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2015年6月

ワイルド・ブリット(1990/香港)

 今から25年前、『悲情城市』に衝撃を受けて台湾に渡ったワタシは、主演の一人である梁朝偉という人の名前だけは漢字で覚えていた。10月のある日、寮にあった新聞でその名前を見つけた。新作映画の広告だった。その題名とは、《喋血街頭》。
 だけど、観に行けなかった。留学中は勉強に必死で、言葉のわからないまま映画館に行く勇気が持てなかった時期だったからだ。そして帰国後、この映画が『ワイルド・ブリット』という邦題で日本公開されたのにも驚いたのだが、当時も勉強で忙しく以下省略。
 で、ちゃんと観たのは、実はビデオで。その頃は圧倒されちゃって何も言えなかった。5月のシネマート六本木閉館企画でこの映画が久々にスクリーンにかかるということを知り、帰省時を利用してかなり久々に観たのであった。



あ、サムネイルが辛い場面…。

 1967年、香港。ベトナム戦争と文化大革命の影響はこの街にまで及び、共産主義を支持するデモが警官隊と日々衝突していた。ベン(阿B/トニー)、フランク(輝仔/學友さん)、ポール(細榮/チーホン)の幼馴染3人組は、貧しい生活の中でも青春を謳歌していた。恋人と結婚することになったベンの結婚資金を集めていたフランクは敵対するチンピラの縄張りに立ち入ってしまって襲われ、それを知ったベンたちが復讐しに行くが、誤ってチンピラを殺してしまう。
 信頼する親分から薬の運び屋の仕事を請け負い、ベトナムに逃亡する3人。到着早々ベトコンの襲撃に巻き込まれて資金源を失うが、その中でフランス人の血を引くベトナム華僑の殺し屋ルーク(ヤムヤム)と出会い、当地の権力者からの現金強奪とかつて香港で活躍していた人気歌手の救出を持ちかけられる。事態はどんどん悪化、4人はベトコンとマフィアの両者に追われ、ついには米軍捕虜とともに囚われる。ベトコンに捕虜を殺すように迫られたポールはベンたちを裏切り、フランクは錯乱する。そして…。

 初見がかなり前だったので、内容も忘れていたかと思ったけど、結構覚えていた。そして、今観た方が強烈に胸に刺さる映画だった。
 文革支持派と警察の衝突の激しさは、確かに昨年の学生たちとの衝突ともダブって見えるのかもしれないけど、そういえばあの頃は文革の実験性を評価していた動きがあったということも思い出していた。いずれにしろあの凄まじさは恐ろしかった。
 そこからさらに泥沼のベトナムに舞台が移ると、もっと恐ろしかった。ベトコンのアジトで囚われて水責めの拷問を受けていた米軍兵の様子ももちろんであるし、手ひどく裏切るポール、自らを失うフランク、踏みとどまろうとして意地を張るベンの、友情も人間性も無残に破壊されてしまうのが恐ろしく、切ない。ウーさん作品の良心を背負うトニー(これはハードボイルドや赤壁二部作も同様かな)、毎度おなじみ裏切り者キャラのチーホン、そして學友さんはそれぞれ適材適所のキャストだけど、やっぱりトニーより學友さんに目が行ってしまう。まあ、それが本来の狙いだったんだろうと。
 そしてヤムヤム。髪の量を除いてあまり変わった感がなくて嬉しいのだが(こらこら)、いろんな過去を背負ってそうなキャラとスタイリッシュなスーツ姿が実によい。こういうキャラはトーさん作品のそれともちょっと違ってるように見えていい。

 ウーさん渾身の作品であったと聞くこの映画、あまりにも激しすぎて本上映では評判にならなかったというけど、時代がかなり変わった今観ても、これをどうしても作りたかった意義というのは何となく読める。これだけ激しい戦争映画を作ってしまえば、その後も強烈なアクションシーンを描きながらも、鳩をバンバン飛ばして「実は平和主義なんですよー」としれっと言っちゃうウーさんの気持ちがわかるわ(笑)。
 てなわけで、どんなにバイオレンスが激しくなろうと、やっぱりウーさん好きだわ、ってのは結論でした。ちゃんちゃん。

あれ?トニーのことあまり書いてないな。一応誕生日記念感想のつもりなのに(笑)。
でも、これを観て改めて、ウーさん&トニーのコンビ作っていいなあと思ったのでした。ええ、ウーさん&ユンファのコンビ作ももちろん同じくらい好きだしね。でもトニーとのコンビって、どこか愛があるように思えるもんでね(同じような状況を、最近気に入ってる某監督&某俳優コンビに見ているもので>と独り言で締めてみる)

原題&英題:喋血街頭(Bullet in the Head)
監督&脚本:ジョン・ウー 脚本:パトリック・レオン
出演:トニー・レオン ジャッキー・チュン レイ・チーホン サイモン・ヤム

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クリミナル・アフェア 魔警(2014/香港)

 この夏、香港を始めとした中華圏で公開されるエディ・ポン主演の新作《破風》も待たれるダンテ・ラムさんの昨年の作品であるのが『クリミナル・アフェア』。主演は彦祖、そして言うまでもなくニックさん。


今から9年前に起こった、警察官による警察官銃撃事件からインスパイアされた作品だとのことですが、公式サイトで事件のあらましを読んでみただけでも実にスキャンダラス。


 救急病院の派出所に勤務するデイヴ・ウォン(彦祖)は、ある急患と自分が同じ血液型だったことから、輸血に協力する。その急患は鬼王団という強盗団のメンバーであるホン(ニック)という男で、それ以来デイヴは彼のことが忘れられなくなってしまう。
 正義感が強いものの、性格に問題ありと判断されてあちこちの部署をたらい回しにされていた彼だが、同期の警部リズにより街の勤務に配置転換される。
 一方、入院していたホンは病院を抜けだして仲間のもとに戻るが、彼らはホンが先の仕事で抜け駆けをしていると思い込み、グループの中に不協和音が生じ始めてようとしていた。それでも強奪事件を続ける彼ら。事件の応援に駆けつけたデイヴの前では壮絶な銃撃戦が起こり、同僚警官が火だるまになったことである記憶が呼び起こされる。病んでいくデイヴを案じたリズは、心理カウンセラーをしている妹を連れてきて、診察させてみるが…。

 登場場面からもう病んでる感がハンパないデイヴ。これだけでもう先が読めてしまうようにも思えるけど、その病み方がどうなるか、そして救われるか否かを追っていかなきゃ意味がない。かつてトンシンさん作品では悲惨な役回りばかり演じてきて、一部電影迷から「いじめて様」なる称号を授けられている彦祖だから、まあそのへんはヤな意味でも安定感たっぷりなんだろうけどね。(ちなみに個人的にはあまり使いません、この称号。理由?いや特にはないけど>小声)
 それを受けるというか責めるニックだが、まあこれが不気味で何が出てくるかわからない風味。デイヴと対峙するのは、実際(やや強調)にはわずかな時で、幻覚だったりする場面もあるんだが、デイヴから見たホンは、どこか『証人』での執着的な敵方に似て…と思ったら、あっちの役名もホンだったか!

