書籍・雑誌

張愛玲at朝日新聞

 最近の中国関係の話題は地震一色であるのはいうまでもないのだが(シャロン姐さんの例の発言についてはあえて触れず)、今朝、職場で新聞整理をしていた時、朝日新聞で毎週火曜に掲載されている「週刊アジア」欄で「アイリーン・チャン」の名前と華やかなチャイナブラウスを着こなした張愛玲の写真が目についた。編集委員の外岡英俊さんによる「歴史を歩く」の特集記事だ。これは会員制サイト「アスパラクラブ」で記事が読めるらしい。新聞講読会員じゃないので読めないしリンクもできない(アサPのケチー)。
 …これ、『色、戒』公開にあわせて取り上げてくれればよかったのにー。

 以前書いたことの繰り返しになって申し訳ないけど、ワタシが張愛玲の名前を知ったのは10年くらい前。台湾留学時に公開されていた『レッドダスト』のヒロインのモデルであり、『傾城の恋』の原作者であることはすでに紹介されてはいたし、台湾の書店に入ればその名前はよく見かけたのだから、名前だけは知っていたわけである。なぜか作品が日本に入ってこなかったのが不思議だったのだが、この記事を読んでなんとなく合点がいったような気がする。恋愛小説家としてよりも、反共小説を書いた作家としての評価が高くて、日本に紹介されることが少なかったってことなのかもしれないな。
 日本で知られる中国人作家というと魯迅だったり巴金だったり、あるいはうんと文学方面に行けば莫言だったりするので(莫言、『酒国』は持っているんだけど、どーも読めないのよ…)、なんかなー、もっとエンタメでもいいんだけどなーと思ったところに金庸が紹介されたので、それはそれでありがたかったりするんだけど、欧米の小説家に比べれば、あまり紹介されないのも残念だよなって気がする。
 金庸は香港の武侠片や大陸ドラマの紹介とともに知名度も上がっていったのだけど、張愛玲も旧作の映画と関連付けて紹介されないかなー。さすがに自分もプロの翻訳家じゃないので翻訳出版ってのも無理だから、せめて原書で読みたい気もするけど、大変なんだよなー。(まだ『倒数第二個女朋友』も読み終わっていないし)

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『レスリー・チャンの香港』松岡 環

 職場で取っている各新聞に、少し前に日本版『覇王別姫』の批評が掲載されていた。
それを読み比べて思ったのは、原作となった映画の重さ、そしてやはりレスリーが不在であることで、どうしても見る目が厳しくなってしまうのだろうか、ということであった。

 この記事は、『寵愛』を聴きながら書いている。
iPodにもレスリーのアルバムが増えてきているし、なぜかこの春はこれまでよりも彼の歌が聴きたくなってしょうがないのである。

 確かに、一時期は彼の歌が全然聴けなかった。特にレスリーが一番好きってわけじゃなかった。でも、彼がいなくなったことはかなりの打撃だった、ということは今までもこの季節になれば繰り返し言ってきたことである。

 もともとはインド映画がお好みで、『アジア・映画の都』の著者としても知られる松岡さんは、70~80年代はインドに行くついでに香港によってそこでよくインド映画の資料を集めていたという。そこで香港映画と香港ポップスの洗礼を浴び、『誰かがあなたを愛してる』のついでに観た『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』でレスリー落ちした(って失礼な書き方で申し訳ありません)という。つまり筋金入りのレスリー迷である。そんな松岡さんが香港の20世紀後半から現代に至る香港芸能史と、その中で生きたレスリーの生涯を重ね合わせて書いたこの本。

 まず、「はじめに」で書かれた「時代が彼を殺した」の一文に衝撃を受ける。
確かに、あのころの香港はSARS渦以前に、映画も(『無間道』の大ヒットは別として)芸能界も元気がなかった。'02年のクリスマスに渡港したとき、知り合った在港カナダ人女性に「香港映画が好きなの?今の香港映画は面白くないじゃないの、くだらなくて」といわれて内心凹んだこともあったが、それでもいつかは元気を取り戻してくれると思っていたからだ。しかし、それからしばらくして香港でSARSが大流行し、その騒ぎにまぎれる形で、5年前の今夜、ワタシはネットでレスリーがこの世から去ったことを知ったのだ。そんなことを思えば、「時代に殺された」と言いたくなるのもわかるのだが、それは当たっているような気もすれば、どこか違うような気もする…。これについては、うまく言えないのだが。

 香港エンタメ&香港好きを10年以上やってきている私だが、どうもかの都市が背負う歴史的背景や、香港芸能の変遷については疎いところがあった。←それは単なる勉強不足である。だから、前半で60年代香港の時代背景から始まり、本当の意味での“香港芸能”が確立していく80年代までを丁寧に紹介されてくれたのは嬉しかった。香港でも台湾でも、90年代初頭までは日本語のカバー曲が多かったので、学生時代にはよくそれをネタにして盛り上がっていたのだが(特に北京語の台湾ポップス)、カバーだけじゃなくて実際に日本人ミュージシャンが香港の歌手に曲を書き下ろしていたとここで初めて知った。どうりでレスリーの80年代の曲を聴くと、カバー曲じゃなくてもどこかに80年代日本ポップス(それもまだJ-POPなどと呼ばれないころの曲たちだ)の香りがあると感じるわけだ。

 そして、レスリーがアイドル歌手だったころについて語るときに欠かせないのが、当時トップアイドルだったダニー・チャン(陳百強)のこと。実際、歌手としてはレスリーよりダニーのほうがいい、と言い切った人が身近にいたような気がしたし(たぶん学生時代のことだ)、元レスリーファンの知人から『青春の光と影(失業生)』を借りて観た時は、ああ、これは確かにレスリーが出ていてもダニーの映画だな、と感じたわけであって、そういうところから80年代半ばのレスリーの立ち位置を理解したものだった。同じ時期に『衝撃・21』も観たけど、あれもまた…(中略)な映画だったよな。しかし、それを観た当時は、ダニーがすでにこの世におらず、彼もまた衝撃的な最期を迎えていたということも知らなかった…。

 一度引退してからふたたび復帰した後の活躍はもちろんよく知っている。そして、97年以降の香港の変化と、レスリーがチャレンジしようとしていたことも。しかし、大陸の影響や日本でも旋風を巻き起こした○○が直接・間接的に影響したのかどうか知らないが、香港映画は活気を失い、彼の夢の実現も遠ざかる。そして…と考えると、非常に切ないのである。ああいう状態ならば、鬱にならないほうがおかしい。
 遅かれ早かれ、人はいつかこの世から去ってしまう。レスリーもたとえ今生きていたとしても、いつかは命尽きただろう。その命の尽きる時期が、あまりにも早かったのはやっぱり惜しいとしかいえないのだ。だから、ワタシは彼の分まで精一杯生きたいし、これから香港映画や芸能がどういう方面に動いていくかも見守りたい。そんなふうに思ってしまいながら、この本を読み終えたのである。 

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中華エンタメ悲喜交々@今週のAERA

 先週の「AERA」の次号予告を見て、驚いたのはワタシだけではないだろう。
 ここ1,2年のこの雑誌、一時期ウザイほど特集していたぺ様&韓流はすっかりなりを潜めたのだが(もしかしてまたやるのかもしれないが)、最近は一俳優個人にスポットを当てた記事をやるようになった。昨年夏は『傷城』上映時に金城くん特集があり、冬には同じスタイルでジョー、あ、オダギリの方ね―も取り上げられた。年末年始特大号の表紙を飾った小栗旬については2回も取り上げられてビックリ。そんな感じで“旬のイケメン”記事が最近目立つこの雑誌なんだが、まさか3年前に表紙を飾ったジェイが「華流特集」の一環じゃなくてピンで登場するとは。

