《天下無双》と《江山美人》(1959)その1・《江山美人》、そして黄梅戯について。
旧正月特別企画と勝手に銘打ちながら(こらこら、そんなこといつ言った?)、全く構想を練らずに前回予告をした企画。とりあえず中国語教室で土台となる資料を読んだので、始めたいと思います。
まー、こちとらアマチュアだし、偉そうに論文にするなんていうご身分でもないので(そもそもそんな体裁になんかできない)、調べたことをまとめてコメントするくらいにしておきます。
さて、今回は《天下無双》の土台になっている、1959年の映画《江山美人》の概略について。
この映画は、中国大陸で製作された《天仙配》(1955)という映画のヒットを受けて、ショウブラザーズで企画された“黄梅戯電影”の第2作目にして大ヒットを飛ばし、監督である李翰祥の名声を高めたといわれている作品。
で、この「黄梅戯」は、中国湖北省黄梅県をルーツに、安徽・湖北・江西へと伝来し、安徽省の安慶地区で盛んになったとされる地方演劇の一つ。京劇や越劇などの伝統的な劇と比べてその歴史は古く、20世紀初頭(だいたい中華民国成立前後くらい)に劇として成立したらしい。各地の民俗芸能や原語、民謡を取り入れ、農民たちにも気楽に演じることができるスタイルだったとか。
その特徴は?とネットサーフィンして調べたら、んー、これといったものがつかみきれなかった。ただ、中国の文化遺産ともなっている京劇などに比べたら、グッとカジュアルな作りであり、柔軟性に富んだ中華ミュージカルの一種というものなのだろう。
しかし《江山美人》の元ネタは、黄梅戯そのものではなく、京劇の《游龍劇縁》(名前が違うかも。後で訂正します)から来ているとか。あれれ。
《江山美人》のヒット以来、香港や台湾で大量に製作された黄梅戯電影の特徴は、黄梅戯に映画の手法を積極的に取り入れ、劇中に使われる歌が流行となるようにして、親しみやすさを打ち出したことにあるらしい。映画の手法は演劇とは全然違う。フィルムに映しこむということから、演劇よりも制限がない。だから、自由に作れたってことか。そして、それらの映画は、故郷を離れて暮らす中国人たちに懐かしさを呼び込み、寂しさを解きほぐす効果もあったため、大ヒットしたとも言われているらしい。
当時はあまりにも大ヒットしたために、ショウブラザーズでは「無片不黄梅(黄梅戯じゃない映画なんてない…と訳すべきか)」とまで言われたらしいというから、その当たりっぷりがすごかったってことになるのだろうか。
そして、この黄梅戯スタイルを今に残したことが、賀歳片に時代劇が多いことの一つの理由になるのだろうか。
なお、せんきちさんが以前書かれたエントリで知ったことだけど、実はこの映画は日本でも公開されたものの、結果としては…だったらしい。いやぁ、これは意外。といっても、日本では昔から中国語映画はぼちぼちと公開されていたというから、別に驚くことではないのか。
この《江山美人》のストーリーなんだが、いくら原題が同じでも、ケリー主演の『エンプレス(江山美人)』と全く同じ、というわけではなく、宮廷を逃げ出すのが明の皇帝だけということと、その皇帝が自分の愛した娘を妊娠させてしまうこと、そしてラスト(あえて書かないが)以外は、ほとんど《天下無双》と一緒らしい。その違いだけで、あとはどこまで同じなのか?ということを知るべく、是非VCDを観て比べたいところだが…、前にも書いた通り持っておりません。
というわけで次に香港に行ったとき、是非とも探して比べたいと思う次第です。つづく。
とかなんとか書いてずっと放置しておくのも忍びないので、次は《天下無双》における王家衛作品へのちゃかし…もといリスペクトっぷりをまとめておこうかしらん。
今回の参考文献&サイト
nancixさんによる《天下無双》紹介
せんきちさんの「箪笥のへそくり」
「越劇・黄梅戯・紅楼夢」での《江山美人》紹介
「第24届香港電影金像奨頒奨典禮特刊」より《中國電影一百年》
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