 しかし、生真面目でどこかパラノイアなデイヴもなんだか哀しすぎる。
ここからややネタバレになるけど、天涯孤独で赤の他人であるおばあちゃんを自分の祖母として慕い、面倒を見ていたのも執着的な性格の一部ではあるけど、異常なほどに正義に拘泥した亡き父親の記憶と、その記憶の片隅にあった(それもかなり悲惨な結末をたどる)ホンそっくりの男が彼に取り憑いてしまって、もしあの事件に父親が巻き込まれなかったら、さらなる悲劇もうまれなかったわけだからなあ。

 ともかく、観ていて楽しい映画じゃなかったし、引っかかるところも大きくてこちらまで心がどす黒くなってしまうのでした。でも、楽しくないからつまらないとか嫌だとかキライではないってことは確かですからねー。
 というわけで、かなりさっくりと感想まとめてみました。ああ、このどんよりはやっぱり《破風》で解消したいわねー。日本公開あるかな?キャストに韓国の某グループの人がいるらしいし。

英題:That Demon within
監督&脚本:ダンテ・ラム 脚本:ジャック・ン アクション監督:フィリップ・クォック
出演:ダニエル・ウー ニック・チョン アンディ・オン リウ・カイチー

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スペシャルID 特殊身分(2013/中国=香港)

 それにしても、といきなり指示表現で入ってしまってすみませんが、るろけん恐るべし、である。
 先ごろ宝塚での舞台化(来年上演)が決定したり、監督を務めた大友さんの新作『秘密  The Top Secret』(主演は置いといて、脇がかなり好みです!ここで説明はしないけどさ)の撮影も順調ってー話題ももちろんあるのだけど、それよりも驚かされるのは、谷垣健治さんがアクション指導をされたクリップがいきなり世の中に溢れでたってことである。
 例えば、キリンメッツライチの壁ドンCM。(メイキングはこちら


それから、現在放映中のタケルのカップヌードルのCM。いいぞ、もっとやれ(笑)。


そしてとどめは、大友さん監督の某えーけーびーのMV!
…つか、あたりまえだけどショートVer.しかないのね。フルVer.はやっぱり買(以下強制終了)


 そんな感じで、谷垣さんの大活躍はほんとうに嬉しい限り。
ついには朝日新聞のひと欄にも掲載されましたしね。しかも文中には「香港のアクション映画界のトップスター、ドニー・イェンの片腕」と、ド兄さんにまで言及していただいて!記者さん本当にありがとう、と言いたいところなんだけど…悲しいかな、そのド兄さん主演の映画はまだまだ全国拡大ロードショーされるまでには至らないのが現実なんだよな。何度も言ってますが、『捜査官X』は地元で上映されませんでしたから(泣)。

 そんなわけでるろけんにハマった皆さん、クリップだけじゃなくてこの激烈アクションの源である香港アクション映画もどんどん観ましょう。特に宇宙最強ドニー・イェン主演作品をね!そして知名度をどんどん上げて全国公開に持ち込みましょうよ、よろしくねー。
 と先に結論を述べて、『スペシャルID』の感想に入ります。



 ロン(ド兄さん)は香港警察の潜入捜査官。黒社会の大物ホン(コリン・チョウ)の組織に潜り込んでいたが、ホンの部下が義兄弟のサニー(アンディ・オン)に殺され、取引した品も奪われた疑いが持ち上がったため、ロンはサニーを探すことになる。同時に警察での上司・チャン(ロナチェン)からもサニーの確保を命じられ、「特殊身分」を受けて広東省南海市へ飛ぶ。中国警察の刑事ジン(景甜)の協力を得ながら、警察であることを隠しつつサニーへの接触を成功させるが…。

 とかあらすじを書き出してみたが、あれ?こーゆー筋だっけか?(笑)
とにかくアクションのつるべうちだったことしか覚えてないぞ。それで正しいんだよな?な?

 谷垣さんのトークショーや『アクション映画バカ一代』で何度となく語られてきたこの映画、その製作前からスタッフやキャスト変更、とんでもない事件やネットの炎上を経て、構想から2年以上かかってやっと出来上がったとのこと。今、件の本を読み返し、トークショーでの谷垣さんの語りを思い出しつつ当時の状況を想像してみたけど…とにかく偉いことになってたってわけなのか!いやあ、よくぞできましたわ、あんな大変な状況下で。

 観ていて気になったのは、まあこれを言っちゃしょうがないのはわかっているんだけど、クレジットが簡体字とか、ロケが深圳だとかで、やっぱり中国メインで撮られているゆえのいろんな引っかかりかしら。もちろん、『ドラッグ・ウォー』のようにそれを逆手に取ったところもあるのかもしれないけど、プロットには審査があるというし、規制の多い中でもこれだけ撮れたらすごいよなあって思わなきゃ。これ以降も中国主体の製作は増えているし、もういい加減慣れないとね。

 今回はカンフーにMMA(激戦で登場したアレ)を取り入れたとのことで、速さにも増して筋肉のぶつかり合いも激しい。リアルだし痛みも感じられるけど、不快感はあまり覚えなかった。(たまにそういうアクションがあるもんでね。香港以外じゃなくてもわりとあるよ)スタントには谷垣さんを始め、日本からも多数参加されている。激しいアクションを見せる景甜ちゃんのスタントは日野由佳さんが担当されているとかで、ここも見どころ。
 キャストでは、なんのかの言いつつのオンくんとか、『導火線』に続いて登場のコリンさんとか、また…か!のテレンスとか、ワイコンさんなどのお馴染みの面々もだけど、本当に久々に観たB哥と、ド兄さんママを演じたパウ・ヘイチンさんに手を降りましたよ。
 監督のクラレンス・フォクさんは『愈堕落愈英雄』の人だったっけか。

 こんな感じの感想になりましたが、一番言いたいことは…うん、もう一回観たいかしらん、ってことかしら?ええ、自分の書いた感想がどれくらい正しいのか確認したいので。ああ、やっぱり感想は見終えてすぐ書ける体制にしなきゃねえ。すまん。

原題(英題):特殊身份(Special ID)
製作&アクション監督:ドニー・イェン 監督:クラレンス・フォク 製作総指揮:ハン・サンピン 脚本:シト・カムイェン 製作&撮影:ピーター・パウ スタント・コーディネーター:谷垣健治 カースタント監督:ブルース・ロー
出演:ドニー・イェン ジン・ティエン アンディ・オン ロナルド・チェン コリン・チョウ テレンス・イン チャン・ハンユー パウ・ヘイチン ン・チーホン ロー・ワイコン

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レクイエム 最後の銃弾(2013/香港)

 この春発行されたテーマムック「TRANSIT」の最新号が沖縄・台湾・香港の特集だった。今や台湾特集なんて腐るほどあるので(おいおい、口が悪いなー)別に珍しくもないが、星野博美さんの雨傘運動フォトレポートや香港映画も多少紹介しているというので、立ち読みしてみた。
 そこで「香港映画の現在」を代表する作品として『桃さんのしあわせ』『グランド・マスター』と共に紹介されていたのが、この『レクイエム』。これはなんとも嬉しい。
 しかし、その特集の後にあった「香港・台湾芸能人相関図」に登場する香港の俳優たちの顔ぶれが15年前で止まってるようだったのにハッとした。もちろん情報的には、トニーとカリーナが結婚したなど正確性はあるのだが、ステや彦祖のジェネックス組で止まるんじゃなくて、トーさんの作品の男優陣やチャッピーを入れてよかったんじゃないの?

