« 2013年5月 | トップページ | 2013年7月 »

2013年6月

わがるヤツだけ、わがればええ。―個人的一代宗師まとめ

 まず最初に、25日に白血病で亡くなられた劉家良師傳のご冥福をお祈りいたします。
この映画にもクレジットで名前が挙げられていました。

 さて、今回の記事の題名はこのところハマっている某朝ドラの、ある登場人物の名言から取りました。
 思い起こせば、『グランドマスター』だけでなく、9年前の『2046』も酷評されたよなあ。アレは日本から参加したメインキャストの人がいかにも主演の如く注目されてて、そもそもかの人があまり好きじゃないワタシはすっごく嫌な予感がしていたんだよな。あんなに派手に宣伝してるけど、こんなのいつもの王家衛節の映画にはそぐわないんじゃないの、とか思ってたら、案の定酷評されて、文春きいちご賞のワースト10にもランクインしてた。宣伝部も騒いでいた人も、王家衛がどういう映画を撮るのかわかってなかったんじゃないの?
 以前も書いた通り、重慶マンション二部作が王家衛を代表する作品ではない。だからあの路線は今後も期待できないんじゃないかなと思うんだけど。クエタラが持つバイオレントな様式美はわかりやすいから一般受けしやすい(だから彼の名前はブランドになったのだろう)けど、王家衛のそれはあくまでもアートだから、一般受けはしにくい。ただ、世界的な巨匠になってしまったので、価格が上がっちゃったのだろう。それゆえ9年前から長編作品の全国拡大公開が続いちゃっているのだろうな。
 でも、いくら売らなきゃいけないからって、これまでの王家衛作品のキャリアをスルーするようなカンフー推し、頂上決戦を捏造したかのようなプロモはどうなんだろう。あんな売り方をされると、日本の大手配給会社で仕事してる宣伝業者は王家衛を嫌ってるんじゃないかって邪推したくなるんだけど。

 全体的な感想としては、結構満足している。まあブルベリも2046もあんな作品だったからなあ(苦笑)。そして、香港映画を好きになってよかったとつくづく思わさせられる作品だった。いや、決して王家衛作品じゃなくてね。
 前から言っているが、香港映画は決してカンフーだけではない。もっと多様である。それがここ数年で、また昔に戻ってしまったかの状況。事実、ライジングドラゴン(これから感想書きます)は大ヒットしたそうだが、それ以外の香港映画は主要都市のみ公開。いつもながらのグチになるから繰り返さないけどね。
 王家衛なんて、ブレイクした90年代当時は成龍作品とは真逆の立ち位置だったから、香港映画に興味のない層に大ウケしたんだもんな。その頃のファンからすれば、まさか王家衛がカンフーを題材に取り上げるとは思いもよらなかっただろうな。まあ、カンフーも決して成龍さんのモノだけじゃなくて、リンチェイもド兄さんもいる。そういう広がりがあるのだけど、コアじゃない観客(というかライトなプロジェクトA世代?)には広がらないのが残念。いや、広がっているのかもしれないけど、それがよく見えないから、どうしても憶測でものを言うことになっちゃう。もーすわげねー。

 この映画もそうだけど、香港映画では「感情と連動したアクション」の需要が高まってきているし、それと同じことを試みる香港以外の映画もある。最初の感想でるろ剣の名を出したけど、両作品ともテイストが全然違うのに、なぜか同じ志を持つように思えちゃったのだ。まあ、これは両方ともひいきだから、あくまでも個人的意見だけどね。

 まあ、どうしても王家衛を擁護する立場に立っちゃうけど、欠点を挙げたら、製作に時間がかかりすぎるとか、やっぱり張震の出番が少なすぎるとか、葉問より宮二の方が出番が多いので、多くの人が宮二メインだと思わされる誤解をなんとかしてくれとか、いろいろある。だけど、どんなにあれこれ言っても期待以上のものを見せてもらったという点では、大いに満足している。とは言ってもマイベスト王家衛は『花様年華』であることは変わりないんだけどね。

 とはいえ、関東圏ではファーストランを終えても、なんとロングランが決定したそうだ。
これはある程度の支持があったからではないか、と思いたい。まあ、まさにわがるやつだけ、わがればええ。ってことで(笑)。
 我が街での上映はもう終わってしまったけど、香港版のBDも買ったし(番外として後日感想を記事にします)、夏の帰省の頃までやってくれたら王家衛スペシャルと一緒に観たいと思うし、まだお楽しみは終わらないと思うよ。

 そんなわけで、この4週間、映画館には8回、プレミア上映と合わせて9回、BD鑑賞も入れれば10回観ることができました。ああいう宣伝方法には目をつぶって、この映画を日本までもってきてくれたGAGAさんには大いに感謝しています。
 そして王家衛の新作は、今度はもうちょっと早く観たいです。もうトニーが主役じゃなくていいし、欧米で撮ってしまっても観ますよ。でも昔に戻るような作品は(強制終了)

