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2009年12月

皆さん、よいお年を…。

皆さん、よいお年を…。
うっかり写真を削除してしまったので再アップも兼ねてご挨拶。

 今年は香港に2回行けたのはいいとしても、日本での中華電影公開が激減(&地元での公開も減った。なんといっても『放・逐』がスルーされた)し、ワタシも個人的に体調を崩したり何だりしたりでやる気も起こらなかったりで、ちょっと不本意なことも多かった1年だった。
Twitterも始めてみたけど、こっちはあくまでもサブ的なもので、ワタシのメインはやっぱりblogだと思っているからね)

 世界経済危機の打撃はまだまだ続きそうで、来年もあまり中華電影が公開されないんじゃないかとも思うし、ここでも何度か書いた『チャイナパワー』で取り上げられたような大陸メインの映画が今後も増えそうだから、もしかしたら来年は今年以上にやる気がなくなるってこともありえそうである(泣)。

 ただ、ネタとしては大陸周りに面白そうだなって思ったものも増えてきている。それと香港との関係にも注目していきたいしね。
 今年、自分でもささやかだけど新しいことをやってみたので(これね)、これは今後もなるべく続けて生きたいと思う次第。

 あと、毎年12月中にあげていた我的十大電影、これも多忙で書けなかった…。
帰盛したらまとめようと思ってます。今年の中華電影納めになった《証人》の感想も、結局書けずに年を越しそうだしなぁ…。

 そんなわけで、旅帰りということもあってバタバタしていますが、皆さん、よいお年を…。
 祝にい新年快楽!

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長崎も横浜も神戸も、どこかしら香港に似てると思う。

長崎も横浜も神戸も、どこかしら香港に似てると思う。
年末恒例ビンボー旅行中。今日は長崎の中華っぽいところを散策した。
行ったのは、孔子廟(写真)と旧香港上海銀行長崎支店(上の写真)。

 孔子廟はここが日本最大らしいと聞いていたので、是非行ってみたかったのである。
同行者にいったことがあるかと聞いてみたら、ないと言うのでちょうどよかった。
今までで最大の孔子廟は、台南郊外で見たものだったけど、それと比べるにはかわいそうな規模だった(泣)。でもしょうがない、ここは日本だから。

 旧HSBCは、往年の銀行のカウンターがそのまま保存されていてクラシカルな雰囲気。
上の階はもともとは居住地になっていたらしいけど、いまは上海航路や当時の銀行の記録等が展示されていた。
 しかし、この銀行は顧客が中国人や外国人だったため、ほとんど資料が残っていないらしい。日本人行員も一人だけだったようなので、その人の証言を基にしたところも多かったらしい。

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ちゃんぽんは中国語で「湯麺」でいいらしい。

ちゃんぽんは中国語で「湯麺」でいいらしい。
久々の更新です。
ただいま長崎にいます。
長崎といえばちゃんぽん、というわけで、新地中華街で食べてきました。
ええ、本場のちゃんぽんはとってもおいしかったです。 

 日本の中華街といえば、横浜と神戸の南京町、そして長崎の新地。
規模では横浜が一番だけど、そのほかの中華街もそれぞれ名物を出そうとしているんじゃないかな、なんて思った次第。
 南京町では串に刺したサンザシならぬ点心が面白かったし、長崎は麻花などの唐菓子や東坡肉まん、このちゃんぽんなどが売りなのかな。

 でも、ちゃんぽんって中国料理ではないんだよね、厳密に言えば(笑)。
開港以来、さまざまな異国文化が流れ込み、まさにごっちゃまぜな長崎の象徴として生まれた料理なんだろうな。

 で、当の「ちゃんぽん」を、中国語でいうとなんになるのだろう?
 中国人の売り子さんに聞いてみたら、「中国語の『混ぜる』という言葉から来てるよ」と言われただけで、発音までしてもらえなかった。
 うーむ、それじゃ意味がないなーと思い、しばし路地をさまよったところ、とある中華料理店のサンプルに書かれた中国語が目に留まった。

 あーっ、そっか。「湯麺」でいいのね。

 以上。

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コネクテッド(2008/香港)

 いつまでもカネカネ言っているのもなんだな(笑)、そんなわけで記事更新。
 うちの方にはこなかったので、悔しさのあまり香港でVCDを買った《保持電話》、つまり『コネクテッド』を観た。

