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2010年4月

今回の成果と反省、そして次回への提言(笑)

今回の成果と反省、そして次回への提言(笑)
旧作では『片腕必殺剣』がなかったのが惜しい。でも『江山美人』 があったからいいとしよう。

某日本明星主演の大陸電影が2本あるのは、ファンというわけじゃなくて、単に中国語字幕で観たかったから(笑)。特にもう1作は日本公開の話を全然聞かないからね。

今回香港でできてよかったこと、できなくて反省したこと。

○天水圍まで遠出できたこと。
○重慶大厦でインドカレーが食べられたこと(但し、要リベンジ)
○5日間で一人当たりの雑費が2万円以内で納まったこと。
○映画が3本観られたこと。
○そして、父に喜んでもらえなかったこと。

×老師と約束した《獨臂刀》が入手できなかったこと。
×スケジュールを詰めすぎて父のスケッチの時間が取れなかったこと。
×GOD街頭文物館が観れなかったこと。
×在港の朋友の一人に連絡ができなかったこと。
×そして、父を振り回してしまったこと。

今度親といつ一緒に旅行ができるかはわからないけど、父はこれがきっかけで母とまたどこか行くらしい。それはそれでよかったのかな、と思う。
そんなわけで、春の香港親孝行旅行の記録はこれにて終了。
皆様、家庭の事情を延々書いてしまい、まことに失礼しました。m(_ _)m

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《志明與春嬌》(2010/香港)

 Pang Ho-cheung is back!
 tiffのアイドル、または第二の王家衛なんかじゃなくて実は香港の宮藤官九郎(違う)こと、我らがパン・ホーチョン待望の新作が《志明與春嬌》。
 しかも昨年新作を発表しなかった反動か、この後には次回作《ヴィクトリア一号(日本語訳)》も控えている。ついでに日本では昨年秋にやっとのことで『イザベラ』がDVD化。
 どうかどうか、今年こそホーチョンの知名度が上がりますように!と思いつつ、映画を観に行った。

 2007年、香港政府は喫煙法を改正し、屋外の指定場所以外の喫煙を禁止すると決定した。すると、必然的に喫煙場所にはそれぞれのオフィスを締め出された愛煙家たちがたむろするようになっていた。
 サラリーマンの志明(ショーン)と、化粧品店に勤める春嬌(ミリアム)は、その屋外の喫煙場所で運命的に出会った。愛煙家達のシモネタトークに爆笑し、火を貸し借りしているうちに、志明と春嬌はお互いを強く意識していく。実は春嬌は喘息もちなのだが、それにもかかわらずタバコが手放せない。それが気になる志明だが、恋に落ちるごとに二人のタバコの量は増えていく…。

 確か映画の冒頭に、「この映画は事実を基にした」的な字幕が出ていたような気がするのだが、気のせいか(笑)?その「事実」というのが、すなわち喫煙法の改正であり、それを報道するフィルムが大げさなBGMとともに流される。
 行き場のない愛煙家達の間で繰り広げられるのは、駐車場に停めた車のトランクから助けを求める声が聞こえたきたが…といったオフィスの怪談から、美女が腕につけたバングルに金髪のい○も○(品がないので伏せ字)が引っかかっていたというようなエロトーク。井戸端会議ならぬ灰皿端会議といったところか。
 その中から志明と春嬌はお互いを見つけ出し、やがて二人きりになって愛し合う。…残念ながら本編ではセックスまでには至らないが(苦笑)。改正喫煙法の犠牲者として、すっかりマイノリティになった悲哀を感じつつ、煙草をすいまくる二人だが、彼らを追いつめるように喫煙法は厳格化される。喫煙か恋愛か、というある意味究極の選択を迫られるのである。結果は…あえてここで書くまでもないでしょ(笑)。

 こんな恋愛映画なので、ミリアムとショーンというキャスティングはばっちり。よく考えたら姐さん女房なカップルなんだけど、ヨワヨワなくせについ意地を張って煙草をすってしまうミリアムのかわいらしさと、そんな彼女に引きずられながら気を遣ってあげるショーンの姿は、観ていて楽しかった。久々にかわいいショーンを見られて満足。
 その他に気がついたのが、中盤でミリアムに声をかける愛煙家の警官。これがなんと、昨年のNHK土ドラ『遥かなる絆』に出演してたグレゴリー・ウォン。彼は台湾ドラマにもいくつか出ているので、華流な方にはお馴染だろうし、でているということを予め効いてはいたけど、出てきたとたんにすぐ、「うわー、孫玉福が出てるよ~!」と驚いちゃったもの。一緒に観た父もあのドラマを観ていたらしく、「おお、あいつじゃないか。加藤健一の若い頃をやった人」と反応していたぞ。 

 ワタシは愛煙家じゃないので、飲み会で必ず服にタバコの匂いが移ってしまうのを気にしてしまうけど、だからといって、決してスモーカーを憎んでいるわけじゃない。でも、現在のタバコ業界が未成年や女性対象にターゲットを絞ってタバコを売っているような風潮が好きじゃないので、喫煙場所は制限するべきであるとは思う。タバコ農家の収入とかいろんなことを考えても、やっぱり制限すべきかと。

 そんなわけで喫煙制限に同意しつつも喫煙者を嫌いじゃないので、この映画で描かれる愛煙家達の繰り広げるドタバタには大いに笑いつつも、これからの香港社会も大変だわねー、ってもしかしたらこの映画、ホーチョン初の本格的恋愛映画と見せかけて、実はタバコを親の敵のように憎みまくっている社会の風潮にツッコミを入れているんじゃないか?そうするとある意味社会派映画じゃん、なんて思ったが、おそらく気のせいなんだろうなー(笑)。
 タバコで思い出したが、『イザベラ』でもタバコが重要な小道具になっていた。これもまた「タバコは身体によくない」というような裏テーマをこめた的なことを言っていた気がしたが、そのご当人はスモーカーなんだろうか?この映画がtiffに来たら、是非とも質問してみようっと。

監督&脚本:パン・ホーチョン 脚本:ヘイワード・マック
出演:ミリアム・ヨン ショーン・ユー チョン・ダッミン チョイ・ティンヤウ ジョー・コック グレゴリー・ウォン

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《月満軒尼詩》(2010/香港)

