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陽もまた昇る(2007/中国・香港)

 姜文が帰ってきた。監督として帰ってきた。
しかも、大陸政府に文句をつけられた『鬼が来た!』から7年、映画製作は禁止されていたのに、なぜか俳優として積極的に活躍していた姜文。それでいいのか姜文。
 しかし、まさに満を持してとしかいいようがないこの監督最新作『陽もまた昇る』は、先の2作品とは全く違う作品であり、あまりにもとんでもない作品だったので、混乱しながらもなぜか「もう1回観たいかも…」と思わずにはいられないのだった(注・意見には個人差があります)。

 観た人(もちろん自分含む)に共通する意見としては「話がわからん」なんだけど、英皇娯楽による香港公式サイトで紹介されたあらすじを元に頭の中で話を再構成すると、以下のようになるらしい。

 文革後期(多分)の雲南省の山村。
 夢にでてきたという髭の生えた魚の形の靴を買った女性(チョウ・ユン)がいた。彼女はレンガを運ぶ青年(ジェイシー)の姿を見かけて、すぐさま後を追いかける。この二人、一見姉弟のようだが実は親子。母親は白髪混じりの頭にもかかわらず異常に若く見えるのだが、その息子はもうすぐ20歳になる。この村は彼女の愛した男の生まれた地で、夫を失った後、生まれたばかりの息子を連れてここで暮らしていた。
 母親は道の途中で、「わかってる、わかってる」と鳴くインコが飛ぶのを見る。そのインコが飛び去った後、買ったはずの魚の靴がなくなってしまう。そこから、母親はおかしくなり始めた。毎日村一番の高い木に登っては「アリョーシャ!赤ん坊が笑ったら太陽が出たわー!」と叫ぶようになり、その木から飛び降りる。学校に通って会計の勉強をしていた息子は勉強どころではなくなり、母親の後を追いかけて村中を走り回る。村人の一人を「あの人は死んでるのよ」と言ったり、亡き父から送られた手紙を読むように強要され、さらにそれを燃やしたり、屋根で走り回ったり、母の奇行は日増しに過激になっていく。
 ある日、母は石を拾うようになり、息子は森の中に石で作られた家を見つける。その中には母が家から持ち出したものが数多く隠されていた。父との思い出のために、この家を作ったのだろうか。母は父を「アリョーシャ」と呼んでいるが、ロシア人ではないという。
 やがて、母の捜していた魚の靴が見つかり、それと共に母が正気に戻った。息子は村から小隊長に任命され、下放される人々の世話係を任ぜられることになる。親子二人の穏やかな暮らしが戻るのかと思いきや、ある日、息子は仲よしの子供たちから母が川に落ちたという知らせを聞く…。

 時と場所は変わり、舞台は大学のある村。
 この大学で教師をしている梁先生(秋生さん)はハンサムで歌が上手く、学内外の女性の憧れの的。梁先生は食堂の手伝いをしながらギターで「ブンガワン・ソロ」を歌い、厨房でパンをこねる5人の少女たちは、それにあわせて踊りだす。ハンサムなだけじゃなく頼りがいのある先生だから、食堂にかかってきたイタズラ電話にもひるまず、「ファックユー!」といって相手を撃退する。
 食堂で指を切ってしまった梁先生は、校医の林先生(陳冲)に手当てをしてもらう。しかし、林先生の態度が妙におかしい。まるで16歳の少女のようにモジモジしているのだ。確か、林先生は同僚の唐先生(姜文)といい仲だったんじゃなかったっけ?
 その夜、村では野外上映会が行われる。梁先生も楽しみを求めて出かけていった。しかし、突如闇夜に響きわたる「痴漢よ!」という女性の叫び。その声のした方向に、運悪く梁先生がいたものだから、彼は村人全てに追いかけられる。学校に逃げ込み、唐先生の部屋から逃げ出そうと窓から飛び降りようとしたら、なぜか隣にいたのは林先生。そして、梁先生は転落して足を骨折してしまう。
 痴漢の被害者は5人いて、そのうちの1人が林先生だった。彼女の証言を元に容疑者を確認させたところ、自分の尻を触ったのは梁先生だと言う。警察は問答無用で彼を容疑者と断定する。しかし、痴漢騒ぎが起こったとき、梁先生の近くには林先生はいなかった。しかも、梁先生はその騒ぎのどさくさに、ナンパしようとしていた女性の尻を思いっきりつかんでいたことを今さらのように思い出したのだ。加害者であるのは確かだが、林先生の尻は触っていない。混乱する梁先生。
 雨の夜、林先生が彼の元にやってくる。そこで彼女は、梁先生を愛しているからこそ、あんなことを言ってしまったと告白する。彼女は本当に彼を愛していたのだ。そんなことだとは全く気づかなかった梁先生だった。
 数日後、梁先生は退院し、痴漢事件の真犯人も明らかになった。晴れて自由の身になった梁先生だが、その後に彼がとった行動に、唐先生と林先生は衝撃を受ける…。