大陸出身で香港に移民したグレイス(大S)は、夫を亡くして小学1年の娘ティンティンと暮らすシングルマザーのエンジニア。ティンティンを学校に送ったある朝、彼女の車は大型ワゴンに激しく追突され、その中にいた男たちに拉致される。彼女を拉致したグループのボス霍(リウイエ)は、彼女の弟ロイの行方を問いただす。ロイは昨夜から行方不明になっていたのだ。荒野の中の掘っ立て小屋に連れて行かれ、彼女は暴行を受けて携帯電話を壊される。ところが、壊れた携帯はわずかながら生きていた。彼女は携帯の配電を組み立てて、ランダムに電話をかける。
 彼女からの着信を受けたのは、財務会社(いわゆるサラ金?)で経理を担当する阿邦(古天楽)。
 彼は息子と二人暮しのシングルファザーだったが、仕事に追われて息子との約束を果たせず、不信感を持たれていた。その息子を姉のジェニーが引き取り、海外で暮らすことになった。3時10分に最終搭乗案内があるから、仕事が終わったら空港まで会いに行く。阿邦はそう約束して、借金取り立ての仕事をこなしていた。
 グレイスからの着信を冗談だと思って取り合おうとしなかった阿邦は、通りすがりの交通課の警官ファイ(張家輝)にとりあえず通報して、空港へ急ごうとする。しかし、つなげたままの相手側から、突然銃声と罵声が聞こえてきた。―彼女は本当に、重大なトラブルに巻き込まれているのかもしれない。そう思った阿邦は、着信を切らずに、彼女を助けようと決意する。
 一方、通報を受けてグレイスの自宅に行ったファイも、その状況に違和感を感じる。かつては特捜に所属していたものの、後輩の張(張兆輝)に出し抜かれて交通課に格下げされた過去を持つ彼もまた、何か大きな事件が起こっていると判断して、密かに捜査を開始するのであった…。

 今までのワタシの経験上、香港映画をリメイクした作品には絶対傑作はない。これだけは断言できる。例を挙げればきりがないし(星になんとかとかナントカのうたとかオスカー獲ったfxxxinディパとか)、昔のトラウマがごっそり甦るのでこれ以上は書かない。だからさー、韓国で進行中の『挽歌』リメイクにも大いなる不安ばかりがあるのよ。申しわけございませぬ。
 ではその逆、つまり他国の映画を香港でリメイクしたものについてのはどうか?
これについてはかなりオッケイだったりする。例えば、『kitchen』は20年前に自国で作られたオリジナルにかなり不満を抱いていたので、12年前に香港で作られたリメイクにはほぼ満足した。そんな感じである。ええ、ホントにすいませんねー、所詮、ワタクシは香港電影至上主義者なもんですからねー、ほーほほほほほほほー。
 で、この映画は意外にも史上初の香港によるハリウッド映画のリメイク。
なお、オリジナルの『セルラー』は機会がなくて観ておりません。すまんです。

 オリジナルはカリフォルニア郊外の砂漠を主な舞台として繰り広げられるサスペンスアクションだったと聞くが、この基本設定なら香港じゃなくても東京やとーぼぐ(笑)でもできそうな感じ。ただ、これを香港でやる意味としては、徹頭徹尾面白いアクションを織り交ぜることができることと、カリフォルニアや東京と全く違う、香港という都市の面白さを際立たせた展開ができるからってことにつきる。
 前者についてはベニ―さんらしさが大爆発していたので(前半のカーチェイスとかクライマックスの空港倉庫内の決戦とか)書く必要がないか。というわけで後者について。
 グレイスたちが住む郊外の高級住宅街、緑に囲まれた急カーブ、冬の寒々しさが伝わる丘(ピークか?)の上の草原でのチェイス、そしてグレイスが閉じ込められたふきっさらしの倉庫があった場所。阿邦は道路下の側溝に車を乗り入れて霍たちを追い掛け回し、彼らから荷物を強奪して丘を転げまわる。街中の風景は見慣れているけど、普段観光客ならまず行かないようなの場所を効果的に使っていたのが面白かった。香港は狭い面積の街ではあるけど、ロケ場所を吟味して効果的に撮影できれば、こんなに面白くなるんだなーと改めて気づいたのであった。ロケ地めぐりしたいけど、どこも行くのが大変そうなところばかりか?