 失礼いたしました。では、昨日51歳の誕生日を迎えた葉問師父ことトニーの画像を貼って、一代宗師祭りをお開きにしたいと思います。お付き合いいただき、誠にありがとうございましたm(__)m。

Ton0106

この半ズボン(としか言いようがない)穿いた51歳、昨日のお誕生日は思い切ってこういう髪型にしたそうですよ。あははははは。ホントに51歳なのかこの人は。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

隠し玉はいつまで隠し玉なのだろう。張震飾一線天。

 SNSで回ってくる『グランドマスター』の感想で多く見かけたのは、「なぜ葉問と一線天(字幕ではカミソリ。本記事では原語名で通します)は戦わないんだ?」という不満。まあ、多くの人々がすれ違っていくのが王家衛作品だから、別に葉問と一線天が戦わなくてもこっちは全然構わないんだけど、あれだけアグレッシブなアクションを見せられちゃったら、そりゃあ期待もしたくなるわな。しかも八極拳を体得した張震自身が、八極拳の大会で優勝したとか言われちゃったらな。

Grandmaster3

   いや、ここではそんなことを言いたいんじゃない。
 ブエノスアイレス以来の王家衛作品の常連俳優となり、今や台湾を代表する中堅男優となった張震だが、なぜ彼は王家衛作品では出番を削られるのだろうか。名優を父に持ち、今は亡きエドワード・ヤンの2作で鮮烈なデビューを飾った彼は、映画3作目で王家衛に呼ばれてアルゼンチンに飛び、途中離脱したレスリーに代わって物語をなんとか支えたのに。
 ていうか、張震ってブエノスの他で王家衛とガッツリ組んだのって、DJ SHADOWの「SIX DAYS」と「若き仕立屋の恋」くらいなものか。2046ではカリーナを刺した男と未来世界のレジスタンス役だったのに、どっちも一瞬だったもんな。でも9年前のアレでは来日してたんだよね。


張震の魅力は何だろうなーと考えると、朴訥な青年から眼光鋭い刺客までなんでもこなせる役柄の幅の広さと軽やかさかな。ブエノスのチャンと今回の一線天を見てもよくわかる。
 いろいろな役どころの彼を観てきたけど、好きな役どころはなにかなあ、『地下鉄の恋』の鐘程に『ブラッド・ブラザーズ 天堂口』のマーク(物語自体はあーうーだが)に呉清源かな。どれもキャラが違うのがいい。
 しかし王家衛はなんでまた、長編で彼をうまく使わないんだろうねー。前にも書いたけど、そろそろ張震を主演に据えて撮ってもいいと思うぞ。

Tonychangchen0106

張震近影(といっても1月の一代宗師プレミアだが。右の人の半ズボンについてはここで言うことではない。単に貼りたかっただけ)

 

 さて、一線天を観ていると思いだすのは、やっぱり八極拳使いということで、パンフにも寄稿されていた中国武術研究家・松田隆智さんが原作を担当した藤原芳秀さんのマンガ『拳児』。


文庫版は全12巻か…。マーケットプレイスで探してみるってのも手かな。

 中国武術をたしなむ祖父から拳法に誘われた少年・拳児が成長して八極拳を学び、高校を中退して香港から大陸へと渡っていくこの物語(うろ覚え)は、少年サンデー連載時に少しだけ読んだ覚えがある。この本筋と同時に、八極拳の発展に寄与した武術家・李書文の挿話も描かれていたような気がする。うーむ、当時はまさか自分が香港映画にハマったり、中国語を学ぶとは思ってなかったので、きちんと読んでないんだよな。この機会に読み直したくなったなあ。

 これまで香港(というか中国でもか?)で書かれてきた中国武術としては、代表的なものは少林拳(少林寺拳法は日本独自のものだそうであしからず)、そしてこの映画と葉問二部作で描かれた詠春拳しか思いつかないが、劇中で金楼の勇さん(劉家勇)が「雑多な拳法さ」と演武していた洪家拳も映画のネタになってたかもしれない。そのへんお詳しい人はたくさんいると思うので、後で調べておいてリンク貼りましょう。

 よく考えれば『グランドマスター』は葉問の詠春拳や一線天の八極拳だけでなく、宮二の八卦掌や馬三の形意拳が登場し、それぞれの拳法を丁寧に紹介していることから、中国内外の武術家たちには称えられたらしい。この映画を作るために数多くの武術家に取材を重ねたというのも納得である。だから王家衛作品を知らない誰もが期待した「中国武術の天下一武道会」ではなく、「激動の20世紀を生きぬいた中国武術家の群像」になったのはしょうがないと思うんだけどさ。だからと言って酷評すんなよとここで弁護しておく。

