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『ベイジン』真山 仁

 先週、《功夫夢》こと『ベスト・キッド』を観たので、それについて書こうと思ったけど、先にこの夏読んだ中国がらみ小説の感想を。

 えーと、例によって例のごとく、『ハゲタカ』が好きなワタクシです(苦笑)。
 最近も映画版の地上波初放映に合わせてあれこれ騒ぎまくったのだけど、その狂乱ぶりはこちらに書いたのでお暇な方は見て笑ってやってください。
 実は、あれだけドラマや映画にハマっておきながら、原作を読んだのは昨年末(爆)。
 経済小説だもんな、難しいだろうなーと多少敬遠していたこともあるんだけど、いざページをめくり始めたら、日本経済の現代史の中を強烈な個性のキャラクターたちが疾走し、彼らが世界経済にまで対峙していくスケールの大きな展開に魅了され、読むと止まらなくなって約1週間で文庫全4巻(パート2まで)を読破していた。
 シリーズ3作目の『レッドゾーン』(ここでもちょっと触れている)は、テーマのひとつに中国系ファンドの日本企業買収が取り入れられていて、映画にもその要素が含まれている。だけど、これは昨年出版されたばかりで、おそらく文庫化は来年。だからまだ未読なのだけど、真山さんがその前に書かれた長編『ベイジン』がこの春文庫化されたので、読んでみた。

 2005年。ベテランの原発技術者田嶋伸悟は、大連郊外の紅陽市に建設される世界最大の原子力発電所・紅陽核電の技術顧問として、中国に赴任した。同じ頃、エリート共産党員の鄧學耕は、その大連市の党副書記を命ぜられ、紅陽核電の中国側運転開始責任者にもなる。実はこのとき彼は、腐敗分子である大連市長とその周囲を告発して一掃することも命じられていた。
 同じ年、米国で活動する若き映画監督、レニ・ヤンこと楊麗清は、カンヌ映画祭でカメラドールを受賞して脚光を浴びる。一人っ子政策に題材を得てドキュメンタリータッチに撮った劇映画が高評価を受けたのだが、受賞記者会見でフランス人記者に政治的な質問を浴びせられ、うんざりしていた。そんな彼女の夢は、天安門事件に構想を得たフィクションだったが、中国側はもとより、映画プロデューサーである米国人の恋人にもその考えを受け入れてもらえなかった。
 中国に赴任した田嶋は、建設現場の状況のずさんさに驚愕する。運用開始日は2008年8月8日、つまり北京五輪開会式の日であった。それまでに施設が完成できるのだろうか?と彼は焦る。冬のある日、強風による施設の倒壊事故が起き、彼は鄧の制止を振り切って救出に奔走する。工員の立場を思いやり、彼らの言い分に耳を傾けることを心掛けた田嶋は、中国式とも日本式とも違う現場作りを目指す。さらに彼は、現場で使われている欠陥だらけの建材が、政府の実力者の息がかかった企業によるものであることを知り、安全性の確かな日中合弁企業のものに換えるように提案する。その実力者こそ、鄧が狙いを定めていた人物の一人だった。長らく反目しあっていた田嶋と鄧はここで一致団結し、原発の建設と通電の成功に向かって邁進する。
 それより少し前、映画作りが頓挫して米国でくすぶっていた麗清のもとに、北京五輪の記録映画製作の依頼が舞い込む。彼女は一念発起し、再開発中の北京へと戻る。彼女はこの映画作りで、五輪の光の部分だけではなく、重労働を強いられる民工の姿や街の陰の部分をカメラに収め、事実をありのまま撮ることにした。その取材で田嶋と鄧に出会った彼女は、二人に未来への希望を感じ取る。
 そして運命の運用開始日を迎えたが、なぜか田嶋は鄧によって拘束されてしまう…!