 《竊聽風雲》『意外』に続き、またしてもメガネくんの古天楽。でも、この3作を比べたら、断然この映画の彼が一番。役どころもそうだし、メガネもね♪人に誉められるような仕事をしておらず(としか思えないんだが)、息子との約束をなかなか果たせないので嘘つき扱いされているかわいそうなパパだけど、電話の向こうで助けを求められたらそれを救いに行かずにはおれない騎士精神もちゃんと持っている。だからアクションヒーローでもないけど自分の車が大破しても犯人を追い続けるし、モトローラのお客様センターでイラつく係員(いい味出していたよねー)を脅さざるを得ない…って、それは明らかに騎士精神とは違うだろう(苦笑)。だからボロボロになりながらも最後は反撃に出て、全て解決した後に訪れたことは、やっぱり彼にとってはこの上ない幸せだったのかもしれない。
 大Sはもうすっかりオトナの女性だねー。おかげでうなじと手首のタトゥーを探そうなんて余裕もなかったわ(もしかしてすでに消したのか?『シルク』の時にはまだあったけど)。
 ニックさんはこういうのが当たり役だよね。後半からの大活躍には目を見張りました。
 リウイエは…んー、ハンチングにグラサン、銀髪にロングコートとイヤミなくらいカッコいいんだけど、このところ悪役ばっかりで食傷気味なのと、もったいつけて出たわりには目的はそれかよ!というくらいアレだったので、そのへんは一工夫ほしかったかも。
 
 そのほか、細かいところにつっこんでいったら、きっときりがなくなりそうだけど、全体的に観れば、とっても満足できる作品で楽しかった。香港映画らしい北京語と広東語(時々英語も)のクロストークもあったしね。
 このところ、重苦しく救いのない映画が香港では多く作られているだけあって、徹頭徹尾アクションで、なおかつスカッとできる作品って少なくなってきたよなーと思うので、ベニ―さんはやっぱりこの路線を走っていってもらって、どんどん香港でドッカンドッカンやって新作を作りつづけてほしいなあ。

原題:保持電話
監督&脚色:ベニー・チャン 原作映画:『セルラー』by ラリー・コーエン 撮影:アンソニー・プーン 美術:ハイ・チョンマン 編集:ヤウ・チーワイ アクション指導:リー・チョンジー 音楽:ニコラス・エレラ
出演:ルイス・クー バービー・スー ニック・チョン リウ・イエ チョン・シウファイ フローラ・チャン ルイス・ファン ヴィンセント・コック

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世道就是銭、銭帯来悲劇。

 えーと、おわかりかと思いますが、タイトルの意味はこれです。
最近すっかり口癖になっちゃってます、ホントにすいません(涙)。

 最近、民放よりもNHKをよく観ている。
 現在、日曜夜に放映中の『坂の上の雲』では、今週から日清戦争が描かれている。
 開国間もなく、軍隊をやっと養成したばかりの日本に対し、清国の北方艦隊が日本にやってきたところからそれが始まるのだが、当時は軍隊としての能力は清国の方が勝っていたのに、内乱などの国内情勢が自らの首を締め、国自体が弱体化してしまうことになったというのが、わずかな知識としてあること。
 このドラマ、ともすると軍国主義称賛的にとられてしまう危険性もあるんだろうけど、これまで日清戦争を描いた映像作品をきちんと観てこなかった(特に日本側からの)こともあって、あくまで客観的な視点で描いてくれることを期待したりするのであった。

