Sweet Rain 死神の精度(2007/日本)
昨年の春から、伊坂幸太郎の小説を読むようになった。
友人に薦められたこともあるのだが、自分と年齢が近かったり、出身地が近所でさらに現在隣県の県庁所在地(つまり仙台)に住んでいるということから妙な親近感を勝手に抱いてしまっている(笑)。しかし、友人が彼の作品を熱心に薦めてくれたのも読んでみてわかった。面白いのである。ミステリーであってミステリーじゃなかったり、突拍子もない設定もどこか自然に受け入れられたり、なによりも作品で人間の生き方への肯定感がよく現れているのがよく、読後感もスッキリしている。
さらにご本人が映画好きということもあって映画的な面白さがあり、イマジネーションもいろいろふくらむ。特に仙台近辺が舞台の小説は、自分自身もよく足を運ぶので情景が容易に目に浮かぶ。近年は映画化やTVドラマ化もされているが、『アヒルと鴨のコインロッカー』や、近日撮影が始まる『重力ピエロ』は実際に仙台ロケで撮られ(てい)る。
そんなふうに伊坂作品を読み漁っては楽しんでいた昨年の晩春、6年ぶりの邦画主演となる金城くんを主演に迎え、『死神の精度』の映画化が決定したと聞いたときは大いに驚いた。いや、その当時はまだ小説も読んでいなかったので、主人公である死神の千葉が彼のイメージと会うかどうかということで驚いたのではない。昨年春といえば、『赤壁』の撮影中だと思っていたので、よくあの忙しそうな撮影の合間を縫って来日して仕事が出来るもんだなーと思った次第。
しかもロケは仙台じゃなく、だからといって東京じゃなく、なんと神戸。その他にも高崎や柏崎でもロケが展開されていたそうだが、ピーカンの天気にわざわざ雨を降らし、神戸の街のど真ん中でロケをしたと聞いた時には「仙台に来てくれよー」とうっかり思ってしまったりして(苦笑)。それから半年後、所用で神戸に行ったときには、しっかりロケ現場を教えてもらったので、劇中で「おお、この場面があそこだったのか!」なんて思いながら観ていた。
小説では、死神は不慮の死を迎える人間(対象者)に近づいて、7日間行動を見守ってから、彼らの「可(実行)」か「見送り」を判断するという存在である。さらに死神たちはなぜか日本の地名を名前とし、人間界にあふれる音楽を“ミュージック”と呼んでこよなく愛し、CDショップなどに群がる習性を持っている。そんな死神の一人である千葉(なぜか雨男)の6つの仕事のうち、表題作の「死神の精度」と「死神と藤田」、そしてラストを飾る「死神対老女」の3作をもとに構成されたのがこの映画。
1985年。黒い犬の姿をした死神の監査役(ディア)は千葉に、バートン電器の苦情処理係で働くOL藤木一恵(小西真奈美)の判定を命じる。愛する人々がみんな次々と死んでいってしまった一恵はかつて自殺を試みたことがあり、ここ最近は自分を指名して毎日のように苦情の電話をかけてくる男に悩まされていた。彼女に近づいてその告白を聞いた千葉は、彼女の死を「実行」することに決める。ところが「実行」の日、一恵の前に件の苦情男が現れた。一恵はその男から必死に逃げるが、土砂降りの中、ついに追いつめられてしまう。意外にもその男の正体は人気音楽プロデューサーの大町(吹越満)で、偶然一恵の声を聞いた彼は、それに魅了されて彼女を歌手にスカウトしようと思っていた…。それを知った千葉は土壇場で判定を翻し、一恵を生きさせることにする。
2007年、千葉はヤクザの姿をして人間界にやってくる。今度の対象者はヤクザの藤田敏之(光石研)。藤田は数日後に敵対するヤクザの栗木(田中哲司)との手打ちを控えていた。千葉は藤田の弟分阿久津(石田卓也)と行動を共にするが、幼い頃に歌手だったという母親に捨てられたことから、藤田を本当の兄のように慕う阿久津は栗木の居場所を彼に伝えず、自分が身代わりになろうとしていた。
そして2028年、千葉は画家志望の青年の姿をして、海辺に立つ一軒の美容院にやってくる。そこを経営する老女の美容師(富司純子)が対象者であったが、彼女は千葉を一目見て死神だと見抜く。美容院に住み着いた千葉に、美容師は「10歳くらいの男の子をたくさん集めてきてほしい。無料で髪を切ってあげるから」と頼む。美容院の常連の少年のアイディアで、千葉はたくさんの少年を集めることができたが、その中には何も知らずにやってきた弁当屋「あくつ」の主人の息子もいた…。
