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トゥヤーの結婚(2006/中国)

 もう一本、忘れないうちに地元で観た映画の感想を。

 昨年、ベルリン映画祭で金熊賞を受賞した映画『トゥヤーの結婚』がこちらでもやっと公開。
最近、中国映画というとキンキラキン《赤壁》のような超大作か、ルオマちゃん『白い馬の季節』のような少数民族映画のどっちかしかきていないのは気のせいか。こっちにゃまだ来ていないけど、張静初の『雲南の花嫁』も少数民族ものだし。もしかして対外的国策?という変な下衆の勘繰りはとりあえずおいておこう。

 内モンゴル自治区西部の草原。ラクダに乗って羊を放牧するトゥヤー(余男)には、井戸掘りの事故で片脚が不自由になった夫バータル(バータル)と、ザヤとポロという二人の子供がいた。羊の放牧をしている時、トゥヤーは隣人のセンゲー(センゲー)がバイクから落ちて気を失っているのを発見したので、家に連れ帰って看病する。彼は仕事に失敗してはいつも嫁に逃げられている負け犬で、彼女もそのふがいなさにあきれているのだが、どういうわけかザヤと仲がよく、何かにつけトゥヤーの目の前に現れる。
 ある日、事故ってわら積みの軽トラに閉じ込められたセンゲーを助けようとしたトゥヤーは腰を痛めて入院してしまう。バータルの代わりに一家を支えているトゥヤーの身を心配する義姉は、彼女に離婚を勧めて弟を引き取るという。離婚は成立したものの、義姉の事情をよく知っているトゥヤーはバータルと別居はせず、彼のこともまとめて面倒を見てくれる男性となら再婚すると宣言する。
 トゥヤーのもとには次々と見合い相手がやってくるが、双方の条件が合わずに次々とご破算になる。そんな時、彼女は放牧中に中学の時の同級生ボロル(パン・ホンシアン)と再会する。石油成金で羽振りのいいポロルはトゥヤーの家に招かれるが、実は求婚しに来たことを明かす。バータルのことも引き受けるというが、草原より遠く離れた都会の介護施設に彼を預けてしまう。バータルと離れて不安になるトゥヤー。その夜、また妻に逃げられてバータルの元に身を寄せていたセンゲーから、バータルが自殺を図ったとの連絡があった。
 このことから、草原を離れず、バータルと共にいることをトゥヤーは固く誓った。しかし、暮らし向きは全く変わらず、今日もまた遠く離れた水場にラクダと共に水を汲みに行く。そんなトゥヤーのために、センゲーは家の近くに井戸を掘ってやることにした。かつてバータルが事故に遭ったことと、センゲーの余計なお節介を嫌うトゥヤーはいい顔をしなかったが、センゲーが命がけで井戸を掘るのはトゥヤーに結婚を申し込むためだった…。

 面白かった。だけど、この面白さを簡潔に説明するのは難しい。
 泣ける面白さではないし、かといって笑える面白さでもない。再婚できて幸せになりました、おしまいってわけじゃないし、結婚しても苦労が続くんだそーと脅されるような意地悪さもない。なんつーか、これは多くの映画の展開によくある、幸せや不幸なんていうものさしで計ることが愚かしく思えるくらい、人生と生活を積み重ねていく話だと読みとり、それが面白いと感じたのである。

 映画に描かれる人間の人生は、観客にとっては基本的に他人事。例えば若い女子が昔から潜在的に抱いている恋への欲望を婉曲して描いた有料TVドラマ映画や、使い古された物語の複数のパーツを組み合わせてきわどい展開も真綿にくるんだ中身カラッポなケータイ小説映画に登場するヒロインはワタシにとっちゃ完全に他人事だけど、それが若い女子の琴線に触れたら、熱烈な支持を受けることになる。それって思考停止だなぁと暴言を吐くと本筋からずれるのでやめとくけど、トゥヤーの生活も生き方も遠く離れた地での物語だから、乱暴に言ってしまえばこれもまた大いに他人事だ。
 だが、人によっては荒涼とした草原で働く彼女の姿に不幸や絶望を感じて凹むこともあるのだろう。ワタシはといえば、そんなことは一切感じなかった。むしろ、思わぬ場面で感情が緩んで笑ってしまったくらいだ。よく考えれば深刻な話であるのに、どこかユーモアも感じてしまったのだ。
 それは、同じように生活に困窮するチベット族の家族を描いた『白い馬…』と比べても、描写がウェットにならなかったこと(監督は漢族だけど、母親がモンゴル族だとか。それが客観的になる要素か?)、ヒロインのトゥヤーに悲壮感が全くなく、彼女の働く姿の描写に今よりも幸せになるとか楽をするという単純さよりも、汗水流して働くことが当たり前という価値観を持って描かれていること、そんなトゥヤーに思いを寄せる男たちが彼女のたくましい姿に比べてどこか情けなく感じたという3つのことに、どこか面白みを感じてしまったからである。

 トゥヤーの望む幸せは、肢体不自由になっても愛しているバータルと、子供たちと一緒に暮らしていくことだ。それ以上のことは望んでいない。だから、再婚相手には自分の望みをわかってくれる人じゃなきゃイヤだ。センゲーは普段の暮らし振りをみりゃ負け犬だってよくわかるし、ボロルはバータルを見ないで彼女のことしか見ていない。
 ただ、彼女はバータルをずっと変わらず愛している。多分かなり年上の夫なのだろうけど、彼女はバータルがそばにいてくれれば、安心していられる。それがわかるような描写があるので、こちらも安心していられるし、寡黙なトゥヤーの気持ちを理解できたのだ。
 そんなトゥヤーが感情を露にするのは、結婚式の日。よりによってめでたい席にトラブル発生。そんな大騒ぎから逃れて、彼女は閉じこもって涙する。それは今後の生活の不安からくるものかもしれないが、それも一時的な涙なのかもしれない。いざ、新しい生活が始まれば、涙する暇もなくなるに違いないのだから。そう思うと、こちらもウェットな気分にはならなかった。

 トゥヤーが地に足のついた女性になったのは、余男小姐の好演あってこそ。真っ赤な顔に素っ気ない衣装で馬を駆る姿は、本当にモンゴル族女性に見える。彼女が演じたことで、生活感と生命感に溢れるトゥヤーのキャラクターにユーモアが加えられ、深刻にならずにすんだような気がする。張りのあるアルト声と黒目がちの大きな目が印象的で、エネルギッシュな役柄が似合いそうな女優さん。コン・リーやツーイーとは明らかにテイストが違う。「台湾シネマコレクション」で上映されているロビン・リー監督待望の新作『DNAがアイ・ラブ・ユー』や、ジャンユー主演の《双食記》にも出ているというので、これからもお目にかかる機会があるかもしれない。…えーっ、『スピードレーサー』にも出ていたの?

原題&英題:圖雅的婚事(Tuya's marriage)
監督&脚本:ワン・チュアンアン 脚本:ルー・ウェイ 撮影:ルッツ・ライテマイヤー
出演:ユー・ナン バータル センゲー パン・ホンシアン ザヤ

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