珈琲時光』を素直に楽しみ、やっぱりホウちゃんの映画はいいなぁと思っている自分としては、今年日本公開予定の『スリー・タイムズ』が楽しみだったりする。配給もこれまでの松竹ではなく、王家衛や蔡明亮作品の配給を務めてきた御存知プレノンアッシュなので、結構スタイリッシュなプロモを期待したいんだけど。ええ、日本語イメージソングなんてないプロモをね。(そのへんは心配しなくとも大丈夫だろうって)

英題:Good man,good woman
監督:候孝賢 製作総指揮:奥山和由 製作:市山尚三 原作:蒋碧玉 脚本:朱天文
出演:伊能 静 林 強 高 捷

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僕の恋、彼の秘密(2004/台湾)

クリスマスを前にした某日、TVでエルトン・ジョンが長年のパートナーだった男性と結婚したというニュースを観た。エルトンさんがゲイであるということはずいぶん前から知られていたが、それとあわせてジョージ・マイケルのことも紹介されていた。ワタシはそのニュースを同僚(同年代の女性)と観ていたのだが、彼女は「ジョージ・マイケルがこっちの趣味(もちろんゲイ)だったって、ちょっとショックだった」と呟いたので、それに「アタシは知ってたよ。でも男の人と結婚してもいいんじゃなーい」と言ってフォロー(?)してあげた。

以前からチョコチョコ書いてきたように、ワタシには多少腐女子的性質があるので、ゲイものにはまったく抵抗がないし、同性愛にマイナスイメージを持っていそうな人には多少フォローしたりする。なぜゲイものが好きかを説明すると長くなるので書かない。作品名を挙げれば『ブエノスアイレス』や『美少年の恋』、『藍宇』や『ハッシュ!』(これは日本映画だ)が好き。
こんなワタシでも、実は日本のボーイズラブものがちょっと理解できなかったりする。それは、ただ男同士でラブラブなだけで、ひたすらアマアマな展開が多いので、恋愛ものが苦手な人間にはつらかった。…でも、たまにはそういうのもいいのかもしれないなぁ、と思ったのが、今年の映画始めとして観た『僕の恋、彼の秘密(以下ボクカレ)』だった。

17歳の学生ティエン(トニー)は、友人ユー(キング)を頼って台北にやって来た。目的は素敵な恋をするため。早速、出会い系サイトで知り合ったケビンに逢ってみたけど、いきなり刺激的なことを言われて怖気づいてしまう。そんな彼はユーの働くゲイクラブでプレイボーイの香港人バイ(ダンカン)に出会う。ユーの仲間でフィットネスおたくのアラン(ジミー)の紹介でスポーツクラブで働き始めたティエンはそこでも偶然にバイに出会い、バイもまた本気でティエンに恋をしてしまう。どんな男とでも平気で寝られるのにキスだけはできないバイは、ティエンと初めてのキスをして、ティエンもまたバイと初めての夜を過ごす。
しかし、その次の朝、バイは消えていた。実はバイには、ある秘密があったのだ…。

製作時は23歳の若さだったという女性監督DJチェン(もしかしてロビン・リー監督より若い?)によると、これは台湾初のゲイ映画だという。…そう言われれば、あのツァイ・ミンリャン監督は、ゲイを登場人物にすることはあっても、決してそれをテーマにしては映画を作らなかったっけ。
しかし、見事なまでにボーイズラブな映画だった!だってさー、女性の登場人物は皆無。バリバリのゲイっぽい人たちも出てくるけど、主人公が魅かれるのは美青年。一応悩むけどあんまりたいしたことがない。恋した相手の秘密も実は○○○○○○○ないし(ネタばれになるので伏字)、そしてハッピーエンド。ほーら、ボーイズラブの要素てんこ盛り。ロケ先には台北のゲイクラブも登場するけど、それは大して重要じゃないような気もするし(おいおい)。
「愛する人がいれば、それが男か女かは関係ないんだ」という、『ブエノスアイレス』によせたレスリーの有名な言葉があるけど、要するにそーゆーことで、この映画を観るにあたってはあまり深く考えちゃいけないんだ。だから素直に二人の恋の行方にドキドキし、ハッピーエンドにホッとしちゃっていいのだ。…っていいのか、そういう結論で(笑)。まぁね、新年からしんどい映画を観るより、かわいい映画を観たいもんな。

