« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »

2008年1月

プラットホーム(2000/中国・日本・フランス)

 またまた映画からかなり遠い枕にて失礼。

 日本では昭和ブームである。でも、昭和といっても64年間あったわけで、ブームの中核を担っている某三丁目のなんたらの時代である昭和30年代と、ワタシが青春を過ごしたバブル期でもある昭和末期とでは、生活水準も景気も清潔度も公害の発生も全然違う。だいたいにして30年代なんてこっちは生まれていないから、懐かしがる理由すらもないはずなのである。これについて語るとますます脱線していくのでこのへんにしておく。

 振り返って中国である。前回と同じような論法で失礼。
日本でいう三丁目のなんたらの時代、中国では文化大革命の嵐が吹き荒れ、行き過ぎた共産主義が資本主義を敵とみなし、ブルジョア階級を糾弾しては若者に労働を呼びかけた。その時代の狂気を映画によって告発したのがイーモウやカイコー、田壮壮たちのように文革時に青春期を過ごした“第5世代”の監督たちだった。それは80~90年代の世界映画界で注目されて賞賛を浴びたが、当然政府はそれを問題視し、彼らの映画作りを制限していた。この世代の監督たちが国内でも自由に作品を作れるようになり、特にイーモウやカイコーがハリウッドにも匹敵する規模のアクション大作を撮るようになった現在、『太陽の少年』や『小さな中国のお針子(これは厳密に言えば中国映画ではないが)』のように、文革を単なる時代背景の一つとして取り上げ、テーマとしては特に重要視しない作品が登場したり、ポスト文革の若者を描く作品が増えてきた。監督の世代交代で起こっている現象だろう。
 文革真っ盛りの1970年、山西省に生を受けたジャ・ジャンクーもまたポスト文革世代である(と言っちゃっていい?)が、彼の長編第2作である、この『プラットホーム』は彼の幼少期にあたる80年代を舞台にして、ポスト文革の若者たちの魂の彷徨を描いた作品である。

 明亮(王宏偉)、瑞娟(趙涛)、張軍(梁景東)、鐘萍(楊天乙)は山西省[シ分]陽の文化劇団に所属し、各地を回って歌を歌い、演劇を上演していた。張軍と鐘萍の交際は親も認めていたが、互いに愛し合う明亮と瑞娟は、親密な関係に今一歩踏み切れず、おまけに瑞娟は親からしきりに縁談を薦められていた。
 文革終了後間もなく、文化劇団は毛沢東思想に基づいた劇を上演していたが、中国の改革開放に合わせて台湾や香港から流行歌が中国各地にやってくるようになり、文化劇団でも西洋音楽を積極的に取り入れた演目が上演されるようになる。張軍は親戚のいる広州に行って最新の香港ファッションや音楽をどっさり持ち帰り、鐘萍はパーマをかけてフラメンコを踊る。
 改革開放による自由を謳歌する若者たちだが、恋愛関係や周辺の状況は変化していく。瑞娟は明亮との間に距離を感じ始め、鐘萍は張軍の子供を身ごもるが、産むのを反対されておろしてしまう。さらに文化劇団への政府からの援助が打ち切られ、最年長者を団長にして新たな出発をすることになったが、瑞娟は街にとどまることを決意する。
 旅回りに出た文化劇団は明亮の従兄弟三明(韓三明)のいる炭鉱の村で公演をすることになり、明亮は炭鉱で働く三明の過酷な状況を改めて知る。さらに別の街では、結婚していない張軍と鐘萍が一緒に部屋に泊まったことで警察に連行される。自分たちは夫婦だと言い張る鐘萍をよそに、張軍は罪をあっさりと認める。失望した鐘萍は[シ分]陽に戻った後、張軍たちの前から姿を消す。
 80年代後半、劇団には明亮と張軍に加え、かつての仲間の二勇と新たに加わった双子のダンサーしかメンバーがおらず、「深[土川]ロックンロール・エレキバンド」と名を変えて明亮の歌うロックとダンサーのブレイクダンスをメインに旅回りを続けていた。しかし、彼らの活動も限界を迎え、二人は劇団の解散を決意する。[シ分]陽に戻ってきた明亮を迎えたのは、今は税務署で働く瑞娟だった…。

 開発バブルに浮かれる中国、と書くと非常にありきたりであるが、今思えばこの国は20年以上前から急激に社会が変化していたということを忘れてはいけない。ジャンクーと同世代のワタシであるが、そういえば高校の地理の授業で中国のことを学ぶと、中学校で学んだ人民公社が高校では登場せず、人民公社の解体による自由化で、裕福な農民が増加してきたということを言っていたような、ということを思い出す。大学ではもちろん専門的にやっていたのだから、より詳しい状況を知ることができたのは言うまでもない。
 でも、そこではもちろん各地の状況も詳しくはわからない。今でもそうだが、どうしても大都市の大きな変化ばかり目が行ってしまうからだ。そんな調子なので、山西省出身のジャンクーが、自らの故郷を舞台に時代のうねりとポスト文革世代の若者たちの群像をリアルに描いてくれることは、中国の現代を理解する手助けになってくれてありがたい。(それが面白いか否かはまた別の話)
 観ていて興味深かったのは、主人公4人の考え方。彼らは旅回りの劇団に所属しているからというわけじゃないけど、生まれた街を捨て去ってまで都会で成功したいという野心が薄かったような気がする。彼らを動かすのはテレサ・テンやジョージ・ラム(実はレスリーの「モニカ」も挿入曲に使われる予定だったらしい)など香港や台湾の80年代ポップスやユンファのファッションなどであるが、それを求めて広州まで買い出しに行っても、手元に置いて楽しむだけで都会に行きたいという意志を見せない。(いや、もしかしたら失踪した鐘萍は広州から香港へ行ってしまったのかもしれない)旅に青春をおいた彼らは、そこで出会う人々やモノゴト(初めて汽車者を見た時のはしゃぎようといったら!)が彼らの好奇心を刺激するので、大都会に出なくても十分満足していたのではないだろうか、などとちょっと考えてみたりする。
 そんな刺激的な旅もいつかは終わりが来る。劇団と共に青春を送った張軍は腰まで伸ばした髪を切り、明亮は瑞娟と結婚してカタギになり、青春に幕を引くのだ。張軍の愛は鐘萍を失ったことで終わり、明亮は三明を見て厳しい現実を知る。青春の夢が泡沫と消え、彼らは現実で生きていくことになるが、もし彼らが実在したら多分40代後半くらいだ。いったいどういう生活を送っているのだろうか。
 
