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寶島浪漫逃亡錄(その3・台北編)

 3月28日夜9時50分頃、無事に台北到着。
 今回のホテルは西門町にある儷夏商旅西寧館(西門町ムジークホテル西寧ブランチ)。駅を出る前に、予めgoogleマップで行き先を調べ、最短距離で行くように心がけたのが…目的地についたのに、ホテルがどこだかわからない!実はこのホテル、西寧南路の雑居ビルの3階にあり、さらに日本のツアーでよく泊まる伊楽園(旧一楽園)大飯店(パラダイスホテル)の隣というかなりいいロケーションなのに、看板が全然目に入らず、30分ほど夜の漢口街をウロウロしてしまったのだ。あーもう馬鹿だわ自分。挙句の果てに姉妹館の西門館まで歩いて行き、ちゃんとした地図をもらったことで、やっと辿りつけた。うう、予定では10時までには着いて、漢口街で小吃でも食べて腹を満たすつもりだったのに…(泣)。
 すっかりやさぐれたので、着いたら荷物を解いて、さっさと寝たのであった。

 3月29日日曜日。快晴。
 商旅は朝食のないホテルなので、早餐は外に食べに行く。前日のうちに見つけた「西門町十大早餐」のページに紹介されていた標点符號創意早午餐が近かったので、歩いて行ってこのコンマセット(写真)をいただく。

 この日は弟が出てくる日。二人で歩くとずーっとあれこれ話してばかりになるので、一日カフェめぐりすると決めておいて、『台北カフェ・ストーリー』のロケセットを利用して作られた朶兒珈琲館と、魏徳聖がプロデュースし、彼の作品のデザインを手がけた事務所が経営する特有種商行に行くことにした。

 9時にバスターミナル前の新光三越で待ち合わせ、持ち寄った荷物を交換して地下鉄で松山空港に向かう。空港のすぐ近くにある富錦街の一角に店を構えているのだが、ここが実にオサレな住宅街。天気はよく、街の端っこにあった家庭菜園の野菜もいい具合に育っていた。

 実はこの日が最終営業日だった朶兒珈琲館。クロージングイベントの準備もされていて、飲み物を頼めばサービスでブラウニー(マフィンと選択できた)がついてきた。ただし、席はオールスタンディング。多くのお客さんでごった返す中、なんとか席を確保して、店内の写真を撮った。

 この店の存在を知ったのは、実は日本公開時。4年前に劇場で観てから、その後二度渡台しているのだが、マチナカだしいつでも行けるかなとずっと後回しにしていた。だけどfbで「3月29日結業(閉店)」とあって、これはもう意地でも行かねばと弟を誘って行ったのであった。

 さすがに劇中の店主グイ・ルンメイはいなかったけど、店員さんはみんな可愛い女子(&男子)だった。「可愛いよなー。ここ絶対顔で店員選んでるぜ」とか言われたのには笑ったわ。
 椅子なしのカフェに長居するのもなんなので、1時間位いて移動。空港駅から地下鉄で忠孝復興へ向かい、東区にある特有種商行へ。
 店構えこそオサレカフェだけど、店先に映画の小道具として使われた日本統治時代のホーロー看板や嘉義農林応援団旗、アキラが愛用していた古書店の配達用自転車があったので、一目見てわかったのが嬉しい。さすが美術デザイン事務所。時々小道具の販売も行われているらしい。
 ちょうどお昼時だったので、写真の叉焼飯を注文。

 店員さん(上松くんを演じた鐘硯誠くんもここで働いているそうだ)はKANO特製べースボールシャツを着用。このシャツは販売もされていて、昨年夏にKANOナイン&馬監督が甲子園を訪問していた時着ていたロゴ入り黒Tシャツ、『セデック・バレ』の虹の橋伝承をモチーフにしたシャツ(何種類かあって、そのうちの1着を弟が購入。この記事に写真あり)など、グッズ類が充実。ここで日本未発売の永瀬正敏KANO写真集『This Moment』も購入。

 また、グッズとともに充実しているのが『海角七号』からの日台三部作の製作資料の公開。霧社事件当時の日本語新聞は原住民研究をしている弟も感心していたけど(ちなみに彼はセデックもKANO も未見。特に前者はセデック族の知人がいるのと、研究者の意地もあって観ないとか言ってたがそれはどこまで本気なのかよ)これだけの資料も実はほんの一部なんだろうし、それを思い切って公開できる太っ腹さが、さすが魏さんの若き巨匠たる由縁だなーってことで感心していた。え、棒読みじゃないよ、素直に褒めてるよ(苦笑)
 昨年末にオープンしたばかりのこのお店、居心地もいいのでこれから台北に行かれる方にはオススメしてます。ただし、月曜が休みなのでご注意を。
 その後は永康街まで歩いて雅緻人生へ。ここはチャイナドレスやブラウスを扱っているブティック。久々にブラウスを買ってしまったのでした。

 そうこうしているうちに夕方になり、三越の地下に入っている春水堂でお茶してから弟は帰路へ。ワタシは商旅へ戻り、西門町で晩餐を買い出し。麺線・水煎包・豆花と好きなモノばかり買って商旅へ持ち帰ってきたのだった。

 3月30日月曜日、晴れ。
 この日は、今までなぜか足を運べなかった場所へ行こうというわけで、初めて迪化街へ行った。
 その前に早餐。台北國軍英雄館の100元素食。