TVや劇場の予告編では、“死神”という二文字ばかりクローズアップされ、まるで某デスノートに登場する恐ろしい死神のようなイメージを持たせていたが(なんてったって配給がデスノと同じ、あの某兄弟映画会社だもんな)、原作を読む限りでは、千葉たちはそんな恐ろしい死神ではなく、むしろ映画『ベルリン天使の詩』や、それにインスパイアをうけた『シティ・オブ・エンジェル』に登場する天使(原作にもこの映画について言及された一文がある)のような存在なんだけどなーと思った次第。死神博士ともまた違うもんねー。
そんな「人間に寄り添う存在」である死神が見た人間模様を綴っているわけであるので、重要なのは対象者が生きるか死ぬかという結果ではなく、人生の最期を迎えようとする彼らが生きる7日間の過程である。だから「判定」の場面はあんなにあっさりしていていいのであるし、決して人の死を描くことが主題ではないのである。(いくつかの映画評で「判定があっさり過ぎ」という批判があったのが気になったので書いてみた)
原作者自身が「金城武が主演ならこれを映画化してもいい、ボク自身が彼の演じる千葉を見たい」と言っただけあって、金城くんの演じた千葉はまさにハマリ役。最近の『ウィンターソング』や『傷城』のような渾身のシリアス演技とは違い、千葉は見事に肩の力が抜けまくっている。『赤壁』の合間に撮ったから、本人も意外とリラックスしてたんじゃないかね。全編通して登場する、ミュージックに聞きほれる場面でみせる表情や動きのチャーミングなこと!(特に2007年編では、藤田と阿久津が言い合う後ろで千葉がずーっと横揺れしながらミュージックに聴き入っていた場面に笑った)まぁイメージとしては王家衛の重慶大厦二部作(つまり『恋する惑星』&『天使の涙』ね)と同じ演技が求められているじゃん、と言わせてしまえばおしまいかもしれないけどさ、あれを演じた10年前と今とは演技も変わってきているしさ。あ、今までと同じといえば、2007年編では『不夜城』と『ゴールデンボウル』のセルフパロディが入っていると思ったんだけど、これは金城作品を追ってきた人間以外にはなかなか気づきにくいかな。はたしてこのへんは意識したんだろうか、監督の筧昌也さん(ドラマ『ロス:タイム:ライフ』も手がけているとか)は。
そんなふうに金城くんの魅力が爆発しているという作品だった。あ、もちろんいい意味でね。彼が日本エンタメに進出して今年で10年になるけど、それまでどことなく違和感を感じてきた作品が多かっただけあって、やっと日本でも彼をちゃんと扱えるようになったのかなーなんて生意気なことを言いたくなったりして。もちろん、香港などでの彼の仕事を見ていると、もう次の段階にいこうとしているのがよーくわかるんだけどね。やっぱり彼は日本人であっても、中華明星であるんだよな。
(この頃のエンタメに疎い中国語の張先生が「ジンチェン・ウーは日本人だったの?」とビックリしていたからね)
最後ににもうちょっとだけ。
全編を通してみると、1985年編での作りこみが一番力が入っていたんじゃないかと思った。エキストラの人々のメイクやCDショップのディスプレイ、CDが出始めた初期のジャケットデザインや店内に流れる音楽なんてよーく作りこんでいて、80年代テイストを再現しようと努力しているよなぁと感心した。しかし、そこまで努力しているのに、どーして一恵の眉は太くないのだ?いくら流行に流されない地味な女性だからといって、あの時代の女性の眉じゃないでしょう、あれは。台詞にも「クレーマー」という言葉が登場したけど、まだあの言葉は生まれてもいなかったはずじゃないのか?そこまで作りこんでいるのに、こういうところでちょっとガッカリしてしまったのはいうまでもない。
あと、題名の「Sweet Rain」も、個人的にはいらなかったような気がするなぁ。“死神の精度”って題名だけでも、充分に詩的ではないですか。
監督&脚本:筧 昌也 原作:伊坂幸太郎 脚本:小林弘利 撮影:柴主高秀 音楽:ゲイリー芦屋
出演:金城 武 小西真奈美 光石 研 石田卓也 吹越 満 村上 淳 富司純子
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