ティエンを演じるトニーくん。最初は垢抜けない少年として登場するけど、台北で青春を謳歌していくうちにどんどんと表情もルックスも変わっていく。失恋した親友ユーのためにせっせとラーメンを買って慰めてあげるくだりがかわいい。そのユーを演じるキングくん、わかりやすいオネェキャラが笑える。しかし誰かに似ているなぁ、誰だろう。トニーくんとキングくんは台湾ゲイ文学を代表する白先勇原作によるドラマ『ニエズ』にも出演していて、それがこの映画へのきっかけになったというから、実は台湾って思った以上にゲイカルチャーの一般的開放が進んでいるんだなぁと思った次第。(そーいえば『ホールド・ユー・タイト』でも、台湾でゲイの白人と知り合うくだりが出てきていたっけねぇ)
そして、“にやけ顔のダンカン”とワタシがひそかに呼んでいるダンカンくん。なぜ“にやけ顔”なのかといえば、『靴に恋する人魚』でのビビスー姫の寝顔を見つめるにやけ顔があまりにも印象的だったからなんだけど、ここでもそのにやけ顔は健在(大笑)。と言ってもこの映画は『靴』や『七剣』より前なんだけどね。イケイケ気味な登場シーンや長髪から「ちょっとジェ○ー入ってる?」なんて思ったもんだが(F4迷に怒られるか?)、中盤からのにやけ顔連発に妙に安心するのであった。今後は『七剣』続編を控えているというので、これからはそのにやけ顔で香港映画界にも旋風を巻き起こしてくれ、ダンカンくん(こらこら)。
そうそう、毎日インタラクティブにダンカンくんのインタビューがあったけど、役柄の参考として『ブエノスアイレス』を観ていたらしい。…つーことはバイの演技にはレスリーやトニーの役どころも取り入れているってことか?(多分違うと思う)

あと、最後にもうひとつ。ティエンが自分の恋人との初めての夜のためにずっととっておいたあるものを見て改めて思った。やっぱり日本の若者もこれをしなけりゃ…、ってこれより先では『ホールド・ユー・タイト』で言ったことをもう一度繰り返すことになるので、ここで終わり。

原題&英題:17歳的天空(Formula 17)
監督:DJチェン(陳映蓉) 脚本:ラディ・ユウ
出演:トニー・ヤン ダンカン・チョウ キング・チン ダダ・ジー ジミー・ヤン ジェイソン・チャン

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靴に恋する人魚(2005/台湾)

今年は、デンマーク出身の世界的童話作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの生誕200周年。幼い頃の記憶をたどると幼稚園の絵本や母さんの夜話、図書館にあった童話全集、そして♪アーレアーレアンデルセン、アーレアーレアンデルセン、ミースターアンデルセン…というノー天気な主題歌に乗って、キャンティ&ズッコのおかしな二人組がアンデルセン童話の世界を旅するアニメ『アンデルセン物語』などで、ワタシは彼の世界に親しんできた。今の子供たちは、NHKで放送中のドラマティックなアニメ『雪の女王』でアンデルセン童話の数々を観ているのかなぁ…。しかし、アンデルセンの童話にはなぜかハッピーエンドが少ない。大きくなってから知った彼の生涯もまた、女性を愛せずに一人放浪し、ずっと童話を書き溜めてビンボー暮らしをしていた…というもので、それじゃー悲しいに決まっているよ、と思った次第。

で、いきなりアンデルセンの話から始めたのは理由があって、台湾の新鋭女性監督ロビン・リーが、アンディ・ラウ率いるフォーカスフィルム(映藝娯楽有限公司)が立ち上げたアジアの新人監督支援プロジェクト“フォーカス:ファーストカット”に選ばれ、ローバジェットで作り上げたこの初長編映画『靴に恋する人魚』には、人魚姫やマッチ売りの少女など、アンデルセンの童話のモチーフがちりばめられたつくりになっていたのが面白いと思ったからだ。そこでティーチインの時に「もしかしてアンデルセン生誕200年にインスパイアされました?」と聞いたところ、ロビン監督からは「脚本は2年前にできていたから、その事実は知らなかったの。だからそれは全くの偶然」という答えをもらったのであった。なるほーど。また、「童話をモチーフにすれば、みんなに喜んでもらえるんじゃないかなーと思って、こんな作りにしました」とのこと。ほぉぉー。
え?それでこの映画って、いったいどんな作りだったんだって?それはねぇ…。

昔、といっても1週間前の昔(多分)。台北にドド(朶朶。発音はduoduoなので「トゥオトゥオ」と表記すべきだろうけど、打つのが大変なので字幕に従います)という少女がいた。少女は表に出るよりも絵本を読んでもらうことが大好きで、毎日両親に絵本を読んでもらっていた。なぜ彼女が外に出なかったのかというと、先天的に足が不自由だったから。それを悲しんだ両親は『人魚姫』だけは彼女に読ませまいと避けていた。しかし、多くの絵本も読みつくされ、ついに『人魚姫』の出番がやってきてしまった。人間の王子に恋をして、美しい声と引き換えに魔女から脚を得たくだりに自分の運命を重ねておびえるドド。そんな彼女も、脚を直すための手術をすることになる。どーしても人魚姫トラウマから逃れられないドド。オペの最中に、彼女は夢の中で魔女(タン・ナ)と出会い、「幸せになりたければ、黒い羊と白い羊を手に入れなさい」と告げられる。その言葉に勇気をもらうドド。もちろん、オペは大成功。もう成功しすぎてしまって、ドドは世界にもまれな美しい脚の持ち主となってしまったのだ。
成長し、一人暮らしを始め、立体絵本の出版社で事務(といってもほとんど雑用)の仕事を始めたドド(ビビスー)。彼女の周りは折り紙マニアのジャック社長を始め、パソコンに首ったけのデータ入力エンジニア×2、社長命令で原稿を取りに行くけどめったに顔をあわせないイラストレーターのビッグキャットと、変な人ばかり。そんな彼女の楽しみはお給料でかわいい靴を買うこと。女主人(タン・ナ2役)が切り盛りしているお店の靴たちも彼女に買われるのを楽しみにしている。家には彼女に買われた靴たちが並べられ、ある意味台湾のイメルダ状態。仕事はきついけど、靴を買って眺めてはいてお出かけするのが、彼女の幸せだった。…ここまでは。