 うーむ、素食はできたてじゃないと口には合わないかなあ。いや、決して嫌いじゃないのだけど、物足りなかったのでついつい帰りに水煎包を買っちゃったのだった。

 今まで迪化街に行ったことがなかった理由はいろいろあって、日本のガイドブックに載ってるからってのも当然あるんだけど、駅から遠いからってのが一番の理由。まあ、それでも頑張って歩きましたわ。

 大稻埕は最近注目を集めている場所だけど、時間切れで散策できず。これは埠頭の親子像。

 なぜか香港を思い出す乾物やマンゴーにもひかれたけど、今回の目的は永楽商場。布地の問屋街に行って花布の端布を購入。30センチ四方で一枚20元。

普段布小物など作らないワタシですが、これをどうしたかというと、

文庫本の布装幀(ルリユールといいます)に使い、何冊かブックイベントで販売しました。
 
午前中いっぱいかけて迪化街を散策し、歩いて中山まで戻った後、バスに乗って建国北路へ。午餐は澎湖料理のお店「平湖海鮮料理」のウニオムレツ(380元)。

 実はこのお店、この春からBSで再放送が始まっている連続テレビ小説『あまちゃん』のアジア各国での放映について紹介した特番『アジアじぇじぇじぇ紀行』にて取り上げられていて、たまたま出発前に観ていたのでこらあ行ぐしかねえべな、てなわけで足を運んだのであった。

 まあ、普段屋台やカフェで安上がりなものばっかり食べているので、380元は思わず「高っ!('jjj')/」となってしまったが、それでもおいしくなかったわけではない(笑)。ご飯も別料金で注文し、泡菜とデザートもサービスでついてくるから、満足満足。まあお店は普通のレストランだから、ワタシの他のお客は当然グループだったわ。

 その後は再び中山に戻り、老爺大飯店などでショッピング。だいぶ脚も疲れてきたので、11年ぶりに台北之家に寄り、珈琲時光でお茶して一休み。

 おお、懐かしい。今よりも若い浅野くんと一青窈小姐@珈琲時光ポスター。
 ついでにこれも。

 台湾でも単館公開されてた『リトル・フォレスト』。中文題は明らかに↑の引っ掛け?

 そんなこんなで疲れもピークでくたくたになり、こりゃ一度商旅で休みたいわと思い、4時前に一旦帰還。でも晩餐は外で食べたいので、1時間ほど休んで、再び外出。

 余裕があったら萬華にある南機場夜市でも行きたかったのだけど、もう疲れがピークに達してたので、中華路と西門町をぶらぶらと。

 昨年末で閉店してしまった蔡明亮珈琲走廊(リンク先は『郊遊』fb)があった中山堂
 『郊遊』のティーチインでは「引退したからカフェでブラウニーでも焼いてるよ」なんて言ってたミンリャンだけど、『西遊』を始めとした中編シリーズや香港の美好2015など映像の仕事が入るようになったので、それを受けての閉店と思えば、仕事があってよかったよね~って素直に喜ぶべきなんだけど、やっぱり行きたかったなあ。

 後は日が落ちてからも西門町をぶらぶら。蛾眉街の誠品書店で本やお土産を買い、迷いながらも西門駅前までなんとか出て、有名な北平一條龍餃子館で水餃子を10個。これまた珍しく有名店に入っちゃったけど、水餃子食べたかったんだもの―。

 そしてデザートは温かい紅豆綜合湯圓。これが実質上最後の晩餐でした。
 クーラーで冷え冷えの部屋の中、湯圓であったまってパッキングし、名残惜しくも早寝。

 最終日は5時起床。6時発の國光バスに乗って一路桃園へ。行きと同じく人混みにもまれながら出国し、8時45分発のANAに搭乗。…しかし朝便なのかどうか、これまた離陸が遅くなった。
 成田には1時過ぎに到着。しかし乗り継ぎの仙台便が18時台発のため、先にキャリーを預けて一度空港を出て暇つぶし。夕方再び戻り、飛行機に乗り込んだものの、なんとここでこの旅最大のトラブル発生。仙台空港が濃霧のため、成田リターンとなったのだ!なんでこうなるの~(泣)。その日は実家に戻って一泊し、翌日の振替便で飛んで4月1日の午後に帰盛。当然、年度初めの大事な会議には全然間に合わなかったのでした…。

 今回は実に初台湾以来となる台中・台南の旅だったのだが、ここ数年の台湾ブームで注目を浴び、自分が行った20年前とは全く変わってしまったのに驚くばかりだった。でも、台湾は決して台北だけじゃなく、地方都市に注目が集まるのはいいことじゃないかと思う。
 この20年以上でブランクはあるものの何度も台湾に足を運んできた身としては、最近の「たのしい、おいしい、懐かしい、親日、ほっこり」なブームにはどこか居心地の悪さを覚えていた。まあ自分が歳をとってしまったってのもあったけど、台湾には一言で語れない複雑さがあるってのを承知していたから。でも、それでも現在は自分がいた頃とは違う。それを受けても、魅力的であった。だから、前回も書いたけど今度は南部をじっくり回りたいなあ、と思った次第。たとえブームが過ぎても、当分は通いますからね。
 だから改めて叫びましょう!

 本blogは、花巻-台湾間の国際線定期便の早期実現を願っています!

 だって、成田リターンみたいな目にまた遭いたくないもーん(笑)

 というわけで、台湾逃亡…もとい旅行記を締めくくります。長文お読みいただき、ありがとうございました。



↑おまけ。これ、今年のTIFFで上映してくれるかしらん?

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