 それに続いて観ていたのが、以前も書いた通りのNHKスペシャル『チャイナパワー』。
 今回は残り2本の感想をざっくりと。ああ、やっと本題に入れるよ。

 11月29日に放映された第2回は、中国資本のアフリカ進出。
 以前、小香さんのお茶会でマラウイ黒プーアルを飲んだとき、当地には中国の企業が進出が目立っていることや、中国語の授業で老師と中国のナショナリズムについて話したときに(この時書いたことの続き)、「今の中国は、経済力にものをいわせて、アフリカの技術発展に力を貸していますからね」といっていたのがちょっと気になっていた。そういえばスーダンのダルフールで虐殺が起きた時、虐殺を命じた現政府を支援している中国を、西欧諸国は一斉に批判していたし、思った以上に中国がアフリカ諸国に進出しているのだということに改めて気づいたのであった。
 番組では、比較的政情が安定しているエチオピアで、携帯電話のアンテナ設置を手がけている企業を中心に追っていた。いくら携帯が全世界的に普及してきたとはいえ、電波が圏外になるのは致し方なく、それ以前に電話も電気も通っていないところだってあるのだからしょうがないというのが、先進国の人間が考えるところであろう。しかし、自国の山間部でさえ圏外なところがたくさんありそうな中国が途上国を助けるために、まずはアンテナを立てる。それはもちろん、インフラの整備のためだとはわかっているけど、固定電話は引かないの?電気の供給はどうするの?なんて疑問も同時に浮かんできてしまって(って初歩的なツッコミで申しわけない)。
 これはもちろん、いずれ世界の中でかの国が強大な力を持つために、これから大きな成長が期待されるアフリカ大陸の国々のバックアップを得たいからなのではないか、ということは予想できるだろう。もしかしたらそう遠くない未来、新たな南北対立が起こるのではないか?この状況を欧米諸国はどう見ているのだろうか。もちろん、日本もどう見ていて、どのように対策を考えているのだろうか。それもまた大いに気になったのであった。

 そして、今週放映された第3回は、中国マネーの膨張。
 中国マネーとか投資銀行とか聞くと、どーしても思い出してしまうのが、真山仁さんの小説『レッドゾーン』。これは、ワタシがここ数年かなりハマッていたドラマの原作にして、今年公開された劇場版の原作のひとつであるんだけど、実は読んでいません。しかも、シリーズ自体読まずにドラマにハマってました(苦笑)。でもまあ、せっかくのいい機会だから、ちゃんと本腰入れて最初から読んで、いずれはそこにたどりつこうかなと思った次第。
(…いつ読めるか分からないし、読んでもこっちには感想を書かないと思うが。ははは)

 それはともかく、金がなければ生きていけないし、企業も海外に進出できない。そして映画だって作れない。これは当たり前のこと。
 現在、外貨準備高がなんと204兆円だという中国は、昨年秋の世界経済危機で米国経済がすっかり弱体化してしまったことに目をつけ、投資銀行が海外の会社を次々に買収しているのは周知のとおり。もちろん、日本企業の買収も行っていて、成功例もいくつかある。
 企業買収はここしばらくでも決して珍しいことじゃないけど、これが頻繁に行われるということは、富の配分が著しく偏っているというようなこと。かつては米国や日本が行ってきたこれに、いよいよ中国も手を出してきたということは、もうすでにかの国が社会主義ではなく、立派に資本主義になってしまったということか。
 もともと華人(特に香港人や海外華僑)は自分たちが生きるために金を拠り所にしているため、金についての観念が日本人よりかなり強いのだろうけど、このケースはその観念があまりに強すぎるため、国策としてもかなり危険なんじゃないかと感じさせられる。今でこそ、大きなビジネスチャンスなのだろうけど、いずれこのバブルは確実に弾けるに違いない。
 それが起こったとき、はたしてあの国はどうなってしまうのだろうか。

 最後に、全3回を通して観た感想を。
実はワタシ、2年前から放映されていた「激流中国」シリーズを観ていなかった。いくら学生時代に中国文化を専攻していたとはいえ、中華圏の両岸三地では、圧倒的に香港や台湾に思い入れており、大陸はその政府の手段を始めとして、どうしても好きにはなれなかった。
 ただ、そうであっても大陸の力は予想以上に強大化している。20年前、天安門事件で全世界の批判を浴びたあの時から、大陸がここまで来るとはワタシも想像できなかった。重苦しくダサいと感じていた中国映画の変化はもちろんのこと、いくら東側諸国が民主化しようとも、あの国はずっと共産主義で行くと思ったら、今の状況はすっかり資本主義じゃないか!と。
 そんな感じになっている今だからなのか、ネット上では中国批判が盛んに行われるし、かの国でも、90年代から行ってきた「反日」もかんばしい。でも、もちろん自分でもお互いの欠点は承知であっても、よく知らないうちでの批判がひどすぎないか、と思うこともある。特に、同じ華人だからといって、台湾や香港も一緒くたにして批判するのは、あまりにも荒っぽすぎる。歴史的背景を知らずに言っているとしか思えないのである。
 日本だって、アジア各国に大いなる誤解を受けているのだからお互い様なのだろうけど、そろそろ冷静に、客観的にかの国を捉えていくべきであるとワタシは考える。
 だから、イー・トンシンさんやジョニーさんが香港で映画を作り続けることも、ピーターさんが大陸で大きなチャンスをつかもうとしていることも、その行く手を心配しながらも、引き続き見守っていかなきゃな、と思った次第。