 記事を書いたのは坂口さゆりさん。この方は10年くらい前からアジア映画を中心として記事を書いていたので、名前だけはよく存じ上げているのですが、そうですか落ちましたか(苦笑)。しかも、自分で「イケメンじゃないのに」と言い切ってしまうとは(さらに苦笑)。
 しかし、記事は2ページか…。内容はともかく、ページがもうちょっと多ければいいのに、などというのは贅沢だけど、写真は撮り下ろしだし、一応インタビューもあるし、武道館ライブと『王妃の紋章』の間といういい時期の掲載だし(クレアやCutなど、他の雑誌もそのタイミングで出した様子)、さらにAERAネットで動画も見られるからまぁいいか。

 そして、同じ号のさらに後ろに掲載されていたのが、「エロ・グローバリゼーション」という記事。ネットにより全世界的にエロサイトが注目されたり、個人情報流出でPCに保存したエッチ写真が全世界に晒されるってーいう内容だったんだが、ええ、当然えぢのアレも例として取り上げられていますよ。これは決して香港芸能界の問題だけじゃなく、全世界的な問題であるってことは確かなんだが、…やっぱタチが悪いよな、サイバーエロ。てゆーか、スケベなのはもう日本人だけってことじゃないんだな。これがホントのスケベニンゲンか。ってくだらないこと言ってるんじゃない(泣)。

そういえば、まだぴあを買ってません。明日は木曜だから、書店ではもう間に合わないかな。バックナンバーを問い合わせるか。

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4月1日までに、これを読み終えよう。

 年度末なので、職場やら家の整理に追われる今日この頃。
今朝は興味ある記事の号だけ取っておいた「AERA」の整理を一斉に行ったのだけど、アトムが表紙の号にあったレスリーの記事を見て、胸がつぶれそうになった…。
 いくら『覇王別姫』の日本版が上演される時代になったとはいえ、やっぱり彼のことは簡単に忘れてはいけないんだなぁ。以前も書いたように、彼に対しては愛とリスペクトが欠かせない。間違っても「様」なんかつけたくないくらいリスペクトしている。…それでも彼に対してはツッコミやアホなことやさらには暴言を平気で言ってるってか?ああああそうですね、それでアタシはかつて何人のレスリー迷を敵に回したっけなー(こらこら)。

 それはともかく、東雲さんの記事でこの本を知り、結構値段が張るのに早速購入した次第。

 著者の松岡環さんは『ムトゥ 踊るマハラジャ』の字幕を担当した、インド映画の第一人者であると同時に香港映画を始めとしてアジア映画を日本で積極的に紹介してきた方。蛇足ながら現在は私の母校で講座を持っておられるそうで、それを知ったときには「ああ、今の学生がうらやましい!アタシも大学に戻って松岡さんの講義を受けたい!」と母校の中心で愛を叫んだのは実話です(なんだそりゃ)。
 この本ではレスリーの人生と香港の20世紀後半の香港芸能を重ね合わせて両面を語るという試みらしく、個人的にはいくら電影迷が長いとはいえ、芸能方面はまだまだ疎いこともあるので、 香港とレスリーの歩みを噛みしめながら読んでいきたいと思う。

 平行して読んでいる本もあるし、もしかしたら読むには気の重い部分も多少あるのかもしれないけど、なんとかこの半月で読み終え、4月1日までに感想を書きます。それが、その日に香港へ行けないワタシの精一杯の気持ちってことで。

 この記事は『哥哥的前半生』を聴きながら書きました。
 4月1日前後には『男たちの晩歌』を観ようかな。まだ『ハッピー・ブラザー』も観ていないんだけどね。

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なんのかのいっても、ワタシは『ラスト、コーション』を応援しています(苦笑)

 いやー、今週は『ラスト、コーション』チームが雑誌を賑わしていますねー(嬉)。
AERAは職場で読んで済ませたけど(新年号特集へのツッコミは時間切れでできなさそうだな…)、“顔色の悪いトニー”が目印のキネ旬最新号は入手しましたよ。
 でも、お目当ての記事は完全ネタバレとのことなので、特集記事はブツ(映画)そのものを観るまで封印。だからそれ以外の記事を読みましたよ、台湾映画じゃない方の『シルク』とか、玉木くんと徹平くんと瑛太のピンナップとか…ってそれは読むんじゃなくて見るというのだよ(苦笑)。

 そして、1月24日にマンダリン・オリエンタル東京で行われるジャパンプレミアの告知があると聞いたぴあ今週号も無事ゲットしましたよー。
 しかし表紙がジョニデ@悪魔の理髪師でちゃんと関連特集もあるのに、それを差し置いて第1特集がジェイ(・チョウ)&宏(ワン・リーホン)ってーのは恐れを知…いや、大胆不敵だなぴあ編集部。“アジアの両雄”ってーコピーはややオーバー?とも思ったけど、「知っている人も知らなかった人も好きになります。」というサブコピーは気が利いております♪

 いざ中身拝見。…おお、宏は無精ヒゲ!ジェイはヒゲなし

ロングインタビューも日本語ではなかなか読めないのでじっくり読ませていただいた。ジェイはあのおばあちゃんを、宏はレスリーをそれぞれリスペクトしているのに胸つかまれる。ジェイは『牛仔很忙』を作った理由の一つとして「日本で言うところの“癒し系”ミュージシャンでいたい」なんて語っているので、こらこら調子乗っているぞ(誉めてます)なんて思っちゃったよ。
 しかし、宏のプロフィールのところにちょっと気になったところがあった。スパイ陣内紀香、もとい『SPY_N』の監督はアレックス・チャンじゃなくてゴードン・チャンじゃなくてスタンリー・トンですね?(graceさんご指摘ありがとうございます)アレックス・チャンって誰かしらー?
 さすがに総力特集(?)だけあって、プレゼント&ご招待も生ポラやプレミア招待だけじゃなく、ジェイ演唱会バックステージパスや来日取材権(!!)などこれも大賑わい。うわー倍率高そう(汗)と思いつつも、せっせと応募しましょうか。

 あ、しまった。せっかく『ラスト、コーション』のことなのに、トニーのことを書いていないわ。それじゃ、このネタにツッコミますか。

過激な性描写が問題の『ラスト、コーション』、日本では6カ所の修正に (Variety Japan)

 日本では○ッ○スシーンにおける性○の描写は当然映倫からレッドカードもんだってーのは常識。だから修正入るのは当然だと思うけど、修正が入ったからって「やはり日本においては、ノーカット上映とはいかなかったようだ。」と断言してしまうのは全然違うんじゃないの?それにさ、いくらアタシが熱狂的トニー迷だからといって、彼の○○がいかがなもんかなんて全然興味ないんですけどね。

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今週の『AERA』の表紙は湯唯小姐ですよ!