 確かに2時間半の上映時間は長いし、時代背景がはっきり語られないのと省略が多いので(それはホウちゃんや家衛や青山真治の作品も同じだが)、ちょっと退屈してしまうのはいうまでもない。実際ワタシも途中で意識が(苦笑)…なんだけど、これが世界に絶賛されたというのは充分わかる。この作品がデビュー作だった趙涛の初々しさ、香港ファッションをまとっても黒ぶちメガネは手放さない王宏偉の「あの頃の」今時の若者っぽさ、3作品通してみても全然印象がぶれない(しかもまた名前を聞いてちょっと笑った)韓三明の朴訥さなど、役者たちもいい味わいがある。

 ところでジャンクーの次回作は王朔の『刺青時代』の映画化で、しかも主演にジェイが予定されていると聞いたんだけど、それはどこまで本気なんだ?それを聞いたのもかなり前の話なので、もしかして企画倒れになってるのかもしれないけど。

原題:站台
監督&脚本:ジャ・ジャンクー 製作総指揮:森 昌行 製作:市山尚三 撮影:ユー・リクウァイ 音楽:半野喜弘
出演:ワン・ホンウェイ チャオ・タオ リャン・チントン ヤン・ティエンイー ハン・サンミン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

世界(2004/中国・日本・フランス)

世界(2004/中国・日本・フランス)
 というわけで、みちのくジャ・ジャンクー祭り第1弾(笑)。
でも前振りはいきなり映画から遠いです。先に謝ります、ごめんなさい。

 この年始、元旦から実業団駅伝と箱根駅伝を観ていた。もちろん中国系選手なんて出ていないんだが、日本人選手とエチオピアやケニアからやって来たガイジンランナーたち、その両方の素晴らしい走りに目を奪われていた。そんな中、いつだかのオリンピックか世界陸上にて、エチオピアのワイナイナ(だったと思った)が男子マラソンで優勝した時、彼は日本の実業団で走っていたことから、日本への感謝を寄せていたというのをどっかで目にしたことを思い出した。そこからワタシは「そうか!アフリカンランナーたちには、箱根や群馬の駅伝などで鍛えられた人たちがいるんだ!もし北京五輪やそれ以降の男子マラソンで日本育ちのアフリカ人選手が優勝したら、それは素直に喜んでいいことなんだ!」というある意味極端な結論を導き出した。この記事をご覧になっている諸先輩方、どうかそんなワタシを笑ってくれ。はははははは(と自分で笑う)

 ふりかえって、映画の世界でその論法を当てはめる。
『長江哀歌』で一昨年のヴェネチア金獅子賞を受賞したジャ・ジャンクー。彼はもともとインディペンデント映画の出身で、中国政府に許可を得ずに作品を海外の映画祭に出品していたことから、初期作品が大陸で上映されなかった。しかし、そんな彼の才能に着目してサポートしたのが、フランスの映画人とあのバカ監督(誰だかはもう言いませんが、これでも彼に対する敬称です)の所属事務所オフィス北野。松竹で『フラワーズ・オブ・シャンハイ』をプロデュースし、退社後は東京フィルメックスのプログラムディレクター等を務めてきた市山尚三氏(今はオフィス北野所属なのかな?)と森社長が製作に名を連ね、幾作品も手がけて今に至るようだ(『長江』では製作に関わっていないけど、スペシャルサンクスで市山氏の名前が挙がっていた)。いうなれば彼も日本に育てられたといえるから、ジャンクーのことを素直に自慢してもいいかもしれない…ってこれまた極論?それとも暴論?
 そんなことはさておき『世界』である。

 北京郊外にあるアミューズメントパーク「世界公園」。「北京を出ないで世界を見よう」というコピーを掲げたこの公園には、世界の名所旧跡ランドマークが全て10分の1スケールで作られている。そこで働く26歳の小桃(趙涛)は各国の民族衣装をまとって華麗に踊るダンサーだ。同郷出身の警備主任太生(チェン・タイション)とは恋人同士だが、どうも身体の関係に進むのが疎ましい。そんな彼らの周りには、ダンサー同士のカップルであるニュウとウェイ、ロシア人ダンサーのアンナ、太生の幼馴染のサンライ(王宏偉)と二姑娘などがいるが、だれもがさまざまな悩みや痛みを抱えている。愛しているのにセックスを拒まれる太生は怪しげな仕事をしている先輩ソンからの仕事依頼で、借金を踏み倒した男の姐チュンを訪ねるが、一目で彼女のとりこになってしまう…。

 ファーストシーンで鮮やかな緑のサリーに身を包み、私服では地味なカジュアルスタイルにブーツやカラフルなマフラーでアクセントをつけて着こなす小桃は見事なまでに今時の20代中国女子。彼女の抱える悩みも非常に今時らしい悩み。太原という地方都市から脱出し、華やかな仕事に就き、ハンサムな恋人もいるのにどこか満たされないという、どこの男女も抱えているありふれた悩みである。それが太原より広い北京の街にある箱庭のような公園で展開されるので、広い都会に身を置いていても心が閉じ込められて身動きできない閉塞感を出しているようだ。また、カラフルで人工的な公園内の風景と対照的するかのように、外の風景は一部(小桃が中年男に口説かれるカラオケバーなど)を除いて重々しくて暗い。それがまた閉塞感を強調している。
 「世界公園」で働く小桃以外の女性たちは意外にも前向きだ。といっても恋人との結婚を決めたり、なんとかいい役職を得るために重役の愛人になったりという程度であるが、今のままの自分に満足しない、もっとよい生き方をしたいということを考えているようだ。だけど、小桃は今の自分を変えたいとも思わず、流されるままに日々を過ごしている。こういう部分は全世界の若者にとって普遍的なことであり、リアルに感じるのだろう。
 そんな小桃が自分の世界を変えようと思ったのが、太生との結婚を決意したことなのであるが、それは些細なことから思いもかけぬ結末を引き起こす。別れる、別れないのいざこざが命に関わる重大事故を引き起こしたわけであるが、なんとか一命を取り留めた(と思う)二人はこれでいったん古い自分を殺してしまい、最後の小桃の「これからが新しい始まりなのよ」が示すような、新しい世界への出発を迎えたのだろう。
 このように、この映画に用いられる「世界」にはさまざまな意味がある。“世界”公園であったり、それぞれの心情を表す言葉であったり。それを踏まえた上でのこの題名なのだろう。