 と、いうふうに、強引に映画話に収めたところで、この記事はおしまい。

 なお、本blogで述べられた意見はあくまでも個人的意見であり、政治的意図は特にありませんので、政治関係のコメントはお断りいたします。(すまん、予防線張ってしまった) 

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今年最後のお茶会で、”昔の恋人”に再会す。

今年最後のお茶会で、”昔の恋人”に再会す。
今日は今年最後のしゃおしゃん茶会。
いただいたのは全て中国茶。かつてワタシが愛した白葉単そう、カニアシ入り千年古茶青プーアル、そして22年ものの陳年黒プーアル茶。いつもながらおいしかったー。

 白葉単そうについては、以前も書いたけど、しばらく飲んでいなかったってこともあるので、このお茶との縁を改めて。
 6年前の4月にレスリーが逝ってしまった翌日、その日のワタシは打ちのめされて仕事も手につかなかった。夕方から小香さんのお茶会に参加することになっていたので、凹んだまま早めに行ったのだが、その時に小香さんが煎れてくれたのが、白葉単そうだったのである。そのマスカットのような上品な香りと、かすかな苦味が悲しみの中のワタシの心をほっとさせてくれたのだった。
 それ以来、しゃおしゃんのお店があった頃にこのお茶が出されていたら、必ず飲みに行っていたお茶だったのである。

 しばらく寝かしてあったので、水色はやや濃いめ、香りは甘いココナッツみたい(by 参加者のKさん)。そして苦味もやや強め。同じく参加者のMさん曰く、「石焼き芋のコゲコゲを食べたような苦味」だとか。そこまで苦くは感じなかったけどね。

 このお茶は、かつてワタシが愛したお茶だったということから、お茶会のガールズトークは「昔の恋人」話で大盛り上がり。
「昔好きだった人がものっすごく変わってたら、あの頃の思いも冷めるよね」
「いや、昔はなんとも思わなくても、再会するとものすごくいい男になっててまた惚れちゃうってこともあるかも」
なーんて話しながら飲んだお茶は、“昔の恋人”の進化した姿に出会えて(つまりますますいい男になった?)嬉しかった、という結末でした。

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 次は千年古茶青プーアル茶。
お次はしゃおしゃん定番、千年古茶青プーアル(2003春)。
今から6年前の春の新芽を摘んで作られたというお茶。
この千年古茶には特徴がある。これが摘まれた地域のお茶の木にだけ宿る、通称“カニアシ”を混ぜて作られ、精製・焙煎されたのである。カニアシが入ったお茶には血の巡りをよくする薬効が含まれているらしく、しゃおしゃんが市内にお店を出していた頃によくご馳走になったお茶である。カニアシ本体も、いくつかもらたこともあるんだけど、その頃はその成分をよく理解しないまま飲んでいたから、なんてもったいないことをしていたんだと思ってしまうのである。
 しかし、このカニアシ、今はもうその地域には存在しないとのこと。ええ、お分かりでしょう。お茶で大もうけを企む悪い輩が、根こそぎ持って行っちゃったそうですよ!許せーん!!(激怒)
 前々から話題には出ていたんだけど、中国大陸が消費社会へと移行するにつれ、お茶の消費量もそれに比例して増加し、高級な嗜好品としての価値も上がってきていたり、大量生産のために農薬をどんどん使ったりという傾向にあるという。農薬をあまり使わず、自然の茶樹から摘まれる古茶も例外ではない。昔からこのお茶を飲んできて、身体になじませている身としてはとっても複雑な気分。香りを聞くと眠気を誘うものの、数杯飲むと覚醒する(ヤクより効くぞ!なんちって)このお茶はやっぱりおいしいし、これからも大切に味わっていきたいものである。

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 今月のお茶請け。盛岡特産のりんご「ふじ」を煮たものに、マスカルポーネとダッチのビスケットを添えたもの。