 年末年始号の『AERA』の「中国を動かす100人」を読み、文化面で選ばれたメンバーに軽ーくツッコミ入れたいなーと思っていたら、もう明日(うちは地方だから火曜発売)に最新号が発売。
 表紙は湯唯小姐よー♪
しかし、全く中華ネタとは外れるが、今号の特集はネタがないのか、と一瞬言いたくなった。

 また、『ラスト、コーション』大特集&もにかるさんのインタビューが読めるキネ旬も明日(これもこっちじゃ明後日かな)とのこと。新年早々、お楽しみがあるのは嬉しいなぁ。

 しかし、そんな賑わいでもうちの街での公開がまだ未定…。
仙台フォーラムと山形フォーラムで全国同時公開が決定しているので、盛岡フォーラムさんにも是非それにならってほしいんですが、同時公開してくれますよねー?
でなきゃ仙台まで観に行っちゃいますよー(苦笑)

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『ラスト、コーション 色・戒(いろ、いましめ)』張愛玲

 年末という季節ゆえに読むのに時間がかかるかなと思っていたんだけど、大きな仕事が片付いたので、集中的に一気読み。ちょっと苦労はしたけど、なんとか読み終わってよかったわー。というわけで、『いろ・いましめ』他、本邦初訳の張愛玲の世界を大いに堪能。

 まず、表題の『いろ・いましめ』(えー、それで通すの?)。
 昼下がりのけだるい(多分)空気の中に展開する、上海マダムたちの麻雀大会。そこで展開されるのはとめどないおしゃべりで、まだ若い麦夫人―ヒロインの佳芝もそれに加わっている。そこにやってくるのが、この大会のホステスである易太太のご主人、易先生。彼は…、

 ねずみ男に似てるんですか?

とマジ恋トニー迷がショック受けること確実な描写。
 おかしいなぁ、でもねずみ男に似てるなら出世顔というよりビンボくさいはずなんだが、とよく読んでみると、なんだねずみ男似じゃなくてねずみ顔なのか、そんなこと一言も書いてないのか、ああ紛らわしい。…って一人で早合点するなよ。

 物語はどんどん進んでいく。ページ数にして約50ページほどの短編のせいか、佳芝がまだ学生で、抗日組織のスパイとして上海に潜り込んだこと、抗日の闘士である裕民に思いを寄せていることをサラリと述べ、やがて彼女が易太太の知らぬところで易先生と不倫をしている(と見せかけて彼の命を狙っている)ことがわかる。彼らが寝ているということは匂わせられるけど、当然事細かなセックス描写はなし。当たり前やん。やがて、彼女が易先生を暗殺するチャンスを作り出すものの…!
 とまあ、わずかなページでこれだけの濃密度。これがいったいどうやって画面に描き出されるのか?佳芝の情念は、彼女の策略がいかに愛に変わるのか、そしてセックスと社会情勢はどう関連付けられるのか?…なんかアンタ、セックスにばっかこだわってないか、オマエこそ「スケベェさん」じゃねーのかもとはしよってつっこまれそうだけど、ほら、戦時下の恋愛を描いた作品には愛と性を全面的に出したものも少なくないじゃないの、古くは『愛の嵐』だったり、最近なら『ブラックブック』もそうだろうし。だから、ついついそういうことを思ってしまうのよ、って説得力に欠ける理由ですみません。

 残りの作品の感想も。
『愛ゆえに』
 これは張愛玲が初めて手がけた映画の脚本をノベライズした短編だとか。その映画の題名は《不了情》。でも、中華圏映画の名作として知られている作品とは全く違うらしい。
 友人のつてを頼って、ある家の家庭教師となった主人公。その家には主人と娘しかおらず、病弱な夫人は田舎で静養中だという。家庭教師先での子供とのふれあいと、その父親との不倫。身分の高い家に入ったことで、主人公の父親は彼に金を無心するようになる。そして、病気により田舎で静養していた妻の帰還と、彼女の口から出た思いがけない真実…。
 うーん、メロドラマ。なんとなく東海テレビ製作のドロドロ昼ドラの原作にも向いていそう。張愛玲曰く、この小説は“通俗小説”を書くことに挑戦したとのことで、どうりでメロドラマな展開なわけなのね、と納得した次第。

『浮き草』
 30代独身女性が船旅に出る。目的地につく間、これまであったいろいろなことを回想する…。
共産党が実権を握った'40年代末は、これまで大陸で商売をしていた人々が共産主義の台頭を恐れて次々と脱出し、香港に滞在したり海外に行ったというが、この主人公もまさにその一人。しかも、外資系商社で働いていてこともあり、その頃の同僚には西洋人も多かった。
 西洋人と結婚した姉の友人の思い出話や、日本への船旅で知り合ったインド系イギリス人と日本人の夫婦など、他民族の人々とのエピソードで綴られたコスモポリタンテイストあふれる紀行文風の短編。いま横浜や神戸の中華街で暮らす人の中にも、55年くらい前にこうやって故郷を離れた中国人もいるんだろうな。中華民国時代の自由な雰囲気の中で築かれた上海人の気質も匂わせられる。これが一番面白かった。

『お久しぶり』
 とある街(特定されていないけど北京かな)に住む、ご近所同士の2組の家庭の話。他愛ないおしゃべりが延々と続き、特にこれといったオチもない。街の人々の姿を活写した短い物語という印象。

 こんな感じかな。どの作品もそれぞれ面白かった。

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というわけで、本日買ってきました。

 『色、戒』の他、張愛玲の短編が収められた文庫本『ラスト、コーション 色・戒』を。
 黒地&金字の帯がなんともゴージャス。
 表紙も国際版ポスター版でよかった。あの赤バックに「ぶちゅ~」のヴィジュアル(公式サイト参照のこと)がちょいと苦手なもんで。

 張愛玲の本は『傾城の恋』しか読んだことがない。容易に入手できる邦訳本が少ないからってこともあるからね。台湾版の『海上花』(フラワーズ・オブ・シャンハイ原作)も持っているんだけど、その元ネタが平凡社の中国文学全集から出ていたので、そっちを読んだほうが早かったし(苦笑)。
 原作が約50ページの短編ということもあってか、いくつかの短編も併録。いずれも初邦訳というのは嬉しい。翻訳されたのは中国近現代文学を専門となさっている元都立大教授の南雲智さん。台湾から出版されている張愛玲全集12巻の『惘然記』を底本としているらしい。
その他の短編もあわせ、読んだら感想書きますね。

 しかしなぜ集英社文庫から?と疑問に思っていたのだが、そーいえば中国現代文学つながりでは『山の郵便配達』が出ているし、李安さんつながりなら『ブロークバック・マウンテン』(E・アニー・プルー。実は未読アルよ)がここから出ていたんだっけ。

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『坂和的中国電影大観 SHOW-HEYシネマルーム5』坂和章平

 ワタシがこのblogを始めて、来年1月でちょうど4年になる。2004年1月から今まで書いてきた記事数は、長短合わせてこの記事で832本。単純に計算すれば1年に280本書いてきたことになる。来年末までに1000本行くかどうかは、今後のスケジュール次第だけど、いずれは今まで書いてきた映画についてのあれこれを何か形にしたいかなーとは思っている。
 このココログでは、blogで書いた数々の記事を1冊から単行本化してくれるココログ出版というサービスがある。もちろんタダでしてくれるわけじゃないから、それなりの出費も覚悟はするけどね。問題は誰に読んでもらおうかってことで…(苦笑)。うちの母には、「自費出版っていっても簡単には売れないことは知っているでしょ?」と言われましたよ。いや、売って儲けようって気はもちろんさらさらないんですよ。いろいろと心配はあるけど、来年カネとヒマに余裕が出た頃もっと考えてみます。

