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白い馬の季節(2005/中国)

 地球温暖化、熱帯雨林の消失、そして砂漠化。21世紀を迎えて、地球の環境問題はますます悪化する一方だ。
 急激な経済成長の裏には必ずその影響を受けるものがある。日本だって昭和30年代の高度経済成長期に豊かさを手に入れたが、その裏では土壌汚染による公害や、都会への人口流出による地方の過疎化が進んでいる。今流行の昭和映画続編では、表のきれいな部分のみ取り上げていて、裏の部分をなかったモノのように表さないので、それがどうも腑に落ちないので観る気分になれない。
 閑話休題。その、かつての日本のような、いやそれ以上の勢いで近代化・高度経済成長を遂げているのが中国である。来年の北京五輪に向けて急ピッチで都市部が開発されているが、やはり地方ではその経済格差が激しくなっている。さらに地球温暖化の影響で、草原や高原の砂漠化も進行している。砂漠化や経済格差の影響を受けるのは一般庶民だけでなく、自然と密接に生活してきたモンゴルの遊牧民とて変わらない。モンゴル族のニンツァイが監督と主演をつとめた『白い馬の季節』は、これまでの『天上草原』や『モンゴリアン・ピンポン』のように、漢民族や外国人からは憧れを持って見られてきた、内モンゴル自治区のモンゴル族の現状をリアルに描いた映画である。

 雨が全く降らず、強い風ばかりが吹き付けて荒地になった内モンゴルの遊牧地。
ほとんどの遊牧民が伝統的な生活を捨てて街へと移り住み、その地域に残ったのはウルゲン(ニンツァイ)の一家だけだった。羊も次々に餓死し、一人息子のフフーの学費も払えないほど、一家の生活は困窮を極めていた。さらにこの地域にも漢民族が入り込み、彼らの生活を脅かす。一家には年老いた「サーラル」という白い馬がいた。妻のインジドマー(ナーレンファ)はウルゲンに馬を売るように言うが、家族同然のサーラルを手放す気はウルゲンにはない。
 一足早く秋の牧草地に移ろうとしたウルゲンが見たのは、鉄条網を張る漢民族労働者たちの姿。草原の砂漠化を防ぐために、一般の牧草地も自然保護区に指定せざるを得ないのだ。怒りのあまり彼は労働者に殴りかかり、警察に逮捕される。罰金刑に処せられたために一家はますます貧しくなる。ウルゲンは一族出身の画家ビリグに助けを求めるが、彼は耳を貸そうとしない。
 一家は街に移住することを決意し、インジドマーはフフーとともに草原を離れる。ウルゲンも街のナイトクラブのオーナーに馬を売るが、失意のあまり立ち寄った街のクラブにて、サーラルの屈辱的な姿を目にして逆上する。彼を救ったのは、一度自分を見放したビリグだった。
 叔父の忠告に従い、ウルゲンはサーラルを野に放つことにする。民族服を脱ぎ、ゲルを片づけ、フフーと共に生まれ育った草原を後にするウルゲンだった。
 
 全編を通して画面から聞こえてくるのは、ごうごうと吹きつける強い風の音。きっと音声はほとんど同録なのだろう。お下げ髪の母親、腕白盛りの息子、そして父親の順に画面に登場するが、その生活は決して豊かでも理想的でもない。そして、彼らの住むゲルの周りには、もうほとんど何もない…。
 豊かさと引き換えに、我々は多くのものを失ってきた。それでも、伝統は守るべきものだと自覚していることもあり、細々とながら生き続けているものも少なくない。しかし、ウルゲン一家のように、自然と共に生きる民族の場合は違う。近代化や生活環境の激変に加え、地球環境の悪化も彼らの生活に多大な影響を与えている。チンギスハンの末裔であるモンゴル人として伝統を守り、本当は草原で一生を終えたい。しかしそれすらもできない。こういう状況を見せつけられれば、遊牧民たちが街に移らざるを得ない理由も大いにわかる。
 さらに説得力があるのは、漢民族を一方的な悪役にしておらず、金に目のくらんだ同胞もいれば、遊牧民の生活に憧れる漢民族の中年なども登場させてバランスを取っていることだ。冒頭、漢民族によるウイスキー大宣伝部隊がやって来て、インジドマーやサーラルが驚いてパニックになる場面があるが、宣伝部隊のトラック運転手を務めたのがその中年おじさんで、それに申し訳なく思ったからなのか、片言のモンゴル語をしゃべりながら一家を助けてあげる。それもインジドマーに密かに惚れているからなのだが(もちろんふられる)、彼は都会があわずにストレスで身体を壊して(だったと思った)内モンゴルで働いていると説明していた。そういう人ももちろんいるのだろうな。
 また、ウルゲンをめぐる人々で印象的に描かれていたのが、草原で暮らす彼の叔父と、人気アーティストとなったビリグ。年老いた叔父は草原に命を捧げているようなものだが、妻と押さない息子を抱えたウルゲンにはその覚悟がない。また、チンギスハンをモチーフにしたグラフィカルアートで人気を得たビリグをウルゲンは激しくなじるが、彼とてモンゴル族の誇りを捨ててはいないことが、クラブで騒ぎを起こした場面のあとにわかる。ウルゲンに伝統的な鎧を着せ、サーラルと共に傷ついた姿をキャンパスに描き、「この絵はオレでもありオマエでもある」と彼に告げることで、ビリグが民族として社会に敗北したこととそれに対する諦観を抱いているように感じた。

 街に出た後も、もしかしてウルゲン一家には幸せは来ないのではないか。そして、モンゴル族だけではなく、さまざまな理由で伝統を捨てなければいけない少数民族が、中国にはまだまだいるのではないか。中国政府と思想的な対立をしているチベットにも鉄道が開通したことで漢民族が流れ込み、今後の生活がガラッと変わることも予想されているともいう。この国がいったいどこに行こうとしているか、それは中国が好きであっても嫌いであっても、同じアジアの人間として、見守っていかなければいけないのだろう。いや、それしかできないのだけど…。

原題:季風中的馬(Qak-un sarel/Season of the House)
監督&脚本&出演:ニンツァイ 撮影:ジョン・リン
出演:ナーレンホア チャン・ランティエン

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