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《葉問》(2008/香港)

 さて、今年も残り少なくなってきた。
実は今年は、思った以上に中華電影を観ていない。香港にも2回行けたのに、観た本数は少ない。もっとも、6年ぶりにtiffに行かなかったからっていうのもあるし、下半期は劇場公開された作品も少ないので、これもまた、金融危機と不況の影響なんだろうな。
 でも、この少なさじゃ毎年選んでいる“十大電影”が選べなくなっちゃうし、私的にもだいぶ落ち着いてきたので、“冬の香港電影天堂”として、今週と来週で観たかった作品をいくつか消化していくつもり。今回のラインナップは、『コネクテッド(オリジナル版)』『ウォーロード(再見・オリジナル版)』《証人》と、祝《一代宗師》クランクイン記念として観た、この《葉問》である。

 1930年代、広東省佛山。この小さな街には、国中から武術者が集まり、弟子の育成や他派との交流を行い、いつしか街は“武術の都”として知られるようになった。女性の護身術から始まった詠春拳の使い手である葉問(ド兄さん)もその一人。彼は妻の永成(熊黛林)と一人息子の阿準とともにこの街で暮らし、秘密裏に日々己の鍛錬に精を出していた。
 ある日、葉問は街でも有数の拳の使い手である廖師匠と手合わせする。2人とも五分五分の勝負を見せていたが、葉問邸に迷い込んだ青年・沙膽源(黄又南)がそれを見て、葉問が廖師匠を負かしたと勘違いしてしまう。街に出て「葉問師匠こそ街一番の拳の使い手だ」と触れて回る沙膽源を、兄の武痴林はたしなめる。武痴林は葉問の弟子であり、師匠がこのようなことを快く思わなかったことを知っていたのである。
 数日後、北派の拳の使い手である金山找(ルイス・ファン)が仲間を引き連れてやってくる。この街で最強になって、道場を開きたいと思っている彼は、街じゅうの武術家のところに殴りこんでは大暴れしていた。ほとんど全ての武術家を倒した彼は、葉問の存在を知ることになり、彼の家に殴りこむ。邸内では金と葉問の激闘が繰り広げられたが、葉問が圧倒的な技を見せつけることになり、金は降参する。街の人々は彼を称える。
 1937年、日本軍の中国侵攻が始まり、平和な“武術の都”の状況は一変する。街に駐留する日本軍の支配下におかれた葉問たちは住み慣れた家を追われ、貧しい生活を送ることになる。紡績工場を経営する親友の泉(ヤムヤム)は彼を救おうとするが、施しを望まない彼はそれを断り、鉄鉱石の採掘現場で日雇い労働をすることになる。ここで葉問は武痴林と再会し、彼が沙膽源と生き別れてしまったことを知る。
 佛山に駐留する部隊を率いる三浦将軍(池内くん)は空手の猛者であり、彼の部下もみな空手を習得していた。この街が“武術の都”であることを知った彼は、部下の佐藤と軍隊専属の通訳となった元警官の李釗(カートン)に命じて、白米の配給と引き換えに武術家を集めることにする。武痴林と共に多くの武術家が三浦の部下と対決するが、圧倒的に強かったのが佛山の武術家たちだった。とうとう三浦自らが戦うことになる。彼は武痴林を含む3人の武術家と戦ったが、三浦の空手は彼らを圧倒し、武痴林は絶命してしまう。さらに軍人を倒した廖師匠が、佐藤の銃弾によって頭を撃ち抜かれる。その無残さに激怒した葉問は、三浦に10人の軍人と戦わせるように言い、その全てを倒す。三浦は葉問の強さに魅了され、彼と戦うことを望むが、葉問はそれを拒否して姿を消した。
 一方、泉の工場には、街近くの山にいついてならず者と化した金山找の一味が、金をせびりに来ていた。自転車操業でどうしようもない状況にあった泉を救ったのは、葉問だった。共同事業などには全く興味のなかった葉問だが、親友の苦しみを放っておくことができなくなり、彼は泉の工場を助けながら、全ての従業員に詠春拳を教えて工場を守るように指導し、金の再襲撃には従業員が一体となって彼らに抵抗をした。それはたちまち三浦たちの知るところとなり、葉問は日本軍に捕らえられてしまう…。