 そんな前書きはどうでもいいとして、久々に映画評論の本を読んだ。
 著者は都市及び住宅問題を専門となさっている大阪在住の弁護士、坂和章平さん。都市再開発と街づくりに関する著書を多く出され、実務にもおわれているであろう合間を縫って多くの映画を鑑賞し、新聞に映画評の連載を持ち、映画についての本を本書を含めすでに5冊出されているという、まさに“我很忙”な弁護士さん。
 そんな坂和さんが中国映画に“転んだ”のは2002年から大阪のシネ・ヌーヴォで開催された《中国映画の全貌2002-3》。これは現在大阪では大阪アジアン映画祭の一環として上映されており、東京では三百人劇場→ケイズシネマで上映されているあの《全貌》シリーズだけど、坂和さんののめり込みぶりを見れば、これってやっぱりすごい特集上映なんだな、と改めて思った次第。(ちなみにワタシの中国映画暦は池袋の旧文芸坐で上映されていた徳間書店主催の『中国映画祭』がスタートだが、その頃すでにイーモウもカイコーもビッグネームと化していたので彼らの作品は観られなかった)中国映画にグッと胸をつかまれ、さらに何度かの中国旅行の経験もあった彼はその後坂を転がる勢いで、大阪で上映された中国映画上映に足を運び、ついでに香港映画や台湾映画も観て、さらには中国に関連した日本映画やミュージカルまでも加えて合計66本の感想をこの本にまとめたとのこと。うーむ、恐るべしナニワのオッチャン弁護士。すごい仕事だ。

 この本はそれぞれテーマ別に分けて、初心者にもわかりやすい丁寧な解説に、彼自身の思い出をちょっと交えつつ独断と偏見で評論していったものだけど、まー、個人個人の映画に対する感想ってホントに十人十色だからね。みんながいいというものに異を唱えることも否定しないし、その逆もまた然りだからね。
 …ただ、ちょっと引っかかったのは、本人は前書きで「決して盲目的に『中国映画万歳!』と言っているわけではない」と言っているのにもかかわらず、どこかに中国映画を優先気味に観ちゃっているのではないか、と感じさせる部分がそこここにあることだ。それはやっぱり、香港映画や台湾映画の扱いに感じさせられる。ワタシはこれら三地域の映画を“中華電影”と呼んでいるし、昔からプレノンアッシュの飲茶倶楽部を始め、これらの映画を“中国語圏映画”とまとめてはいるけど、それぞれの個性の違いは政治的基盤も頭に入れて充分に区別している。それがあってワタシは香港映画を贔屓し、台湾映画や大陸映画の秀作も愛しているのだけど、それら三地域の映画をすべて“中国映画”とくくってしまったら、なんだか複雑な気分にさせられる。もっとも、一般的な人々は北京語も広東語も上海語もどうでもよくて、中国語をしゃべっていれば中国映画と認識してしまい(で、成龍さんが出ていれば香港映画)、もっと悲しいことにアジア人が日本語じゃない言語を話しているから韓国映画と勘違いされている事実だってある。ああ、話がずれていくな、閑話休題。

 中国映画を観に行くと、他の映画より観客の年齢層が高く、自分の両親より年上の方々が観に来ているとすぐわかる。それは坂和さんがおっしゃっているように、「ある世代のある監督によるある映画には、今の多くの日本人が失ったものを思い出させるもの」があり、それを求めて観に来ているんだよなってわかるんだけど、それならなぜ『単騎、千里を走る。』はコケたんだ?
 ともかく、今後に控える高齢化社会に関連しているかどうかはいいとして、ワタシはもっと広い年代の人々に“中華電影”を観てもらいたい。いまでこそ、シネコン時代でハリウッドの大味続編映画や有料テレビドラマや中身のない泣ける“純愛”を扱った邦画が我が物顔でお金を消費させているけど、そういう映画ばかりじゃ観客が育たないし、いつかソッポを向かれるに違いない。メジャーじゃない映画を観る前に映画に失望されるにはあまりにも残念だ。確かに今日中関係は感情的にソリがあわないと感じている人もいるけど、政治と芸術は別だし、日本のドラマやマンガだって香港や台湾で人気だし、中国の若者だって興味を持っている。また、『ディパーテッド』に満足した人には是非『無間道三部作』を観てほしいし、なぜオスカーを受賞したリメイクよりもオリジナルがいいといわれるのか、比較して考えてもらいたい。
 そんなことを考えながら、ワタシは観た映画の感想を今日も書きつづけている…、っていうのは今考えた後付けの理由(爆)。でも、これからは独断と偏見を入れつつも、読みやすく公平な視点をもって書いていくことを心がけなければね。って最後は本の感想でもなんでもないな。ホントにすみません。

 ところで、この本自体は3年前に出版されていて、それより前に4冊このシリーズが出ているということになるのだが、坂和さんのサイトを見に行ったら、あれから巻を重ねて今や第14弾までいっているとのこと。

…やはり恐るべし!ナニワのオッチャン弁護士。

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『倒数第2個女朋友』王文華

『倒数第2個女朋友』王文華
 3年前の台湾旅行で買ったこの本、今頃になって読んでます(苦笑)。

 ちょうど3年前の今頃読んだ『蛋白質ガール』の王文華の長編小説。もちろんまだ邦訳はされていない…はず(自信なし)。
 「ワタシはいつも誰かの『最後から2番目の女』なのよね」と呟くのは、主人公の一人、28歳の周[王其](キキ)。自分が付き合って別れた男は、自分の後に付き合った女性と結ばれてしまうという意味。彼女の他、20歳になったばかりの安安と32歳のGraceも同じ境遇に見舞われている。そんな彼女たちがどうやって“最後の恋人”になろうとするかを描き、その彼女たちが付き合う男たちも交えた6人の群像劇。

 いま参加している中国語教室が自由課題にシフトし、教室のある日にそれぞれ好きな課題を持ち寄っているのだけど、それならば自分が楽しんでできる課題がいいよなと思ったところ、この本が読みかけだったのを思い出したもんで。
 仕事の合間や一人でお茶を飲みに行ったときに開き、電子辞書片手にゆるゆるーと調べて、1日1ページの手帳に調べた単語などを書きつける毎日。

 しかし、『蛋白質』でもそうだったんだけど、結構固有名詞が多い。サミーの歌みたいに中華ものだったらなんとかなるんだけど、問題は西洋系の固有名詞。ウィル・スミスの《絶地戦警2》を観に行きたい、という文があって、何の映画?と首をひねった。『メン・イン・ブラック2』か『バッドボーイズ2バッド』かどっちかだと思うんだけど、多分後者だろう。(MIBは面白かったけど、いわゆるB-BOY系映画は興味なしだからわからんのよ。)

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『楊貴妃になりたかった男たち』武田雅哉

 香港映画を観始めていた頃によく感じていた疑問がある。
「なんで香港映画のヒロインは男装が好きなのか?」
 例えば『笑傲江湖』の東方不敗(ガンダムシリーズの敵キャラに非ず、念のため)。例えば『金枝玉葉』2部作のウィン。例えば古惑仔シリーズ&『ポートランド・ストリート・ブルース』でサンドラ・ン姐さんが演じた十三妹。例えば『トワイライト・ランデブー』でチャーリー・ヤンが演じていた旅芸人の女の子。そして同じくチャーリーが『バタフライ・ラヴァーズ』で演じた、中国文学史上最も有名な男装の麗人、祝英台。
 その反対も然りである。男優たちの女装だって多い。例えば、『キング・オブ・ギャンブラー』でのトニーの乳母エリックとっつぁん、『kitchen/キッチン』でロー・カーインが印象的に演じた元男のエマ姐さん。まーこれは物語の進行上必然的なんだが、それ以外に「意味あんのか?」ってくらい女装しまくっていた男優たちがいたような気がする。例えば『暗戦』でのアンディ先生。ファムブランドもジャストサイズで着こなせそうなスタイルだけど、顔だけは…って迷の皆さんすんません(謝)。
 …えーと、でもトニーも似合わない女装やった経験あるんだよね。『鹿鼎記』あたりで。あと『月夜の願い』で家輝さん(有名なのは『大英雄』の女装)と胸に風船を入れたメイドに扮してカリーナんちに潜入したりしてたよね?