 今から3年前、『色、戒(ラスト、コーション)』で実質上の映画初出演を飾った大陸出身の女優湯唯は、トニー演じる漢奸の役人に色仕掛けで迫り、激しい性愛に溺れるスパイという難役を演じきってワタシたちの目の前に現れた。日本映画界でも女優が滅多に脱がなくなってしまったが(しかし某しのぶちゃんや某カンノ嬢以外にちゃんと脱げて同性の共感も得られるような女優はおらんのか?)、中華圏でもそれ以上に女優が脱がないのだから、これほど衝撃的な銀幕デビューを飾った女優は今までいなかったのではないだろうか?映画はともかくとして(こらこら)、まさに体当たりの演技を見せた彼女には、ワタシも大いに感服した。
 しかし、その勇敢さが中国の怒りを買い、大陸での芸能活動ができなくなってしまったのは、彼女にとって本当に理不尽だったと思う。でも、それがあったからこそ、香港で彼女の出演第2作と、役者としての幅広さを観ることができたのだから、かえってよかったのかもしれないね。

 その出演第2作が《月満軒尼詩》
 名脚本家のアイヴィ・ホーさんの監督第2作にして、主演は久々の我らが學友さん。さらに『生きていく日々』での好演が記憶に新しいパウ・ヘイチンさんに、かなり久々の登場となる李sirことダニー・リー。強力なスタッフ&キャストが揃っている。もちろん、主題歌は學友さん♪

 湾仔の小さな電器店に勤めているロイ(學友)は、未だに母親(パウ・ヘイチン)と同居している独身の41歳。父親(ローウェル・ロー)はすでに他界しているが、なぜか彼の夢枕に頻繁に立つ。オシャレに余念のない母は、仲良しのご近所さん(李sir)のことが気になってしょうがない。
 結婚の意志が薄いロイを心配した母は、電器店の近くにある便器専門店で働き始めた愛蓮(湯唯)を彼に紹介する。“婚活”の場に登場した愛蓮は、垢抜けないメイクに時代遅れの服を着て現れるような、地味でオクテの20代。ともに近所で働いていることもあって、お互いが少し気になり始めた二人。
 しかし、実はそれぞれ恋人がいた。ロイには、最近離婚したカメラマンの敏如(チョン・ホーイー)が、そして愛蓮には、暴力事件で服役中の旭(アンディ・オン)がいて…。

 俳優には、ひとつの凝り固まったイメージを飽きることなく演じ続けてもらうよりも、さまざまな性格、さまざまな職業を持つキャラクターをたくさん演じてほしい。ましてや、その当人が役を演じている時には、その人が本当にそういう性格にしか見えないと感じさせられれば、満足することこの上ない。ワタシが実際に好きな俳優もそのタイプが多いので、以上のようなことを常に望んでいる。
 この映画の湯唯には、そのような心意気が感じられる。前作での妖艶なイメージはすっかり拭い去られてしまい、長身で目立つのにどこか淋しそうにしている地味な女の子愛蓮は本当に別人のよう。案外、こっちの方が彼女の地に近いのかもしれないね。

 アジアの“歌神”でありながら演技派俳優でもある學友さんは、そんな彼女をしっかりサポートしている感じで、自分の演技もこなしながら、彼女との絡み(もちろんベッドシーンなんかはないぞ)では彼女の演技をしっかり受けている。
 彼が演じるロイは、結婚にはとことん後ろ向きなので、日本でもこういう男子いるよねえ、なんて思ってしまう。精神的にみれば、彼を「草食系男子」と言い切ってしまっていいだろう。パワフルな母親と死んでもなお強力な影響を及ぼしている父親がいれば、ヨワヨワになってしまうのもわからないでもない?おまけに好きだった女性が離婚してシングルになったとしても、煮え切らない気持ちを抱えている。こんな男子は、日本だけじゃなく香港にもいるもんだねえ。

 もちろん、脇役も手抜かりはなし。派手好きで賑やかなお母さんを演じたヘイチンさん。そして、かなり久々な登場で、いい具合に油が抜けて庶民的なおっちゃんになっていた李sir。いずれも前作&これまでのイメージがいい意味で覆され、観ていてとっても楽しかった。

 そして、この映画のもうひとつの主役は、なんといっても湾仔。電影節のパンフレットには「湾仔はニューヨークのロウワー・イーストサイドのようだ」と記されていたが、以前も書いたように、湾岸から山間部に向かうまでに次々と変化する街としての面白さと、下町風情と人々の人情が今も色濃く残っていることもまた、このロマンティックコメディに花を添えてくれたのかもしれない。

 劇場公開が難しくとも、tiffでの上映は激しく希望。「40代草食男子と20代地味女子の婚活を暖かく描くヒューマンラブコメディ」という紹介でもいいから、是非とも日本で観られることを願いたい。

英題:Crossing Hennessy
監督&脚本:アイヴィ・ホー 撮影:プーン・ハンサン 美術:マン・リムチョン
出演:ジャッキー・チョン タン・ウェイ パウ・ヘイチン ダニー・リー アンディ・オン マギー・チョン・ホーイー ローウェル・ロー

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《歳月神偸》(2009/香港)

 今までも何度かここで書いているが、ワタシはかの大ヒット映画『三丁目の夕日』が苦手である。
 確かに昭和30年代の高度経済成長期の東京をCGを駆使して再現し、そこで暮らす人々の暮らしをスケッチ風に描いたうまさは認めるのだが、どうしても好きになれないのは、ただ美しいばかりのルックに生活の匂いが感じられなかったり、(なにせこの時代に作られた邦画は未だにDVD等で観られるんだからね)公害や差別など、時代のマイナス面を一切払拭していることに違和感を覚えたりするからである。そして一番の原因は、ワタシがその時代に生まれていなかったから、あの時代への思い入れなんて何もないということにつきる。

 しかし、たとえ同じ時代であっても、それが香港となると話は別である。
だって、香港映画ではもう20年くらい前から、60年代の香港を舞台にした作品が多く作られてきたのだから。CGを使わなくても、中心地にはその時代の建物が存在するから、ロケにも使える。市内でロケができなくても、マカオやフィリピン、バンコクにはその面影を残した場所があるから、そこで撮ることができる(日本でも最近は、古い時代を舞台にしたドラマや映画を北九州などで撮っているし、ロケで使わなくても、わが街にも使えそうな建物があるよなあ。閑話休題)。内容的には「あの時代はよかった」みたいな懐古調の明るい面だけでなく、香港動乱やベトナム戦争など、重苦しい時代背景もしっかり描き出してくれる。そしてなにより、それらの時代を舞台にした映画たちが、香港映画のマスターピースとして支持されているから、住んだことのない、生まれてもいない時代の香港にも思いを寄せられるのである。…なーんて強引かしら?

