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チャーリーさん、天水圍で撮った日々を語る。

 東京国際の我的トップバッター鑑賞となった『生きていく日々(天水圍的日與夜)』。
 日本語字幕がついて細かいところがわかるようになったせいか、8月に香港で観た時以上に深い感動を味わった。HD撮影も効果的で、劇映画でありながらドキュメンタリーのような臨場感をもっているし、なにより厳しい生活の切なさよりも、ただ日々を過ごすことのいとおしさ、人々への優しさが強く感じられた。この映画、やっぱり好きだわ。

 この感動を直接アン・ホイ監督に伝えたい!と思っても、彼女は来日せず。先月のアジア映画祭授賞式で充分だったんですかアンさん、でもなぜかティーチインがあるぞ、いったい誰が来るんだ?などと心の中で独り言を言っていたのだが、会場にやってきたのは30代半ばぐらいの黒いジャケット姿の香港人男性。
 彼こそがゲストの撮影監督、チャーリー・ラムだった。以下、チャーリーさんと呼ばせていただく。

 チャーリーさんはこの作品で初めてアンさんと組んだそうだけど、これまでには『ベルベット・レイン(江湖)』や昨年香港で公開された《兄弟》、台湾映画の『花蓮の夏』、そしてパン・ホーチョン作品を手がけていたとか。
 この作品は予算もスケジュールも限られており(撮影期間10日)、HDカメラとスペアレンズ2台で全て撮りきったらしい。

 せっかくのティーチイン、何か質問しなきゃしなきゃと考えて挙手し、最前列にいたこともあって真っ先に当てられたのだが、ワタシがしたのは実に平凡で、今まで香港でも何度も聞かれたんじゃないかと思われた、以下のような質問だった。ホントに平凡ですみません。

 Q:8月に香港で観てから調べたところ、舞台となった天水圍は、香港でもここ数年社会問題となっている場所だと知った。そこでこの作品を撮ったのはなぜか、また撮影時のエピソードは?
 A:天水圍は10年くらい前から開発されていた政府直轄の住宅地だが、交通網が不便で、市の中心部に行くのに1時間もかかるので、中心部に働きに行けない。そのため、低所得者や失業者が多く、世帯のほとんどが生活保護を受けている。また、青少年犯罪や飛び降り自殺も続出しているので、“哀しみの街(悲情城市)”と呼ばれているくらいだ。監督はここで作品を撮ることにより、この社会問題を抱えている街の人々も、普通の人々と同じであるということを言いたかった。
 撮影はほとんどが隠し撮りだった。だから、俳優のそばを通り抜ける人々は全て天水圍の住民だ。カメラに気がつかれなかったので、自然に撮ることができてよかった。

 ええ、お答えはだいたい予想しておりました、はい。
 最初の答えについては、以前書いた感想とぶれることがなかったので二度は書かないけど、隠し撮りしてたのかな、というのもある程度予想していた。でも、アングルがあまりにいいんだよね。そして、貴姐と老女役の俳優さんがプロの方であるのに、それを気づかせなかったのだから、いかに自然にやってたのかってのがよくわかる。

 無気力だけど実は孝行息子の張家安(ジュノ・リョン)。大きな目でハンサムな彼に注目した人はもちろん少なくなかった。というわけで次の質問。

 Q:主人公である母親も熱演していたが、それ以上に強烈な印象を残し、作品の世界観を作っていたのは息子の家安ではないだろうか。中学5年だと普通は思春期真っ盛りで不安定かつ反抗期であるのに、あれだけおとなしく、母親に対して従順なので、かえってドキドキさせられた。家安の人物像に求められたものはなんだったのだろうか。
 A:家安の俳優はアマチュアで、これがデビュー作となった。言葉ではなく動きで物事を伝える力に優れていた、それを監督が高く評価していた。
 最初は家でゴロゴロしていてただ無気力なのだが、話が進むうちに母親の手伝いをしたり外に出たりと、だんだんと自分で動くようになってくる。その変化が強烈だったのではないだろうか。

 日本に限らず、世界中のハイティーン男子はだれもが揺れ動き、不安定で、盗んだバイクで突っ走り教室のガラスを全部叩き割るようなイメージ(オザキユタカ?)があるが、案外家安のような男の子も少なくないんじゃないか。そういえばラスト近く、スクールカウンセラー補助員を依頼された家安が「いろんなことにむかついたりしないの?」と聞かれて「怒る理由がないもの」とクールに答えるところで、家安がこの物語で見せた姿や行動は、決して無気力から来るのではなくて、彼自身の性格によるところが大きいんじゃないかなどと思ったりして。 