 なぜ、香港映画のヒロインは男装するのか?
 あと、なぜむくつけき野郎どもは女装したがるのか?
そんな疑問にヒントを与えてくれたの(か?)は、一見ヤバそうな(?)ネタを面白く分析して意外な拾い物になった『〈鬼子(グイヅ)〉たちの肖像』の武田雅哉先生だった。



 「中国人は、とにかく『四大』が大好きである。」という一文から始まり、その中国人が愛する「四大美女」とそれらの美女を男性が演じることでも御馴染、京劇の「四大名旦」がまず紹介される。その中にはもちろん、現在リヨン先生ご出演で撮影が進んでいる梅蘭芳も写真入りで紹介されている。彼の写真を見て、「ああ、やっぱりよんとは違うよなー…」って思ったもんなんだけど、それはまた別の話。
 そんな始まりから、京劇の名旦じゃないのに、なぜか女装に命をかけ、身も心も捧げてしまった多くの男たちと、男たちに恐れられながらも自己実現のために男装した女たち、中国語で言うところの“服妖(異装の怪物)”の生き方を、文学作品と『鬼子』でも紹介された近代中国版東スポこと『点石斎画報』等から分析(という名のツッコミ?)していく本である。
 男装の麗人といえば、先に挙げた祝英台とディズニーアニメのヒロインにもなった花木蘭。祝英台は文人として、花木蘭は武人として男装するという目的の違いがはっきりしている。これは後に続く流れを作っているといえるかな。
 でも面白いのはなんといっても女装する男性たちの話。その目的も様々で、なるほど!と膝を叩きたくなるものから、いっぺん頭はたいたる!と言いたくなるほどトホホーな理由もある。とにかく読んでて笑いが止まらない。纏足での歩き方を再現するために専用道具まで作ったなんて、涙ぐましいじゃないか(笑)。
 さらに面白いのは、女装・男装に飽き足らず?性転換した人々の記録まで残っていること。これは今でいうならばインターセクシュアルな人々にあたるのかなーと思うんだけど、その記録の中には明らかにフィクションか呪いにでもかかってんじゃないか?『らんま1/2』かよ、といいたくなるものも多少ある。もしかして高橋留美子さんって、中国のこのへんの記録をどっかで拾い読みしてらんまの基本設定を作ったんじゃ…ってことは絶対ないな。
 最終章近くには、近代以降の中国&香港での女装事情が紹介されている。ここでは香港映画で女装する男優たちはホントに軽い程度でしか紹介されてないけど(当然といえば当然?)、この本を通して読むと、彼らが女装する理由はなんとなくわかるような…気もしないか?これは今後も考えます(爆)。
 でも、周恩来が学生演劇で旦を演じていて、しかも結構見られる姿だったってーのは意外だわ。と、しばしその御姿に見入った次第アルよ。

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『我が名はエリザベス』入江曜子

  ベルナルド・ベルトルッチが『ラストエンペラー』を作ってオスカーを得たのは、考えれば20年くらい前だったっけ?ちょうどその頃、ワタシも中国語を学び始めたのだが、学ぼうと思ったきっかけは、決してこの映画を観たからというわけではない。ジョン・ローンも好きじゃなかったしね(笑)。
20年くらい前はちょうど中国ブームが来ていて、経済の急速な発展とその勢いが世界中に注目され始めた頃で、これからはアメリカじゃなくて中国が来る!と言われていたような気がする。そんなことがあったり、当時読んでいた本やマンガに中国をモチーフにしたものがあったり(何だかはあえて言わぬが)したので、こちらも自然と中国に興味を持った次第。それでも『ラストエンペラー』を観たいとは思わなかったのよね。結局件の映画をビデオで観たのは大学生の頃で、ジョン・ローン演じる溥儀やジョアン・チェン演じる婉容が中国語ではなくて、ピーター・オトゥールと同じくらい(と当時は思った)流暢な英語を話していたのに、大いにガッカリした次第。

 その映画が日本でブームになった頃、これに乗じていろんな映画や本が登場していたことを思い出す。西洋的視点で描いたことに対抗して、その数年前に中国で作られた梁家輝主演の『火龍・ラストエンペラー』が公開されたり(残念ながら未見)、婉容を主人公にした『運命の貴妃』とかいう映画も大学の授業で観た覚えがある。主演は確か劉暁慶だったっけかなー。書籍でも、溥儀の自伝として有名な『我的前半生(我が半生)』やその周辺書、あるいは完全に便乗したような本も多かった。さすがブームに弱い日本だよね、ハハハ。でも、その頃ワタシは全然読む気にもなれなかったのだ。
 その頃出版され、3年前にやっと文庫化されたのが、この『我が名はエリザベス』だった。職場イベントの古本市に出品されていたので、ちょっと興味を持って売上貢献した次第(笑)。

 清朝末期の天津で西洋文明の恩恵を浴びて育った少女、婉容。民国初期の中国では充分に進んだ考えを持つ彼女が、なぜすでに終わった時代の象徴のような溥儀のもとに嫁いだのか。建前としては、殿下を西洋文化に触れさせたいから、奥方は西洋的な教養を身につけている方がふさわしいというものだったらしい。しかし、これは完全なる政略結婚であり、宮廷に嫁いだ婉容がふれるのはあまりにも前時代的なしきたりに第2夫人淑妃との確執、そして溥儀の秘められた性的嗜好に愕然となるのであった…。やがて彼らは紫禁城を明渡すことになり、日中戦争の混乱に巻き込まれていく。溥儀が満州国の皇帝となっていらい、婉容の存在は闇に封じられ、自室幽閉や阿片中毒などの苦難が彼女を襲う。離婚したいと願っても、それは決してかなえられず、日本軍による傀儡政権が彼女の虚像を作り上げる…。

 溥儀の性嗜好ってーのは実は少年愛嗜好なんだが、特に驚かなかったと同時に、映画ではそーゆー場面全然なかったよな?もっともオトゥールさん演じた家庭教師ジョンストンさんとはどこかホモソーシャルっぽいつながりを匂わされていなかったっけなー、なんて漠然と覚えている程度だけど、これは真実なの?有名な事実?
まぁ、知ったからって詳しく調べようとするつもりもないのでいいんだけど(投げやりだなー)。まーなー、年頃の女性にとっちゃ、自分の夫がBL愛好者だと知ったら確かにショックだな。ルイ16世(彼もフランスの“最後の国王”か)みたいな内気で錠前作りが大好きなオタク気味キャラだったらまだ救いがいがあったのだろうけど。…ってこれはあまりにも『ベルばら』的認識?