Whitestorm2

ピントが合ってなくて申し訳ない。これは昨年の秋、シネマート六本木で撮った写真。

 そんなわけでそろそろ芸能人相関図に載せてほしいと思う、現在の香港男優にして、トーさん作品常連俳優であるラウ・チンワン、ニック・チョン、ルイス・クーのトリプル主演作。でも監督はトーさんじゃなくて、香港の爆発王ことベニー・チャンさん。

 立ち姿が美しい男を見るのが好きだ。もちろん、美しいって言ってもイケメンとは限らないし、美しいと言っても背筋が伸びた感とは限らない。
 現在の香港映画界を支えていると言い切っても過言じゃないこの三人組。約20年間香港電影迷やってて、彼らがここまで躍進するとは思わなかった。みんな下積みが長いしね。確かにイケメンとは言いがたいけど(除く古天楽。だってどっからどう見てもイケメンじゃん!)、スクリーンで見せる佇まいには色気が漂っている。そして三人ともそれぞれの立ち姿が美しいのだ。

 原題の《掃毒》の通り、麻薬捜査から物語は始まる。仲良く育った幼馴染の三人は、成長していずれも警察官となり、麻薬取締の担当となる。だが、それぞれの身分は異なる。年長のティン(ラウちん)とワイ(ニック)は実働班、そして年下のチャウ(古天楽)は潜入捜査官。チャウが潜り込んでいた最大の麻薬組織はタイの大物ブッダ(ロー・ホイパン)と取引することになり、タイ警察と合同捜査を図ることになる。そこで展開する激しい銃撃戦が前半の見せ場。これぞ爆発王の面目躍如!(っていつもこれ言ってるな)ってドッカンバッタンするので、もうたまらなかったですよ。しかし、その後に待ち受けるのは、意外にも悲劇的な顛末…。共に戦うことを誓いながらも、タイの現場でブッダたちに追い詰められ、人質にした娘のミナ(美しきトランス女優、ノン・ポーイ)との交換につきつけられた選択で、ワイが犠牲になってしまう。
 5年の時を経て彼らの運命も大きく変わる。生還したティンは左遷させ、対してチャウは彼の代わりに麻薬捜査班のトップに立っていたが、家庭は崩壊していた。新たな麻薬組織が立ち上がり、それと対立して香港上陸を目論むブッダ。そして驚くべきことに、彼の傍らには、死んだはずのワイがいたのだった…。
 
Whitestorm3

 21世紀の『男たちの挽歌』との評価には大納得。
マフィアと警察との攻防を縦糸に、幼馴染の3人の流転の運命を横糸にして、銃弾と血飛沫で彩られる物語は懐かしさ以上に、そうそう、これが香港ノワールなんだよ!と拳を握りたくなる。3人の男たちの友情と裏切りといえば、後に感想を上げる『ワイルド・ブリット』もそうだよね。
 とかなんとか言いつつ、先に書いたように、やっぱり3人の立ち姿がよくてねー、とバカの一つ覚えのごとく言っちゃうんだけどさ、ははは。スタイルだけじゃなくて、三人三様のキャラが感じられるファッションもいい。ラウちんはノータイ&ジャケット、古天楽はレザージャケット、そしてニックはスーツ。これは前後半共に統一されているし、また似合ってるからねえ。特にニックは途中で立場を大きく変え、ヘアスタイルも変わるんだけどスーツは不変。それが面白い。

 一時は激しく敵対した3人がやがて和解し、5年前の借りを返すべく向かうクライマックスの地はマカオ。ワイの壮絶な犠牲は痛かったが(いや、死ぬわけじゃないな。往年のショウブラ作品とか捜査官Xで見せられたアレだ)、一蓮托生で敵に立ち向かい、激しく闘う彼らには、もうこの言葉しかでなかったのである。
「かかかかかかかかカッコええ…」と。

では、ラストにこれを。劇中に登場する重要な曲、オリジナル版。

そして、3人が歌うヴァージョン!

原題&英題:掃毒(Whitestorm)
監督&脚本:ベニー・チャン 製作:ダニエル・ラム 撮影:アンソニー・プーン アクション監督:ニッキー・リー 
主演:ラウ・チンワン ニック・チョン ルイス・クー ロー・ホイパン ロー・ワイコン ベン・ラム ヨランダ・ユアン ノン・ポーイ ン・ティンイップ ロー・ラン

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さらば、シネマート六本木

 2015年6月14日、9年3か月にわたって六本木で営業されてきたアジア映画専門シネマコンプレックス、シネマート六本木が閉館した。

 思えば、映画館のスタイルがシネコンへと大きく変わり始めた頃に誕生したが、日本での映画興行収入は洋画から邦画が売れるようになり、全国各地にシネコンが誕生した。それに伴うように都内の名画座やミニシアターの閉館も相次ぎ、ついには新宿や有楽町といった大劇場メインだった地域もついにシネコン化したのが、この9年間だった。

 5月の台湾映画特集の時に飾られていたKANO関連小道具。

 言わずともわかるように、ワタシはとーほぐ在住なので、この映画館には最初から熱心に通っていたわけではない。折しも開館当初はまだ韓流ブーム。だから上映も韓国映画が圧倒的に多かったし、わざわざ観ることもないか、とあまり行かなかった。でも地元では絶対やらなさそうな映画がかかった時は観に行った。
 そんなわけで初シネマートは、今や世界のアサノとなった、浅野忠信くん主演のタイ映画『インビジブル・ウェーブ』…と思ったら違った、『ディバージェンス』だった(笑)。『ドラゴン・プロジェクト』『エンター・ザ・フェニックス』はその後くらいに上映していたのね。
 だいたいその頃は、我が街モリーオにもそこそこ香港映画も来ていたのだが、それでもトーさんの映画は何本か来ていないし(特に『エグザイル/絆』!)、さらに台湾映画はそれ以上に来なかったという状況だった。それを見越して帰省時や映画祭の時に武蔵野館等に観に行ったこともあったけどね…。

