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2009年6月

Hyvää syntymäpäivää,Tony!

 Toivomme tulevaisuudessa työtä.

 主要言語をやりつくしたので、今年は趣味でフィンランド語です。
 母音のウムラルト、文字化けしないで出るかなぁ…。
 今日はトニーの誕生日。47歳か!ああ、ついにレスリーを超えちゃうのね。
 天命を知る年齢まで、あともう少しだねぇ…。*タメイキ*
 うーむ、お互い歳をとるわけだね。

 年貢を納めて早1年、この頃は太太(こらこら)の妊娠活動?が時折ゴシップを賑わせているけど、子供ができても変わらないでいてほしいと思ふよ。ま、そんなことこっちが心配することじゃないか。
  1年の長きにわたる狂乱(?)の赤壁キャンペーンも終わり、今年後半はいよいよ《一代宗師》の撮影に入れるか?ま、今後も変わらず見守っていきますよー。

Tony200090627022_2

 季節感を無視した写真にて失礼。
 日本でも《東邪西毒:終極版》をやってほしいんだけど、今の日本の映画公開状況(あえてここでは言うまい)を考えると、やっぱり難しいかなぁ…。

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張芸謀×コーエン兄弟…かぁ。

 日本のみならず、中華芸能にも多大な影響を与えているはずの、米高積遜先生を悼みつつ、今日も小ネタ。

張芸謀さんの新作が、初のサスペンスという《三槍拍案驚奇》だというのは、あちこちの中華芸能系blogやニュースで知ってはいたのだが、それがまさかこーゆーネタだったと知ったのは、今日のeiga.comのニュースでだった。

チャン・イーモウ監督が、コーエン兄弟「ブラッド・シンプル」をリメイク

 ワタシもフツーの映画好きなので、コーエン兄弟は結構好き。お気に入りは『ファーゴ』や『オー・ブラザー!』の、ちょっとメジャー系。
 コーエン兄弟もオスカーのみならず、カンヌやヴェネチアの常連だけど、まさかイーモウがコーエン兄弟作品をリメイクするとは思わなんだよ。実は『ブラッド・シンプル』はまだ観ていないんだが、どーゆーふーに料理するんだか楽しみではある。
 しかし、香港でロケしてるってのに、なんでキャストは大陸俳優中心なんだらう…。ま、イーモウだから必然的にそうなるのだろうが。

 日本でももうすぐ公開される『コネクテッド』もそうだけど、最近は米国電影の中華圏リメイクが流行っているのだろうか?まぁ、両作品とも、fxxxingな某ディパ(苦笑)よりは、好みのリメイクになってくれるはず、だと思いたい。

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韋家輝さんインタビュー、日本語で読めるのは嬉しいが…。

 あまり更新がないのも何なので、拾ってきた記事をリンク。

 NYAFFに出品されている、トーさんの相方、ワイさんのインタビューがシネマトゥデイにあった。でも、見出しはこんなんだった…。

金城武も反町隆史も素晴らしい役者!それぞれの出演作の監督ワイ・カーファイが語る - シネマトゥデイ.

 金城くんはもともと中華電影で活躍しているから日本人俳優って印象はないんだけど、その後の人については…。
 映画専門サイトのインタビュー記事でも、香港電影迷もちゃんと読んでいるんだから、そのへんで引き付ける見出しにしてほしかったな。
 それとも、記者さんが香港映画に詳しくないと、こうなっちゃうのかな。

 映画専門サイトでも、もうちょっと濃い記事が読みたいと思う、今日この頃であった。と、暴言にならないうちに終わる。

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三國之見龍卸甲(2008/香港・中国・韓国)

 たとえ赤壁二部作が“オリジナルと違う”と批判されても、いわゆる三国志と呼ばれるものにはさまざまなバリエーションがあるのだから、そこでブーブー言ってはいけないということは、以前から書いてきた。中華圏にも正史のほか、演義も平話もあるわけだし、日本だってゲームの三国無双があるし、パロディものだっていろいろあるじゃないか。だから、いろんなタイプの三国志があっていいし、赤壁だってひとつのバリエーションと認めたい。
 だから、アンディが趙雲を演じるこの『三国志』だって、バリエーションの一つと言いたいけど…。ああ、マジメな三国志マニアにはこりゃキッツイかもしれんなぁ…。