 物語では、婉容が溥儀や彼の臣下、さらには日本の傀儡政権に対する不満等を交えながら、それでも悲劇の縁へと追い込まれてしまう様を語っているのだけど…、うーん、さすがのワタシでも、どうも感情移入はできなかったな。
 それはやっぱり、かの映画でジョアンさんが熱演した婉容のエキセントリックさにひかれすぎていたのもあるし、やっぱりこの時代があまり好きになれないこともあって、のめりこめなかったのかもしれない。
 とか言っているけど、そーいえば『色、戒』の時代とこの時代ってちょっとかぶるんだよね。ただ、場所が違えば起こっていることも全く違うってことか。
 そんなとりとめのないことを思いながら、感想を終えたいと思う。
なんか全体的にやる気のない感想ですが、素直に書いております、はい。

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『40 LIVES in 香港 素敵なひとに会いにいく!』

 先週あたりからあちこちで話題になっていたこの本、早速あーまーぞぉーんで購入して読了。この手の本、香港ブームが過ぎ去ってから久しく出ていなかったよね。

 ヘビーヴィジターと若手さん、二人のエディターが香港を訪れ、有名無名の40人にインタビューしまくって現在の香港を浮き上がらせ、かつガイドも兼ねているという異色のインタビュー本というかガイド。しかしよくこんな企画通ったなー、と思ったら、発行社は香港ブームのころによく本を出していたアスキーさんではないですか。おまけに奥付を見たら、お久しぶりです、香港在住の通訳兼ライターの内田和世さんがコーディネイトが務めていましたので、まずは確実に信頼できる本だなと思った次第(あー、それでもライターさんのちょっと怪しい認識もあったけど、まー目をつぶってオッケイなところか)。
 映画関係ではイーキンと陳光榮さんが登場。イーキン、わかってはいたけどえらく髪が短くなっちゃったよなぁ…。日焼けして精悍な印象を受けたけど、ワタシも髪は長めが好みだなぁ。コンフォートさんのインタビューは珍しいので、しっかり読みましたよ。ホントにお忙しい人なのね。日本で知られている人では、フィギュアアーティストのエリック・ソーも登場。個人的に嬉しいのは、この冬の旅行で訪れた2つのお店-レニー・ケイと年華時装公司のテイラー梁さんが登場していたこと。
 あと、新界に住むフツーのご家族や中環のOLさんなどのパンピーな方のインタビューもよい。そっか、今人気のある香港明星はやっぱり彦祖と古天楽なのか。期待の新人なんて言ってられんぞ日本の広告会社よ(苦笑)。

 全体的には良心的な作りで、読んでいて楽しかったです。
 インタビューで訪れたお店のデータも載っていてよいけど、結構ディープなところも多くないかぁ?ま、行ってみてもいいと思ったところばかりだし、銅鑼湾のブティックホテル、ランソンプレイスは金があったら泊まってみたいかな。

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『〈鬼子(グイヅ)〉たちの肖像』武田雅哉

 実はワタシが未だに『マッスルモンク』を観られないのは、セシリア演じるヒロインに日本兵の亡霊がとりついているだかなんだかという設定があることにもある。また、リンチェイと金城くんの『冒険王』では、日本軍が敵役として登場し、ラストで日本の敗戦が未来像として、おそらく米軍が記録したのであろう敗戦直後の焼け跡の中での日本人の姿が映される。それを観た時に心が痛くなってしまい、やっぱり香港人はかつて一時的に日本に占領されたことがあるから、実は日本に恨みを抱いているのだろうかなんて考えてしまったのだ。
 もっとも香港映画での、特に戦前・戦中期を舞台にした作品での日本軍の扱いは、ハリウッドでのナチス・ドイツ軍と同じようなものだといわれているから、思い入れはそれ以上でもそれ以下でもないのかもしれない。日本の戦争映画ではひたすら己の内面を描き、敵を描かずに終わるから、そういうものに慣れていないってのもあるし、実際自分もイーストウッドの硫黄島二部作を観て、今までの戦争者への偏見をなくしたから、違和感を抱いたり悲しく思ったのは仕方がないのかもしれない。

 しかし、中国映画では違う。戦時中を舞台にした映画では、日本軍は徹底的に憎むべきとして描かれる。張藝謀の監督デビュー作『赤いコーリャン』でもクライマックスに日本軍が酒屋を襲うシーンを入れているし、彼が撮影を担当した『一人と八人』も抗日戦争の話だから、悪役日本兵が登場する。このへんの作品を観ると凹むのだが、中国当局から、映画における日本兵をひたすら残虐な殺人鬼として描くように指示されるという。その証拠に『覇王別姫』で登場した芸術を愛する日本軍将校や、『鬼が来た!』で香川照之が演じた日本兵との人間くさい触れ合いなんかは非難されて、後者では姜文さんに7年間の映画活動を禁じたってくらいだ。でもその後彼は役者としては活動できたから、映画制作の禁止って意味だよな?…それで今年やっと新作をヴェネチアに出品できるのか。
 それはともかく、2年前に大々的に報道された反日デモやアジアカップの際の暴動で、多くのパンピー日本人の間に「中国はイヤな国だ」というイメージがすっかり染み付いてしまい、その影響は今にも及んでいるんじゃないのだろうか。ここ最近じゃアメリカ当の報道から始まった中国製品の「毒」騒動なんかもそうで、ただでさえプロパガンダな中国報道を真に受け、それよりも大げさに日本国内で報道されたことで、なんとなく「中国製品はすべて毒」なんて思いこみがついちゃっているんじゃないの?いや、別にアタシは中国の肩を持つわけじゃないけど、マスコミやネットの情報に踊らされるのは愚かだよなーって思っちゃうもんで。ワタシの住んでいるところなんて田舎だから、中国語を学んでいることや中華芸能が好きなんていうとものすごく物好き扱いされるし、数年前に外国人窃盗団が地方を襲っていた時期には、なぜかアタシに「日本で一番犯罪が多いガイジンって中国から来てるんだってねー」なんていう輩がいて、だから何なんだ?たって気もしたんだが、異端扱いされてしまうのはしょうがないと思う。それでも韓流と一緒くたにされると悔しいのだが、それはまた別の話として。