ある日ドドを小さな悲劇が襲う。虫歯ができたのだ。ジャック社長は彼女に痛み止め(どー見ても正露丸)をやり、ビッグキャットも正露丸をくれる。そして彼女は親切にも、近所のスマイリー歯科医院を紹介してくれたのだ。歯医者は苦手だけど、治さなきゃ後が大変と治療に行くドドは、ここで運命の人に出会う。痛みに耐えかねて蹴飛ばしたミュールを拾ってくれたのは、美形の歯科医スマイリー(ダンカン)。彼こそが、ドドの運命の王子様だったのである。たちまち二人は恋に落ち、結婚して小さな家に引っ越す。そして王子様とお姫様は、いつまでも仲良く暮らしましたとさ…というのが前半。

そう、ここで終わっちゃ意味がない。お互いにラブラブな二人だけど、スマイリーはドドの靴フェチぶりと衝動買い癖を大いに心配する。このままじゃ家が靴で埋まっちゃうよ。スマイリーはドドに靴の買い控えを薦め、彼女もそれに従う。でも行きつけのお店の靴がワタシを呼んでいる!と仕事帰りにお店に寄り、諦めて会社に戻る途中に、人生最大の悲劇がドドを襲う…!

♪幸せって何だっけ何だっけ…ポン酢しょうゆのことじゃない。
この映画のテーマは、かつてさんまちゃんがCMでも歌ったような「幸せってなあに?」ってこと。これって、単純なようでいて、実はかなり難しくて答えにくい哲学的なテーマのような気がする。(そうか?)
ドドの人生は山あり谷ありの大波乱。好きなものに囲まれて、ステキな男の人と出会えてラブラブでいられることが本当の幸せなのだろうか。いや、そうじゃない。某相田みつをじゃないけど、幸せであるということは自分の心が決めるもので、自分の身に最大の悲劇が起こったときも、そこから立ち直れないまま暗ーく沈んでいちゃ救われない。魔女が彼女に告げた“幸せの白い羊と黒い羊”は具体的に提示されないけど、観客はそれぞれ、ドドが出会って手に入れたものの中にその羊を見出すんだろうな。で、ワタシが何を見出したかというと、これを言っちゃつまらんから内緒ね(笑)。

そんな哲学的テーマをおいといても(こらこら)、この映画の見どころはたくさんある。
まずは、なんと台湾電影金馬奨の最優秀美術デザイン賞部門にノミネート(他には最優秀視覚効果賞部門もノミネート。ちなみにライバルはなんと『功夫』に『七剣』!)されたポップでキュートな美術。ジミーの絵本を思わせるようなスマイリー歯科医院、赤で統一された靴店などが印象的。監督曰く「美術と衣装はワタシの8年来の友人が手がけた。“まるで童話”というスタイルを狙ったの。今までの台湾映画にはあまりにも暗くてきたない作品が多かったから、ワタシたちはピンキー♪な作品を撮りたかったの。…でも、お金も人もなくて大変だった」とのこと。…うんうん、確かに今までの台湾映画の美術は「台湾にウィリアム・チャンやハイ・チョンマンはいないのか!」と叫びたくなるくらい暗かった。ホウちゃんもヤンちゃんもミンリャンも、もーう(-_-;)。
お次はローバジェットの割にはかなり豪華なキャスト。ビビスーは台湾に戻って以来久々に顔を見た(F4仔仔と共演のドラマ『Love Storm』観ていないので)けど、やっぱしかわいいなぁ。童話の主人公のようなクラシカルなまとめ髪とふんわりした衣装、そしてどんな靴でも履きこなす美脚!(…しかし、外反母趾はまだ治っていないんだよねー?と同じく外反母趾持ちでハイヒールのはけない自分は心配する)
彼女の起用は監督以下スタッフ全員一致で「彼女はもう若くはないけど母親役まで演じてもらえるし、顔がかわいいので“人魚”にピッタリだと思ったの、この話を持っていったら、彼女もすっごく気に入って、話をして5分で『やりたい!』といってくれたわ」(監督談)とのこと。うんうん、女子って幾つになってもかわいいものが好きだもんね(含む自分)。ワタシがビビスーでも同じことを言うよ(おいおい)。
『七剣』では出番が少なくてその魅力がよくわからんかったダンカン君。彼の魅力はすっと通った鼻筋か。某ぺ様以上に笑顔のステキな王子様なんだが