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《香港電影類型論》覚え書き:羅[上/下]「香港類型電影之武侠篇」(その3)

 略談神怪武侠粤語片 並評介《如来神拳》《聖火雄風》(1)
 (伝奇武侠広東語映画のあらまし&《如来神拳》と《聖火雄風》の紹介)

 1993年夏、徐克製作、ベニー・チャン監督の『THEマジック・クレーン(新仙鶴神針)』と、プーン・マンキッ監督(『上海グランド』)の《飛狐外傳》がナイトショーをにぎわせたころ、コーリー・ユン監督の『レジェンド・オブ・フラッシュファイター 電光飛龍/方世玉2(方世玉続集)』とジョニー・トー監督の『マッドモンク/魔界ドラゴンファイター(済公)』も引き続き公開され、人気を博していた。それらの古装片は、伝奇武侠映画であるのはもちろんだが、どれも「古い瓶に新しい酒を注ぐ」ようなタイプの作品だった。

 その中でも、『済公』と『方世玉』は昔から人気があった題材だ。中国国内では戦前から映画が製作され、香港では40~50年代から多くの俳優が済公を演じてきた。特に新馬師は60年代に多くの済公映画に主演し、星仔以前にこの愛すべき“生臭坊主”を演じて人々に愛されてきた。
 一方、方世玉は戦前の香港で第1作が1938年に作られ、その時に新馬仔が演じている。その後、48年に文武両道に長けた名優の石燕子に引き継がれ、彼は方世玉を20作で演じてきた。これにより、方世玉は黄飛鴻と並ぶ長期の人気シリーズとなった。
 黄飛鴻と方世玉のどちらも正真正銘広東地方のヒーローであるが、鴻師父といえば徳が高く非常に人望がある医師であり、教師や家長でもあり、仁心に厚く武芸に秀でている人物だ。一方、方世玉は子供っぽい腕白坊主で、もめごとをよく起こす不良でもある。母親の苗翠花は息子同様カンフーに長けており、お互いに頼りにしている。ヒロインの斉斉は権威的な礼儀と道徳、そして強大な権威に対して反抗している。これは黄飛鴻が徳をもって行動をなすような父性的な印象とは好対照を成す。

 90年代に、徐克やコーリー・ユンが手がけ、両作品ともリー・リンチェイが演じたことにより、黄飛鴻も方世玉もともに変化し、戦略に長け、そしてずる賢く快活なハンサムな青年になった。黄飛鴻は年寄りじみてしょぼくれることはないが、故郷の疲弊を自覚して時代の流れに乗り、西洋に学ぼうと試みている。一方、方世玉は腕白であるほか、母親を慕ってやまず、斉斉は男性中心主義に挑戦する。他でもなく、今時の観客はほとんどが青少年であり、彼らをひきつけて劇場に足を運ばせるためには、どうしても民間伝承をこのように現代化させなければならなかったのである。

 『仙鶴神針』については、黄飛鴻、方世玉、済公ほど歴史は古くないが、それでも30年ほどの歴史を持った作品である。原作は台湾の武侠小説家・金童によるもので彼の多くの作品はベストセラーになり、香港でもこの作品を始め、60年代に長編が何作か映画化された。『仙鶴神針』は多くの続編が作られ、完結編はその年の香港映画の売上記録を作った。金童の小説は南派のアクション小説のようなものではなく、江湖で繰り広げられる愛憎模様や、ありえないアクションシーン等を特徴とした。映画ではそのような音波功や掌心雷などの場面を、特撮技術を駆使して表現した。

 中国の武侠映画には3度のブームがある。まずは20年~30年代にかけて、《火焼紅蓮寺》によって引き起こされた武侠伝奇映画ブームだ。これは時の政府が迷信や邪心をあおる映画として取り締まられてしまい、武侠伝奇映画を作った人々は香港へと移り住んだ。次に60年代、広東語で武侠映画が作られ始め、さらに特撮技術も加わったことや、北京語の武侠映画も成功を収めるようになったことから、70年代の映画界は武侠映画の天下となった。そして90年代初頭にも武侠ブームが現れ、最先端の特撮技術とアクション指導を加えて、多種多様で摩訶不思議な武侠映画が次々と登場することとなった。

その頃、電検条例(香港版映倫)は「迷信を鼓吹する」映画に対して厳しく取り締まるようになり、「意味なく女性の服を脱がすこと、自殺を描くこと、個人または団体による無意味な闘い」がある映画を上映禁止にしていた。徐克の『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』、『スウォーズマン』『マジッククレーン』はそれらの要素を全て含んでいたのに、幸いにも上映禁止にはならなかったのだ。

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 先に謝らせていただきます。
実はアタクシ、方世玉も済公も、未だに観る機会に恵まれておりません。
不勉強でどーもすんません。 

 でも、これもまた中国人に愛され、その物語が時代を超えて何度となく映像化が繰り返されたのだから、手堅い定番なのだろう。90年代の若者(初公開時は確かにワタシも若者だったなぁ…香港人じゃないけど)に受け入れられるよう、リンチェイや星仔を起用し、キャラクター設定を大きく変化させたのも当然といえば当然か。

 しかし、香港の映倫って、エロいものに関しては日本より基準が厳しいことはよくわかるんだけど、それでもバイオレンスシーンに関しては「ホントにこれ映倫通してるわけ!?」と叫びたくなるほどグロいものも、時々あるよなぁ…。

 というわけで、今回の感想は軽めに。
 この論文自体はまだまだ続くのだけど、きりがいいのでこのへんで。
 次回は後半部、60年代の伝奇武侠映画を代表する《如来神拳大結局》(1964)と《聖火雄風(全2集)》(1966)について述べられた部分について。このくだり、結構読みにくかったんだよね…。

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