なんだかますます前置きが長くなってきて申し訳ないけど、この本では、日本人を〈鬼子〉と呼ぶ中国人は、これまで当の我々をどう見てきたのか-というのを清朝末期に発行された絵入り新聞『点石斎画報』の日本人についての記録を手がかりに追っていくものである。この新聞、もともとはイギリス人によって発行されたものの、中国人向けのメディアであるので、当然執筆は中国人である。それゆえに日本人の描き方に違和感があるんだけど、それは同時期(江戸末期~明治初期)の日本が画報で描いたガイジン-特に西洋人の姿に通じるものがあると考えればなんとなく受け入れやすいような。
 ここに書かれる日本人ネタの面白いこと。もちろん「それってどーよ」とつっこみたくなるネタも多少あるけど、この『点石斎画報』、ノリとしては東スポというか、現代風にメディアを変えれば、某『○界ま○見え!』に通じる世界ビックリニュース的な扱いで見られているのである。なーんだ、時と場所が変わっても、人はビックリネタが好きなんじゃないか!って思うと、思わず大笑いしてしまう。
 しかし、ふと思った。中国側が日本軍のことを非難する時によく「日本鬼子は無抵抗の人々を殺し、妊婦の腹を引き裂いて胎児を引き出し、殺戮をほしいままにした」と言うけど、そういえばその描写は『三国志』や『史記』などの日本語訳を読んでも普通にでてくることであるということ。いや、だからと言って別に中国人が残虐だってわけじゃなくて、冷静に考えれば中国文学の描写は過大な比喩表現に満ちているから、殺した野が事実としてもそんなに残虐じゃないだろうと一歩引いた見方をしなければいけないのかもしれない。
 戦争で犠牲になるのはいつでもどこでも名もなき人々であるし、中国でも日本でも罪のない人が戦争のせいで殺されている。いくら負けても命があれば生きられるのに、自決を強要するまで死ぬのもやはり愚かなことだ。靖国神社の戦犯合祀とか従軍慰安婦問題やらでまだまだ先の戦争のことが尾を引いていたり、憲法改正問題で日本も軍隊をとかなんやらと、この夏もまだまだ戦争に繋がる問題を考えさせられたものだが、なんのかの言っても悪いのは現在の国とか昔を知らない人間などじゃなくて、戦争が一番悪いんだとしかいいようがないし、それを起こそうとする暴力もいやだ。だからワタシは反戦主義なのだ自分のサイトのトップページで掲げているのである。

 …なんだか妙に熱くなってしまって、自分もまだまだ青いなー。たまたま読んだ時期が今だったこともあって、ついついシリアスに考えすぎちゃったんだけど、それを抜きにしてもかなり興味深い本ですよ。著者の武田雅哉さんは北大(もちろん北海道大学)大学院で中国文学を教えている方だそうですが、著書には図像から中国に迫るというものが多く、近著の『楊貴妃になりたかった男たち』もちらっと読んだ限りではかなり面白そうざんす。これも読んだら感想書きますね。 


 …しかし、相変わらずまとまりのない感想で申し訳ない。今日の記事には多少政治的に感じられる言葉があるかもしれないけど、そのへんに関するツッコミや横道誘導はこのblogではできませんので、まぁこんなことかと流しておいて下さいまし。

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『珍妃の井戸』浅田次郎

 帰省中の新幹線と、横浜行きの電車の中で、浅田次郎の『珍妃の井戸』を読了。すいすい読めたので嬉しかったわ。 

 義和団事件から2年経ち、列強諸国が入り込んだ清朝末期の北京。その混乱のさなか、光緒帝に寵愛された美姫、珍妃が非業の死を遂げた。彼女は誰かに殺されたに違いない…。謎の中国女性からその噂を聞きつけた英国海軍提督ソールズベリーは、ドイツのシュミット大佐、ロシアのペトロヴィッチ公爵、日本の松平忠永教授とともに珍妃殺人事件の捜査に乗り出す。NYタイムズ記者に始まり、珍妃に係わりのあった人々-光緒帝の側近だった宦官の蘭琴、袁世凱将軍、珍妃の姉で同じく光緒帝の側室だった瑾妃、彼女に仕えている宦官の劉蓮焦、そして帝位を剥奪された満洲皇族の溥儁の証言を次々ととっていくソールズベリーたち。しかし、誰の証言も見事に食い違い、真相はますます藪の中に入っていく。それならば彼女に一番近い者の発言に真実があるのでは、と気づいた4人は、西太后の手で幽閉された光緒帝に会いに行くことにする…!

 今評判になっている邦画『キサラギ』のような倒叙もの(実は傷城もミステリ的にはこのジャンル)の形をとり、しかも関係者の証言がみな食い違うのはご存知『藪の中』からかの『英雄』でもお馴染な方式。このような推理小説スタイルで書かれるのは、光緒帝の愛妾・珍妃の死の真相。中国史の通説では、彼女は西太后に殺されたことになっていて、中国関係の人々(中国人に限らず)の間では常識ともいえることらしい。しかし、その定説にあえて異を唱え、真相ははっきりさせなかったとはいえ、ある事件を複数の視点で見ることから、定説とは違う物語を浮かび上がらせるストーリーテリングはうまい。

 日本人の書く中華小説といえば、北方謙三氏の『水滸伝』や田中芳樹氏の明代までを舞台にした小説(ごめん、両方とも読んでない)、武田泰淳の『十三妹』くらいしか思いつかず、どうも馴染み深くなかったこともあるんだけど、『ラストエンペラー』などのイメージもあるので、浅田氏の中華小説はイメージがしやすいし、実際面白く読めた。
 あと、彼の小説では、いわゆる歴史上の悪役に光をあてていることもあり、そのへんにおいても興味深いものがある。『蒼穹』では稀代の悪女といわれる西太后を人間くさいおばさんとして描き、昔の映画にあった“側室の手足を切って生きたまま酒樽に漬ける”なんて残虐なイメージを吹っ飛ばしてしまったものだっけ。ここでは、各人の証言によって説明される人物像が重層的に描かれ、例えばある者が瑾妃を犯人と呼び、その残虐非道さを語れば、別の者はそれをまるっきり否定するといった具合。これは先に書いたように、歴史的事実を複数の視点から見ることで、新たな真実を知ることと同じ。ここでは袁世凱の意外さが見えて面白い。各登場人物への個人的評価はとりあえずおいといても、こういう見方も悪くないよね。 

 浅田次郎の中華小説といえば、なんといっても『蒼穹の昴』。これは10年くらい前に読んでいて、レスリー&家輝主演で映画化なんてどーだろう?なんて思ったことがあったりする。あ、思っただけですので、念のため。この小説の主人公、若き宦官の春児こと李春雲と、彼の義兄弟である蘭琴も続けて登場。これを読んだら、読み返したくなったのはいうまでもない。

 そして現在刊行中の『中原の虹』。これは清朝滅亡を描いているとのことで、完結したら読みたいかも。

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『山の郵便配達』彭 見明

 我愛的中国電影之一是『那山 那人 那狗(山の郵便配達)』。
 最近我知道這本書文庫出版了。…変な中国語で申し訳ない。

 文庫の帯に曰く、「(前略)全国に感動が広がった中国映画の原作がついに文庫化。高校現代文教科書に採用された名作
 …知らなかった。高校教科書に採用されていたなんて!
 どこの教科書?と疑問に思い、「山の郵便配達 高校 現代文」でググッたら、筑摩書房の「精選 現代文」に収録されていたのを発見。ちなみに検索結果では、実際にこの小説を教材に使った全国の高校数校の指導シラバスファイルも引っかかって、うわーシラバス公開してるのねと驚く。いやー、高校現代文で扱われる中国文学なんて魯迅の『藤野先生』くらいだろーなんて思っていたけど、今やよしもとばななや村上春樹が掲載される時代だから進んでいるのね(当たり前だろう)。