 通うようになったのは、特集上映が行われるようになった頃。イー・トンシン特集の『プロテージ』を観に行ったなあ。旧作上映が増えていったのもこのあたりから。震災直後で心がささくれだっていた頃、5月に1週間の帰省をして久々に挽歌二部作をスクリーンで観られた時にはなんとも嬉しかったものである。

「香港電影天堂最終章」で上映されたインファナル・アフェア三部作日本版ポスター。
ディパーテッドよりダブルフェイスよりやっぱりこれだよ、若者よ!(笑)

旧作特集上映時にはすっかりお馴染となったウォール。
あまりに作品が多すぎてどれを観たのだかと数えることすらできなかった(笑)。

 また、『燃えよ!じじぃドラゴン』上映初日は、年明け早々TVで紹介されたこともあり、満員スタートだったところに居合わせることができたのも面白かった。ソフト発売を前にした映画の特集上映も帰省時と重なったらできるだけ観に行ったので、まさに上映してもらえるだけありがたいと感じたものだったし、5月の劇終特集上映のあいまに開催された支配人のトークショーからも、香港映画にかける情熱と、全勤務地だったキネカ大森時代からのアジア映画専門館の歴史に触れ、日本のアジア映画上映はこういう努力あってこそのものだったのかと改めて胸を熱くしたものだった。

 しかし!ここから暗い話になるが、そんな熱も田舎までは届かず、アジア映画上映は全国的に見れば完全に厳冬期。実際、シネマートに足を運んで観てみても、毎回満員御礼…というわけではなかった。まあ、韓国映画はそんなことはなかったのかもしれないけどね。よくわからないけど。
 もちろん関西にはシネマート心斎橋があるし、名古屋にも熱心なミニシアターもある。我が東北にはフォーラム仙台がアジア映画を上映してくれ、これから感想を書く幾つかの作品も実はそこで観たものだったりする。(実は仙台の支配人さんがかつて盛岡に勤務していた時、香港映画上映サークルを立ち上げてもらって参加していたので、香港映画に関しては大恩人なのです)
 ただ、とーほぐはあまりにも広すぎる。山形-仙台間はバスで1時間位らしいけど、盛岡-仙台間はバスでも2時間半かかる。新幹線だと最速40分だけど、往復1万円は超えるわけだから…。
 そして映画館も拡大上映作を優先し、ミニシアター作品の上映は遅くなる。それも欧米作品のシェアが圧倒的に大きいから、必然的にアジア映画の上映は減る。だって、一時期当地でも熱狂的に支持された韓国映画も恐ろしい勢いで上映が減っているのだよ。それなら香港映画なんて…(と、いつもながらの愚痴になるので強制終了)。

 本当はメジャー作品の悪口なんか言いたくない。でも、観たい作品、みんなで観たいと思う作品が劇場で観られなくなるのはほんとうに残念だ。家でソフト鑑賞しても、一人だと寂しい。
 映画上映でSNSで関東方面の人たちが盛り上がっても、話題に置いていかれるのがすごく悲しかった。
 昨年の日本における映画館での上映本数は、なんとかつての映画館全盛期の本数(約600本くらいらしい)を上回り、1000本越えてしまったと聞いたのだが、それでも全国でくまなく公開されたのは300本もないんじゃないだろうか。これほど本数が多いと売れる作品と売れないものが極端に分かれているということらしいが、もうこれはどうにもならないのだろうか。

 それよりも、今後のアジア映画の上映はどうなっていくのか。
 多様性があるのが映画文化だ。乱発でもなく、じっくり観られて、新しい観客に繋げられるような上映があればいい。それは東京だけでなく地方も同じ。映画館で観たいけど、いくらリクエストしてもスルーされるのなら、いっそどこかで自主上映できればいい。でも著作権法云々とかもあるのか。でもでも、あまりにももったいないんだよなあ。

 ああ、案の定いつもながらの愚痴になったので、ここで終わります。
 さようなら、シネマート六本木。そして日本の映画興行界よ、どうかアジア映画上映の灯を消さぬように。

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寶島浪漫逃亡錄(その3・台北編)

 3月28日夜9時50分頃、無事に台北到着。
 今回のホテルは西門町にある儷夏商旅西寧館(西門町ムジークホテル西寧ブランチ)。駅を出る前に、予めgoogleマップで行き先を調べ、最短距離で行くように心がけたのが…目的地についたのに、ホテルがどこだかわからない!実はこのホテル、西寧南路の雑居ビルの3階にあり、さらに日本のツアーでよく泊まる伊楽園(旧一楽園)大飯店(パラダイスホテル)の隣というかなりいいロケーションなのに、看板が全然目に入らず、30分ほど夜の漢口街をウロウロしてしまったのだ。あーもう馬鹿だわ自分。挙句の果てに姉妹館の西門館まで歩いて行き、ちゃんとした地図をもらったことで、やっと辿りつけた。うう、予定では10時までには着いて、漢口街で小吃でも食べて腹を満たすつもりだったのに…(泣)。
 すっかりやさぐれたので、着いたら荷物を解いて、さっさと寝たのであった。

 3月29日日曜日。快晴。
 商旅は朝食のないホテルなので、早餐は外に食べに行く。前日のうちに見つけた「西門町十大早餐」のページに紹介されていた標点符號創意早午餐が近かったので、歩いて行ってこのコンマセット(写真)をいただく。

 この日は弟が出てくる日。二人で歩くとずーっとあれこれ話してばかりになるので、一日カフェめぐりすると決めておいて、『台北カフェ・ストーリー』のロケセットを利用して作られた朶兒珈琲館と、魏徳聖がプロデュースし、彼の作品のデザインを手がけた事務所が経営する特有種商行に行くことにした。

 9時にバスターミナル前の新光三越で待ち合わせ、持ち寄った荷物を交換して地下鉄で松山空港に向かう。空港のすぐ近くにある富錦街の一角に店を構えているのだが、ここが実にオサレな住宅街。天気はよく、街の端っこにあった家庭菜園の野菜もいい具合に育っていた。

 実はこの日が最終営業日だった朶兒珈琲館。クロージングイベントの準備もされていて、飲み物を頼めばサービスでブラウニー(マフィンと選択できた)がついてきた。ただし、席はオールスタンディング。多くのお客さんでごった返す中、なんとか席を確保して、店内の写真を撮った。

 この店の存在を知ったのは、実は日本公開時。4年前に劇場で観てから、その後二度渡台しているのだが、マチナカだしいつでも行けるかなとずっと後回しにしていた。だけどfbで「3月29日結業(閉店)」とあって、これはもう意地でも行かねばと弟を誘って行ったのであった。