 お茶請けをおいしくいただいた後は、これまた秘蔵のお茶。22年ものの陳年黒プーアルが登場。
すると、1987年頃からずっと眠っていたのか…。あのころのワタシは、そうだなぁ、青春真っ盛りだったなー(遠い目)。ワタシもかなりいい歳になってきて、ついつい20年くらい前を振り返っては「あの頃はよかったよなー」などとうっかり懐古趣味に走りたくなるのだが、いかんいかんそれをやっては。どちらにしろ人生は一度走り始めたら、死ぬまでずっと停まらない列車である(これは某氏の名言より引用)。たまに昔を振り返っても、その思い出にどっぷり浸かって停止してしまうのではなく、明日への糧にして生きていこうではないか、などと前向きに考えて、今年のお茶会はしみじみとお開きになったのであった。

 小香さん、お茶会に参加された皆さん、大変お世話になりました。
 また、来年もよろしくお願いいたします。

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《葉問》(2008/香港)

 さて、今年も残り少なくなってきた。
実は今年は、思った以上に中華電影を観ていない。香港にも2回行けたのに、観た本数は少ない。もっとも、6年ぶりにtiffに行かなかったからっていうのもあるし、下半期は劇場公開された作品も少ないので、これもまた、金融危機と不況の影響なんだろうな。
 でも、この少なさじゃ毎年選んでいる“十大電影”が選べなくなっちゃうし、私的にもだいぶ落ち着いてきたので、“冬の香港電影天堂”として、今週と来週で観たかった作品をいくつか消化していくつもり。今回のラインナップは、『コネクテッド(オリジナル版)』『ウォーロード(再見・オリジナル版)』《証人》と、祝《一代宗師》クランクイン記念として観た、この《葉問》である。

 1930年代、広東省佛山。この小さな街には、国中から武術者が集まり、弟子の育成や他派との交流を行い、いつしか街は“武術の都”として知られるようになった。女性の護身術から始まった詠春拳の使い手である葉問(ド兄さん)もその一人。彼は妻の永成(熊黛林)と一人息子の阿準とともにこの街で暮らし、秘密裏に日々己の鍛錬に精を出していた。
 ある日、葉問は街でも有数の拳の使い手である廖師匠と手合わせする。2人とも五分五分の勝負を見せていたが、葉問邸に迷い込んだ青年・沙膽源(黄又南)がそれを見て、葉問が廖師匠を負かしたと勘違いしてしまう。街に出て「葉問師匠こそ街一番の拳の使い手だ」と触れて回る沙膽源を、兄の武痴林はたしなめる。武痴林は葉問の弟子であり、師匠がこのようなことを快く思わなかったことを知っていたのである。
 数日後、北派の拳の使い手である金山找(ルイス・ファン)が仲間を引き連れてやってくる。この街で最強になって、道場を開きたいと思っている彼は、街じゅうの武術家のところに殴りこんでは大暴れしていた。ほとんど全ての武術家を倒した彼は、葉問の存在を知ることになり、彼の家に殴りこむ。邸内では金と葉問の激闘が繰り広げられたが、葉問が圧倒的な技を見せつけることになり、金は降参する。街の人々は彼を称える。
 1937年、日本軍の中国侵攻が始まり、平和な“武術の都”の状況は一変する。街に駐留する日本軍の支配下におかれた葉問たちは住み慣れた家を追われ、貧しい生活を送ることになる。紡績工場を経営する親友の泉(ヤムヤム)は彼を救おうとするが、施しを望まない彼はそれを断り、鉄鉱石の採掘現場で日雇い労働をすることになる。ここで葉問は武痴林と再会し、彼が沙膽源と生き別れてしまったことを知る。
 佛山に駐留する部隊を率いる三浦将軍(池内くん)は空手の猛者であり、彼の部下もみな空手を習得していた。この街が“武術の都”であることを知った彼は、部下の佐藤と軍隊専属の通訳となった元警官の李釗(カートン)に命じて、白米の配給と引き換えに武術家を集めることにする。武痴林と共に多くの武術家が三浦の部下と対決するが、圧倒的に強かったのが佛山の武術家たちだった。とうとう三浦自らが戦うことになる。彼は武痴林を含む3人の武術家と戦ったが、三浦の空手は彼らを圧倒し、武痴林は絶命してしまう。さらに軍人を倒した廖師匠が、佐藤の銃弾によって頭を撃ち抜かれる。その無残さに激怒した葉問は、三浦に10人の軍人と戦わせるように言い、その全てを倒す。三浦は葉問の強さに魅了され、彼と戦うことを望むが、葉問はそれを拒否して姿を消した。
 一方、泉の工場には、街近くの山にいついてならず者と化した金山找の一味が、金をせびりに来ていた。自転車操業でどうしようもない状況にあった泉を救ったのは、葉問だった。共同事業などには全く興味のなかった葉問だが、親友の苦しみを放っておくことができなくなり、彼は泉の工場を助けながら、全ての従業員に詠春拳を教えて工場を守るように指導し、金の再襲撃には従業員が一体となって彼らに抵抗をした。それはたちまち三浦たちの知るところとなり、葉問は日本軍に捕らえられてしまう…。