 あらすじはパス。とりあえず、赤壁で胡軍が印象的に演じた“単騎千里行”の場面はあるとはいえ、…そこでなんで二人とも殺しちゃうのよ、劉備(岳華)の奥さん!と最大のネタばれツッコミをさせていただく。いくらオリジナルストーリーだからと言っても、そりゃねーよダニエル・リー!ああ、だからやっぱりアタシは苦手なんだな、ダニエル・リー作品が。『星月』しかり、『スター・ランナー』しかり(『ドラゴン・スクワッド』は未見)。

 そんな文句はとりあえずおいといて、これは久々に、頭の先からつま先まで、見事なまでにThe☆アンディ先生映画だった。以前も書いた“チンピラ・ロン毛・流血”の三大条件のうち、チンピラ以外の条件は満たしている。最初の登場シーンでは髪をラフにまとめていたし、五虎将軍となってからは髪を後ろで三つ編みにしている。後ろだけなら今やってる某大河ドラマの某石田ミツナリかよ?と思わずつっこみたくなった(もちろんアンディの方が先だが)。恋人は出てくるけど(女優さんの名前失念)、死ぬ前にフェイドアウトしちゃうしなぁ。それがいいのか悪いのか、というのは、あえて言うまい。

 出番がちょっとだけでホントに惜しかったけど、ティ・ロン兄さんの関羽はカッコよかったねぇ。前半で趙雲と戦うくだりも、おお、さすが往年のアクションスター!と思わずグッときてしまったし。ただ、せっかくの美髯公なのだから、もーちょっと御髯のボリュームがあってもよかったのに。
 アクションといえば、趙雲の部下・鄧芝を演じたオンくん(アンディ・オン)もよかった。体にボリュームがあっても、身軽でどんどん動く!みんなあの帽子型兜(これ、なんとかしてほしかった…)をかぶっているのに、一人ドレッドヘアに唐草模様の上着を着て、どことなく個性を打ち出しているのもいい。彼に限らず、衣装のデザインはえらい個性的で、あれはあれで見ていて楽しかったかな。
 ヴァネスが演じた関興(関羽の息子)…。出番はあれでいいのか?

  そして、オリジナルキャラクターの二人、サモハン演じる羅平安とマギーQ演じる曹操の孫娘にして魏の都督曹嬰…。うーむ、はたしてあれは必要だったかどうか。物語の語り手でもある平安は、あれはあれで必要な存在だったけど、二人の関係をもう少し深く描いてくれてもよかったような気がした。描き方次第でいいキャラクターになったと思うんだけどなぁ。
 で、曹嬰は…。華に、華になってない~(泣)。祖父譲りの狡猾さとか、非情な感じはあったと思うけど、やっぱりそこに華があった方が断然いいに決まっている。顔色も悪そうだし、てゆーか悪いし。
 あ、一緒に観たひろみさん曰く、戦の場面の彼女はまるで某大河ドラマで某上杉ケンシンを演じていた某ガ○トのように見えたとのこと。ワタシも一票。

 うう、投げやりな感想になってしまった。スマンです。
 実は途中で集中力が切れたんです。なんでこれで集中力切れるかなー。
 近いうちにVCDでもう一度見直そうかしら。それとも『ウォーロード』を先に観て演技派アンディを堪能してこっちに戻った方がいいのか。

英題&邦題:Three Kingdoms Resurrection of the Dragon/三国志
監督:ダニエル・リー 製作:チョン・テウォン&スザンナ・ツァン 出演&アクション監督:サモ・ハン・キンポー 撮影:チャン・トンリョン 音楽:ヘンリー・ライ
出演:アンディ・ラウ マギーQ ヴァネス・ウー アンディ・オン プー・ツンシン ティ・ロン ユエ・ワー ユー・ロングアン ダミアン・ラウ

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《香港電影類型論》覚え書き:羅[上/下]「香港類型電影之武侠篇」(その2)

 《火焼紅蓮寺》的功與罪(《火焼紅蓮寺》の功罪)

 政治が比較的安定している時代の社会では、伝奇カンフー映画はもちろん、三級のポルノやバイオレンス映画も人気になるが、たとえ盛んに作られて人気を呼んだとしても、多くの古い考えを持った人々に非難されて、検閲で修正されることになるが、そういうことは珍しくない。

 しかし、政治的に不安定で、動乱期にある社会では、このような「邪道」ともいえる映画たちは、必ず統治者によって激しく批判され、公衆に向かって晒し首にされるように犠牲となった。また、往々に社会の道理として、このような作品は人を邪淫や不正に導くとして恐れられたため、それらが反権力に目を向けると考えた権力者は流行文化を叩いたのである。