 さて、メイベル・チャンさんのパートナーである脚本家のアレックス・ローさんが、自らの少年期をベースにして作り上げたこの《歳月神偸》は、先にも書いた通り、先日の金像奨では脚本賞・主演男優賞・新人賞・主題歌賞を得たばかりではなく、それに先立って出品されたベルリン映画祭ジェネレーション部門にて、子供たちによって「未来の観客賞」に選ばれている。60年代に少年期を過ごしたアレックスさんのような大人だけではなく、今を生きる子供たちにも支持を受けたというのはなんとも嬉しい限り、と30年前に子供だったワタシも思うのだった。

 1960年代、サムソイポー。小学生の進二(バズ・チョン)の家族は、頑固な靴職人のお父さん(ヤムヤム)、アバウトでお気楽なお母さん(サンドラ)、そして名門男子校に通うお兄ちゃんの進一(アーリフ・リー)の4人。進二はいたずらっ子で盗癖があり、学校でもいつも先生(アン・ホイさん!)に怒られてばかりだけど、歳の離れた進一とは仲がよく、夜は一緒に勉強をしていた。進一は学校でも一、二を競う脚の速さを誇る陸上選手で、進二はそんな兄を誇りに思っていた。
 進一は陸上競技会で自分を見つめていた女子高生と出会い、恋に落ちる。しかし彼女の家は大金持ちで、庶民である進一とは決定的に身分が違う。絶望した進一は競技会でも敗れ、ボロボロになってしまう。そんな兄が気がかりな進二は、元気を出してもらいたいあまりに、ユニオンジャックやマリア像など、いろいろなものを盗んでしまう。
 ある秋の日、町を台風が襲う。吹き荒れる大風の中、両親は必死に家を守る。大風は激しく靴屋の木造家屋にぶち当たり、進二は2階に取り残されてしまう。お父さんが彼を救った直後、嵐は家屋を破壊し、沢山の靴が吹き飛ばされてしまった。さらに台風一過の翌日、後始末をしていた進一が突如めまいを起こして倒れこむ。彼を病院に運び込んだ両親は、医者から悲劇的な宣告を受ける。それは、進一が白血病を発症していて、余命わずかであるということだった―。

 映画の冒頭は、店から万引きしたガラスの金魚鉢を頭にかぶった進二が、ガラス越しに街を眺める姿。その風景は揺らめいていて、まさに幻想のよう。
 アレックスさん自身がモデルとなっている(実際に彼も16歳くらいで亡くなってしまったお兄さんがいるらしい)進二の眼から大部分の物語が進んでいくこともあってか、時代の背景には大きな動乱は感じられない。香港の街もこの年代は激しい騒乱で満ちあふれていたのだろうが、そうであっても大多数の庶民の生活にはその影響は見えず、至って穏やかなくらしをしていたのだろうと思わせる。 
 怒ると怖いけど頼もしいお父さん、おおらかでいい加減なお母さん、カッコよくてヒーローみたいなお兄ちゃん。進二の家族は、往年の日本にも観られるような平凡な家族だ。家族だけじゃなくて、近所の皆さんも賑やかだ。こんな環境の中、兄弟は健やかに育っていく。こういう暮らし、日本でももちろんあったのだろうし、それはもう失われてしまっている。でも、海を隔てた中華圏の街でも、かつての時期の日本と同じような庶民の生活があったのだから、どこかデジャブを覚えるのかもしれない。 

 この映画にあって『三丁目の夕日』にないもの。それは、後者がほとんどCGで当時の風景を再現しているのに対して、前者は多少のCGを使いながらも、一部にちゃんと現存する街の風景を使っていることである。しかも郊外ではなく、正真正銘、中環のど真ん中にある永利街である。
 いろいろな香港系blogでも触れられてきているが、近年、香港では50年~60年代に建てられた団地街や唐楼の老朽化にともない、昔ながらの住居地区や商業地区の大規模な再開発が計画され、実際に着手されている。九龍では初期に作られた団地街である牛頭角の再開発地域に指定され、屋台街や昔ながらの茶餐庁もなくなってしまったし、その隣の地区である観塘(我がお気に入りの下町でもある)にも、再開発計画がある。港島でも、湾仔で唐楼を連ねていた地区が簡単になくなってしまっている。それに危機を感じている住民が、数年前からこれらの地区を保存させようと活動を起こし、湾仔でも唐楼の一部がリノベートされて残されたりしている。
 ロケに使われた永利街も、ソーホーの真ん中に取り残されたように残った、古い2~3階建ての家屋が集まる地区だったが、ここも当初は再開発地域に指定されていたと言う。だが、この映画のロケに使われたことと保存運動の成果があって、建物の保存が正式に決まったという。

 絶えずスクラップ&ビルドが進行し、あっという間に新しい建物ができてしまう香港。時の流れ以上に疾走するこの街では、今自分たちのかつての生活史を振り返り、保存できるものを残そうという動きが出てきている。それは、効率と儲けだけで突っ走り、激動の世界をサバイブしてきたこの街が、中国への返還を経て、通過点ではなく改めて自分たちの故郷としての立ち位置をはっきりさせなければいけないという思いを人々が抱いたからなのだろうか、という気がしてならない。こんな社会的意図はないのかもしれないけど、アレックスさんが自らの思い出を映像に再現したのにも、それとは決して無関係じゃないのかも。

 主演男優賞こそヤムヤムが受賞したけど、実質上の主人公は彼の息子たち。やんちゃでよく泣く進二ことバズくん、名前からしてちょっとインドの血が入っていそうな、やや濃いめの若手イケメンのアーリフくん(進一)、どちらも好演。アーリフくんは、80年代にレスリーやダニーさんが出演していた青春映画に登場しそうな風貌なので、なおさら映画にフィットしていたのかもね。
 サンドラはいつもよりかなり抑え目で、先生役のアン・ホイさん(ウィッグかぶってたね)やヴィンセント・コックさん(だったと思う)の近所のおじさん、なんだかうさんくさいマイケル・ウォン(だよね?)の警官など、脇のメンツもいい感じ。

 そこに生まれ、過ごしたわけじゃないのに、懐かしさを感じさせられ、子供の頃を思い出したくなる。そういう気持ちを呼び起こされた時点で、この映画はもう成功した。昭和30年代東京ものが苦手でも、同年代の香港には郷愁を感じる。
 …それって、やっぱりおかしいこと?ごめんなさいね、ホント(笑)。
 