 前置きはこのへんにしておいて、短編集であるこの小説の感想を各作品ごとにちょこちょこと。
 『山の郵便配達』。文章を読むと頭に浮かぶのは当然、郵便配達のお父さんと息子のリウイエくんの姿(笑)。映画に出てきた美人の女の子はオリジナルキャラクターと聞いていたんだけど、小説にも「赤い服の少女」というのが出てきている。…あ、でも、その少女はお父さんのお気に入りで、息子の嫁になってもらいたいと思っているというから違うか。映画の女の子は息子が自然とひかれる存在だったし。オリジナルといえば犬の「次男坊」も、原作では名無しの犬。しかし、犬視点で物語が語られるくだりもあるのは面白い。これは映像じゃわかりにくいものね。
 山の男の仕事を描いたのが『郵便配達』なら、次の『沢国』は湖で漁をする女たちを描いた物語。情景描写や言葉が美しい。日本語でもそう感じるんだから、原文はもっときれいなんだろうな。
 『南を避ける』は南の広東に憧れている愛娘をなんとかして行かせまいとあれこれかくさくする老父・老田の話。広州に行って働いたこの村の若い女は過労やなんやらで気がふれて帰ってきたり失踪して怪死をとげたりする、と説明されるくだりはかなりブラックだけど、工場の過重労働と人権無視の話は聞いたことがあるので、結構背筋が寒くなってしまう。また、老田が知り合いの任子牛の会社に行き、街のキャバクラ(!)で接待を受けるくだりには、著者の日本人イメージを中国人に反映した云々と述べられた解説の解釈よりも、やっぱり拝金主義のオッサンってこーゆーことやるんだな、って気分であきれたのであった。
 『過ぎし日は語らず』は豊かに育った主人公が、老いた師匠との日々を回顧する物語。舞台こそ中華人民共和国初期だけど、師弟関係は古代のそれとあまり変わらない印象。
 『愛情』は30歳独身の鉄道員と、感情が高ぶると心臓が止まって死んでしまうといわれる不治の病を持つ同年齢の女性の、「そんなバカな!」といいたくなる展開の恋物語。でも、ラストへのもっていき方はよかった。恋愛もの嫌いのアタシでさえ「ううっ」ときちゃったもんで。
 最後の『振り返ってみれば』は元カノの変貌に、もしかして娼婦でもやって稼いで行くのか?と怪訝に思う男が痛い目に合わされる話。これまた、現代中国への皮肉が込められた話。

 これらの物語は全て、作者の故郷である湖南省を舞台にしているらしく、表題作以外は、90年代に書かれた作品だとか。普通中国というと、どうしても北京や上海、またはチベットやウイグルなどの少数民族自治区を思い浮かべてしまうけど、この短編集で書かれている、古き生活と近代化が混在した姿が、案外今の中国を表わしているんじゃないかな、などと読み終わって考えてみた。

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『傷だらけの男たち』鹿野貴司ノベライゼーション

 あれから2日、昨日の総会が終わってから疲れでぶっ倒れ、10時間寝ても頭痛と肩こりと腰痛が抜けず、薬の世話になってうだうだしながら1日過ごし、夕方に4回目鑑賞した今、なんとか復活しました。今夜しっかり寝れば復調するかな。
 体調の復活とともに気力も出てきたので、やっと落ち着いてネットサーフィンできるようになりました。同好の士の皆様やネットニュースの来日レポートも心落ち着けて読めましたよ(^o^)。下の記事のフォトギャラリーをニコニコしながら眺めてました(笑)。

トニー・レオン緊急来日。中越沖地震被災者へメッセージも : 映画ニュース - 映画のことならeiga.com.

 そんなわけでトニー先生がバタバタとやってきて、六本木でお寿司でも食っていたであろう夜、とーほぐの田舎もんトニー迷もとはしは自宅で『傷城』ノベライズを一気読みしたのであった。

 著者の鹿野貴司さんは金城くんより一つ下(それじゃアタシより年下か!)で、フリーライター兼写真家だそーです。

(以下ノベライズ完全ネタバレで書きます。これから読む人は読まないようにお願いします)

 プロローグはいきなり周&文叔殺害場面(@_@)。劇中にはなかったチョイがマジメに捜査している場面を経て本編へ。そしたらいきなり建邦が一人称で語る語る。う、もしかしたらこの物語完全に建邦視点で描くのかよ、てーことはまるっきり正煕の心理描写が…、

 ないどころか完全悪役になっているよ、正煕

 しかも本編では単なるこの恨み晴らさておくものか状態でストーカーしていた黎を仲間に引き入れているし!
 さらにクライマックスで建邦ったら淑珍の「アナタはワタシを殺そうとしたのね」を立ち聞きしているし!
 そ、そりゃねーぜ鹿野さん…(泣)。

 しかし、この映画のトニーの演技に関しては、東京新聞で「レオンが底深く、怨念こもる陰険な悪役ぶり」(ソースはeiga.comのマスコミ注目度ランキングから)とか、最近目にした岩手日報(多分共同通信配信。好意的な記事で嬉しかったわー)でも「残忍さを秘めた」云々と書かれていて、そうかなー?ワタシは“悲しき復讐鬼”の彼だけど、そこまで非情なヤツではないんじゃん?なーんて思っているんだけど、それは単なる迷の贔屓目ってヤツ?
 ははははは、復活しても相変わらずな自分だな。どーか笑ってちょーだいよ。

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傷城ノベライズ、まだ見つけていません。

 昨日『傷城』3回目鑑賞をしてきました(^_^)。
 日曜の昼だったこともあり、お客さんの入りはまぁまぁ。カップル鑑賞が多かったかな。チャッピーのお笑い場面(バーで目を覚ます場面&署で「オマエら早く仕事しろよー!」と急かす場面)で珍しくクスクス笑いが起こって心なごまされたんだけど(笑)、もしかして観客さんにチャッピー好きの方がいたのか?
 さすがに3回観ると以前の感想でかなり勘違いしているところをいくつか見つけた次第。チョイさんが浮気がばれそうと心配して電話をかけていたのがオーストラリアに移住している本妻さん(だからこっちをクリスタルで脳内キャスティングすべき)だったとか、火事で焼け出された後の食事シーンは、正煕がスープを手作りしていたんじゃなくて、単にケータリングを温めなおして薬を盛っていただけだと知り、さらにみんなで食事していたその部屋はあのマンダリンオリエンタルのスイートと気づいてうらやましく思ったとか。

 

 ところで、サイドバーにも挙げているこの傷城ノベライズ。この連休で探したんだけどありません(泣)。しかしこれ、日本人ライターさんによる書き下ろしだったんですね。やたらと見つかった『夜宴』ノベライズは中国版の翻訳だったのに。そういえば香港でも写真集だけしか見つけられなかったもんな。
 ええ、オンラインブックストアの力を借りることにしませう。

 しかし、無間道三部作もノベライズの翻訳出してほしかったような。ハヤカワ文庫あたりで出すとちょうどいい感じだったんだけどねー。

ところで日本人による香港映画ノベライゼーションといえば、『メイド・イン・ホンコン』と『花様年華』を持っています(昔の作品なので画像が出せない…)。ノベライズを担当された方は両方とも同じ方なんですが、案の定というかなんというか、最近は大韓電影のノベライズを担当されているようです。

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『私の家は山の向こう テレサ・テン十年目の真実』有田芳生

 先の記事「読んでいない!スマン!」と叫んだのを恥に思い、早速文庫版を買ってきました、ハイ。

 有田芳生さんと言えば、オウム真理教や統一教会などのカルト団体批判で有名な方だけど、連日TVでオウム報道が展開されていた頃、ワイドショーに彼が出演すると、その番組で取り上げられたオウム以外の事件やゴシップにも必ず丁寧なコメントをつけられていたので、毎日殺人的なスケジュールに追われていてオウム以外のネタが追えなさそうな