 さすがに劇中の店主グイ・ルンメイはいなかったけど、店員さんはみんな可愛い女子(&男子)だった。「可愛いよなー。ここ絶対顔で店員選んでるぜ」とか言われたのには笑ったわ。
 椅子なしのカフェに長居するのもなんなので、1時間位いて移動。空港駅から地下鉄で忠孝復興へ向かい、東区にある特有種商行へ。
 店構えこそオサレカフェだけど、店先に映画の小道具として使われた日本統治時代のホーロー看板や嘉義農林応援団旗、アキラが愛用していた古書店の配達用自転車があったので、一目見てわかったのが嬉しい。さすが美術デザイン事務所。時々小道具の販売も行われているらしい。
 ちょうどお昼時だったので、写真の叉焼飯を注文。

 店員さん(上松くんを演じた鐘硯誠くんもここで働いているそうだ)はKANO特製べースボールシャツを着用。このシャツは販売もされていて、昨年夏にKANOナイン&馬監督が甲子園を訪問していた時着ていたロゴ入り黒Tシャツ、『セデック・バレ』の虹の橋伝承をモチーフにしたシャツ(何種類かあって、そのうちの1着を弟が購入。この記事に写真あり)など、グッズ類が充実。ここで日本未発売の永瀬正敏KANO写真集『This Moment』も購入。

 また、グッズとともに充実しているのが『海角七号』からの日台三部作の製作資料の公開。霧社事件当時の日本語新聞は原住民研究をしている弟も感心していたけど(ちなみに彼はセデックもKANO も未見。特に前者はセデック族の知人がいるのと、研究者の意地もあって観ないとか言ってたがそれはどこまで本気なのかよ)これだけの資料も実はほんの一部なんだろうし、それを思い切って公開できる太っ腹さが、さすが魏さんの若き巨匠たる由縁だなーってことで感心していた。え、棒読みじゃないよ、素直に褒めてるよ(苦笑)
 昨年末にオープンしたばかりのこのお店、居心地もいいのでこれから台北に行かれる方にはオススメしてます。ただし、月曜が休みなのでご注意を。
 その後は永康街まで歩いて雅緻人生へ。ここはチャイナドレスやブラウスを扱っているブティック。久々にブラウスを買ってしまったのでした。

 そうこうしているうちに夕方になり、三越の地下に入っている春水堂でお茶してから弟は帰路へ。ワタシは商旅へ戻り、西門町で晩餐を買い出し。麺線・水煎包・豆花と好きなモノばかり買って商旅へ持ち帰ってきたのだった。

 3月30日月曜日、晴れ。
 この日は、今までなぜか足を運べなかった場所へ行こうというわけで、初めて迪化街へ行った。
 その前に早餐。台北國軍英雄館の100元素食。

 うーむ、素食はできたてじゃないと口には合わないかなあ。いや、決して嫌いじゃないのだけど、物足りなかったのでついつい帰りに水煎包を買っちゃったのだった。

 今まで迪化街に行ったことがなかった理由はいろいろあって、日本のガイドブックに載ってるからってのも当然あるんだけど、駅から遠いからってのが一番の理由。まあ、それでも頑張って歩きましたわ。

 大稻埕は最近注目を集めている場所だけど、時間切れで散策できず。これは埠頭の親子像。

 なぜか香港を思い出す乾物やマンゴーにもひかれたけど、今回の目的は永楽商場。布地の問屋街に行って花布の端布を購入。30センチ四方で一枚20元。

普段布小物など作らないワタシですが、これをどうしたかというと、

文庫本の布装幀(ルリユールといいます)に使い、何冊かブックイベントで販売しました。
 
午前中いっぱいかけて迪化街を散策し、歩いて中山まで戻った後、バスに乗って建国北路へ。午餐は澎湖料理のお店「平湖海鮮料理」のウニオムレツ(380元)。

 実はこのお店、この春からBSで再放送が始まっている連続テレビ小説『あまちゃん』のアジア各国での放映について紹介した特番『アジアじぇじぇじぇ紀行』にて取り上げられていて、たまたま出発前に観ていたのでこらあ行ぐしかねえべな、てなわけで足を運んだのであった。

 まあ、普段屋台やカフェで安上がりなものばっかり食べているので、380元は思わず「高っ!('jjj')/」となってしまったが、それでもおいしくなかったわけではない(笑)。ご飯も別料金で注文し、泡菜とデザートもサービスでついてくるから、満足満足。まあお店は普通のレストランだから、ワタシの他のお客は当然グループだったわ。

 その後は再び中山に戻り、老爺大飯店などでショッピング。だいぶ脚も疲れてきたので、11年ぶりに台北之家に寄り、珈琲時光でお茶して一休み。

 おお、懐かしい。今よりも若い浅野くんと一青窈小姐@珈琲時光ポスター。
 ついでにこれも。

 台湾でも単館公開されてた『リトル・フォレスト』。中文題は明らかに↑の引っ掛け?

 そんなこんなで疲れもピークでくたくたになり、こりゃ一度商旅で休みたいわと思い、4時前に一旦帰還。でも晩餐は外で食べたいので、1時間ほど休んで、再び外出。

 余裕があったら萬華にある南機場夜市でも行きたかったのだけど、もう疲れがピークに達してたので、中華路と西門町をぶらぶらと。

 昨年末で閉店してしまった蔡明亮珈琲走廊(リンク先は『郊遊』fb)があった中山堂
 『郊遊』のティーチインでは「引退したからカフェでブラウニーでも焼いてるよ」なんて言ってたミンリャンだけど、『西遊』を始めとした中編シリーズや香港の美好2015など映像の仕事が入るようになったので、それを受けての閉店と思えば、仕事があってよかったよね~って素直に喜ぶべきなんだけど、やっぱり行きたかったなあ。

 後は日が落ちてからも西門町をぶらぶら。蛾眉街の誠品書店で本やお土産を買い、迷いながらも西門駅前までなんとか出て、有名な北平一條龍餃子館で水餃子を10個。これまた珍しく有名店に入っちゃったけど、水餃子食べたかったんだもの―。

 そしてデザートは温かい紅豆綜合湯圓。これが実質上最後の晩餐でした。
 クーラーで冷え冷えの部屋の中、湯圓であったまってパッキングし、名残惜しくも早寝。

 最終日は5時起床。6時発の國光バスに乗って一路桃園へ。行きと同じく人混みにもまれながら出国し、8時45分発のANAに搭乗。…しかし朝便なのかどうか、これまた離陸が遅くなった。
 成田には1時過ぎに到着。しかし乗り継ぎの仙台便が18時台発のため、先にキャリーを預けて一度空港を出て暇つぶし。夕方再び戻り、飛行機に乗り込んだものの、なんとここでこの旅最大のトラブル発生。仙台空港が濃霧のため、成田リターンとなったのだ!なんでこうなるの~(泣)。その日は実家に戻って一泊し、翌日の振替便で飛んで4月1日の午後に帰盛。当然、年度初めの大事な会議には全然間に合わなかったのでした…。

 今回は実に初台湾以来となる台中・台南の旅だったのだが、ここ数年の台湾ブームで注目を浴び、自分が行った20年前とは全く変わってしまったのに驚くばかりだった。でも、台湾は決して台北だけじゃなく、地方都市に注目が集まるのはいいことじゃないかと思う。
 この20年以上でブランクはあるものの何度も台湾に足を運んできた身としては、最近の「たのしい、おいしい、懐かしい、親日、ほっこり」なブームにはどこか居心地の悪さを覚えていた。まあ自分が歳をとってしまったってのもあったけど、台湾には一言で語れない複雑さがあるってのを承知していたから。でも、それでも現在は自分がいた頃とは違う。それを受けても、魅力的であった。だから、前回も書いたけど今度は南部をじっくり回りたいなあ、と思った次第。たとえブームが過ぎても、当分は通いますからね。
 だから改めて叫びましょう!