 ヒロインの趙涛は、ファーストシーンで一瞬『長江』のあの悲しそうな沈紅と同一人物には見えなかったのだが、素顔は相変わらず悲しそう。30過ぎ既婚者の沈紅と20代独身青春真っ盛りの小桃の演じ分けはさすが。多分、まだ若いんだよね。30代になったばかりか?太生を演じるチェン・タイシェン(漢字が出ません)はジャンクー映画の登場人物にしてはハンサムだなーと思ったら、『思い出の夏』で助監督を演じたプロの俳優さんだとか。太生の幼馴染で、いかにも肉体労働者な雰囲気のサンライを演じたのが、趙涛と共にジャンクー映画常連の王宏偉だったのだが、メガネじゃないので(しかもヒゲ面)誰だかわかりませんでした。そして「サンミン!」と声がかかれば必ず画面に現れるのが、韓三明だった。すまん三明、つい笑ってしまった。

 音楽は『好男好女』に出演していた台湾の林強。ずいぶん前にステージ活動をやめ、完全にミュージシャンになってしまったのね。ロックではなくアンビエントの方向に進んでいるけど、このところの中華電影のサントラがオーケストラ方面なのでかえって新鮮に聴こえる。
 また、この映画ののユーモア要因は小桃と太生がやりとりする携帯メールに彼らの心象を描き出したフラッシュアニメ。どことなくぎこちない映像が突然目の中に飛び込んでくるけど、これまた劇中のリアリティを和らげる効果はあげているんじゃないかな。

監督&脚本:ジャ・ジャンクー 製作総指揮:森 昌行 製作:吉田多喜男 市山尚三 撮影:ユー・リクウァイ 音楽:リン・チャン
出演:チャオ・タオ チェン・タイシュン ワン・ホンウェイ ハン・サンミン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

鳳凰 わが愛(2007/中国・日本)

 中国映画にハマるのは、なにもワタシたちのような観客側だけの話じゃない。映画を作る側、特に俳優にもハマっていく人が少なくないみたいだ。NHK中国語講座のアシスタントを務めた前田知恵ちゃんのように、北京電影学院で本格的に女優として学んだり、中国のドラマに抜擢された日本人留学生のような存在から、大物では健さんのような人までさまざまだ。あ、日本人であっても金城くんはもとから中華明星なので完全に別格。
 そんな中でいちばん強烈な印象を残したのが、『鬼が来た!』や『故郷の香り』で過酷な撮影現場を体験した香川照之であり、『天地英雄』を経て、この『鳳凰』で初のプロデュースを手がけた中井貴一である。この二人は姜文さんとの共演、そして撮影現場を本にまとめているという点で共通点がある。
照之も貴一ちゃんも撮影現場ではそれぞれ散々な目にあっているようなのだが(ちなみに二人の本は読んでいない。インタビューでの発言から推測しただけ)、なぜか続けて出演しているのだから、よほどハマったのだろうか?(照之の次回作は台湾映画らしいぞ)過酷そう現場なのに、なぜそんなに中国映画にハマる?

 中華民国初期の東北地方。劉浪(貴一ちゃん)は恋人の鳳児にいたずらした男を殴り倒したが、男が重傷を負ったので劉浪は逮捕され、懲役15年の刑を受けて服役することになる。刑罰の重さに理不尽さを感じた劉浪はいらだち、それを同房の古株、老良頭(グオ・タオ)になだめられる。やがて、劉浪は母から鳳児がレイプされて自殺することを聞き、衝撃を受けて脱獄を図る。
 同じ監獄の女子房には、暴力を振るう夫を殺して投獄された周紅(ミャオ・プウ)がいた。死刑確定を取り消された彼女だが、日々無気力な生活を送っていた。 お互い看守に反抗的な態度を取ったことから、劉浪と周紅は共に豚小屋の掃除をさせられることになる。壁で隔てられた監獄の中、普段はいっしょに行動できないのだが、ここから心の交流が始まり、やがては愛し合うようになる。野外作業で周紅が崖から谷に落ちたとき、劉浪は真っ先に助けに行った。
 しかし、女好きの新入り囚人が女子房に乱入したことがきっかけで、女子房が独立し、移転することになって、二人は離れ離れになる。鳳(鼠=雌)が凰(蛇=雄)を求めるという故事のように互いを求め合う劉浪と周紅の運命はどうなるのか。

 この長きにわたる男女の物語は実話にもとづいているという。どのへんがだ?というのは後で調べるからいいとして(苦笑)、同じ実話に基づいた話としても、某〇イソラとはスケールも質も全然違う(そんなもんと比べるなよ)。
 本編のほとんどが刑務所の中なので、『覇王別姫』のように激変する20世紀中国の姿は具体的に描かれず、繰り返し登場する老良頭の取り調べ場面で政権の交代が語られるくらいにとどめてあったのだが、恋愛をメインに出すならむしろ政治や歴史の話が表にでるのはそんなくらいでいいだろうとおもう。うまい処理の仕方だ。
 しかし、それ以外は結構ツッコミたくなったのはいうまでもなかったりして。もしあの刑務所のように男女の監獄が共存する施設があったとしても、あそこまで自由にやらせてもらえていたのか?なんか20年前の高校生が全寮制で暮らす学園ものやっているようなノリになっていないか?とか、吹雪の中で劉浪が落ちた周紅を救おうとして自分も落ちた末に彼女を見つけたのが、雪が積もっておらずに動物たちがフツーに暮らしている洞窟(というか愛の異次元空間?)だっていうのもこらこらって思った。
きわめつけが日本占領下の時代に劉浪が実は川に落ちて生き残った日本人である(東北地方に商談しに行き、川で水難事故にでも遭った名士の子弟か何かという設定か?)というのが語られる場面。これは貴一ちゃん自身が、日本人である自分が出演するのに説得力を持たせるために、監督と相談して付け加えた設定らしいのだが、そんな設定はいらなかったんじゃないか?
 これ、もう大陸でも公開されたのかもしれないけど、このへんにおける現地の反応がちょっと気になる。