英題:Echoes of the rainbow
監督&脚本:アレックス・ロー 製作:メイベル・チャン
出演:サイモン・ヤム サンドラ・ン バズ・チョン アーリフ・リー

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これがゼロ年代香港映画の到達点か。今年の金像奨の結果に思ふ。

 昨日は、香港で第29回香港電影金像奨が行われた。
 結果は、もにかるさんのblogをご参照ください。
 と、今年は手を抜かせていただきます(笑)。

 今年はTwitterでハッシュタグを打ちながらの、リアルタイムの実況つぶやきを初体験。時間帯的には毎週観てつぶやいている某大河ドラマとがっつりかち合ってしまったため、一時期つぶやきのタイムラインがかなり混沌としていたので、非中華系のフォロワーさんはビックリしたに違いない(すみません、とこの場で謝るなよ)。RTHKを聴きながらつぶやいたので、中華趣味系フォロワーさんたちとその場にいて大騒ぎしたような楽しさを味わった次第。

 以前ノミネートについて記事を書いたとき、「今年は何が獲ってもいいよ」的なことを書いたけど、後で「いや、やっぱり《十月圍城》の圧勝じゃないの?」と言われ、ああそうかあれがあったか、こりゃ某アバターよりも受賞ラッシュは堅いわけだわね、と思い直した次第。
 そんなわけで結果は《十月圍城》が最優秀作品賞・監督賞(テディ・チャン)・助演男優賞(ニコ)を始めとして、とにかく圧勝であった。この映画は、昨年秋のNスペ「チャイナパワー」でも紹介されていたから、映画や香港に関心がなくても聞いたことがある人は多いんだろうな。
 香港でUFOを設立して90年代に秀作を連発し、その後ハリウッドデビューも果たし、タイや韓国の映画のプロデュースも行ったピーターさんが『ウォーロード』に続いて大陸と組んで作り上げたこの映画、きっとtiffの特別招待かアジアの風で観られるだろうと思って未見なのだけど、かのドキュメントを観る限り、ピーターさんがこの映画にかける意欲に並々ならぬものを感じ、「100年前の香港で、孫文を守るべく立ち上がった人々の群像劇(でいいのか?)」といった内容の映画を、大陸と香港キャストのコラボレーション&各国から集まったスタッフで作り上げるのならば、意地でもヒットさせないと大変だよなあと思ったからである。
 で、実際大陸ではヒットし、香港でもこれだけ高く評価されたのだから、心身的に大変だったテディさんはもちろん、サポートで入ったアンドリューさんやヴィンセントさん、ド兄さんやニコのような香港キャストたち、そして全てのスタッフも感慨深げだろう。

 一見すれば、この作品は赤壁二部作のように、香港映画界が大陸と合作して作り上げた典型的な中華電影大作だが、よく考えてみると、大陸の力をうまく利用しながら、香港映画としてのアイデンティティを失わせることなく仕立てあげた作品じゃないかと思える。ま、観てないから推測でしか書けないけど、もしこの推測が間違っていなければ、ピーターさんって実は相当したたかな人ではないだろうか。いやあ、さすがプロデューサー、流れをうまく読んでいるよってね。

 しかし、ここ数年大陸側のネットメディアでは金像の結果が出るたびに「香港映画の時代は終わった!」的な論議がでてくるんだけど、はたして今年も出たのかなあ。
 この大陸側の意見(もしかして香港側も同意見?)に対して、ワタシは「否」と言いたい。
それは、ここ数年細々とした流れでつながれてはいたけど、今年の電影節あたりから、久々にローカルな香港(広東語)映画が復調してきたと感じるところがあるからだ。それを象徴するのが、脚本賞(アレックス・ロー)・主演男優賞(ヤムヤム)・新人賞&主題歌賞(共にアーリフ・リー)を受賞した《歳月神偸》。近日中に感想をアップさせるけど、中心街に現存する古い街並みをロケに使い、再開発ラッシュの香港で古いものを見直そうという動きに同調するかのように作られた映画だと思ったけど(注・意見には個人差があります)、このような香港人のアイデンティティに訴えながらも、映画としてよく作られた作品が高く評価されたのは本当に喜ばしい。しかも香港だけでなく、ベルリンで未来の観客=子供たちにも支持されて賞を受けたという国際的なお墨付きがあればなおさらである…って、これこそこじつけかな(笑)。

 今年の金像奨の結果から考えたのは、《十月圍城》がここ10年ばかりの香港映画が目指してきた道の到達点といえるべき作品であるのに対し、《歳月神偸》は今後のローカル香港映画の未来を示すきっかけじゃないかということ。香港映画をこよなく愛する身としては、経済や産業の急成長でその存在を見せ付ける大陸に、娯楽面で呑み込まれることなく、ローカル作品を積極的に作っていくことでアイデンティティを保たせて、世界に打って出る可能性もないわけではないと思っているので(今回ノミネートが少なかった《復仇》なんてまさにそうだよね)、やっぱり香港電影迷はやめられないなあ、と思いを新たにしたのだった。というわけで、長文は以上。

 最後に、その他の受賞作に対して、二、三思うことがあるので言ってみる。

 ○主演女優賞のクララ・ウェイさんは久々の銀幕復帰だとか。しかも受賞作がマレーシア映画『心の魔』。…ああ、今後チェックすべき国の作品が増えたのはいうまでもないけど、やっぱり去年tiffに行っておくべきだったかしら(泣)。

 ○最優秀アジア映画賞を受賞した『おくりびと』、オスカー外国語映画賞を始めあらゆる映画賞を獲り尽くした感じで「へー、またかよ…」と最初は幾分醒めた目でみてたんだけど、よく考えれば大陸の《建国大業》と《南京!南京!》がもろドメスティックな愛国映画だったので、このへんを選ぶんだったらむしろ日本映画に、でもさかなのこはどうよって感じでノーチョイスだったのかもね。

 ○その映画の監督、滝田洋二郎監督のスピーチは日本語。この監督、最近の仕事があまり好きじゃないのだが、かつてはピンク映画で一世を風靡し、80年代から90年代初旬まで面白い作品を次々と作っていた人。それを思い出させてくれたのが、「ボクがかつて作った《Yen Family(木村家の人びと)》が香港で公開されて大ヒットで…」という言葉だった。そうだ、この方、決して万人受けの映画ばかりを作っているわけじゃなかったんだ。今度ちゃんと木村家観なきゃ!と思わせてくれた。
 で、件の受賞作。うーん、いい映画だってのはわかるんだけど、それでもやっぱり…とモニョモニョ言いたいことはあるんだけど、中華とは全然関係ないのでここは閉じる(苦笑)。