 これは、真山さんが中国を舞台にして書いた最初の小説。そしてこの小説の連載を始める直前まで、渡中の経験も全くなかったとか。だけど、あとがきによると翻訳家の泉京鹿さんや在中の若手コラムニスト、加藤嘉一さんのサポートを受けられたということで、現代中国の状況についてはしっかりリサーチされているような気がする。
 実はもっと中国に対して批判的な目を向けて描いているんじゃないかと心配していたんだが、それは杞憂に終わった。 真山さんの小説は、主人公を一人立てても、それを中心にして複数の人物に視点をおいて同時進行で行動を追っていくので、これで物語の客観性を保っているという特徴がある。実質的な主人公は日本人の田嶋さんだけど、彼と対をなす人物として中国人の鄧が配され、さらにその二人を、ひいては中国自体を客観的に見られる人物として、彼らよりもずっと若い麗清が配置されている。その中国人キャラクターも、しっかりとした背景が設定されているので、思ったより反中色は感じさせなかった。それは、鄧と麗清の共通項に「六・四(天安門事件)」があり、鄧はそれで北大の学生だった兄を亡くしたというトラウマを持ち、さらに麗清はそれをテーマとした映画の構想を練っているというところだ。
 5年くらい前の反日デモ前後から、日本でも多くの反中思想がネットを駆けめぐるようになったけど、その多くは木を見て森を見ない的な言葉が多く、ああ、ホントにこの人はホントの中国なんか知らんで反中反中いっとるんだなー思いつつ、その考えになんだかもやっとしたものを感じされられた。(それは、先日フィリピンで起こった香港人ツアーバスハイジャック事件で、多くのメディアが「香港から来た中国人観光客」という、かなり語弊をもたらす表現をしていたのにも、同じことを感じた)
 ワタシは一応中国語専攻だったので、共産党中央部の腐敗やらなんやらは昔からあったことだと知っていた。だけど、鄧のようなキャラクターがいて、こういうかたちで腐敗分子の排除を行うということが日本の小説で描かれたのは、多分これが初めてなんじゃないのかな。麗清のようなキャラクターは、わりといろんなところでは描かれてはいるんだけど。
 だから、突出して悪目立ちするところばかりが決して中国じゃなく、悪いことや古い因習、そして腐敗に対抗しようと試みる人々がいるということを書いてくれたのはよかったと思う。まあ、もしそれがフィクションで、実際にはそんなのないなんて言われちゃったら悲しいけどね。
 これは日本だからこそできることで、さすがに映像化して中国に持っていくことはできないね。

 で、実はおそらく中国以上に賛否両論を呼ぶテーマを、この小説はもうひとつ抱えている。それは、主人公の田嶋さんがかかわっている原子力発電である。
 原子の核融合により莫大なエネルギーを生み出すものの、それは原爆にも使われていたり、24年前に起きたチェルノブイリ原発事故でも知られるように、ひとたび何かあると甚大な被害を人間に及ぼす原発。ここ15年くらい、国内でも原子炉の事故が起こったけど、チェルノブイリの悲劇を覚えている身としては、原発の増設にどうしてもいい気分がしない、というのを我が意見としたい。
 しかし、電力消費量の増加と、既存の発電方法にも限界があること、そして中国のような国土面積も広く人口も多い国が国力を挙げるため、その他もろもろの理由によって、最近は原発が見直されてきつつあるという。その理由も大いに納得できる。しかし、やっぱり事故のことを考えれば…。

 そんな不安に対してかのように、田嶋さんは豊富な経験をもとに、日本の原発の確固たる安全性を中国の現場にも生かしたいと奮闘する。徹底した安全管理や、作業員への注意を徹底させる。最初はそれに反発していた中国人労働者たちも、工事現場の倒壊現場で田嶋さんがとっさに取った行動に驚かされ、彼の目指すものを理解して働くようになる。発電の恩恵を受ける住民だけでなく、労働者の安全も同じくらい大切に考えること、それはかつて日本が当たり前にやってきたことだ。その勤勉さを中国の現場に取り入れ、安全第一を心掛けてきた田嶋さんと鄧だったが、それでも妨害は入ったわけで…。

 そして、ネタバレになるので詳しくは描かないけど、五輪開幕の直後に紅陽核電で起こったとんでもない事件がクライマックスになるので、物語的にはどうしても原発の方に重きを置いてしまったようだったのが個人的にアレであった。いや、別にガッカリしたってわけじゃなくて、こういう流れは予想はしていたけど、ここでラストなのー!とちょっと驚かされたもので。

 そんなかんじでいまいちまとめ切れない感じで終わりそうなんだけど、それも何だなと思うので、個人的イメージキャストなんてもんを考えてみたい。ただし中国側に限るですいません(笑)。
  まず、鄧學耕は断然胡軍さんでしょう。クールだけど、どこかで希望を求めてやまない男が似合う。楊麗清は、年齢的にはツーイーや湯唯ちゃんの世代なんだけど、落ち着き感が欲しいので、実際に映画監督もやっている徐静雷。そして、遼寧省党書記を叔父に持つ鄧の秘書朱鈴(当然鄧に思いを寄せるようになる)に范冰冰なんて考えてみた。ここは社会的意見よりも映画的娯楽を打ち出しているので、こんなお気楽な終わり方をしてバランスを取ってみる次第。

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