 と、ついつい気になる点を先に挙げてつっこんでしまったけど、これはそんなに悪い映画じゃない。これまで日中合作で作られてきたラブストーリー映画の中では比較的出来はいいと思うし、貴一ちゃんも潔く頭を丸め(ラストでは弁髪断髪シーンまでサービス。ちょんまげだけじゃなく弁髪も似合うんじゃないの?)中国語の台詞もだいたいこなしていたくらい熱演していたし。…でも一部だけ本人の声質とは違うように感じたのだけど、もしかして一部アテレコしたのだろうか。
 周紅を演じたミャオ・プウは、多分初めて見た女優さん。かなり生活臭を漂わせていたが、ジャンクー作品の常連である趙涛とどっちが年上だろう。いや、これを観た翌日に『長江哀歌』を再見したこともあって、ちょっと雰囲気似ているなぁと思ったので。 
 でも一番よかったのは、最近やたらと顔を観るグオ・タオの老良頭だな。伸ばしっぱなしの髪を結っていつの人間だよ?と思うくらいの風貌を持っている彼は、占いを得意とする最年長の囚人。囚人たちのリーダーでもあり、劉浪の善き友となって彼をサポートする。ユーモアもあっていい味出してました。 
 日本でもいろんな映画に出演し、最近は悪役も少なくない貴一ちゃんが、『天地英雄』に続いて中国映画に出たのは、『天地英雄』を観たジン・チェン(金[深+王-シ]。ジヌ・チェヌっていう日本語表記は明らかに間違い。誰だこんな表記にオッケイ出した偉いヤツは)監督が出演依頼をしたからということ。よかったじゃないか貴一ちゃん、中国での苦労が報われて、ついでにプロデュースまで手がけられて。今後どこまで中国映画と関わるかはわからんけど、これが縁でもーちょっといいアジアンコラボが展開できたらいいもんだよねー。

 最後にもうちょっと。音楽は『悲情城市』以来久々の中国語圏映画のような気がするSENS。『悲情城市』以降、彼らの音楽は日本のドラマで多用されたのでだいぶ耳馴染になったけど、トレンディ(死語)ドラマの劇伴より、こういったアジアンシネマの映像の方がよりマッチしている。

監督&原案:ジン・チェン 製作総指揮:角川歴彦 製作:中井貴一 高秀蘭 音楽:SENS 
出演:中井貴一 ミャオ・プウ グオ・タオ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

李安先生の野望は続くよどこまでも(笑)

 大雪に見舞われたとーほぐの地方都市から、東京で行われた『ラスト、コーション』ジャパンプレミアのことを思っているワタシは、案の定抽選に外れました。
 ああ、もし当たったら去年香港で作ったシルクのチャイナドレスを着てマンダリンオリエンタルに足を運ぶ予定だったのに!ちょっとだけでもセレブぶりっ子したかったのに!(おいおい)
 某姉妹を筆頭としてワイドショーの賑やかし目的だけで呼ばれる名前だけのセレブなんて呼ばなくていいんだから、この映画を心から観たいと思っている一般人をもっとたくさん招待しようよ!ついでにイめ(以下いろんな人に顰蹙買われそうなので強制省略)
 まぁ、トニー来られないって言うからねぇ…。また例によって例の如く、直前君面目躍如だな(ってわけわからない表現だね)。

 とと、いつもながらの調子のりまくりな暴言、大変失礼いたしました。m(_ _)m

 公開が近づいて再び新聞や雑誌に取り上げる機会が多くなってきましたが、朝日新聞の下記の記事は興味深く読ませていただきましたよー。

国と心の分裂、重ねる 映画「ラスト、コーション」

 この文章で目を引いたのは次のようなもの。

男同士の性愛を描き、06年の米アカデミー監督賞を受けた「ブロークバック・マウンテン」とこの作品は、ともに「不可能な愛を求める」姉妹作という。

 「『ブロークバック~』は、失楽園に戻りたい男たちの愛に満ちた天国編。『ラスト~』は、男女の愛の汚さも描く地獄編」

 3年前にヴェネチアで金獅子賞を受賞した『ブロークバック』と、この『色、戒』は姉妹作のようなもの、と前から李安さんは言っていたのだけど、このインタビューでなるほど、と思ったしだい。ちなみに李安さんは来日してすぐ『ブロークバック』の主演俳優、ヒース・レジャーの訃報を聞いたとのこと。(fromワイズポリシー公式ブログ)ヒースの死については別に書いたけど、ここでも改めて、彼のご冥福をお祈りいたします…。

 話を元に戻して、記事は次のような言葉で締められている。

 米国で活躍する一方で、台湾や中国を舞台にした映画も撮り続けるという。

 「ハリウッドで感性や資金面での栄養を得て、中国語で撮る映画をリッチにする。中国の文化を温め直して発見したものを、今度はハリウッドで生かす。その繰り返しの中で成長したい」

 ははは、頼もしいというか野望満々というか…(苦笑)。でも、中華圏とハリウッドの両地で撮ることで、お互いの映画界にないものを補完していけるってことか。
 個人的には、次回ハリウッドで作るのなら、この2作を継承したような壮大なSF作品なんか撮ってもらいたいもんですが(『ゲド戦記』のル・グウィンのもう一つの代表作、『闇の左手』なんてどーだろうか>以上独り言)、今後の李安さんの動向からも目が離せないな。

 さて、もうとっくに終わったころだと思うけど、ジャパンプレミアは盛り上がったのかなぁ…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

《天行者》(2006/香港)

無間道三部作以来、サスペンスというより新しいタイプの香港ノワール映画が増えてきているが、映画自体の出来はおいといても、その手の映画が面白くなってきたのは脚本がよく練られるようになったからではないかな、というように考えている。この《天行者》もそんなタイプの映画(出来自体は後述)であるけど、監督がトンシンさん作品で脚本を手がけた『君を見つけた25時』や《神経侠侶》のジェームズ・ユエンであり、 当然自ら脚本を書いている。

 香港で悪名を轟かせ、タイで逮捕された古惑仔の葉秋(イーキン)。8年の服役を終え、模範囚と認定されて出所した彼は、タイ黒社会の実力者“博士”(フー・チン)のバックアップを得る。
 葉秋が香港に帰ってきたことで、警察と黒社会が動き出す。ベテラン警部の宋國明(中信)は組織犯罪課の中に新たに作られた「特別小組」の主任となり、基(カール・ン)を始めとした部下たちとともに葉秋の動向を追う。一方、秋の兄貴分であり、現在は料理店を経営する雄(ティ・ロン)の耳にもその知らせは入り、秋の不在の間にのし上がった若き古惑仔鬼仔(ステ)も心穏やかではない。
 秋の帰港を迎えたのは弁護士の馬(チーラム)だった。明たちもまた空港へ向かうが、秋はなぜか領事出口から現れる。彼には小国の領事の身分が与えられていたのだ。
 帰港した秋は、警察の予想を裏切り、慈善事業に乗り出す。自分の釈放記事をスクープした週刊誌の編集長許(エリック)を引き抜いて広報部長に迎え、小児ガンの子供を抱えた政財界の実力者に呼びかけて小児ガン基金を設立し、タイで見つけた時計の持ち主を探して、その所有者の妻のために行方不明の夫の行方を捜す。
 元古惑仔の篤志家としての秋の評判はますます高まる。当然鬼仔はそれを面白く思わず、國明は彼の行動に何か裏があるのではないかと推測する。鬼仔は秋の名前を騙って警察に爆弾を送りつけ、疑いの目を秋に向けさせる。そして、秋がタイで盲目のマッサージ嬢と知り合ったことに目をつけ、その少女を拉致する…。