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春光乍洩香港親孝行(最終日&まとめ)

 3月30日。旅の疲れがついに出たのか、起床は7時45分。父もこの時間までぐっすりだった。  
 帰国日であるが、チェックアウトは12時だし、それまでチムを散歩したり、お土産を買い足そうと思っていたから、なんだかもったいないことをしてしまった感じ。

 3日目の夜に歩いたっきりだった星光大道に父を連れて行く前に、尖東で朝飯を食べようと思ったのだが、入る道を間違えてお目当ての店にたどり着けず。うろうろしていたら新装開業したハイアットの裏手にあった香港仔魚蛋粉のお店で早餐がやっていたので、ここで車仔麺を食べる。父曰く、2日目の方がおいしかったとのこと。

 その後、ハイアットでトイレを借りて(ツアーパッケージでもそんなに高くないようなので、いつか泊まってみたいねえ)、訊號山公園の脇を通り抜けて新世界中心から星光大道へ。今まで3回泊まってお世話になった新世界萬麗酒店は、この春で結業。地図を見る限り、今後はオフィスビルとショッピングモール、そしてホテルの部屋を生かした高級アパートメントとして営業していくみたい。大陸のお金持ちなビジネスマンの利用が増えるのかなあ。

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 ヴィクトリア湾やトニー大使(父が並んで写真を撮った。大使の看板を見て、「この人、オレとそんなに身長変わらないんだなあ…」と言っていたんだが、はたしてどーだか)の写真を撮ったり、手形の解説をしながら芸術館から尖東までのんびり歩く。父がDFSに行きたいと言ったので、久々にチャイナケムのピークギャレリアに寄る。ここで父はチョコ好きの母へのお土産にペニンシュラのショコラを買ったのだが、ペニンシュラ以外でも売っていたのは知らなかったなあ。
 ホテルに帰る前に、パークホテルの下の皇后餅店で、クッキーやヌガーを買い込む。(後日談。恒例の中国茶会にクッキーを持っていったら好評で嬉しかった)
 12時ちょうどにチェックアウト。九龍駅行きのシャトルバスが停まるパークホテル前まで行くと、当然道は混みこみ。「ホントに来るの?停まれるの?」と父は例の如く心配したが、「こういう場合は路地の真ん中に停まるんだよ」と解説。事実、バスはそうやって停まった。

 九龍駅でインタウンチェックイン。2時40分までに登場ゲートまで来るようにと言われたので、それまでエレメンツで昼食の買い出し。高級スーパーのthreesixtyでパンを買ったけど、よく考えたら皇后飯店でパイナップルパンを買った方がよかったかも。最近香港でパイナップルパンにありつけていなかったので。
 空港に着き、父にパシフィックコーヒーでコーヒーを買ってもらい、隅っこのテーブルでこっそりパンを食べる。空港のフードコートの高さは前々から気になっていたから、今度からパシフィックコーヒーを活用しなきゃな。もちろんここはお茶もジュースもあるんだから。

 過去2回、手荷物検査で引っかかったため、今回は水筒と携帯電話、そしてiPodを別にして受けたら1回でパス。二度あることは三度ある、というのは避けたかったもん。
 飛行機は定時にテイクオフ。帰りの便は、日本語字幕がつきで嬉しい《竊聴風雲》を観た。

 着陸体制に入る直前、お隣の人越しに窓をのぞくと、銀色に輝く満月が雲の上に浮いていた。この日の月は月に二度ある満月、つまりブルームーン。今年の1月に続いて二度目という、なんともレアな月。とても美しかった。
 午後8時20分頃、成田へと着陸。その後、親子は家路を目指したのであった。

 わが家族のうち、これまで香港へ行ったことがなかったのは父だけだった。母は25年以上前に会社の旅行でここを訪れており、弟も大陸留学の合間に、ビザ申請の目的で香港から大陸南部に入っている(この時の彼は私の旅行に便乗していた。無間道が大ヒットしていた時のことである)
 ワタシは思い立ったら一人でも行ってしまえるけど、父はなかなか旅行に行かない。だから以前より母から、「いつかお父さんを香港に連れて行ってやりなさい」と言われていた。それを言われた頃、ワタシは、「自分のオタクっぷりに呆れられそうだし、お金に余裕がないもんなあ…」と、それに前向きではなかったんだけど、父が退職し、ワタシも多少余裕が出てきたので、今までさんざん迷惑をかけてきたお詫びもかねて、父を旅行に誘ったのだった。
 そのわりには、いつも通りの旅になったような感じだけど、これでもかなり考えてプランを練ったし、涙をのんで諦めたプランも数多い。そして慌しさに追われ、買い逃したものも多数あったし…(一番惜しかったのは「雲南白葯」が買えなかったこと。足が痛かったのでタイガーバームプラスターと白花油を買うのが精いっぱいだった)。

 父は「オマエと一緒に旅行ができて楽しかった」と言ってくれた。でも、実際はどうだったかなー?引っ張り回しちゃったな―って気持ちが強いもんで。でも、こういう機会は最初で最後になりそうな感もあるので、楽しかったと言ってもらえた分、嬉しい。 

 さて、次に香港に行けるのはいつかなあ。また夏になるのか、あるいは来年の冬か春か。しかし、次回の中華圏旅行は6年ぶりの台湾になる可能性も出てきたぞ。はたしてどうなる!