 30年代、ヒトラーの専制政治が行われたドイツでは、リアリズムで描かれたサスペンスやフィルムノワールが上映禁止となり、多くの製作者がアメリカへ亡命せざるを得なかった。20年代末に作られた張石川監督の《火焼紅蓮寺》(1928年)は、当時の中国で大ヒットを飛ばした作品である。これが伝奇カンフー映画のはしりであり、上海の多くの映画会社はそれに乗じた「火焼片」を競作した。当時は小学生にまで人気を呼び、彼らはこの映画を観るために家出をして帰ってこなかったというニュースまであったくらいだ。その内容もエログロや博打等を盛り込んでいたため、市民を堕落させるという否定的意見もあり、一方映画はフィクションだからという意見もありと賛否両論を呼んでいた。
 しかし、満州事変後、日本軍が東北を占領し、革命に失敗した共産党が地下活動を始めたことがきっかけで、時の政府はこれら動乱に乗じて、《火焼紅蓮寺》のような伝奇カンフー映画は社会に対して悪影響を及ぼすと非難した。そして民国21年(1932年)、国民を悪影響から守るという名目で、映画の上映を禁止し、フィルムも没収して焼却しまった。こうして、「伝奇映画」は民国33年(1934年)以降は作られなくなってしまった。

 《火焼紅蓮寺》はこのような経緯で糾弾され、悪名を残した映画とされているが、客観的に作品そのものを見てみると、この映画は映画製作において大きな成功を収めている重要な作品でもある。まず、この映画が大々的にヒットしたことで、映画市場が盛り上がり、ひいては中国映画が東南アジア諸国へ販売ルートを開拓するきっかけとなった。次に、各映画会社がこぞって《紅蓮寺》の続編やシリーズを作ったことで、壁を走ったり空を飛ぶような映像を見せるためのワイヤーアクションやアニメーションのようなアクションや特撮技術が生み出され、これらの技術は30年代末までに大きく発展した。また、この映画では彩色を施して鮮明にすることも試みられた。このように、すでに30年代には大胆な映像が作られて新たな創造が見られたのだ。

 国情が不安定化すると、為政者は人民の思想を統治するために、「清潔さ」をもって思想を正しいものへと整理しようとする。その状況下、異端な作品にはその政権が本当は腐敗していて無能であることが反映されるので、それを取り締まって排除するだけでは、何も解決しないのである。

 あまりにも多くの誤解をうけているのが惜しいのだが、この新しい試みに満ちた異端の作品には、庶民の生命力が湧き出ていて、その流れをよくし、経済と民衆に大きな助けをもたらしている。これらの「火焼片」で使用された特撮技術がもし禁止されなければ、中国映画のアクションシーンが今よりももっと優れたものになっていたかもしれなかったのである。その技術が遺憾なく発揮されるのは、60~70年代以降の香港カンフーアクション映画の登場まで待たねばならなかったのだ。

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 またまた超抄訳で失礼します。
 これは、中国語映画初期に作られた、いうなれば武侠映画史で重要な位置を占める映画《火焼紅蓮寺》がなぜ人気を集め、そして批判されたのかということについて書かれた文章。

 政府お墨付きの名作よりも、とあるジャンルに限定されながらもそれを飛び越える類の映画には、その後の映画製作の方向を位置付けるものが生まれるが、その過激さから糾弾されやすいリスクがある、ということか。これはポルノ映画が多くの個性派監督を生み出し、ホラーが国内ばかりでなくハリウッドでも受けた日本映画界に通じるところがあるのかもしれない。アジア以外で言えば、B級作品を偏愛するクエタラや、オーストラリアでお下劣スプラッタを作りまくってたらいつの間にか『指輪物語』3部作でビッグになっていたPJなんかも当てはまるかな。それを考えれば、今大ヒット中の日本メジャー系TV局映画が揃いも揃ってつまらないのは、ほとんどの監督がTVやCMのディレクター上がりで、誰にでも親しみやすい無害な映像ばっかり作ってきたから…とか書いたら毒吐き過ぎか。