 題名と英題がうまい。タイで服役中に仏教に帰依し、“博士”との対面後に訪れた廟で自分が何をすべきか悟った秋。そのくだりは日本語字幕がなかったのでよくわからないのだが、(日本でも迷の多いイーキン主演作品だから日本でDVD化しないのかしら?)悪事ではなく慈善が自らの天行であると悟って事業に乗り出すというのはいかにも仏教的というかなんというか。無間道三部作も仏典が引用されているけど、ここでまた仏教的モチーフが出てくるのは面白いと思った。誰か“香港人と映画に現れる仏教観”を研究してくれる人はいないか。って自分でやれって?ああ、博士号取れたらね(嘘&冗談)。
 ただ、そういう面白いモチーフと意外性のある設定を盛り込んだわりには、イマイチに感じてしまったのはなぜなんだろうか?設定も脚本も悪くないし、むしろ面白いと思ったんだけど、全体的にはそう感じたもんで。とりあえず個人的には、語りの視点が多すぎることで、秋の本意が見えにくくなってしまったことがそう感じさせるのかな、と思った次第。秋の出番より警察のシーンが目立っていた感もあるし、それに負けじと雄や鬼仔の話が割り込んでくるので、もっと秋の登場シーンを増やすか、逆にもっと控えめにして警察と鬼仔のバタバタを強調してもよかったのかな。

 イーキン、タイ好きだよねー(苦笑)。という余計な言葉はさておき、10年前まで古惑仔だったとはいえ、最金じゃもうその面影も感じられなくなってしまったかな。妙に落ち着いた演技を見せるからというわけじゃないけど、この役柄には『ツインショット(ひとりにして)』や『ディバージェンス』ほどの印象が感じられないのが非常に惜しい。個人的には『東京攻略』みたいなおちゃめさが好きなのもあるけど、今のイーキンには古惑仔ものをやるには落ち着きすぎた感じがするのはなぜなんだろう。うーん。
 中信さんはやっぱり刑事が似合うなぁ。今回は米国帰りのキャリアで頼れる主任。荒っぽい基をけん制しつつ心配するという心遣い(って場面あったか?)もわすれない。
 ステはやっぱり監督兼任の方が好き勝手できて面白いんじゃない?エリックはいつものお笑い演技を封印してヒゲ面で好演。チーラムもインテリ役。そしてティ・ロンさんはさすがの貫禄でした。この演技で画面が締まるけど、もうちょっと出番が多くてもよかったぞー。
 あと、ワタシは胡静(フー・チン)という女優をよく知りません。『ぼくの最後の恋人』で成金なレストランチェーンのオーナーをやっていた彼女です。一人だけ北京語でベラベラしゃべっていたので、おそらく大陸の女優さんであるんだろうと思うんだけど…。後で調べておくか。

英題:Heavenly Mission
監督&脚本:ジェームズ・ユエン 製作:ヘンリー・フォン 音楽:チャン・クォンウィン
出演:イーキン・チェン スティーブン・フォン アレックス・フォン チョン・チーラム エリック・コット ニキ・チャウ カール・ン フー・チン ン・ティンイップ ウォン・ヤウナン ティ・ロン

| | コメント (2) | トラックバック (0)

メロディはきれいなんだけど…。

 たった今、ラジオを聴いていたら中くんの『夜想曲』が流れました。

 ああ、きれいなメロディに、いつもながらのきれいな歌声だなぁ…。
 でも、歌詞が違うんだよなぁ…。
 男女の濃密な恋愛を描いた映画のイメージソングにしては、前向きすぎてきれい過ぎるんだよなぁ。かといって某ケンちゃんが『アイのルケーチ』で歌ったようなのをイメージソングにしてもどうかと思うんだけど。

 ファンの人、決して彼を批判しているわけじゃないから、どうか許してね。

 あ、おかげさまで、わが街でも『ラスト、コーション』の上映が決まりました。
 全国公開と同じく、2月2日から4週間限定公開です。
 せっせと通いたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

長江哀歌(2006/中国)

 真っ黒に日焼けした半裸の男たち、味わいのある顔をしたお年寄、ほっぺの赤い子供、ケータイの着信音、花札に興じる人々がボンヤリとして揺らめいている大きな画面の中でひしめき合い、その合間を漂うように中国歌劇の歌声とコンピューターサウンドをリミックスしたゆるやかな調べが流れてくる。 ジャ・ジャンクーの『長江哀歌』のオープニングを眺めていると、舞台も時も何もかもが曖昧になってしまい、まるで未知の世界に無理やり連れて行かれるようなトリップ感を味わう。しかし、この映画の舞台は間もなく水没を迎える四川省の奉節という長江中流の街であり、映画の中の時はその街の人々の大多数が立ち退き、建物の解体作業が進んでいるほんの3年くらい前の現代である。