 それであっても、やっぱり一線天と葉問は、戦わなくてもいいからどこかで接点は欲しかったな。国民党の特務から離脱して香港に亡命し、理髪店を開業する傍ら道場を立ち上げて暗躍したんだろうな。そしたらなおさら一線天が主人公のスピンオフが見たくなったのである。
 どうかね王家衛よ、この映画は自作では香港及び大陸で最大のヒットを放ったのだから、ここは肩の力を抜いて、澤東公司&春光映畫でいっそのこと公式スピンオフで《白玫瑰理容廳》とか作ってみるってのはどうだろうか。監督はジェフ・ラウかしっかりした若手、主演はもちろん張震、ヒロインは台湾の若手女優、脇役は現役アクション俳優、そしてカメオでトニー登場!とかさあ。やってくれたらもちろんワタシは観るよ。
 …なんてこと言ったら、いろんな人に怒られるかなあ(^_^;)。

 さて、いよいよ日本上映も最終週なので、次回更新は今までに書き落としていたことやらなんやらを書いて、一代宗師祭りの締めとしたいと思います。
 そういえば今週の木曜日は、トニーの誕生日だねー…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

気に食わない小娘が、実にいい女になって帰ってきた。章子怡飾宮二

  我が初ツーイーは『グリーン・デスティニー』だった。その印象が強かったので、ツーイーはいつまで経っても小娘だったし、順番は逆に観たのだが、殿方に評判が高いという『初恋のきた道』にもどーしてものめりこめなかった。
 特に張藝謀作品に顕著なのだが、ツーイーは小娘感がとにかく高い役ばかり振られ、それがどういうわけか高く評価される。『英雄』を例に取ればわかるのだが、全体を通したヒロインはマギー演じる飛雪であるのにも関わらず、物語の最初に持ってこられた劇場の赤のパートでの(あまりいい意味ではない)大活躍のせいで、主役であるリンチェイの次には、二番手のトニーでもなくてヒロインのマギーでもなく、彼女がクローズアップされるというなんとも複雑な状況に陥った。その後、ハリウッドにも進出してえらく活躍したわけなのだが、それでもやっぱり初見の小娘感が抜けきれなくて、どうも好きになれなかったんだよなあ。

 だけど王家衛は違った。彼の撮るツーイーはなぜか他の映画より魅力的に見えた。
それは『2046』の時から薄々と感じていた。あの映画(そういえばあれも拡大公開&日本のトップアイドルの出演ということもあって、やっぱり宣伝ではミスリードがあったよな)で彼女が演じた白玲は、北京語をしゃべり肌寒い香港からの脱出を夢見るホステスで、トニー演じる自称作家の周慕雲とは体だけの関係を結ぶ、かなり蓮っ葉なビッチではあったけど、そういう役どころを振られながらも、これまでの出演作に感じていた小娘っぷりはみじんもなく、かつて張藝謀が彼女を起用した映画に漂っていた“らぶらぶ邪念”というものが全くなかったことに気付いた。そうか、王家衛は彼女に対して余計な邪念を抱いてないのだ、とその時は思ったし、翌年の金像奨で主演女優賞を受賞したのにも大いに納得した。

Tonyziyi104  

 

これが2005年の金像奨。ツーイーのドレスにはいつも感心しないのだが、これは個人的に好きだったりする。ドレスというよりセパレーツ?

 そうであっても以降の彼女は相変わらず小娘だった。しかも以前にもまして小娘だった。あまりの小娘っぷりに、英語由来の「ツィイー」という表記を見るだけで「この小娘め!日本語表記も早いとこ中国語由来にしろ(八つ当たり)」というようになった。まあ、大陸出身の女優がいくらたくさん出てきても、ヴィッキーや周迅やジンレイではまだまだ一般に知られることはなかったもんな…。

 そんなわけでツーイーが再び王家衛作品に参加し、しかも妻(ソン・ヘギョが演じると聞いた時も驚いたけど)ではなくて葉問と愛し合う女性武闘家の宮二こと宮若梅を演じる…と聞いたら、いくら前作での好演があっても、いろんな不安が起こるのは言うまでもないじゃないすか(笑)。そんなわけで2046でのことなんてすっかり忘れて、かなり身構えながら観てたんだよね、彼女のことを。まあ事前にあまり情報も入れず、キネ旬で葉問と宮二のラブストーリー的な含みを持たせた文章を見つけたらたちまちスルーしたくらいだからねえ。

そして挑んだグランドマスター1打目。…いやあ、いい役どころじゃないか宮二って!
まあファザコンで気が強くて女だてらに武術の継承者を目指していて、父が認めた葉問と拳を合わせて恋に落ちてしまったものの、父が兄弟子に殺されてしまったので恋や女の幸せよりも復讐を誓って戦い、内戦から逃れて香港に行って医院を開き、結局結婚もせず子供も作らず弟子も取らずに独り身のまま死んだと彼女の演じどころをネタバレ全開で書けば、宮二はなんだか不幸な女のように思えるけど、あの時代背景と武術家としての生き様を考えれば、決して彼女は不幸でもなんでもなかったんだよな。彼女もきっとそれをよく理解していて、中盤まではノーメイクと飾り気のない女性用の長衫(+ゴージャスなファー襟のコート)をまとい、抑えた演技と凛々しいアクションを決めていったのが好印象だった。
 以前の感想にも書いたが、宮二と葉問の手合せの間に芽生えた感情を男性はセクシュアルなものとしてとらえ、あるいは王家衛作品の中でも恋する惑星好きが「その時、二人の距離は5センチ(単位はテキトー)、一瞬、二人は恋に落ちた」とか言って語ってもらっても、彼らの間には性的な欲情でも、理由のいらない一目ぼれでもなく、志を同じくする者の魂の交錯と結び合いが生じたとワタシは考えており、そんじょそこらのありきたりな恋愛に展開するわけはないだろうな、と思ったら、さすがに北派の継承者の娘らしい誇りを貫き、香港で再開した葉問にそっと思いを告げての退場というのがとても好ましかった。