 ちょっと抄訳がうまくいかなかったが(後で聞こう)、ワタシの先生は5番目のパラグラフに大きく共感していた。《火焼寺》をバッシングした時の政権は国民党政権だったけど、こういうことは共産党政権でもあったことだから、と言っていたのだ。それはよくわかるな。そして、日本だって同じことじゃないって思うところはあるもんな。いずれにしろ、映画は異端な方が面白いものが多いってことか。と、この場はコレで締めたいと思う。もしかしたら別項でまた書くかもしれないけどね。

 次回は、次回は、93年に香港で起こった古装片ブームにつながる伝奇カンフー映画の流れを辿る、「略談神怪武侠粤語片 並評介《如来神拳》《聖火雄風》」。結構長い文章だけど、うまく抄訳できるかどうか…。

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『香港 アジアのネットワーク都市』浜下武志

 2年前にハマった某経済ドラマ(なにも名前を隠さなくてもさぁ。まーここでも書いているけどね)が最近映画化され、早速観に行った(リンクは別blog)。
 その映画でネタにされていたのが中国政府系投資ファンド。中国語の授業でこの話をちょっとしたくて、えーと、投資ファンドって中国語でなんて言うんだっけ、「証券投資基金」ってそのままじゃん、なんてあたふたしながら電子辞書の中国語新語ビジネス辞典を見ていたんだが、…そーいえば自分、今年で中国語学習歴20年になるけど、何に一番苦しめられたかといえば経済やビジネスの中国語だったじゃないの、といまさらながら思い出した。はぁ、もう少しちゃんと力入れてやっておけば、今頃香港で働いていたかも、ってことを簡単に言っちゃーいけないよな。  

 そんなわけで、この本は10年以上前(しかも返還前!)に発行されたのに、なぜか読んでいなかったのは、はい、単に経済ものが苦手なだけです。でも今頃これを読もうとしたのは、まぁなんとなくです(苦笑)。

 …えーっとぉ、確か20年くらい前に中国史の授業で習ったようなことが書いてあったようなぁ。バカ丸出しな感想でホントにすんません。
 とすると、経済分野ではわりと一般的な事柄を中心にまとめているってことかな。東南アジアの華僑ネットワークから来た資金が香港を経由して華南の経済圏に送られているっていうのも、当時の(今もか?)経済事情では比較的よく知られていたことなんだろうけど、知らなかったのは当時の(今も)ワタシが不勉強だったからってことで。

 しかし、今の中華圏の経済状況を見ると、やっぱり上海の急成長が香港に影響を及ぼしているってことはないのかなぁ?もっとも、この本が出版された1年後(97年)にアジア経済不況が起こっているわけなんだが、当然、そんなことは予想できなかったんだよね。ここで書かれている香港経済の未来像と、今のそれはやっぱり違っちゃってるよなというのは、不勉強な人間でも何となく感じるところがあった次第。

 感想(というか覚え書きだな)を書くのが苦しくなったのでこのへんで。ああ、やっぱりワタシは、映画から経済を学んだ方がわかりやすいわ。
 なんとなくもう1回、『女人本色』が観たい気分になったが、これ以外で経済を扱った香港映画って…やっぱないか(苦笑)。

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《香港電影類型論》覚え書き:羅[上/下]「香港類型電影之武侠篇」(その1)

  では予告通り、本文の要約を覚書としてアップ。
 最初は各段落ごとに抄訳しながらまとめようと思ったんだけど、訳していったらきりがなくなってきたので、大雑把なところもあるかもです。
 後で修正を加えるかも。

 黄飛鴻家族:精神與繁衍
(黄飛鴻ファミリー、その精神と増加)

 香港カンフーアクション映画は30年代半ばに誕生してから、今日に至っているが、最初のブームは40年代に訪れ、関徳興主演の《黄飛鴻》のシリーズが特に人気を博した。その後、60年代に広まった広東語映画では当時出版されていた武侠小説の影響を受け、特に67年前後、ショウブラザーズが生み出した“武侠新世紀”映画が主流となり、張徹やキン・フーなどの名監督や多くのアクション俳優を生み出した。70年代は李小龍の登場で「カンフー映画」というジャンルが初めて国際的に知られるようになり、その後多くのフォロワーを生み出した。李小龍亡き後70年代末期にその勢いは一度衰えたが、サモ・ハンや成龍などの新世代が登場し、彼らはカンフーにコメディを絡めた変化球で勝負した。この流れはまた80年代に、現代の市街地を舞台に大きく変化し、アクション映画となって発展した。80年代半ばに徐克や程小東が登場し、伝統的カンフー映画にポストモダンの流れを導入した。さらに同時期、成龍たちは極限のアクションに挑み、それは海外の観衆を大いに驚かせることになった。そして90年代、香港映画は再び国際的な注目を浴びることとなり、李小龍以来の盛り上がりを見せている。