 炭鉱夫の韓三明(韓三明)は16年前に別れた妻子を探しに、山西省から奉節にやって来る。かつて妻の住んでいた街はダムの底に沈んでしまっていたが、妻の兄の言葉から彼女が宜昌に行っていることを知った三明は、奉節でビル解体の仕事をしながら妻の帰りを待つことにした。三明はマーク(周林)という若い男と意気投合する。チョウ・ユンファに憧れているマークの着メロは『上海灘』。解体の仕事をしながら、ヤバイ仕事にも手を出している青年だ。彼を始め、労働者が多く住む「唐人閣」の大家で、四川なまりのひどい何さんや、三明の娘のことを知っていた女など、三明はこの街でさまざまな人たちに出会う。
 同じく山西省から、看護師の沈紅(趙涛)が奉節にやって来た。この街で働いていた夫が音信不通になり、2年経ったので探しにきたのだ。沈紅は夫の軍隊時代の友人で、この街で埋蔵文化財の発掘を行っている王東明(王宏偉)の協力を得る。夫は立ち退き強制の仕事で財を成し、ちょっとした金持ちになっていたのだ。そんな彼に対し、沈紅は好きな人がで来たから離婚したいと一方的に別れを告げ、たった1人で下流の上海へと旅立つ。
 三明は沈紅の夫の下で働いて羽振りのよくなったマークと食事の約束をするが、その夜、彼は姿を見せなかった。心配になった三明がマークの携帯に電話をすると、自分の働いていた解体現場の瓦礫の中から『上海灘』のメロディが流れてくる。マークは死んでいたのだ。マークを弔った彼のもとに、妻が帰ってきたという知らせが入る。妻は兄の借金のかたとして男に囲われ、船で働いていたのだ。彼女を連れ戻したいと三明は願うが、妻を囲った男から、妻の兄の借金3万元を支払うように要求される。そのために彼は、山西の炭鉱に戻り、危険だが手っ取り早く金を稼いで1年後に妻を迎えに行くことを決意するのであった…。

 政治面では共産党一党独裁を維持しながらも、改革開放で急速に市場経済が発達し、北京五輪を控えて大きな社会的変化を迎えている中国。今やアジアの超大国となり、日本を追い抜かす勢いのこの国だが、光の部分ばかり見ているわけにはいかない。この国の抱える矛盾や、その影響を受ける人々の姿や悲しみは、NHKスペシャルの「激流中国」シリーズや『白い馬の季節』にも描かれているし、ちょっと中国に関心を持つ人ならいろいろと伝え聞くところも多い。とかくマスコミは偽物やら反日デモや食の安全とやらのマイナス面を強調しすぎてネガティブキャンペーンを張っているように感じるが、そんなことをやっても誰も得をしない。それを鵜呑みにして中国といえば眉をひそめる人が増えているのも偏見だなぁと思う。
 でも、この映画には、中国に対するネガティブイメージは起こらない。そうだからといって決してポジティブでもない。この映画に描かれるのは、悠久の歴史のなかを流れてきた長江が発展の名のもとに大きく形を変えられる過程の中で、長江と共に生きてきた人々の運命もまた大きく変えられるという壮大なテーマを、無名の庶民のさまざまな生き様の中に描き出すという普遍的な物語である。

 まだ30代後半のジャンクーは、ホウちゃんや小津安二郎に影響を受けたという。それはホウちゃんの映画を愛する、ジャンクーと同世代のワタシもこの映画を観てよくわかった。描く時代も場所も語り口も違うけど、なんとなく近しいものを感じる。それは、香港インディペンデント映画界出身の余力為(『花様年華』の第2班カメラマンでもあった)によるデジタルカメラで撮られた長江の風景の美しさ、崩れゆくビルや住み慣れた土地を離れなければいけない人々の悲しみ、突然耳に飛び込んでくる『男たちの挽歌』のメインテーマ曲やオリジナル版『上海灘』のテーマ曲から、どこか哀愁をおびた最新中国ポップスに至るまでの劇中音楽に感じさせる懐かしさなどに、ホウちゃんの手法に通ずるものがあるのかななどと深読みしたりする。
 しかし、ホウちゃん映画にはなくてジャンクー映画にあるものがひとつ。それは妙なユーモアである。狭い船の中同じ場所にじっと固まって同じジャージャー麺をひたすら食べる三明の義兄とその仲間たちや、街の餐庁で扮装をつけたままPSP(多分)で黙々と遊ぶ川劇の役者たちや、死んだマークの遺影としてユンファの写真が代わりに飾られているなどというものはユーモアとしてはまだまだかわいい方。奉節にやって来た沈紅の後ろに何か光るものが飛んでいると思ったらなんとUFOだったり、昼間子供たちが遊びまわっていた変な形の廃墟のビルが、夜になって突然ロケットになって空に飛んでいったり、奉節を去る三明の背後で綱渡りをする男の姿が映っていたりと、突拍子もない映像が突然現れ、唖然とするヒマもなく消えていく。ユーモアを飛び越えてシュールである。VFX作業は香港のスタジオに依頼したそうだが、わざわざこれのために香港まで行ったかジャンクー(苦笑)。リアリティあふれる物語進行を突然ぶった切るシュールさだが、それも悪くはないだろう。むしろリアリティ一本槍だと見ていて疲れる。こういうセンスはやはり70年代生まれの監督ならではなのだろう。でもジャンクーが調子に乗ってこの路線を暴走させてシュールなコメディを作るといったら多分ワタシは怒る(笑)。中国映画界でコメディならニン・ハオだけで充分だよ。

 ずっと観たいと思っていた。先日発表されたキネ旬洋画ベストテンで堂々の1位を受賞した作品というのも伊達じゃない。もっと早く観ていたら、恐らく昨年のベスト5に入っていたかも。
 ジャンクーの他の作品もいつか観たいと思うけど、当分はこの路線を行ってほしい。もし間違って香港に招かれてスター主演のアイドル映画を作ることになっても、リアリティとテーマ性は失わないでほしい。

原題&英題:三峡好人(Still Life)
監督&脚本:ジャ・ジャンクー 撮影:ユー・リクウァイ 音楽:リン・チャン
出演:チャオ・タオ ハン・サンミン ワン・ホンウェイ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

やっと『長江哀歌』が観られます(涙)。

やっと『長江哀歌』が観られます(涙)。
 この三連休、東京で遊んでます。最終日の今日は某名画座で『長江哀歌』を観にきています。さすがキネ旬洋画ベストワン作品、お客さんが多いですね。今やっている地元上映の客入りが気になります…(ホントは地元で観たかった)

 あ、『ラスト、コーション』の前売りも買いました。特典の指輪はゴールドにルビーダイヤ風でした。地元上映が遅くとも、ジェイ演唱会の時に観ます。

ついでに、この春上演される二大中華劇のチラシもゲット。A-meiの『トゥーランドット』はお馴染みワダエミさんの衣裳で中華+モンゴル+中東といった感じ。A-meiのお姫様姿がかなりCool。あとは早乙女太一君の宦官姿が意外とはまっていると思う(個人的意見)。
一方、『覇王別姫』。…うーん、主演俳優の美形っぷりには文句はつけられないけど、どうしてもやっぱりレスリーの影を探してしまう自分が哀しい…(泣)。
両方とも見に行けないので、見て感想を言えないのが残念です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