 というわけで香港旅行記は以上。次回は香港で観た映画の感想か、香港で買ったものご紹介の予定。

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春光乍洩香港親孝行(4日目)

 3月29日。前日早く寝たせいか、なぜか早く目が覚めてしまった。NHKワールドで時間が変わった朝ドラの第1回を観る余裕があるくらい早かった。
 せっかく早く目が覚めたので、散歩しながら朝食しようと、父を佐敦の澳洲牛乳大王まで連れて行く。夏にも行ったここね。「卵はスクランブルにしてもらわないと」とアドバイスもらったので、ちゃんと頼んだのはいうまでもない。もちろん、相変わらずの大混雑。でも、なんだか元気が出る。
 朝食の後は九龍公園を散歩。「いいねえ、緑が多くて」と父。

 9時ごろホテルを出発。目的は石硤尾にある賽馬會創意藝術中心(以下JCCAC)。

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 JCCACは藝術学院や電影学院のようなアカデミックな組織から(香港電影評論学会もここにオフィスがあるらしい)、個別アーティストの研究室まで、あらゆるジャンルのアートの専門家たちが揃っている梁山泊のようで、雰囲気的には芸大に近いのかな、と思った。入り口においてあったフライヤーをもらってきたが、広東劇の公演やパフォーマンス、海外アーティストのレクチャーやインスタレーションの告知がされていた。
 この建物にはなんと香港バプティスト大学の名前も。…同じ敷地内にあるってこと?
どうも違うらしいけど。

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どーやら作品製作中。

 ただ、行った時間が早かったこともあり、ほとんどのブースはまだ全然開いていなかった。そして、その場で知って非常にショックだったのが、お目当ての住好D街頭文物館(以下G.O.D.文物館)の定休日が週始めであることだった。…えー、なんでー?と哀しみのあまり、G.O.D.文物館オフィスの入り口を写真で撮る。

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 滅多に来ないローカルエリアで思いっきりガッカリした反動がここに来て、時間も早いから思いっきり観光してやる!と決意。
「父さん、これから観光するから。ピーク行くよ!」と地下鉄に飛び乗り、月曜の午前中でも混みこみなピークトラムに乗り込む。
 この日は寒かった。そして、風が強かった。当然、山頂は風ビュービューだった。

 ピークに華人の姿は少ない。いるのは欧米系と日本人ばかり。
この日、特に目立ったのは、足元はスニーカーでインナーはカジュアルなのに、なぜかスーツを着た若い欧米人の団体さん。会計年度は全世界共通のはずだから、もしかしたら大学を出てからインターンを終え、初めての赴任として香港で働く欧米系銀行か企業のフレッシュマンの研修遠足なのかな、なんて思った。

 ピークタワーを出てギャレリアに行くと、なんとここにG.O.D.のショップができているではないか。当然、父を巻き添えにして心鷲掴み状態でしばし時を過ごす。ところでこのお店のBGMには、なぜか梶芽衣子の「恨み節」がラインナップに入っていることが有名だが(『キル・ビル』のサントラでも流しているのだろうか)、銅鑼湾の旗艦店だけじゃなくてここでもそれがバッチシかかっていて、父娘共々大ウケ。

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 ピークトラムは片道券だけ買っていて、帰りはギャレリアの下から出る15番のバスに乗った。このバスに乗るのも10年ぶりくらい。相変わらずビュンビュンと山を下ってくれて面白かった。終点はフェリー乗り場前のバスターミナルだった。そっか、今度からここで乗ればピークにすぐ行けるのね。

 昼飯にいい時間だったので、久々に銅鑼湾で食べることに。
しかし、お店も結構変わっちゃったねえ。3年前に行ったっきりの希慎道の皇后飯店もついになくなってしまっていたので、これまた5年ぶりくらいの金雀餐廳へ。昔はここに彼氏と来て、花様年華または2046ごっこでもしたいもんだ(当然ドレス着用で)と思ったが、デートじゃなかったのが残念(笑)。

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 90元でメインディッシュ+ボルシチ+飲み物という、いいお値段のランチが出ていたのだが、そのランチをシェアすることにしてボルシチをひとつ追加。まあね、老舗の香港洋食店のメインディッシュはめっちゃ量が多いので、下手をすればボルシチ(パンつき)とお茶だけで十分なのである。
 このとき頼んだのが、白身魚のフライのシチューソース。…ぶっかけてあったのがホントにシチューっぽかったんだよ。

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 帰りは久々に湾仔からフェリー。タイミングよく走っていた《月満軒尼詩》のトラムが撮れたのが嬉しかったねー。
 今日は夕方に映画を観ることにして、港威で《志明與春嬌》のチケットを買う。券売りのおねいさんが「これ、三級片(アダルト映画)よ」とやたらと念を押すので、「知ってる。別に構わないよ」と何度言ったことだか(笑)。そしていったんホテルに戻り、少し休んでからまた映画館に出向いた。感想は後ほど別記事で。

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ヘッドホンのトニー大使at広東道

  映画の後はお買い物。海防道のVCDショップがなくなってしまったので、新たな店を開拓すべく海港城の香港唱片をのぞいたら、意外とVCDが揃っていたのに気がついた。ショウブラ作品も入手できて良かったけど、《獨臂刀》がなかったのが残念。なかった作品はHMVにあったことも覚えていたので、そこものぞいて買いたした。何を買ったかということもまた別記事で。

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 夕飯は楽道の粥麺店。日を追うごとにお腹がいっぱいになるので、粥麺店でちょこっと安く夕飯を食べることは毎度のことである。粥を食うには時間的に早かったこともあり、人は少なかったけど、余裕をもって食べられた。食べたのは毎度おなじみ皮蛋痩肉粥。父は魚丸粥を食す。
 そして、同じ並びに杏花楼を見つけたので入ったら、…ディナータイムのピークにあたったので最初は相席。我慢するかと思ったら、隣の円卓が空いたのでさっさと移動。しかし、その後から6人くらいの団体が入り、それと同時に4人がけの固定席が空いたので三度移動。父は相席が苦手らしい。そりゃそうだろうな。
 ここでは楊枝甘露としょうがプリンを。最初はテイクアウトしようかと思ったが、暖かい甜品のテイクアウトはできないといわれた。楊枝甘露はすぐ出てきたからよかったけど、プリンが遅かった(泣)。そして出てきてもえらいゆるい出来で、プリンとはいえなかった。佐敦のお店はよかったのに、こんな仕事でいいのかしら?でも、しょうがが喉にカッとくるくらいたっぷり入っていたから許す。

 そんなわけで帰還は10時。いよいよ明日の午前中が最後の滞在。あっという間だったよな、と思いつつ、12時半に就寝したのだった。

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春光乍洩香港親孝行(3日目)

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 3月28日。この日の早餐はホテル向かいの茶餐廳で三文治。お茶はもちろんミルクティー。父はコーヒーを所望。香港のコーヒーはミルク投入がデフォルトなのだが、父は平気そうだった。そういえば彼はブラック派じゃなかったっけ。

 新聞を買ってまず驚かされたのが、1面にデカデカと載っていた、ロナチェンと阿Saの「ボクたち実は6年前に内緒で結婚してたんだけど、このたび離婚しちゃいました。ゴメンなさい」記者会見。なんか最近、香港へ行くたびにとんでもない芸能ニュースばかり起こるような気がする。去年は覚せい剤所持だったし、夏はのり○ー騒動だったし。