 twitterでフォロワーさんが言っていたのだが、葉問と宮二の間に芽生えたのは決して恋愛感情ではなく、ソウルメイトとしての結びつきではないかという説にワタシも強く共感する。同じ道を目指す者同士に芽生える絆というのは、これまでホモソーシャル的な展開のエンタメでは描かれてきたが、恐らく中国武術は男女の性差が能力に反映することは少ないので(そもそも詠春の発祥は女性の護身術からであり、始祖が女性であるということもあるし)、こういう方法で男女の恋愛を超える魂の結びつきを描けたというのは素晴らしいことではないか。

 王家衛作品の永遠のテーマは「愛の喪失」であるが(ここで書いてます)、この作品では珍しくこれが強調されない。それはなぜかと考えたら、おそらく鍵はこれまでに書いた宮二の生き方にあるような気がする。愛ではなく武術に生き、葉問との出会いと交流を自らの糧とし、自らの使命を成し遂げてこの世を去った彼女は何も喪失していない。ただ、跡を継がなかったことで彼女が父親から伝授された六十四手や葉底蔵花などの技は喪失してしまったが。

 そんなふうに考えると、ツーイーはホントにいい役をもらえて、そしていい面を見せてもらえてよかったねえと思うのだが、いくら出番が多いから、好演だったからといっても、この映画の主役は彼女ではなくて、あくまでもトニー演じる葉問であり、彼を中心とした武術家たちの彷徨を描いた作品なのだ。決してそれを忘れてはいけない。

 というわけで、次はもう一つの武術・八極拳の使い手である一線天と、彼を演じた張震のことについて書きます。そろそろファーストランも終わりそうなので、なんとか今月中にアップしないとね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

老けたんじゃない、枯れたというべきだ。我々だって年老いた。梁朝偉飾葉問

 王家衛は日本の映画ファンから忘れられても、トニー・レオンの名はある程度知られている。
 もちろん、ジャッキー・チェンには負けるだろうがな(キリッ)。

Yipmantony103

…ってこの写真をアップしたら、確実に負ける気がするなあ。
確か10年くらい前の葉問イベントに出席していたトニーと木人椿。

 

『グランドマスター』公開直前に、4年ぶりの公式来日を果たしたトニー。
まあ基本的にオフの時はカリーナと北海道のゲレンデにいてスキーしてる姿をよく目撃されているから、しょっちゅう来ているに違いないんだろうけど。今度東北新幹線はやぶさに乗って岩手の安比高原にもおいでよー、なんて本人の前で言ってみたいけど、そんな機会ねえよ田舎もんのオレには(苦笑)。

 王家衛の全11作品中7作品(うち5作品主演)に出演し、一部ネットメディアでは「王家衛のミューズ」とまで称されたトニー。金像奨主演俳優賞を5度受賞、『ラスト、コーション』でアジアンフィルムアワード男優賞受賞、そして『花様年華』でアジア人2人目、香港人初のカンヌ国際映画祭最優秀男優賞受賞という華々しいキャリアを持ち、まさに「香港が世界に誇る」男優と化したのではあるが…。華人にしては控えめかつ天真爛漫(!)なキャラのせいなのか、それ以外に何かあるのか知らんが、どうもあまり注目されないような気がするのよね。まあ気のせいなのかもしれないが、5年前のすまステとか、すまスマとかのぞんざいな扱(強制終了)
 でもあまり注目されない方が、ファンとしてはありがたいのかもしれない。ってそれは消極的すぎか?

 まあ、彼は今でも年齢よりはいくらか若く見えるので、アイドル的扱いをしても問題ないのかもしれない。でも香港のアイドルといえば、レスリーだったりアンディだったりで、彼らとはやっぱり個性が違う。やっぱり性格俳優的側面で見た方がいいのかな?と個人的には思っている。