 本blogは、花巻-台湾間の国際線定期便の早期実現を願っています!

 だって、成田リターンみたいな目にまた遭いたくないもーん(笑)

 というわけで、台湾逃亡…もとい旅行記を締めくくります。長文お読みいただき、ありがとうございました。



↑おまけ。これ、今年のTIFFで上映してくれるかしらん?

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寶島浪漫逃亡錄(その2・台南編)

 3月27日。台中から1時間遅れで到着したので、外はもう真っ暗。
今回の宿である新朝代飯店(朝代大飯店とも。ダイナスティホテル)は、駅から歩いて5分くらいのところにある。るるぶにも掲載されているホテルで、フロントクラークさんは日本語ペラペラ。TVはNHKのBSと国際放送が両方入るので、おかげさまで翌日は『マッサン』の最終回が観られましたよ(こらこら)。部屋は古いけど、広かったし居心地良かったです。

 チェックインしたのは8時過ぎ。ホテルに入って荷物を下ろした時点でお腹がペコペコ。これはなにか食べないと保たないな-、でもガイドによく紹介されている花園夜市は金曜休みだったはず、それも遠いし…と思い、ロビーに降りてフロントクラークさんに「ご飯食べたいんだけど、どこかいい夜市ありませんか?」と聞くと、今夜は駅の反対側にある大東夜市がやっているので、タクシーで行くといいと勧められた。

 金曜の夜、それも9時前ということもあり、かなり本気を出した大混雑。でも夜市自体はそれほど規模は大きくなく、15分位でぐるっと回れるし、屋台街の席もそれほど埋まってなかった。ガッツリ食べると胃にもたれそうなので、肉圓と魚丸湯であっさり済ます。

 後は木瓜牛乳などを飲み喰いしたら結構満足。帰りのタクシーの運転手さんはおしゃべりな人だったので、國語であれこれ会話が弾んで楽しかった。

 3月28日、土曜日。天気は朝からかなりいい。
ホテルには朝食もついていたけど、今回はパスして外に食べに行くことに。
お目当ては台南のソウルフード、牛肉湯。『わたしの台南』でまず最初に紹介されているのがこの牛肉湯で、しかも歩いて行けるところに紹介されていた石精臼牛肉湯があった。

 大量の刻み牛肉が投入されただけのスープ。ああ、なんて潔い。しかも最初はところどころ赤みも残ってたりする。ああ、なんて新鮮。これにごはん1膳と生姜タレがついて120元。そしてこれだけで大満足。牛肉の味がシンプルなので、生姜タレにつけながら食べるとこれもまた良し。牛肉というとどうもつゆだく牛丼とか高級ステーキとか思い出せなくてあまり得意ではない(いや、それでも焼き肉は好きだぞ)のだが、こういう食べ方もあるのよね、そうよねえ。

 さすが南方、午前中から本気を出していい天気。一度ホテルに帰って荷物を整理し、9時半にチェックアウトして預ける。そして台湾で初のレンタサイクル利用!
 台南も台中と同じく、観光地が市内に点在している。ホテルは宿泊者なら無料で自転車を貸し出してくれることがわかったので、思い切って借りる。パスポートがデポジット代わりでした。

 台湾なので、当然Giantの自転車。
地元でもGiantのクロスバイクをよく見かけるけど、ママチャは日本でもあまり見ないかな。

 道路の右側を走りだすともう軽快、歩き疲れてヘトヘトになるよりずっといい。
 グイグイと自転車のペダルを踏み、まず足を運んだのが『祝宴!シェフ』のロケ地となった媽祖樓天后宮

パフィーこと愛鳳のお店がここ。カラフルな壁紙が変わってないのが嬉しい。

 写真を撮っていたら家主さんも出てきました。身のこなしが軽やかなふくよかオバちゃんではなくて、小柄なおばあちゃんでしたけど(笑)

 ここは王さんの牛肉麺店。元は居酒屋だったみたい。
 二千年の歴史を誇る王家の溜まり醤油の壺が目印。映画の中では壺が割れちゃって、10分の1に薄めたので二百年くらいなのだが、それでも伝説の味(笑)。

 最初のミッションをクリアしたので、台南のオサレエリア・神農街を流す。建築物のリノベートや興味深いお店もあったけど、寄り道してたら時間がかかるので次のお楽しみってことで。このあたりんもゲストハウスが充実しているとのことなので、次回は拠点にしたいなあ。

 街なかにグッと入ると、日本統治時代の建物が目立つ。消防署、土地銀行、國立文学館など、しっかりした作りの建物が多い。台北や台中も古い建物はリノベートして有効活用していた。

 同じ通りの角に立つのは、統治時代は台湾で二番目に規模が大きい百貨店だったという林百貨。台湾&台南ブランドを取り扱う総合セレクトショップとして昨年リニューアルしたということで行ってみた。

 1階はお茶やお菓子などの定番だけど、ドキュメンタリー『無米楽』で知られる後壁のお米(パッケージに花布使用)に目が行った。しかしここで買ったら重くなるからと泣く泣く我慢。2階はアパレル、3階が雑貨、4階がカフェ&紙もの雑貨&骨董品(だったかな)5階が飲食店という構成で、ここでは台北の印花樂謹製ランチョンマット&竹製カトラリーセットを購入。

 お昼前だけど果物が食べたくなったので、莉莉水果店にて。
梅粉をつけて食べるのは定番。 久々に蓮霧が食べられたのが嬉しかったわ。

 その他いろいろ回りたかったけど、午後は安平に行きたかったので他の町廻りは次回までの楽しみにすることに。午餐は赤崁樓の隣にある度小月で擔仔麺をいただく。

デザートは無名豆花の傳統豆花。

   いい風に吹かれながらホテルに戻り、自転車を返却。
 フロントで安平への行き方を聞くと、駅前発のバスなら1時間、タクシーなら30分と言われた。タクシーを勧められたけど、まあ時間もあるし悠々カードもあるし、ってことでバスに乗ったが、いやーこれが待ち時間も長いし、市街地をぐるっと回るので確かに1時間かかる。町並みを見られて楽しんでたけど、タクシーも日本ほど高くないからなあ。