 この日はとってもいい天気。ワタシは基本的に晴れ女なので、ここに来れば必ず1日は晴天に恵まれるのである。はっはっはっはっは。
 絶好の遠出日よりなので、天水圍の屏山に行くことにした。…しかしその前に、《月満軒尼詩》の優先場が行われることを知ったので、時間的に行きやすいGH旺角でチケットを取ってから行くことにした。

 しかーし、ここからが大変。旺角は東鐵線、天水圍は西鐵線。紅[石勘]でそのまま乗り換えればよかったのに、何をトチ狂ったのか九龍塘→太子→メイフーというややこしい乗り換えで行ってしまう。おまけにメイフーで一回外に出てしまい、せっかく買った父の天水圍までの切符が無駄に。融通が利かない娘でホントにすいません。

 なんのかの言って天水圍に到着。屏山文物径は、『生きていく日々』でお馴染みのあの天水圍の団地街とはちょうど反対側にあたる地域。
 ここは、新界を仕切っていた五大一族のひとつ、鄧一族の所有する建物をまるごと保存して、17年前に香港で最初に歴史的建造物の指定を受けた地域。これまではあまり日本のガイドに載らなかったために知名度が低かったのだけど、ここ数年ぼちぼちと紹介されるようになったのと、昨年の夏に開通したKCR西鐵で行けるようになったので、父のスケッチにいいんじゃないかなと思って訪れてみた。もともと名所古跡が好きなのもあるし、街中でスケッチブックを開くのも邪魔くさいもんね。(父が使っていたのはA5サイズ)

 行ったのが日曜だったこともあり、バスで乗りつけた団体客の皆さんで賑わっている。うーむ、大陸のお客さん?と思ったら、聞こえてくるのは広東語。
もしかして広州の郷鎮の商店街の見学ツアー?(どーだか)

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 この地区で唯一の村にして、フツーに住居として使われていたという上璋園。
この塀の中に住居がある。   

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 at楊候古廟。関公と天后と財神その他の皆さん。 

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 上の写真の引いた図。

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 地域の中心にある、鄧氏宗祠。下はその隣にある愈喬二公祠。

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 遠くに見える高架が、KCR西鐡線。

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もとは警察だったという建物。屏山鄧族文物館。

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フォトジェニックな風景、清暑軒へと抜ける廊下。

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洪聖宮近くの売店の屋根の上にいた猫。これがこの旅唯一の猫写真ですみません。

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入り口だけしか残っていない、述卿書室前廳。
ちなみに下の後ろ頭が、我が父上。 

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路地の奥に廟がある雰囲気。なかなかいい感じだ。

 途中、文物館で父はスケッチしたけど、10分でギブアップ。もっとゆっくり描いてもよかったのになあ。

 映画の時間も近づいてきたので、2時ころ天水圍を出発。乗り換えが煩わしいので、西鐡でホンハムまで行き、東鐡に乗り換えて旺角へ。新世紀広場にある大家楽で、麺を食べる。写真はワタシが食べた鴨米粉。

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 その後、GH旺角で《月満軒尼詩》を観る。父もワタシも大いに楽しんだ。

 夕方、ホテルに戻ってひと休み。ちょうど日曜だったこともあって、お馴染みりえさんジャパナビを初めて観て、その後は某大河ドラマを観る(笑。まさか香港に来てまで観ることになるとは、どんだけハマってんだよ自分…なんちて)。
 観終わったら、ちょうど8時前。もしかしてこの時間にチムに行けば、シンフォニー・オブ・ライツを観られるのではないか?そう思って外に出る。
 ホテルからプロムナードまでは、歩いて10分くらい。8時5分前くらいに出たため、たどり着いた時にはもう終わりに近かったのだが、ここは香港で最も観光名所っぽいところにして、ワタシもお気に入りのイベント(といっても一人じゃめったに来られないんだが)。でも、父は、この光のショーを大いに楽しんでくれたみたい。おー、すごいねー、と喜んでいたのが嬉しかった。

 夕飯はチムの餐廳で、ガチョウ飯と白切鶏飯。久々に白い御飯だけど、長粒米なので父が不満そう。でもね、香港に来たら、やっぱりお米はこうでなきゃと思うのよ(笑)。

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これが白切鶏飯。父がオーダー。

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ガチョウ飯はワタシがオーダー。

締めはホテル近くの許留山で、マンゴープリンとココナツアイス(海底[オ労][ロ野]。去年の夏にも食べてるコレ)をテイクアウトし、半分こして食べた。

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2日間とも夜更かししてしまったので、この日は2人とも12時前に就寝。
次の日はG.O.D.の文物館に行こうと決意していたのだけど…思わぬ展開になってしまったのであった。
待て次回!(なんて大げさな)

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春光乍洩香港親孝行(2日目後半)

 湾仔は初香港で泊まった地区。
 あそこは沿岸から山側につれてオフィス街→ナイトクラブ街→下町地域とディープになっていくのだが、どうもホテルが高かったり、交通の便を考えるとなかなか泊まれない場所である。それもあって近年は素通りしてしまうだけだったのだが、下町地区の再開発が始まり、古い唐楼が次々と壊されていると聞いていかねばと思っていた。

 トラムで湾仔を通るたび、いつも気になっていたのがこの建物。

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 ここは「ポップ★トリップ香港」でも紹介されていた、質屋が入っていたかつての唐楼をリノベーションしたレストラン。

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 そして、次の日に観た《月満軒尼詩》にも登場した、かつては唐楼が軒を連ねた利東街の跡地…。
  もうすでに古い街道プレートを残すのみになってしまったが、その裏手にある、合和中心近くに唐楼が1軒残されていた。ここもいずれはリノベーションされて、上の和昌みたいなつくりのオサレなお店になるんだろうな。 

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ホントにこんな風になるのかな?