 やがて、唐先生は雲南へ下放される。梁先生からもらった銃を携え、ずっと離れて暮らしていた妻(孔維)と共に村にやってきた彼を迎えたのは、「小隊長」と呼ばれるあの息子だった。彼が唐先生夫妻を迎えに行った日、母親が川に入ったまま行方不明になっていた。
 小隊長は唐夫妻の身の回りの世話をする。不自由ない生活をしていた二人にとって、村の生活は厳しい。しかし唐先生と違って、唐夫人は妙に気楽だ。唐先生は子供たちと共に森に入り、ラッパを吹いては鳥を撃ち、小隊長に渡した。そんな毎日が続いていた。
 ある日、唐先生は森であの石の家を見つける。興味を示してたびたび足を運ぶようになるのだが、数日後の夜、その家で誰かが抱き合っているのを見かける。男は小隊長、そして女は自分の妻…。
 翌日、小隊長は唐先生に「ベルベットって見たことがない」と言う。唐先生が妻を抱く時によくささやいていた「お前の腹はベルベットのようだ」という言葉を、妻は小隊長とセックスしたときに話をしていたからだ。唐先生は夫人と離婚し、わざわざ北京まで出てベルベットの布地を手に入れた。そして村に戻り、小隊長に銃口を向けた…。

 唐先生の銃が火を噴いたとき、終幕が始まる。その舞台は北の果て、ゴビ砂漠。
 唐夫人が身重の少女と共にラクダに乗って砂漠を行く。夫人はこれから「果て」で待っている、愛する男と結婚するのだという。二人は砂漠の真ん中で「果て」と「果てに非ず」と書かれた標識を見つけ、夫人は「果て」へ、少女は「果てに非ず」の方向へと向かう。
 「果て」と書かれた、手のひらの形の看板にたどり着いた夫人。そこに待ち受けていたのは、まだ若い唐先生だった。もともと中国の外で育った先生は、戦争が終わって新中国が成立したと聞き、そこに冒険を求めて旅をしていたのだった。そして彼は夫人と結婚を決意する。その日の夜、唐先生は鉄砲を打ち鳴らし、やはりまだ若かった梁先生も彼らの結婚を祝福する。
 「果てに非ず」に向かった少女がたどり着いたのは、とある駅だった。そこで彼女はロシア人女性から、アリョーシャという男の死を知らされ、遺品を渡される。それは確かに彼女の夫のものであったが、夫は林不忘という名の中国人であって、ロシア人ではなかった。臨月の腹を抱え、少女は決意する。自分の夫の名はアリョーシャで、これからは夫のために歳をとる、と。そして、少女は夫の生まれ育った雲南に向かうことにする。
 長距離列車はどんどん走り、唐夫妻の宴の脇を通り過ぎる。どんちゃん騒ぎは夜を徹し続き、かがり火にテントが燃やされ、空を飛ぶ。それを見た少女は、自分が子供を産み落としてしまったことに気づく。機関車を止めてもらい、線路を逆走すると、鮮やかな花に囲まれて、生まれたばかりの赤ん坊が笑っているのを見つける。彼女は自分が産み落とした子供を抱き、平原を見つめると、地平線の彼方に、今まさに太陽が昇らんとしている。少女―雲南のあの母親は、そこに向かって力いっぱい叫ぶ。
「アリョーシャ!赤ん坊が笑ったら太陽が登ったー!」と。 