 Q:映画の中には何度もドリアンが登場し、貴姐は「いいにおい」といいながら食べている。でも、ドリアンってくさいのではないか?本当にいいにおいなのか?
 A:ドリアンは人によって好き嫌いが分かれる果物だ。貴姐役の女優はもともとドリアンが大好きで、どんどん食べていた。でも、家安役の俳優は実は大嫌いで、母親と一緒に食べる場面では、一口ほおばってから「おえー」としていたよ。

 貴姐が青果売り場で働いているからか、ドリアンがまるで象徴のように何度も出てくる。これはフルーツ・チャンの『ドリアンドリアン』じゃないだろ?と言いたくなるくらい(笑)。貴姐は熟しすぎて割れたドリアンをトレイで挟み込んでラップをかける。お客さんに「割ってね」と頼まれたらすぐ割って包む。持ち帰ったドリアンを家安に割らせようとしたら悪戦苦闘しているので割り方を教えてやる…。ホントによかったよ、この映画がにおいつき上映じゃなくて。 

 次は撮影についての質問がいくつか。

 Q:低予算・短期間で撮ったとのことだが、人々が非常に自然だった。これはリハーサルを重ねて撮影するのか、それともいきなり撮ったからこうなったのか?
 A:貴姐役と老女役はベテラン俳優だったので、その二人に関して監督は特に演出はつけず、彼女たちに演技を任せていた。しかし、二人の演技が監督の演技プランとあわなかった場合は、何度も何度もディスカッションを重ねた。なにせ低予算にして撮影期間は10日間。十分な準備はできなかったのだ。

 Q:劇中に二度(祖母が貴姐の過去を話す場面とラストの中秋節で)、古い写真が挿入されていた。あの写真はそれぞれどこで撮ったものか。
 A:女性の勤労状況など、60年代香港の一般生活を撮ったものを集めた。また、中秋節はかつて家族がそろって公園に行き、ろうそくを灯してお祝いしていたのだが、今はラストの貴姐親子と老女のように家の中で祝ったり、公園にいったとしてもろうそくではなくライトで祝うことが多く、すっかり変わってしまった。中秋節で行く公園と言えば、まずヴィクトリアパークなので、写真も多分そこだと思う。  

 ラストで公園の全景が映し出されたとき、あれ?ここも天水圍?と思ったのだが、写真と同じ建物が立っていたようにも見えたので、あの場面だけがヴィクトリアパークなのだろうか。ワタシは中秋節を経験したことがないのだが、このときのヴィクトリアパークは賑やかかつ穏やかなのだろうか。

 次の質問はティーチインの進行を務めた方からのもの。

 Q:この作品のほか、『江湖』《兄弟》などのギャング映画や、ホーチョン作品など様々な作品でカメラを回しているが、今までの作品とは何か違いはあったのか。
 A:私は映画が好きで、いいカメラマンになりたいと願っている。だから若手とはもちろん、ベテラン監督とも積極的に組みたいと思っているので、いろんな作品に参加している。
 どんな作品でも、まずは脚本を一通り読み、何か新しいスタイルで撮れないかどうかと一通り考えている。この映画では実際の天水圍のありのままの姿を撮りたいと思った。そこで照明は極力使わず、自然光だけで撮影をした。

 カメラマンへのティーチインということもあり、最後の質問も撮影のエピソード。

 Q:この映画では俳優たちだけでなく、あの高層アパートの全景を温かく、まるで住んでいる人々の姿を映し出しているように撮っているのが非常に印象的だった。この撮影で苦労したことは何か。
 A:最も苦労したのは、アパートの部屋が狭いこと。例えば、老女の住むような単身者の部屋はだいたい20平米くらい。ここでカメラを回すのはとても大変だった。また、外で撮る時は、中心部に比べて障害者が多く住んでいることを撮りたいと思ったので、車椅子の人が通るまで待って撮影した。これも時間がかかって大変だった。

 ああ、低予算&隠し撮りの苦労が偲ばれるなぁ…。アマチュア映画と同じ悩みがあるのね。
でもさすがにプロの仕事なので、完成した作品は非常にいい出来だ。素晴らしい。

 チャーリーさんはアンさんの次回作も手がけることになっているらしい。再び天水圍を舞台に、今度は各地からそこに集まってきた女性たちの話になるらしい。これもあわせて、天水圍の話はアンさんのライフワークになっていくのだろうか。彼女の今後の作品に期待したい。
 
 香港映画界には名カメラマンが多い。アンドリューさん、ジングルさんのような自分でカメラを回す監督はもちろん、ドイル兄さん、アーサー・ウォンさん、プーン・ハンサンさん、ピーター・パウさんと海外でも活躍するベテランも充実。彼らに比べれば、チャーリーさんもまだまだ若手なのかもしれないけど、その姿勢には今後に期待したくなるし、是非応援したい。目指せ金像奨、なんて言ってもいい?

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