 トニーは若いころから演技派として鳴らしてはいたものの、実は90年代からゼロ年代初頭ぐらいまでは、大作クラスの映画に出る俳優になるとは全然思いもよらなかったのである。今思えばきっかけは『英雄(HERO)』だったのだろう。同時に『インファナル・アフェア』も来たのだから、11年前が一種のターニングポイントなのかもしれないのか?この後大陸との合作や、久々のコンビとなるウーさんや初顔合わせとなる李安さんの作品などの大作が続いてたので、そんなことを感じたりして。その一方、ゼロ年代前半まで1年に1作は《天下無双》 《好運超人》 『地下鉄の恋』のようなローカル度満点の香港映画に出ていたけど、ここ数年は全く出なくなったのが残念。最近作の『大魔術師』や《聴風者》は大陸を舞台にした作品だからなあ。
  これは正直、寂しかったりするんだ。特にここ数年は若手映画監督による大陸出資でも香港ローカル色が強い作品が台頭してきていて、彼にもこういう作品に出てもらって、若手スタッフをサポートしてもいいんじゃない?って思うんだけど、もうギャラがかなり高くなっているだろうからね。

  それもあったから、プレノンアッシュが黒沢清監督作品として『1905』を企画してくれたのは嬉しかった。アホなマスコミは「前田敦子世界進出作」とか抜かしよったけど、トニーの演技が共演予定だった彼女や松田翔太くんといい化学反応を起こすんじゃないかって思ってたけど、結局いろんな事項が複合的にかち合ってプレノンの倒産により頓挫。…まあ、プレノンにとって起死回生のチャンスだったのだろうけど、潰れたのは何とももったいない。どこかでリベンジは期待したいものだが、これが大幅に書き換わって、某☆月童話みたいなベッタベタな恋愛ドラマにならないことだけを願う。いや、キヨシ黒沢でなくても、是枝さんとか大友さんとか(監督名が趣味丸出しでスマン)でもオッケイだし、日本語をしゃべらせなくてもいいですから。どちらにしろ「ヤダ!」とかなるだろうしさ(笑)。

3年に渡る(その間2本撮っているけど)一代宗師の撮影を終えたあとは、しばらく休業に入るというトニーだけど、これがマギーみたいに表舞台に出なくなるってことは…なければいいよなあ。そして王家衛とのコンビも、当分お休みしてもいいと思う。

   しかし、SNSで見た一代宗師の感想を見ると、絶賛でも酷評でもやたら目立ったのは「トニー老けたねー」という言葉。
…そりゃそうだろ、我々だってその分老けてるんだぜ。当たり前のこというなっての!と暴言を吐きながら、取り止めのないままこの項終わり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

墨鏡熊猫(グラサンパンダ)の見果てぬ夢。王家衛の映画論

 現在絶賛開催中の一代宗師祭り。とりあえず今月いっぱいは続けます。
興行収入が初登場4位だというのは意外な気もするけど、金曜から上映しているということを考えたら…(泣)。
 まあいいです。これからできる限り観ていきますよ。

 さて、今回は王家衛についての話。
いつものごとく長文爆発ゆえ、御用のある方や長文を読むのがウザい方のために先にアウトラインだけ言っておくと、

「もうすでに『恋する惑星』や『天使の涙』だけでウォン・カーウァイを語るのってダサいですから」

ってことです(爆)。
…ってそれ以前の話かもしれんな。今の若い「映画ファン(この場合はシネコンで映画を観る層じゃなくて、ミニシアターに足を突っ込んで世界の映画の面白さに目覚めたくらいの層)は王家衛の名前を知らんだろうからな。あと、今回は上記イメージ+シネフィルの評価だけで王家衛のアンチになってる方にも捧げます。ひ○○読者とか(笑)。

 

 王家衛は25年の監督キャリアを誇っているが、その間に11作(うちオムニバス短編1本、あとは07年の『それぞれのシネマ』で3分のショートフィルムも製作)しか作品を発表していない。

 いますぐ抱きしめたい(88)
 欲望の翼(90)
 恋する惑星(94)
 楽園の瑕(94/終極版:08)
 天使の涙(95)
 ブエノスアイレス(97)
 花様年華(00)
 2046(04)
 若き仕立屋の恋(『愛の神、エロス』の1篇/04)
 マイ・ブルーベリー・ナイツ(07)
 グランドマスター(13)

 作品数が少ないせいもあってか、実は意外にも全作品が日本公開されている。
彼と同じく文芸作品を多く手掛けるアン・ホイさんの作品は、97年の『スタントウーマン』から去年の桃姐まで実に15年間も日本公開がなかったので、それと比較すると高確率(100%だし)のすごさがよくわかる。
 しかも、一番最初に日本公開されたのはデビュー作の『いますぐ抱きしめたい』(91年公開)!実は当時そういう映画が公開されていたというのは、映画ファンになりたてだったワタシも知っていたのだが、こてこてのハリウッド映画好きだったので、気に留めなかったというのが真実だ。

 だけど、日本で彼の知名度が上がったのが、香港返還を2年後に控えた1995年に公開された『恋する惑星』と翌年公開の『天使の涙』であった(以下2作まとめて「重慶マンション2部作」と呼ぶ)。これはやっぱり、当時配給を手掛けたプレノンアッシュ(今年2月に倒産)の力が大きい。当時はバブル崩壊直後であっても、東京では渋谷系文化から派生したミニシアターブームが起こっていたので、プレノンは「タランティーノ絶賛」「無名の俳優2人を大フィーチャー」「香港を強調しない」という、従来の香港映画の枠にとらわれない宣伝を繰り広げて、見事にオサレ系若者をキャッチしていたことを記憶している。
 ま、そういう時代だったんですよね、90年代中盤は。バブルほどスノッブじゃなくて、音楽も映画も文学もとんがったものがカッコいいという時代。それに重慶マンション2部作はうまく乗っかれたので大ヒットを飛ばせたのだ。

