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呉清源 極みの棋譜(2006/中国)

 昭和期の日本で活躍した外国籍の人間は意外と多い。有名なところではやはり映画にもなった力道山か。そんななか、昭和期の囲碁界の生ける伝説となった呉清源の名前は知らなかった。未だ存命中の彼の伝記映画が『呉清源 極みの棋譜』である。

 昭和初期の日本。名棋士の瀬越(柄本明)と喜多(松坂慶子)の招きにより、呉清源(張震)は14歳で母(シルヴィア)や妹とともに来日した。彼の碁は相手の読みを遥かに超えた打ち方を見せ、好敵手の木谷(仁科貴)や兄弟子の橋本(大森南朋)を魅了する。その奇想天外さは対戦した木谷が考え込んだ挙句に鼻血を出して昏倒してしまうくらいのものだった。
 しかし、間もなく日中戦争がやってくる。清源は家族を帰し、碁に打ち込むために日本国籍を取得する。中国で紅卍会という新興宗教に入信していた清源は、同じ流れを汲む篁道大教の道場に通っていた中原和子(伊藤歩)と結婚するが、戦乱が日本と中国に暗い影を落とす中で、碁を通じて心理を追及する姿勢はいよいよ極まり、長岡良子(南果歩)率いる新興宗教・璽宇教に和子とともに帰依してしまい、碁の世界から離れてしまう。
 戦後、読売新聞の主催で打ち込み十番碁という対戦の機会が与えられ、清源は棋界に復帰して相変わらずの強さを誇る。その間、新興宗教ではトラブルが起こり、そこに残してきた和子が逃げ出したことから、夫婦揃って脱会する。
 昭和中期、清源は街を歩いていてバイクに跳ねられ、その後遺症でしばらく碁が打てなくなる。やがて、恩師の瀬越が自殺し、親友の木谷もこの世を去る…。

 映画に求められるのは爽快さや娯楽であるのはもちろん言うまでもないけど、この映画で描かれるような、一人の人物が大きな画面にただ佇んでいる姿から、その人物がどんな人生を送り、どんなことを思いながらスクリーンの中で生きているのか、各自があれこれ想像をめぐらせられそうな映画もまた必要だ。ほとんどの日本人(中国人もか?)が知らなかった呉清源氏の生涯を描くには、もちろん『知ってるつもり!?』的視点も必要なのかもしれないが、こういう“魂のあり方”を画面に描き出した手法だって悪くはない。…いや、観終わった後に近くの人が、「これってとりとめもない『知ってるつもり!?』じゃん?」とやや不満げに呟いていたのがちょっとひっかかっていたので。
 田壮壮さんは前作の『春の惑い』でも、大きな事件を一切廃して、禁断の恋への予感にときめく主人公の姿を淡々と描いていたので、ある程度そうなるんじゃないかということは予想済みだったし、それだからこそ、こっちも碁のことを勉強しなくても清源さんの半生に伴走できたような印象。
 今の平和な世の中でも、中国人が日本で行きぬくのは大変だろうけど、天才少年棋士として有名だった清源もこの映画に描かれた以上の苦悩を体験してきたのだろう。そういう厳しさの中でも、自分が打ち込む碁と、そこにある真理を追究し続けた彼は、さしずめ“盤上の哲学者”なんだろうな。

 坊主に近い刈り込まれた頭に黒ぶち丸めがね、仕立てのいい和服に身を包んだ張震演ずる清源は非常にディーセント(上品)で美しい。完全に中国人設定だから日本語が片言でも全く問題ないし(本人はロケ終了後すっかり忘れてしまったって言ってたけど)、冒頭で清源さん本人と語り合う姿はほとんど本人の孫(微笑)。彼と伊藤歩ちゃんが90歳近い呉夫妻と語り合う姿なんて、ホントに祖父母を訪ねてきた孫夫婦(孫が中国人、妻が日本人)って雰囲気だったし、ホントにはまり役。これをいい機会にもっと日本でも知名度が上がればいいけど…って無理か。いくら『天堂口』の公開が控えているとはいえ、ねぇ…。
 そんな清源の苦悩や迷いを全面的に押し出したせいか、日本人キャストは彼から一歩引いたくらいの位置で熱演。(?)どっしりと落ち着いた柄本さんに米倉斉加年さん(今のNHK朝ドラのおじいちゃん役もよかった!)、お父さん(川谷拓三)に似てきたなぁと思った仁科さんが印象的。ノーベル賞受賞者(川端康成)を演じた野村宏伸、はっきり言って美味しすぎ。逆に大森南朋くんは、さすが『ハゲタカ』の鷲津からプータローまであらゆる役柄をこなすカメレオン俳優だけあって…あまりにも地味でした(チョイ泣)。

 これを観て碁に興味を持ったかというと、実はそんなんではないんだけど(本当にすみません>日本棋院さん)、激動の昭和を天才がどう生きてきたかというテーマで観てみれば、個人的にこの映画はただいま強力大ヒット中の某昭和映画続編よりずっと価値がある。しかもそれを中国人監督が作ったという点でもやっぱり価値がある。
 まぁ、あの日に広島で行われた本因坊戦があんな状態だったってのが果たしてホントだったのかどうなのかはなんとも言いがたいんだけどね。あの時、瀬越さんの息子さんは亡くなってしまったと言うけど、いったい広島のどのへんで橋本さんたちは本因坊をめぐって戦っていたんだろうか(この部分はあえてネタバレ避けてます、ハイ)。

英題:The Go Master
監督:田壮壮 衣裳&プロダクションデザイン:ワダエミ
出演:チャン・チェン 柄本 明 伊藤 歩 仁科 貴 大森南朋 南 果歩 シルヴィア・チャン 米倉斉加年 松坂慶子

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