 ほとんどの男子は「強さ」に憧れ、自らが強くなろうとする。しかしその「強さ」は、時として意味のない暴力と化す。本来の「強さ」というのは、「全てをなぎ倒して頂上に立つ」ような利己的なものではなく、「弱く抵抗できないものを守るため」ではないだろうか。葉問が強いのも、そしてその強さを誇らないのも、後者の目的を持っており、自ら戦うのは弱い誰かのためであり、自分の力を弱い人たちに分け与えてあげるために、詠春拳を指導していたのではないかと考える。それゆえに、李小龍が学んでいた功夫としての詠春拳が注目されても、彼の弟子であり、それを広めてきた葉問自身があまり注目されてこなかったのではないのかな?
 中華圏に限らず、日本や米国のヒーローものでも、最近はこのような「守るために強くあるヒーロー」の姿を描こうとして、物語を作り上げようと努力をしているが、観客(&一部製作者)がどうしてもそれが理解できにくい風潮にあるのが残念なところ。この映画でも、葉問をそのようなキャラクターとして描かれているので、共感は持てる。ド兄さんもそれを意識して、黒い長衫に身を包み、シャープに戦う中肉中背の葉問を熱演していたのがわかるし。
 しかしなぁ…。そのキャラクターを強調するあまりになのか、敵方となる金山找や日本軍の描かれ方が、やっぱりステロタイプ気味に収まっちゃったんだよなぁ。そこが残念といえば残念だったりする。

 日本軍ついでにもう少し。白洲次郎や『坂の上』の秋山兄弟など、最近は日本でもあまり知られてこなかった実在の人物を主人公としたドラマ(映画はなぜか少ない)が多いけど、それらのドラマにはほとんど「事実を元にしたフィクション」という但し書きがつく。それは、小説に書かれたり映像にされたものにリアリティを感じるあまり、史実との相違に非常にこだわりを持ってしまう日本人だからこその断り書きなんだろうけど、中華電影で実在の人物を描くものを観るには、まず全てにこの断り書きがあるということを念頭に入れておかなければいけないと思う。
 これは聞いた話なんだけど、この映画のように葉問は日本軍と全面的に対立して直接対決したわけではなく、日本軍への抵抗勢力を陰でサポートする程度にとどまっていたというのが事実らしい。確かに葉問自身は、詠春拳を日本人には教えないといったらしいけど、それはこの映画のような背景があるわけではないようなので、そのへんはフィクションと割り切らなきゃいけない。
 「中国」と聞くだけでキーッとなってしまう、ネットに潜むライトウィング傾向な方々は、香港も中国だからと偏見を持っている人も多いせいか、こういう映画で描かれる日本人をみてまたキーッとなっちゃうんだろうな、と思うところがある。そういう方々には、「たかが映画だ、気にすんな!」と進言してあげたい。
 そうでなくても香港映画にはやたらと「日本軍の云々」みたいなものが出てくる。実際、ワタシも最初は面食らったもんだけど、「香港映画で出てくる日本軍は、ハリウッド映画におけるナチスと同じようなものだし、あくまでも映画上の演出だから気を悪くしないように」と言われて腑に落ちたところがあったからね。

 ド兄さん以外だと、ヤムヤムがステキでしたねー。マフィア役ばかり見ているので、たまにこういう知的な役回りがくると嬉しくなるよ。カートンは一見コウモリみたいに落ち着きがないんだが、彼もまた時代の犠牲者であるわけで。これがお初になるリン・ホン小姐…。花瓶だったな(それを言うな)。
 しかし池内くん、キミは軍人しかできんのか。あまりにもハマリ役過ぎてかえってかわいそうだったぞ。いっそ『梅蘭芳』の田中さんもキミだったら、かえってリアリティが出たんじゃないか(こらこら)。そして三浦将軍の部下の佐藤…すげーウザイ。一体誰がやっていたんだ?あまりにウザくてイライラさせられっぱなしだったぞ。あはははは。
 
 さて、このシリーズも大ヒットし、今年の金像奨で最優秀作品賞に選ばれ、続編2作の製作も決定。これはこれでとっても楽しみだ。
 でも、これを観て、ワタシはちょっと安心したことがある。
 王家衛&トニーの《一代宗師》は、絶対こういう映画にはならないんじゃないか、ということだ。いくら同じ主人公であっても、ウィルソンさん&ド兄さんと、王家衛&トニーでは作風も役者の個性も全然違う。やっぱり、観るんだったら全く違う作品にならなきゃ、楽しくないじゃんかねえ!