 2時半くらいに安平到着。ここは初台湾の時に来ていたので、砦を見る前に周囲を散策することに。まずは橋を渡って夕遊出張所へ。ここは昔の塩の専売所を利用した資料館。誕生日ごとの塩などがあった。

てなわけで、ワタシ&ジェイシー(笑)の誕生日の塩

 その後、海まで歩いてみたが、これが近くに見えてかなり遠い。案の定、30分ほど延々と歩くことになりましたよ、はい。全く、毎度毎度一体何やってるのでしょうかね自分。これなら最初からバスに乗って終点まで行けばよかったのに(笑)。

オフシーズンで土曜の夕方。やさぐれるにはあまりにも寂しい。
これじゃ「ワタシは日本を捨てた」とか言ってビールあおるのも虚しい。

 帰りは行きとは違う道を通ることにした。住宅街を突っ切り、レンタサイクルステーションを横目に見て、砦の砲台跡で一休み。
 昔来た時にはまだ整備されていたらしい、東興洋行に立ち寄る。オランダ領時代にドイツ領事館だったという建物。売店で売られているのは当然ドイツビールっぽかったので、いつか夜に行って飲むってのもアリかもね。
 そしてかなり久しぶりの安平古堡。かつてのゼーランディア城。あまり変わってない印象だけど、重みのある造りが好きだ。

 グルグルと歩いていたらあっという間に5時。城の脇の細道を抜けたら通りに出たので、そこからタクシーを拾うかバスに乗るかして、結局時間がよかったのでバスにしたのだが…これは選択ミスだった。行きと路線の違うバスではあったけど、ホテルにほど近い赤崁樓からは市内をぐるっと回るコースに入ってしまい、結局タイムロスで駅についたのが6時半。これはやっぱりタクシーに乗るか、ホテル近くで降りて多少の距離でも歩くべきだった、と後悔した。

 ホテルでキャリーとリュックをピックアップし、ヒーヒー言いながら駅に着いたのが7時前。ここからはTRAで30分かけて沙崙まで行き、接続しているTHSRで一路台北へ。しかし、THSRの駅の駅弁店が閉まっていたのが惜しかった。まあ東北新幹線でも夜遅いと駅弁の販売は終了するけど、まさかもうなかったとはねえ…。
 で、車内販売でチーズパンを買い、前日もらったヨーグルトドリンクとともに、またしても寂しい晩餐をいただいたのであった…。

 この後、台北駅には9時50分頃に到着したのだが、再びとんでもない試練が襲いかかったのであった!それは次の記事に続く。

 まあ、それはともかく、1泊2日のダイジェスト滞在だった台南、実はかなり気に入りました。一青妙姐さんと共に台南ブームの火付け役となったヤマサキ兄妹台南本は未読で、地元のブックイベントに出品されていたマチオモイ帖でやっと捕捉したのだけど、やっぱり早いうちに読んでおくべきだったかも-(泣)と思ったのは言うまでもない。

 今度台湾に行くときは、ここを拠点にして南部をじっくり回りたいです。神農街のゲストハウスに連泊して、ブックカフェやギャラリーを回ったり、日帰りで嘉義や高雄に行ったりね。桃園からだと乗り換えがあってもそれほど苦じゃなさそうだし、帰り1泊台北でも悪くないよな。できればこっちが冬の時に行きたいもんです。

 次は台北編。これで旅行記はラストになります。

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寶島浪漫逃亡錄(その1・台中編)

 今回の台湾旅行記のタイトルは、この夏日本武道館2daysを決めた五月天のフロントマン、阿信が2008年に出した日本旅行エッセイ『浪漫的逃亡 遊日非流行指南』にちなみました。

この本も今読んでますので、旅行記と映画の感想の後に記事にしますね。

 13ヶ月ぶりの台湾行き。
当初は昨年と同じ2月下旬に行こうと思っていたのだけど、その時期はちょうど旧正月。これじゃホテルも高そうだし、人も多そうだなとギブアップ。昨年秋、相変わらず台湾中部の山の中で働いてる弟に「いつまでそっちにいるの?」とメッセージを送ったら、「来年4月以降もいるよ」と返信があったので、それじゃ春休みが長く取れるから3月下旬に行くわ!と決意。休みを見たら6日取れる勘定だったので、台北だけでなく久々に台中と台南も行くか、そして東京に寄りたくないから東北の空港から経由便で行けるのを探したら、仙台発成田経由のANAが予約でき、前半1泊ずつ台中と台南に泊まることにした。台中も台南も見どころが点在しているので、半日または1日で回れるプランを立て、行けなかったところは次回に南部中心で回るときに取っておくことにした。

 なお、参考図書は以下のものに加えて、一青妙さんの最新エッセイ『わたしの台南』。(これも後日記事にします)。

 3月26日、晴れ。昼前に仙台空港に着き、成田便のチェックインをする。
 仙台からはエバー航空とANAの共同運行で台湾直行便が飛んでいて、もう15年以上前に香港映画サークルの有志で行ったことがあるんだけど、いつかまた直行便で行きたいわねえ…。
 荷物をチェックインしたら、成田で預け換えることなくそのまま桃園まで運んでくれるとのこと。ありがたい。

 仙台から成田までは飛行時間50分なので、あっという間に到着。乗り継ぎ時間は2時間。荷物を下ろす手間もないので、何もなければ到着ロビーに降りずにそのまま出国検査に行けるのだけど、海外用wifiルータの受け取りを成田指定にしていたので、一度到着ロビーに出て出発ロビーに回り、受け取ってから出国。
 しかし夕方に近かったこともありか、年度末だったせいか、出国検査は激混み。ここでどっと疲れてやる気を失うわ、バゲージタグを落とすわといろいろあり、さらに飛行機の離陸にも異常に時間がかかり、やっと飛んだ時にはホッとしたものだった。

 到着は夜9時過ぎ。実はここからも入国が長かった。ええ、大陸から来た団体の皆さまと同じ時間帯の到着になって、遅い時間帯なのにえらく待たされたんですよ。きー。まあ、おソロの帽子をかぶった一昔前の日本の団体旅行のようなおぢさんたちとか、キャピキャピした若者たちとかいろいろいて、見てて面白かったけどね。
 荷物受け取りも一番最後、ドッと疲れたので、台中へは新幹線(高鐵、THSR)で向かうことにした次第。空港からTHSRの桃園駅までバスで行き乗り込むと、だいたい50分で台中に到着。THSRの駅は基本的には郊外にあるので、最初はバスで市街地に向かおうと思ったけど、該当するバスがない。ふらふらとさまよっていたら、台鐵(TRA)の新烏日駅が接続していたのに気づいたので、TRAに乗り換えて街まで向かう。
 20分ほど乗り、台中駅に着いたのは11時半。駅のすぐ目の前にある達欣商務精品飯店(プラザホテル)にチェックインし、荷物を整理してさっさと寝た。