 ほとんどの男子は「強さ」に憧れ、自らが強くなろうとする。しかしその「強さ」は、時として意味のない暴力と化す。本来の「強さ」というのは、「全てをなぎ倒して頂上に立つ」ような利己的なものではなく、「弱く抵抗できないものを守るため」ではないだろうか。葉問が強いのも、そしてその強さを誇らないのも、後者の目的を持っており、自ら戦うのは弱い誰かのためであり、自分の力を弱い人たちに分け与えてあげるために、詠春拳を指導していたのではないかと考える。それゆえに、李小龍が学んでいた功夫としての詠春拳が注目されても、彼の弟子であり、それを広めてきた葉問自身があまり注目されてこなかったのではないのかな?
 中華圏に限らず、日本や米国のヒーローものでも、最近はこのような「守るために強くあるヒーロー」の姿を描こうとして、物語を作り上げようと努力をしているが、観客(&一部製作者)がどうしてもそれが理解できにくい風潮にあるのが残念なところ。この映画でも、葉問をそのようなキャラクターとして描かれているので、共感は持てる。ド兄さんもそれを意識して、黒い長衫に身を包み、シャープに戦う中肉中背の葉問を熱演していたのがわかるし。
 しかしなぁ…。そのキャラクターを強調するあまりになのか、敵方となる金山找や日本軍の描かれ方が、やっぱりステロタイプ気味に収まっちゃったんだよなぁ。そこが残念といえば残念だったりする。

 日本軍ついでにもう少し。白洲次郎や『坂の上』の秋山兄弟など、最近は日本でもあまり知られてこなかった実在の人物を主人公としたドラマ(映画はなぜか少ない)が多いけど、それらのドラマにはほとんど「事実を元にしたフィクション」という但し書きがつく。それは、小説に書かれたり映像にされたものにリアリティを感じるあまり、史実との相違に非常にこだわりを持ってしまう日本人だからこその断り書きなんだろうけど、中華電影で実在の人物を描くものを観るには、まず全てにこの断り書きがあるということを念頭に入れておかなければいけないと思う。
 これは聞いた話なんだけど、この映画のように葉問は日本軍と全面的に対立して直接対決したわけではなく、日本軍への抵抗勢力を陰でサポートする程度にとどまっていたというのが事実らしい。確かに葉問自身は、詠春拳を日本人には教えないといったらしいけど、それはこの映画のような背景があるわけではないようなので、そのへんはフィクションと割り切らなきゃいけない。
 「中国」と聞くだけでキーッとなってしまう、ネットに潜むライトウィング傾向な方々は、香港も中国だからと偏見を持っている人も多いせいか、こういう映画で描かれる日本人をみてまたキーッとなっちゃうんだろうな、と思うところがある。そういう方々には、「たかが映画だ、気にすんな!」と進言してあげたい。
 そうでなくても香港映画にはやたらと「日本軍の云々」みたいなものが出てくる。実際、ワタシも最初は面食らったもんだけど、「香港映画で出てくる日本軍は、ハリウッド映画におけるナチスと同じようなものだし、あくまでも映画上の演出だから気を悪くしないように」と言われて腑に落ちたところがあったからね。

 ド兄さん以外だと、ヤムヤムがステキでしたねー。マフィア役ばかり見ているので、たまにこういう知的な役回りがくると嬉しくなるよ。カートンは一見コウモリみたいに落ち着きがないんだが、彼もまた時代の犠牲者であるわけで。これがお初になるリン・ホン小姐…。花瓶だったな(それを言うな)。
 しかし池内くん、キミは軍人しかできんのか。あまりにもハマリ役過ぎてかえってかわいそうだったぞ。いっそ『梅蘭芳』の田中さんもキミだったら、かえってリアリティが出たんじゃないか(こらこら)。そして三浦将軍の部下の佐藤…すげーウザイ。一体誰がやっていたんだ?あまりにウザくてイライラさせられっぱなしだったぞ。あはははは。
 
 さて、このシリーズも大ヒットし、今年の金像奨で最優秀作品賞に選ばれ、続編2作の製作も決定。これはこれでとっても楽しみだ。
 でも、これを観て、ワタシはちょっと安心したことがある。
 王家衛&トニーの《一代宗師》は、絶対こういう映画にはならないんじゃないか、ということだ。いくら同じ主人公であっても、ウィルソンさん&ド兄さんと、王家衛&トニーでは作風も役者の個性も全然違う。やっぱり、観るんだったら全く違う作品にならなきゃ、楽しくないじゃんかねえ!

監督:ウィルソン・イップ 製作:レイモンド・ウォン 撮影:オー・シンプイ 詠春拳顧問:葉 準 音楽:川井憲次
出演:ドニー・イェン サイモン・ヤム リン・ホン 池内博之 ラム・カートン ルイス・ファン ウォン・ヤウナン

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