なんのかのいっても、ワタシは『ラスト、コーション』を応援しています(苦笑)

 いやー、今週は『ラスト、コーション』チームが雑誌を賑わしていますねー(嬉)。
AERAは職場で読んで済ませたけど(新年号特集へのツッコミは時間切れでできなさそうだな…)、“顔色の悪いトニー”が目印のキネ旬最新号は入手しましたよ。
 でも、お目当ての記事は完全ネタバレとのことなので、特集記事はブツ(映画)そのものを観るまで封印。だからそれ以外の記事を読みましたよ、台湾映画じゃない方の『シルク』とか、玉木くんと徹平くんと瑛太のピンナップとか…ってそれは読むんじゃなくて見るというのだよ(苦笑)。

 そして、1月24日にマンダリン・オリエンタル東京で行われるジャパンプレミアの告知があると聞いたぴあ今週号も無事ゲットしましたよー。
 しかし表紙がジョニデ@悪魔の理髪師でちゃんと関連特集もあるのに、それを差し置いて第1特集がジェイ(・チョウ)&宏(ワン・リーホン)ってーのは恐れを知…いや、大胆不敵だなぴあ編集部。“アジアの両雄”ってーコピーはややオーバー?とも思ったけど、「知っている人も知らなかった人も好きになります。」というサブコピーは気が利いております♪

 いざ中身拝見。…おお、宏は無精ヒゲ!ジェイはヒゲなし

ロングインタビューも日本語ではなかなか読めないのでじっくり読ませていただいた。ジェイはあのおばあちゃんを、宏はレスリーをそれぞれリスペクトしているのに胸つかまれる。ジェイは『牛仔很忙』を作った理由の一つとして「日本で言うところの“癒し系”ミュージシャンでいたい」なんて語っているので、こらこら調子乗っているぞ(誉めてます)なんて思っちゃったよ。
 しかし、宏のプロフィールのところにちょっと気になったところがあった。スパイ陣内紀香、もとい『SPY_N』の監督はアレックス・チャンじゃなくてゴードン・チャンじゃなくてスタンリー・トンですね?(graceさんご指摘ありがとうございます)アレックス・チャンって誰かしらー?
 さすがに総力特集(?)だけあって、プレゼント&ご招待も生ポラやプレミア招待だけじゃなく、ジェイ演唱会バックステージパスや来日取材権(!!)などこれも大賑わい。うわー倍率高そう(汗)と思いつつも、せっせと応募しましょうか。

 あ、しまった。せっかく『ラスト、コーション』のことなのに、トニーのことを書いていないわ。それじゃ、このネタにツッコミますか。

過激な性描写が問題の『ラスト、コーション』、日本では6カ所の修正に (Variety Japan)

 日本では○ッ○スシーンにおける性○の描写は当然映倫からレッドカードもんだってーのは常識。だから修正入るのは当然だと思うけど、修正が入ったからって「やはり日本においては、ノーカット上映とはいかなかったようだ。」と断言してしまうのは全然違うんじゃないの?それにさ、いくらアタシが熱狂的トニー迷だからといって、彼の○○がいかがなもんかなんて全然興味ないんですけどね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

ジョニー親分、ベルリンでヨージ・ヤマダと対決する(こらこら)

 『ラスト、コーション』のジャパンプレミアがいよいよ発表され、非常に心落ち着かない今日この頃だけど、あえてその話題はおいといてベルリン映画祭(Berlinale)の話。
 日本では、近日公開のヨージ・ヤマダ監督作品『Our Mother』のコンペ出品が決定したことが大々的に報道され(代表してeiga.com)、ふーんよかったねーヨージ、他の日本映画は出品されないの?なんてつぶやき、上記のベルリン映画祭サイトを見に行ったんだが、やっぱり出てましたねージョニー親分作品。ちなみに出品作は《文雀》。出演はヤムヤム、ケリー・リン、カートン(彼の英語名、ゴードンっていうのね!)、林雪と例によって例のごとくいつものメンツ。これは製作順としては、仔仔映画デビュー作の《胡蝶飛》の次にあたるのか、前にあたるのか?もっとも親分は多作だから、例によって例のごとくこっそり作っていつの間にか完成させていたってことになるのか?

 いずれにしろすごーく楽しみだよ、男クサいレッドカーペットに加え、日本を代表する監督ヨージ・ヤマダと香港を代表する監督ジョニー・トーの仁義なき戦いを!…って思いっきり誤解を呼ぶようなこと書くなよ自分(苦笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ポートランド・ストリート・ブルース(1998/香港)

 今週は比較的余裕があるので、未鑑賞のVCDやビデオの旧作を観ることにした。
まだAERAの最新号もチェックしていないし、キネ旬もすばるもミセスも見ていないので、『ラスト、コーション』のことについては騒げないしね。(追記:火曜にAERA届きました。同時に届いた『ダ・ヴィンチ』の映画コラムでも取り上げられていたので、詳細は近日必ず書きますね)
 そんなわけで観たのは『ポートランド・ストリート・ブルース』。日本では確か『美少年の恋』と同じ年(1999年でした)に東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映された作品だけど、結局映画祭上映で終わったんだっけ。

 洪興会唯一の女性幹部、十三妹(サンドラ)。ナイトクラブや売春宿が多いポートランド街を束ねる彼女の部下はほとんどが女性、敵対する東星会の荒くれ連中とも同等に張り合う彼女にはレズビアンの噂があるが、香港中の古惑仔たちから一目置かれる存在だ。しかし、彼女には悲しい過去があった。十三妹は若いころ、洪興会の下っ端だった父親の達(マンタ)を、彼の兄貴分のハムソイの手によって殺されていた。
 そのころの彼女はまだ自分が父親と同じ世界に足を踏み入れることなど考えられなかったお転婆少女で、幼馴染の潤(クリスティ)と夜のポートランド街を自由奔放に遊びまわっていた。ある夜、2人は洪興会と東星会の間で行われる賭けボクシングの試合を観に行き、東星会のボクサー、コーク(中信)のファンになる。それから間もなく、達は自分が当てたロトくじをハムソイに奪われる。十三妹と潤は父の仕返しをしようとするが、失敗する。ハムソイにとらわれた十三妹を救おうとした達は彼の部下から激しいリンチを受け、命を落とす。十三妹はハムソイに復讐しようとしたが逆に襲われる。そんな彼女を助けたのは帽子とマスク姿のヤク中女。“スカーフェイス”と呼ばれるその女、ケイ(すーちー)に拾われた十三妹はしばらく彼女の元に潜伏する。
 間もなく、大陸女とカーセックスしていたハムソイが暗殺された。殺したのは東星会からヒットマンとして送り込まれたコーク。彼に会いに行った十三妹はコークを消そうとする刺客の銃弾を受ける。コークは彼女を連れて香港を脱出し、大陸の車修理工房に仲間の豹とともに身を隠す。彼の手厚い看護を受けた十三妹は一命を取りとめ、生活を共にするにつれて彼にほのかな恋心を抱く。それが彼女の初恋だった。彼女の身を心配した潤も大陸にやってきて、しばらく4人で穏やかな日々を過ごしていたが、ある夜の小さな誤解で十三妹と潤は仲違いする。そして、コークと豹も追っ手に隠れ家をかぎつけられたことで、大陸から姿を消すことになる。
 失意のうちに香港に戻った十三妹だが、彼女の心の中にはある決意が芽生えた。父と同じように洪興社に入会し、生まれ育ったポートランド街を手中に収めよう、自分やケイのようにこの街で傷ついた女性たちを守っていこうと…。