監督:ウィルソン・イップ 製作:レイモンド・ウォン 撮影:オー・シンプイ 詠春拳顧問:葉 準 音楽:川井憲次
出演:ドニー・イェン サイモン・ヤム リン・ホン 池内博之 ラム・カートン ルイス・ファン ウォン・ヤウナン

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中華電影(含む香港電影)の、明日はどっちだ!

 フィルメックスツアーに出ていた連休の日曜、某大河の最終回に続いて、NHKスペシャル『チャイナパワー』の第1回「“電影革命”の衝撃」を観た。

 番組では、ピーター・チャンプロデュース&テディ・チャン監督の《十月圍城》の撮影現場を中心に、ピーターさんやドニーさんのみならず、彼らのライバルとなるユンファ主演の《孔子》の制作現場(制作はIT企業!)や、大陸電影の状況に危機感を抱く、かつてピーターさんがいた香港の映画製作現場なども交えた構成。主として、ピーターさんを中心に、映画の完成を追いながら、いかに中国映画が様変わりしたか、そしていかにこれから世界に打って出るかをまとめたという印象。

 かつて、金枝玉葉2部作や『月夜の願い』で香港人のささやかな暮らしを優しい視線で描き、『ラヴソング』で返還への想いを描いたピーターさんが、まさか大陸で大作を手掛けるようになるとは、10年前にはだれが思ったのだろうか。それは、張藝謀がアクション映画を手掛けることだって予想もしなかったし、そもそも大陸電影自体がこんなになることだって誰も思わなかったことかもしれない。

 もちろん、これは国家がもろに映画製作にかかわっているわけじゃないだろう。そのへんは別にして考えた方がいいのかも。
 ピーターさんたちも、もちろんビジネスとして大陸の現場に入り込んでいるに違いない。彼のブレーンとしてアンドリューさんやヴィンセントさんがいて(字幕で紹介されなかったけど)、広東語であれこれ作戦を練っているのを見て、彼らが割り切ってやっているのかな、という印象もちょっと抱かされたところもある。ただ、この映画が大陸で成功しちゃったら、今後はどんどんイケイケになるのだろう。そうなるとやっぱり、昔のピーターさんの作ってきたような作品にはもう出会えないのかな、という寂しさもあるのは確か。
 先週、ベテランの香港電影迷らしき方(あくまで推測です)が朝日新聞テレビ解説面の「はがき通信」に、ピーターさんの今後の動向で、中国映画の小品(含む香港ローカル映画?)が駆逐されてしまうのではないか心配だという投稿をされていたけど、それにはもちろん同意する次第。

 しかし、この番組を観て気になったことが二つ。
 ひとつは、《十月圍城》の本来の監督である、テディさんがまったく登場してこなかったこと。もうひとつは、香港側の人間としてはトンシンさんと同格なくらいゴッドファーザー的存在のジョニーさんが登場しなかったこと。
 これって、単にインタビューが取れなかったってことだけなんだろうか?

 大陸に活路を開きたい香港映画人と、映画製作に力を入れたい政府の思惑が一致しているような今の大陸電影界。この蜜月、中国が力を持っている間はずっと続くんだろうか。そして、今後の香港電影界は、大陸電影界とどのように影響しあうのだろうか?それは前から気になっていることであり、今後も大いに気になるところ。
 政府がらみだと、陰でやたらと文句を言われる中国ものだけど、ワタシはあくまで客観的な視点で、この動向を見守っていきたいと思うのであった。

 さて、その動向を見守るためにも、近日中に《葉問》と『コネクテッド』(結局地元上映がなかったので、香港で買ったVCDでの鑑賞)をしっかり観なくちゃね。
 今年はただでさえ、中華電影を観る機会が少なかったのだからね(泣)。

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