 3月27日、曇のち雨。寝た時間が遅かったのに、6時前に目が醒めてしまった。
外に出て早點を食べてもよかったのだが、いろいろ考えてホテルの自助早餐に。

その後、ホテル近くのセブン-イレブンに買い出し。このCMのお茶を買いましたよ。

台中に来た目的は以下の3つ。

1・彩虹眷村の壁画を見たい

2・春水堂の本店に行きたい

3・宮原眼科のアイスクリームを食べて日出の鳳梨酥を買いたい


これがコンプリートできればよしと思ってスケジューリング。
そんなわけでまずは一番遠い彩虹眷村にタクシーで向かう。

 ここは、映画『一万年愛してる』(申し訳ないが未見)のロケで使われたことで有名になったそうだが、『祝宴!シェフ』の劇中で描かれた壁画がここにインスパイアされたといったことを聞いたので、行くことにしたのだった。



これは台湾で買ったDVDの特典より。左のイラストね。



彩虹眷村を紹介した台北のリトルプレス。

 香港から渡ってきた国民党の軍人だったおじいさんが描いた壁画がかなりキッチュで楽しい。これ、知人のイラストレーターさんの絵に似てるなー、とか、これはハナミズキか!とか面白がりながら眺めて回った。

これが通称ハナミズキ(笑)。百年好きな人と一緒になれますように〜♪

これはアンディです。誰がなんと言おうと劉徳華です(笑)

 一回りして門口に戻ると、アイアンマンのマスクをかぶった妙に派手な出で立ちの兄ちゃんがギターを抱えて立っており、リッチーの「對面的女孩看過來」を歌っていた。
 彼はここの専属パフォーマー、彩虹戦士。
 ツーショット撮ってもらったよ。一人でいたのにひと目で日本人だと見破られたけど(笑)

 待っててもらったタクシーに再び乗り、今度は新市街地の精明一路へ。
 台中は台鐡の駅周辺が旧市街地、それをぐるっと囲むように新市街地ができている。ショッピングエリアになっているのはもちろん新市街地だけど、移動が大変じゃないのかなー?と思うのは自分がガイジン旅行客ゆえか。

 ここには日本にも進出した春水堂の1号店があるとのことで、足を運んでみた。
 お店には「人文茶館」という名前が付いている。ここでじっくり本を読んだりできるのね。彩虹眷村にいた頃から雨脚が強くなってきたので、雨宿りも兼ねてしばし滞在。この時点ではお腹が減ってなかったので、鐵觀音珍珠奶茶をホットでいただく。しかしホットだとタピオカは小さくなるのか…いや、熱くて溶けているわけではないんだがね。

 雨も上がってきたので、新市街地を散策…というか、後のミッションがもう一つだけだったので、何か面白い建物でもあったら入ろうかと歩き出した。しかし、あまりにもあてどなく歩いたので、かなり疲れた。おまけに昼食も危うく食べ損なうところだった。
 どんなところへ行ったかというと、こんなところである。

 台中の誠品書店の裏手にある勤美術館。建物がオシャレだったのでここで何か見るかと思ったら、まだ開館してなかった…。開館を待ってたら時間がなくなるので泣く泣くパスし、ここから国立美術館まで続く緑地の草悟道を歩く。しかしこの道がかなり長い(全長3.6㎞)。当然疲れる。だから国立美術館に着いた時は入る気力もなく、駅行きのバス停を見つけてそのまま乗ってしまった。さらにここでもうひとつ失敗したのは、台北で買った悠遊カード(リンク先下の方)を持っていたのにもかかわらず、「カードない」と言ってバスに乗ったことだった。思った以上に使えたんだよなあ、悠遊カード。

 そんなわけで2時半頃駅に戻り、どこかで午餐できるところを探したら、お馴染み(といっても台湾で入るのはこれが初めて)の三商巧福を発見したので、ここで牛肉麺を食べることにした。しかし冷房ガンガンなところに座っちゃったのでキツかった。これでアイスクリームを食べられるのか?と心配になる。

 幸いに空腹は満たされ、アイスを食べる余裕もできたので、宮原眼科へと向かう。SNSでゆっくり座りたいのなら、同じお店が開いている台中市第四信用合作社がオススメと言われたので、人ごみでごった返す宮原眼科をスルーして合作社に向かう。



 ディスプレイしてあった巨大マンゴーアイスに最初はひかれたものの、あまりにもでかいのでこれは食えんとひるんでいたら、スタッフさんが「一人で食べるならこれがいい 」と、佛跳牆を勧めてくれた。あ、これはスープではなく、壺に入ったトライフル風パフェね。 ベースはチーズケーキ(試食させてもらった)とぶどうのアイス。それにスイカやメロンやキウイやイチゴなどのフルーツ、スクエアカットのスポンジケーキ、さらに焼きバナナがトッピングでかなり豪華。冷たいから食べきれるかな?と心配したけど、なんとか完食。美味しかったー\(//∇//)\

 その後は日出のブースでパイナップルケーキを買い(新製品らしい米鳳梨酥も食べてみたかった…)、2階のカフェをのぞいたり、ついでに混み混みだった宮原眼科の中も少しのぞいたりして、ささやかな台中滞在の締めとした。
 しかしアイスクリーム美味しかったなあ。今度は食べるだけ目的で寄ろうかしら(こらこら)

 次の目的地、台南も駅前のホテルを取ったので、移動は台鐡にした。時間がかかるけど、嘉義駅にも止まるし、夕方ののんびり旅もいいよなあ。運良く5時前発の自強号の指定席が取れ、キャリーを載せるのを手伝ってもらって出発。金曜の夕方ということもあってか、列車内は混雑。指定持ってない人も多くいたな。

 ところが、1時間ほど進んだあたりで、突然ガタガタと音が床下で鳴り始め、しばらく進んでストップ。もしかして線路に置石?しばらく運転手さんや車掌さんたちが外に出て点検をしていた。しばらくして窓の外には、担架を持った人が…って人身事故か⁉︎情報も入らずに途方にくれるばかり。
 結局、人身ではなかったらしい。列車は68分遅れで動き出し、予定では午後7時前に着くはずだったのに、結局8時過ぎに台南に着いたのであった。

 鉄道会社からは遅延のお詫びで、嘉義を過ぎたあたりでペットボトルのドリンクとパンが配られた。電車の遅延なんて旅していれば結構あるし慣れっこだけど、ここまでサービスしてくれるとは思わなかったなあ、ともらった牛乳パンをかじったものだった。

というわけで、台南編へ続く。

あ、文中に入れ忘れたけど、これは台中駅です。

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