 今から10年前の今頃、香港映画で大ブームを起こしていたのが、アンドリュー・ラウ監督の出世作『欲望の街・古惑仔』シリーズ。同名の人気マンガを原作に、主演のイーキン・チェンと陳小春(チャン・シウチョン/ジョーダン・チャン)をスターダムに押し上げたこのシリーズは、主演の2人のみならず、ジャンユーやアンソニー、B哥ことン・チーホンやロイなど、脇役や敵役の俳優たちにも人気が集まり、パクリ…もといインスパイヤ作品以外にも、アンドリューさん以外が監督した(まーそれもすべて製作のマンフレッドさんがゴーサイン出したからなんだが)スピンオフ作品がたくさん生まれたという。
 そんななかの1作品がこれ。『古惑仔4』に登場した男装の女性幹部、十三妹を主人公に、同じく古惑仔シリーズの常連、ヴィンセント・ワンが本筋とは別の役柄(だったと思う)で登場し、B哥やジャンユーやジェリーもゲスト出演し、ついにはノンクレジットでイーキンがラストに登場してくる大サービスぶり。実はイーキンが登場するのは知らなかったので、大いに驚きましたわよ。
 昨年『楊貴妃になりたかった男たち』を読んだときに、「なぜ香港映画には男装のヒロインが多いのか?」という疑問を呈してみたのだが、この場合の十三妹はもとからあまり美人じゃない(まぁサンドラ姐だからな、って暴言気味につぶやく)ことに加え、日本のヤクザ屋さん以上に俱梨伽羅紋々な世界が繰り広げられる(映画の中限定?)香港黒社会において、男装をする(&レズビアンとして振る舞う)ことで黒社会の兄貴たちにとって脅威となろうとしたのかな、と思ったのだが…これは絶対アタシの考え違いだな。単に面白いから男装して出させたんだな。でなけりゃサンドラ、『わすれな草』で同じような旺角の姉御を演じないよ(苦笑)。

 サンドラ姐は確かに美人とは思えないし(同じ“黒社会の女性”もの映画である『姐御』のアニーやカレーナの扱いともまた違うし。ちなみにカレン主演の『古惑女』は未見)、最近の発言を聞いていると“香港の山田邦子”というより“ゴッド姉ちゃん”だろ?と思っちゃうのだが、十三妹ははまり役だろう。ただのオトコオンナ(英語では“tomboy”っていうけど、いい日本語訳が見当たらないね)が父の死と黒社会の連中に痛めつけられ、ケイのような夜の街の女たちの苦しみと自分の悲しみが結びついて、父の道を継ぐことで女たちを守ろうとする。そこが描かれていたのはよかったな…というのも深読み?
 確かこの作品で金像の助演女優賞を受賞したすーちー、熱演です。しかし出番はあれだけ?
 男優陣は十三妹を陰で見守る(アンドレか?)韓賓のヴィンセントさんと、登場シーンから立派な胸筋を披露してくれる中信さんに注目。中信さんは、《愈堕落愈英雄》もあわせて、こういうストイックな役柄がハマるなぁ。

原題:古惑仔情義篇之洪興十三妹
監督:イップ・ワイマン 製作&脚本:マンフレッド・ウォン
出演:サンドラ・ン スー・チー クリスティ・ヨン アレックス・フォン ヴィンセント・ワン ン・マンタ ン・ジャンユー ン・チーホン ジェリー・ラム ジェイソン・チュー イーキン・チェン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今週の『AERA』の表紙は湯唯小姐ですよ!

 年末年始号の『AERA』の「中国を動かす100人」を読み、文化面で選ばれたメンバーに軽ーくツッコミ入れたいなーと思っていたら、もう明日(うちは地方だから火曜発売)に最新号が発売。
 表紙は湯唯小姐よー♪
しかし、全く中華ネタとは外れるが、今号の特集はネタがないのか、と一瞬言いたくなった。

 また、『ラスト、コーション』大特集&もにかるさんのインタビューが読めるキネ旬も明日(これもこっちじゃ明後日かな)とのこと。新年早々、お楽しみがあるのは嬉しいなぁ。

 しかし、そんな賑わいでもうちの街での公開がまだ未定…。
仙台フォーラムと山形フォーラムで全国同時公開が決定しているので、盛岡フォーラムさんにも是非それにならってほしいんですが、同時公開してくれますよねー?
でなきゃ仙台まで観に行っちゃいますよー(苦笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

なぜ『三国志・赤壁の戦い』じゃいけないのだろうか…。

 恭喜發財、萬事如意!

 今年も人の迷惑顧みず、愛とツッコミで突き進みますので、あきれながらもお付き合いくださいまし。

 新年一発目のネタはウーさん最新作《赤壁》の日本公開がこの秋に決まったことをnancixさんのところで知って喜んだことなんだが、題名が…。

 ねぇ、いったいいつ誰が決めたの?大作の題名は英題にしなきゃいけないなんてことを?
 まぁそら確かにさぁ、『三国志』は昔から人気だから、「赤壁の戦い」のついた映画作品だって今まであったのだから、仕方ないといえばそうなんだけどさ。

 と、ぐちってもしょうがないので、とりあえず本格的にプロモが始まるまで(あるいはワタシがこの夏香港で実物を見るまで)何も言わないでおきますか。
 でも、メールマガジン登録時のご意見記入欄には、しっかり「日本版イメージソングなんて絶対つけないで!」と書いておきましたよ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »