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《天水圍的日與夜》(2008/香港)

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 香港郊外、ウェットランドパークの近くに位置するニュータウン天水圍。ここを舞台にしたアン・ホイ監督の新作が、《天水圍的日與夜》だ。ちょっと調べてみると、この地域は近年、住民の失業率が高く、自殺や家庭内暴力も多発しているという。それゆえについた呼び名が“悲情城市”。まさかこの名前が、戦後の台湾ではなくて現代の香港で聞かれるとは…(泣)。
 なお、同じ地域を舞台に、ここで生きる青少年の姿を描いたのが、ローレンス・ラウ(アモン)監督の《圍城》とのことで、これもVCDを買ってきた。後で見比べてみたいと思う。

 貴姐(パウ・ヘイチン)は天水圍の団地で、高校生の息子(ジュノ・リョン)と一緒に暮らしている。彼女は夫を早くに失い、街のスーパーマーケットの青果売り場で働きながら、息子を育ててきた。息子はただ今夏休み中で、学年末に受けた試験の結果を気にしながら、家でゴロゴロしている。友達も少ない息子だが、ただ引きこもっているだけではない。母親に仕事を頼まれればすぐ手伝うし、気に入らないことを言われても反抗はしない。
 貴姐は同じ団地に住む一人暮らしの老女と出会い、仲良くなって面倒を見てあげるようになる。老女には沙田に嫁いだ娘と孫がいたが、娘が先に死んでしまい、義理の息子はその子を連れて再婚する。老女は孫と義理の息子に会いたいのだが、今の家庭の状況を知ってそれをためらう。貴姐は彼女の背中を押し、一緒に沙田へ行ってあげる。
 そんな貴姐の母も病に倒れる。多忙な母に代わり、息子が従妹と一緒に祖母の看病に行くことになる。やがて、貴姐の従兄の親も亡くなり、彼女は自分の夫を失った時のことを思い出す。
 長い夏休みが終わり、息子が学校に通いだす。なんとなく日々を過ごしてきたが、いろいろなことも起こった夏休み。特にドラマティックではないが、ささやかな日常は続いていく。幸せでなければ、不幸せでもない。でも、生きていかなきゃいけないのだ。

 一人のおばさんのジェットコースターな人生の転換を描いた『おばさんのポストモダン生活』とはうって変わって、現代の香港郊外の市井の人々の暮らしをありのまま映し出した作品。ほとんどドキュメンタリーといってもいいくらいである。日本の是枝裕和監督の作品たちに通じるところがあるかな。

 事件らしい事件は何も起こらない。貴姐のもとに突然大金が転がってきたりユンファばりのいい男が現れることもないし、息子が突然キレて貴姐を虐待したり、無差別殺人をしたりするわけじゃない。貴姐親子の日々の生活があまりにも淡々と描かれるから、最初のうちはそのリズムに慣れなくて多少意識がアレしたりしたんだが(スマン)、無気力な息子(目の大きなハンサムくんです)の視線から母や祖母などの親族、そして近所の人々の姿を眺めていくと、貧困や孤独で悩み苦しんでいる人々も、決して社会や人生に絶望せず、一日一日を精いっぱいに生きているここの人々の姿が浮き上がってくる。時々挿入されるモノクロ写真には、この街の昔の姿や、貴姐や近所の老女の若き日を彷彿とさせる女性たちが映し出され、現在の香港の繁栄を築いてきた人々の歴史を感じさせる。

 ここ数年、日本も人々の生活格差が開いたといわれ、それに不満や不安を感じた人が事件を起こしているとも言われている。しかし、客観的にみれば、マスコミや一部の社会学者がさんざん言いまくる日本の格差など、本当はそんなに大きいものじゃないのだろうか。
 いまや中国の一都市となってしまったものの、香港はまだ民主主義政治が行われている。それゆえに生活格差もある。しかしその格差はおそらく日本以上だ。それから判断して、行政区内で最も貧困にあえぐ地域としてクローズアップされたのが天水圍なのだろう。
 アン・ホイさんはそんな地域の人々の深刻な問題をとりわけ声を大にして訴えたりはせず、日々の生活の裏側にそれを感じさせ、観客に伝えるという演出を選んだのかもしれない。貧困にあえぐとみなされる人々も、ほかの地域の人々と変わらない生活をしている。もちろん、それは香港だけじゃなく、世界中の庶民と全く変わらないのは言うまでもないんだろう。そんなことを考え、しみじみとした気持ちになった。『おばさん』よりこちらの方がいい出来だったと個人的には思う。

 上映後のティーチイン。えんじ色のTシャツと緑色のフォークロア調ギャザースカートという意表を突いてキュートな服装で登場したアン・ホイさんにビックリ。しかもそのスタイルがまったく浮いてないよ。こういうスタイルで登場することが許される(?)空気がうらやましい。KYなんて言ってる場合じゃねーよ。
 当然、広東語のやり取りオンリーなので内容は全く理解できず。でも、そこで交わされるやり取りは東京国際のそれよりフレンドリーだった気がする。観客と監督の距離も近いしね。
 前述したとおり、この映画は福岡のアジアフォーカス映画祭で上映されるそうだけど、東京国際でも上映してくれないだろうか。それでアン・ホイさんを呼んでいただければ、ぜひもう一度観てあれこれ質問したい気がする。
 何も言えないのはもちろんだけど、今までおばさん呼ばわりしたことを詫びつつ、こんなしみる映画を作ってくれたことに心の中で感謝しながら、ティーチインを眺めていた。

 長くなるのもなんだけど、最後にもうちょっとだけ。
 天水圍についてあれこれ調べていたら、知日派の香港人(多分)のblogにて天水圍と日本の被差別部落地区を比較した記事がヒットしたけど(あえてリンクは貼りません。天水圍で検索すると上位にヒットします)、その記事を読んでちょっと考え方が違うかなーと思った。この街について映画だけで判断した個人的な印象としては、ニューヨークのブロンクスやハーレムまではいかないにしろ、下流社会という流行語を作り出した某社会学者がよく取り上げる郊外地域の“ファスト風土”がもっと深刻化した状態なんじゃないか、ということを受け取った。
 日本でも、いずれ貧困化が進むなどという凹んでしまう予測もよく聞くけど、だからといって絶望してちゃ意味ないだろう。やっぱり生きていかなきゃいけない。近頃日本社会を騒がす問題をこの映画に重ねてみたりすると、生きることの普遍的な問題などを強く感じる。貧しくても虐げられても、他人のせいにして暴発しちゃいけない。つつましやかに生きることは大切なんだ。そんな思いを強くした。

 鑑賞後かなり日が経って、あれこれ調べた後の感想になったのでかなり冷静さが失われているかな。まぁ、そのへんは気にしないで。
 とにかく観られたのはよかったです。ご一緒したg小姐、好多謝です。

英題&邦題:The way we are/生きていく日々
監督:アン・ホイ
出演:パウ・ヘイチン ジュノ・リョン アイディ・チェン

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コメント

私も昨日これ見ました。

本当にえんえんとですね、日常風景が、。
天水園 奥深いです。

投稿: hkpoo | 2009.05.17 12:58

コメントありがとうございました。

日常風景だけを描いた作品ってだいたい単調になりがちなのですが、この作品は決して飽きることはなく、どこでも人は一生懸命生きているのだということをうまく伝えてくれていると思いました。

小さな明かりがたくさん灯っているようにみえる、高層団地の穏やかな夜の風景が美しくて心にしみます。

投稿: もとはし | 2009.05.17 13:53

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