 しかし、王家衛作品の代表作は本当に重慶マンション2部作だけなのか?
 プレノンは1991年に東京国際映画祭コンペ部門に出品された『Days of being wild』こと『欲望の翼』を買い付けて配給し、97年には『ブエノスアイレス』の製作にかかわっている。特に前者はプレノンでももっとも売りたかった作品であり、重慶マンション2部作公開時にリバイバル上映もしている。アルゼンチンでの苦難の撮影が語り草となっている後者も同様であろう。ちなみに両者とも、撮影時の苦労が多かったということはすでに伝説である。
 それであっても、多くの人々は「ウォン・カーウァイ」と聞くと未だに重慶マンション2部作の名前を出したり、金城武やフェイ・ウォンの再登板を願う。なぜだろう?確かに2部作も悪い作品ではないが、あれが全て王家衛の魅力だとは思えない。即興&短期間に撮られた面白さは認めるが、ワタシにとっては、長い撮影期間と俳優・スタッフとの幾つもの葛藤を経て作り出され、目の前に出された王家衛作品―それこそ、カタカナの「ウォン・カーウァイ」ではなく漢字で書いた方がしっくりくる作品群に魅力を感じるのだ。

 デビュー作の『いますぐ抱きしめたい』は、80年代末期の香港で繰り広げられる、チンピラのアンディと幼馴染のマギーの恋物語であったが、日本公開当時の資料をひっくり返すと、山口百恵と三浦友和の共演作のような雰囲気という表現をいくつか見つけた。ああなるほどと当時は思ったものだが、『欲望の翼』はそれとはっきり趣を異にしており、それ以降は『欲望』の影響が色濃く及ぼされる作品が続く。
 60年代以前の時代、アンディやレスリー、トニーやマギーを始め、學友さん、カリーナ、ブリジットなどの当時の香港スターたちが他の作品では決して見せなかったであろうアンニュイで官能的な熱演、ラテン音楽などの既製曲を効果的に使いながらPVのように撮影されて断片をセンス良くつなぎ合わせた構成。そんな装飾を施されて語られるのは、恋愛の喜び、すれ違い、そして失ってしまった愛への想い…。このテーマは武侠映画であっても、主人公がゲイになっても、某日本人アイドルの出演が決まっても繰り返され、その反復っぷりは王家衛が敬愛する村上春樹そのものじゃないかと思わせられるくらいのものであった。そのじれったさが好きな人もいれば、ウザいと思う人もいるだろうな。
 このテーマは重慶マンション2部作やブルベリにも引用されているし、描かれ方も悪くはないけど、やっぱり好みとしては、欲望やブエノス、そして花様年華の方がいいと思ってしまうし、先の3作品をもてはやす人々には後の作品も観てよって思ってしまうのだ。

 確かに重慶マンション2部作の登場は衝撃的だったし、あの路線のカーウァイ作品をまた観たいと願う人は多いんじゃないかと思う。だけど、彼はもうあの路線には戻らないような気がする。今や即興演出は珍しい技法じゃないし、彼の影響を受けた監督も登場している。例えば昨年公開された蜷川実花の『へルタースケルター』では、早回しや彼女お得意の色味の強いデコラティブな画面作りをしていたけど、ご本人が恋する惑星好きを公言しておられるので、観ている間にそれを思い出しつつも、いやーまだまだ王家衛やカメラマンのクリストファー・ドイルやリー・ピンビンの域には全然達してないぜニナミカよ、なーんてなった気して(カッコつけて)つぶやいていたっけ。タランティーノもフォロワーを呼びそうな監督で、日本マスコミがバカの一つ覚えのように「日本(○○)のタランティーノ」なんて枕詞を新人監督につけることに冷笑していたけど、フォロワーが生まれない個性を持つのが映画監督の強みであるし、今後もぶれないテーマ性をあらゆる舞台や技法やスタッフを使って(もちろん、衣裳・美術・編集のウィリアム・チャンとは強力なタッグを組んでいてほしい。彼の映画が映画たり得るのはウィリアムさんの力が大きいから)、だれにも真似されない(ただし香港の一部の監督はしょうがないので許す)唯一無二の映画を作ってほしいと思うのである。それがアンチに毎度のごとく罵倒され、詐欺すれすれの宣伝に引っかかった人々に失望されてもだ。