 …ああ、こう書いても話がわからん(爆)。
それでも、妙な魅力を持つ映画だった。
 観終わって最初に感じたのは、「これがマジックリアリズムか…」だったんだが、はたして自分がマジックリアリズムをちゃんとわかって言っているのだかは不明(おいおい)。えーと、小説でいえばガルシア=マルケスとか、莫言とか、日本なら古川日出男がよく書いているよね。で、映画でいえばやっぱりクストリッツァ?そーいえば宴会の場面がクストリッツァっぽかったぞ。つーかわかってないじゃん。あれこれ書いてごまかしているけど。
 (この映画、葉彌という作家の『天鵞絨(velbet)』という小説を原作にしているそうだけど、もしかしてその小説自体がマジックリアリズムなのかもしれない、なんて無理やりこじつけ気味に考えてみる)

 メジャーもインディペンデントも、張芸謀はもちろん王家衛まで、だんだん作風がわかりやすくなってきているこのご時世に、あえてわかりにくい物語を作って監督に復帰した姜文って冒険家だなぁ~。またはスカしているともいえそうだが(苦笑)。
 一見前2作からガラッと作風を変えたようにも思えるけど、実は監督作で描いているテーマは最初から一貫されてるんじゃないかな。それは、「人間のおかしさ」を描くということ。『太陽の少年』でどんちゃん騒ぎをしていた少年たち、『鬼が来た!』でお互いおっかなびっくりしながらも触れあっていった日本兵と村人、それぞれが迎える結末は必ずしもハッピーエンドではないけど、ドタバタしながら物語を生きていた。そんなおかしみがグレードアップした挙句、スケールがあまりにもでかくなりすぎて物語がよくわからなくなった、というのが、この映画なんじゃないだろうか。そして、あえて物語をわからなくすることで、わかりやすさに向かおうとする昨今の映画界はもちろん、実は大陸政府にも挑戦を試みているんじゃないか、なんて思うのは、深読みしすぎかな。

 そんなわかりにくい物語を補っているのが、豪華なキャストとスタッフたち。
俳優としての姜文さんは役得だからあえて何も言わんが(笑)、最近とみにいい仕事している陳冲さんの、歳を重ねた女性だからこそ醸し出せるエロティシズム、それと対極にあるチョウ・ユン(周迅の従姉妹だか姉妹だったっけ?)の無邪気と狂気が背中合わせになったエキセントリックさ、そんな彼女に振り回されるジェイシー、そしてこの映画で最もハンサムな秋生さん、誰もが魅力的。この映画に英皇が出資したのは、まさかこの二人を出してもらうため?というより、この二人を出したかったから出資してもらったのか?(この話、ティーチインに出たのかな?)
 亞洲電影大奨で最優秀美術賞を受賞しただけあって、美術(特にエピローグ!)と衣装もいいし(字幕を見た限りだと、欧米の方のようだった)、リー・ピンビンとチャオ・フェイという、中華圏最高のカメラマンによる撮影もいい。もっとも、文革の時代の山奥の村に、あんなオサレな服(たとえば、お母さんが着ていたボーダーのシャツなど)があったかといえば疑問なんだが。
 そして、今や脳内でループしまくっている(笑)久石譲さんの音楽。
 彼が音楽を担当する経緯は、久石さんの事務所スタッフさんがblogで紹介してるのだけど、もしかして、『西遊記リローデッド』での縁?

 なんのかの言いつつも、実は結構気に入っている作品なので、アジアの風でスペシャルメンションに選ばれたのは喜んでいる。日本公開されればいいな。でも、難しいのかな。そしたら今度香港に行ったときに、VCDかリージョンフリー版のDVDでも買ってこようか。

Sunalsorises2

この写真は昨年のヴェネチアの時のもの。
 
原題&英題:太陽照常升起(The sun also rises)
製作&監督&脚本&出演:チアン・ウェン 製作総指揮:ヨン・サウセン 製作:アルバート・リー 原作:葉 彌 撮影:チャオ・フェイ リー・ピンビン ヤン・タオ 音楽:久石 譲 
出演:ジョアン・チェン チョウ・ユン ジェイシー・チャン アンソニー・ウォン コン・ウェイ

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