 このように、香港映画のカンフーアクションというジャンルの伝統は今に続いているのだが、そこで重要な役割を果たしているのが《黄飛鴻》である。「一代宗師」であった関徳興は亡くなったが、彼の出演した《黄飛鴻》の中で描かれる精神とそれが及ぼす影響を改めて調べてみた。

 1949年の《黄飛鴻伝》二部作以来、関徳興は映画77作と全13回の連続TVドラマで黄飛鴻を演じ、それらは全て名作と称されている。その理由は、黄飛鴻をめぐる伝説をもとにして構成されていること、関徳興の持つ強烈なキャラクターが主人公とその世界観にマッチしていること、そして演出陣が安定しており、主演キャストにも大きな変化がなかったため、シリーズ全ての構成が安定しており、次世代に及ぼす類型を内包していたということが考えられる。

 儒家の倫理

 慈しみを持ちながらも厳しいという、黄飛鴻の持つ父親的イメージは、今日の青少年たちには受け入れにくいものであるかもしれないが、これらの映画に現れる精神やイメージは、現在でも受け入れられる要素がある。例えば、理想の父親としてのイメージは、彼の経営する寶芝林薬局やその家族・師弟関係で描かれる。彼の弟子は全て庶民の階層から集まってきており、あれこれと性格的に弱点を抱えている。梁寛や鬼脚七を始めとした弟子たちや母弟子、兄弟子たちは自立している擬似家族の形態をなしており、彼らの起こすトラブルを黄飛鴻が解決し、教訓を与えるという構成になっている。これは典型的な儒家倫理の道徳観に基づいている。鴻飛鴻は儒家の智・徳・勇の美徳を具現化しており、このシリーズでは父親を中心とし、仁愛を基とする人倫世界を唱えている。武術はひけらかすものでも征服に使うものでもなく、自分の身を守り、必要な時には争いを止めさせて秩序を維持するための唯一の手段として用いられるのだ。

 《黄飛鴻》のシリーズは、清朝末期の乱世を舞台に、自立心のある家族像を描き出し、さらに智・仁・勇・忠・恕などの美徳を用いて、海外からの侵略に抵抗する人々にとっての心の支えを描き、それに通俗的な演劇術や武術技法に忠実な大量のカンフーアクションシーンを加えたことで、娯楽の中に儒教の教えを取り入れたのだ。

 もちろん、映画製作の形式から見れば、このシリーズに不足しているものは多数ある。製作規模が貧弱で粗製濫造されており、脚本、演出、演技のバランスが取れていないようにも見える。そこで、その部分をおろそかにしないように、当時の主流だった北派だけでなく嶺南派の武術を取り入れたり、劉シ甚、劉家良、袁小田、唐佳、韓英傑などの名匠を起用した。これらの努力が、今日までの香港カンフーアクション映画に大きな影響を及ぼしている。

 劉シ甚(林世榮が当たり役だった)を父に持つ劉家良は、70年代のアクション映画では黄飛鴻シリーズが持っていた武徳と人倫秩序を強調し、彼とその兄弟たちは《黄飛鴻》の伝統を最も色濃く受け継いだ。一方、袁小田を始めとする袁家の者たちは、『酔拳』などのカンフーコメディ作品を作り出し、成龍の新しいイメージを作り上げて、彼の快進撃に火をつけた。劉家良と唐佳はショウブラザースで張徹作品のアクション指導を長く務め、彼の作り上げる激しく暴力的なアクションイメージを作り上げるのに重要な役割を果たした。唐佳はまた、王羽出演・監督の《龍虎門》(70)のアクション指導を手がけ、韓英傑はキン・フー作品の助手と李小龍の2作品でアクション指導を務めた。李小龍、王羽、サモ・ハン以降の数多くのカンフー映画には、もちろんアクションに重きをおきすぎてカッコばかりになってしまったような作品もあるにしろ、ほとんどの作品が《黄飛鴻》に何らかの関係を持っていた。