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 あとは、《月満軒尼詩》と話題がダブるので、湾仔についてはここまで

 父の要望で中環に戻り、ソーホーにあるベーカリーカフェ『BO-LO'GNE』で軽食。

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 「ボローニャ」でいただいたデニッシュトースト。
 実はここ、この春まで香港で日本語教師をしていた友人から紹介されたお店。
経営しているのは日本人で、ホールスタッフにも日本女性がいたので利用しやすかったです。ワタシはアイスクリームハニートーストを、父はスクランブルエッグつきトーストを注文。デニッシュはほどよく甘くておいしかったです。
お店は小さかったけど、香港人若者の利用も多く、賑わっていました。オススメ。

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 上はボローニャの下にあった、なんかG.O.D.くさい壁のお店。
 下は永利街の近くにある、警察の宿舎の跡。

 その後、チムにフェリーで戻って、ハイアット跡にできたiSquareで《歳月神偸》のチケットを発行してもらった。そしてホテルへ。
 突如インドカレーのことを思い出し、「そうだ、夕飯は重慶大厦でインドカレーを食べよう!」と決意する。…しかし、それが不幸の始まりだった。

 重慶大厦でカレーを食べるのはもちろん初めて。しかし、ろくに調べずに乗り込んだため、1階真ん中の案内板にあったビジネスカードを見てたら、新徳里餐廳がよさげだと思って、案内してもらった。C座に行くのももちろん初めて。緊張した。

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注文したのは、中辛のチキンオニオンカレー(上)と、甘口のマトンココナツカレー(下)。

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 しかし、勝手がわからなかったせいか、ナンを2人分頼んだら、あまりにも量が多すぎたのに閉口した。さらに、チキンカレーを食べていたら、トイレの芳香剤のような匂いと味のスパイスに当たってしまい、一気に食欲減退(泣)。結局、このたび唯一のお残しをしてしまった。
 あとから来たマトンカレーがまろやかで美味しかった分だけ、完食できなかったのが悔しかった。ううう、今度行ったときには絶対リベンジしてやるー。今度はちゃんと腹をすかせて、マトンカレーだけ頼むぞ。

 気分の優れないまま、向かいのiSQUAREへ。気分が悪くなるかも、と思って念のためにエビアンを買い、《歳月神偸》を観る(感想は後ほど)。
 …約2時間後。気分が悪くなるどころか、甜品が食べたくなっていた。
 そんなわけで、今夜こそ許留山!と駆け込み、マンゴースムージーを買ってホテルに戻ったのであった。

 以上、2日目の報告でした。
 次の日は屏山文物径と《月満軒尼詩》、そしてシンフォニー・オブ・ライツについて。

 ☆おまけ☆

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 今回は中環にいたトニー大使。…しかし遠すぎる。

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春光乍洩香港親孝行(1日目&2日目前半)

 海外旅行歴1回のみ(しかも初海外は6年前の台湾)の父親を香港に連れて行くことになった。
最初はペニンシュラかマンダリンにでも泊まってゴージャスに、なんて思ったけど、経済危機なこのご時世、そんなバブリーなことはできない。ワタシの春休みが長く取れることがわかったので、昨年に続いての春香港となった。

 3月26日、昼前に盛岡を出発し、3時間ほどで自宅近くの駅に到着。そこで父と合流。
本当は成田で待ち合わせしたかったのだが、普段遠出しない父は待ち合わせが苦手なので、成田まで車で一緒に行くことになった。空港近くのパーキングに車を預けた。
 今回は2回目のANA利用。日本人CAが多いから父にはいいだろうというのと、マイレージをしっかり貯めようと思ったので。というか、多分今後も香港にはANAで行くことになりそう。なんのかのいっても深夜便は便利だもの。

 離陸に少し手間取ったので、香港到着は午後10時過ぎ。飛行機は満席じゃなかったのに、荷物がでてくるのがちょっと遅かったので、到着ゲートからAELに乗るのも少し遅くなる。
 多分まだシャトルバスはあるんじゃないかと思って九龍へ降りたら、もう全て終わっていた。早すぎるぞ。仕方がないのでまたタクシーでチムに行くことに。

 今回のホテルはグアンドンホテル。2年前の夏に泊まったラマダカオルーンに近い。街のど真ん中なので食べるところには困らないし、許留山にも近い。しかし、到着して買い出しにでたのがすでに遅い時間だったので、許留山の甜品にはありつけず。仕方がないのでパークホテルの前にあるジューススタンドでマンゴータピオカを飲み、次の日の打ち合わせをして就寝。

 27日、7時半起床。ホテル隣の茶餐廳で朝ご飯。ワタシは通粉、父は公仔麺。
「朝からインスタントラーメンかよ」と驚いていたが、すんなり食べられたようで、意外と気にいったみたい。その後は重慶マンションまで歩いて換金。レートはあまりよくなかったような。

 ホテルにいったん戻ってから、改めて出かける準備。
尖沙咀まで歩き、藝術館の前で写真をとってみた。
結構面白そうな展示をやっていたみたいだけど、見られなかったのが残念。 

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 スターフェリーに乗って中環へ。父、嬉しそう。
昼食はifcで待ち合わせしていたんだけど、ちょっと時間があったのでマンダリンオリエンタルまで歩いて、ロビーでまったり。お気に入りのホテルなので紹介したかったんだけど、ここでレスリーが…ってことは、話さなかった。

 朋友&ご紹介いただいた方との会食はここで。
ifcで一番眺めのよいレストラン。点心は「味はそんなでもない(byこちらを教えてくださった方)」らしいけど(笑)。
 でもね、甜品にはすっごく満足。実は、初めて食べられたんだよ、[石本]仔糕!

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あと、これもおいしかったです。マンゴーをお餅で包んだ甜品。

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 会食を楽しんだあとは、ここしばらく香港へ行かれた方の中でも話題になっていた、中環の永利街に行ってみた。その日の夜に観た《歳月神偸》にも登場し、このたび政府による保存が決定した古い住宅群。そのニュースがあったせいか、狭い街にはカメラを持った香港人がどっさり。その合間をぬって写真をとってきましたよ。

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 この後は湾仔に行き、諸事情で再び中環に戻ってきたけど、長くなりそうなのでこのへんで。

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8回目の「あの日」に想いを寄せて。

8回目の「あの日」に想いを寄せて。

写真は白葉単そうと皇后餅店のイースタークッキー。
どちらも個人的にレスリーに縁がある。

白葉単そうは7年前のあの日の次の日に飲んだお茶(詳しくはここを)。
皇后餅店といえばやっぱり皇后飯店。
銅鑼湾のカフェはいつ閉店してしまったんだろうか。

昨日からずっとレスリーの曲を流している。

あの日から年を重ねるごとに、彼への想いが強くなる。

こういう気持ちになるのも、彼の歳に自分が近づいているからだろうか。

彼の分まで精一杯生きたい、なんていうとありきたりだけど、ワタシの好きな明星たちにも、彼の意志を継いで生きてもらいたい、なんて思った雨の4月1日だった。

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