 そして、今回の『グランドマスター』で良くも悪くも王家衛という人に改めて注目した若い人には、是非、彼の過去の作品を観てほしい。シネフィルになりたい人も、映画を撮りたい人も、それ以外の人も。来月はシネマート六本木と心斎橋で日本初公開の『楽園の瑕終極版』を含めた作品が劇場公開される「王家衛フェスティバル」があるし、プロデュース作品も含めた数作品がDVD化される。映画には多様性がある。香港映画は決してジャッキー・チェンだけじゃないし、中国映画は人海戦術なアクションものばかりじゃない。映画を好きになるのなら、まずはジャンルや思い込みを捨て、多様な作品に触れることが大切だ。それを知るためにも、芸術と娯楽が両立している王家衛作品はいい見本だと思うのだ。
 そしてできればカタカナの「ウォン・カーウァイ」ではなく、漢字の「王家衛」で覚えてほしい。漢字を使う国の人間だからこそ、この名前で覚えた方が、なんとなく得をしている感じがするので(笑)。


王家衛作品を観たことがない人には、この2作を続けてみることが個人的におススメ。
さらに『欲望の翼』も観たら完璧。後は好きな順番で観てほしいわ。

 『グランドマスター』の中盤、宮寶森と葉問が思想を競った場面で印象深かったこんな台詞がある。
 「完璧でないから、進歩がある」
 これは葉問が言ったセリフだけど、王家衛作品に当てはまるなあと思った。作品的には完璧だといえなくても、自分の描きたいテーマをいかに描こうかと相当な準備を重ねて前進を試みる…あれ、ちょっと当てはまらない?
 まあいい。お馴染みの黒いグラサン(中国語では墨鏡というらしい)で目を隠すようになかなか本心を見せてくれない監督だけど、どんなに待たされても毎度作品は楽しみながら観ているし、次回はどんな手の内を見せるのかという楽しみもある。欲を言えば、そろそろ張震に長編で主役一本張らせてあげてもいい気がするが…。それは当分先かしらん。

 しかし、こうやってかなり上から目線で書いているけど、ワタシの初王家衛作品が、実は『恋する惑星』だった。学生時代に『悲情城市』を観て以来5年ぶりのスクリーン上でのトニーとの再会で、そこで改めて好きになっちゃったのよねー。それからは『天使の涙』『欲望の翼』『楽園の瑕』と観て、『ブエノスアイレス』と『花様年華』で実質上完墜ち(笑)。
 はー、自分も威張っているわりには結構平凡でしたね、すいませんねホント。

 そんなわけで次はトニーについて書きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

グランドマスター(2013/香港・中国・フランス)

 ワタシは長年王家衛ファン、もとい香港映画ファンをやっているので、製作発表時に予告された作品と全く違う完成品が目の前に差し出されても、決して驚くなんてことはない。ましてや怒ることもない。だいたいにおいて香港映画の製作本数は合作であっても他国に比べて少ない。だからこそ、どんな駄作を差し出されても文句は言わずに鑑賞し、素直に賞賛し、ツッコむところはツッコむように心がけている。

 今からだいたい11年くらい前のことだったと思う。『花様年華』が無事公開され、同時進行で作られた『2046』が一時中断していた頃だ。その『2046』の次のプロジェクトとして王家衛が発表したのが、李小龍(ブルース・リー)の師匠である葉問(イップ・マン)を描く作品だった。当然、主演は我らがトニー。この知らせに、ワタシだけでなくほとんどのトニーファン、いや香港映画ファンが驚いたのは言うまでもない。しかしこれまで様々な企画を発表してきては潰れ、予告と完成品が全く違うこともたびたびあったのだから、「まー今回も潰れるかもしれないわねー、王家衛は基本的に信用ならんから」などと高をくくっていたのであった。その間、04年に2046、05年に『エロス』の1本、そして08年に初の欧米映画『マイ・ブルーベリー・ナイツ』の後、王家衛は表舞台から姿を消す。
 その沈黙は5年。それは日本の映画ファンから王家衛という名を忘れさせるのには十分な時間だったのだろうか?ただ、この5年間で日本の映画ファンの状況がガラッと変わったのは事実だ。

 しかし、5年たっても王家衛はやっぱり王家衛だった。そこがファンとしては嬉しかったが、タランティーノは知ってても恋する惑星なんて知らない映画ファンには、そんなことなどどうでもよかったに違いない。今年初めの中華圏公開、2月のベルリン映画祭オープニング上映を経て、待望の日本公開が始まったばかりの一代宗師こと『グランドマスター』への「一般的な映画ファン」の声を聞き、落胆したのであった。

 いや、ここではそんなネガティブなことをどうこう言うわけではない。それは別項に譲り、まずはこれが初見となった国際版の感想を書いていきたい。

Grandmaster2


改めてオリジナル予告編を。

 結論から言えば、王家衛がただのカンフー映画を作るわけないのは、もう想定内のことである。これで先行する葉問2部作ワンチャイシリーズのようなガチなカンフー映画は全く期待してなかったし、彼に『グリーン・デスティニー』を作った李安さんのような器用さや柔軟さがないことだって承知している。だからこそ、彼が珍しく予告通りの作品を仕上げてきたことに驚いたのであった。
 それは見事なまでにただのカンフー映画ではなく、かといって今まで彼が撮ってきたようなじれったい恋愛映画でもなかった。20世紀という時代の激変に翻弄された武術家たちの彷徨を描く映画だった。