 伝統を知る

 時は流れ、時代も変わり、かつて黄飛鴻シリーズで描かれたような儒家の教えが世間に受け入れ難くなってきている。90年代には全く新しい黄飛鴻シリーズが生まれたが、そこでも関徳興をリスペクトして伝統を継承している。伝統を知ることは新たな創作の基点となるのである。
 《黄飛鴻》を作ってきた各時代の映画製作者にとって、関徳興はその規範を築いてくれた、大きな存在なのである。

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 あくまで抄訳にして、一部超訳もあるので、細かいところが違うかもです。
先に謝っておきます。

 黄飛鴻といえば、成龍さんの『酔拳』かリンチェイorウィン・チャオ(趙文卓)のワンチャイだろうと思い出してしまうワタシが若輩者なのはいうまでもない。
 関徳興さんが亡くなられて、もう10年以上過ぎるが、作品自体は観たことなくてもなぜか名前は知っていた。当時の中華芸能系メディア&サイトでも、彼の追悼記事では「黄飛鴻を当たり役としていた」という紹介がされていたからね。

 その生涯で80回近く黄飛鴻を演じていたという関師父だが、短期間でこれだけ大量の作品を産み出せるのはさすが香港映画だよな。同じ頃の日本ではテレビの普及で映画業界が衰退し始めた頃だけど、その頃を思えばこれだけ大量に作品を撮れたのはすごい気がする(と当たり前のことに感心してスミマセン)。

 しかし、エンターテインメントに儒家思想を持ち込むというのはわりとオーソドックスな手じゃないかな。とはいっても当時の観客が果たしてそこまで意識して観ていたかまではわからないけど、まぁこの文章は論文だから、そこまで読み込まないといけないってことね(これも当たり前だって)。

 関師父の黄飛鴻は、日本語字幕で観られるのかな?
たとえなかったとしても、香港電影資料館には映像があるはずだから、今度行ったときにでもチェックするか。 
 というわけで、この章終わり。

 次回は、1930年代に大陸で大人気を呼びながら、公共良俗に反するとして政府から上映禁止とフィルム焼却の命令が出たという伝奇武侠映画《火焼紅蓮寺》について描かれた「《火焼紅蓮寺》的功與罪(《火焼紅蓮寺》の功罪)」について。

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R.I.P.石堅さん。

 すでにあちこちの中華系blogに取り上げられていますが、大ベテランの石堅さんがお亡くなりになりました。96歳の大往生だったそうで。
 ちょうど今読んでいる『類型論』にも彼の名前が登場していたし(『黄飛鴻』の初期作に出演)、昨年観た『アゲイン』にも出演されていたので、ここでもご冥福をお祈りいたします。林尚義さんに続き、よく知っている人がなくなるのは何ともさびしい…。

 ところで、eiga.comの記事で紹介されたのですが、蘋果日報にはトニーのコメントが掲載されていたんですね。彼以外にもさまざまな俳優たちが哀悼の意を抱いているのでしょう。
 改めて、Rest In Peace.

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久々に気づいた中華っぽいネタ落ち穂拾い

 あまり更新しないのもなんだし、かといって『類型論』もまだまとまってないので、気づいたネタを拾ってコメントつけてみる。

 いきなり個人的な趣味から始めてすんません。
 台湾では今日から『少年手指虎』を公開しているそうっす。
 出演のお二人が台湾でプロモしてきたらしい。
 Yahoo!奇摩にアップされていたインタビューが結構笑えます。

 もにかるさんのblogで紹介されていた《保持電話》こと『コネクテッド』
 サイトを見にいったら、いきなり予告が流れた。そして笑った。
 あら~、予告編のナレーションが小山力也さんじゃないのよ!ノリがまるっきり某24じゃないの、と思ってはたと気がついた。
 そういえば力也さん、古天楽専門吹き替えだったっけ。調べたら『BAD BOYS』『OVER SUMMER』『天上の剣』そして『プロジェクトBB』でやっているそうです(参考はこちらのページ)。あと、アーロンもやってるんだ!あらあら。ジョジクル兄さんだけじゃなかったのね。
 ♪オレはぁ~、古天楽~、巻き込まれるぜ~と意味なく歌ってみる。

  本日の朝日新聞にこんな記事があった。

日韓中、合作TVドラマ構想 徐福伝説、原作は荒俣さん

 久々のアジアンコラボで、しかも荒俣さん原作だからファンタジックスペクタクルになるのかな、と思ったけど、徐福はちゃんと中国人俳優にやってほしいと思う次第。大韓明星の出演はほどほどでね(苦笑)。

 今日はかるくこんなところで。

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