 そりゃ、本格派アクションスターであるドニー・イェン(以下ド兄さん)が詠春拳をバシバシ決めてくれる葉問二部作は、敵が日本軍であっても非常に面白く楽しい映画だった。だけど、実在の人物である葉問自身はあんな人生を送ってきたわけじゃないというのは、直感的にわかった。王家衛が「葉問は文人の気質を持っていた」と繰り返し語っているが、そういう面を強調するところから、幼いころより何一つ不自由せず、自らの鍛錬のために武術を学んでいた高等遊民(ニートともいう)の葉問(トニー)が北派の武術家たちと交わり、その交流も日中戦争で引き裂かれて、ついには住み慣れた土地をも追われていく。(いくら武術をたしなんでいても、ド兄さんの葉問のように豪快に日本兵を倒すなんてのは映画では許されても所詮夢物語だ。もちろん日本人的にだって本音を言えばそんなものは観たくないもの)このように、史実に比較的近いエピソードを重ねて描けば、必然的にああなるだろう。だから、思った以上に地味になるのはしょうがないのよ。

 それなら、拳を合わせることで生まれる人と人との交流に視点がいくのにも納得である。
葉問と佛山の妓楼に潜む武術家たちとの手合せも、官能的な描写を褒め称えられる宮二こと若梅(ツーイー)との戦いも(ただ、あの描写には官能性はあってもセックスしてるとまでは思わなかったなあ。当然意見には個人差がありますよ)然り。宮二の父親で八卦掌の宗師、宮寶森(王慶祥)こそ、自らの意志を継ぐ人物として葉問を選んだ時、拳でなく思想で対峙したけど、あれもまた見えない拳闘であった。そして、クライマックスに訪れる宮二と、兄弟子であり父の仇でもある形意拳の使い手馬三(張㬜)との奉天北駅での対決にも、同じ師を持つ二人だからこその葛藤が見えるようである。爽快なカンフーではないので、止めは刺されないが、あれで十分復讐は果たされている。『るろうに剣心』の「不殺の誓い」と同じである。時代が変わってしまったから止めを刺さないのが正統的なのだ。

 ただ、その拳を交流ではなく、修羅の道を行くために使っている例外が一人いる。それが八極拳の使い手の通称“一線天(字幕ではカミソリ)”だ。本編では葉問とはすれ違うことはなく、宮二と何度か遭遇するくらいではあるが、彼もまた時代に翻弄された武術家である。彼の目から見たもう一つの物語も確実に存在するはずだ。

 このように、葉問を始めとした武術家たちの生き様をなぞってこの物語を見ると、いつもの王家衛らしくもないのか?と思われてしまうだろう。だけど、王家衛の真骨頂は終幕近くにふいに訪れる。香港で再会する葉問と宮二の姿は、まさに王家衛好きにはお馴染みのたたずまいを見せてくれる。特に宮二は奉天時代はほとんどノーメイクだっただけに、ルージュを引いて登場すると途端に艶やかになる。王家衛作品の恋愛模様は村上春樹ばりの反復(これが嫌いな人もいるだろうがね)が特徴ではあるのだけど、意外と控えめに感じた。それでも、過去作品を思い出させるには十分。

 だからこれは、配給会社がしきりに推してたカンフー映画でもなく、甘っちょろくて不釣り合いなR&BをイメージソングにしてMV代わりにするような安い恋愛映画なのでもないのだ(プロモについてはここでも書いている)。最近の映画ファンはやたらとジャンルに固執する傾向があるようだが、予告を鵜呑みにして文句を言うのは野暮なもんだ。映画ファンを名乗るならもっとリテラシーを磨きなさい。そのためにDVDやBDで王家衛の過去作品があるわけだし、イップ・マンもワンチャイも観られるのだから、そっちも観てほしいし、ド兄さんとトニーは全くキャラの違う俳優であるってこともわかってほしいよ。

 そんなわけで、とりあえず第一次感想はこんなところで。
今後、一代宗師関連はちょっとまとめたいので、今後も思い出したら別記事でどんどんアップしていきます。
どうしても語り足りないところがあるからね。
もちろん批判もそれなりにしていくので、アンチな方々にも納得していただければ幸いです。

原題:一代宗師
製作&脚本&監督:ウォン・カーウァイ 製作総指揮:ソン・ダイ チャン・イーチェン ミーガン・エリソン 武術指導&出演:ユエン・ウーピン 撮影:フィリップ・ル・スール 美術&衣装&編集:ウィリアム・チャン 音楽:梅林 茂&ナサニエル・メカリー
出演:トニー・レオン チャン・ツーイー チャン・チェン マックス・チャン ソン・ヘギョ チャオ・ベンシャン シャオ・シェンヤン チョイ・カムコン ワン・チンシアン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年5月 | トップページ | 2013年7月 »